ブラック・ブレット 贖罪の仮面   作:ジェイソン13

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たった一つの逃走経路

「私達が騙されて、利用された?」

 

 蓮太郎と片桐兄妹の戦場となったアクアライン空港のラウンジで弓月は怪訝な表情で壮助を睨みつけた。見た目同様にこの中で一番頭脳労働が苦手そうな彼が一番早く、正しく真相に辿り着いたとは考えられなかったからだ。こんな状況の時に荒唐無稽なふざけた推理でも披露しようものなら1発ぶん殴ってやろうかと思っていた。

 

「考えてもみろよ。防衛省の一件、犯人は仮面の男、仲間に蛭子小比奈、ガストレアテロ、――これじゃあ、まるで6年前の蛭子影胤事件だ」

 

 当時はただの10歳の少年で蛭子影胤事件と無関係だった壮助がそれを知っていることに驚きは無かった。蛭子影胤事件の詳細を知るのは当時の聖居・防衛省関係者、影胤を追った民警とその関係者だけというのが表向きの体裁だ。しかし、時間が経つにつれて事件に関係した民警から情報が漏れていき、事実と多少の食い違いはあるものの蛭子影胤事件の内容は民警の与太話やインターネットの噂話程度には広まっていた。現に壮助自身は三途麗香というマニアックな武器商人兼情報屋に教えてもらっている。

 

「防衛省にいた連中は俺みたいなルーキーを除けば、ほとんどが蛭子影胤事件に参加していた連中だ。アンタ達だって、防衛省に居た時、蛭子影胤事件の再来だと思っていたんじゃないか?」

 

 弓月は少なくともぶん殴るほどの荒唐無稽なハチャメチャ推理でないことに安心する。壮助の言う通り、彼女は最初からこれが蛭子影胤事件の再来だと思っていた。いずれガストレアを使ったテロを仕掛けてくることも「まさか」と思いながらも可能性として考えていた。

 

「正解よ。確かに私達は最初からこれが、あの事件の真似事だと思っていた。蓮太郎は自分を蛭子影胤(悪役)にし、誰かを正義の英雄に仕立て上げる。そして、6年前のように『悪は正義によって倒された』という茶番劇で自分を終わらせようとした。現にあいつは兄貴にこう言ってたの。『東京エリアの英雄として俺を殺してくれ。終わらせてくれ』って」

 

 語っていく内に弓月は気付いたのか、ふふっと笑みを浮かべる。自分達は蓮太郎に騙されたという壮助の言葉の意味がようやく分かったのだ。この答えが彼に誘導されて導かれたものであるのは癪だったが、ちゃぶ台をひっくり返すような真相の潔さに思わず笑みが零れた。

 

「確かに、今考えたらおかしいよね。本当に終わらせたかったら、貿易ターミナルになんて行かずにダンジョンのラスボスみたいにここで2番目3番目の勇者が来るのを待っていればいいじゃない」

 

「よく分かってきたな。片桐大先輩。あいつは自暴自棄にもなっていないし、今も“当初の計画通り”に事を進めている。貿易ターミナルに向かっているのだって、この先の作戦に必要な物資を背後の組織から受け取るためだ。俺たち全員あいつに騙されたんだ。これが蛭子影胤事件の再現だと勘違いさせるためにあいつは社会を滅ぼす自暴自棄な悪役を演じ続けた。けど、全部嘘だったんだよ。防衛省の一件も、ガストレアテロも、この空港のテロも、スピカ洗脳作戦も全部、東京エリアを騙して、自衛隊と民警をここに注目させるための嘘だったんだよ」

 

 壮助の推理を聞いて、勝典は「ほほう」と思わず呻る。

 

「成程な。そもそもスピカ洗脳のために賢者の盾を持ち出すなら、密輸ルートでも使ってこっそり持ち出せば良いし、テロだって大量の雑魚ガストレアを使うよりスピカを使った方が効果的だ。この一連の事件で里見は全ての面で優位に立っていた。賢者の盾を持ち出して、スピカを使ってテロを起こす余裕だってあった筈だ。こんな杜撰な人質立て籠り事件を起こして自衛隊に囲まれる下手を打つなんて、考えるだけで不自然だな」

 

 “考えれば”この事件は蛭子影胤事件の再現と言うには不自然だった。しかし、防衛省にいた誰もが気付かなかった。ベテランの民警たちも、防衛省も、聖居も、誰もが気付こうとしなかった。仮面をつけた蓮太郎、蛭子小比奈、賢者の盾という“演出”もあったが、それ以上に偏見(バイアス)があったのだ。

 

