ブラック・ブレット 贖罪の仮面   作:ジェイソン13

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皆さん。新年明けましておめでとうございます。
今年も「ブラック・ブレット 贖罪の仮面」をよろしくお願いします。

さて、今回は「暴走するあいつ」vs「暴走するあいつ」

第一章 黒い仮面編の決着にもなります。


贖罪の仮面

 彼は、暗闇の中にいた。

 何も見えない。風も吹いていない。何も臭わない。何も触れない。

 自分が何かの上に立っていること以外は何も分からない、“無”が支配する空間。

 とりあえず、足を進める。どちらが前後でどちらが左右か分からない。今進んでいる方向が正しいのかも分からない。

 地を踏む度にピチャピチャと音がする。これは血だ。色は見えない。鉄の臭いもしない。温度も感じない。けど、直感的に自分は血だまりの上に立っていると分かった。

 暗闇の中に光が灯された。蝋燭の灯の様に微かにそれは暗闇を明るくし、一人の少女の姿を照らした。

 

「延珠? 延珠なのか? 」

 

 蓮太郎は灯りを頼りに延珠の下に駆け寄る。その足は止まらなかった。蓮太郎は延珠の前に辿り着くと、両膝を落として彼女を抱きしめた。その両手に伝わる感触でそこに延珠がいるという事実を噛みしめる。

 

「良かった……。生きていたんだ。あれは、悪い夢だ。今までのは全部、悪い夢だったんだ! 」

 

 蓮太郎に抱きしめられても延珠は微動だにしなかった。驚きの声を挙げることも、抱き返すことも無かった。

 

「蓮太郎……。妾の死は無駄だったのか?」

 

「何を言っているんだ?延珠。お前は生きてる。ちゃんとここに――――」

 

 蓮太郎は延珠の両肩を掴み、自分から引き離す。もう一度、彼女の顔を見たかった。ちゃんと生きている藍原延珠がそこにいると確認したかった。

 

 そこにあったのは、形象崩壊して蓮太郎に殺された時の藍原延珠の顔があった。延珠はブロックのようにボロボロと砕け、肉片が血だまりの中へと落ちて消えて行く。

 

「延……珠? 延珠! ! やめてくれ! ! 俺を置いて行かないでくれ! ! 」

 

 蓮太郎は必至に血だまりの中を掻き回す。必死に、必死に、欠片を集めてどうするのか考えることも無く、血だまりの中から延珠を探す。だが、もう血の中で溶けて混ざってしまったのか、蓮太郎は欠片一つ掴めなかった。

 背後から足音が聞こえた。

 

「里見くん。どうしてこうなったの? 」

 

 背後から懐かしい声が聞こえる。

 もう一度だけでも良いから聞きたかった、二度と聞けないと思っていた声――。

 蓮太郎は立ち上がって振り向いた。視線の先には天童木更がいた。右手には血で染まった雪影を握り、額にはスプリングフィールドXDの9×19mmバラニウム弾で開けられた風穴が前髪の隙間から覗かせる。

 

「私は、何の為に里見くんに殺されたの? 」

 

「違うんだ。木更さん。これは……。頼む。そんな目で俺を見ないでくれ」

 

 木更に恐れ戦き、蓮太郎の足が後ろへ退く。だが、木更は止まらない。彼の罪を一歩一歩踏み締めるように進んでいく。

 

「やめろ……。見るな。俺を見るなあああああああああああ! ! ! ! 」

 

 蓮太郎は両手で耳を塞ぎ、目をつむり、まるで幽霊を見た子供の様に蹲る。

 

「俺には無理だった。無理だったんだ! ! 俺には守りたいものを守れる強さなんて無かった! ! 正義を信じて戦い続ける強さなんて無かった! ! でも……全部捨てることも出来なかった。だから……、だから、 誰かに託そうとしたんだ。このテロだって、俺の代わりを見つける為に――――」

 

 気配が消えた。耳から手を離す。近づいてくる足音が聞こえない。蓮太郎が顔を上げるともう二度と姿を見たくないと願い続けた燕尾服の男がいた。

 

