ブラック・ブレット 贖罪の仮面   作:ジェイソン13

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・コピペで前回のおさらい

壮助「ティナ先生! 暴力激しくしないで! 」

ティナ「うるさいですね……」ボコボコ!!

壮助「あ、あぁ~ッ!」 血液ドクドクドクーッ! !

ティナ「はい、今日の訓練は終わり。お疲れさまでした」

壮助「うぅ……あ、ありがとうございました……」

数日前、IP序列38位のティナ・スプラウト先生が事務所に来たが、『義搭くんが弱いままだと松崎さんが心配のあまり不眠症になるのでは』という懸念の声があり、結果、ティナ先生が司馬重工の施設に監禁して、強くなるまで壮助をボコボコに嬲り殺すようになった。しかしティナ先生は義塔くんのことが嫌いのようで、人間に使っちゃいけない殺人術を使いまくり、義塔くんは全身イタイイタイなのだった。



銃と暴力とピザに塗れた90日 中編

 ティナ先生のドキドキお泊りレッスンが始まって5日が経過した。

 

 1日目はひたすら嬲り殺しにされた。何回、走馬灯を見たのか思い出せない。むしろ走馬灯だけでその日の記憶容量をオーバーしてしまった。

 

 2日目も前日のダメージが残ったまま嬲り殺しにされた。ティナがギリギリ死ぬか死なないか絶妙な手加減をしているせいで朝から晩まで生死の境を反復横跳びの勢いで往復した。

 

 3日目になるとティナの動きが分かって来るようになり、それに対応して少しは回避できるようになった。それでも嬲り殺しにされた。

 

 4日目、調子に乗るなと言わんばかりにティナは今までとは全く違う武術で壮助を嬲り殺しにした。彼女が言うにはスポーツ格闘技から裏社会に伝わる暗殺術、1000年以上続く秘伝の古武術まで幅広い武術を会得しているらしい。

 

 ――こいつ里見蓮太郎よりヤバくねえか?

 

 5日目。

 走馬灯を見る回数は減って来たような気がする。自分の攻撃はかすりもせず、ティナに一方的に嬲り殺しにされる戦況は変わらないが、「里見蓮太郎に比べればマシだ」そう思うことで気持ち的には幾分か楽になった。無論、壮助とティナの間に広がる実力の差は気持ちの問題でどうにかなるレベルではないが――。

 ティナに殺され続ける生活が始まって10日が過ぎた。

 

「今日はこれくらいにしておきます」

 

 ティナは浴びた返り血をティッシュで拭う。

 彼女の終わりの合図を聞いた瞬間、壮助は張り詰めていた気を緩めた。我慢していた痛みが一気に神経を走り回る。白目を剥き、途切れそうな意識を繋ぎ止めながら鉄の床に顔をつける。もはや日課となっている。

 

「これで10日目が終わった訳ですが、再度、お聞きします。どうして機械化兵士の能力を使わないんですか? 」

 

 何故、ティナが賢者の盾のことを知っているのかは疑問に思わなかった。蓮太郎の関係者であるなら菫とも知り合いで、彼女から色々と話は聞いているだろうと思ったからだ。

 この10日間、壮助は機械化兵士の能力を使わなかった。ティナからは「どんな手段を使ってもいい」と念を押されていたが、壮助は自分の身体能力と格闘術だけで戦ってきた。どれだけ惨めに負けても、一方的に屠られても機械化兵士の能力は微塵も使わなかった。

 壮助は膝をついて立ち上がり、顔や口元に付いた血を袖で拭う。

 

「先生のことだからゾン――室戸先生から聞いていると思うけど、ほとんど使えないんすよ。俺の身体が悪いのか、賢者の盾が悪いのか、理由はとにかく分かんないすけど、斥力フィールド発生に使えるリソースがほとんど無いんすよ。拳銃弾どころか下手すると先生のグーパンすら止められない。それなのにフィールド発生させるにはかなり集中力使わなきゃいけないんすけど、そんなことやってたら先生の攻撃をモロに食らって死んじまう。こんなの使わない方がマシっすよ」

 

「……まあ、貴方が言うならそうなんでしょうね」

 

 ティナは壮助に疑いの目を向ける。視線が冷たいことはいつものことで壮助は彼女に睨まれるのも慣れてきた。ここ最近、おはようからおやすみまでずっと一緒に過ごしているが、武術の実力差と同じように心理的な距離は、一行に狭まる気配がない。

 

「ご飯にしましょうか」

 

「ちなみに今日の献立は? 」

 

