ブラック・ブレット 贖罪の仮面   作:ジェイソン13

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地獄の釜と怯える小鳥

「何だよ……。これ。空爆はやらないって話じゃなかったのかよ」

 

 貿易ターミナルの正面に到着した壮助たちは立ち尽くしていた。

 貿易ターミナルに向かう途中、大気が震えるような轟音と共に何かが光った。「何かとんでもないことが起きた」そう考えざるを得ない現象だったが、こうして現場を見ても何が起きたのか理解できなかった。彼の想像の規模を越えていた。

 ターミナルの正面入り口まであと300m、広大な駐車場は煮え滾る地獄の釜のようだった。地に敷かれたアスファルトは超高温に晒されたのか、溶岩のように自らを赤く熱しながら流動し、所々から蒸気が吹き上がる。その上では輸送に利用されていた10トントラックや自衛隊の装甲車が紙細工のように潰れ、オイルと鉄が燃える臭いを炙り出す。

 しかし、一番視線を引くのは瓦礫の道だ。正面玄関から駐車場を縦断し、何かが通り抜けた跡だ。それは地面を抉り障害物も全て消炭にして突き抜け、速度が生み出すソニックブームと熱波が広大な地獄の釜を作り上げていた。

 驚愕して「なんだよ。これ」と連呼する壮助、声すら出ないヌイとは対照的に詩乃は冷静に周囲を見渡し、状況を整理する。

 

「これは空爆じゃないし、やるにしても投下ポイントからここは離れてる」

 

「んなもん言われなくても分かってる。なんだよ。これ。仮面野郎がやったのか?聞いてたスペックと全然違うじゃねえか」

 

「5年前の情報だしね。義肢もアップグレードしているだろうし、聖居から与えられた情報はもう古くて使えないと思った方が良いよ」

 

 壮助は頭が真っ白になりかけていた。喧嘩は強い、銃と爆弾の扱いはそこそこ、頭はお世辞にも良いとは言えない、たくさんの仲間を引き連れる人望がある訳でもない、そんなクソガキチンピラ民警の自分が英雄と呼ばれる東京エリア最強のプロモーターに立ち向かうにはどうしたら良いか。その為に作戦を考えて来た。狙撃、トラップ、毒ガス、神経毒、大規模爆破、だがそんな小手先勝負が通じない次元に相手はいると実感させられる。

 

 突然、壮助のスマホに着信が入る。過剰に反応して身体がビクッと動く。糸が切れたかのように全身から冷や汗からあふれ出す。

 

「クソッ!こんな時に誰だよ!!」

 

 

 

 From:ゾンビドーナツババア

 

 

 

 発信者の名前を見たことで壮助は理解した。

 

 ――ああ。専門家ってそういうことか。

 

『やあやあ。民警くん。ご機嫌麗しゅう』

 

 壮助の心理状況を理解していないのか、理解していて敢えて無視しているのか、研究室で会った時と変わらない呑気なトーンで室戸菫(ゾンビドーナツババア)は語り掛けた。

 

「大角さんが言っていた専門家ってあんたのことか」

 

『話が早くて助かるよ。早速説明させてもらうと、貿易ターミナルの目録を調べたところ、怪しい荷物が紛れ込んでいた。一見すると東京エリアにいる金持ちが海外エリアの卸売業者から個人的に輸入した物品に見えるが、金持ちは架空の人物、海外エリアの業者も実体のないペーパーカンパニーだった』

 

 蓮太郎の凄まじさに怖気づく壮助の気持ちに整理がつかないまま、菫からの情報提供が続いていく。戦場を目の前に自分が足を止めても周囲が無理やり背中を押していく。そこに選択の余地は無く、壮助は「里見蓮太郎を倒し得る人間の一人」としての責務を負わされていく。

 

『搬入された物品は医療機器だ』

 

「医療機器?あいつ、どこか悪いのか?」

 

『いや、これは私の推測でしか無いが、医療機器は嘘だ。あいつは殺しても殺しても死なないくらい健康体だったからな。おそらくブツは賢者の盾を斥力フィールド発生装置として利用するためのオプションパーツだろう。賢者の盾の最大出力なら聖居直下の隔壁を破壊することも可能だし、自爆覚悟の最大出力を放てば聖居そのものを消し飛ばすことも可能だ』

 

「ただのバリア発生装置じゃねえのかよ」

 

『機械化兵士の中で一番汎用性が高いからな。使い方次第だ。ところで、君は賢者の盾がどうして“蛭子影胤の臓器”と呼ばれているか、覚えているか?』

 

「ああ。確か、そいつは生身の臓器を失って、賢者の盾を臓器として使っていたからだよな?」

 

『正解だ。賢者の盾は元々代替臓器として利用されていた。というより、人体の何かしらの器官として働いている間だけ斥力フィールド発生装置としての機能が解放されていた。奴が手に入れようとしていうのは、人体に埋め込まずとも賢者の盾を斥力フィールド発生装置として利用するための機械だ』