「全ては私の言う通りだった。君と私は同じ存在だ。砲火の飛び交う戦場でしか自分の存在を確立できない。自分の価値を、積み上げた瓦礫の山と広げた屍の海でしか証明できない」

 

 燕尾服の男――蛭子影胤は仰ぐように両手を広げる。暗闇と血だまりしかない世界を賛美しているかのようだ。

 

「見給え。里見くん。これが君の作った世界だ。数多の破壊と殺戮を繰り返し、その先に君が望んだ世界だ」

 

「ふざけんな! いつまで俺の中に残っていやがる! お前は死んだんだ! 俺が殺したんだ! さっさと地獄に落ちやがれ! ! 」

 

 蓮太郎は怒りに身を任せて義肢の内燃機関を点火させ、神速の拳で影胤を葬る。

 

「違うな。私は君の中に残っているんじゃない。君が、私を作り出したんだ」

 

「俺が……お前を作った? お前は一体、誰なんだ?」

 

「私か? 私は――

 

 

 

 

 

 ――お前だよ。里見蓮太郎」

 

 仮面が外れた瞬間、自分の声が聞こえた。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 蓮太郎が悲痛な声を挙げ、悶える間に壮助はジャッジから排莢し、スピードローダーで5発の一粒(スラッグ)弾を装填する。照準を蓮太郎に向け、引き金に指をかける。

 

 臨界連鎖出(プロミネンスドライヴ)

 

 それは一瞬の出来事だった。数メートル離れていた蓮太郎は義肢のスラスターを最大出力で点火し、一気に距離を詰めた。脚部のスラスターを減速させないまま、右腕のスラスターも点火する。大気中の分子とバラニウム義肢が摩擦を起こし、義肢から噴き上がる群青の炎と混ざり合う。

 壮助が人差し指に力を入れた時には既に遅かった。超高温状態になった蓮太郎の右腕は触れただけで放たれたスラッグ弾と散弾拳銃を蒸発させる。

 

 焔火扇 黒膂石溶解出力(メルトダウンバースト)

 

 神速の黒膂石義肢が胴を貫いた。背中から突き出た手には燃えカスとなった血肉と腸が絡み付き、腹部の穴からは人体の半分が水で出来ていると証明するかのように血が滝のように流れ、義肢に触れた血は蒸発して湯気が立つ。

 

「あ゛――――――がっ―――――」

 

 蓮太郎は腕を引き抜いた。手に焼き付いた血肉を振り払わず、自分の血だまりの中に倒れようとする壮助の首を掴み、彼を持ち上げる。絞首台に吊るされた罪人のように壮助の身体は浮動する。

 

「何も知らない糞餓鬼が! ! 好き勝手に言いやがって! ! 俺は……英雄になんてなりたくなかった! ! 富も名声も望んじゃいなかった! ! 延珠がいて、木更さんがいて、ティナがいて……あの天童民間警備会社があれば、俺はそれで良かったんだ! ! それだけなんだよ! ! 俺が望んだのは! ! あれは最後の欠片だった! ! 俺と延珠を繋ぐ最後の欠片だった! それをお前は! ! ! ! ! ! 」

 

 腹を貫かれ、義肢の熱で内部を焼かれた彼はギリギリで意識を保っていた。しかし、抵抗する力など残っていない。蓮太郎を睨むことすら出来ない。首より下の感覚がもう無かった。上半身と下半身は脊椎と周辺の筋肉だけで繋ぎ止められている。神経など繋がっている訳がない。

 

「お前だけは殺してやる! ! お前だけはあああああああああああああ! ! ! ! 」

 

 蓮太郎に首を絞められる中、壮助は蓮太郎の真意に辿り着く。

 

 ――“お前だけは”……。そういうことかよ。まったく……とんだ茶番劇じゃねえか。

 

 

 

 

 

 

 先進情報技術研究センターの一室、コンピュータの液晶だけが光源の薄暗い部屋で室戸菫はコーヒーを啜っていた。可もなく不可もない熱々のインスタントコーヒーのブラックを舌で味わいながら、TVで中継されているアクアライン空港の中継を眺める。