「ピザです」

 

「……」

 

「……」

 

「ピザですか……」

 

「ピザですが、何か? 」

 

「……」

 

「……」

 

「ティナ先生。昨日の晩御飯、何でしたっけ? 」

 

「ピザですね」

 

「一昨日の晩御飯、何でしたっけ? 」

 

「ピザですね」

 

「先生。もうひとつ質問いいかな。――――ピザ以外の料理、作れるんですか? 」

 

「貴方のような勘の良いガキは嫌いです」

 

 ティナは目を見開き、娘とペットを合成獣にしそうな目で壮助を睨みつけていた。

 

「俺ら同い年だろうが! ! っていうか、クリアするまでずっとピザ漬けなのかよ! ! ふざけんな! ! ピザ・スプラウ――オヴゥ!!」

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 泊まり込みで訓練を行う民警のためにエクステトラには宿泊施設や食堂もある。宿泊施設は船内設備のように最低限のスペースと設備だけが揃えられた簡易的なものだ。軍事施設のようで温かみなど一切感じない。それは食堂も同じだ。こちらは数十人が一斉に食事をとれるほどのスペースがあるが、床や家具がステンレスで出来ているのか光沢を放ち、どこまでも機能美に徹底した様相から近未来SF映画のセットのように見える。

 壮助とティナが訓練を終えた頃、既に食堂は営業時間を終了しており、誰もいなかった。灯りも消され、空調設備以外はストップしていたがティナは壁にあったパネルを操作して他の設備を稼働させ、堂々とキッチンに入って食材や調理器具を取り出し、壮助に料理を振る舞った。

 

 ステンレスのテーブルに並べられたのはピザだった。多種多様な具材が乗せられており、宅配ピザのメニュー表よりも涎がそそられる。見た目だけでない。味も食感も期待を裏切らない、むしろそれを越えるくらい美味しかった。

 この10日間、壮助はずっとティナの手作り料理を食べて来た。――――その全てがピザだった。ティナは頑なにピザしか料理を作らず、満身創痍となった壮助が命懸けで「お願いします。ピザ以外を食べさせてください」と言っても彼女はピザを作った。だが、それは壮助に対する嫌がらせではない。何故なら、ティナもこの7日間、ずっと壮助と同じ料理を食べていたからだ。毎日、死にかけるくらいの訓練をしている食べ盛りの10代でも胸やけを起こす食生活だがティナは平然とピザを食べ続けた。

 

 こんな食生活でよくそんな体型を維持できるなと壮助は不思議に思うが、彼女達の体内にあるガストレアウィルスは身体を健康な状態に維持するよう常に活動している。これは風邪や病気にならないだけでなく、栄養バランスやホルモンバランス、あらゆる生理機能に対して作用しており、それは外見にも影響を及ぼしている。端的に言えば、呪われた子供には極端に痩せ細った子や太った子はおらず、全体的にスタイルが良い。身体能力は常に人としての最高値を叩き出す。顔に関しても普通の人間より可愛い子や美人の割合が高い。むしろブサイクを探す方が難しい。

 そのせいか「可愛いイニシエーターとイチャイチャしたいから民警になった」と本気で語るプロモーターは多く、IISO東京エリア支部もそれに悪ノリしたのか一時期は民警募集ポスターに現役イニシエーターを起用して「プロモーター大募集。私のパートナーになって♡」という風俗店のような広告を出していた(色んな団体から批判されまくったのでそのポスターは数日で回収された)。

 

 ――赤目じゃなかったら、この人絶対にピザデブになってそう。

 

 そう思った瞬間、呪われた子供じゃなかったら同じ運命を辿るであろう森高詩乃という人外レベルの大飯喰らいの顔が浮かんだ。

 そういえば、彼女は今頃何をしているのだろうか。

 

「ようやく、まともに会話出来るようになりましたね」

 

 ピザを頬張る壮助を見てティナが呟いた。

 

「先生が容赦なくボコ殴りにしたせいですけどね」

 

 一昨日までの壮助は酷い有様だった。訓練が終わった頃には自分で立ち上がることすら出来ず、ティナに首を掴まれて引き摺られながら食堂に向かっていた。テーブルで突っ伏せていた顔を持ち上げられ、無理矢理ピザを口にねじ込まれた。自発的に食べられるようになったのはつい昨日の話だ。

 

「減らず口を叩く元気はあるようですね。明日は人間をグロテスクな肉塊に変貌させるメキシコ麻薬カルテル秘伝の人肉解体殺法でも使いましょうか」

 