 

「そんなことが可能なのか?」

 

『最近の研究で、人体の神経伝達信号に近い力と圧で電流を流せば反射的に斥力フィールドを発生させることが分かっている。ガストレア洗脳装置なんて作る連中だ。あいつの背後の組織の科学力なら、造作も無いことだろう』

 

 壮助は身震いした。考えたくもなかった。しかし、自分たちが失敗すれば現実になる光景を思い浮かべる。最速の拳、最凶の刃、そして最硬の盾を手に入れた復讐の鬼神の姿を――。

 

『私に言われるまでもないが、敢えて発破をかけさせてもらう。あいつが賢者の盾を手に入れる前に倒せ。もし間に合わなかったら、自衛隊ですらあいつを止められなくなる』

 

「言われるまでも無えよ。俺は俺の目的の為にここに来たんだ。やることは変わらねえ。あいつの首持って凱旋するから、戦勝記念パーティの準備でもしてやがれ」

 

『そこまで大口を叩けるなら心配はいらないな。あ、そうだ。一つお願いがある』

 

 壮助は「そんな余裕ねぇよ」と言いたいところだったが、変に反抗しても話がややこしくなってしまいそうだったので、とりあえず聞くだけ聞いておこうと耳を傾ける。

 

『蓮太郎を殺すなら、身体は綺麗なままにしておいて欲しい。あいつの剥製に幼女のパンツを被せて大学の広場に飾るのが私の夢なんだ』

 

「たった今決めた!あいつを殺す時は絶対に爆殺だ!全身に爆弾巻き付けて木端微塵にしてやる!」

 

 壮助は怒りに任せて通話を切った。心の中で菫を「ああ!クソッ!ふざけるな!」と罵る。

 

 

 

 

「壮助!」

 

 

 

 詩乃に名前を呼ばれた直後、彼女に服の襟足を掴まれて引っ張られる。なす術も無く身体を流された直後、壮助のいた場所に銃弾が飛び抜け、彼の足があった場所に弾痕を残す。

 虫の羽音のような駆動音と共に10機近いドローンが宙を駆け抜ける。彼らはその他武装勢力として壮助たちを捕捉し、下部のハードポイントに装着したブローニングM1919重機関銃(マシンガン)の照準を合わせる。

 

「ドローンがいるとか聞いてねえぞ!隠し玉あり過ぎだろ!!」

 

 壮助は司馬XM08AGの銃口を空に向けて構えドローンを銃撃する。しかしドローンは壮助の銃口の向きから弾道を予測し、発射された弾丸を最低限の動きで軽々と回避していく。人間とは比べ物にならない機動力でドローン部隊は円陣を組んで3人を取り囲む。

 

「クソッ!あいつら弾道読んでやがる!」

 

「素早いね。ああいうの苦手」

 

「……詩乃様。バカヤンキー。ここは私が食い止めるから先に行って」

 

 壮助が驚いて振り向く。ヌイは背を向けていて表情は見えなかったが、右手にはバラニウム製レイピアが強く握りしめられていた。

 

「どういう風の吹き回しだ?」

 

「さっきの電話聞こえてたんけど、急がなきゃいけないんでしょ?だったら、1人が足止め役として残って、他2人を先に行かせるのが得策と思うんだけど」

 

 ヌイの言葉に反論の余地は無かった。ここで3人まとめて相手をすれば、ドローンは早く片付くかもしれないが、その分、時間のロスが生まれる。それは数秒かもしれないし、数分かもしれない。しかし“里見蓮太郎が医療機器を手に入れるまで”という限られた時間がラストチャンスとなる戦いの中では、その数秒すら惜しかった。

 

「ガラクタの相手なんて私一人で十分だし、心配しなくてもいずれ大角が合流するわ。スモークグレネード持ってるでしょ。1つ頂戴」

 

 ヌイは空いた左手を壮助に向けて出す。壮助はドローンから視線を逸らさず、手探りで腰のホルダーからスモークグレネードを取り出し、ヌイに手渡した。

 

「悪いけど、お前が来る頃には手柄なんて残っちゃいねえからな。――任せたぞ」

 

「アンタに命令されるのは癪だけど、任されるわ」

 

 ヌイは渡されたグレネードを口元に近付け、ピンを噛んで引き抜いた。

 

「3……2……1……今よ!」

 

 ヌイがグレネードを放り投げる。グレネードは黒色の煙を噴き出し、微かなゴムの焼ける臭いと共に2秒足らずでドローンの展開範囲ギリギリまで煙で囲んでいく。

 ターミナルへ向かって走る2人を尻目に見届けながら、ヌイは思いを馳せる。

 