 対岸から空港をバックにリポーターが映し出されており、何かが炎上しているのだろうか、赤く燃え上がる空をアップで映している。

 

『今、空港で何かが光りました! まだ自衛隊の攻撃が続いているのでしょうか! 爆発音と銃声がまだ続いています! 』

 

 菫はリモコンでチャンネルを変えるがどの局もアクアライン空港のガストレアテロを中継している。自衛隊の封鎖とスタッフの安全を考えてかどの局も対岸から空港を映しており、端のテロップ以外代わり映えしない映像が垂れ流される。例外なのはガストレア大戦時ですら放送スケジュールを変えなかった某テレビ局ぐらいだろう。彼らは当初の予定通り“天誅ガールズ・大正デモクライシス”を放映しており、「から揚げにマヨネーズ? そんなの邪道よ」と12代目天誅ブルーに馬鹿にされた15代目天誅バイオレットが大量の使い魔と共に東京駅を占拠し、人質を盾にして拡声器で「から揚げにマヨネーズをかける行為の正当性」を主張するタイムリーな内容になっている。

 菫の眼前にある画面には天の梯子制御システムがハッキングされた当時のシステムログが表示されている。彼女の本業は解剖医なのだが、コンピュータや情報技術に関してもそこらの学者より長けていると自負している。

 しかし、彼女はシステムログの解析を進めていなかった。人生で初めて問題を目の前にして手が止まっていた。ハッカーの特定も手口の解明も終わっていない。それどころか調べれば調べるほどハッカーが引き起こした神業を見せつけられ、何度も諦めさせられそうになる。それでも解析を進めていった結果、彼女は不自然に挿入された数字と文字列を発見した。それら抽出し、暗号化されていた無意味な文字列を意味のあるものに変えて行く。

 解析された文章には、タイトルが付けられていた。

 

 “グリューネワルト予想の証明”

 

 ――グリューネワルト予想。それはガストレア大戦時、“四賢人最高の天才”“地上に降りた神”とまで言われた男、アルブレヒト・グリューネワルトが「暇潰しだ」と言って提示した数学の証明問題だ。その難解さは菫、エイン、アーサーら3人の賢人を悩ませ、天才としてあらゆる“問”に対する“解”を導き出してきた彼・彼女の人生に「解けずに諦めた問題」として汚点を残す結果となった。後に賢人の一人、アーサー・ザナックが「グリューネワルト予想」と名付けてインターネット上に公開したことで有名になり、世界中の数学者があらゆる学問からアプローチをかけた。しかし、現在でもそれは「世界最後の謎となる問題」として今でも数学界の未解明問題として君臨している。

 菫は画面を凝視した。刺激の無いぬるま湯のような日々を過ごしてきた彼女の脳に史上最大にして最強の核兵器(ツァーリボンバー)を落とされたような衝撃を受ける。

 

「お前は……、人間か? それとも神か? 」

 

 手元に置いていた菫のスマホが振動する。画面に目を向けると自称親友の三途麗香(バカ)の名前が表示されていた。バイブレーターの音を鬱陶しく思いながらも彼女は電話に出た。

 

「私だ」

 

『菫! ヤバい! これヤバい! ヤバ過ぎて目ん玉飛び出しそう! アニメみたいに! 』

 

「相変わらず君の話は要領を得ないな。簡潔に話してくれ。あと、それは私が調査を依頼した件か? 違う話だったら切るぞ」

 

『待って! 待って! その件だから切らないで! あと借金の返済期日遅らせて! 』

 

「そろそろ資産差し押さえても構わないか? 足りない分は身体で払いたまえ」

 

 叡智の結晶のような文章を見た直後に馬鹿と愚かさの塊のような女の声が耳に響く。その対照さに菫は辟易とするが、不思議とその声は神の数列を目の前にして緊張する心を解してくれる。

 麗香が連絡してきたのは偶然ではない。菫が彼女に調査を依頼していたからだ。菫は聖天子が蓮太郎を倒すために選出した民警に違和感があった。片桐兄妹が選ばれたことに何ら疑問はない。彼らは東京エリア民警のトップランカーで蓮太郎の手の内を知っている人間だ。大角勝典と飛燕園ヌイのペアも関東会戦以降最悪のガストレア大量侵入事件――蟲雨事件――で多大な功績を挙げている。蓮太郎に太刀打ちできるかどうかは別の話だが、選出されたことに疑問はない。

 

 ――何故、義搭壮助と森高詩乃のペアが選ばれた?

