「馬鹿馬鹿バーカ! ! このクソ馬鹿! ! 頭の中お花畑! ! スポンジ脳味噌! !そんなことで前科者の民警を家に招くなよ! ! 危ねえだろうが! ! もし俺が『あの鈴之音が俺を指名した。俺に惚れている』って本気で考える勘違い野郎だったら、これバラされた時点で怒り狂ってお前らの頭をふっ飛してたぞ! ! いや、バラされる前に勘違い極めて襲ってたかもしれねえ! ! 部屋に鍵がついてる? 赤目の力で抵抗すれば大丈夫? はんっ! ! 舐めんじゃねえよ! ! こちとらガストレア、赤目ギャング、他社のイニシエーター相手にドンパチやって飯食ってんだよ! ! てめーら素人の相手なんざ赤目だろうと楽勝なんだよ! ! つーか初対面の奴をいきなり家に泊めるなよ! ! 財布とか通帳とかハンコとか下着とか盗まれても知らねえぞ! ! 家の中、撮影されてYoutubeにでもアップされたらどうするんだ! ? とにかく、お前ら一家は無防備過ぎんだよ! ! もっと他人を疑うことや警戒することを学べ! ! 分かったか! ! このクソバカ姉妹! ! 平和ボケ一家! ! 」
日が落ちかけた公園で壮助は怒りで顔を歪め、声を荒げ、日向姉妹が座るベンチを足蹴りする。自分がどれだけ苛立っていたか、どれだけ怒っているか、彼女達のやったことがどれだけ危険なのか訴えかけ、怒声とベンチの振動が重なって2人に伝わる。
美樹は幼い頃の素の性格が甦ったのか、涙目になり震えあがって鈴音の肩に抱き付いている。それに対して鈴音は肝が据わっているのか、壮助の叱声を前にしても怯える様子がなかった。
鈴音は月明りのように微かな笑みを壮助に向けた。
「やっぱり、義塔さんは優しいですね。自分が騙されたことよりも私達のことを心配して怒ってくれているなんて……」
壮助は口を噤んだ。もう彼女に何を言っても無駄だ。自分がそんなことしない人間だと理解されている。本気であの一家のことを好いていて、心配していて、危険から遠ざける為なら自分を貶めることも辞さないぐらいに愛着が湧いていることも見透かされている。
彼は大きく溜め息を吐くと怒ることを諦め、脱力して再びベンチに腰を落とした。
「もういい。分かった。…………全部話すよ」
「え? 」
「聞こえなかったのか? 全部、話すって言ってんだよ。俺が何も言わなかったら、似たようなこと続けるんだろ? 次はどんなガセネタ掴まされて、ヤバい民警招き入れるか分かったもんじゃないからな」
「さ、流石にもうこんなことは……」
壮助は睨みつけて鈴音を黙らせる。日向一家がもう危ない目に遭わない為に話す。彼としては、その大義名分を奪われたくなかった。それを察したのか、鈴音もそれ以上のことは言わなかった。
「そうだな。とりあえず、俺が初めてあいつに会った時の話でもするか」
*
最愛のイニシエーターと幼馴染を殺した過去、壊れた英雄として戦い続けた過去、唯一の仲間と決別した過去、自分が見た里見事件とその後の面会で彼が語った世界と正義に対する“憎悪”と“愛情”。
国家機密になるであろう聖天子絡みの話は何とか避けつつ、彼は自分の記憶、菫やティナから聞いた話を自分の中で整理し、自身が知る里見事件そして里見蓮太郎のことを語った。
「これが、俺の話せる全部だ」
壮助が語り終えた頃、日はもう落ちていた。聞いていて気持ちのいい話ではない。語る壮助は彼に臓物を消炭にされたトラウマがフラッシュバックし、聞かされた鈴音と美樹の顔にも暗い影を落とした。美樹はその悲劇に感受したのか、涙を零し、時折鼻を啜る音が聞こえた。
「そう……ですか」
鈴音は言葉に詰まっていた。テロリストになったと知った時から、生易しい話にはならないと覚悟はしていた。それでも堪えるものがあった。
「なあ。鈴音。気持ちは変わらないか? 里見に感謝の言葉を伝えたいか? 」
「は、はい。勿論です」
質問の意図が分からなかった。鈴音の答えを聞くと壮助はふっと鼻で笑った。
「だったら今度、ティナ先生に会わせるよ」
「ティナ先生? 」
「里見の仲間だった人だ。昔のことなら俺以上に詳しいし、もしかしたらお前を助けたことも何か聞いているかもしれない」
