ブラック・ブレット 贖罪の仮面   作:ジェイソン13

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死を喚ぶ龍と死に損ないの騎兵 ③

 灰色の盾

 

 スカーフェイスに並び、西外周区で名を轟かせる呪われた子供の武装集団だ。

 元々は大戦で放棄された電車や家電製品などを分解し、その資材の売却することで生計を立てていた集団だったが、反赤目団体や他のギャングとの抗争を機に武装化し、現在はみかじめ料や民警代行、闘争代行屋を主な収入源としている。2033年に呪われた子供の人身売買や違法風俗経営に手を伸ばしていた民警会社「CALLセキリュティ」との抗争で10倍の戦力差を覆し、一方的に壊滅させたことで一躍有名となった。

 少数精鋭を貫き、過度な勢力拡大を望まず、表社会と裏社会の線引きを厳守する在り方はリーダー エールのカリスマもあって、外周区のみならず内地の暴力団や民警業界、警察にも(良い意味と悪い意味で)一目置かれている。

 

 

 

 

 ――と、そう噂されている。

 

 

 

 

「おい! ! 闘争代行人(フィクサー)! ! 鈴音と美樹は連中の車だ! ! 白のランドクルーザー! ! 44-83だ! ! 」

 

 初対面で会話すらしていない。灰色の盾やエールに関する評判が真実なら、彼女が鈴音の語った通りの人間で、6年経った今でも変わっていないのだとしたら――。壮助は、そんな不確定要素だらけの希望に縋り、エールに賭けた。

 

「5分だ! ! 5分持ち堪えろ! ! 」

 

 それは「5分で鈴音と美樹を救出し、戻って来る」という意味だろうか、壮助と詩乃に死龍を任せて大丈夫だろうかと一抹の不安が過る中、エールは背を向け、バイクは爆発的な加速力で視界から消えて行く。死龍はエールを追おうとせず、静かに見送る。

 詩乃が突然、壮助からレイジングブルを奪い、死龍に向けて弾丸を放った。狙いが外れたのか弾道は何も無い空間への軌道を描くが、金属と金属がぶつかり合う音と共に弾丸が潰れ、地面に落ちる。

 

「エールの邪魔はさせない」

 

 エールを見ていた死龍は驚き、踵を返して詩乃に目を向ける。

 

「お前……()()が見えるのか? 」

 

「私って、光学迷彩が通用しない系女子だから」

 

 マッコウクジラの因子を持った詩乃は聴覚が飛び抜けて優れており、反響定位(エコーロケーション)によって暗闇でも物体の位置や形状、周囲の状況を博することが出来る。死龍の見えない何かが幽霊などではなく、そこに確実に存在する物体であるならば、音で見える詩乃に把握できない筈が無かった。

 

「まぁ、良い。こちらもそろそろバッテリー切れだ」

 

 月明かりが照らす夜、藍色の空が滲み、何もない空間に黒い龍が姿を現した。全長4~5m、太さ30cm、同じ形状のバラニウム装甲が何重にも繋がる蛇腹構造。内部フレームも多関節なのだろうか滑らかな曲線を描く動きを見せる。死龍の背後から伸びるそれは尾のように駆動し、マニピュレーターのある先端を壮助と詩乃に向けた。

 

「壮助。動ける? 」

 

「立っているのがやっとだよ。クソッ。赤目の機械化兵士とか反則じゃねえか」

 

「レイジングブルの弾ちょうだい」

 

 壮助はポケットの中に入れていた残りの弾を詩乃に渡す。詩乃は慣れた手つきで排莢、渡された弾を装填する。

 

「私が前に出る。壮助は……()()()()そこの機関銃で援護して。()()()()()()()()()()()

 

 それは壮助が機械化兵士になる前のいつものフォーメーションだった。一般的なプロモーターとイニシエーターの陣形。機械化兵士になった今、もうその陣形を取ることは無い、詩乃と同じ距離で戦えると、そう思っていた。そんな思い上がりを否定されたどころか、詩乃に「出来たら」「無理はしなくていい」と配慮されている自分に苛立ちを覚えた。

 

