ブラック・ブレット 贖罪の仮面   作:ジェイソン13

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前回「里見蓮太郎になれなかった少年」で語れなかった里見事件のその後の話です。

後書きに第二章の予告も入ってるよ!


幕間の物語
始まりの鐘は鳴る


 時は遡り、里見事件終結から1ヶ月後――

 

 雑居ビルが建ち並び、居酒屋、バー、漫画喫茶、キャバクラ、風俗の看板が入り乱れる東京エリア某所。仕事帰りのサラリーマンやこれからサークルの飲み会で盛り上がる大学生で表通りは盛り上がりを見せる。そこから脇道に入れば、古き良き昭和の匂いを残した小さな居酒屋やスナックが並ぶ。ワンカップ焼酎で酔っ払い道の端で訳の分からないことを叫ぶホームレス、外に駄々漏れになるほど大声で笑い合う低所得労働者たち、そんな喧騒を抜け、大角勝典は目的の居酒屋に入った。

 1階は女将の顔がよく見えるカウンター席、奥には座敷、左手には古い家屋によくある勾配の高い階段が見える。そこから2階に行けるのだろう。

 

「いらっしゃい。これは随分と大きなお客さんだねえ……。1人かい? 」

 

「いえ。連れが先に来ているのですが……」

 

 そう言いつつもカウンター席、座敷を見回しての連れの姿が見当たらない。もしかして店を間違えたのだろうかと勝典は少し不安になる。

 

「あー。悪い悪い。女将さん。俺の連れだ。あとこいつに鬼殺しの熱燗用意してくれ」

 

 左手の勾配のある階段から遠藤弘忠警部が姿を現した。

 遠藤に連れられ、勝典は階段を上った。階段と2階の座敷を隔てる扉を抜ける。10人ぐらいが入る団体客用の座敷スペースがあったが、今は貸し切り状態だ。勝典は靴を脱いで座布団に腰を掛けた。

 

「すまない。遅くなった」

 

「大丈夫だ。こっちこそ悪いな。こんな離れた場所に呼んで」

 

 向かいに座る遠藤は勝典をじっと見るとニヤリと笑みを浮かべた。

 

「それにしても、大角。思った以上に無事みたいだな。てっきり包帯の一つや二つ巻いていると思っていた」

 

「相棒とバカ共を乗せたワゴンを運転して、遠くから1発撃っただけだからな。ただ、お陰で事後処理のゴタゴタの中で色々と動くことが出来た。――ところで、お前の隣に座っているのは、件の多田島茂徳警部でよろしいですかな? 」

 

 勝典は遠藤の左隣に目を向ける。警察関係者というのはファッションセンスも似通ってくるのだろうか。くたびれたワイシャツの袖を捲り、タバコをふかす姿は遠藤に似ている。遠藤との違いを挙げるとすれば、ややメタボ気味な遠藤とは違い、彼の身体は年齢の割に引き締まっていることだろう。どちらが現役でどちらが引退した身なのか分からない。

 

「ああ。ちなみに“元”警部だ。昔は勾田署にいた」

 

「松崎民間警備会社所属の大角勝典です。遠藤警部とは何かとお世話になっております」

 

 勝典は正座し、懐から名刺を出して多田島に差し出す。所作は営業マンそのものだ。

 

「今時の民警は名刺を持ってるのか」

 

「一応、企業ですから」

 

 多田島は名刺を受け取る。本人の名前と企業名・事業所の住所が記されているシンプルなものだが、見たことのある事業所の住所が目を引いた。

 かつて天童民間警備会社のあった場所だ。里見蓮太郎が去り、天童木更も死んだ今、あそこは空きテナントになっているか別の会社が入っているだろうと思っていたが、まさか民間警備会社が入り、その会社の民警がテロリストになった蓮太郎を追ったことに運命染みたものを感じる。

 女将が酒とつまみを持って来て、それぞれの器に酒が注がれる。

 

「自己紹介は終わりにして、本題に入ろう」と遠藤が切り出した。

 

「あのテロで俺達所轄は蚊帳の外に放り出された。首なし死体事件の捜査も警視庁の特捜部に持って行かれた。だからテロの前、お前に話した情報以外で目新しいものは何も無い。むしろ、お前から色々と話を聞きたくてこの場を設けたぐらいだ」

 

 勝典は多田島に目を向けるが、彼は不機嫌そうに卓に膝を突いた。

 

「俺は警視庁の後輩にちょっと話を聞いてみたが、やっぱり駄目だな。あれほどデカい事件だと情報のロックが固すぎる。警備局にも知り合いはいるが、職務に忠実な連中だ。拷問されても口は割らんだろう」

