ブラック・ブレット 贖罪の仮面   作:ジェイソン13

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死を喚ぶ龍と死に損ないの騎兵 ②

 勾田大学病院で菫の検診を終え、森高詩乃が日向家に戻ったのは夜8時、壮助達が特異感染症取締部に連行されてから15分後のことだった。家に電気は点いておらず、周辺には人だかりが出来ている。警察が駆け付けており、対ウィルス防護服を着た男たちが玄関から家に入る。ガストレアウィルスの除染作業を行う専門業者だ。

 警察の無線連絡、除染業者や野次馬の会話、彼女の鋭敏な聴覚に様々な情報が入って来る。同時に日向家の中から濃いガストレアウィルスの匂いが刺さった。

 

 そして、彼女はそこで何が起きたか理解した。

 

 日向家の中で経験した家族という存在。論文を片手に正面から真剣に語り合う勇志、2階の寝室で自分に化粧を教える恵美子の姿が浮かぶ。彼らが死んだ。その現実にショックを受けつつも今は無理矢理飲み込む。ここで涙を流したところで死者は蘇らない。今自分に出来るのは、生きている人達の為に動くことだけだ。

 壮助のスマートフォンに入れた位置情報発信アプリで彼の位置を探る。彼の居場所が地図上に示される。外周区に向けて移動しており、高速道路の先に国立特異感染症研究センターがある。

 壮助は感染源を我堂PGSに任せ、日向姉妹と一緒に行くことを選んだ。何か考えがあるのか、成り行きでそうなったのかは分からない。それを確かめなければならない。その上で彼に問いたい。自分に出来ることは何か、自分がするべきことは何か、それは自分の頭で答えが出たとしても“義塔壮助の言葉”でなければならない。

 

 それ以上に、日向夫妻を手にかけた壮助が自殺してしまわないか心配だった。

 

 詩乃は人ごみを尻目に走り出した。目を赤く輝かせ、脚力を強化して駆け抜ける。スピード特化型イニシエーターでは無いが、それでも乗用車並みのスピードで走り、飛び跳ねることが出来る。それに加えて、菫の治療のお陰か今は身体が軽く、倦怠感も少し和らいでいた。

 後方から聞こえるバイクのエンジン音。排気量1500cオーバーの大型バイクが法定速度ぶっちぎりで詩乃を追い越し、ブレーキターンで彼女の進路を塞ぐように止まった。

 

「おい! ! そこのイニシエーター! ! 」

 

 バイクを運転する女性のハスキーボイスが詩乃を呼び止める。何故、自分がイニシエーターであることを知っているのか、商売敵か、それとも単純な敵か、警戒して身構える。

 

「お前、日向鈴音を追っているんだろ? 」

 

 詩乃は黙ったまま頷く。

 

「乗れ。少なくともお前の足よりは速い」

 

 彼女の言葉を信じて良いか分からなかったが、それは嬉しい提案だった。有り余っているとはいえ体力を温存するに越したことはない。それに1秒でも早く壮助のところに行けるのであれば、彼女が何者であろうと乗らない理由は無かった。敵であり、騙すつもりなら、その時はその時だ。

 

「乗るのは構わないけど、一つ聞いて良い? 貴方……誰? 」

 

 

 

 

「鈴之音のファンだよ。()()()()()からずっとな」

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 神出鬼没の赤目ギャング 「スカーフェイス」リーダー 死龍(スーロン)

 

 彼女は4本のバラニウム合金繊維の腕を見ても、それを背中から出す壮助を見ても驚く素振りも魅せない。その体躯はスカーフェイスのメンバーの中で一番小さいが、メンバー全員が彼女の言動に固唾を呑む。スカーフェイス内部での絶対的なカリスマが窺える。

 死龍はマントの下から散弾銃ベネリM3ショートモデルを出し、銃口を壮助に向ける。

 

「このままでは目標の回収もままならない。全員であれを潰す」

 

「了解」

 

 ベネリM3の発砲と共に再戦の狼煙が上がった。

 壮助は足裏に斥力フィールドを展開。足裏と地面の間に反発を作り、フィールドの形状とベクトルを調節することでアスファルトの上を滑走、セミオート機構で連続射出される弾丸から逃れる。

 日向姉妹に当たるのを恐れているのか、死龍は散弾ではなくスラッグ弾を使っている。ライフルに比べれば射程距離は短く、ライフリングも無いため安定性に欠ける。しかし弾丸そのものの大きさ、重さが威力に代わり、大型ガストレアを屠る重い一撃になる。

 メンバーから放たれる拳銃弾、ライフル弾からも回避運動を取りながら、襲撃で廃車同然となったクラウンの影に隠れる。

 ふと足元を見ると壮助の愛銃(半年前購入)レイジングブルが数発の弾丸と共に落ちていた。襲撃された衝撃で窓から飛び出したのだろう。

 レイジングブルのシリンダーに拾った弾を装填。直後に斥力滑走で影から飛び出した。4本腕のニューナンブとトカレフをまばらに発砲し、死龍以外のメンバーを牽制。彼女達の足が止まった一瞬、4本腕の照準を死龍に向ける。

