ブラック・ブレット 贖罪の仮面   作:ジェイソン13

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臨界連鎖出力

 蓮太郎を追うため、壮助、詩乃、ヌイの3人はラウンジの窓を突き破り、30mほど下の道路に着地した。壮助と彼の武器、そして自分の武器を背負った詩乃の総重量は少なくとも300kgを越えており、着地した地点のアスファルトが陥没する。

 詩乃が上手いこと衝撃を逃がしているため、背負われている壮助にはそれほど衝撃が来なかったが、自分と大量の銃火器を抱えたまま4階から飛び降りて着地する詩乃の強靭さには舌を巻く。

 詩乃に続いて窓から飛び出したヌイが着地した。足を曲げて衝撃を逃がし、詩乃のようにアスファルトを陥没させることも大きな音を立てることなく忍者のように静かで華麗な着地を披露する。

 3人揃っていることを確認し、詩乃とヌイは貿易ターミナルに向かって走り出した。

 アクアライン空港は旅行客用と貿易用で区画が分かれており、壮助達がいた旅客用のターミナルから貿易ターミナルまでは1キロほど距離がある。彼女たちの体力を温存させることを考えれば勝典と一緒に車の乗った方が良い距離だが、問題は路上に放置された車両やガストレアの死骸だ。ガストレア騒動で乗り捨てられた車両や自衛隊に銃撃されたガストレアの死骸が道の邪魔をしており、蛇行や迂回をしなければ貿易ターミナルに辿り着けない。呪われた子供の脚力だからこそクリア出来る道のりだった。

 壮助は振り落とされないように詩乃の肩を掴む。全身を内側から揺さぶる重力と目まぐるしく変わる視界、たまに標識や歩道橋に頭をぶつけそうになるスリルはジェットコースターをも越える。

 壮助はポケットに入れていたスマホが鳴っていることに気付いた。落とさないようにしっかり掴みながらスマホを取る。画面には発信者「大角勝典」の名前が表示されていた。

 

「あー。もしもし?」

 

『義搭か?悪いニュースだ。片桐の衛星電話で聖天子に直接状況を話したが、空爆の件は断られた。どうもお偉いさんは国民を安心させるためにガストレアの90%を排除したと公表したらしい。現時点で格納庫を空爆するのは不自然に思われるだとさ。極秘通路の露呈はどうしても防ぎたい魂胆だ』

 

 ――そんな悠長なことを言っている場合かよ!聖居のバカ野郎!!

 

 壮助は怒鳴り散らしたい気持ちをぐっと抑える。今ここで叫べば確実に振動で舌を噛み切ってしまうだろうし、勝典に怒鳴ったところでどうにもならない。

 

『勿論、爆破してトンネルを潰すのも断られた。通話口の向こうの偉いお嬢さんにはイマイチ里見蓮太郎のヤバさが伝わっていないらしい。だが、悪い話ばかりじゃない。代わりに良い情報を貰った。向こうに“専門家”がいるようで里見の極秘通路突破手段とそれに必要なツールをターミナルの目録から特定してくれた』

 

「要は仮面野郎がそれを手に入れる前にぶっ壊して、とりあえず聖居に来れないようにしろって言いたいんすか」

 

『そういうことだ』

 

「……で、ブツはどれなんすか?」

 

 通話口の向こうから軽く鼻で笑う声が聞こえた。

 

『お前にしては珍しく素直だな。普段なら『知るか!そんなもん!俺が仮面野郎をぶっ殺せばそれで問題ねえだろ!』ぐらい言いそうなんだがな。流石に東京エリアの危機とあっちゃお前も正義の味方にならざるを得ないか?』

 

「別にそんなもんじゃねえっすよ。ブツが仮面野郎の計画に必要不可欠なものだったら、こっちが先に掌握してしまえば罠に利用できるし、交渉材料にも出来る。心理的な揺さぶりにも使える。そのブツがあいつの唯一の弱点になるかもしれない」

 

『フッ。そういうことか。向こうには『荷物の破壊を優先する』と伝えておく。ブツの詳細は専門家から直接連絡するそうだ。そういうことだから、切るぞ』

 

「専門家って、誰なんだ?」

 

 壮助は「専門家から直接連絡する」という勝典の言葉の意味が分からなかった。その専門家は自分の電話番号を知っているのか?それとも直接ここに来るのか?連絡はいつ入るんだ?考えても答えは出ないので、彼は気にすることを止めた。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 貿易ターミナル正面玄関でバラニウム同士がぶつかり合った。小比奈から振り下ろされる二振りの太刀を蓮太郎が義手と雪影の鍔で受け止め、防がれても無理やり力押しする小比奈とそれに耐える蓮太郎の間で火花が走る。

 力む腕とは裏腹に蓮太郎は冷ややかな面持ちだ。

 

「なんだ。生きていたのか」

 

「あなたを殺すために天国から戻って来たよ」

 

「地獄の間違いじゃないのか?」

 

 純粋な力押しではイニシエーターに負ける。そう悟った蓮太郎は1歩引いた。

 突然、抵抗力を失った小比奈は前のめりにバランスを崩す。蓮太郎はそれを狙っていた。義足のカートリッジを解放し、撃鉄の蹴りを炸裂させる。

 しかし、小比奈は身体を仰け反り、胸の前あと数ミリのところで蓮太郎の蹴りを回避した。そのまま後方宙返りで蓮太郎との距離を取る。

 蓮太郎から離れた直後、武装ドローンの銃撃が小比奈の足元のアスファルトを穿つ。ドローンは小比奈が近接武器しか持っていないことを理解しており、彼女の攻撃が届かない距離を維持している。