 詩乃はレイジングブルを片手に前進。赤目の力を使った跳躍は一瞬で死龍との距離を詰める。標的まであと3m。詩乃は次の一歩を強く踏んだ。足が道路を突き破って足首まで埋まり、ひび割れた表層のアスファルトとコンクリートを蹴り上げ、サッカーボールサイズの塊を飛ばす。

 死龍は詩乃が飛ばした塊を軽々と躱す。巨大なバラニウムの尻尾を背負っていると重く感じるが、尻尾が動くことで彼女の重心を動かし、回避行動を補助している。

 死龍の尻尾の先端が詩乃を向く。先端のマニピュレーターに目でもついているかのように詩乃の動きを追い、遊ぶかのようにクネクネと動きながら先端のマニピュレーターで噛み付こうとする。尾が襲い、詩乃が回避する攻防が続く。

 尾が詩乃の相手をしている間に死龍はショットガンを構え、壮助を狙った。詩乃が落とした機関銃を拾わせないよう彼と銃の間に着弾させ、彼を警戒させる。読み通り、壮助は機関銃を拾えず護送車の影に隠れた。――直後、バラニウム合金繊維の腕が伸びてM60を拾おうとするが、スラッグ弾を叩き込みM60を完全に破壊する。

 バラニウム合金繊維の腕が届く距離ではない、飛び道具も全て潰した。壮助の攻撃手段を封じた死龍は意識を詩乃に向ける。

 

 ――目で追っているな。馬鹿め。

 

 死龍の尾が再び景色の中に消える。バッテリー切れというのは嘘だ。彼女はまだ光学迷彩の能力を残しており、詩乃の目が慣れ、視覚情報に頼るタイミングを待っていた。

 尾が詩乃の視界から消える。聴覚に意識を置き、反響定位で尾の動きを探る。

 

 その探る一瞬が隙となった。

 

 一瞬聞こえたバチバチと鳴る雷――直後、銀色の針が詩乃の左手に刺さった。皮膚を穿ち、先端が手の甲へと貫通する。その衝撃に詩乃は左手を後ろに持っていかれ、肩の骨が外れる。

 再び景色の中に黒い龍の姿が現れた。先端のマニピュレーターが開き、その中心にある穴を詩乃に向けていた。穴からは熱気が上がっており、針はそこから射出されたと推測される。

 

 詩乃の視界が揺らいだ。跪きそうになるところを持ち堪える。

 

 途切れそうな意識の中でレイジングブルの銃口を左手首に押し当て――――引き金を引いた。レミントン223弾が彼女の手首を吹き飛ばす。気が触れたかのように、一心不乱に、骨が砕けても、筋肉と脂肪は弾け飛んでも、神経が断裂しても、血液が滝の様に流れ出ても彼女の指は止まらない。表皮1枚で辛うじて繋がっている左手に噛み付き、痛声を挙げながら自分の手を食い千切った。

 詩乃は左手を咥えたまま、荒息をふかし、死龍を睨みつける。強力な抑制剤を投与された時のように身体は熱を発し、全身から汗が噴き出る。

 死龍は詩乃の奇行に「ほぅ」と感嘆の声を挙げる。

 

「毒に気付いたか。良い判断だ。

 

 

 

 ――――――――――だが、遅かったな」

 

 詩乃の意識が途切れ、糸の切れた操り人形のように膝から崩れ落ちた。

 

「詩乃! ! 」

 

 壮助が護送車から飛び出した。バラニウム合金繊維を編み込んで1本の巨大な黒い腕を背中から生やし、槍に変形させた先端を死龍に向ける。その姿はバラニウムの尾を持つ死龍そのものだ。

 直線状に固定された死龍の尾に稲妻が走った。直後、何かが音速を越えて通過するソニックブームと共に壮助の身体が飛ばされる。バラニウムの触手が跡形もなく消し飛んだ。斥力フィールドは崩壊し、バラニウム合金繊維も熱で赤く燃え上がり一瞬で蒸発した。

 道路の上を転がるのは今日で何度目だろうか。壮助は腕を立てて上体を起こす。死龍から目を離すな。諦めるな。自分が終わるのは構わないが、詩乃は駄目だ。そう自分に言い聞かせ、鼓舞する。