 

「――ということは、俺が一方的に情報を提供することになる訳だ」

 

 勝典の言い方にはトゲがあった。勝典と遠藤は協力体制にある。しかし、それは互いにギブアンドテイクのバランスがとれている対等な関係だからこそ成立しているものであり、そのパワーバランスが崩れればすぐに崩壊してしまうドライなものだ。勝典が遠藤の誘いに乗ったのは警察が持っているガストレアテロに関する情報を代わりに入手できると思っていたからだ。彼らに出せるものが無いのであれば、勝典から出すものもない。

 

「分かった。ここは俺の奢りだ」

 

「たかだか数千円じゃ出せる様な情報ではないな。結果的に無事だったとはいえ、死を覚悟して鉄火場に飛び込んで手に入れた情報だ」

 

「人の足元見やがって。じゃあ、何が欲しいか言ってみろ。出せるものなら出してやる」

 

「……赤目ギャング『スカーフェイス』に関する情報だ。リーダー、構成員、指揮系統、武装、拠点、関与している犯罪、連中の資金源、情報の種類は問わない」

 

 勝典の言葉に遠藤は訝る視線を向ける。彼は頬を付け、取調室で容疑者に無言の圧力をかけるように目で問い詰めていた。

 勝典は遠藤が首を縦に振らないことを不思議に思った。国家を揺るがすテロをいちギャングに関する情報を提供するだけで受け取れる。悪くない取引のはずだ。絶対首を縦に振るだろうと自惚れていた訳ではないが、不審の目を向けられることは想定外だった。

 

「どうかしたか? 」

 

「いや、命懸けで鉄火場に突っ込んで手に入れた情報の対価としては随分と安い要求だな、と思っただけだ」

 

「立場が変われば価値観も変わってくる。警察にとっては取るに足らない情報が我々民警にとっては大金積んででも欲しいものかもしれない。その逆もある。少なくとも我々は異なる立場・異なる価値観を利用し、互いに利益を享受する関係にある筈だ」

 

 勝典の強弁が終わると遠藤は表情を緩めた。彼の言葉に納得したわけではないが、これ以上取引を拗らせても損をするのは自分達だ。

 

「まぁ、今回はそういうことにしてやる。良いだろう。準備する」

 

「取引成立だな」

 

 成立の証としてなのか、2人が日本酒の入った御猪口を乾杯する。その様子を多田島はじっと見つめていた。

 

 ――もし、藍原延珠と天童木更が生きていて、まだ天童民間警備会社が存在していたら、自分と里見蓮太郎はこういう関係になっていただろうか?

 

 多田島は馬鹿な考えだと頭を横に振り自分の夢想を否定する。いや、あの不幸面に限ってそれは無いだろう。我ながら随分と気持ち悪い妄想をしてしまったと自制する。

 多田島が自分を鼻で笑うとそれを聞き取った遠藤が振り向いた。

 

「おや? 多田島さん。どうかされましたか? 」

 

「いや、片や『税金泥棒』と罵り、片や『現場荒らし』と罵る警察と民警が同じ席で酒を飲むなんてな。俺が部屋に籠って調べものしている間に時代は変わったんだなあ……と」

 

「爺臭いですよ。多田島さん。それはそうと――」

 

 遠藤が御猪口を叩くようにテーブルに置く。ドンと音が鳴り、テーブル上の皿が料理を零さない程度に跳ねる。酒が入って少し気分が良いのか、所作が大仰になっていく。

 

「ここまで出させたんだ。小学生の読書感想文みたいなブツだったら承知しないぞ」

 

「ああ。それだけの価値はある。手土産も用意してきた。だがその前に一つ聞かせて欲しい。――()()()()()()()()()()()()? 」

 

 勝典の視線が眼孔炯々としていく。その鋭さは筋肉達磨と称される彼の肉体も相まって、一回り二回り年上の遠藤と多田島を圧倒する。2人は思わず黙り、息を呑んだ。

 

「里見蓮太郎の一件は素人目から見ても所轄では処理しきれない。警視庁、それこそ外国勢力の介入も考慮して公安部が捜査権を握るのは当然のことだ。多田島殿は引退した身だから個人の危ない綱渡りで説明つくが、遠藤……お前は警察に属する人間だ。家族もいる」

 

「何が言いたいんだ? 」

 

「職や家族を犠牲にしてでも先を調べなければならない程、お前にとって里見事件は価値があるのか? 」

 

 勝典が珍しく感情的になり、遠藤に問い詰める。

 遠藤は目を瞑り、腕をくんで悩み始めた。だが、勝典の問い詰めとは別の何かに悩んでいる様で、彼の悩む姿勢には重さというものが感じられない。彼はふと目を開くと隣の多田島に視線を向けた。

