護衛(のフリ)任務開始から15日。日向家のリビング、テレビの前のリビングテーブルの上に鈴音のスマホが置かれ、持ち主の鈴音が正座して連絡を待ちわびていた。緊張する面持ちの彼女を後ろから昼食の皿洗いをする壮助と恵美子が見守る。
鈴音のスマホが初期設定の着信音を流しながら振動する。画面の発信者には「積木プロデューサー」と表示されており、心臓が跳ね上がりそうになりながら鈴音は通話に出る。
「はい。日向です」
普段通りのおっとりとした雰囲気を装って応対したが、数秒後に鈴音の表情が凍り付いた。
「――――――え? 全部ボツ? 」
『うん。ピンとくるものが無いんだよねぇ。君の復帰作になるんだ。もっとインパクトのあるものが欲しい。これじゃあ、いつもの鈴之音だ』
「え? だって、前はいつもの感じにして『鈴之音が戻って来た』って安心させようって」
『それじゃあ、頑張ってね。そんなに焦らなくていいから』
特にアドバイスも無く、“頑張って”という無責任な言葉を投げかけられて通話は切られた。
「はぁ~。もう無理」
鈴音はテーブルにスマホを放り投げるとテーブルに突っ伏した。
「プロデューサーのおっちゃん。何だって? 」
「全部ボツ。『いつも鈴之音だ。もっとインパクトのあるものにしよう』って」
天使の歌声、聞く精神安定剤、透き通るソプラノボイスが魅力の清純派ヒーリングアーティストに求めるものとして如何なものだろうかと壮助は考えるが、数々の名アーティストをプロデュースしてきた彼の頭には、素人の自分では分からない
「インパクトねぇ……。義塔ちゃん。何か無い? 」
「え? 俺に振るんすか? 」
「だっておばさん歌謡曲ぐらいしか分からないもの」
音楽とは無縁の職業に就いている素人の自分にアイディア出しを振られるとは思っていなかった。壮助は少し戸惑いながらもポンと頭の上に電球が浮かび上がる。
「えーっと、じゃあ……ラップとか? 」
ぽかんとする2人を前に壮助は手を口に当てて、素人にしては上手いレベルのボイスパーカッションを披露する。
ドゥビドゥビドゥビドゥ
鈴之音新曲 Pちゃん全ボツ お前の作曲 壁に激突
競争激しい音楽業界 このまま行けると思ってないかい?
みんな待ってる鈴之音。来るのね? でもいつも通りじゃ飽きが来るのね
持ってる感情 吐き出せ解放 鈴音の新曲ラップで
スプーンをマイクに見立て、全身を躍らせながら即興ラップを披露する壮助。素人とは思えないリズム感、音楽とは無縁と思っていた彼から発揮される才能とパフォーマンスに鈴音と恵美子が釘付けになる。
「どうして義塔さんってそういう変なところで無駄なスキル発揮しちゃうんですか? 」
「無駄じゃねえ。生きるための手段だよ。赤目ギャングにはラップ好きがそこそこいるからな。これでご機嫌を取って何度か命拾いした。芸は身を助けるって言うだろ? 」
一説によるとガストレア大戦時に帰国しなかった元在日米軍兵士の黒人ラッパーが外周区のボランティア活動のついでにラップを布教していったと言われている。
「生きるための手段……ですか」
「どうかしたのか? 」
「いえ。何でもないです。ごめんなさい。あまり気にしないでください」
鈴音は儚い笑顔を見せて誤魔化す。「気にしないでください」という言葉が、自分への心遣いではなく、自分に掘り下げられたくない気持ちが今の言葉の中にあったのだと壮助は感じた。
「ただいま~」
恵美子に買い物をお願いされていた美樹が帰って来た。片手に提げたエコバッグからは牛乳パックやじゃがいも、にんじん、牛肉のトレーがはみ出しており、今日の晩御飯のメニューが推測できる。
美樹は恵美子にバッグを渡すと冷蔵庫からカップアイスを取り出し、スプーンで頬張りながらソファーに座った。リビングの端々を一瞥すると彼女の視線は壮助に向けられる。
「あれ? 義塔の兄ちゃん。詩乃ちゃんは? 」
「あいつなら病院行ってる」
「え!? 何!? どっか悪いの!? 」
美樹がソファーから乗り出し壮助に詰め寄る。前屈みになり、胸元が緩んだトップスの隙間から谷間が見える。壮助は悟られないようにそっと視線を逸らす。