「勘弁してください。ガチで死んでしまいます」

 

 壮助が自発的に食べられるようになったためか、今日のピザは質・量ともに豪勢だった。気合を入れて作ってくれたことは嬉しかったが、壮助は身体のダメージもっあって早々にダウン。体型的にあまり食べなさそうなティナはペースを落とすことなく、まだ平然とピザを食べていた。

 

「なぁ、先生。1つ聞いてもいいっすか? 」

 

「良いですよ」

 

「天童民間警備会社ってどんな会社だったんすか? 」

 

「え? 」

 

 ティナが驚きのあまり手に持っていたピザを皿の上に落とす。

 

「何すか? その鳩がAA-12を喰らったような顔は」

 

「それ鳩が木端微塵になって顔すら残りませんよね。いえ……何て言うか、もの凄く今更な話ですね」

 

「俺って、藍原と里見のことばっか考えてたんで、それ以外のこと何も知らないんすよね。天童社長はネットやニュースに出てくる“天童殺しの木更”しか知らないですし、ティナ先生が天童PGSにいたことも知らなかったんすよ? 一応、知り合いの武器商人から話は聞いたんすけど、結局は外野の他人事なんで、噂話みたいなもんですし」

 

「てっきり室戸先生から話を聞いているのかと思いましたが……」

 

「入院している時に一度聞こうとしたんすけど、『そうかそうか。そんなに知りたいのか。だったら、まずこの半分ガストレア化した死体の食道から出て来たプリンだったものを食べよう』って言われた」

 

 菫が天童PGSのことを壮助に話していなかったことをティナはさほど驚かなかった。ティナにとって天童PGSが、幸福な思い出と悲しい思い出が共存するデリケートな問題のようにティナ以上に蓮太郎や木更、延珠と関りがあった菫にとってはより一層重い問題なのだろう。

 

「この際ですから、話しましょう。天童民間警備会社は小さな会社でした。所属していたのは蓮太郎さんと延珠さん、天童社長と私の4人だけでした」

 

 補足すると、柴垣という天童家の執事だった男が書類上の経営者となっているが、会社にはほとんど顔を出さず、経営にも一切口を出さない放任主義者だった為、ティナの中では天童民間警備会社の人間に含まれていなかった。

 

「始まりはガストレアへの憎しみだったと聞いています。天童社長はガストレアに両親を奪われ、蓮太郎さんは右手脚と左目を失いました。大切なものを奪ったガストレアへの憎悪と天童家を出て行って自分で稼がなければならなくなった事情が重なった結果、2人は天童民間警備会社を創設しました。

 その当時の2人は奪われた世代の例に漏れず、ガストレアを憎み、その因子を持った呪われた子供を嫌悪し、イニシエーターは戦いの道具としか見ていませんでした。そこに裏切られ続けて人間への憎悪に満ちた延珠さんが入り、空気は非情に殺伐としていたそうです」

 

 天童民間警備会社の暗い成り立ち、呪われた子供を嫌悪する蓮太郎、人間不信の延珠、輝かしい英雄譚とは真逆の現実がそこに広がっていた。

 

「ん? ()()()()? 」

 

 壮助はふと疑問に思い、それを口にした。ティナの口調がどこか他人事だった。

 

「私が入ったのはそれからかなり後になるんです。その時には優しい天童社長にかっこいい蓮太郎さん、明るい延珠さんの和気藹々とした天童民間警備会社になっていました」

 

「変なおクスリでもキメちゃったんすかね? 」

 

「そんな訳ないじゃないですか。けど……、たった1年でそこまで明るくなれた経緯については聞けませんでしたね。延珠さんが大元だとは聞いていますけど」

 

 その変化の中にいなかったことに対して疎外感を覚えているのか、ティナはどこか寂しそうに視線を逸らす。

 

「まず天童社長のことから話しましょうか。ちなみに義塔さんは天童社長のこと、どれくらい知っていますか?」

 

「俺が知っていることなんて天童PGSの社長。里見蓮太郎の幼馴染、親の仇として自分の親族を皆殺しにした復讐の鬼神。天童流抜刀術の免許皆伝。もう死んでいること。それくらいっすね」

 

「そうですか……」

 

「もしかして間違いだらけだったりします? 」

 

「いえ、貴方の認識に間違いはありません。ただ、私の知っている天童社長は……普段の彼女はもっと違いました。優しくて、仕事が出来て、包容力があって、格好良くて、蓮太郎さんが好きになるのも頷けるくらい素敵な女性でした」

 