 

「多田島さん。あれ、言っちゃいますか? 」

 

「俺はもう警察を辞めた身だ。勝手にしろ」

 

 多田島と軽く打ち合うと、遠藤は冷や汗を流し、何か申し訳なさそうな顔で勝典に視線を戻した。

 

「実は……だな。さっきの話は嘘なんだ。所轄は蚊帳の外に追い出されなかったし、本庁の連中も口を閉ざしちゃいない。()()()()()()()()()()()()

 

「どういうことだ? 」

 

「連中、里見事件に関する資料を全部、持って行かれたから俺達に縋って来たんだよ。『里見事件に関わった民警と知り合いなんだろ? 何か情報貰って来てくれないか』ってな」

 

「持って行かれたって、どこが持って行ったんだ?」

 

聖室護衛隊(SPEC)だ」

 

 この東京エリアには捜査権を持つ組織が複数存在する。一般的に広く知られているのは警察と検察だが、その他にも海上保安官、自衛隊警務官、労働基準監督官、麻薬取締官などが挙げられる。それぞれの組織は海上、自衛隊内部、労働法、麻薬犯罪などのテリトリー内で起きた犯罪に対して捜査権・逮捕権を持っている。聖室護衛隊もその一つであり、聖居の関わる犯罪に対して捜査権・逮捕権を持っている。

 

「連中、『里見事件は聖居への直接攻撃を目的とした事件であり、聖室護衛隊の管轄である。速やかに全資料を我々に引き渡すように』って涼しい顔して警備局から里見事件に関する資料を奪って行った挙句、お上の鶴の一声で捜査権も奪いやがった。

 

『もうこの国に三権分立なんて存在しねえ! ! 聖天子の独裁国家だ! ! ナチスだ! ! ヒトラーだ! ! この国の泥棒は白い制服を着てやがる! ! 』

 

 ――って大の大人がギャン泣きだ」

 

 流石にナチス・ヒトラー呼ばわりは大袈裟だろうと勝典は心の中でツッコミを入れたが、テロ捜査で公安警察が捜査権を奪われる異常事態とそれが罷り通る今の東京エリアの権力構造の歪さを表すには十分すぎる言葉と思った。

 

「その癖、奴の拘置所の警護は警察と自衛隊にやらせるんだから連中の皮の厚さは相当なものだ」

 

 語っていく内に遠藤と多田島の表情も苛立って行く。警備局に関わりの無い2人だが、今回の聖室護衛隊の横暴さと警察を軽んじる対応には同じ警察の人間として怒りが湧いてくる。

 

「分かった。分かった。落ち着け。情報は提供する。まずは、手土産から出していこう」

 

 勝典は持参したカメラバッグから20cm×20cmのプラスチックバッグを取り出す。中には人間の親指サイズの黒い金属片が4~5個ほど入っており、天井の照明に反射して光沢を放つ。

 

「これは里見蓮太郎の右腕になっていたバラニウム義肢の破片だ。どさくさに紛れて幾つか採取できた。超高温で変形しているが、鑑識の解析にかければ何かしらの情報は得られるかもしれない」

 

「バラニウムが溶けるほどの超高温って……何があったんだ? 」

 

「言っても信じて貰えるかどうか分からないが、あいつの右腕から何かよく分からない凄いビームが出て、それで腕が溶けた」

 

 遠藤と多田島はぽかんと口を開けて、勝典を見つめる。あまりにも非現実的過ぎて勝典の言っていることを理解するのに少し時間がかかった。いや、理解するのを諦めた。

 

「そんな目で見るな。俺だって未だに信じられん。次の奴出すぞ」

 

 勝典は再びカメラバッグに手を突っ込んだ。次に出したのはメモリーカードだ。

 

「パソコンは持って来たか?」

 

「ああ」

 

 遠藤はカバンからノートパソコンを出して勝典に渡す。勝典はメモリーカードを差し込み、トップ画面で起動したアプリケーションで画像を開く。

 

「何だ? これは? 」

 

 画面に映し出されたのは数枚の画像だ。イタリアの高級自動車ランボルギーニ・ウラカンを複数の角度から映した画像と何本かのチューブが垂れる機械の画像だ。後者は白を基調としたカラーリングにライトブルーのチューブから医療機器のようにも見える。

 

「両方ともアクアライン空港で里見が協力者から受け取ろうとしていた荷物だ。詳しいことは添付ファイルに書いているからそっちを見て欲しい。里見事件に関するレポートだ。色々とヤバい国家機密も入っているから、取り扱いには気を付けろ」

