ブラック・ブレット 贖罪の仮面   作:ジェイソン13

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前回の幕間の物語でお気付きの方もいたと思いますが、ハーメルンに掲載された某小説の面白さに私は平伏し、「畜生!こんな面白いもん書きやがって!」と地団駄を踏み、多彩なフォント機能の効果を真似した次第であります。

第二章「彼女の舞台に機械仕掛けの神はいない」の幕開けになります。

また長い話になるかもしれませんが、どうかお楽しみください。


第二章 彼女の舞台に機械仕掛けの神はいない
日常の破壊者


 2032年

 

 久慈田(くじた)悠美(ゆみ)は通学路を駆けていた。時刻は夜9時、日は完全に落ちていて、明るい内に行き来する通学路は別世界のように見えた。退屈な日常がガラリと変わったようで小さく夢が膨らむが、暗闇の中に恐い何かがいるのではないかと不安も募っていく。普段ならもう家に帰っている時間だ。ご飯とお風呂を済ませ、ネットで可愛い動物の動画を見て、ペットを飼う妄想を膨らませて自室で悶えている頃だろう。

 彼女が遅くなったことには理由がある。陸上競技選手権の区大会が来週に迫っていたからだ。去年は成績が振るわずに悔しい思いをしたが、「今年こそは納得いく成績を出したい」と奮い立ち、今までとは比べ物にならないくらい練習を重ねた。本来なら7時に閉まるグラウンドも先生に無理をお願いして延長させてもらった。

 その結果、彼女は自己ベストを更新した。自分でも驚くぐらい記録が伸びた。最初は何が何だか分からなかったが、顧問の先生に時間を教えて貰った途端、嬉しさのあまり跳び上がった。「7月の区大会なら確実にトップに入れる記録よ」「その先のブロック選手権でも通用する。いや、聖天子杯の出場も夢じゃない」と練習に付き合ってくれた顧問の先生も嬉しそうに語ってくれた。

 彼女が走っているのは帰りが遅くなったから――というのもあるが、それ以上に喜びが大きかった。自己ベストを大きく更新した興奮が冷めなかった。せっかく練習後にストレッチを行い、クールダウンさせたのに逸る気持ちから足が勝手に動き出してしまう。

 この先は商店街が並ぶアーケードだ。店はもう閉まっていて閑散としているが、灯りは点いている。蛍光灯特有の温かみを感じない色合いだが、文句は言えない。明るいだけでも気持ち的にはかなり助けられていた。

 

たすけて

 

 彼女がアーケードの中に踏み出そうとした瞬間、掻き消えそうな声が聞こえた。風が吹いていれば絶対に聞こえていなかっただろう。近くに車が通っていれば聞き逃していただろう。聞こえた今でも隙間風の音が偶然そういう風に聞こえただけかもしれないと思っている。だが、確かに「助けて」と彼女の耳には届いていた。

 

たすけて  だれか  たすけて  いたいの

 

 悠美は耳を頼りに声の主を探す。次第に明るいアーケードから離れる。恐いとは思わなかった。それ以上に「助けなきゃ」という使命感が彼女の足を動かしていた。

 街灯も届かない暗い路地の前に辿り着いた。声は確かにそこから聞こえる。悠美はスマホのライトを点けて先を照らすと、そこに大きなボロ布の塊が落ちていた。――いや、布の塊ではない。倒れている少女だった。

 うつ伏せに倒れ、伸びっぱなしの長い髪を地面に垂れ流す。顔はよく見えないが、髪の長さで女の子だろうと安直ながら推測できた。年齢は小学校低学年、6~8歳ぐらいだろう。ボロ布だと思っていた衣類もよく見ると古着だ。おそらく捨てられたものをそのまま着ているのだろう。身体にサイズが合っていない。

 一瞬、親に捨てられた呪われた子供(赤目)が脳裏に過った。彼女の足が半歩下がる。ネットで「呪われた子供は危険だ。無闇に近づくな」と書いてあったことを思い出す。少女のように見えても彼女達の身体には人類を絶滅寸前に追い込んだ怪物の血が流れている。一度、彼女達に暴力を向けられたらプロの格闘家や訓練された兵士でも無事では済まない。最悪、彼女達の体液からウィルスが感染し自分がガストレアになるかもしれない。科学的な根拠は無かったが、それが一般常識となっている。

