ブラック・ブレット 贖罪の仮面   作:ジェイソン13

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壊れたかった英雄

 初めて、里見蓮太郎に会った時のことを思い出す。

 6年前、今と同じように太陽が傾き、地上も空も真っ赤になっていた頃、狙撃ポイントを探すために聖居周辺を散策していたティナ・スプラウトは里見蓮太郎と出会った。聖天子暗殺を目論む狙撃手と護衛の為に雇われた民警、そこに利害は一致せず、程なくして彼女と彼は互いのことを知らぬまま、殺し・殺される関係となった。

 

 2037年、16歳となったティナ・スプラウトは語る。

 

 “あの時、聖天子様を撃ち殺さなくて良かった。蓮太郎さんを殺さなくて良かった。”

 

 彼女は暗殺に失敗し、蓮太郎に敗北し、聖天子暗殺未遂の実行犯として拘束された。しかし、その後の処遇は寛大という言葉では足りないくらい緩いものだった。機械化兵士の技術を求めて解剖されることも無く、凄惨な拷問も無く、執拗な尋問も無かった。雇い主の情報や密入国ルート、武器の入手経路などの一通りの取り調べが行われた後、彼女は釈放された。

 “天童民間警備会社預かりの呪われた子供”となった彼女の人生は変わった。

 

 見返りを求めない善意を向けられたことも、

 

 同年代の女の子と一緒にアニメを見て笑ったことも、

 

 学校で友達と勉強するのも、

 

 信頼する仲間に背中を預けて戦うことも、

 

 恋をすることも――

 

 初めての体験だった。戦うために生きて、戦場の中で死ぬ運命だと悟っていた昔の自分では考えられなかった。あの出会いがなければ、自分はもう死んでいるか、生きていたとしてもフクロウのように暗い樹海の中を彷徨っていただろう。

 

 

 

 

 だからこそティナは今の蓮太郎を許せなかった。木更の言葉を裏切り、延珠との約束を裏切り、大切なものを託してきた数多の人の願いを裏切り、信じて共に歩んだ自分も裏切り、復讐に身を堕とし、テロリストとなった彼を絶対に許す訳にはいかなかった。

 

「こうして会うのも5年振りか。新しいプロモーターとは上手くやっているか?――って、聞くまでも無いよな。序列第38位 殲滅の嵐(ワンマンネービー)

 

 ティナは蓮太郎を小馬鹿にするようにふふんと鼻で笑う。

 

「ええ。上手くやっていますよ。お兄さんとは違ってお金持ちですし、社会的地位もありますし、目上の方にもキチンと敬語を使いますし、明朗快活な方でご友人も多いですし、数万円もする可愛い服の代金もポンと出してくれて、クレーンゲームのぬいぐるみで誤魔化したりはしませんし」

 

 5年前からは考えられない、とにかく嫌味ったらしくスライムのようにねっとりと鼓膜に粘着するような喋り方で、今のプロモーターがいかに素晴らしい人物か蓮太郎を引き合いにだしながら語っていく。

 

「俺に対する嫌味かよ」

 

「嫌味でもありますし、事実です。ちなみに言っておきますけど、プロモーターは女性の方ですからね」

 

「別に、そこは心配しちゃいねぇよ」

 

 そこは少し心配して欲しかったのか、ティナは少し膨れっ面になる。しかし、「今目の前にいるのは敵だ。テロリストだ」と自分に言い聞かせてライフルを構え直す。

 

「武器とIDカードを捨ててください。自衛隊も直ぐに来ます。もうお兄さんに勝ち目はありません」

 

 状況はティナの言葉の通りだった。テロリスト側の戦力は蓮太郎のみ。対してティナには無数の武装ドローンがある。数百体のガストレアを屍の山に変える独立武装機動群へと変貌を遂げたシェーンフィールドなら、蓮太郎一人を屠ることは容易いだろう。更にガストレアの殲滅が完了し、人質救出作戦も軌道に乗った今、自衛隊もこちらに戦力を向ける余力が生まれてくる。先ほど、蓮太郎が倒した部隊から連絡が途絶えたことで自衛隊も貿易ターミナルの異変には気付いているだろう。攻撃ヘリのローターの音が次第に大きくなっていく。

 

「なぁ。ティナ。俺は、一体、どこで間違えたんだろうな……。延珠を殺した時か?木更さんを殺した時か?民警になったことか?それとも、天童のジジイに救われたことが間違いだったのか?」

 

 蓮太郎の問いかけにティナは警戒する。彼はまだ降参の意思を示していない。この問いかけは何かしらの時間稼ぎだと考えるが、すぐにそれは無意味だと答えが出る。時間が経てば経つほど、自衛隊の増援が集まって来る。有利になるのはティナの方だ。