その話を聞いた鈴音の表情はスイッチの入った電球のように徐々に明るくなっていく。鈴音や鈴之音の神秘的なイメージとはかけ離れているが、年相応の少女のように満面の笑みを見せた。
「義塔さん。ありがとうございます」
鈴音は両手を大きく広げて隣に座る壮助を抱き寄せる。両者の吐息がかかり、肌と肌が密着し、真夏の中でも直に体温が感じられる距離まで近づけられる。
「ちょ、待て。気が早いって。俺以上に里見の件がデリケートな人だから俺の口利きでも話してくれるかどうか分からないし、色々と訳ありな人だから会ってくれるかどうかも怪しんだぞ。ってか、こんなところ誰かに見られたら色々と終わるぞ。あ、でも気持ち良いし、なんか汗と一緒に良い匂いするからやっぱりこのままで――」
「はいはい。イチャイチャは後にしましょうねー」
美樹が2人の間に割って入り、無理やり引き剥がす。
引き剥がされた壮助は沸騰しそうなほどに顔が真っ赤になり、直視できずに鈴音から目を逸らす。対して鈴音は今の自分の行動を何とも思っていないのか、いつものニコニコ顔が貼り付いていた。
「とりあえず、なんか話は終わったっぽいし、帰ろっか。お腹すいたし」
*
例の歩道橋を尻目に3人は帰路についた。電車とバスを乗り継ぎ、自宅近くのバス停に着いたのは夜7時のことだった。
壮助は前方を歩く日向姉妹に気を配りながらスマホでティナに連絡を取っていた。蓮太郎のことを聞きたいというと断られるかもしれないので、「里見の件でちょっと話したいことがある」とティナが応じるであろう当たり障りのない話題で彼女を釣った。
「分かった。じゃあ、明日13時。勾田駅で」
壮助が電話を切ると姉妹が彼の顔色を窺う。
「ティナ先生、明日大丈夫だって」
「良かったね。姉ちゃん」
「ありがとうございます」
「感謝するにはまだ早ぇよ。話してくれるかどうか、分かんねえし」
「それでも言わせて下さい。義塔さんのお陰で前に進めたんですから」
「はいはい。どういたしまして」
壮助はスマホをズボンのポケットに入れると、ふと今の自分が護衛任務中だったことを思い出す。無期限という話だったが、ストーカーの話が嘘であると分かった今、自分達が日向家に居着く理由は無い。あの家に居心地の良さを感じ始めていた手前、一芝居打って仕事の終わりを早めてしまったことを悔やむ。
「ストーカーがいないって分かったし、俺の護衛の仕事って今日で終わりだよな?」
「えっと……、そうですね。私が義塔さんから里見事件のことを聞き出すまでって話でしたので」
「だったら明日、ティナ先生のところに連れて行くついでに荷物をまとめるよ」
壮助の言葉に驚き、2人の動きが一瞬固まった。
「え? もう出て行っちゃうんですか? 」
「もうちょっと居ようよ~。ようやく本音で色々話せるんだからさ」
「お前、最初は俺達が来るのに反対してたじゃねえか。今じゃ言ってることが逆だぞ」
「良いじゃん。義塔の兄ちゃん意外と良い奴だったし、詩乃ちゃんも一緒にいて楽しいし。父さんも母さんも2人のことは気に入ってると思うよ」
蓮太郎絡みで何か起きた時にすぐ動けるようにしておきたい。その気持ちがあってこの仕事は早く終わらせたかった。だが、護衛でなくとも日向家に居ていいのなら、早々に出て行く理由はなくなる。
――不穏分子と言えば、君ぐらいだ。
市民病院で会った蔵人の言葉が脳裏を過る。しかし、壮助はそれを払拭する。この地域は安全だ。警察は優秀で、更に最大手の我堂PGSが地域を守っている。自分から何かしなければ、自分のせいでこの一家が危険な目に遭うことはない。そんな希望的観測が彼の思考を支配していた。
「分かったよ。とりあえず明日はやめとく。詩乃の気持ちもあるし、空子とか星宮さんにも話を通さないといけないからな」
まだ素直になれなかった。自分が家族団欒に浸りたいからとは言えず、自分由来ではない部分で居残る理由があるから残ると、そう言い訳した。
「美樹、今日の晩御飯って何だと思う? 」
「じゃがいもとかニンジンとか買わされたから、カレーじゃない? あ、でもルーは買ってないなぁ」
「肉じゃがかもね」