 “里見蓮太郎には世界を憎むだけの理由があり、再び姿を現した彼は復讐のために行動するだろう”と――。

 

「――で、一連のテロが全部ブラフだとして、奴の本当の目的は何だ?」

 

「んなもん分かんないっすよ。犯行声明の通り、なんとかリストとなんとか文書かもしれないし、それも嘘かもしれない。けど、空港の周囲を自衛隊と民警に囲まれて、人質も配下のガストレアも失って籠城する術もない仮面野郎がこの状況を打破するとしたら、“俺達が使った極秘通路を使って聖居に行く”しか考えられない。あそこは極秘扱いで警備はいないし、自衛隊もノーマーク。内部は最低限の監視カメラと動体感知センサーしかない。聖天子と個人的に親交があったなら、あいつが通路のことも知っていてもおかしくない」

 

「そうなると不味いな。通路の隔壁は空港と聖居の2か所だけ。しかも空港側の隔壁は俺達の手でぶっ壊してしまった。一っ走りすればすぐに聖居の真下だ。聖居側の隔壁を突破するためのツールが貿易ターミナルにあって、あいつがそれを取りに行っているとしたら不味いな」

 

 勝典が頭をかきながら口にした失態に言葉に弓月は驚愕する。その驚き様は、目を丸くして、口を開けたままにしてしまうほどだった。

 

「え?隔壁壊したの?何で?メッセージの最後に隔壁のパスワード残したよね?」

 

「あのクソビッチが途中でぶっ壊したから聞けなかったんだよ」

 

「クソビッチって、誰?」

 

「あいつに決まってんだろ!」

 

 壮助は思いっ切り人差し指を後ろに向けて小比奈を指す。しかし、人差し指に先に小比奈はいなかった。原形を留めていない調度品、穴だらけになった壁だけが視線の先に映る。

 

「おい。あいつどこ行った?」

 

 壮助は周囲を警戒していた詩乃とヌイに声をかけるが、2人も小比奈がいなくなったことに今気付いた様で、慌てて首を振って周囲を確認する。

「ごめん。気付かなかった」と詩乃が謝る。

 

「クソッ!マジかよ!あいつ、先走りやがって!また負けに行くつもりか!」

 

 壮助は合流も離散も何もかもが身勝手な小比奈に怒りを覚える。小比奈は蓮太郎を倒すまでの一時的な同盟で、賢者の盾に関しては互いに奪い合う敵同士だ。彼女が先に一人で戦って、蓮太郎に倒されたとしても壮助たちには何ら問題は無い。蓮太郎の体力を削って、自分たちが倒し易くお膳立てくれることを願っても良いだろう。しかし、小比奈が勝手に離れたことに壮助は怒った。自分がどうしてそこまで頭に血を昇らせたのか分からない。どうして、信用できない彼女に“一緒にいて欲しい”と思ってしまっていたのか、今から自分が走り出して彼女を追いかけようと思ってしまったのか、その感情の答えを壮助自身も知らない。

 

「義搭。お前は森高と一緒に貿易ターミナルへ向かえ。どの道、誰かが里見を追いかけないといけない状況だったんだ。森高が背負って走れば最短で行ける。ヌイも義搭たちと一緒に行け」

 

 13歳の少女が16歳の少年を背負って走ると言えばおかしな話だが、イニシエーターがプロモーターを背負って走るのは民警の間ではポピュラーな移動手段だ。身体能力に優れた呪われた子供は成人男性を背負ってもオリンピックメダリストよりも早く、長い距離を走ることが出来る。「女の子に背負われて移動するなんて情けない」と嘆く男性プロモーター、「汗臭いから背負いたくない」というイニシエーターの声もあるが、感情よりも合理性が求められる戦場では少数派であり、車などが使用できない状況下において多くの民警が移動手段として用いている。

 

「大角さんはどうするんすか?」

 

「俺はワゴンに乗って行く。ヌイは俺を背負って走れないからな」

 

「アンタがデカすぎるのよ」

 

 ――無論、片桐兄妹や大角ペアのようにプロモーターとイニシエーターの体格差が大きいペアは例外である。

 

「片桐は聖天子様に現状を話して、聖居専用機の格納庫を空爆するように要請してくれ。里見の計画を潰すなら、極秘通路を潰すのが一番手っ取り早い」

 

「分かった……と言いたいとこだけど、ごめん。……もう限界。頭が回らなくなってきた」

 

 弓月の目が虚ろになっていき、瞼が閉じかかる。意識を保つのもやっとのようで首がすわっていない赤子のように頭もユラユラと動き、位置が安定しない。言葉も切れ切れで何とか聞き取れる程度だ。思考力・集中力の低下、筋力の低下、タンパク質欠乏症の症状が現れていた。

