ブラック・ブレット 贖罪の仮面   作:ジェイソン13

49 / 120
夏休み中に更新頻度を上げて、ホームの「最新の投稿作品」に作品名が出るようにして暇を持て余した学生諸君の目に触れさせようとしたのに、「中途半端なプロットで第二章を書き始めた計画性の無いジェイソン13」「話の構成がド下手糞な癖に複雑なストーリーを書こうとするジェイソン13」「遅筆なジェイソン13」「それなのに別作品の執筆を始めようとしたジェイソン13」のせいで9月更新になってしまいました。

かまちー並の速度が欲しい。


家族の記憶 ②

 朝5時半。壮助は寝室として利用させて貰っている1階の和室で目を覚ました。ティナの特訓や未踏領域サバイバルのお陰で、自宅ではない場所で目を覚ますことには慣れていた。ここは日向家1階の和室、自分は護衛任務中ということを脳が瞬時に思い出してくれる。

 隣に敷かれた布団には詩乃が寝ている。何か良い夢でも見ているのだろうか、彼女はにやけた笑みを浮かべながら日本語ではない寝言を口から零す。

 

「仕事中ってこと忘れてるな。こんにゃろ……」

 

 和室の引き戸を開けてリビングに出る。まだ誰も起床していないようで天井の照明は消えている。昨晩は日向家と壮助、詩乃の6人で騒がしかったのが今は嘘のようにしんとしている。

 壮助はソファーに座るとスマートフォンを手に取り、アプリを起動する。

 まずはストーカーの有無を明確にしなければならないということで日向家の同意を得て昨晩、家の周囲に小型カメラを設置した。動きを感知すると作動するタイプで家の近くに人や車など動く物体が通った瞬間だけ映像を回してくれる。

 日向家が寝静まった数時間の間に撮影された映像は合計で10分程度。車やタクシーが通り過ぎたり、野良猫がそそくさと走り去っていったりするぐらいで不審な人物は見当たらない。

 

 ――やっぱり出て来ないか。どうすんだ。これ。ストーカー紛いのファンすら居ねえじゃねえか。もっとやる気出せよ。頭のおかしい奴ら。

 

 日向家が安心して暮らせるので、それはそれで良いのだが、明確な仕事の終わりが見つけられない壮助としては何とも都合の悪い状況だった。夏の予定は特に入れてないが、蓮太郎やティナ絡みで何か起きた時に動けるようにしておきたい。いつ終わるか分からない仕事はさっさと終わらせたい気持ちだった。

 カメラ映像の確認を終えるとスマホに届けられたメールを確認する。昨晩、マネージャーの華麗にお願いして過去に事務所が対応した鈴之音に関する苦情、クレーム、ネット上の粘着行為、公式Twitterアカウントがブロックしたユーザー一覧を送って貰っていた。やはり有名税というものは存在するようで、「殺してやる」「下手糞」「汚ぇ声を聞かせんじゃねえ」「事務所のコネで成り上がった音痴」「援交ヤリまくりのクソビッチ」「鈴音ちゃんの×××に僕の●●●を(以下略)」など、膨大な量の憎悪や嫉妬が言葉として、文字として、鈴音に向けられていた。華麗のメールに添えられた「鈴音の知名度から考えるとむしろ少ない方」という一文が壮助を戦慄させる。

 もし感情に質量が存在し、それが向けられた相手に圧し掛かるものだとしたら日向鈴音という少女はとうの昔に潰れて壊れていただろう。もしかすると彼女はエゴサーチをした結果、こういった誹謗中傷に触れてしまったのかもしれない。心の傷が癒えないのも頷ける。

 

 ――芸能人って大変なんだな……。

 

 静かなリビングで壮助はバックサイドホルスターから拳銃を抜き出す。壮助の体躯から考えると不釣り合いに大きな銀色のリボルバーがカーテンの隙間から入る朝日に照らされる。ハンマーロックを外し、前後のラッチを操作してシリンダーをスライドさせる。

 ガストレアどころか赤目ギャングすら出て来ない平和な住宅街、そこを舞台にしたストーカー撃退で頭蓋骨を木端微塵にする威力を誇る拳銃は必要ない。引き金を引く機会はおろか、ホルスターから抜くことも無いだろう。暴発のリスクを避けるために全ての弾丸を抜き取っていく。