 

「たすけて おねえちゃん」

 

 目の前の少女が涙ぐみながら手を伸ばしてきた。その目は赤くなかった。呪われた子供は感情を抑制することで赤い目を隠すことが出来るとどこかのまとめサイトに載っているのを見たことがあるが、悠美はもう目の前の少女を呪われた子供だと思っていなかった。

「そもそも呪われた子供なら行き倒れたりしないよね」――そう納得していたからだ。目の前の少女は虐待する親から逃げ出した普通の子供や親を失った孤児なのだろうと結論付けた。

 悠美は少女に歩み寄り、屈んで顔を近づけた。

 

「大丈夫? どこか痛いの?」

 

 

 

 ガンッ

 

 

 

 突然の痛みが悠美を襲った。背後から何者かに首を殴打されたのだ。今まで感じたことが無いくらい酷い痛みだ。

 悠美はその場で膝から崩れ落ち、顔面を地面に打ち付けそうになる。しかしまだ意識はハッキリとしており、手で身体を支えて何とか持ち堪える。

 

「ちっ! ! 頭に当てろ! ! このヘタクソ! ! 」

 

 倒れていた少女が悪態を吐く。その一言で悠美はさっきの言動が演技だと気づいた。()()()()()()()()()()()()()()()()()()――。

 倒れていた少女は立ち上がると壁に立てかけていた鉄パイプを握った。そして立ち上がろうとする悠美の頭に躊躇うこと無くスイングして打ち付ける。悠美はその勢いで壁に叩きつけられ、地面に突っ伏せる。

 

 彼女の不幸はそこで気を失わなかったことだ。

 悠美はまだ意識があった。朦朧としていて視界がぼやける。手足の感覚も薄くなり、動かそうとする意思すら生まれない。何とか呼吸は出来るようで吸って吐く度に彼女の身体は膨張収縮する。

 

「こいつまだ生きてるよ」

 

「人間のくせにしぶてえな」

 

 少女の一人が道端に置かれていたコンクリートブロックを拾い上げる。凶器として用意したものではなく、偶然そこにあったのだろう。少女は軽々とブロックを握り、悠美の前に立った。

 眼球の水晶体が調節され、悠美のぼやけた視界がはっきりと見えるようになる。

 

 

 

 

グチャア! !

 

 

 

 

 

 振り下ろされるブロックと紅く光る少女の目、それは、久慈田悠美が見た最後の光景だった。

 

 

 

 

 

 誰かが彼女の死に気付いたのはそれから1時間後だった。帰りが遅いことを心配した父親が陸上部の顧問に連絡、顧問と父親が挟むように通学路を捜索するが見つからず、連絡を受けた他の教師や保護者、顧問から通報を受けた派出署の警官も参加した大規模なものへと発展した。

 彼女を見つけたのは捜索に参加した派出署の警官だった。ふと建物と建物に挟まれた暗い路地に懐中電灯を照らしたところ、地面を流れる赤い液体が見えた。まさかと思った。最悪の事態が脳裏に浮かぶ。確かめなければならない。警察官となったからにはこういうこともあると覚悟はしていた。彼は懐中電灯を徐々に上げ、先を照らす。

 

 

 

 最悪だ。そこに久慈田悠美がいた。

 

 

 

 乱れた着衣、引っ繰り返されて中身を全て吐き出された学生鞄、穿たれた頭蓋骨から脳が零れる47キログラムの肉塊となった彼女がいた。

 

 翌日、警察の捜査により近くの河川敷で財布が見つかった。残された学生証から久慈田悠美のものであることが判明。クレジットカードやキャッシュカードは手が付けられていなかった。

 

 

 

 そこに現金は入っていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 

 

 5年後 2037年

 

 毎日が同じ景色の繰り返し、似たような業務の繰り返し、安定はしているし悪くもないが変化も無く刺激も無い。そんな毎日に鬱屈としていたコンビニのアルバイト・多々良(たたら)君彦(きみひこ)の目の前には“非日常”が広がっていた。

 几帳面な店長の指導によって整然としていた商品棚は傾いて商品が崩れ落ちていた。踏み潰されたお菓子だけでも相当な額の損害は出ている。店の奥にあるビール・ジュース売り場も銃弾を撃ち込まれたせいで戸棚のガラス扉に弾痕が残り、弾が貫通した缶ビールは中身が零れて売り場にビールの滝を作っている。裏にある在庫にも穴が空いている気がして背筋が凍る。不幸中の幸いがあるとすれば、お客様に被害が出なかったことだろう。