 ティナの口から語られる木更の話を聞きながら、壮助は里見事件で合流した小比奈のことを思い出した。自分の父親を「自分は間違っていると分かっているのに誰かに認めて貰いたい寂しがり屋」と彼女が評したように、東京エリア最悪の大量殺人鬼“天童殺しの木更”には、ティナや蓮太郎、延珠に見せた人間味溢れる優しさがあったのだろう。

 さらっとカミングアウトされた蓮太郎の恋の話も気になるところだ。

 

「ですが、天童が関わると彼女は豹変します。それが、貴方の知っている天童殺しの木更です。5年前、クーデターで聖居が混乱しているところに付け入った彼女は天童一族を殲滅し復讐を果たしました。

 ですが、彼女の復讐はそこで終わりませんでした。――いえ、終われなかったんです。生きる目的を失った彼女は穴を埋めるように殺戮の標的を天童家に通じていた者達に変えました。賄賂を贈っていた政治家やモノリスのバラニウム含有量偽装に加担した企業の関係者を、彼女は次々と殺していきました。そうなってくると、それはもう復讐ではありません。ただの殺戮です。

 天童流抜刀術免許皆伝、生身の人間でありながら高位序列のイニシエーターに匹敵する戦闘能力を持った彼女を止められる人間は当時の東京エリアでは限られていました」

 

「警察は、里見に白羽の矢を立てたのか」

 

「いえ、蓮太郎さんが自分から行ったんです。『俺が責任を取る』と。

 

 そして、蓮太郎さんは正義の名の下に天童社長を殺し、彼女の凶行に終止符を打ちました」

 

 最悪の結末で締めくくられる天童木更の物語、それを語るティナの表情もまた暗い影を落とす。

 ティナにそんな話をさせてしまった壮助は自分の浅はかさに嫌気がさした。

 

「すまん。先生。胸糞悪い話をさせちまった」

 

「大丈夫です。もう慣れました」

 

 ティナは儚げな笑顔を見せる。見ている壮助の方が辛くなるくらい無理をしていた。まだ彼女の中で天童民間警備会社の傷は癒えてないのだろう。

 

「次は延珠さんの話でもしましょうか」

 

「藍原はよく知ってますよ。クラスメイトでしたから。勉強はちょっと苦手だったけど、明るくて元気で、友達もいて、あと時代劇みたいな変な喋り方してたっすね」

 

「ふふっ。私の知っている延珠さんのままですね」

 

「それと、じゃんけんが弱かったな」

 

「じゃんけん? 」

 

「いや、あいつ次に何を出すか、顔に出るんすよ。眉間に皺が寄っている時はグー、下唇を噛んでいる時はチョキ、何も考えず咄嗟に出す時はパーみたいな感じで。そんで表情でバレていると気づいたら変顔するようになったんすけど、それもまたパターンが決まっているんすよね」

 

「あ~。だから延珠さん。じゃんけんする時は変な顔をしてたんですね」

 

「あと思い出したんすけど、遠足の時にあいつ弁当忘れちゃって――――

 

 壮助は木更の話で重くなった空気を何とかしようと記憶の引き出しをこじ開け、延珠にまつわるエピソードを引っ張り出す。かけっこで一方的にライバル心を持っていたこと、机の中に飛び出すゴキブリフィギュアを入れたが見抜かれて仕返しされたこと、彼女に舞という親友がいたこと――。

 いつの間にかティナは壮助の話に聞き入っていた。蓮太郎ですら知らない、勾田小学校に通う少女としての延珠の話は一語一句聞き逃したくないくらい興味がそそられた。もう決して増えることのない延珠の記憶が壮助の言葉によって次から次へと追加されていく。

 

「よく延珠さんのこと覚えてますね。もしかして、好きだったんですか? 」

 

 壮助は乾いた喉を潤そうと口に含んだ水を噴き出した。

 

「な、何言ってんすか! ? 当時の俺、まだ10歳のガキっすよ! ! 」

 

 壮助はあからさまに顔を赤くして必死に否定する。

 まさかこんなにもわかり易い反応を示してくるとティナでも思っていなかった。

 

「そうだ。イニシエーターとしてのあいつを聞かせてくださいよ。どんだけ強かったんすか? 得物は? そもそも保有因子は何だったんすか? 」

 

 壮助の話題を逸らしたい意志が見え見えだったが、ティナはイニシエーターとしての延珠を話そうと思っていたので話題逸らしに乗ることにした。

 