目の前で姉妹が今日の晩御飯予想を繰り広げる中、壮助はボソリと呟いた。
「鍋がいい……」
2人が壮助の方を振り向く。そんな変なことを言っただろうか。まさか注目されるとは思わず、一瞬狼狽える。
「いや、また6人揃って日向家特製鍋が食いたいなって」
「「…………」」
姉妹のにやけ顔が瞳に映る。おっとりした姉と活発な妹、普段は対照的な2人だがこうして見ると血の繋がりを感じる。
「義塔さんもすっかり虜ですね~」
「遂に沼にハマっちゃったか~」
「何だよ。良いじゃねえか。あれ美味いんだから」
歩きながら2人に揶揄われ、談笑している間に日向家の前に辿り着いた。家の明かりが3人を出迎えてくれる。全てが明かされた今、どんな顔して勇志おじさんと恵美子おばさんに会えばいいのだろうと壮助は憂える。鈴音達みたいに変に謝られるよりは、「ドッキリ大成功」とプラカードを掲げて待ってくれていた方が幾分か気楽になる。
「ただいま」
「何? この変な匂い」
ドアを開けた瞬間、3人の鼻を異臭が付いた。卵が腐ったようなものでもなく、何かが焦げたような匂いでもない。塩素系洗剤とも違う。生理的に受け付けない空気を前に鋭敏な感覚を持つ鈴音と美樹は鼻を押さえる。
しかし、その匂いを壮助は知っていた。驚愕のあまり、瞳孔が開き、冷や汗が流れる。ここ半月嗅ぐことが無かった。この場所でこの匂いを嗅ぐとは思っていなかった。“こんな事態”になるような場所じゃないはずだった。
玄関から真正面に続く短い廊下とリビングを遮る扉がひとりでに開く。リビングの光景の一端が見え、その先に倒れている恵美子が目に映った。いつものスリッパを履き、いつものエプロンをつけ、テーブルに持っていくつもりだった肉じゃがを床に零していた。
「お母さん! ! 」
美樹はすかさず土足のまま家の中に駆け上がる。壮助は一瞬、止めようとしたが元・陸上選手である彼女の瞬発力には敵わなかった。手を伸ばしても彼女の背に触れることすら出来なかった。
――待て。行くな。この匂いは! !
ガストレアの血だ! !
半開きになったドアの隙間から電源の落ちた50型テレビ画面が見えた。天井の灯りが反射したことで映し出されるリビングの光景、そこに全ての元凶が潜んでいた。
恵美子という
黒膂石代替臓器“賢者の盾” 斥力空間発生器官 起動
濃縮斥力点 解放! !
壮助は足裏に極小の斥力フィールドを展開させるとすかさずそれを崩壊させる。その瞬間に生まれた地面と足の間の反発を推進力に変換し、音を置き去りにする速度で美樹の背中に届く。彼女の身体に背後から覆い被さり、自分の身体、その周囲に展開させた斥力フィールドで転がりながら彼女を防御し、衝撃を緩和する。
ギヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂ! !
狩りを邪魔されて怒ったのか、床と天井が目まぐるしく切り替わる視界の中でガストレアの金切り声が響く。
壁に激突して止まると壮助は顔を上げた。テレビ画面の反射でなく、肉眼でガストレアの姿を捉える。瞬きする間もなく、そのガストレアが
「そんな……勇志おじさん……」
半人半蟲のガストレアの顔がこちらに向けられる。中途半端な形象崩壊で日向勇志の顔が残っているが、同時にガストレアウィルスが組み込んだ昆虫類の形質が発現している。ガストレアの目や触覚が彼の頬や口から伸びており、おおよそ生物として成立しているかどうかすら怪しい異形を成していた。屋内で形象崩壊したせいか、狭い空間に適応するためにその体躯は3m前後と小柄にまとまっている。
ガストレアは壮助を狩ることが難しいと判断したのか、視線が反対方向、玄関にいる鈴音に向けられる。バッタかコオロギの因子で逆関節に変形した足を曲げる。
「シカトすんな! ! テメェの相手はこっちだ! ! 」
壮助はガストレアの気を引こうと大声を上げ、床に転がっていたマグカップを投げつける。その目論見通り、ガストレアは壮助と美樹の方を向いた。
ガストレアが勇志の口の中に発現した虫の目をこちらに向ける。人間の顔はもう飾りになっていて感覚器官や脳として機能していないのだろう。そのグロテスクな光景に美樹は恐怖のあまり声にならない声を挙げる。