「心配するな。定期的なメディカルチェックだよ。イニシエーターはガストレア相手に戦っている分、その辺は注意しないといけないからな」
「な~んだ。ビックリした」
美樹は安心して再びソファーに腰を落とす。テレビをつけてテキトーにチャンネルを回し、なんとなく見覚えのあるバラエティ番組の再放送に固定する。
「そういえば新曲どうだった? 積木のおっちゃん何か言ってた? 」
「全部ボツ……」
ショックが大きかったのか、2人に背を向けて体育座りをする鈴音はボソリと呟いた。
美樹は驚きのあまり「マジで」と言いながらアイスの乗ったスプーンを落としそうになり、慌てて頬張る。
「インパクトが足りないって……」
「癒し系の姉ちゃんにインパクトって無茶振りだよね」
「だから次はHIP-HOPにしようぜって話になってるんだけどな」
「え? マジで? 姉ちゃん帽子を斜めに被ってオーバーサイズのシャツを着てYOYOチェケラとか言っちゃうの? なにそれ忘年会の一発芸? 」
「いや、まだやると決まった訳じゃ……」
「まだって、やるつもりあるんだ」
「ええっと……その……ちょっと興味はあるかな」
まず形から入れようと美樹はスマホでB系ファッションサイトを開き、鈴音に「これなんかどう? 」といくつかのコーデを薦める。仕事もプライベートもフェミニン系コーデで統一している鈴音は難色を示すが、美樹はロック系やセクシー系も画面に出して着せ替え人形のように画面上で鈴音のコーデを決めていく。
姉妹の普段の会話が続く中、壮助のポケットの中に入っていたスマホが振動し、レーダーのような音を流す。何かのアラームだろうか、危険信号のようにも聞こえて楽し気に会話していた姉妹が壮助の方を向いた。
「楽しくお話してるところ悪いんだが、重要なお知らせだ」
「どうしたの? いきなり」
「馬鹿なストーカー野郎が引っ掛かった」
壮助は立ち上がると一目散に玄関に向かって走り出した。突然の行動、素早い身のこなしに驚き3人の身が固まる。はっと気が付いた時には壮助は玄関扉を大きく開けて外に飛び出していた。
「え? ちょっと待ってください!!義塔さん!!」
「え!? 何々!? どういうこと!? 」
訳が分からず鈴音、美樹、恵美子は壮助に続いて玄関へ向かう。開けっ放しの玄関扉、燦燦と照らされる外の光景から一人の男が飛び出して来た。
無精ひげに太った体型、野暮ったいTシャツにカーゴパンツ姿の男だった。既に壮助に何発か殴られたのか瞼は腫れあがっており、鼻からは血を流している。彼は手をついて立ち上がろうとするが外から戻り、閉じ込めるように扉を閉めた壮助が男を足蹴りして踏みつける。
「オラアアアアアアアアアアアアアアア! ! ! ! 観念しろ! ! このストーカークソ野郎! ! 今日こそはぶっ殺してやらぁ! ! 」
「ち、違う! ! 僕は――――――ぎゃっ! ! 」
壮助は男の頭をサッカーボールのように頭を蹴り飛ばし、玄関脇のにあった傘立てから傘を引き抜き、U字になっている取っ手を首に引っ掛けて喉仏を潰す。
「ネタはもう上がってんだよ。半月も人を待たせやがって」
壮助は男の顔面を踏んで抑えたまま、ウェストバッグに偽装したホルスターからタウルス・レイジングブルを抜き出す。シリンダーをスライドさせて別のポケットに入れていた弾丸を装填し、銃口を男の頭に向ける。引き金に指がかかっているのはこれが脅しではなく本当に殺そうとしていることの証左だった。
「サツに突き出してもどうせすぐシャバに出て来るからな。サクッと殺して死体はガストレアの餌にでもしてやるよ」
壮助が男の頭を蹴り、傘で喉を潰し、弾丸を装填して銃口を向ける。あまりにも綺麗な流れで自然な動きだった。殺そうとする意気込みや覚悟すら感じない。炊事や掃除がそうであるように義搭壮助にとって暴力や殺害はわざわざ意気込む必要のない日常的な行動なのだと感じさせられる。
一緒にキッチンに立って料理をした少年が、
一緒にご飯を食べて笑い合った少年が、
一緒にリビングでゲームをした少年が、
買い物で率先して荷物持ちをしてくれた少年が、