 

 2人はすっかり酔いが覚め、仕事に就く時のような真剣な眼差しで画像と勝典のレポートを読み進んでいく。キーボード前のタッチタブに置かれた遠藤の指が動いて文章を下に動かしていく程、2人はその情報の重さに頭を抱えて行く。

 

「はぁ~。なんつーか、とんでもないヤマに頭を突っ込んじまったな」

 

「口封じに殺されないでくれ。警察とのコネが無くなるのは困る」

 

 ――と勝典は冗談交じりに語った。

 

 

 

 

 

 

 里見事件から1か月半後

 

 太陽が傾き、夕日がビル街を赤く染める時間帯、夜の街として目を覚まそうとキャバクラやゲイバー、ガールズバー、風俗のネオンに灯りが点き始める。

 その一角にあるビルの3階――松崎民間警備会社では事務員の千奈流空子がデスクに向かい、書類仕事を片付けていた。いつもは他の民警や依頼人とトラブルを起こす壮助へのクレームの電話が鳴り響くが、今はとても静かで目の前の仕事に集中できる環境だった。

 彼女を忙しくさせていたのは、銃刀紛失届だった。東京エリアでは民警の武器保有に関する法律が定められている。主な規定としては武器の保有届提出義務、民警ライセンスを持たない者への貸出・譲渡の禁止、ペア1組あたりの保有数制限などが挙げられる。特に武器を紛失した際のペナルティは犯罪への不正利用やテロリスト・暴力団・赤目ギャングへの流出を防ぐ目的で一段と厳しい。6年前に発生した里見蓮太郎の冤罪事件で民警の武器管理体制の甘さが露呈したことが切っ掛けとなり、ここ数年は更に締め付けが強くなっている。

 拳銃一つ失っただけで罰則金がある上、何枚もの書類を作り、役所に提出しなければならない面倒な書類仕事が出来上がる。その上、今回の戦いで義搭ペアは拳銃1挺、アサルトライフル1挺、サバイバルナイフ1本、バラニウム重槍1本を紛失している。正確には紛失ではなく、超高温に晒されて蒸発またはプラズマ化して消滅なのだが、役所にそんな説明をする訳にもいかなかった。払った罰則金も色を付けて後で聖居から支払われることもあり、素直に「ガストレア討伐中に紛失しました」という形で処理を行うことにした。

 書類仕事がひと段落着くと空子は背もたれに身を預け、両手を組んで上に伸ばす。

 空子はマグカップの中身が空になっていることを思い出す。給湯室に置いているポットにお湯はまだ残っている。インスタントコーヒーの粉もまだあることを頭の中で確認し、カップを片手に立ち上がった。

 

「社長。何かいります? 」

 

 空子は窓際の社長席に座る松崎に声をかける。しかし、返事はない。

 松崎は項垂れていた。デスクに肘をつけ、額を組んだ手に押し当てて溜め息を吐く。窓に背を向ける形で設置してあるせいか、逆光のせいで更に暗く見える。

 防衛省の一件から松崎は悔悟の念に囚われていた。蓮太郎がテロリストに身を堕とす遠因を自分が作ってしまった――彼に深い悲しみを与えてしまった罪、蓮太郎の真意を知りたいが為に一人の少年を焚き付け死地に向かわせてしまった罪、それらが重なり、彼を今にも押し潰そうとしていた。あれから食事がまともに喉を通らず、眠ることも出来ない日々が続いている。

 

「千奈流くん。私は、彼を止めるべきだったんでしょうか」

 

 里見事件が終結してから1か月半、松崎は何度も上の空になりながらこの疑問を口にしている。耳に胼胝ができるくらい空子は松崎の疑問を耳にし、それに答えて来たが今になっても同じ疑問が彼の口から浮かび上がる。もしかして彼は痴呆症を患ってしまったんじゃないだろうか、突発性アルツハイマーとかじゃないだろうかと脳裏に不安が過る。

 空子も何度も同じセリフを聞かされて我慢できなくなったのか、怒りのあまりペンをへし折り、机をバンと叩いて立ち上がった。

 

「社長……何度も同じこと言いますけど…………社長が止めても止めなくてもあいつは空港に行っていました! ! あいつは中学生の頃からそうです! ! 何度言っても制服はちゃんと着なかったし、喧嘩は止めなかったし、生活指導担当の不倫ネタを掴んで黙らせてたし、保健室をホテル代わりにしていたし、期末テスト前に偽の問題用紙を作って金儲けしてたし、とにかくあいつは昔からそういう奴なんです! !