 ――ごめん。ここで謝らせて。私、本当は怖いのよ。里見蓮太郎とかいうヤバいのと戦いたくないし、隠してきたつもりだけど身も心も震えてる。だってそうでしょ?2年前まで自分が剣と銃を持って戦うなんて想像すらしなかった温室育ちのお嬢様が、東京エリア最強のプロモーターに立ち向かおうとしてるのよ。恐がらない訳がない。逃げたいと思わない訳が無い。私は死を恐れないほど強くは無いし、自分の命を放り投げてまで貫きたい信念も無い。だから、「私が囮になって足止めする」なんて提案をしたの。そうすれば、「別の敵を相手にしてたから私だけ遅くなった。私が来た時には2人がもう倒してた」って言い訳できる。

 だから、その……最悪な頼みだけど、詩乃様。義搭。こっちは邪魔が入らないように全部抑えるから、そっちも終わった後、私が言い訳できるように無事戻って来て。

 

 通常のカメラで敵を捕捉できなくなったドローンは熱感知センサーに切り替える。ターミナルに向けて走る壮助と詩乃の2人を確認する。直後にドローンはヌイを捕捉した。10メートル近く跳躍し、センサーにレイピアを突き立てる彼女の姿が最後に撮影した光景だった。

 

 「1機目!」

 

 空中でドローンを串刺しにしたヌイはドローンを蹴って地上に向けて跳ぶ。空中にいたままだと身動きが取れずに的になることを彼女は理解していた。地に足を付けた瞬間、他のドローンから7.62×63mm弾の掃射を受けるが地を蹴って回避し、ドローンの照準が間に合わない速度で戦場を駆け回る。弾は走って避けるのは、スピード特化型のイニシエーターの常套手段だ。

 また1機、ドローンがヌイのレイピアの餌食となり爆散する。ヌイはドローンの倒し方を覚えたのか、余裕の笑みを浮かべながら再び地上へと落ちる。しかし、着地ポイントの計算が甘かったのか、燃え盛る乗用車の上に着地する。彼女が落ちた衝撃でボンネットが陥没し、一瞬、足を取られる。

 

 ――しまった!

 

 スピード特化型のヌイが足を取られて身動きが取れなくなる。そんな隙をドローンは見逃さなかった。彼女に1番早く照準を合わせたドローンが数回の3点バースト射撃で弾丸を叩き込む。弾丸は彼女の武器や手足を破壊し、殺さず無力化する正確なコースを描く。

 ヌイは左手に持っていたワルサーMPLをドローンに向けてフルオートで引き金を引いた。しかし、1発もドローンには届かない。全ての弾丸が7.62×63mm弾と正面衝突したからだ。弾頭は潰れ、運動エネルギーも完全に押し殺された。

 ヌイは右手のレイピアを構え、7.62×63mm弾を剣で斬り落とした。最初の1発を斬り落としてもコンマ1秒も経たずに2発目、3発目、その後に何発も弾丸が続く。しかし、ヌイは1秒間に数十回もの速度でレイピアを振るい、その尽くを弾き返す。例え弾丸がゼロに近い間隔で連続したとしても彼女の手は確実に対応していく。

 ヌイが使用しているレイピアはガストレアの骨をも断てるように勝典が特別に調達した特別仕様だ。純度の高いバラニウムを使用することで耐久性に優れており、研磨もかつて日本刀の研師をしていた者に依頼したことで驚異的な切断力を誇るようになった。勝典はコネクションを最大限駆使した賜物だった。

 コンマ以下の間隔で連続する攻撃に対応する反射神経と神速の腕、短機関銃のフルオート射撃で全弾を異なる標的に命中させる精密性を持つ飛燕園ヌイは最大限のバックアップを行って然るべき相棒だと、大角勝典はそう判断した。

 乗用車のボンネットから離れたヌイはお返しと言わんばかりにサブマシンガンをドローンに向けて放つ。センサーや装甲の隙間を狙った弾丸はドローンの内部を破壊し、1機を墜落させた。

 

「さあ!来なさい!ガラクタ共!!

 

 松崎民間警備会社所属!IP序列1095位! 保有因子・ハチドリ(モデル・ハミングバード) 飛燕園ヌイ!

 

 私が相手よ!!」

 

 残ったドローンに向けて、ヌイは啖呵を切った。

 

 




イニシエーターの能力表(fate風)

飛燕園ヌイ

筋力:C 敏捷:A 耐久:D 知力:C 幸運:C 特殊能力(神速の腕):B

戦闘の傾向
武装は最低限に抑え、身軽になって戦場を駆け回るスピード特化型。ハチドリの因子によって優れた動的視覚処理能力、1秒間に数十回も別の作業が出来る神速の腕を持っており、視界に入れば敵がどれだけ早かろうと多かろうと正確にスピード・数量・位置関係を把握し、神速の腕で全てに対応することが出来る。
某黒の剣士のようにフルオートで撃たれたマシンガンの弾を剣で防いだり、1854年のクリミア戦争で起きた奇跡のように弾丸に弾丸を当てるといった芸当も可能。
戦闘経験の少なさ、打たれ弱さ、温室育ち故の精神的な弱さなどが今後の課題となる。

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