新連載を始めたり、新生活が始まったりで忙しく、前回から少し日が空いてしまいました。
タイトルからも分かる通り、今回と次回は過去回想になります。
(ごめんなさい。前回の予告からサブタイトル変更しました)
ティナのマンションから出て十数分、東京エリア在来線のホームで壮助は電車を待っていた。電車が来るまでの間、灰色の盾から借りた古いスマホ(おそらく盗難品)とイヤホン(中古)でネットのニュース動画を漁る。
テレビの報道番組を同時配信しているチャンネルだ。どこの局もチャンネルもそうだが、東京エリアの話題は日向姉妹の逃亡、日向夫妻のガストレア化、赤目ギャングによる護送車襲撃で話題が埋め尽くされている。
明るいスタジオで大画面の前に男性アナウンサーが立ち、横のカウンターには数名の男女が座っている。
報道されている内容を見る限りだと事件の概要はこうなっている。
* * *
8月上旬に瑛海市民病院は定期検査で日向姉妹の血液を採取、国立特異感染症研究センターに血液を移送して検査したところ姉妹共に48%という数値が出された。前回が12%、6%であった為、センター職員は検査機のエラーや手順の誤りがあったと考え、現場管理者の判断で再検査を実施した。しかし、数値が変わらなかった為、危険域感染者として厚生労働省・特異感染症取締部に通報した。
通報当日の8月9日、日向家の近隣住民から「日向家からガストレアの鳴き声が聞こえた」と110番通報、同時に我堂民間警備会社にも連絡が入る。先に我堂の民警が到着したところ、日向夫妻がガストレア化しており、既に親戚の少年(詳細不明)が夫妻を処理していた。その後、我堂民間警備会社の民警が周辺で感染源ガストレアを捜索するが、現在も見つかっていない。
同時刻、特異感染症取締部が日向家に到着し、姉妹を拘束。親戚の少年も同行を希望し、監視をつけて3人を護送車に乗せる。
センターへ向かう為、高速道路を走行中、赤目ギャングと思しき集団が護送車と随伴車を襲撃。取締部の職員達を無力化させる。日向姉妹と親戚の少年の行方は分かっておらず、警察では赤目ギャングが日向姉妹を人為的感染爆発テロに利用する為に誘拐したとみて捜査を進めている。
今朝、国立特異感染症研究センターは日向姉妹が呪われた子供であることを正式に認め、保有因子がエンマコオロギであることを公表。日向夫妻の形象崩壊した部位から
* * *
超人気歌手の正体、危険域感染者の逃亡、夫婦の形象崩壊と感染源ガストレアの潜伏、赤目ギャングのテロ計画、一晩の間に4つの大事件が発生し、あまりにも多すぎる衝撃と情報量でアナウンサーは冷や汗を流す。
番組の内容が警察や厚労省の今後の対応に関する話になり、コメンテーターの元・厚労省の幹部、元・警察関係者、それぞれの意見を述べる。
『現代医療では侵食率を下げる方法は無く、完全に止める術もありません。取締部が拘束に乗り出したということは彼女達が加害者になる非常に危険な状態だったと考えられます』
『聖居は自衛隊の出動も視野に入れて対応を検討すると発表しています。警察もおそらくバラニウム弾の使用も視野に入れて動いていると思われます』
専門家たちが淡々と語る中、コメンテーター席に座っていた明るい髪の女性タレントが涙を流す。緊急報道ということもあり番組の内容も事前打ち合わせではなく、たった今、聞かされたのだろう。必死に顔を隠して悟られないようにするが彼女の意に反してカメラが向けられる。
『以前、鈴之音さんとお仕事を一緒にする機会があったのですが、こう……穏やかと言いますか、凄く癒される雰囲気を持っている子でして、……彼女が呪われた子供なのも、こんなことになってしまったのも未だに信じられません。ごめんなさい。ちょっと涙が……』
