ブラック・ブレット 贖罪の仮面   作:ジェイソン13

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家族の記憶 ④

 義塔壮助くん(16)の夏休み日記

 

 1日目

 護衛任務の初日。日向家で盗聴・盗撮機器を探したが、一切見つからなかった。鈴音の部屋で探している時、クローゼットの中にブラジャーが落ちているのを見つけたが、見なかったことにした。そんなに大きくなかった。

 あと夜はゲームに負けて服を脱がされてベタベタ触られた。性別が逆だったら警察沙汰だぞ。男女平等なんて嘘っぱちだ。

 

 2日目

 鈴音と一緒に朝食を作った。メニューは味噌汁と鮭の塩焼き。加工品じゃない魚とか数年振りに食べた。美味しかった。

 鈴音と一緒に撮影会社に行ったら我堂PGSの小星たちとバッタリ会った。会社のCMで出演するらしい。あいつら民警やめてアイドルになっちまえば良いのに。

 あと帰ったら詩乃が勇志おじさんと宇宙語で会話していた。やっぱり空港の戦いでロリコン仮面に頭でも殴られたんだろうか。近い内に室戸先生に診て貰おう。

 

 3日目

 今日の鈴音お嬢様は部屋に籠って新曲作り。まず電子ピアノやアコースティックギターをテキトーに弾いて、ピンとくるメロディを探すらしい。無論、俺はアドバイスなど出来ないので部屋の端でずっと美樹から借りた漫画を読んでいた。最新巻でマジ泣きした。デクはやっぱり最高のヒーローだと思う。「大丈夫。俺が来た」人生で一度は言ってみたい。

 

 4日目

 鈴音が学校の友達に誘われて遊びに出かけた。鈴音から「一緒に来て欲しい」と言われたが流石に気まずかったし親戚が付いて行くのは不自然だったので他人のフリをして遠くから見守った。鈴音の友達もレベル高いし、みんな良い子だし、何あの空間尊い。女の子しか出て来ない系アニメの住人かよ。ずっと見ていたい。ストーカーの気持ちが何となく分かった。

 

 5日目

 姉妹揃って夏休みの宿題に一切手を付けていなかったことが判明。遊びの予定はキャンセルし、急遽夏休みの宿題を消化することにした。美樹は何となく予想が付いていたが、鈴音も勉強が苦手で毎年ギリギリだったのは意外だった。小学校中退の俺は何も手伝えなかったが、代わりに詩乃が両手に教科書を持って2人に勉強を教えていた。それはそれでおかしいと思った。

 

 6日目

 松崎さんが「ウチの義搭くんが世話になっています」と菓子折りを持って日向家に来た。松崎さんはすぐに帰るつもりだったが、年齢の近い勇志おじさんと馬が合い、その日は2人で居酒屋に行ってきた。酔っ払って帰って来た2人にリビングで正座させられ、「生き急ぎすぎ」とか「人生設計が~」とか「大学に来い」とか説教された。

 詩乃、鈴音、美樹、恵美子おばさん。俺を生贄にして2階に逃げた恨みは忘れんぞ。

 

 7日目

 美樹が水着を買いに行こうと言い始めた為、姉妹の買い物に荷物持ちとして同行。店の外で待つつもりだったが、「姉ちゃんの水着どっちがエロいか決めて」と美樹に店内に引っ張られ、恥ずかしがる鈴音の水着ファッションショーに付き合わされた。

 頑張った。頑張って耐えた。俺の鋼の理性を褒めてあげたい。あと妹の方が大きいことを知った。何がとは言わない。

 あと、「たまにはこういうのもいいわね」と言って恵美子おばさんがピザの出前を頼んでくれた。

 ――――ピザは嫌だピザは嫌だピザは嫌だピザは嫌だピザは嫌だピザは嫌だピザは嫌だピザは嫌だピザは嫌だピザは嫌だピザは嫌だピザは嫌だピザは嫌だピザは嫌だピザは嫌だピザは嫌だピザは嫌だピザは嫌だピザは嫌だピザは嫌だピザは嫌だピザは嫌だピザは嫌だピザは嫌だピザは嫌だピザは嫌だピザは嫌だピザは嫌だピザは嫌だピザは嫌だピザは嫌だピザは嫌だピザは嫌だピザは嫌だピザは嫌だピザは嫌だピザは嫌だピザは嫌だピザは嫌だピザは嫌だピザは嫌だピザは嫌だピザは嫌だピザは嫌だピザは嫌だピザは嫌だピザは嫌だピザは嫌だピザは嫌だピザは嫌だピザは嫌だピザは嫌だピザは嫌だピザは嫌だ(以下略)