 脳を介して賢者の盾に送られた壮助の五感の情報、逆に賢者の盾から脳へ送信される斥力フィールドの形状や受けた圧力の情報、両者の送受信が常に行われることにより、4本腕は壮助の生身の手足同然のレベルで彼の思考とリンクしている。

 バラニウム合金繊維の指がトリガーを引いた。4本それぞれのタイミングに差をつけ、断続的に弾丸を射出。拳銃と言えど4挺もあればそこそこの弾幕になる。しかし、死龍はジグザグに動いて弾丸を回避する。赤目の力を発動させたのだろう。小柄な体躯とマントによる錯視効果、彼女自身の脚力と反射神経でまるで当たらない。

 だが、そんなことは想定の範囲内だった。1発も当たらなくて結構。4本腕の銃口を死龍に向けつつ、壮助は生身の手に握ったレイジングブルを彼女達の多目的スポーツ車(SUV)に向け、トリガーを引いた。全てはブラフ、本命は移動手段を潰すことだ。鈴音達を確保しても移動できなければ意味がない。

 しかし、弾丸はタイヤに届かなかった。見えない壁に当たったのか、何もない空間で弾丸は潰れ、垂直に落下する。

 

「まずは足を潰そうとした訳か。ただの馬鹿ではなさそうだ」

 

 風を切る音、その直後、壮助の胴に強い衝撃が走る。彼の身体は宙に浮き、地面に平行して飛ばされ、アスファルトの上を転がる。血反吐を吐いている暇はない。自分が立ち上がるまで敵は待ってくれない。転がる中で何発もの銃声が聞こえる。

 弾切れになったニューナンブとトカレフを捨て、4本腕は遠くのアスファルトを掴み、筋肉の収縮を再現することで壮助の身体を強制的に移動させる。自分のバラニウム繊維に引っ張られ、護送車の影に再び隠れた。

 

 ――見えなかった。

 

 彼女達の目的は「日向姉妹を傷つけずに確保すること」らしく、護送車を盾にされた今、迂闊に発砲できない。影で壮助が何をしているのか分からず、警戒しながらにじり寄る。

 息を整え、壮助は自分が何をされたのか思い出す。しかし、思い出しても答えは出ない。銃で撃たれたわけではない。誰かに殴られたり蹴られたりした訳でもない。分かることは見えない攻撃が自分を飛ばしたということだけだ。金属製のスレッジハンマーで腹を殴打されたような痛みだ。咄嗟に斥力フィールドで衝撃を緩和し、尚且つ腹の中がバラニウムでなければ死んでいた。

 月明りを遮り、影が壮助を被った。見上げると護送車を飛び越えた死龍が空中で散弾銃を構えていた。咄嗟に斥力点で自分を飛ばし、地面を穿つスラッグ弾を回避する。バランスを崩しながらも死龍と距離を取った壮助は4本腕を解し、無数のバラニウム繊維に戻す。

 

――線形流動装甲 多重展開 詐蛇群狩

 

 斥力フィールドにコーティングされ、無数のバラニウム繊維が迫る剣山となって、死龍に驀進する。スラッグ弾で防ぎ切れない数の暴力、その上、彼女の身は空中にあり回避運動が取れない。

 

 

 死龍の全身が串刺しになるまで、残り0.5秒――

 

 耳に届く風を切る音、金属が擦れる音、モーターの駆動音、それと共に剣山が見えない何かに叩きつけられて折れ曲がる。斥力フィールドが崩壊し、動力を失ったバラニウム合金繊維はただの金属ワイヤーとなって地面にへたれ落ちる。

 見えない何かは再び壮助の身を打ち飛ばし、最初に倒された仲間の仕返しと言わんばかりにフェンスに叩きつける。肺を押し潰す衝撃で血反吐を吐く。それでもまだ足りないのか、続けざまに数発の銃声が聞こえた。

 壮助の下腹部が赤く滲み、シャツが吸いきれなくなった血液が地面に流れ出る。死龍のスラッグ弾が壮助の身体に穴を開けていた。額も掠ったのだろうか、視界の半分が自分の血で見えなくなる。傷口を被った手を押し、遠のきそうな意識を痛みで無理やり現実に引き戻す。

 飛ばされた隙にスカーフェイスのSUVが護送車の横に停車し、ギャング達が日向姉妹と倒れたメンバーを後部座席に詰める。こういう仕事は経験豊富なのだろう。30秒も経たずに彼女達は手際良く仕事を済ませる。

 

「そいつらに触るんじゃねえ! ! 」

 