 

「“過去”を省みることを否定したりはしません。ですが、その全てが間違いだったとしても、私達が生きている場所は“今”であって、変えられるのは“未来”だけです。私達は2人が生きていたことを無意味にしないため、生きる。それが延珠さんと木更さんへの弔いになると――私はそう決めました」

 

「大人になったな。ティナ。お前は延珠と木更さんの死を糧にして、生き残った自分が何をすべきか答えを見つけた。それは正しい。人として正しい生き方だ。

 

 ――俺には無理だった。昔は俺も同じことを思っていた。『いつ来るか分からない小さな変化の為に正義の味方として戦い続ける。世界を救い続ける。それが2人への手向けになる』、そう思っていた。その戦いが俺自身への慰めになると思っていた。だが、俺はお前みたいに強くなかった。俺から大切なものを奪い続けた世界の為に、“英雄”として戦うことなんて出来なかった。それでも敵は、戦場は待ってくれない。だから、俺は壊れようとした。正義という思想の麻薬に溺れて、楽になりたかった。そうすれば、俺はまた戦うことが出来た。どれだけ醜い世界を見せつけられても、人の闇を露にされても、俺は東京エリアの英雄であり続けることが出来た」

 

 彼の口から吐き出されるのは、東京エリア最強のプロモーターでもなく、英雄でもなく、大切なものを失い続けた普通の人間“里見蓮太郎”の弱さだった。正義を信じ続ける強さを持たず、死者の言葉で心臓を動かしてきた悲しき英雄の慟哭が少女の心に突き刺さる。だからこそ、ティナは彼の生きる理由になろうとした、特別な何かになろうとした。その思いを踏み躙られ、「お前は延珠の代わりにはなれない。木更さんの代わりにはなれない」と真正面から否定されるような気持だった。

救われて、信じて付いて来た自分の想いを一切理解しようとしない蓮太郎に怒りが湧いて来る。愛情が憎悪へと転化し、気が付くと安全装置を外していた。アンチマテリアルライフルの引き金に指をかけ、人差し指に力が入る。

 

「だから、今度こそ終わらせるんだ。何も守れず、世界を救うなんて粋がった愚かな男の人生を」

 

「そんなに……そんなに終わりたいんだったら、私が終わらせます!!今!ここで!!」

 

 ティナは怒りに身を任せ、アンチマテリアルライフルの引き金を引いた。ガストレア用として持ち込んだ12.7×99mm NATO弾 バラニウムジャケット仕様の質量とバレットM82A1が生み出す運動エネルギーは直撃すれば蓮太郎の上半身を吹き飛ばし、周辺に肉片を撒き散らす結果をもたらしただろう。しかし、弾丸は当たらなかった。

 

 ――外された。

 

 銃声が聞こえた瞬間、ティナはそう認識した。彼女は本気で蓮太郎を殺すつもりだった。情けをかけるつもりは無く、確かに照準を蓮太郎に合わせていた。しかし、引き金を引く直前で横から邪魔が入った。飛来した“別の弾丸”はティナのライフルを撃ち抜き、無理やり弾道を逸らしたのだ。そして、シェーンフィールドで制御されたソルジャードローンの1機、その下部に装着されているアサルトライフルから硝煙が上がっていた。

 

「――時間だ。お前と話せて良かったよ。ティナ。俺一人で自衛隊と民警の相手をするのは厳しかったからな」

 

 ティナの視界に赤いスクリーンが現れる。血のように赤い不吉な四角形に白文字で「ERROR」と表示されたウィンドウ、それは現実に存在するものではなく、脳内のニューロチップが網膜に投影することで“見せる”拡張現実(AR)だ。

 

<ERROR><ERROR><ERROR><ERROR><ERROR><ERROR>

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 次々と現れる警告ウィンドウでティナの視界が真っ赤に染まる。マザードローンもソルジャードローンもティナからの命令を受け付けない。

 

<ユーザーアカウント認証できません>

 

<自立機動プログラムによる部隊の制御を開始します>

 

<新たなユーザーアカウントを確認>

 

<2w5tu93gdbj-f0x40-3%%5434よりオーダー>

 

<全武装 制限解除>

 

<無力化対象をティナ・スプラウト、東京エリア自衛隊、その他武装勢力に変更>

 

 数百体のガストレアを屠ったドローン部隊がティナの方を向き、銃口を向ける。彼女にとって最大の武器であった独立武装機動群が今は最大の脅威となって立ちはだかる。

 ドローン部隊とユーザーアカウント奪還を諦めた。ティナは脳内のニューロチップとドローンのネットワークを遮断、拡張現実を消して視界を確保する。見えて来たのは最悪の状況だ。敵対する全てのドローンと向けられた無数の銃口、そして目の前にいる東京エリア最強の元プロモーター。ティナは身構える。冷や汗を垂らしながら目を動かして冷静に周囲を確認し、この窮地を脱する方法を考える。