今はその手で人を殴り、その足で蹴り、その指で引き金を引こうとしている。この家で平和に過ごした彼と人を殺そうとしている彼が一つの身体の中に存在している。そのことに3人は驚きを隠せず、その気迫から足がすくみ、声が飲み込まれる。
「ま、待って下さい! ! 」
家の中に響くソプラノの声で壮助の指が引き金から離れる。
「ストーカーなんていません! ! 全部……。全部、私の嘘なんです! ! だから、その人を離して下さい! ! 」
今にも泣き出しそうな顔で、張り裂けそうな声で鈴音は懇願する。仮面のように柔らかい笑顔が貼り付いていた彼女の顔から焦りが見える。壮助は本当の日向鈴音を初めて見たような気がした。
彼はニヤリと笑みを浮かべた。
「はい。お疲れ様」
壮助はさっきまで殺意を向けていた男に優しく語りかけると彼の手を引っ張って立ち上がらせる。監督がカットと言い放った後の映画のメイキング映像のように唐突に変わる2人の態度に日向一家は困惑する。
「悪いな。ちょっと強くやっちまったけど、喉大丈夫か? 」
「いえいえ。全然大丈夫ですよ。身体の丈夫さだけは取り柄ですから」
「はい。これ報酬」
「まいどー」
壮助が懐から茶封筒を渡すと、受け取った男が茶封筒の中身を確認する。数枚の1万円札が入っており、「ひーふーみー」と慎重に数える。
「あの、優雅小路さんが言ってた額より多いんですけど」
「俺からの口止め料だよ。この仕事や見聞きしたもの少しでも話したら次は演技じゃねえからな」
「大丈夫ですよ。信頼と実績のサクラ屋ですから。ではまた御贔屓に」
さっきまで殴られていた男はにこやかに笑顔を浮かべると自分が倒れたせいで乱れた玄関の靴の並びや倒れた靴箱の上の写真立てを立て直し、ペコペコと頭を下げながら退散していった。
「さて。どういう了見か説明して貰おうじゃねえか」
ギラつく眼孔、久々に見た悪人顔と共に弾丸の込められたタウルス・レイジングブルが鈍く光った。
*
勾田大学病院の旧病棟4階、そこが森高詩乃の行先だった。
定期的なメディカルチェックのために日向家を離れた彼女だったが、行先はいつもの市民病院ではなかった。壮助から「勾田大学病院に行って室戸先生に診て貰え」と言われ、その指示に従ったからだ。勾田大学病院に行くのは初めてだが、室戸菫女史とは壮助が入院していた救急医療センターで何度か顔を合わせている。自分の大切な人を救った恩人であり、いつかはお礼を言いたいと思っていたので良い機会だった。
広いキャンパスとパンツを被せられた銅像、資材置き場やサークル棟として混沌としている旧病棟、エレベーターで4階のボタンを押すと表情が戦慄する学生たち、どこかヘンテコな勾田大学病院の空気を感じながら、詩乃は目的のフロアに辿り着いた。
まるでお化け屋敷のように薄暗い部屋の中、微かに発光する蛍光灯の下で部屋の主、室戸菫が出迎えてくれる。
生気の無い顔と不健康な青白い肌、伸び放題の髪とその隙間から見えるクマの深い目元、白衣を着た姿は、薄暗い部屋や巨大冷凍庫、謎の物体のホルマリン漬けが並べられた棚という背景も相まって、狂気の天才という印象を受ける。
「よく来てくれたね。詩乃ちゃん。君とは一度、こうして二人っきりで話をしたかった」
「いえ、私も壮助を助けて貰ったお礼を言いたかったので、丁度良かったです」
菫は椅子から立ち上がり、手を伸ばして詩乃と握手する。
「そんなに気にする必要はない。昔、私が助けてしまった馬鹿が君の相棒に迷惑をかけたからね。その尻拭いをしたまでだ」
「それでもお礼は言わせてください。本当にありがとうございました」
詩乃は深々とお辞儀をする。
「君は本当に良い子だな。あの狂犬ヤンキーには勿体ないし、
地獄の欧州戦線 最狂の生体兵器“
菫の言葉を聞いた途端、詩乃の瞳孔が開いた。お辞儀をして前傾になっていた姿勢をそのまま前に落とし、逆立ちして菫の首に足を絡める。腹筋を収縮させて上半身を持ち上げ、下半身をねじって菫を顔面から床に叩きつける。
「それを私の前で喋ってどうするつもり? 壮助には喋ったの? 」
詩乃は太腿で菫の首を絞める。苦しみながらも辛うじて呼吸ができ、言葉を発することが出来る絶妙な力加減を入れる。