 

 

 

 *

 

 

 

 鈴音の護衛任務が始まって8日が過ぎた。ストーカーの痕跡もそれと思しき人物も一切見つからず、Twitterの公式アカウントも事務所当てのメールも相変わらず。本物の「夏休みに遊びに来た親戚の兄妹」のように日向家の面々と平和な日々を過ごした。敵が出て来ないことから警戒心が次第に薄れ、何度も仕事中であることを忘れそうになる。訓練中、ティナには「装備の弾数は常に把握して下さい」とあれだけ言われたのにレイジングブルから弾を抜き取っていたことをつい先ほどまで忘れていた。

 

「何やってるんだろう……。俺」

 

 今日の“仕事”は、鈴音の検査の付き添いだ。本人はすっかり健康体と言っているが、幼い頃に患った病気が特殊なものらしく、再発防止も兼ねてこの市民病院で定期的に検査を受けなければならないらしい。

 鈴音が看護師に案内されて奥の検査室へ向かった後、壮助は中庭のベンチで一人、スマホゲームをしながら時間を潰していた。

 壮助から1人分のスペースを開けて同じベンチに男が座る。

 アルマーニのスーツを身に纏い、時代錯誤なカイゼル髭でブルジョワを気取っている。彼の名は優雅小路蔵人(ゆうがこうじ くらうど)。表向きは風俗ビルのオーナー、裏では情報屋としてそれなりに名が通っている。

 

「君に頼まれた件の調査が終わった」

 

「早いな」

 

 蔵人はA4サイズの茶封筒を渡し、壮助はその中身に目を通す。

 

「付近に不審者の情報は無し。周辺住民の経歴もクリア。犯罪歴は無いし、精神科医にかかっている住民もいない。管轄警察にも不祥事の履歴なし。それどころか、どんだけ小さな事件でも真摯に対応してくれると評判がいい」

 

「自治会と契約している民警はどうだった? 」

 

「契約しているのは我堂民間警備会社だ。そこそこ高い契約料を払って、ガストレア出現だけでなく不審者やご近所トラブルにも対応する契約になっている。担当の営業所に所属する民警の身元も調べたが、プロモーターに犯罪歴・補導歴なし。イニシエーターには元ギャングやストリートチルドレンの子がいるが、我堂に雇われてからは問題を起こしていない」

 

「相変わらず良い子ちゃん集団だな。何で我堂じゃなくて俺を頼ったんだよ……」

 

「結論を言うと、あの地域は東京エリアで一二を争う安全地帯だ。むしろ不穏分子と言ったら君ぐらいだろう」

 

「成程な……。ありがとう。助かったよ」

 

 礼を言われた蔵人は思わず目を丸くした。彼は頭でも打って人格が切り替わったのだろうか。そう思えるくらい口調は優しくなっており、表情も気持ち柔らかくなっている。

 

「俺の顔に何かついているか? 」

 

「いや、君から素直にお礼を言われるのは初めてだと思ってね」

 

「おかしいか? 」

 

「ああ。おかしいね。金銭トラブルで民警に殺されかけたところを助けられて2年経つが、あの時、プロモーターの両手の指を切断して廃業させた少年とは思えないね」

 

「もう1週間も銃を撃ってねえからな。気が抜けちまってんだよ」

 

「君は顔と体格に恵まれているんだ。そういうのも覚えておけばナンパが楽になるぞ。それじゃあ私はこれで」

 

 蔵人はベンチから立ち上がり去ろうとするが、何かをふと思い出して足を止めた。

 

「ああ。そうだ。そうだ。ついでに君に聞きたいことがあったんだ。今の仕事とは関係ないと思うが、1ヶ月前あの地区で赤目ギャングの目撃情報があった。それもかなりの大物だ」

 

 赤目ギャングの話題が出た途端、身が強張った。赤目ギャングの相手自体はもう慣れているが、常弘が調べているスカーフェイス、そして死龍のことが脳裏に過る。

 蔵人はスマートフォンを操作し、画面にギャングの画像を表示する。監視カメラの映像から抜いたものだろうか、解像度は低いが背格好、顔立ちを把握するには十分だった。

 

「こいつ……。“灰色の盾”のリーダーじゃねえか」

 

「ああ。西外周区最優の闘争代行人(フィクサー)がこんなところに何の用だったんだろうね。何か聞いていないか? 」

 

「いや、何も知らねえな。噂だとツーリングが趣味らしいし寄り道しただけじゃね? 」

 