 リビングの扉が開き、日向家で最初に目が覚めた人が入って来る。壮助は高齢故に早起きな夫妻のどちらかと思ったが、意外にも鈴音だった。

 彼女はリビングに入るや否や少し驚いた様子を見せる。まだ誰も居ないと思っていたリビングに壮助がいたこと、彼の手に拳銃が握られていたことにだ。

 

「おはようございます。義塔さん。それ……本物ですか? 」

 

「ああ。タウルス・レイジングブル。3ヶ月前に買ったお気に入りだ。動画でも見たことないだろ。まだガストレア相手に使ったことないし」

 

 壮助は鈴音の視線がずっとレイジングブルに向けられていることに気付くと、バレルを握り、グリップを差し出した。

 

「持ってみるか? 」

 

「え? 大丈夫なんですか? 」

 

「ああ。弾も抜いているしロックもかけてる」

 

 鈴音は恐る恐る手を伸ばし、ゴム製のグリップを握る。

 民警という職業が一般的になり、更にセルフディフェンス推奨により銃の売買が一般開放された2030年代でも生で銃を見たことがないという人は多い。自衛隊と警察とヤクザぐらいしか銃を持たなかった大戦前の感覚が残っているのか、東京エリアの住民は銃を持つことにそれほど積極的ではない。使えるようになるにはある程度の訓練が必要だったり、法律で管理義務が設けられていたりするのも一因と言える。

 鈴音がグリップを握ったことを確認すると壮助はバレルを手放した。その瞬間、レイジングブルの重さに引っ張られて鈴音の手が落ちる。

 

「けっこう重いんですね」

 

「拳銃の中でも重い部類だからな。デカいガストレアを仕留めるにはデカい弾丸が必要だし、デカい弾丸を撃つとその分、反動も大きくなる。それを本体の重さでカバーしてるんだ。そうしないと反動で自分の銃を頭にぶつける破目になる」

 

「そんなに凄いんですか」

 

「ああ。威力があり過ぎて余程のゴリマッチョか腕力に自信のあるイニシエーターぐらいしか扱えないって言われてる。ちなみに俺が扱える理由については企業秘密ってことで」

 

 機械化兵士であることを秘密にしている手前、『撃つ時に拳銃と腕の周囲に斥力フィールドを展開させて反動を制御しています』とは言えなかった。

 

「動画だともっと大きな銃を使ってましたよね? 」

 

「それなら壊れちまったよ。前の仕事でもの凄くやべー奴に喧嘩売っちまってな。ナイフ1本に至るまで使ってる武器全部ぶっ壊された。今持っている武器はそれだけだ」

 

 鈴音が言っているのは、おそらく民警になり立ての頃に買った「M4カービン」、または里見事件で壊れるまで使っていた「司馬XM08AG」のことだろう。里見事件で詩乃と同様に全ての武器を失った壮助は早急に武器が必要となり、松崎と空子に土下座して金を出して貰い、ようやくタウルス・レイジングブルを購入した。いつどこで誰に襲われて殺されても何ら不思議ではない身の上、銃を持たない生活というのは恐怖以外の何ものでもなかった。

 

「ありがとうございます。私には撃てそうにありませんね」

 

 鈴音は両手にレイジングブルを乗せて返して来た。壮助は受け取るとバックサイドホルスターに入れて留め具をかける。

 

「もしセルフディフェンスを考えているなら、もっと小さい奴をオススメするよ」

 

「いえ、銃はいいです。自分で持つのはちょっと怖いですし、少なくとも今は義塔さんが守ってくれますから」

 

「それもそうだな。――ところで随分と早起きなんだな。鈴音が朝ご飯係なのか? 」

 

「朝ご飯係だから早起きと言うより、早起きだから朝ご飯係になったんです」

 

 そう言いながら鈴音は髪をヘアゴムで束ね、エプロンを付けてキッチンに立つ。冷蔵庫を開けて中身を確認し、食器棚から家で一番大きい鍋を出してコンロに乗せる。

 

「手伝おうか? 俺達の分まで増えて大変だろ」

 

「大丈夫ですよ。義塔さんだって昨日はあれだけ調べてくれましたし、今だって居てくれるだけで助かっているんですから」

 