 

 空子は松崎の前に立ち、両手を机に付く。前屈みになり、獣のように威圧する彼女に松崎は圧倒される。

 

「そ、そうかね」

 

「そ・う・で・す! ! 元副担任の私が言います! ! 無理矢理、あいつの生活指導担当をさせられた私が言います! ! 間違いありません! ! ! ! そんなに申し訳ないと思うなら退院した時、臨時ボーナスでも渡せば良いんですよ! ! あいつはそれで機嫌よくなります! ! はい! ! もうこの話は終わり! ! 以上! ! オーバー! ! 」

 

 叫びたいだけ叫ぶと空子は机から離れ、大きく息を吐きながら髪を掻き上げる。もう言いたいことは言い尽くしたのだろう。彼女は落ち着きを取り戻す。

 

「コーヒー淹れて来ます。社長は?」

 

「砂糖入りでお願いします」

 

「分かりました」

 

 空子は自分のマグカップと松崎のデスクの上にあるマグカップを取り、両手に持って給湯室へ行こうとする。

 ドアを2回ノックする音がした。空子と松崎が視線を向けるとドアの摺りガラスの向こう側に人影が見える。ベージュを基調としらカラーリング、スラリとしたシルエットで女性だと分かる。

 

「はーい。どうぞー」

 

 空子がノックに応えると「失礼します」と言って彼女は入って来た。

 ベージュのロングカーディガン、クルーネックニット、デニムパンツでシンプルな春のコーディネートで身を包む彼女は街中に溶け込みそうな服装をしていた。しかし、人形のようにスラリと伸びた手足とモデルのような体格、ゴムで束ね、キャスケット帽で隠しても目立つプラチナブロンドの髪はここに来るまでに多くの人の目を引いただろう。

 

「お久し振りです。松崎さん」

 

 キャスケット帽を外し、彼女――ティナ・スプラウトは笑みを浮かべた。

 

「まさか……ティナちゃんかい? 」

 

「はい」

 

「大きく……なりましたね」

 

 松崎は視線を上げ、ティナの顔を見る。松崎の記憶の中のティナは青空教室にいた頃のものだ。その時の彼女は10歳の少女で、座っている松崎よりも視線が低かった。今は自分が立ち上がっていても彼女の顔を見るには首を上げないといけない。彼女を見ると、改めて6年という歳月の長さを感じさせられる。同時にこうも考えてしまう。

 彼女たちも生きていればこんなにも大きくなっていたのだろう。と、考えるだけで目頭が熱くなる。ティナも松崎に心情を悟り、彼がハンカチで涙を拭う姿を静観する。

 隣の応接室に2人は移動し、卓を挟んで向かい合うように座る。2人の目の前には空子が淹れた緑茶の湯呑が置かれている。

 

「君も、あの空港にいたのですか? 」

 

「はい。聖天子様に依頼され、サーリッシュ民間警備会社(PGS)のイニシエーターとして戦いました。シェーンフィールド……私の武器は一つ残らず壊されて、私自身もボロボロに負けてしまいましたが……」

 

 ティナは少し照れ臭そうに語る。聖居の最終兵器として投入されたにも関わらず、対蓮太郎戦では武装を奪われ、小比奈と2人がかりで立ち向かっても敗北した今回の戦績をどう語ればいいのか分からない。それ以前に「蓮太郎さんにボコボコにされました」と言ってしまった自分の思慮の浅さを猛省する。

 ティナは何とか別の話題にしようと周囲に目を向け、何とか話題を作る。

 

「それにしても驚きました。松崎さんが民警会社の社長をしているなんて……」

 

「私にもちょっとした転機がありましてね……。驚きましたか?」

 

「はい。てっきり、また外周区で学校をやっているものだと」

 

「それは違いますよ。ティナさん」

 

 松崎の否定の言葉はティナに刺さった。

 

「私はずっと塞ぎ込んでいました。青空学校を作ったことを、あの子たちを一ヶ所にまとめてしまったことをずっと後悔していました。あの子たちを殺したのは自分なんじゃないか、あの子たちの死が里見さんの心を曇らせる原因になったのなら、元凶はこの私だと考えていました」

 

「それは違います! ! 」

 

 ティナは声を荒げる。

 

「私はこの6年で色んなエリアを廻って来ました。そこで呪われた子供たちが酷い扱いを受けるところもたくさん見てきました。呪われた子供の殲滅を政府が推奨するエリア、嗜虐対象として狩猟されるエリア、実験材料として飼育されるエリア、兵器として消費されるエリア。私は、彼女達が死ぬところもたくさん見てきました。