「そうかもね。知らないなら構わないんだ。報酬はいつもの口座に頼むよ。来月末までだ」

 

「了解」

 

 蔵人が病院の中庭から去った後、入れ替わるように鈴音がやって来た。蔵人の姿はもう見えない。彼女には壮助がずっと一人で待っていたように見えただろう。

 

「義塔さん。ごめんなさい。待たせてしまって」

 

「ああ。ずっとゲームやってたから背中が曲がっちまったよ」

 

 壮助はベンチから立ち上がると背筋を伸ばした。

 

「それより検査、大丈夫だったのか? 」

 

「はい。今回も問題なしって言われました」

 

「そりゃ良かった。この後どうする? 飯にでもするか? 」

 

「近くにホットケーキが美味しいお店があるのでそこにしようかと」

 

 また英語かフランス語かイタリア語かよく分からない名前の店なんだろうなと壮助は思った。鈴音と一緒に外出した日の昼食はいつもこんな感じだ。量はそこそこ、盛り付けは綺麗でインスタ映えし、内装もオシャレなレストランだった。彼女が学校の友達と一緒に遊びに行った時もシャンゼリゼ通りにありそうなオープンカフェだった。外食するにしてもハンバーガーか牛丼かラーメンの三択しかない壮助にとっては場違い感が凄すぎて逆に居心地が悪かった。

 

「また女子力が高そうなところだな」

 

「御不満ですか? 」

 

「いや、詩乃も少しは見習ってくれないかなって……。あいつの場合、まず量だから」

 

「詩乃ちゃんたくさん食べますもんね」

 

「たくさんなんてレベルじゃねえぞ。家計の負担にならないようにあいつなりに気を遣ってこっちで食う量を減らしてるからな」

 

「え? 」

 

 珍しく鈴音が驚嘆の声を挙げる。

 

「5人前を平然と食ってるけど、あれでもかなり我慢してる方だからな」

 

 鈴音はしばらく黙った後、首を傾げた。

 

「……義塔さん。質量保存の法則って知ってます? 」

 

「残念ながら、あいつの胃袋に物理法則は通用しないんだ」

 

 

 

 *

 

 

 

 市民病院から徒歩10分。鈴音がオススメするホットケーキが美味しいお店はロッジをイメージした内装でハチミツとシロップの香りが漂っていた。案の定、店名は読めなかった。

 鈴音はホットケーキとコーヒーのセットメニュー。壮助はホットケーキを更に2枚重ねたものを頼んだ。

 壮助の目の前に置かれた4枚重ねのホットケーキにたっぷりとシロップがかけられ、それをナイフとフォークで上品に食べて行く。最初はどんだけ甘いのだろうと思ったが、思っていたほどではなかった。甘くなかった訳ではなく、きつさを感じない程良い甘さだった。上品な味とはこういうことを言うのだろう。過ぎたるは及ばざるが如しとはよく言ったものである。

 静かな店内で食器がカチャカチャと当たる音が静かに響く。

 

「美味いな。これ」

 

「はい。検査の日はこれが楽しみなんです」

 

「詩乃も連れて来ればよかったな」

 

 今日も壮助と詩乃は別行動だった。護衛の仕事でも民警はペア行動が基本だったが、1週間も敵が姿を現さない(そもそも存在しているかどうかも分からない)状況で壮助の気が緩んでいたように詩乃の心境も同じだった。今朝、勇志が「研究室を見に来るか? 」と誘った際、彼女は壮助に伺い立てることもなく「行く」と即答したのである。仕事中の身としてはいかがなものかと壮助は思ったが、詩乃が何か新しいことに興味を持って積極的に行動するのは喜ばしい変化だと受け取った。もし彼女が「大学に行く」と言い始めたら学費の工面に頭を悩ませることになるだろうが、今は気にしないことにした。

 

「ふふっ。義塔さん。いつも詩乃ちゃんのこと考えてますね」

 

「俺の悩みの99%はあいつが原因だからな。お高い“妹”を抱えちまったもんだ」

 

「それだけ悩まされているのに突き放さないくらいには、大切に想っているんですね」

 

「まぁ、悩まされているけど、同じくらい助けられてもいるからな。あいつがいなけりゃ俺はとっくの昔に死んでる」

 

 ホットケーキをナイフで切る鈴音の手が止まる。何かを言いだそうと口が少し開くが躊躇って下唇を噛む。しかし、軽く呼吸し、勇気を振り絞って彼女は口を開いた。

 

「あの……義塔さん」

 