 

 義搭壮助は調べれば調べるほど、(悪い噂を除けば)普通の少年という答えが出てくる。そんな彼がどうして里見蓮太郎を倒し得る民警に選ばれたのか、そもそもどうして彼がIP序列9644位などという民警の上位10%以内にいるのか、その理由が義搭壮助ではなく、イニシエーターの森高詩乃にあるのではないか。その疑問を晴らすために菫は暇そうな麗香に調査を依頼していた。

 

「差し押さえの話は後々やるとして、その情報、私のスマホに送ったか? 」

 

『今、そっちに送ったよ。けど、暗号化とかしなくて大丈夫なの? 元在日米軍の酒飲み仲間に危ない綱渡りして貰ったけっこうヤバ目なやつなんだけど』

 

「問題ない」

 

 菫のスマホにメールが入る。タイトルには「調査の件」とだけ記載されており、本文には「ヤバい。取り扱い注意」と書かれていた。添付ファイルを開いた瞬間、菫は目を見開いた。あの少女には何かあると思って調べさせていたが、予想外の結果として戻って来た。

 

「これは、本当か?」

 

『本当も何もそれが全てよ。裏もちゃんと取れてる。正直、私もビビったけどね』

 

「この件、他の誰にも話していないな? 」

 

『勿論。私を信じてよ。もう20年以上の付き合いでしょ』

 

「学生の頃、2人だけの秘密と言って私から教えてもらった期末テストの範囲をクラスメイトに売って金儲けした挙句、その範囲が尽く外れて袋叩きにされたのはどこの誰かな? 」

 

『うっ……』

 

 電話の向こうで狼狽える麗香がわざとらしく咳払いする。

 

『それにしてもあいつ、イニシエーターガチャSR(スーパーレア)引いてたんだな』

 

 添付ファイルには、フランス軍外人部隊のグリーンベレーを被り、敬礼する森高詩乃の写真があり、説明書きが添えられていた。

 

 欧州連合軍 統合作戦司令部直轄 特殊外人歩兵連隊(リージョン・イトランジェ) 「赤い瞳(イレーヴ・ルージュ)」保有

 

 対ガストレア暴喰機動兵器   コードネーム 「白鯨(モビー・ディック)

 

 

 

 *

 

 

 

 事切れ、動かなくなった壮助を蓮太郎は血溜まりの中に捨てる。人形のように動かなくなった彼を座視する。蓮太郎が貫いた腹部から多量の失血、首を絞められたことによる呼吸の停止、殺した蓮太郎ですら吐き気を覚えるほど酷い有様だ。

 蓮太郎は踵を返して歩き始めた。壮助に奪われた雪影と砕けたブレスレットの破片を回収する。これ以上壊さないように破片一つ一つを丁寧に拾い上げる。手に集める度にブレスレットを破壊した壮助への怒りで身が震える。憎しみの眼差しを向けてもそこには動かない肉塊しか無い。

 虚しさを抱えながら蓮太郎はブレスレットの破片をまとめて別のポケットに入れる。

 

 ヴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォオオオオオオオオオオオオオオオ!!!

 

 超大型ガストレアが雄叫びでも挙げたのだろうか、重低音が大気を震わせる。目に映る全てが振動し、耐え切れない物体は自壊していく。

 

 ――鯨の声?