 殺されて橋の下に吊るされた子供を見ました。

 意識を持ったまま手足を切断され内臓を抜きだされた子供を見ました。

 薬物によって精神が崩壊し自我を失った子供を見ました。

 味方の兵士に強姦され口封じの為に殺された子供を見ました。

 死に方は千差万別でしたが、ただ一つだけ共通することがありました。それは、彼女達は死を幸福だと思っていたことです。「いつか神様が私を殺してこの地獄から救い出してくれる」と私に真剣に語る子もいました。彼女達は、この世に生を受けたことを悔やみながら、この世に自分を生んだ親や神を憎み、呪詛を吐きながら死んでいきました。

 でも、あの子たちは、松崎さんの教え子たちは違います。彼女達は笑っていました。この世界に生まれたことを幸福だと感じ、死を悲しいことだと認識することが出来ました。それは松崎さんが居たから、彼女達は人間らしく生きられたと思っています。

 例え、あの青空教室が彼女達の寿命を縮めてしまったとしても松崎さんのやったことは正しかった。私ははっきりとそう言えます」

 

 松崎の目から涙が零れる。彼は口を歪ませ必死に堪えていたが、6年の罪の意識から解放してくれた()()には勝てなかった。松崎の口から嗚咽が漏れる。ハンカチを出す余裕もなく、眼鏡を外して袖で涙を拭う。

 

「ありがとう…………ありがとう…………」

 

 ティナは再び泣き腫らす松崎を見守る。自分の言葉で彼がこんなにも救われるのだと、彼の声が心に沁み入る。だからこそ、彼女は考えてしまう。自分は東京エリアから逃げるべきではなかった。ここでずっと蓮太郎を待っていれば良かった。そうすれば、松崎の心をもっと早く救うことが出来たかもしれない。――と。

 しかし、彼女は後悔しない。東京エリアから逃げたことを悪いとは思わない。その先で良いプロモーターに出会えた。彼女の支援で最強の力を手に入れた。その力で何十万何百万もの人をガストレアから救ってきた。その何倍もの悲劇を防いできた。それもまた間違いではないと分かっていたから――。

 

 

 

 *

 

 

 

 松崎が心を落ち着かせた頃には外が暗くなっていた。階下のキャバクラやゲイバーに向かう人々、呼び込みの声、ネオンの光がかすかに事務所にも届いていく。

 

「ティナさん。これからどうされるんですか? アメリカにはすぐ帰るのかい? 」

 

「いえ。しばらく――いつまでかは分かりませんが東京エリアに居ようと思います。蓮太郎さんのこともまだ気になることがありますし……。それに、どこで私の情報を聞きつけたのか、弓月さんが私を見つけて一緒に買い物をする約束もしましたし」

 

 蓮太郎の一件で張り詰めていたせいか実年齢よりも大人びて見えたティナが年相応の笑顔を見せる。IP序列38位の民警も弓月の前では16歳の少女でいられるのだろう。その表情から彼女との買い物をいかに楽しみにしているか窺える。

 

「それは良かったです。ゆっくりこっちで休んでください。いつでも事務所に遊びに来て良いですから」

 

 ティナは膝元に置いていたキャスケット帽を両手で掴む。何か言いたいことがあるが、緊張して言い出せないような素振りだ。視線は泳ぎ、口は開くが一言目が出て来ない。

 

「どうかしましたか? 」

 

「松崎さん。1つ、お願いをしても良いですか?」

 

「大丈夫ですよ」

 

「私を、ここで働かせてください」

 

 ティナが深々と頭を下げる。松崎は驚きのあまり固まってしまい、蝋人形と見紛うほど微動だにしなかった。うんともすんとも言わない。メガネもずり落ちた。

 

「駄目……ですか? 」

 

「いえ。すみません。ちょっと驚きましてね。ここは見ての通り小さな会社で人手も足りていません。人が入ってくれるのは大歓迎なのですが、君の場合だとその活躍に見合う給料を出せる自信がありません。どうして、またそんなことを……。サーリッシュPGSが嫌いなのですか? 」

 

「いえ。サーリッシュは良い人ばかりですし、あそこのバックアップに不満はありません。プロモーターのオッティさんのことも好きですし彼女を裏切るつもりもありません。ただ、この場所に居る理由が欲しいんです」

 

「そんなことをしなくても、私達は君のことを歓迎します。いつでも遊びに来て良いんですよ?」

 

「遊びに()()んじゃなくて、ここに()()理由が欲しいんです」

 

 ティナが()()()()を特別に想う気持ちは松崎が考えているものより重かった。ここはかつて天童民間警備会社があったテナントだ。ティナにとっては蓮太郎・延珠・木更との思い出が残っている場所、彼女が幸せだった頃の記憶が残る場所だ。その思い入れの強さは半端なものではない。だからこそ彼女は()()()()にいる理由を大切にしたかったのだと感じた。