「彼には話してない。このことを知っているのも調査を依頼した馬鹿と私だけだ……。君に話したのは、君の身体の問題を解決する上で必要なことだったからだ」
詩乃は足に入れた力を緩める。少なくとも菫は白鯨の情報を脅しに使うつもりは無い。それで自分や壮助を利用するような短絡な人間ではない。それが分かれば、彼女を絞め殺す理由は無くなる。
詩乃は足を開いて菫を解放する。菫は首を手で労りながら立ち上がる。器官に一気に酸素が入り込み、むせて咳をする。
「君の身体の事情は義塔から聞いている。異常な食欲と過度な睡眠時間、空港の戦い、白鯨の情報……。私の推測が正しければ、今の君はエネルギーの供給が消費に追い付いていない状態だ。多量の食事と長い睡眠で誤魔化しているが、それでは根本的な解決にはならない。このままだと
菫の口から詩乃の余命が宣告される。しかし、詩乃は驚いたり、悲しんだりする様子は無い。静かにその事実を受け止めている。
「どうやら心当たりはあるみたいだな。君は日を追う毎に倦怠感と空腹感が増している。力だってヨーロッパに居た頃と比べればかなり落ちている筈だ。私なら、その問題を解決することが出来るかもしれない」
『Bravo, vous connaissiez la réponse correcte. Sumire Muroto.』
(ブラボー。よくその正解まで辿り着いたね。室戸菫)
詩乃は突然、流暢なフランス語で菫に話しかける。義搭壮助のちょっと強いイニシエーター“森高詩乃”ではなく、欧州連合軍“最狂”の生体兵器“
『衰弱死までは想像してなかったから、ちょっと驚いたけど』
『答えを聞かせて欲しい。私の提案を受けるか否か』――と菫は詩乃に合わせてフランス語で返す。
『勿論。受けるよ。断る理由もないし。死にたくないし。ちなみに一つ訊いて良いかな? 』
『幾らでも構わない』
『どうして、私を助けようとするの? 』
『医者だから……というのは理由にならないか』
菫の回答に詩乃は黙ったまま視線を向ける。呪われた子供の赤い目を輝かせ、「全て白状しろ」と言わんばかりに圧をかける。一対一で里見蓮太郎を仕留め、地獄の欧州戦線では“最狂”と恐れられた彼女の視線を前に飄々とした菫も冷や汗を流す。
『分かった。素直に白状する。君の細胞を調べさせて欲しい。君の治療だけでなく、それ以外の目的の為にも――』
*
夕方5時の日向家は静まり返っていた。恵美子は一人静かにリビングで寛ぎ、テレビ画面に目を向ける。映し出されているのは過去にデジカメで撮影した映像だ。この家で撮影した何気ない生活、恥ずかしがる鈴音、手でレンズを塞ぐ美樹、マスコミに囲まれながら高校の入学式を迎える鈴音、中学の運動会でトップを独走する美樹、鈴音が歌で新人賞を取った日のお祝い、つい最近のことでも懐かしく感じてしまう。
玄関扉が開く音がした。聞き慣れた「ただいま」という声と共に勇志が帰って来る。ただでさえ暑い夏の中、走って帰って来た彼は息を切らし、ワイシャツは汗でぴったりと肌に貼り付いていた。彼の熱気で眼鏡も曇っている。
「あら。おかえりなさい。早かったのね」
「はぁ……はぁ……あんなメールを寄越されて帰らない訳ないだろ。……それで、本当なんだな。彼に全部バレたってのは」
「ええ。全部って訳じゃないけど、プロ顔負けの名演技でみんな騙されたわ」
「それで……鈴音たちはどこに行ったんだ? 」
「例の場所よ。そこに連れて行って、全部話すみたい。美樹も一緒よ」
「そうか……」
勇志はカバンを置くとソファーに腰を落とした。がっくりと項垂れ、神に祈るかのように頭の上で手を組む。
「心配しても仕方ないわよ。鈴音と美樹が決めたことだし、私達は応援するしかないわ。それに義塔ちゃんなら大丈夫でしょ。ああ見えて良い子だし、口も堅いわよ」
項垂れていた有志が顔を上げ、恵美子を見つめる。
「お前は随分と義塔くんのことを信用するんだな。そういえば、出会った頃に君がお熱だったアイドルに似てるなぁ」