 

 蓮太郎が声の正体を思索する暇も無く、鉄骨が彼に目がけて跳んできた。重量はおおよそでも1トンは越えている。蓮太郎は動体視力でもギリギリ捉えられる速度で飛来したそれを雪影で切断し、左右に分断する。質量も速度も殺されないまま分断された鉄骨は左右に飛び抜け、背後のターミナルの壁を粉砕する。

 蓮太郎の正面、大穴の空いた壁を抜け、一人の少女が戻って来た。

 義搭壮助のイニシエーター、森高詩乃だ。

 暗闇を照らすかのように彼女の目は警告灯のように燦燦と赤く輝き、全身から蒸気が噴き上がる。明らかに様子がおかしい。彼女は獣のように牙を剥きだしにし、敵である蓮太郎を目の前にして雄叫びを上げる。少女の姿からは想像できない重低音、戦場を震動で支配した主が彼女であることを示す。

 詩乃は身を低く構え、槍を握ったまま短距離走のクラウチングスタートのような体勢に入る。口から熱波と化した息を吐くと、地を蹴った。

 

 ――速い! !

 

 彼女の速度は蓮太郎の予測を越えていた。延珠や小比奈のようなスピード特化型を遥かに超え、彼女の質量と腕力も合わさって、凶悪さが何倍にも増している。

 反応が間に合わなかった。重槍の刃先とバラニウムの拳が衝突する。正面から受けていたら義肢がバラバラに砕けていただろう。軌道の側面から叩くように拳を当て、火花を散らしながら軌道を逸らす。

 一撃目が外れても詩乃は止まらなかった。すぐに体勢を立て直し、大槍を振るう。獣のように本能的で直線的な大振りの攻撃だ。壮助と一緒に戦っていた時なら軽く回避されていたが、今はパワーもスピードも桁違いだ。彼女が槍を振るった瞬間、押し出された大気中の分子が凝縮され、音速の壁として蓮太郎に叩きつけられる。

 貿易ターミナルのガラスを突き破り、蓮太郎は滑走路まで吹き飛ばされた。槍に当たらなくても詩乃が作り出す音速の壁が“見えざる槍”となり、不可視の一撃を繰り出す。

 蓮太郎は血反吐を吐きながら、殴られた部分を抑えて立ち上がる。今の攻撃で肋骨も折れたのだろう。呼吸をしても肺に空気が入らない。息苦しさが止まらない。それでも蓮太郎は顔を上げ、ぼやけた焦点を合わせる。

 見えたのは数十メートル先、貿易ターミナルの中から重槍を逆手に持ち、投擲の構えに入る森高詩乃だった。

 質量200キロのバラニウム重槍が射出された。空気抵抗を受け、轟音を立てながら飛来する重槍は全てを置き去りにしていく。大気中の分子を圧縮して形成された音速の壁はソニックブームとなり、軌道上のアスファルトを引き剥がしていく。

 

 臨界連鎖出力(プロミネンスドライヴ)制御限界点突破(スクラムオーバー)

 

 轆轤鹿伏鬼・羅生燦蓮華  黒膂石崩壊撃発(メルトダウンバースト)!!!!

 

 重槍が生み出す音速の壁と義肢が生み出す熱量の壁が衝突する。衝突した場所では火花でもなく、閃光でもない、形容し難い光が溢れ出し、地表に第二の太陽が生まれたかのように空港は真昼のように明るくなる。

 刹那の太陽が消滅し、再び空港に夜が訪れた時、重槍は消滅していた。蓮太郎の拳から放たれた膨大な熱はバラニウムの沸点を越えており、槍を構成していたバラニウム分子は蒸発したか、プラズマ化して消滅した。しかし、音速の壁は相殺しきれなかった。残された衝撃波だけが蓮太郎を貫き、肘から先が蒸発していた彼の右腕を吹き飛ばす。

 蓮太郎は今の一撃で全てを出し切った。右腕は消滅した。残った左腕だけで雪影を振れるほど剣術に自信は無い。そもそも身体を動かす余力も残っていない。次に詩乃が攻撃したら受けて死ぬしかない。

 しかし、詩乃は動かなかった。槍を投げた場所で立ったまま動かなかった。全身から湯気が上がっている姿は、まるでバッテリーを冷却しているロボットのようだった。立つ力すら使い切ってしまったのか、彼女はその場で倒れた。