 

「プロモーターやサーリッシュの人達への相談は? 」

 

「出向という形で了承を貰っています」

 

 松崎はしばらく考え込む。ティナは何かまだ問題があるのかと不安になるが、1分も経たない内に彼は笑みを浮かべた。

 

「これからよろしくお願いしますよ。ティナさん」

 

 松崎が契約成立の証として握手しようと右手を差し出した。

 

 ティナは彼の右手に気付いていなかったのか、突然、ソファーから立ち上がった。訓練された兵士のように綺麗に直立し、右手で敬礼する。

 

「はい!サーリッシュ民間警備会社より出向しました。IP序列38位 殲滅の嵐(ワンマンネービー)ティナ・スプラウトです。シェーンフィールドを全機損失し、今はしがない狙撃兵ですが、どうぞよろしくお願いします」

 

 松崎は唖然とした。6年前のティナは眠たげな姿がよく脳裏に浮かぶどこか惚けた少女だった。しかし、今の彼女の目ははっきりとしており、その所作も訓練された兵士のようにしっかりとしている。今の彼女を見て()()()()()と評する者はいないだろう。

 

 この6年間、彼女にも色々とあったのだと思いながら、松崎は握手の為に差し出した右手を引き戻し、敬礼する。

 

「よ、よろしく」

 

 松崎が困惑する姿を見てティナは「はっ」と自分が奇矯なことをしていることに気付く。恥ずかしさのあまり彼女の顔は真っ赤になり、居ても立っても居られず、左手に抱えていたキャスケット帽で顔を隠す。

 

「……すいません。ずっと軍隊相手に仕事をしていたので、つい……」

 

 こういうところは6年前と変わらない――と、松崎はティナの姿を通して6年前の情景を思い出す。爆弾で吹き飛ばされた黒板や机でもなく、そこら中に散らばった少女たちの肉片でもない。警察署に並べられた遺体袋でもない。青天の日差しが直接降り注ぐ屋根も壁のない教室、教壇に立つ不幸顔の少年とセーラー服の少女、響く少女たちの笑い声を――。

 

 

 

 *

 

 

 

 司馬重工第三技術開発局・局長室。最先端のバラニウム応用技術研究機関らしく機械的で機能美に溢れた部屋だが、その随所には扇や日本刀、掛け軸など“和”をモチーフにしたオブジェクトが散見される。最奥の局長のデスクに司馬未織は座っていた。

 足を閉じ、正しい姿勢で局長としての職務に当たる彼女の姿は鮮やかな猩々緋の和装も相まって大和撫子そのもののように見える。

 局長のデスクに置かれたスマートフォンに着信が入る。画面には「芹沢遊馬」と表示されている。その名前を見た瞬間、未織の眉間に皺が寄る。着信を放置したが、しつこく着信が鳴り続けるので嫌々ながら仕方なく通話ボタンを押す。

 

「あら? まだ捕まってへんかったですか? テロリストはん」

 

『君が俺を通報しなかったからね』

 

 電話口から博多黒膂石重工の会長 兼 最高経営責任者――芹沢遊馬の余裕に満ちた声が聞こえてくる。里見事件が終結し、蓮太郎と小比奈が拘束されて1ヶ月と数日、2人が共犯者として遊馬の名を出し、警察が拘束に乗り出してもおかしくない時期だったが、里見事件に関する報道や聖居の公式発表には芹沢遊馬の「せ」の字も出て来ない。

 

『君は通報しなかっただけじゃない。司馬重工の権力を使い、俺を拘束すべきだと主張する聖居関係者に圧力をかけて、彼らの主張を押し潰した。俺の拘束に乗り出せば、次世代バラニウム兵器の技術を手に入れるチャンスを失うことになるからね』

 

「ウチを試してはったんですか? 正義を取るか、利益を取るか。えげつない人ですわ」

 

 顔では笑っていたが、その内心で未織は怒りに震えていた。電話を持っていない左手で握りこぶしを作り、怒りが声に出ないように必死に抑える。

 

『次世代バラニウム兵器の技術提供に対して司馬重工がどれほど本気なのか試したかったのさ。そして、司馬重工は――――いや、君は聖居の意向に反し、我々に誠意を見せた。実を言うと俺を通報しないだけでクリアだったんだが、まさか聖居に圧力をかけるサービスまでしてくれるとは思っていなかった』

 

 電話口の向こうで遊馬が勝利の笑みを浮かべているのが容易に想像できる。次世代バラニウム兵器の技術を餌に自分が良いように利用されて、掌の上で動く滑稽なピエロになっていることに腸が捻じ切れるような思いだ。