「イニシエーターとしての彼女ですか……。とても強かったですよ。保有因子(モデル)ウサギ(ラビット)。高い機動力で敵を翻弄し、バラニウム底ブーツの足蹴りで大抵のガストレアなら一撃で倒す――蝶のように舞い、蜂の様に刺す戦い方でした。格闘戦に持ち込まれたら私も勝てる自信がありません」

 

「マジかよ……凄えな。あいつ……」

 

 ガストレアウィルスの恩恵により人間離れした身体能力を持つ呪われた子供達だが、その心は普通の人間と変わらない。どれだけ自分に力があったとしても自分よりも大きな怪物を前にすれば怖れ、怯え、足が竦んでしまう。敵を前にしてそれは命取りであり、イニシエーターになったがまともに戦えず、初仕事で死亡したり、敵前逃亡したりするのはよくある話だ。そのためか、「最初は銃や槍など遠くからガストレアを倒せる武器を持たせて慣れさせましょう」というのはプロモーターが民警ライセンス取得のために受ける講習の決まり文句になっている。その中で得物らしい得物を持たず、バラニウム底の靴だけで戦った延珠がどれほど勇敢だったのかは説明するまでもない。

 

 イニシエーター・藍原延珠の強さに壮助は愕然とする。呪われた子供でイニシエーター、あの里見蓮太郎のパートナーだったことを考えると彼女の強さには納得できたが、クラスメイトとして認識していた少女にそれほどの力が秘められていたと知ると驚かずにはいられなかった。

 呪われた子供だと発覚した時、彼女が怒り狂って自分達を襲っていたらどれほどの犠牲者が出ていたのだろうかと、壮助は考えるだけで身震いした。抵抗せず、ただ耐えた彼女の理性と忍耐によって自分達は救われたのだと改めて認識させられる。

 木更のことは話した。延珠のことも話した。残る話題はかつての蓮太郎の話だが、ティナの口は中々開かない。かつての蓮太郎のことを話せば、必然的に語ることになる。

 

 “里見蓮太郎は如何にして壊れていったのか”

 

 それはティナにとって最大の精神的外傷(トラウマ)だ。木更のことを話すだけで辛そうにする彼女を目の当たりにして、更に傷を抉るようなことを訊く気にはならなかった。

 

「ティナ先生。松崎PGS(ウチ)があのテナントを使っていることについてどう思ってます? 」

 

 ――と咄嗟に思い浮かんだ話題を振る。

 

「質問の意図がよく分からないのですが……」

 

「いや、思い出の場所を踏み躙られてるって思っているなら悪い気がしてさ。俺達が来た時にガッツリ内装変えたし」

 

「そうは思っていませんよ。むしろ、あそこを使っているのが貴方達で良かったと思っています。それよりもよく借りられましたね。私が言うのもあれですが、天童民間警備会社があった場所となれば競争率が高くなかったですか? 」

 

「最初はそうだったんすよ。契約希望者が殺到して、オークションみたいに『2倍出す!!』『ウチは5倍出す!!』ってみんな競って値段を吊り上げるもんだから一時期は事務所のリース料が100倍にまでなってたんすけど、あそこをゲットした業者が次から次へと不幸に見舞われたんすよ。縄張りを巡って対立していた他の民警企業がロケラン撃ち込んでふっ飛ばしたり、鳥型ガストレアが突っ込んできて社長が食われたり、上の闇金と間違えられて債務者にシュールストレミング爆弾を投げ込まれたり、酷い時は別の民警会社と間違えた赤目ギャングに襲撃されて従業員皆殺しにされたりしてましたね。そんなことが何度も続けば、みんな『天童の呪いだ!!』って騒ぐようになっちゃって、誰も借りなくなったんすよ。完全に事故物件扱いっすね」

 

「何と言うか、色々と大変だったんですね」

 

 天童PGSがあったハッピービルディング周辺はお世辞で言っても治安の良い場所とは言えないが、それでも天童PGSが離れた後の波乱万丈な経歴は異様だった。壮助の言う通り、呪いでもかかっているのだろうかとティナは考えてしまう。

 それでも移転しなかった4階の闇金、2階のキャバクラ、1階のゲイバーの人達の胆力には呆れを通り越して、逆に感心させられる。それともビルの名前の通り頭がハッピーになってしまっているので異様な事態に気付いていないだけかもしれない。

 

「先生、何言ってんすか? 天童PGSの時が一番凄かったってキャバクラの店長から聞いたっすよ。どっかのバカがガトリングガンぶっ放して床とか壁とかふっ飛ばしたらしいじゃないすか」

 

 ティナの身体が一瞬ビクつく。

 

「っていうか、あんな小さい事務所を襲撃するのにガトリングガン持ち込むとかどんなバカだったんでしょうねぇ! ! そんなもん使ったら人間どころかガストレアすら木端微塵っすよ! ! きっとそいつ、ドラッグのやり過ぎで脳味噌が火星まで吹っ飛んだ知能指数(IQ) 3のバカゴリラみたいな顔してたんでしょうね! !あはははははははははははははははははははは! !