 蓮太郎はそれを見届けると、驚愕と安堵が混ざった中で呼吸を整える。

 

 

 

 

 タァァァァァァァァン…………

 

 

 1発の銃声と共に弾丸が蓮太郎の左脚を砕いた。弾丸は膝の骨を破壊し、彼を地に伏せさせた。地面に頬をつけた蓮太郎は立ち上がろうとはしなかった。もうそんな力は残されていない。それどころか、今ここで死んでしまっても構わないとすら思っている。

 蓮太郎から300m離れた滑走路の端、1台のワゴンの助手席側の窓から硝煙を挙げる銃口が飛び出していた。運転席で大角勝典はロシア製狙撃銃SV-98を構え、ドアを二脚(バイポッド)の代わりにして、蓮太郎の左脚を撃ち抜いた。

 勝典は暗視スコープ越しに蓮太郎が倒れたのを確認すると、安堵して一息吐いた。

 英雄の悲しい結末を彩るように自衛隊のヘリがライトで蓮太郎を照らす。周囲に陸上自衛隊の車両が集まり、蓮太郎を取り囲んだ。

 

「目標確保!目標確保!」

 

 アクアライン空港ガストレア占拠事件の発生から6時間後、テロの首謀者、里見蓮太郎は“偶然空港に居合わせた民警”の協力の元、自衛隊によって拘束された。

 

 

 

 *

 

 

 

 

 勾田大学病院付属救急医療センター

 

 

「あの馬鹿の面を見に来たつもりだったが……、もっと酷い物を見つけてしまった。臓器はほとんど燃えカスになっているし、折れた肋骨が心臓と肺を串刺しにしている。こんな状態になってもまだ生きている君の生命力には驚かされるよ。

 だが、君の命もこのままだと長く見積もってもあと1時間が限度だ。君を救うには臓器を全て取り換える大手術が必要になるが、今からだと臓器提供者(ドナー)も人工臓器も手配は間に合わないだろう。

 

 

 

 

 

 ――ふふっ。君は運が良いな。丁度良くここに“人間一人分の臓器がある”」

 

 

 

 天才は、悪魔のように微笑んだ。




本当は年内に更新しようと思っていましたが、年が明けてしまいました。
ようやく第一章のラストバトルを書くことが出来ました。
あれこれ寄り道してしまったせいでどんな結末になるか自分でも予想できませんでしたが、いざ流れに身を任せて書いてみると「ああ。そういえば最初はこうするつもりだったな」って感じに落ち着きました。

次回は第一章の最終話 「里見蓮太郎になれなかった少年」
後書きに第二章の予告も入れようと思っていますので、お楽しみに。


ついでに第1話から登場しているにも関わらず、保有因子が謎のままだった詩乃ちゃんのステータス表も書いておきます。



イニシエーターの能力表

森高詩乃

筋力:EX 敏捷:D(?) 耐久:EX 知力:B 幸運:D 特殊能力(???):未知数

戦闘の傾向
圧倒的な筋力で正面から敵をねじ伏せるパワー特化型イニシエーター。マッコウクジラの因子で全身が高密度の骨と筋肉によって構成されており、重量200キロの槍を片手で振り回す筋力と深海数千メートルの水圧にも耐えられる強靭な肉体を獲得している。
また、反響定位(エコーロケーション)によって暗闇の中でも物体の位置や形状を把握する優れた聴覚も持っており、生体アクティブソナーとしても機能する。
銃器や爆薬もそこそこ扱える為、近~中距離の戦闘に対応できる。
しかし、とんでもないパワーを生み出す身体に必要なエネルギー量もとんでもない為、必要とする食事量が非常に多く、壮助は彼女の食費で毎月破産しそうになっている。
また、骨や筋肉の密度が非常に高いため、その見た目に反して体重が非常に重く、足場が悪いと自分の体重で床や地面を崩落させてしまう可能性がある。

何かしらの条件が揃うと蓮太郎をも凌ぐ爆発的なスピードを発揮するが詳細は不明であり、壮助ですら知らない能力をまだ内に秘めている。
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