 呪われた子供として蜘蛛の因子を持つ弓月の最大の武器、鋼鉄のワイヤーにも勝る強度と柔軟性を持つ“糸”は彼女の体内のタンパク質から生成される。蓮太郎との戦いの中で即席のワイヤートラップを作るために大量の糸を出さなければならなかった彼女は、自分の肉体の維持よりも糸の生成を優先した。その結果、肉体の維持に必要なタンパク質のリソースすら糸の生成に利用してしまったのだ。

 弓月は玉樹のポケットから衛星電話を取り出し、震える手で勝典に差し出す。携帯電話を持って手を伸ばす筋力すらギリギリの状態であり、思った以上に彼女の症状は重いようだ。

 

「これ……。パスワード、解除したから……。後は……お願い」

 

 勝典は弓月から衛星電話を受け取ると弓月はそこで安心したのか、表情が緩み、そのままゆっくりと上体を横に倒した。

 

「お、おい!片桐!」

 

 タンパク質欠乏症のことを知らない壮助は彼女が死んでしまうと思い、彼女の意識を繋ぎ止めようと必死に声をかける。

 

「うるさいわよ……。糸を出し過ぎただけだから……。ちょっと休むだけ……」

 

 壮助の言葉を鬱陶しいと思いながら、弓月はゆっくりと目を閉じる。彼らに任せて大丈夫なのだろうか、彼らに蓮太郎を止めることが出来るのか、彼らが蓮太郎に殺されたりしないだろうか、後のことを色々と考えてしまうが、彼女の意識は眠るように暗闇の中へと沈んでいく。その中で一つ、とある疑問が浮かんでくる。どうして今そんなことを考えてしまったのか、本人にすら分からない。

 

 

 

 ――そういえば、あいつら……どうやって厚さ10mの超硬質バラニウム合金の隔壁を壊したのかしら?

 

 

 

 *

 

 

 

 東京エリア・アクアライン空港には3つのターミナルがある。一つは国内線用の第一ターミナル、国外線用の第二ターミナル、そして他エリアとの貿易の窓口になる貿易ターミナルだ。海生ガストレアによって船が使用できない2037年の貿易は航空機が主な輸送経路となっており、このアクアライン空港も最初は貿易のために建造された。現在でも空路の貿易は東京エリアの生命線であり、貿易ターミナルも他の2つと比べて数倍の規模を誇る。

 貿易ターミナルの正面玄関近くの駐車場に陸上自衛隊の装甲車が停まり、周囲を武装した隊員が警戒する。周囲にはガストレアの死骸と炎上した車両が転がり、血肉と鉄とゴムの焼ける臭いがマスク越しでも鼻に突き刺さる。「うえっ……最悪だ」と隊員の一人がぼやくが、ここに人間の死体が転がっていないだけでもマシだと心の中で訂正する。

 多数の矢印を絡ませたモニュメントを中心に置く広大なロビーとガラスの自動扉を抜けて、スーツ姿の太った中年男性と数名の隊員が玄関口から小走りで出て来た。中年男性は普段の運動不足が祟ったのか、滝のように汗を流し、犬のように息を必死に吐き出す。

 

「機械は……全部、停止させてきました。従業員も、私で……っはぁはぁ、最後です」

 

 貿易ターミナルはその広大さとは裏腹に従業員は数十名しかいない。ターミナル内の作業をフルオートメーション化しており、最低限の人数で運用できるようになっている。人数の少なさから従業員の避難は早かったが、非常停止させる機械の中には、管理者権限が必要なものがあり、最後に運営会社の社長である彼がターミナル内を走り回って機械を停止させてきたのだ。

 

「我々が誘導します。貴方も避難を――!!」

 

 隊員は後方から届く足音に気付く。自衛隊員のものでもターミナルの従業員もものでもない。ましてやガストレアのものでもない。音は軽いが、背後からは異様なまでの圧力を感じる。隊員は振り向きざまにアサルトライフルを構え、照準越しに足音の主を確認する。

 

「里見……蓮太郎!」

 

 悪い予感は的中した。テロの首謀者、里見蓮太郎がそこに立っていた。高級そうな黒のスーツは片桐兄妹との戦いでボロボロになっており、右腕と右脚は義肢のカートリッジ解放のエネルギーに耐えられなかったのか、袖が燃えて先から肘・膝まで青白いラインが発光する義肢が剥き出しになっている。仮面も左半分が欠け、その中から玉樹に抉られた赤黒い血肉が爛れ、義眼が青白い火花を散らす。左手には賢者の盾が積まれたキャリーケース、右手には鞘に納められた殺人刀“雪影”が握られている。