「遠慮すんなって。ストーカー出ないと俺達やること無くてニート状態になるんだから」

 

 鈴音の手が止まり、少し考え事をすると壮助に視線を向けた。

 

「ちなみにお料理の腕前は? 」

 

「ミシュランガイド三ツ星レストランのシェフが裸足で逃げ出すレベル。

 

 

 

 ――――――冗談だよ。そんな目で見んな。一応、人並みに出来るつもりだ」

 

 鈴音が指示を出し、2人で分担しながら料理を進めていく。包丁で野菜が切れる音、まな板が包丁で叩かれる音、沸騰したお湯の音、鍋をかき混ぜるお玉の音が刻々と過ぎる時間の中でリビングに響いていく。

 

「壮助くん。冷蔵庫から味噌取ってくれる? 」

 

「はいはい。―――――――え? 」

 

 突然のくだけた口調に壮助は一瞬、固まった。外では親戚のフリをするということで鈴音がくだけた口調になるのは分かるが、盗聴器が無いと分かった家の中でも「壮助くん」と呼ばれるとは思いもしなかった。

 壮助は、ぎこちない動きで冷蔵庫から味噌を取りつつ鈴音の方を見る。鈴音は何事も無い風に鍋をかいているが、恥ずかしいのか壮助から視線を逸らし、耳が真っ赤になっているのが見えた。

 

「えっと……その……おかしいですか? 」

 

「いや、まぁ……うん。詩乃と美樹が仲良くなったからって、無理しなくて良いんだぞ。世の中、敬語で話し合う親戚もいるだろうし」

 

「そうですか……。その、演技とか下手だから慣れておこうかなと思ってたんですが……」

 

「下手なんだ」

 

「はい。PV撮影の時に監督から『こんなヘタクソな奴は初めてだ』って大笑いされるくらいには」

 

「笑って済ませられる程度ってことじゃないのか? 」

 

「デビューシングルのPV撮影のリテイク回数、110回」

 

「え? 」

 

「110回……朝8時から撮影を始めて終わったのが夜10時です」

 

 リテイク地獄のことを思い出しているのか鈴音の顔は青ざめており、手が震えていた。

 

 ――ストーカーよりもこっちのトラウマの方が深刻じゃねえか! !

 

「そういえば、ストーカーさん見つかりましたか? 」

 

「いや、全く見つからないな。まだ1日しか調べてないから結論を出すには早いんだけど、痕跡はゼロ。周囲に仕掛けたカメラにも不審なものは一切なし。悪質な報道関係者も頭のおかしいファンもいねえ」

 

「そうなんですか」

 

 鈴音は安心したかのように微笑んだ。壮助はその反応を不思議に思った。恐怖というのは情報の不足から発生する。何か分からないから怖い、何をしてくるか分からないから怖い、どうしてそうしてくるのか分からないから怖い。それはストーカー被害にも当てはまることであり、「ストーカーが見つからない」というのは被害者にとってネガティブなニュースの筈だ。特に今回のような本人は存在していると信じているケースは尚更の話だが、彼女はむしろストーカーが見つからないことを喜んでいるように見えた。

 

「参考までに聞きたいんだけど、どういうところでストーカーがいるって思うんだ? 」

 

「ど、どういうところですか? 」

 

 初めて鈴音が動揺するところを見る。壮助から視線を逸らし、髪を耳にかける。

 

「えーっと、普段は全然そういうのは無いんですけど……。ただ……半年ぐらい前からなのかな。視線とか悪意とか、よく分からないんですけど、何か悪い物を向けられている感覚がするんです。特に一人の時が不安で……」

 

 鈴音は壮助をチラリと見る。どんな朴念仁でもそれが「私を一人にしないで」というメッセージだと気づく。壮助も例に漏れなかったが、あえて気付かない振りをした。

 視線を向ける鈴音と目を逸らして材料を切る壮助の沈黙が数刻ほど続く。

 

「鈴音お嬢様。本日のご予定は? 」

 

 黙々とした空間に耐えられず、壮助は冗談めかした。

 

「えっ? あ、予定ですね。実は今日、スタジオに顔を出そうかと思ってるんです」

 

「スタジオ? 」

 