 しかし、死龍が壮助の頭を踏みつけ、彼の意志を再び地に落とす。ショットガンの銃口を壮助の頭に押し当て、引き金に指をかける。

 

「今度こそ終わりだ」

 

 

 

 

 1発の銃声が響いた。

 

 

 

 

 死龍のマントが血で滲み、彼女の足元に血が滴る。死龍が振り返り、ショットガンの銃口を向ける。照準の先には地に伏せたままレイジングブルの銃口を向ける詩乃の姿があった。

 

「お前っ……まだ生きていたのか……! ! 」

 

 冷静で淡々としていた死龍が初めて驚きを見せる。加えて熱くなると止まらない性格なのか、壮助のことを後回しにし、詩乃に向けてスラッグ弾を放つ。片手撃ちで照準がまるで定まらず1発も詩乃に当たらない。彼女にとってあの毒は必殺の一撃だったのだろう。それで殺せない存在に対する恐怖が焦りとなって現れる。

 詩乃も毒が廻って満身創痍なのか、レイジングブルの銃口が揺れている。しかし、死龍のスラッグ弾が近くに着弾する中で冷静に照準を合わせ、確実に当てる1発を放つ。

 弾丸は死龍の身体を貫通した。マントで見えないがおそらく下腹部を貫通しただろう。死龍は膝から崩れ落ちそうになるが耐え、慌ててマントの下からアンプルを出して中の液体を銃創に注入する。

 

 

――今の鎮痛剤か?

 

 

 遠くからエンジン音が聞こえ、道路全体がライトで照らされた。エールの時とは違う。幾つも重なった重低音が臓器に響き、道路幅いっぱいに詰まった車とバイクが壮助達に向かってくる。“彼女”達は手前数メートルのところでブレーキをかけた。ライトに照らされた死龍という獲物を目の前にして、鋼鉄の肉食獣は唸り声をあげる。

 全員のバイクや車にエールのバイクと同じエンブレムが刻印されている。

 

 ――こいつら全員、「灰色の盾」か。

 

 エールの言っていた「5分」、それは灰色の盾が助けに来るまでの時間だった。

 最前列の中心を走るバイクには女子小学生が好きそうなキャラクターのデコレーションシールがベタベタと貼られている。同じ趣味なのか、それに跨る少女の髪は目が痛くなるようなショッキングピンクに染められている。ソフトモヒカンヘアと両耳につけたピアス、へそ出しチューブトップにトゲ付きの革ベストを羽織ったファッションセンスは自分がいかにヤバい人間かを演出している。

 

「引き際だぜ。死龍(スーロン)。これ以上続けるなら、灰色の盾が相手だ」

 

 死龍は何も答えず、ピンク髪の少女を睨みつける。そこにいる全員が死龍とピンク髪の少女の動向に固唾を呑む。

 尻尾が動いた。灰色の盾のメンバーは各々の銃を抜き、尾の動きに注視する。先端のマニピュレーターが道路沿いのフェンスを掴み、死龍の身体を持ち上げた。尾は独立した生物のように躍動し、尾に身体を引っ張られた死龍はフェンスの向こう側へと消えて行った。

 

 

 

 

 

「ぶへぇ! ! ヤバッ! ! 死龍怖っ! ! ってか、あの尻尾何だよ! ! 今まであんなの無かっただろ! ! 」

 

 

 死龍が去った直後、ピンク髪の少女が一気に心中を吐き出した。

 

「死龍相手に喧嘩売るとか、さすがサブリーダー」

 

「ヒュー。ナオさんかっけー! ! 」

 

「『引き際だぜ。死龍』」とギャングの一人がピンク髪の少女――ナオの真似をして茶化す。

 

「あいつ、次からエールじゃなくてお前を狙うようになったりしてな」

 

「やめろよ! ! 冗談でも! ! 生きた心地がしねえよ! ! 」

 

 周囲がナオを茶化し、緊迫した状況とは裏腹に大勢の笑い声が聞こえる。

 

「つーか、さっさとそこの2人回収しろ! ! サツが来る前にずらかるぞ! ! 」

 

 

 

 *

 

 

 

 美樹が目を開けるとそこは車の中だった。目の前には姉・鈴音の目を閉じた顔がある。咄嗟に「お姉ちゃん」と声をかけようとしたが、自分の置かれた状況を思い出し、声を抑える。

 彼女が目を覚ましたことにまだ誰も気付いていない。運転席と助手席に座るギャングに気付かれないようゆっくりと首を動かして状況を確認する。自分がいるのはシートが倒された後部座席部分、そこには手を後ろに縛られた鈴音、護送車を襲撃したギャング3名も気絶して寝転がっていた。

 

 ――義塔の兄ちゃんが倒したのかな?