感極まったのかタレントは顔を手で被い、カウンターに伏せる。カメラがタレントからアナウンサーに切り替わる。アナウンサーは少し困り顔をしていた。彼もこの報道番組の特集で鈴之音と一緒に仕事をしたことがあるのだろう。彼の目も潤んでいた。
『えー。この事件につきましては続報が入り次第、お届けいたします。続いては、8月の聖天子様不信任決議の話題です。関東維新の会の緑川会長はエリア民主党主導の野党連合に合流する意志を表明しました。これにより、東京エリア制定以来最大の野党連合が結成され――』
話題が変わったところで壮助は動画を停止し、スマホをポケットの中に戻した。警察や厚労省がどう動くのかは理解できた。メディアの報道と警察の把握している情報、そして国の動きが必ずしも一致しているとは限らないが、その方針自体が変わることは無いだろう。彼らは日向姉妹を救うとは考えておらず、他の犠牲が出る前に処理することを念頭に動いている。多くの市民の命を背負っている彼らの立場を考えると対応を非難することは出来ない。しかし、壮助は怒りが煮え切らなかった。
ふと自分の後ろに並ぶカップルの会話が耳に入る。
「マジかよ。やべーな」
「かわいそう。鈴音ちゃん何も悪いことしてないのに」
「もしかしてこの人混みの中に居たりしてな。昔にもあったみたいだぜ。地下鉄でウィルスか何かばら撒いてたくさんの人が死んだってやつ」
「えーやだ。恐いこと言わないでよー」
怒りに身を任せ、カップルの男の方をぶん殴ってやろうかと思ったがぐっと抑えた。
*
当たり前のように電車に乗り、東京エリアの某駅前大通りから横道に逸れる。場末の居酒屋やキャバクラ、スナックが並び、その一角に何かの店の裏口だと思われる鉄製のドアがある。ドアの端っこには「ハイエナ屋」と小さなシールが貼られていた。
――相変わらず、商売やる気ねぇな。
壮助はふと思い出した。この店の郵便受けは民警ライセンス証読み取り機になっており、ライセンスを読ませないとドアのロックが開かない。財布もスマホも特異感染症取締部に取り上げられた彼はこの店に入る手段が無かった。
「おーい。三途。大角さーん。開けてくれー」
ドアをノックして、店主と大角の名前を呼ぶが開けてくれる様子は無い。
「よし。壊すか」
右手に斥力フィールドを形成し、ドアを壊そうと構える。瞬間、ロックの外れる音がした。
壮助はドアノブを回し、店内に入る。
相変わらず雑多に並べられている武器弾薬、バラニウム製の刀剣、壁の高いところには相変わらず、蓮太郎のスプリングフィールドXDが額縁つきで飾られている。
精算カウンターで店主の三途麗香が煙草をふかしていた。数か月ぶりに会うが、たばこの煙で傷んだ髪と擦れた目、不健康な生活なのに何故か維持される若いスタイルは相変わらずだ。
「やあ。菫の改造人間。ロケットパンチは撃てるようになったか? 」
麗香が壮助をそう呼んだことに驚いた。機械化兵士になったことを知っているのは松崎PGSの面々と賢者の盾を貸し与えた聖天子、それを埋め込んだ菫ぐらいだと思っていたからだ。しかし、
「大角さんとバカ鳥来てる? 」
「ああ。爆弾と弾丸を馬鹿みたいに買いまくって、今そっちの作業室を使ってる」
「サンキュー」
麗香が煙草で指した先に暖簾で仕切られた部屋がある。
壮助が入ると、鉄製の作業台で松崎PGSのプロモーター