 

「BMIネットワークに入り込むなんて……お兄さん。どんな手品を使ったんですか?」

 

「さぁな。俺も原理はよく分からねえよ。ただ、一定時間お前の近くにいないと発動できないとだけ聞かされている」

 

「そのための……時間稼ぎですか?今までの言葉も全てが嘘だったんですか?」

 

「いや、あの言葉は嘘じゃない。だけど、俺の全てでもない」

 

 蓮太郎は地面に落としたIDカードを拾うと、指で汚れを取り、ポケットの中に入れる。

 

「最後に一つだけ教えてください。貴方の背後には、誰がいるんですか?彼らは何が目的なんですか?」

 

知りたかったら、俺を捕まえて、拷問にでもかけるんだな。――――――やれ」

 

<了解しました>

 

 蓮太郎の号令と共に大量のモーター音が響き始めた。ティナが見上げると真上を数十機のドローンが飛び抜け、彼女を無視して蝙蝠のように遠くへ飛び去って行く。おそらく貿易ターミナルに向かっている自衛隊を無力化するための部隊だろう。間もなくして遠くから銃声が聞こえ始めた。

 蓮太郎の周囲には6機のドローンが残り、それらの一斉掃射も開始された。その瞬間、ティナの目は赤く輝き、銃弾を交わしながら俊敏な動きで自衛隊のジープの裏に隠れる。サブアームのベレッタM92をハーネスから引き抜き、ドロウする。

 物陰に隠れても安心はできない。三次元空間を自由に飛び回る武装ドローンの展開力は人間のそれを遥かに上回る。一息吐く間もなくソルジャードローンは回り込んで再び銃撃を開始するだろう。1機で兵士一人分の火力を持ち、人間よりも高耐久かつ高機動、今まで頼もしく思っていたドローン達が敵になるとこんなにも厄介になるのだと身を以って感じる。

 次の銃撃をどう凌ごうか、どうやってドローンを無力化しようか、戦力を奪われた自分が蓮太郎を止めるためには何をすべきなのか、ティナは死を覚悟しながら生き抜くための策を考える。

 

 ――天童流抜刀術 滴水成氷

 

 ティナは咄嗟にジープから離れた。呪われた子供にある野生の勘が警鐘を鳴らした。彼女が離れた途端、ジープは真っ二つに切り裂かれ、飛ばされた斬撃はその先のアスファルトも斬断する。

 蓮太郎が雪影を持っているという情報から、ティナは彼が刀剣を使った武術を習得している可能性を考えていた。しかし、蓮太郎の剣術はティナの想像をはるかに超えていた。天童流抜刀術も視野に入れていたが、驚いたのはその太刀筋だった。まるで雪影を握った時に木更の怨念でも乗り移ったのか、その太刀筋は禍々しく、それを振るう蓮太郎はこの世の全てを呪う邪悪の権化のようだった。

 驚く時間も与えないと言わんばかりに全てのドローンが追撃し、照準をティナに合わせた。しかし、次の瞬間、“黒い人影”が背後から通り抜けた。ドローンは黒い人影に反応してフルオート射撃で弾丸を叩き込むが、黒い人影は目にも止まらぬ速さで弾丸の包囲網を突破する。ドローンの照準システムが動きに追い付いておらず。黒い人影は容易く弾丸の包囲網を突破し、蓮太郎に肉迫する。

 重い金属と金属がぶつかり合った。黒い人影が出した2本の小太刀、その斬撃を蓮太郎は右腕の義手と雪影で受け止めた。

 

「見ぃつけた」

 

 海風でパーカーのフードが外れ、黒い人影から蛭子小比奈の顔が露わになる。

 

「ねぇ。そこのフクロウ。私も混ぜてよ。里見蓮太郎解体ショーに」

 

 




今回は「大切な人の死」に向き合った蓮太郎とティナ、普通の人間としての里見蓮太郎が持つ弱さという本作で重要なテーマであり、片桐兄妹vs蓮太郎以上に展開に四苦八苦したエピソードでもあります。
(そもそもプロットを考えずに現在進行形で展開を考えながら書いているので展開に四苦八苦しているのは全エピソードに該当しますが……)

圧倒的な力と弱い心、そのアンバランスさも蓮太郎の魅力なんじゃないかと思っています。


あと、大量に<ERROR>が出たシーンでBABELを思い出した読者は何人いるだろうか………?

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