「ピジョンローズと契約しているサダルスードフィルムという撮影会社です。MV撮影とかCDジャケット撮影とか他にも色々とお世話になっているところなのですが、あの事件から一度も行ってなかったから、皆さん心配しているようでして。少し顔を出そうかなと……」

 

 鈴音は壮助の顔色を窺いながら話す。護衛する壮助の都合も考えているのだろう。ここまで気遣われるのは新鮮であり、同時に慣れていないせいで一種のやり辛さを感じる。

 

「別に良いんじゃないか。そっちの業界のことは良く知らないけど、人と人の繋がりは大切だろうし。俺達に気を遣わなくてもいい。俺達はそっちのスケジュールに合わせるから」

 

「ありがとうございます」

 

「ちなみに外では一定の距離を開ける『他人コース』としっかり近くに張り付く『親戚コース』があるんだけど、どっちが良い? 他にも『友達コース』、『彼氏コース』、『舎弟コース』、『ペットコース』、『奴隷コース』、『リアル人形コース』とかがあるんだけど」

 

 鈴音が驚き、目を見開いて壮助を見つめる。

 

「最後の3つがちょっとというか、かなりおかしいと思うんですけど……」

 

「世の中そういうオーダーをする人もいるんだよ。ちなみに最後の3つは俺の精神がゴリゴリ削られるから別料金な」

 

「ちなみに『奴隷コース』だといくらぐらいですか? 」

 

「時給ひゃくまんえん」

 

 無論、冗談である。人気歌手とはいえ一介の女子高生が出せる様な額ではないと壮助は踏んでいた。

 

「分かりました。スタジオ行く前に銀行に行ってお金を下ろしてきますね」

 

「えっ? 」

 

 鈴音のポケットマネーは壮助の予想を遥かに超えていたようだ。鈴音はいつもの笑顔で言っており、冗談なのか本気なのか判断できない。「余計なことを言ってしまった」「今からでも値上げ出来ないか」と頭を抱える。

 そんな壮助の心境を手玉に取ったかのように鈴音は横でクスクスと笑う。

 

「冗談ですよ。当初の打ち合わせ通り、親戚コースでお願いします」

 

 

 

 *

 

 

 

 高い天井からスポットライトで照らされた大部屋、目が痛くなるような蛍光グリーンのカーテンが張られ、同じ色のオブジェクトが乱立する空間で一組の男女が飛び跳ねる。

 カメラクレーンが追いかけ、最後にステージ外へ飛び出した2人をスタッフがマットで受け止める。

 

「はい。オッケー。お疲れさん」

 

 ハンチング帽を被った痩身の老人がメガホンを叩くとスタッフ全員がほっと胸を撫でおろす。

 映像の道に入って40年、映像作家・堀不三雄(ほり ふみお)の今日の仕事は民警企業のCM撮影だった。動画配信サービス用の1分間の映像を作り、そこから30秒バージョン、15秒バージョンを編集してTVで放映する予定の作品だ。先方の社長は「パーッと派手に宣伝したいからこれくらいで」と相場の10倍の額を予算として出して来た。流石は東京エリア最大手の民警企業・我堂民間警備会社――お陰で久々にCGもVFXも遠慮なく使った作品を手掛けることが出来た。

 現職のプロモーターとイニシエーターを演者として起用することには一抹の不安があったものの、2人とも素直に指示を聞き、こちらの無理なオーダーや繰り返されるリテイクにも文句一つ言わずにこなしてくれた。

 満足のいく仕事が出来て良い気分になった彼は一服しようと撮影室の端にある喫煙スペースに行き、マルボーロに火を点ける。

 

「やあ。堀さん。相変わらずですね」

 

 お高いスーツに身を包んだ中年男性が軽く手を挙げて近づいてくる。明治時代の偉人のような立派なヒゲを貯え、典型的な肥満体型をスーツに押し込めた男だ。

 彼の名は積木雪路。ピジョンローズ・ミュージックの創設に関わった音楽プロデューサーであり、不三雄とはガストレア大戦前から長い付き合いをしている。

 

「そう言う積木こそどうした? ここに来るなんて珍しいじゃないか」

 

「ちょっと散歩がてら堀さんの顔を見に来ただけですよ」

 

「嘘言え。鈴音ちゃんの件で忙しくなったから事務所から逃げて来たんだろう」

 