 壮助はレイジングブルをSUVに向けトリガーを引く。しかし、弾丸は再び見えない壁に阻まれて虚しく落下する。

 金属を擦る音、モーターが駆動する音が近づく。直後、全身に強い衝撃が走る。壮助の身体が宙に浮き、フェンスに叩きつけられる。全身が固定されて動けない。巨大な金属の手に全身を固定されているようだ。斥力フィールドを発生させて弾き飛ばそうとするが、出力がまるで足りない。

 

「機械化兵士にしては随分と呆気なかったな」

 

 死龍がゆっくりと歩み寄り、ベネリM3の銃口を頭に向ける。まだトリガーは引かない。余韻を楽しんているのか、それともここまで抵抗した壮助に対する彼女なりの礼儀か。

 

 

 

 

「さようなら。義搭壮助。一度、君と遊べて良かった」

 

 

 

 ――何で、俺の名前を。

 

 

 

 その瞬間、光が2人を照らした。追い詰められ過ぎて、あの世からのお迎えの幻覚でも見ているのだろうか。遠くからバイクのエンジン音が聞こえてくる。どうやら、あの世からの使者は大型二輪に乗って来るらしい。

 

 

 

 

 

 

 

「壮助! ! 」

 

 聞きたかった声と共に重機関銃のフルオート射撃音が耳に轟く。放たれた10発の7.62×51mmはフルオート射撃とは思えない制動力で、全弾が的確に死龍を狙う軌道を描く。

 死龍は弾丸を見えない何かで防ごうとせず、赤目の脚力で回避する。逃げるコースを誘導するかのように機関銃は射撃を続け、弾幕は死龍を後ろへ後ろへと追い立てる。不可視の腕に掴まれた壮助は死龍の動きに合わせて振り回される。

 黒い外装にホワイトグレーの六角形のエンブレムが目立つ大型二輪は高トルク大出力のエンジン音を唸らせながら後方に下がった死龍に突撃する。排気量1500ccオーバーのモンスターマシンを操る女は時速200キロを維持したまま左手をハンドルから離し、後付けのハードポイントに差していたバラニウム短槍を握る。

 その姿は騎兵の如く、先端の刃を死龍の首に向ける。

 死龍は不可視の腕で掴んだ壮助を騎兵に向けて投げつける。

 

「森高! ! そっちは任せた! ! 」

 

 騎兵の女が叫び、2人乗りで後部に座っていた詩乃が走行中のバイクから降りた。右手に握ったM60機関銃を放り棄て、アスファルトとの摩擦でスニーカーを焼きながら両手と身体で壮助をキャッチする。

 バイクは一直線に突き進み、騎兵の女は単槍の刃を突き立てた。死龍はマントの下に隠していたナイフを出し、槍の軌道を逸らす。皮膚の上、数センチのところで刺突を回避する。

 騎兵の女は死龍を通り越すとスピンターンの途中でブレーキをかける。前輪と後輪が並んでブレーキ痕を残し、騎兵の女は死龍から目を離さず、短槍の先端を向ける。

 想定外の増援、人質に出来た筈の壮助を手放すという失態、バイクの女と義搭ペアに挟まれた現状を前に死龍の動きが止まる。死龍は双方の動きに気を遣いながら、様子を窺う。

 

「壮助。大丈夫? 」

 

「ありがとう。マジで助かった」

 

 壮助は額から流れる血を拭い、死龍を、その先の騎兵の女に焦点を合わせる。

 彼女はヘルメットを装着せず、ダークパープルに染めたロングヘアを風に靡かせる。外国の血が入っているのだろうか、その顔ははっきりした目鼻立ちをしているが、同時にアジア人らしい可愛げを残している。180cm越えの長身とスポーツ選手のような筋肉質な体格だが、ライダージャケットのジッパーが留められず、ジーンズもはち切れそうなほど胸と尻の主張があまりにも激しい。少なくとも彼女を男と認識する者はいないだろう。

 

「よう。死龍。ウチの()妹分が世話になったな。たっぷりお礼してやるよ」

 

「そういうのは、得物を向けながら言う者ではない。()()()

 

 死龍が放った騎兵の女の名前、鈴音から聞かされた“エール”という名前の少女、日向家近くに現れた大物ギャングの情報、それを聞いた瞬間、壮助の内に秘めていた推測が確定事項に切り替わる。

 

 

 赤目ギャング 「灰色の盾」リーダーにして、西外周区最優の闘争代行人(フィクサー)

 

 

 

 通称 “エール”

 

 

 

 ――喜べ。クソバカ姉妹。お前らのヒーローは生きていたぞ。

 




Q:背が高くて、おっぱいもお尻も大きくて、かっこいいお姉様は大好きですか?

A:はい!!大好きです!!

今回、登場した「エール」は、そんなジェイソン13の趣味が詰まったキャラになります。


次回 「死を喚ぶ龍と死に損ないの騎兵 ③」

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