 君彦が立つレジを挟んだ向こう側には15歳ぐらいの少女が転がっていた。気を失い、ガムテープで後ろに手足を縛られた姿は何も知らない者が見れば哀れな被害者だと思うだろう。

 しかし、実際は違う。彼女は加害者、この惨状の発端となったコンビニ強盗だ。

 両手をパーカーのポケットに突っ込んだまま入店した彼女は入るや否や拳銃を抜き出し、君彦に銃口を突きつけた。そしてレジの金を出すように要求したのだ。フードとマスクで顔を隠しているが、目は見えていた。彼女は君彦に見せつけるように目を見開き、その目を赤く輝かせた。

 

 ――呪われた子供だ。

 

 その瞬間、君彦は戦意を喪失した。小学校から高校まで柔道をやっていたので腕っぷしには自信があったが、相手が悪かった。この少女から銃を取り上げて逆に取り押さえる武勇伝も妄想のまま終わった。生まれつきアスリートを軽く超える赤目の身体能力を前にすれば自分が柔道に費やした10年など吹けば飛ぶ紙屑のようなものだ。

 だが、レジの金は奪われず、強盗は取り押さえられた。

 

 この事件には良いニュースと悪いニュースがある。

 

 良いニュースは、たまたま店の中にイニシエーターがいて強盗を倒してくれたこと、

 

 悪いニュースは、そのイニシエーターと強盗のドンパチのせいで店が滅茶苦茶になったことだ。

 

 ――正直、レジの金を渡して強盗さんにお帰りになって貰った方がまだマシだった。

 

 レジを挟んで君彦の前に一組の男女が立っていた。

 

 男の方は16歳ぐらいの少年だ。生来の黒髪に金のメッシュをまぶした頭髪、左耳のピアス、よく分からない英語でゴテゴテに装飾されたTシャツ、十字架や髑髏があしらわれた柄入りのジーンズ、細身だが筋肉質な体格も相まって喧嘩上等オラオラ系ヤンキーに見えた彼だが、その表情からは申し訳なさが溢れ出ていた。

 どうやら彼が店を滅茶苦茶にしたイニシエーターの相棒(プロモーター)らしい。強盗が来た時、彼はお腹を壊してトイレに籠っていた。何か凄い物音がしたと思い、早々に用を足してトイレから出たらこの有様である。

 彼に監督責任を問おうかと思ったが、あまりにも申し訳なさ過ぎて今にも泣き出しそうな顔をしていたので怒る気になれなかった。トイレから出て来た瞬間、全てを悟って膝から崩れ落ちたところから、こういうことは初めてでは無いのだろう。

 

 女の方はこの惨状を作り上げたイニシエーターだ。年齢は13歳ぐらいだろうか。プロモーターや君彦よりも一回り幼い。しかし、その顔立ちは幼さという可愛げを残しつつも綺麗に整っており、終始一貫して冷静な態度も合わさってクールビューティという単語が思い浮かぶ。耳まで流れる黒髪のショートカット、濃藍の瞳、黒いショートパンツにワンポイントの柄が入ったタンクトップ、その上に無地の半袖パーカーを羽織った姿はどこか素気なく、好んでスポーティな格好をしているというより、動き易さを求めた結果こうなったという経緯が窺える。

 彼女は強盗と少年誌のバトル漫画ばりの激戦を繰り広げたにも関わらず汗一つかいていない。彼女がやらかしたことを考えるとクールではなく単に無頓着なだけではないかとも思える。

 

「「ごめんなさい」」

 

 ヤンキー少年が頭を下げる。片手でクール美少女の頭を押さえて無理矢理下げさせる。

 ただのアルバイト、責任者ではないので許すことも許さないことも出来ない。君彦はどうしようかと思ったが、サイレン音と共に店前の駐車場に1台のパトカーと3トントラックサイズの護送車が停まる。バックルームに隠れていた同僚の通報で駆け付けたのだろう。

 警察車両から数名の男達が姿を現した。一人はスーツを着ていて、年齢は40代と言ったところか、白髪交じりの頭髪に小太りな体格。しかし眼光は鋭く、現場に慣れたベテランの風格を漂わせる。その証左か、惨状になったコンビニを見ても驚く様子は見せない。ただ呆れてため息を吐くだけだ。