「ご名答。やっぱり堀さんには敵わなぁ。もう関係各所に頭を下げ過ぎて首が痛くなりましたよ。特にイノセント・サマーフェスにも穴を開けてしまったのは痛いですね」

 

「フェスは3週間後だろう? 随分と話が早いな」

 

「先方はもう答えを求めているんですよ。鈴之音はフェスの大目玉でしたし、出るか出ないかで対応が大きく変わりますから」

 

「大変だねぇ。――――おっと、噂をすればお姫様のご登場だ」

 

 撮影室の扉がゆっくりと開き、鈴音が姿を現した。仕事の邪魔にならないように配慮しているのか様子を窺いながら静かに扉を閉める。彼女は堀たちを見つけると軽く会釈して歩み寄った。彼女の3歩後に続いて、ゲストIDを首から提げた壮助が付いて行く。

 

「お久し振りです。堀さん、積木さん」

 

「やあ。鈴音ちゃん。元気そうで安心したよ。後ろの彼が君の言っていた民警かい? 」

 

「え? 」

 

 いきなり民警であることがバレてしまったと思い壮助は一瞬ドキリとする。その驚きようは堀と積木から見ても分かるくらいだった。

 

「ああ。驚かせてすまない。君のことは積木から聞いているんだ」

 

 堀がそう言うと隣で積木が腕を組みながら「うんうん」と首を縦に振る。民警の護衛をつける件は華麗と日向一家だけの秘密ではないらしく、積木や堀など仕事の関係者にはある程度、伝わっている話らしい。親戚コースとは何だったのか。

 

「松崎民間警備会社所属 IP序列7000位 義塔壮助です」

 

「サダルスードフィルムの堀不三雄だ。撮影に関することなら、どうぞウチを御贔屓に」

 

「ピジョンローズ・ミュージックの積木雪路だ。あまり関わることは無いと思うが、よろしく頼む」

 

「あ、どうも」

 

 壮助は2人から差し出された名刺を受け取る。自然な流れで名刺を出す2人と持ってすらいない自分の間に大人と子供の差を感じ、少し恥ずかしさを感じる。

 

「ところで鈴音ちゃん。手の傷は大丈夫なのかい? 」

 

「はい。すっかり治りました。ピアノもギターも問題ないです」

 

「それは良かった。それじゃあ、後は復帰するだけだね。いつにするんだい? 」

 

「すみません。それはまだ……」

 

「良いよ。良いよ。そんなに急がなくても。もしその時なったら教えてくれるかな。復帰作のMV用にスタッフのスケジュールを抑えておくから」

 

「事件前もハードワーク気味だったんだ。少し長い夏休みを貰っても誰も文句は言わんだろう」

 

 3人が和気藹々と話す中、蚊帳の外に置かれた壮助は鈴音と付かず離れずの場所に立ったまま機材やセットに目を向ける。ハリウッド映画のBlu-rayやDVDの特典にあったメイキング映像やNGシーンで見たことのある光景が目の前にあり、「すげぇな……」と語彙力に乏しい感嘆を呟く。

 緑色のセットに目を向けているとその陰から見覚えのある顔ぶれが姿を現した。

 

「やあ。義塔くん。久し振りだね」

 

 片手を挙げて爽やかな雰囲気の青年、我堂民間警備会社所属プロモーター・小星常弘(こぼし つねひろ)が近寄って来る。

 黒髪マッシュヘアの下にあるアイドル顔負けの甘い笑顔を振り撒き、無自覚ながら周囲の女性スタッフを虜にしている。半袖ワイシャツとスラックス、革靴を履いたオフィス街のサラリーマン然とした格好をしているが、腰のホルスターにはドイツのザウエル&ドーンズ社が開発した自動拳銃 SIG SAUER P226が入っている。

 彼の隣にはイニシエーターの那沢朱理(なざわ しゅり)が、周囲の女性スタッフを牽制するようにポジションをキープしている。肩甲骨まで伸びた赤髪のポニーテール、常弘とは対照的に白いシャツブラウスとデニムパンツ、サマーシューズというカジュアルな格好をしている。

 

「よう。小星。こんなところで何やってるんだ? もしかして民警辞めて俳優にでもなったのか? 」

 