 隊員たちは蓮太郎を疲弊していると評価しなかった。彼は銃を突きつけられても堂々と立ち、呼吸も乱さず、平然としている。おそらく彼にとっては、ここで自衛隊と遭遇するのは想定内の事態で、ピンチでも何でもないようだ。

 

「こちら貿易ターミナル第六班。里――」

 

 一瞬にして蓮太郎と隊員の距離が縮まり、彼に一番近い隊員が地面に突っ伏せる。蓮太郎が動き始めて一人目の隊員が倒れるまでに1秒もかからなかった。隊員が引き金を引くよりも早く蓮太郎は動き、雪影の鞘で顔面を殴打する。残りの隊員たちが気付いた頃にはもう遅かった。誰もが蓮太郎の姿を捕捉できない。照準が間に合わず、1発も撃つ前にCQCの間合に入り込まれ、天童流戦闘術によって次々と倒れていく。

 隊員の一人はライフルを捨て、ナイフを出すが構える前に殴り飛ばされる。間合の問題ですら無かった。20秒も経たずに蓮太郎は6名の自衛隊員を無力化する。蓮太郎を捕捉しようにも首の旋回も眼球運動も追い付かない、彼を捕捉しても目から入った情報を脳が処理する頃には既に次の一手が打たれている。――その速度は人間の域を越えていた。

 隊員たちが全滅し、一人残った貿易ターミナル運営会社の社長は腰を抜かし、その場で震えていた。自衛隊ですら敵わなかった男の視線が自分に向けられ、少しずつ彼の足が近づいて来たからだ。

 

「ここの責任者だな?痛い目に遭いたくなかったら、管理者権限のIDカードを渡せ」

 

「だ、駄目だ!これは渡せない!」

 

 社長は胸ポケットに手を当てながら、蓮太郎の要求を拒絶する。その動作は「ここにIDカードが入っています」と言っているようなものだった。

 蓮太郎は雪影を振りかざすと、鞘で社長の顔を殴り、彼を気絶させた。倒れた彼の胸ポケットの中に手を入れると、予想通り管理者権限のIDカードが入っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そこまでです。お兄さん」

 

 

 

 

 

 

 

 懐かしい声と共に蓮太郎の後頭部に銃口が突き付けられる。銃の持ち主は蓮太郎に自分が真後ろにいると教えるように銃口を押し当てて、蓮太郎に立ち上がるように促す。

 蓮太郎は指にIDカードを挟んだまま両手を上げて、ゆっくりと立ち上がり、つま先を返して銃の持ち主と対面する。

 海風になびくブロンドの髪と夕闇の中で輝く赤い瞳、バレットM82A1を突きつける少女を蓮太郎が見間違えるはずが無かった。

 

「どんな障害があっても、お前だけは絶対に来ると思っていたよ。ティナ」

 

 




そういえば、ティナのステータスを書いてなかったので、このタイミングで……。

ティナ・スプラウト
筋力:A 敏捷:A 耐久:A 知力:A 幸運:C 特殊能力(遠視・暗視):C
(※特殊能力はシェーンフィールドも含めるとEXクラス)

戦闘の傾向
原作同様、超長距離狙撃からCQCまでこなす万能型だが、この6年間で身体が成長したことにより格闘戦能力は向上している。更に蓮太郎と離別した後、数々の戦場を渡り歩いて経験を積んだことで彼女の戦闘スキルは全体的に磨きがかかっており、シェーンフィールドが無くてもあらゆる状況に対応できる“完全無欠の兵士(パーフェクトソルジャー)”としての強さを誇る。

空間制圧型戦闘支援システム シェーンフィールド バージョン6.1
現在のプロモーターによって極限まで改良されたシェーンフィールド。ティナの脳内にあるマイクロチップとリンクした3機の“マザードローン”とマザードローンのAIによって統率される数機~数百機の“ソルジャードローン”で構成される。原作のシェーンフィールドと同様に収集した情報をティナの脳に送信する機能を持ちつつも武装したソルジャードローンによる実行能力も付与されたことで、「たった一人の海軍」と称されるほどの火力を実現している。
その他にも

・収集した情報を網膜に投影する拡張現実(AR)
・協力関係にある軍隊とのデータリンク
・持ち主とのリンクが切れた際の自己判断プログラム

など、様々な機能が付与されており、そのコンセプトは

「ティナ・スプラウトという“兵士”を最大限効率的に運用するためのシステム」

から

「ティナ・スプラウトという“指揮官”が最大限効率的にドローンを運用するためのシステム」

に切り替わっている。

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