 

『だから、我々も君のサービスにお返しをしよう。君たちにとって我々が大切な存在であるように我々にとっても君達は大切な存在だ。信頼し、対等に利益を享受する関係でありたい』

 

 未織のデスクにあるノートPCに一通のメールが入る。アドレス帳に未登録のアドレスだが、「Y-serizawa」と入っているので遊馬から来ていることがすぐに分かった。未織は教えても居ないPCアドレスにメールを送られる気色悪さに思わず口を押さえる。

 

『今、君のPCにメールが来ただろう。それが我々のお返しだ』

 

 未織は恐る恐るメールを開く。タイトルは無く、本文には「世界の常識がひっくり返るから取扱注意」とふざけた注意文が記載されている。メールにはファイルが多数添付されている。彼女はウィルス感染を危惧してPCのネットワークを遮断し、オフライン状態にして添付ファイルを開く。

 

「な―――――――――――」

 

 未織は思わず目を見開いた。声が出なかった。そのメールの添付ファイルの内容の衝撃の前に遊馬への怒りも彼に利用された愚かな自分への怒りも吹き飛んだ。

 

 

『これが、我々人類に残された時間だ』

 

 

 

 ステージ(シックス)ガストレア “エンジュ” 感染爆発(アウトブレイク)まであと――――

 




・ちょっとした解説

Q1
聖室護衛隊のSPEC、民間警備会社のPGSって何の略

A1
聖室護衛隊はState Parliament Escort Corps

民間警備会社は正式な呼び方が無いため、
Private Guard Security
Private Guard Service
Private Gaurd Company など様々です。
他にも民間軍事企業と混同してPrivate Military Companyと呼ぶ場合もあります。

ちなみに「彼女達の時計は動き始めた」で登場した「聖居情報調査室」は
State Parliament Intelligence and Research Office
となります。

Q2
聖居を「State parliament」と訳しているけど「州議会」になるよね?(by Google翻訳)

A2
東京エリアの掲げる日本復興(5エリアの統合)では、統一後5つのエリアの州とする予定なので、それを配慮して聖居の英訳を州議会にしました。(聖居広報部より)


Q3
ティナが所属しているサーリッシュPGSって何?

A3
サーリッシュ民間警備会社はアメリカのサンフランシスコエリアに本社を持つ民警会社です。元々はガストレア大戦初期にロッキー山脈でバラニウムを採掘していた企業が採掘現場をガストレアや他の採掘会社から守る為に組織した私設武装組織でしたが、その後、サーリッシュPGSとして子会社化しました。
シリコンバレーに本社を置いており、他のサーリッシュグループの企業と提携し、まだ市場に出回っていない最新のバラニウム兵器を独占、試作バラニウム兵器のテスターも行っています。
規模で言えばアメリカ第3位の民警会社であり、IP序列100位以内の民警のうち22人(ティナ含む)が所属しています。




ここから先は第二章の予告です(今度はマジです)













里見蓮太郎が引き起こしたガストレアテロ――里見事件――が沈静化して半年後。

以前と変わらず民警として雑務に追われる日々を送っていた義搭壮助は、活動休止中の人気歌手・日向鈴音のマネージャーから鈴音の護衛を依頼される。

「過去のトラウマから存在しないストーカーに怯える彼女に守っているフリを見せて安心させて欲しい」

――という簡単な内容、そして割高な報酬を目の前に壮助は依頼を引き受ける。



敵が存在しない護衛任務は平和に続いていったが――――――









為政者に否定された憎悪の華が咲く









「私が教えるのは武術でもなければ、子供の喧嘩でもありません」


「ふざけんな! ! あんなのイニシエーターの火力じゃねえ! ! 」


「結局のところ、俺はあの家族に口説かれたのかもしれない」


「お前達の都合で私達を棄てて、今度はお前達の都合で私達を裁くのか! ! 」


「私はただ、あの人にお礼を言いたかっただけなんです」


「君には分かるまい。僕達の苦しみが!!聖居に踏みにじられた意思が! ! 」


「連中を殺すなよ。東京エリアには死体を裁く法律が無いんだ」





「俺達はずっと負けていたんだ。あいつ等はとっくの昔にゲームをアガっていたんだ」

「じゃあ、今度は私達がゲームを始めよう。向こうが参加したがるくらい最高に面白い奴を」





警察、民警業界、赤目ギャング、市民団体、聖居――それぞれの思惑が交差する東京エリアを舞台に機械化兵士 義搭壮助の戦いが始まる。















第二章 「彼女の舞台に機械仕掛けの神はいない」










coming soon……


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