「まさか。まぁ……今日の仕事は俳優みたいなものだけどさ。ウチの会社が今度CMを出すことになってね。その撮影だよ。『幼女と荒くれ者集団という民警のイメージを払拭して爽やかで合法でクリーンなイメージを出したい』って社長が要望を出したら、巡り巡って僕達が出ることになった」

 

「お前ら、銃とライセンスを見せないと民警って信じて貰えないくらい民警っぽくないもんな。最近どうだ? 前みたいに『僕、民警やめます』って戦場のど真ん中で小便漏らしながらビービー泣いてないか? 」

 

「漏らして無いし、泣いても無かったじゃないか。民警としては相変わらずだよ。朝霞さんのスパルタ修行と社長の無茶振りに振り回されてる」

 

「俺とそんなに変わんねえな」

 

「それと、一つ厄介な仕事を抱え込まされたかな」

 

「厄介な仕事? 」

 

「赤目ギャング『スカーフェイス』の調査」

 

 スカーフェイスの名前を聞いた途端、壮助は閉口し、半分にやけていた顔は真剣な面持ちになる。

 

 【赤目ギャング】

 

 呪われた子供で構成された犯罪組織の総称だ。

 ガストレア大戦直後、体内にガストレア因子を持つことを理由に多くの呪われた子供が親に捨てられ、社会に迫害された。守ってくれる大人はいない、合法的に働くこともできない。生まれたことを、生きることを法と社会によって否定された彼女達はストリートチルドレンになることを余儀なくされた。そして、彼女達が生きるためには犯罪に手を染めるしか無かった。欲しい物は盗み、奪い、邪魔する人間は殺す。法律に守られなかった彼女達に法律を守る道理などない。そこに躊躇いや良心の呵責は無く、彼女達にとって犯罪とは肉を食べる為に獣を殺すのと同じ感覚だった。

 人間や社会への憎しみ、同じ境遇の者同士が集まることで彼女達の犯罪が集団化、組織化していくのは火を見るよりも明らかだった。組織の中にルールが生まれ、序列が生まれ、褒賞と罰則が生まれ、人類の社会の成り立ちを反復するかのように彼女達はマンホールの中や放棄された地下鉄構内、外周区で独自の社会を形成していった。

 

 人間を忌み嫌い、自分達の力だけで生きようとする者達

 

 暴力団の傘下に入り、麻薬売買や風俗経営といったシノギを得た者達

 

 警察や民警企業と裏で結託しマッチポンプで利益を得る者達

 

 逆に内地の不良少年グループや暴力団を飲み込み拡大していく者達

 

 幼い呪われた子供を訓練し、優秀なイニシエーターとして企業に売る者達

 

 体内のガストレア因子による高い戦闘能力、知恵をつけたことによる収入源の多様化、裏社会に拡大する影響力により、彼女達は東京エリア最強の犯罪組織として裏社会に君臨している。

 

「君に会ったら一度聞こうと思ってたんだ。そっちの界隈にも繋がりがあるみたいだし」

 

「悪いけど、『スカーフェイス』に関する情報は何もねえよ。赤目ギャングって言っても連中は異様だ。神出鬼没で仕事は確実。拠点も不明。収入源も不明。独立系なのかどこかの飼い犬なのかも分からねえ。分かっていることと言ったら、顔に刺青をしていること、メンバーは推定5~10人程度。あとリーダーの二つ名だけだ」

 

「二つ名? 」

 

死龍(スーロン)――中国語で“死の龍”って意味らしい。ヨコハマってところを拠点にしていた中国人グループが連中に潰された時、構成員の一人が死に際にそう言ったそうだ。他にもIP序列500位相当の実力者って噂もあるし、出来るなら関わりたくないな」

 

「そう、なんだ」

 

「そういえばこの話、最近大角さんにも訊かれたんだけど、連中絡みで何か動きでもあったのか? 」

 

「大角さんが動いている理由かどうかは知らないけど、ここ最近、ボランティア団体からストリートチルドレンや小規模のギャングが姿を消しているってウチに相談があってね。原因も不明、手段も不明。それが誘拐や拉致の類で、スカーフェイスが関与しているところまでは漕ぎつけたんだけど、そこで行き詰っているのさ」

 

「成程な……」

 