「美樹。大丈夫か? 」
「大丈夫…………じゃない。無理…………なんで……」
彼女に「俺が合図したら逃げろ」と指示を出するつもりだったが、とてもそんなことが出来る精神状態ではなかった。目の前の現実に感情の処理が間に合っていない。
「じっとしてろ。何があっても俺から離れるな」
壮助はバックホルダーからトーラスレイジングブル Model223を抜く。ハンマーロックを解除し、銃口をガストレアに向ける。しかし、引き金に指はかけない。今の射線だとガストレアの身体を貫通して鈴音に当たるかもしれない。摺り足で徐々に左に動き、鈴音を射線から外すように位置を調整する。
瞬間、ガストレアが跳躍した。バッタか何かの因子で発達した脚は一瞬で壮助たちとの距離を詰め、刺々しい前肢先端を顔面に突き立てる。
壮助は咄嗟に美樹を左に突き飛ばして逃がし、自分はガストレアの意識を集中させるために身構える。来るなら来いと言わんばかりに。
――逸面装甲局所展開
壮助は首を動かして直撃コースから逸れると、同時に攻撃が掠りそうな右肩、衣服の数ミリ上に斥力フィールドを展開させる。突き立てたガストレアの前肢はフィールドの上を
掠り傷になりそうな攻撃を掠らせない。受けるのではなく受け流す
壮助は攻撃を外されたことにガストレアが戸惑った一瞬を見逃さなかった。今なら射線上に人はいない。
今なら殺せる。こいつは日向勇志ではない。ガストレアだ。認識のスイッチを切り替え、割り切り、あの日の団欒の記憶を怒りと憎しみで押し殺す。
レイジングブルをガストレアの胸元らしき部分に向ける。手に震えはない。機械的に指は引き金にかかり、力を入れた。大口径拳銃の轟大な銃声が響き、ガストレアの死骸と銃創から流れる紫色血液がリビングの床を染める。
銃声の反響が無くなると家の中は静かになった。
「おぇっ……! ! ケホッ! ! 」
倒れていた恵美子がえずき、彼女の身体が跳ね上がる。
「恵美子おばさん! ! 」
彼女はまだ生きている。そんな期待を胸に抱き、壮助は恵美子に駆け寄った。何度もえずく恵美子の名前を呼び、背中をさする。
容態を見ようと身体を仰向けにすると、でろっと腹に収まっていたはずの腸や肝臓が床に広がった。こんな状態で人間が生きていられるわけがない。ふと彼女の目を診ると、呪われた子供の様に赤くなっていた。
――クソッ! ! 遅延崩壊だ! !
恵美子の背中から突如、巨大な昆虫の肢が生える。日向恵美子という人間の骨を砕き、皮膚と血肉を突き破ったそれは別の意思を持ったかのように爪を壮助に振り下ろす。
咄嗟に斥力点を掌に作り、恵美子の身体に当てて彼女を押し飛ばす。
膝立ちのままレイジングブルの銃口を向け、引き金を2度引く。1発目は外れて電子レンジを壊すが2発目は恵美子だったガストレアの関節を砕いた。関節から紫色血液が溢れ、前半分が千切れ落ちる。
すぐに照準を下に向け.レミントン223弾を恵美子の形を保っていた頭部に叩き込んだ。標的の頭蓋を粉砕し、脳漿を撒き散らした。
息を切らした壮助の吐息だけが聞こえる。
「お父さん……お母さん……。嘘。嘘だよね……。ねえ。嘘だと言ってよ! ! 嫌だ! ! 嫌だああああああああああああああああああああああああああああああああ! ! ! ! 」
こんな事態になると誰が考えただろうか。鈴音は茫然自失となり玄関先でへたり込み、美樹がガストレアの血肉が付くことを厭わず、勇志だったガストレアの死骸に縋りつき、声いっぱいに泣き叫ぶ。
「おい馬鹿! ! やめろ! ! 感染するぞ! ! 」
壮助は背後から美樹を羽交い絞めにしてガストレアの死骸から引き離す。
「何で……何でなの。私達が何をやったって言うの……」
泣きたいのは、この一家を本当の家族のように想い始めていた壮助も同じだった。今更になって拳銃を握る手が震える。胸の奥から気持ちがこみ上げて来る。しかし、歯を喰いしばり、無理矢理にでも押し殺す。
泣くな。泣くな。泣くな。まだそんなことをしている場合じゃない。感染者がいるなら感染源がいる筈だ。そいつを仕留ろ。仇を討て! ! 復讐しろ! !