 残った5機のドローンが小比奈を囲み、交代で小比奈を銃撃していく。彼女は絶え間ない銃撃を走りまっわって照準から逃げ続け、当たりそうな弾丸は太刀で弾いて行く。しかし、躱しても弾いてもドローンの攻撃が止むことは無い。

 突然、5発の銃声が響いた。

 小比奈に照準を合わせていたドローンの1機が爆散し、金属とプラスチックの破片を周囲にまき散らす。技術流出を防ぐための自爆装置が予め設置されており、それが作動したのだ。

 ドローンを撃ったのはティナだった。気絶している自衛隊員から拝借した89式小銃を構え、次々とドローンを撃ち落としていく。

 最後に残った1機のドローンがティナに照準を向けるが、自分への注意が削がれた隙を見逃さなかった小比奈が急接近し跳躍、ドローンを両断した。

 ドローンを全滅させるとティナは小銃を、小比奈は太刀を蓮太郎に向ける。

 

「ねぇ。そこのフクロウ。私のことは警戒しなくていいの?」

 

 自分を警戒せず、敵として蓮太郎にのみ集中するティナへの疑問を素直に口にする。

 

「貴方がこちら側についたと聖天子様から情報は得ていますから。それに今の私一人ではお兄さんには敵いません。不本意ですが、貴方の力も貸してください」

 

「嫌よ」

 

「え?」

 

「私は私がやりたいようにやるから、そっちもそっちで好きにして。私の邪魔をしないならそれで良いから」

 

「……。それもそうですね」

 

 共闘の拒否とも受け取れる冷たい言葉だったが、ティナは好意的に受け止める。関東会戦の時を除けば2人は敵同士だった。同じ目的を持ったとしても戦いを教育されたティナ(ソルジャー)と本能で戦う小比奈(ビースト)では戦いのアルゴリズムがまるで異なる。連携しようとして下手に戦い方を擦り合わせるよりは近距離と遠距離、互いの領分を決め、そこで各個人が最善を尽くした方が効果的だ。付け焼刃の連携が通用するほど今回の相手は甘くない。

 蓮太郎は雪影を手放し、両手を解放した状態で天童流戦闘術の構えに入る。敵を甘くないと認識しているのは彼も同じだった。会得して日の浅い天童流抜刀術ではいずれ隙が産まれる。抜刀術を使えば使う程、その剣術が付け焼刃であることを小比奈とティナは見抜くだろう。刀を持つことによるリーチの延長というメリットよりも戦闘中に生まれる隙というデメリットが大きくなる。だから、蓮太郎は天童流戦闘術を選んだ。キャリアが長く、扱い慣れた戦法、義肢の力を効率的に運用できるこの戦い方が最善だと考えた。

 3人がそれぞれの得物を構え、時には摺り足で滲みより、時には身を退いて距離を調節する。

 一流の武道家同士の組手が長い睨み合いと一瞬の技で終わるように蓮太郎(ファイター)は静かに相手を見極め、

 狙撃手の仕事が長い待ち伏せと一発の弾丸で終わるようにティナ(ソルジャー)は息を殺してトリガーを引く一瞬を求め、

 捕食者の狩りが長い観察と一瞬の襲撃で終わるように小比奈(ビースト)は鋭い眼光で獲物が見せる隙を待つ。

 誰もが言葉を挙げること無く、静かに時が過ぎて行く。自衛隊とドローン部隊の銃撃戦の音が耳に残り、硝煙とガストレアの血肉の匂いが混ざった海風が髪をなびかせ、鼻を衝く。

 

 ――そろそろ時間か。

 

 蓮太郎は構えを攻の型に変える。左半身を前に出し、握り拳を作った右手を後方に引かせる。ティナと小比奈を倒すための一撃は既に彼の中で決まっているようだ。

 2人は蓮太郎のそれが、どんな名前の構えかは知らない。しかし味方として・敵として戦い、彼の戦いを見て来た2人はそれが攻撃するための構えだということは知っている。

 

 ――来る。

 

 

 

 

 

 義肢解放 臨界連鎖出力(プロミネンスドライヴ)

 

 

 日が落ち、月と星の灯りだけが頼りの夜をコバルトブルーの光が掻き消した。

 蓮太郎の義肢と義足の装甲が開き、内部から青白く煌めく物質が露わになる。その物質は荷電粒子が光速度を越えたのだろうか、チェレンコフ放射光のような光を放つ。終末の光は閃光のように貫き、蒼い炎のように揺らめいていく。

 義肢から噴き上がる蒼い炎は点火した航空機のジェットエンジンのように雄叫びを上げ、大気を震わせる。耳を閉じて鼓膜を守らざるを得ない唸り声に耐えられなかったガラスが次々と粉砕され、義足から放たれるエネルギーに耐えられなかったアスファルトが溶解する。

 その力を2人は知らない。彼の手足からあふれ出す膨大なエネルギーに圧倒され、トリガーを引く一瞬も、獲物が隙を見せる刹那も見失ってしまう。

 蓮太郎の右腕、新人類創造計画が生み出した最強の矛。それは、蛭子影胤の斥力フィールドを破り、対戦車ライフルの弾丸を弾き返し、ステージIVガストレアを一撃で葬る。里見蓮太郎を東京エリア最強の民警に押し上げ、IP序列50位「黒い弾丸(ブラック・ブレット)」の由来となった悪鬼羅刹殲滅の一撃。

 

 

 

 

 

 

 

 

雲嶺毘湖鯉鮒 ―――― 黒膂石崩壊撃発(メルトダウンバースト)!!!!

 

 

 

 

 

 

その一瞬、東京エリアから夜が奪われた。

 

 


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