 彼に続いて制服姿の警官達が店内に入る。彼らは全員ホルスターから拳銃を抜いており、両手でグリップを握り、銃口を下に向けていた。同僚は犯人が呪われた子供であることも伝えていたようだ。

 スーツの男が君彦に視線を向けた。思わず姿勢を正してしまう。

 

「勾田署の遠藤だ。通報したのは君か? 怪我はないか? 」

 

「は、はい。大丈夫です。あ、あと通報したのは、バックルームにいる同僚です」

 

 見た目とは裏腹に優しく声をかけられ、君彦は戸惑いながらも答える。

 

「責任者の人に連絡してくれ。出来れば防犯カメラの映像も提供して欲しい」

 

「わ、分かりました」

 

 君彦がポケットからスマートフォンを取り出して店長に連絡を入れる。

 

 その間に武装した警官達は強盗の頭と身体を押さえると注射器を取り出して彼女の静脈に注射する。呪われた子供用の鎮静剤だ。身体の成長に伴いより強力になった呪われた子供の犯罪者に対処するため製薬会社が開発した薬剤だ。イニシエーターに提供される抑制剤をベースにしており、ガストレアウィルスの活動を抑制しつつ神経伝達系に作用することで一時的に彼女達から力を奪い、昏倒させる効果がある。

 こういったものが開発されたのは6年前に成立したガストレア新法によって呪われた子供を射殺することが法律上人間と同じくらい難しくなった背景があり、この数年で呪われた子供を殺さず拘束する薬剤や装置が様々な業界で開発されている。それらは主に呪われた子供の犯罪者に対峙する警察によって使われるが、時にはプロモーターがイニシエーターを服従させるための手段として悪用されることもある。

 勾田署の警部・遠藤(えんどう)弘忠(ひろただ)はレジ前に立つヤンキー少年を見て大きく溜め息を吐いた。

 

「義塔。またお前か。いい加減にしないと大角が泣くぞ。ほら、両手を出せ」

 

 ヤンキー少年――義搭(よしとう)壮助(そうすけ)は遠藤に言われるがまま素直に両手を出した。嫌な予感はした。そして、1秒も経たずに予感は的中した。ガチャンと音を立てて彼の両手に手錠が嵌められた。

 

「義搭壮助。民警取締法違反の罪で逮捕する。プロモーターにはイニシエーターを監督する義務がある。イニシエーターの犯罪はプロモーターの犯罪。一蓮托生。道連れだ。ドラえもんでもジャイアンが言ってただろ? 『お前の(もの)は俺の(もの)。俺の(もの)は俺の(もの)』」

 

「そのセリフ、そういう使い方だっけ? 」

 

「初めて会った時から思ったが、お前は手錠が似合うな」と遠藤はけらけらと笑う。

 

「はい。君もね。器物損壊」

 

 遠藤はイニシエーター森高(もりたか)詩乃(しの)の両手にも手錠をかける。監督者である壮助に手錠がかけられ、器物損壊の実行犯である詩乃に手錠がかけられない道理など無かった。詩乃の力で手錠を壊すことは容易だったが、ここで抵抗すると立場上まずくなるのは彼女でも理解していた。

 

「留置所も刑務所も壮助と同室を希望します。ベッドは1つで大丈夫です。あと食事は十人前でお願いします」

 

「君は刑務所をホテルか何かと勘違いしてないか? それに残念だがすぐに釈放されるだろう。君の会社は保釈金を出すのが早いからな。とにかく一度は署に来てもらうぞ」

 

 遠藤がパトカーに戻り、搭載されている無線に語り掛ける。勾田署に状況を報告しているのだろう。2人は「乗れ」と言われるまで手錠をかけられたまま待機する。

 

「お揃いだね」

 

 ――と詩乃は嬉しそうに話しかけ、

 

「嬉しくねえよ。こんなペアルック」

 

 ――と壮助は再び膝から崩れ、両手を床につけた。

 

 松崎民間警備会社所属 IP序列7000位 

 プロモーター:義搭壮助 イニシエーター:森高詩乃

 

 ペアを組んでから、通算50回目の連行だった。

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 

 