 

 

 ――あ、もしかして先生、そいつの顔見てたりします? 」

 

「ええ。しっかり覚えてますよ。

 

 

 

 

 

 

 

だって、その『ドラックのやり過ぎで脳味噌が火星まで吹っ飛んだ知能指数(IQ) 3のバカゴリラ』は貴方の目の前にいるんですから

 

「 」

 

 ティナの言葉で壮助は凍り付いた。

 

「 」

 

「その『ドラッグのやり過ぎで――「いや、もう大丈夫っす」

 

 壮助は衝撃のあまり頭が混乱する。

 

「え? マジ? ってか、自分の事務所でガトリングガンぶっ放すとか、何やってるんすか? ヤンデレったんすか? 」

 

 壮助は当時のティナが既に天童PGSのイニシエーターだと勘違いしていた。ティナ・スプラウトが天童PGSのイニシエーターになった経緯について、ティナは自分のことなので当然のように知っているが、壮助はその当然のことすら知らない。2人にはそれだけ情報のギャップがあった。

 

「まず説明しますとその当時、私は蓮太郎さんの敵でした」

 

「え? 敵……? 」

 

「はい。蓮太郎さんや貴方の臓器とは別のプロジェクトで作られた機械化兵士、IP序列97位“黒い風(サイレントキラー)”の異名を持つイニシエーター、それが私でした」

 

 自分が聖天子暗殺のために東京エリアに密入国したこと、護衛に就いていた蓮太郎と戦ったこと、敗北し居場所を失ったところを木更に拾われたこと、天童民間警備会社のイニシエーターとなった自分の経緯をティナは語った。

 

「ガトリングガンの件はその一環ですね。それで天童社長を殺そうとしました。他にも延珠さんには四方から同時に対物ライフルで銃撃して重傷を負わせましたし、蓮太郎さんに到っては狙撃、トラップ、CQC、私の能力をフル活用して全力の殺し合いをしました」

 

「そんなヤバいことやらかしたのに受け入れてくれたんすか? 」

 

「延珠さんは『妾に後輩が出来た!!』って喜んでいましたね」

 

「うわぁ。簡単に想像できてヤバい」

 

 自分を殺そうとしたティナを許し、受け入れた天童民間警備会社の面々の器の大きさに壮助は呆れる。

 

「あ、もしかして先生。3人の頭をしこたまぶん殴って記憶をぶっ飛ばしました? 」

 

「あ、それ良いアイディアですね。明日は貴方の頭を集中的に攻撃して、素直で従順でショタ属性を持った『よしとう そうすけ ちゃん 6さい』にしましょうか」

 

「ふざけんな! ! 明日こそアンタをぶっ倒してクリアしてやる! ! 」

 

 明日の修行は頭のガードをしっかりしておこうと壮助は思った。

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 そして、エクステトラ監禁生活は15日が経過した。

 

 いつもの部屋で、いつものトレーニングウェアを着て、いつものゴム製ナイフを持ち、いつもの敵を目の前に壮助は立つ。

 しかし、その心持はいつもと違う。彼はずっとこの日を待っていた。15日間、ティナに嬲り殺されながらひたすら彼女を観察していた。その一挙手一投足を頭に叩き込み、彼女の武術のレパートリー、得意とする間合、苦手とする間合を観察し続けた。頭を殴られ過ぎて記憶が飛び、何回か脳がリセットされてしまったが、それでも諦めなかった。

 

 “確実に勝てる時に戦って勝つ”――そのための準備をし続け、条件を揃えた。

 

 

 

 ――今日で15日目……。先生の動きは分かって来た。使う武術も前に一度使ったものを使うようになってきた。レパートリーもそろそろ限界の筈だ。

 

 

 

()()、そろそろ使うか。

 

 

 

 

 壮助は覚悟を決めると、いつもの“舐めた態度のムカつく弟子”の仮面を被る。

 

「先生。さすがに15日も殴り合いを続けると飽きてきますね」

 

「貴方が私にそのナイフを当てれば、それですぐに終わる戦いなんです。飽きて来たなら、私に勝って終わらせてください」

 