「何だ? 」

 

「私の事、どう思ってます? 」

 

 恥ずかしいのか鈴音が顔を赤くし、何かをねだる様に上目遣いを向ける。日当たりの良い窓際の席、光に照らされ輝くアッシュグレーの髪のせいか、壮助の目には鈴音のことが眩しく見えた。直視できなくて、壮助は目を伏せて自分の皿に視線を落とす。

 壮助は自分が護衛として選ばれた理由を思い出す。華麗曰く「動画共有サイトで戦っている姿を見て一目惚れした」と――信じ難い内容だし、今でも信じられないでいる。しかし、もしその言葉が本当なら、鈴音は自分にそういう気を持っているということになる。視線の意味も質問の意図も朴念仁の壮助ですら察することは出来た。

 

「みんなに自慢したい親戚のお姉ちゃん」

 

 ――と言いつつ、アンケート用紙の裏に書いた「護衛対象」という字を見せる。

 

 鈴音のオススメの店ということもあり昼時を過ぎても繁盛している。店内には他の客もおり、注文を受け付けるスタッフが往来している。鈴音は壮助の本音を聞きたいのかもしれないが、誰が自分達の会話に耳を傾けているか分からない状況で口にすることは出来なかった。

 

「そう……ですか。すみません。変な質問して。気にしないで下さい」

 

 鈴音は笑顔で誤魔化すが、落胆していたのは傍目でも明らかだった。彼女にそんな顔をさせた当人は少し後悔するが、これが正しいんだと自分に言い聞かせる。

 自分達の関係は依頼人と請負人。ビジネス以外の何物でもない。自分達が仲の良い親戚のように振る舞っているのは依頼人に不利益をもたらさない為の演技でしかない。労働と対価でのみ成立している関係、そこに感情なんてない。

 

 ――それがお互いにとってベストなんだ。

 

 

 

 *

 

 

 

 その日の夕食は壮助と恵美子の2人が作っていた。包丁で野菜が切れる音、まな板が包丁でたたかれる音、沸騰したお湯の音、鍋をかき混ぜるお玉の音が刻々と過ぎる時間の中でリビングに響いていく。

 今、リビングに居るのは壮助と恵美子だけだった。大学から戻った勇志は汗を流す為に風呂に入り、鈴音は「ちょっと一人にさせて下さい」と言って病院から帰るや否や2階の自室に籠った。2階の隣の部屋には詩乃と美樹がおり、何か楽しい話でもしているのだろう。たまに美樹の笑い声が上から聞こえる。

 

「そういえば、詩乃ちゃんとはどういう関係なのかしら? 」

 

「どういう関係って、プロモーターとイニシエーターっすよ」

 

 隣で鍋をかき混ぜていた恵美子が肘で壮助の脇腹を突いた。

 

「そういうつまらない話じゃなくて、恋バナよ。恋バナ。ほら、詩乃ちゃんのことどう思ってるの? 」

 

「残念っすけど、俺はロリコンじゃないんで」

 

「ロリコンって……たった3歳しか違わないじゃない。それに今はまだ幼いけど、あれは5年後ぐらいに化けるわよ。もの凄い美人になる。今だってもう片鱗が出てるもの。元・女優のおばさんが保障するわ。笑いを取るコメディ女優だったけど」

 

「それなら尚更、俺とあいつじゃ釣り合わないっすね」

 

「壮助ちゃんもけっこう男前よ。顔も良いし、体格も良いし、ちょっと危険な香りがするけど若い内ならそういうのも魅力よ」

 

「見た目の問題じゃなくて……」

 

「あ、もしかして詩乃ちゃん以外に想い人が――――「いないっす」

 

 グイグイと恋の話題をねじ込んで来る恵美子には壮助はうんざりしたが、悪い気はしなかった。むしろ彼女との会話を楽しいと思っている自分がいることに気付かされる。

 

「ちなみに鈴音と美樹だったら、どっちが好みかしら? 」

 

 あまりの質問に硬直し、うっかり包丁で指を切断しそうになった。

 

「恵美子おばさんは、俺に娘のどちらかと付き合って欲しいんすか? 止めた方が良いっすよ。こんな前科持ちのクソガキチンピラ民警なんて」

 

「単に好みを聞いただけよ。で、どっちなの? 」

 

「その質問、答えなきゃいけない? 」

 

「モチのロン」

 

 壮助は作業の手を動かしながら「う~ん」と唸り熟考する。

 

「強いて言うなら美樹っすかね」

 

「あら。鈴音じゃないのね」

 