「ぱんぱかぱーん。警察のお世話になった回数50回目。おめでとー。何か遺言はある? 」

 

 

 

 

 その日の午後、壮助と詩乃は所属する松崎民間警備会社で社長席の前に立たされていた。社長の松崎は健康診断に行っており、その間は唯一の事務員である千奈流(ちなりゅう)空子(くうこ)がここの支配者となる。

毛先にパーマがかかった肩までかかる明るい栗色の髪、グラマラスな肢体を灰色のレディススーツに押し込めた美人だが、今は誰も彼女に近付こうとは思わないだろう。今の彼女は気色ばんでいた。憤りを隠せない表情はガストレア相手に戦っている民警すら震えさせる。

 クラッカーの中から飛び出た紙テープが壮助の頭にかかる。空子の怒りを受け入れる意思表示なのか、壮助は紙テープを頭に乗せたままにした。

 

 

「ほら。さっさと言いなさいよ。遺言は? 墓には何て刻めば良いの? 」

 

「頼む。空子。今回だけは言い訳させてくれ。俺は悪くねえ! ! 強盗が悪い! !

 

「墓は壮助と一緒でお願いします」

 

 空子が持っていたハリセンで2人の頭を叩く。

 

「このアホタレ共が! ! 保釈金だって安くないのよ! ! あと、あんた達がやらかす度に保険会社から嫌味を言われる私の気持ちも考えなさい! ! 」

 

「良いじゃん! ! 里見事件の報酬で儲かったじゃん! ! 」

 

「あんなの今まで支払った保釈金でプラマイゼロよ! ! 」

 

「壮助。そんなにたくさん捕まったんだ」

 

詩乃の一言が余計だった。空子を睨んでいた壮助の視線が詩乃に向けられる。

 

「詩乃~! ! 半分はお前のせいだぞ! ! ガストレアを殴り飛ばして民家を破壊するし、ロードローラーをぶん投げてどっかのヤクザのロールスロイスをぶっ潰すし、電柱をへし折って槍代わりに使ったせいで停電も起こしたじゃねえか! ! 」

 

「民家が壊れたのは見た目の割に体重が軽かったガストレアが悪いし、ロールスロイスの件はロードローラーの重さに耐えられなかったガストレアが悪いし、停電の件も気持ち悪い粘液を吐き出して近づかせなかったガストレアが悪い。全部ガストレアが悪い」

 

「へいへい。ガストレアが悪いんですね。恐竜が滅んだのもスーパーでもやしが値上がりしたのもゴキブリが絶滅しないのも地球が丸いのも俺達が貧乏なのもとある魔術の禁書目録(インデックス)がもう200巻になるけどまだ完結する気配が無いのも全部ガストレアが悪いんですね。凄いですね。ガストレア」

 

「壮助。今日は機嫌悪いね。大丈夫? とりあえず私のおっぱい揉んで落ち着いて」

 

「おいコラやめろ。まるで俺が常日頃からお前のおっぱい揉んで心を落ち着かせている変態野郎みたいじゃねえか。

 

 

 

 

 

 ――っていうか、さっきからずっと思っていたんだけど、そこの金髪の姉ちゃん誰? 」

 

 壮助は事務所に来てからずっと気になっていた疑問を口にする。2人が来た時から彼女は松崎民間警備会社に居た。誰も使っていない席に座り、エメラルドグリーンの瞳で本に向けていた。

 スラリと長い手足と無駄に肉がついていないスレンダーな体格、ベージュのパンツスーツに身を包み、癖のあるプラチナブロンドの髪をゴムで後ろに束ねた彼女は海外のファッション誌の1ページから切り取ったのではないかと思えるくらい絵になっていた。英語のタイトルが書かれた分厚いハードカバーの本を読んでいる姿から気品が感じられ、その雰囲気は風俗店や闇金に囲まれた薄汚い庶民的な事務所から完全に浮いていた。

 

「あれ? ティナちゃんのこと知らなかったっけ? 」

 

「いや。知らない。こんな天使知らない。知ってたら絶対に覚えてる」

 

 壮助は詩乃に「知ってるか? 」と聞くが詩乃も首を横に振る。

 

「じゃあ紹介するわね。ティナ・スプラウトちゃん。サーリッシュPGSからウチに出向してくれたイニシエーターよ」

 

「ティナ・スプラウト! ? 」

 