 子供を誘拐する目的となると普通の人間の場合、性的虐待や人身売買市場への供給、親に対する身代金の要求が主な理由として挙げられる。性的虐待と人身売買市場への供給という点では呪われた子供も変わらない。ガストレアウィルスによる恩恵で総じて整った容姿を持ち、普通の人間よりも丈夫で長く()()()彼女達は性的虐待の対象にされることが少なくない。また裏社会には呪われた子供を玩具やイニシエーターとして売買する国際市場が存在しており、そこでは年間50億ドル近くの金が動いていると言われている。

 一つ留意すべき点があるとすれば、彼女達は常人を凌駕する高い身体能力を持っており、並の人間では誘拐することも拘束することも非常に困難であることだ。

 

 ――だから、赤目を使って赤目を捕まえるってことか。ひでえ世の中だ。

 

「何か情報掴んだら、大角さんのついでにお前にも流すよ」

 

「ありがとう。今は噂一つでも欲しい。そういえば、君はここで何をしているんだ? 詩乃ちゃんは一緒じゃ――――」

 

 周囲を見渡した直後、常弘の言葉が詰まった。松崎PGSの誰かでも見つけて壮助がここにいる理由を見出そうとしたが、まさかの人物を見つけてしまい、彼は凝視したまま固まった。朱理も常弘と同じ方向を見た瞬間、シンクロしたかのように口をあんぐりと開けて凝視して固まった。

 

「もしかして……、もしかしてだけど、あそこに居るのって鈴之音さん?」

 

「ああ。そうだよ」

 

「そっくりのお笑い芸人とかではなく? 」

 

「本人だよ。俺って鈴之音の遠~い親戚なんだよ」

 

 “夏休みに遊びに来た親戚のフリ”という当初の打ち合わせ通りの説明を行う。常弘と朱理をからかって反応を楽しみたいという気持ちも半分あった。

 

「家族も親戚もいない天涯孤独の身って言ってなかったっけ? 」

 

「俺もつい最近まで知らなかったんだけどな。向こうで家系図を整理してたら俺のお袋が親戚ってことが分かって、興信所とか色々使って調べたら俺に行きついたんだよ。『今まで絶縁していた分、これから親睦を深めましょう』って感じで向こうの家族にお呼ばれした訳さ」

 

「へぇ~」と常弘は納得の声を上げるが、その態度は演技がかっていた。明らかに壮助の苦しい言い訳を見透かしており、彼の説明の全てを信用していなかった。

 

「ま、君がそう言うならそういうことにしておくよ。芸能界や政財界絡みの仕事は守秘義務が厳しいからね」

 

「察してくれて助かる」

 

 面倒なことにならず安心したと思ったが、並々ならぬ気迫を向けられる。常弘の隣に目を向けると朱理が歯ぎしりしながら壮助を睨みつけていた。目の色も元の黒目と呪われた子供の赤目が点滅しており、彼女の感情が激動していることが窺える。

 

「え? 何で? 何で? 何でアンタみたいな暴れん坊民警に鈴之音の護衛の話が来るの? 片桐兄妹なら100歩譲ってまだ許せるけど、何でよりにもよって歩く犯罪百貨店のアンタなの? 」

 

 ――むしろ俺が知りたい。

 

「ねえ? 業務委託して? タダでいいから。むしろこっちがお金払うから」

 

 いつもならいがみ合う犬猿の仲である朱理が膝をつき、壮助の服を掴んで懇願する。

 

「お前のイニシエーターだろ。何とかしろ」

 

「彼女、鈴之音の大ファンなんだ」

 

「せめてサインくらい――――ヘブチッ! !

 

 常弘が朱理の頭にチョップをかました。彼女が舌を噛んで痛がっている内にブラウスの襟を掴んで壮助から引き剥がす。

 

「義塔さん。すみません。お待たせしてしまって」

 

 積木たちとの与太話が終わり、鈴音が声をかけて来た。

 

「こちらの方達は? 」

 

「商売敵」

 

 常弘が名刺を差し出そうとした瞬間、朱理が彼を押し退けて鈴音の前に出る。

 

「ああああああの。がっ、我堂むぃんかんけびゅ会社のにゃ、那沢朱理です。鈴之音さんの大大大ファンです。一番好きな曲は『私はここにいる』で、あと『白に包まれて』も『0円プラネタリウム』も好きでひゅ」