「それが出来ないから苦労してるんだっつーの! ! 」

 

 壮助は走り出した。ティナに目がけて一直線で駆け出し、距離を詰める。ティナまであと1メートルになったところで壮助は一気に踏み込んだ。加速し、前進した身体は手を伸ばせばナイフが届く間合に入る。

 居合の構えで隠されていた刀身が抜かれる。首を狙った横薙ぎ、軌道・速度共に問題は無い。普通の人間なら既に刃が首に届いていただろう。しかし、ティナの反射神経は普通の人間の範疇には含まれない。彼女は壮助の手首を抑え、ナイフを止める。

 

 ――ナイフが無い。

 

 咄嗟に左手を見た。右手首を抑えたことでガラ空きになった脇腹めがけて切っ先が走る。居合の構えで右手に握っていると誤認させ、左手に持ち変えていたナイフで意表を突かれた。ティナは左手に持っていたナイフを右脇腹に持って行き、刃と刃を当てて壮助のナイフを止める。

 性差から生まれる体格差、経験、力の入り方、様々な要因が重なり、赤目の力を使わないティナの筋力と壮助の筋力は同等になる。相手を崩そうと力押しする2人は拮抗し、手足を震わせながらも静止する。

 

「今の技、とっておきだったんすけどね。まさか止められるとは思っていなかったすよ」

 

「言ったじゃないですか。私は貿易ターミナルの監視カメラ映像を見ているんです。貴方が騙し手や搦め手、小細工を使って戦うタイプの人間であることは知っています」

 

「やっぱ先生は凄いっすね。強いし、美人だし、頭も良いし、地位もある。至れり尽くせりじゃないですか。

 

 

 

 ―――そんなに凄いのに、()()()()()()()()()()()()()()()()()()? 」

 

 

 その一瞬、ティナの心が止まる。氷のように冷たく冷静だった彼女の目に感情が籠る。自分の傷口に指を入れる義搭壮助に対する怒りという感情が――。

 ティナは悟られないように壮助を蹴り飛ばし、距離を取る。しかし遅かった。数メートル離れた壮助は悪辣な笑みを浮かべながら間合いを計る。彼はティナの表情の動きを、彼女の動揺をしっかりと観察していた。

 

「空港事件の時、あいつはこう言っていたんだよ。

 

『俺は……英雄になんてなりたくなかった! ! 富も名声も望んじゃいなかった! ! 延珠がいて、木更さんがいて、ティナがいて……あの天童民間警備会社があれば、俺はそれで良かったんだ! !』

 

 里見が本当に欲しかったものは居場所だった。ガストレアへの復讐でもなく、この世界を守る大義でもなく、藍原延珠と天童木更とティナ・スプラウトがいる天童民間警備会社だった。藍原延珠は死んだ。天童木更も死んだ。だけど、アンタは生きている。

 

 どうして、生き残ったアンタが里見の居場所になってやれなかったんだ? 」

 

「――――――っ! ! 」

 

 ティナが動揺する一瞬を壮助は逃さなかった。ナイフを握っていない右側に回り、斬りかかる。しかしティナの反応が早かった。間一髪のところで斬撃は回避され、回避運動の勢いを乗せたまま身体を回転させた彼女のハイキックが鼻先をかする。

 これまで当たる攻撃だけを確実に当てて来た彼女が攻撃を外す。それは壮助の言葉が利いていることを意味していた。

 

「面会した時のあいつは悲惨だったよ。生きているか死んでいる分からない状態だった。天童社長と藍原が託した願いを呪いに変えて、このクソッタレな世界への憎しみも抱えて、正義の味方にも悪党にもなれない自分に苦しんで、自暴自棄になっていた。()()()()()()で油売っている暇あるのかよ? 明日には『里見蓮太郎、留置所で自殺』ってニュースが出てもおかしくないのによ! ! 」

 

 人の心の傷を見つけ、抉り、その中に爪の伸びた指を入れて掻き回す。それを楽しむかのように壮助の目は見開き、その口は涎の滾った獣の唸りのように饒舌になる。その悪虐が、非道が、義搭壮助という人間を被っていく。

 

「何も知らない貴方が……知った風な口を利かないでください! ! 」

 

 ティナの神速の貫手が迫る。肋骨の隙間を穿つコース、肺を潰す勢い、バラニウムになっていない部分の臓器を打たれれば壮助は声にもならない悲鳴を挙げ、吐瀉物と血が混ざったものを吐き出していただろう。