 空子の紹介でフルネームを聞いた瞬間、壮助は驚きのあまり飛び上がった。今にも目が飛び出そうな程、彼の瞼は開いていた。

 

「……え? 空子。マジ? 」

 

「マジよ。松崎さんの古い知り合いみたい」

 

 壮助は頭を抱えて考え込む。

 

「いやいやいや。いくら俺がバカだからってそんな嘘に騙されるほどバカじゃねーよ。ティナ・スプラウトって言ったら、IP序列38位「殲滅の嵐(ワンマンネービー)」、過去1年間のガストレア討伐数最高記録保持者だろ。一晩で数千体のガストレアをブチ殺してローマとかケープタウンとかパナマとかロサンゼルスとか何かもう数えきれないくらいたくさんのエリアを大絶滅から救って、救世主だとか聖女だとか対ガストレア大量殺戮兵器とか呼ばれているIP序列爆上がり中の超イケイケなイニシエーターじゃねえか。

 メディアに顔を出さないからどんな顔しているのか知らねえけど、そんな超大物がこんな小さい会社に来るわけねえじゃん。来たら鼻でスパゲッティ啜りながら逆立ちで外周区を一周してやるよ」

 

「じゃあ。やってください」

 

 本を読んでいた女性――ティナが音を立ててハードカバーの本を閉じた。壮助が席に目を向けた瞬間、そこに彼女はいなかった。

 背後から異様な殺気を感じ取った。いつもの事務所、何の変哲もない日常が一気に戦場の気配に塗り替えられる。壮助は思考のスイッチを切り替え、振り向きざまに裏拳をお見舞いする。顔面を狙えるコースだった。――しかし、拳は空を切った。

 腕に白い手が纏わり付くのが見えたが、気付いた瞬間には遅かった。白い手に引き寄せられ、壮助は空中で2~3回転しながら床に顔面を打ち付けた。

 

 詩乃が目を赤く輝かせる。全身のガストレアウィルスを活性化させ、そのエネルギーを全身に走らせる。どんな大型ガストレアもねじ伏せる生きた戦車と化した彼女の拳骨がティナに向けられる。しかし、彼女の拳がティナを穿つことは無かった。柔道の要領で有り余った力を利用された詩乃は投げ飛ばされ、反対側の壁に身を打ち付ける。

詩乃は床に落ち、体勢を立て直そうとするが支えにした腕をティナに掴まれた。警察の逮捕術の応用か、腕を後ろに固められ、彼女は再び壁に押し付けられる。

 

 自分が倒されたことに気付いた壮助ははっと目を覚まして立ち上がる。そして、驚愕した。自分が負けたことにではない。詩乃が負けたことにだ。壮助は自分を最強で負け知らずと評するほど楽天的ではない。所詮は子供の喧嘩で強かっただけの人間で片桐玉樹や大角(だいかく)勝典(まさのり)のような幾多の死線を越えた戦闘のプロ、里見蓮太郎のような人間をやめた怪物には通用しない素人だと自覚している。だが、詩乃は違う。彼女は格別だ。ペアを組んでから一度も彼女が負けたところを見たことが無い。どんなガストレアも(多少の苦戦はあっても)確実に仕留める絶対的な強さを持っていた。そんな彼女が一瞬にして負けたのだ。

 

 

 認めざるを得ない。彼女はティナ・スプラウトだ。本物だと――。

 

 

 

 

 

 ――松崎さんの人脈パネエわ。

 

 

 鼻血の出る穴にティッシュを詰めながら、壮助は改めて自分の会社の社長に尊敬の念を抱いた。

 




ようやく始まりました。第二章。
第一章の後半あたりを書いている時からずっとプロットを考えていましたが、「ああしよう」「こうしよう」と「やっぱり最初の構想に戻そう」、「第三章にする予定だったこの話を第二章に盛り込もう」「いや、それだと複雑になるからやめよう」「あいつを出そう」「扱いきれないから次に回そう」等、あーだこーだ考え、今でも右往左往している次第ではあります。プロットって難しいですね。

第二章では、前章では書けなかった呪われた子供への差別と境遇、その変化をテーマに書いていく予定です。


次回はティナ先生によるドキドキお泊りレッスン
主人公パワーアップのテコ入れ回

「銃と暴力とピザに塗れた90日」

お楽しみに

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