感傷的になるな。怒りと暴力で全てを処理しろ。今の自分に出来る事は、姉妹にしてあげられることはそれだけだ。壮助は銃身を何度も額に当てて、自分に言い聞かせる。
レイジングブルのシリンダーから排莢し、使った分の弾を装填する。感染源を探すと言っても鈴音と美樹からは離れられない。何とかして2人を連れながら感染源を探せないか思考を巡らせる。
ふと、玄関先から車のブレーキ音が聞こえた。アスファルトと摩擦する音からかなりのスピードを出していたのだろう。そこから2組の男女が降りて玄関先にやって来た。30代ぐらいの男性2人と10代後半の女の子2人だ。全員が武装していることから、民警ペアであることは明らかだった。
イニシエーターの一人は玄関先でへたり込む鈴音に「大丈夫ですか?」と声をかけ、残りの3人が土足で家の中に上がり込む。彼らがリビングに来た瞬間、篭もった紫色血液の異臭で思わず鼻を押さえた。
「我堂民間警備会社だ。ガストレアの鳴き声が聞こえたと近隣から通報があった。これは君が? 」
「松崎民間警備会社所属プロモーター、義搭壮助だ」
壮助は拳銃を下ろすと民警ライセンス証を見せる。我堂の民警たちが怪訝な顔を向けたのは考えるまでもなかった。
「何で他社の民警がここに? 」
「説明は後だ。1階リビングで感染者2名を処理。この家の夫婦だ。娘2人は偶然外出していたからケガはない」
「感染源は? 」
「分からねえ。こっちもたった今、感染者を処理したばかりだ」
壮助から説明を受けた我堂のプロモーターは家の中を見渡し、壮助の言葉と共に状況を頭の中で整理する。
「家の中を検めさせて貰っても? もう少し感染源に関する情報が欲しい」
ここは壮助の家ではない。日向一家の家だ。本来の住人である鈴音と美樹の了承を得たかった。目の前で両親がガストレア化し殺された今、2人ともそんなことを考えられる精神状態ではないだろう。そう思っていた。
「お願い……します」
イニシエーターが持って来た毛布を肩にかけ、自分の足でリビングに来た鈴音が答えた。今にも事切れそうで、儚げで、支えてあげないと倒れそうだった。イニシエーターの一人は鈴音のことを心配し、彼女を支えようか否か中途半端に手が伸びている。
「俺も調べる。アンタらは周辺の捜索を――」
手を引かれた。後ろに引っ張られた左手の先を見ると、鈴音の小さな手が彼の手首を握っていた。必死に抑えようとしている感情の機微が震えとして伝わる。
「ごめんなさい……。義塔さんは………私達と一緒に居て下さい」
泣き叫んでいなくても、辛い思いをしているのは鈴音も変わらない。
「こっちのことは我々に任せてくれ。既にウチの営業所の連中が周辺を捜索している。それに――」
我堂のプロモーターが壮助の肩を叩いた。
「遺族のケアも立派な民警の仕事だ。それは君に任せる」
現場を経験した月日が違うのか、主導権は完全に我堂のプロモーターに握られていた。しかし、初対面ながらも彼らなら大丈夫だろうと安心した。
「お取込み中のところ、失礼する」
そう一言添えて、一人の女性が家に入って来た。フォーマルなスーツの上に「GCD agent」と印字された紺色のジャケットを羽織り、鋭い目付きに細いフレームの眼鏡をかけた姿はいかにもお堅く融通の利かない公務員といったイメージを彷彿させる。彼女の背後には同じジャケットを着た数名の男性が付いて来ており、全員が柔道でもやっていたのだろうか、肩幅が広く武闘派揃いだった。そこに存在すうだけで威圧を感じる。
「厚生労働省・特異感染症取締部の宇津木だ。君達が日向鈴音、日向美樹で間違いないね? 」
「は、はい……」
見た目通りの強気な喋り方をする宇津木を前に精神的に疲弊していた2人は力無い返事をする。
宇津木は2人の返事を確認すると、背後に手を伸ばし、部下と思われる男性から1枚の書面を受け取った。
その中身を自分の目で一瞥すると、それを広げて姉妹の前に掲げた。
「先日の検査で君達の侵食率48%超過を確認した。ガストレアウィルス拡散防止法に基づき、身柄を拘束する」
ふぅ~。ようやくほのぼの日常パート、回想パートを書き終え、数か月ぶりに戦闘パートに入りました。ブラック・ブレットの二次に恥じない怒涛の戦闘シーンをこれからも書いていければなぁと思っています。
第二章になってからずっとサボっていた登場人物紹介ページを更新しました。
このページの今後の方針の参考として、
他作者様もすなるアンケートといふものを我もしてみむとてするなり。
次回「死を喚ぶ龍と死に損ないの騎兵」
登場人物紹介・用語集は?
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設定資料集並にガッツリと。
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ネタバレ配慮のため簡潔に。
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そんなことより本編書け。