 

「ありがとうございます」

 

 推しのアイドルを目の前にしたオタクのように朱理は動揺して噛みまくる。口が思考に追い付いていない。そんな朱理に驚かず笑顔で応対する鈴音はさすがプロと言ったところか。

 

「あっ。あの、差し出がましいお願いで恐縮で申し訳ないのでございますが、ご迷惑にならなければ事務所的にも個人的にもオッケーなら、サイン下さい」

 

「良いですよ」

 

「あ、ありがとうございます」

 

 頭が変な方向に回転して支離滅裂なことを言っていた朱理はカバンの中をまさぐるが、はっと我に立ち返る。

 

「ツネヒロ。色紙持ってる? 」

 

「持ってる訳無いでしょ」

 

 朱理はブラウスの裾を掴むと引っ張って、サインしやすいように鈴音の前に出す。

 

「色紙が無いのでこれにお願いします」

 

「ストップ! ! ストップ! ! それ4万円したやつでしょ! ! 」

 

「えーっと、それじゃあ、これで」

 

 そう言って朱理はバッグから小太刀を取り出した。壮助は一瞬、鈴音が斬られるかと警戒したが、朱理が人殺しの出来ない人間であることを思い出し、レイジングブルのグリップにかけた指を緩める。彼女は両手に小太刀を乗せて差し出すように鈴音の前に出した。鞘は朱色、黒のマジックで書けばサインはくっきりと見える。

 デビューから約2年。サインを求められることには慣れたが、小太刀の鞘にサインを頼まれたのはこれが初めてだ。鈴音は少し戸惑いながらも黒マジックで「那沢朱理さんへ 鈴之音」と書いた。

 

「それじゃあ、僕達はこれで。義塔くん。くれぐれも日向さんに変なことしたら駄目だよ」

 

「鈴之音さん。サインありがとうございます。この鞘、家宝にします」

 

 朱理はまだ鈴音と話したかったようだが、「これ以上は邪魔になるよ」と言って常弘が彼女の手を引いて退散した。

 那沢朱理という頭のおかしなファンが去り、2人は一息つく。

 その後、鈴音は会社の他のセクションを転々として関係者に挨拶してきた。

 サダルスードフィルムでの用事を終えた後は近くのレストランで昼食、その後は買い物に荷物持ちとして同行。その間もストーカーらしき人物の気配や痕跡は無かった。

 

 

 

 

 

 

 夕日が差し込む帰りの電車の中で鈴音は疲れたのか俯いて眠りこけ、自分の掌に涎を垂らしている。彼女の指が緩み、握っていた紙袋が落ちそうになる。壮助はそれに気付いて鈴音の手から紙袋を取り上げ、自分の膝の上に置いた。

 

 

 昔、同じ光景を見たことがある。

 

 

 5歳の頃。特撮ヒーローのイベントを観に行った帰りの電車。背中に当たる夕日を熱く感じる中、買って貰ったおもちゃで遊んでいた。母は久々の遠出に疲れたのか隣で寝ており、手に持っていたカバンが落ちそうになっていた。自分はそれに気付くとカバンを自分の膝の上に置き、到着駅まで母のカバンを抱きかかえていた。「持っててくれたのね。ありがとう」そう言われたのを覚えている。

 

 ――何で、こんなこと思い出したんだろう。

 




第二章は第一章と違って、本作のオリジナルキャラクターが多数登場する話になっています。ただでさえ6年後が舞台で原作キャラクター達の容姿が原作と違っているのに更にオリキャラも多数登場して、人物のイメージが大変ではないだろうかと考える時があります。

他の作品を読んでいると「【作品名】の【キャラ】みたいな感じ」という形でキャラクターの容姿を既存の作品で例えている作者さんも見受けられ、当然のことながら絵が無い本作もこういうことが必要なのかなと考えたりもします。


読者様の想像力を信じるか、それとも他の作品の力を借りるべきか。


他作者もすなるアンケートといふものを我もしてみむとてするなり。


まだまだ続きます。居候生活

次回「家族の記憶 ③」

オリジナルキャラクターの容姿を既存の作品で説明した方が良いですか?

  • YES
  • NO

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。