 しかし、ティナの貫手は壮助を穿たなかった。まるで服の上を滑るかのように指はコースを変更し、彼の脇腹を掠める。

 壮助はカウンターの要領でティナの身体に掌底を当てる。当たった瞬間、ティナは車に撥ねられたかのように10mほど突き飛ばされ、後方の壁に叩きつけられる。普通の人間の筋力では考えられない威力で叩きつけられた衝撃でティナはこの半月で初めての痛みを負う。

 

 体勢を立て直しながら自分がこうなった状況を思い出す。貫手がそれた瞬間、指先は何かに触れたような感覚があった。それは服ではなく、生身の身体でもない。一切摩擦が存在しない物体と表現すれば良いのだろうか、何か触れ、その何かによって貫手は滑らされた。

 掌底もそうだ。ティナは壮助の手を見ていたが、手が当たる前にティナの身体は突き飛ばされた。胸元に残る触られた感覚を思い出す。それは明らかに壮助の掌の凹凸ではなく、反発力を持った球体が当たったような感覚だった。

 その不思議な現象の答えをティナは知っていた。

 貫手のコースが逸れたのは壮助が斥力フィールドを自分の服の上に展開させ、フィールドが持つ斥力によって誘導されたから。掌底は手の平に斥力フィールドを発生させ、それをティナに当てた瞬間、フィールドを前方に拡大させて突き飛ばしたから。

 

 ――何が斥力フィールドは「ほとんど使えない」ですか。この大嘘吐き。

 

 ティナは一気に駆け出し、斥力フィールドで飛ばされた10mの間を埋めようとする。壮助が影胤と同じ使い方をするのだとしたら、遠距離は攻撃手段を持っている壮助が有利になる。

 そんなティナの目論見を見透かすかのように壮助は手に球体上の斥力フィールドを発生させ、殴るかのように拳を前に突き出すと、それに呼応して前方に伸びた斥力フィールドは槍のようにティナを突き飛ばし、再び壁に叩きつける。

 叩きつけられざまにティナは自分のナイフを投擲する。全力で飛ばされたナイフは壮助の目に直撃する。斥力フィールドが間に合わず、咄嗟に瞼を閉じて眼球を保護する。ゴム製で刃を潰したものだとしてもその形状は鋭い。

 

 

 

 

「その程度の揺さぶりで私の手元が狂うと思っていたんですか? 」

 

 

 

 

 斥力フィールドで壁に押さえられていた筈のティナが目の前にいた。ナイフを当てられた時に壮助の集中が途切れ、ティナを抑えていた斥力フィールドが霧散してしまっていた。

 

 

 

 

「舐めないで下さい。貴方の目の前にいるのは――、そんな苦悩も葛藤も乗り越えた正真正銘の怪物です」

 

 

 

 

 掌底が壮助の心臓に叩き込まれる。咄嗟に胸の前に斥力フィールドを展開するが、真正面から破られる。胸に当てられた衝撃はろっ骨を通り越して心臓と肺を揺さぶる。血流が止まる、呼吸が出来ない、その痛みに、身体の異常にどう対処すればいいのか分からない。

 

「今日は……これで終わりにします! ! 」

 

 ティナはそう吐き捨てると、文字通り血反吐を吐いてうずくまる壮助を尻目に自分の荷物をまとめてトレーニングルームから出た。

 

 ――ああ……。クソッ……。勝てると……思ったんだけどなぁ……。

 

 これが最善の策だった。この15日間、ひたすらティナの動きを覚えることに専念した。蓮太郎の話をすることで精神的に揺さぶりをかけ、頑なに使わなかった斥力フィールドを使うことで意表をつき、彼女の対応が間に合わないまま勝利を得る筈だった。

 結果はこの有様だ。彼女を逆上させ、虎の子の斥力フィールドもすぐに対処された。

 この半月、共にいて築いてきた関係も崩壊しただろう。彼女が涙を流すのを初めて見た。

 

 

 ――何が『乗り越えた』だ。何が『正真正銘の怪物』だ……。まだガッツリ後ろ髪引かれてるじゃねえか。

 




2話構成と言ったな。あれは嘘だ。

はい。ごめんなさい。
話が長くなってしまったのでティナ先生のドキドキお泊りレッスン編は3話構成になりました。話をスッキリまとめられない自分の下手さが憎いです。


次回は「銃と暴力とピザに塗れた90日 後編」

・ティナ先生のカチコミ講座 ~屋内戦闘におけるガトリングガンの役割~ 
のオマケ付き(嘘です)

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