「鈴音は何というか……、浮世離れしているっていうか……。話していると調子が狂うっていうか……。仙人とか妖精とかそんな類の存在に見えるんすよね。昔からあんな感じなんすか? 」

 

「昔から不思議な子だったわ。私達には見えないものが見えたり、聞こえないものが聞こえたりしてたし」

 

「霊感でもあるんですかね。とりあえず、まぁ……俺の周囲にはああいうおっとりお嬢様タイプっていませんでしたから、どうも慣れないんすよ。どう接すればいいか分からない」

 

「まぁ、そうなるわよね」

 

 恵美子はため息を吐く。壮助は彼女の妙に納得した反応が気がかりだった。

 

「ちなみに今晩の献立って何すか? 」

 

「日向家特製鍋よ。我が一族が代々受け継いだ秘伝の調味料を使った幻の逸品」

 

「キッチンには市販の調味料しか見当たらないんすけど」

 

「義塔ちゃん。ノリが悪いわね。まぁ、市販の調味料をあれこれ混ぜただけなんだけど、混ぜ方や比率が重要なのよ。今度、時間に余裕があったら壮助ちゃんにも作り方教えてあげる。これで鈴音の胃袋をガッチリ掴みなさい」

 

「いや、別に俺はあいつの胃袋を掴むつもりは無いっすけど……」

 

 そもそも掴む側と掴まれる側が逆ではないだろうかと壮助は考えたが、そこは突っ込まないことにした。

 

 

 

 *

 

 

 

「「「「「「いっただきまーす」」」」」」

 

 

 日向家4人+居候2人が揃い、食卓を囲む。鈴音は食事作法の手本のようにお行儀良く黙々と食べ、対照的に美樹と詩乃は鍋の上で肉の奪い合いを繰り広げている。壮助はその隙を突いて目的の具材を自分の皿に入れ、恵美子は醜い争いを繰り広げる2人にやんわりと喝を入れる。一家団欒の光景がそこに広がり、家に来て一週間ぐらいしか経っていない壮助と詩乃も違和感なく溶け込んでいく。

 壮助の右前に座る勇志は鍋をつまみに晩酌を楽しんでいた。何の酒だろうかと興味本位で目を向けると勇志が手で遠ざける。

 

「飲みたいのか? 駄目だぞ。お酒は大人の飲み物だ~」

 

 もう酔いが回っているのだろうか、勇志は顔が赤くなっており、堅物めいた口調も緩んでふざけているように見える。

 

「君が成人したら、一緒に飲みに行ってやらんでもないぞ~」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『どうした~? 壮助。これ飲みたいのか? ほれ。ちょっとだけだぞ』

 

『うぇっ。なにこれにがい』

 

『はっはっは。苦いだろう。お子様にはまだ早い』

 

『おとなになったら、おいしくなるの? 』

 

『ああ。きっと美味しくなるさ。大人になったら、一緒に飲みに行こう』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ここ最近、ずっとこうだ。昔のことを思い出してる。

 俺はまだ小学生のガキで、朝起きたら母さんがご飯を作っていて、父さんは先に食べ終わって仕事に行く準備をしている。学校に行けば友達がいて、先生がいて、放課後はグラウンドで遊んで、家に帰る途中で大角さんに会って、飛鳥に悪口を叩かれる。家に帰ったら母さんがワイドショーを見ながら洗濯物を畳んでいて、夜になると父さんが帰って来て、一緒にご飯を食べる。たまにお酒も飲んでる。

 

 

 もし両親が死んでいなければ……

 

 義搭壮助が民警にならなければ……

 

 それでも森高詩乃と出会っていれば……

 

 そんなIFを日向家で見せられている気分だ。

 

 

 

 

 でも――――――――

 

 

 

 

 

 

あの日、殺した刑事の顔が思い浮かぶ。

 

 

自分の正義を、信念を曲げて、彼がそこまでして何を守ろうとしていたのか思い出す。

 

 

彼がそこまでして守ろうとした人まで殺した日のことを思い出す。

 

 

 

 

 

 ああ……これは間違いだ。何かの間違いなんだ。

 

 俺が、こんな幸せを感じて良い筈がない。

 

 

 そうだろう? 義搭壮助。

 

 

 お前は人殺しなんだ。人殺しはなんだ。

 

 

 

 お前は幸せを感じちゃいけないんだ。

 

 

 

 お前は救われちゃいけないんだ。

 

 

 

 

 

 お前は永遠に地獄の底を這いずり回らなければいけないんだ。

 

 




次回「決断の日」

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