「冷やかさないの。そういう貴方こそ詩乃ちゃんにゾッコンだったじゃない。もしかして、ああいうタイプの子が好みだった? 悪いわね。デブでブスで頭の悪いコメディエンヌな奥さんで」
「そういうつもりじゃないさ。あの子は本当に凄いんだ。イニシエーターなんか危険なことやらせていい子じゃない。どこで教育を受けたか分からないが、とにかく集中力と吸収力が凄いんだ。キャンベル生物学を渡したら3日で全部読んで内容も全部理解したし、最新の論文も英語のまま読んでその場で反論している。ちゃんと学校に行かせて――いや、飛び級させてウチの大学に入れて、私の研究室に引き入れる。本気だぞ。ついでに義塔くんもだ。彼も馬鹿じゃない。ただ教育を受ける機会が無かっただけだ」
「大袈裟ねぇ。そんなに愛着が湧いたなら2人まとめて養子に迎えればいいじゃない。
恵美子に言われて勇志は硬直する。その瞬間、顔がはっとし、手をポンと叩く。
「成程。それは名案だ。そうすれば2人とも民警をやる理由がなくなる。俺達が養うからな。そうだ。それで行こう。恵美子。養子縁組の書類はどこだ? 」
「ちょっと落ち着いて。本気で義塔ちゃんと鈴音を兄妹にするつもり? もし鈴音がほの字だったら一生恨まれるわよ」
恵美子の言葉で勇志がカチンと凍り付いた。
「鈴音が? それは本当なのか! ! どうなんだ! ? 」
「いや、何となく。何となくよ。ほら。昔の映画とかドラマであったじゃない。お嬢様とボディガードが吊り橋効果で胸キュンな展開を繰り広げて最終的に結ばれる話が」
「もしそうだったら許さん! ! 中学二年の頃に学んだ天上天下無双流・唯我独尊曼荼羅斬で頭をかち割ってやるぅぅぅぅぅ! ! 」
腸が煮え滾った勇志はカバンの中から折り畳み傘を取り出し、刀のように構える。
そんな勇志をなだめながら、恵美子は例の場所へ向かう鈴音と美樹にエールを送った。
――さて、最後の正念場よ。鈴音。頑張りなさい。
*
「付いて来て下さい。そこで貴方に全てを話します」
目的地がどこか途中で聞く気にはなれなかった。覚悟を決めた鈴音の面持ちはあまりにも真剣で声をかけられなかった。いつも自信満々で勝気だった美樹は逆に不安そうな顔を浮かべ、何度も鈴音に「本当に全部話すの? 」と尋ねるが鈴音は「うん」とだけ返事する。
そう鈴音に言われて、壮助は彼女の後について行った。自宅からバス停まで歩き、バスで駅まで、そこから更に電車で20分、降りた駅は東京エリア西側の市街地だった。
駅と隣接するショッピングモール、それを繋ぐ歩道橋を歩いていく。夏休み期間中だということもあり人の往来は激しい。数多くの人の姿や声が鈴音たちの姿をその他大勢の中に溶け込ませる。変装していることもあって、誰も人気アーティスト「鈴之音」がそこに居る事に気付いていない。
鈴音は歩道橋の真ん中で立ち止まった。そこには何も無い。ベンチも無ければちょっとしたモニュメントも無い。何の変哲もない道の途中だが、鈴音はそこで壮助には見えない何かをじっと見つめていた。
鈴音は深呼吸すると何かを決心し、口を開いた。
「6年前、ここに物乞いの少女がいました。
溶かした鉛で目を潰した彼女は
『わたしは がいしゅうくの のろわれたこどもです』と書いたダンボールを持って、
妹にご飯を買ってあげるために、ここで歌を歌っていました。
小銭を入れてくれる人がいました。
空き缶のプルタブで騙す人もいました。
呪われた子供を嫌う人達から殴られたり、蹴られたりもしました。
悪い人に攫われそうになったこともありました。
でも法律が変わって、彼女達を救おうとする人たちも出てきました。
その中で運良く、物乞いの少女は妹と一緒にボランティアに保護されました。
お風呂に入れてもらいました。
綺麗な服を着せてもらいました。
温かいご飯を食べさせてもらいました。
ふかふかの布団で寝かせてもらいました。
見えなくなっていた目も治してもらいました。
その後、姉妹は一緒に里親に引き取られ、
そこで普通の人間として幸せに暮らしました。
“
日没で暗くなる世界、その中で姉妹の目は赤く輝き始める。
「義塔さん。私達は、呪われた子供です」
語られる“盲目の少女”のその後
次回 スズネと鈴音と鈴之音 中編