 

 それでも自分達が拉致されている状況は変わっていないことで、彼が敗北したことを悟る。逃げても、抵抗しても、侵食率50%を越えてガストレア化する未来が待ち受けている。心が折れそうになり、目に涙を浮かべる。

 

『スズネは今までお前を守って来たんだ! ! 今度はお前の番だ! ! お前が守れ! ! 』

 

 遠い昔の記憶、地下で燃え上がる炎と共にエールの言葉がフラッシュバックする。

 

 ――そうだ。私がお姉ちゃんを守らないと……。

 

 美樹はゆっくりと足を曲げる。体内のガストレアウィルスを活性化させ、陸上部の練習で鍛えた脚力にブーストをかける。一気に足を延ばし、ドアを蹴飛ばした。

 ガゴンと大きな音を立ててドアが後方に吹っ飛び、風が吹き込んでくる。美樹は鈴音の服を噛むと一緒に車の外へと飛び出した。時速120キロで走る車からのダイブ、同じ速度で彼女達の身体はアスファルトに叩きつけられ、車と反対方向に転がっていく。

 全身を強く打ち付ける。普通の人間なら死んでいたかもしれない、無事であっても手足の骨が折れ、臓器が潰れていたかもしれない。しかし、呪われた子供の回復力で傷も打撲もたちまち治っていく。美樹は初めて、自分が呪われた子供であることに感謝した。

 

 2人が飛び降りたことに気付いたランドクルーザーがUターンし2人に向かって来る。

 美樹は飛び降りた先のことを考えていなかった。赤目の力を使えば、走りで車並みのスピードは出せるかもしれない。自分だけなら逃げられるかもしれない。しかし、鈴音を置いて逃げるという選択肢は無かった。

 

「ミキ! ! 伏せろ! ! 」

 

 背後からの声で咄嗟に美樹は鈴音に覆い被さる。

 フルオート射撃で放たれた銃弾がランドクルーザーに着弾。ボディに穴が空き、フロントガラスはヒビが入ったことで運転手の視界を妨げる。ランドクルーザーは急停車し、すかさず助手席のギャングが中からガラスを粉砕して視界を確保する。

 エンジンの爆音、急ブレーキのスリップ音と共にバイクが姉妹の盾になる。

 美樹は視線を持ち上げる。目に映ったのは大きなバイクと大きな背中――サブマシンガンH&K MP5を左手に持ち、ランドクルーザーのギャングと銃口を向け合うエールの後ろ姿だった。服装も髪色も武器も6年前から変わった。声も大人っぽくなっている。それでも美樹は彼女がエールだと分かった。

 数刻、エールとランドクルーザーの睨み合いが続く。しかし撤退命令が出されたのか、ランドクルーザーはハンドルを大きく切ってUターンし、走り去っていった。

 エールはサブマシンガンを下ろし、ほっと一息ついた。

 

 

 

「エールさん? 」

 

 

 

 振り返ると鈴音が目を覚ましていた。彼女の目は多くを語っていた。エールが生きていたという驚愕、再会できた喜び、助けられたことへの安堵。様々な感情が涙となり、彼女の目尻から零れる。

 

「良かった……。生きていたんですね……」

 

 

 片や人気歌手とその妹

 

 片や赤目ギャングのリーダー

 

 決して交わらない筈だった彼女達は再会した。

 

 

 

 

「久し振り。地獄から戻って来たよ」

 

 




詩乃ちゃんが来たから勝ちますよと言ったな。あれは嘘だ。

機械化兵士になってパワーアップイベント(ティナ先生の特訓)も迎えたのにボロクソに敗北する主人公ェ……。
彼が主人公らしく俺TUEEEEEする日は来るのだろうか……(おそらく来ない)




次回「例え偽物だとしても――」

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