筋骨隆々な巨躯とダークグリーンのカーゴパンツ、上半身は黒のタイトTシャツ1枚のみ、室内だが何故かかけているサングラスのせいでただでさえ狭い店内が更に暑苦しく感じる。ここ最近、床屋に行けなかったのか総髪で後頭部にまとめられた髷は首筋まで伸びていた。
「待たせたっすね。大角さん」
「いや、想定通りだ」
「え? 」
「あの状況ならお前は最初にスプラウトを頼ると踏んでいた。電話したのもお前がもう部屋にいるんじゃないかと思っていたからだ」
あまりにも的確な予想で壮助は身震いした。勝典の飛耳長目ぶりは知っていたが、ここまで思考を読まれると例え尊敬し親しい仲であったとしても一種の恐怖を感じてしまう。そんな彼の様子を見て、勝典は弾を込める作業を続けながらふっと笑った。
「お前の考えていることは分かるさ。ランドセルを背負っていた時期からの付き合いじゃないか」
壮助は観念した。勝典とは、嘘も隠し事も出来ない純粋無垢な少年だった頃からの付き合いだ。一時期、離れていた時期はあったが、人生の2割ほどは彼と同じ場所で過ごしている。
「ほら。アンタも手伝って」
少女の声と共に壮助に空の弾倉が投げ渡される。勝典の巨躯の陰に彼のイニシエーター
「おい。バカ鳥。俺、怪我人なんだけど」
「手と指が動いて減らず口叩く元気があるなら問題無いでしょ」
ヌイにカートン単位で購入したバラニウム弾を差し出される。壮助は不満げな顔をしつつも素直に弾を込める作業に入った。
「義塔。死龍は強かったか? 」
驚愕のあまり、壮助の手が止まった。日向姉妹逃亡の件でスカーフェイスの関与は一切報道されていない。赤目ギャングの関与は触れられていたが、どこのチームかは不明とされていた。警察関係者ならまだしもあの場に居た人間以外で壮助と死龍の関与を知っている筈が無かった。
「大角さん。ティナ先生から聞いたんすか? 」
壮助絵は恐る恐る尋ねた。
「いや、スプラウトとの連絡はあれっきりだ」
「だったら、何で、今ここで死龍の名前を出すんすか? 」
冷や汗を流し、身構えながら壮助は問う。彼を前にして勝典は眉一つ動かさず、何かを決心するように深く呼吸した。
「死龍は、俺の前のイニシエーターかもしれない」
壮助は勝典の言っている意味が分からなかった。
「
問いに対する回答としては「イエス」だった。
壮助がまだ小学生の頃、(一時的だが)地域の小中学校は民警会社「葉原ガーディアンズ」と契約し、民警ペアに登下校中の学生を守らせていた。当時の大角勝典は所属プロモーターの一人で、鍔三木飛鳥とペアを組み義塔一家が住むアパートの前に立っていた。2人は登下校の度に壮助と顔を合わせていた。何度か顔を合わせる内に壮助と勝典は挨拶するようになり、段々と交わす言葉が増えていき、与太話をする仲にまでなった。
しかし、飛鳥とは打ち解けられなかった。最初は普通に話しかけたが、彼女からは睨まれ、「ザコ」「ガキ」「バカ」と悪口を叩かれた記憶しか無い。壮助は彼女のことが嫌いだったが、親に捨てられ、学校に行けず、イニシエーターとして働かないと生きていけない彼女の境遇には哀れみを感じていた。
はっと我に返る。
「いやいや、ちょっと待って! ! 飛鳥は『第三次関東会戦で死んだ』って、大角さん自分でそう言ってたじゃないっすか! ? 」
「ああ。俺もそう
「『思っていた』って……どういうことっすか? 」
「俺は、飛鳥は死んだと聞かされていた。だが、俺はあいつが死ぬ瞬間も、死体になった姿も見ていない」
サングラス越しに勝典の視線が向けられる。いつも力強く、余裕があり、頼れる大人だった彼の視線に初めて“弱さ”を感じた。
「少し昔話に付き合ってくれ。準備の暇潰しにはなるだろう」
新連載始めました。興味がありましたら是非。
↓
「GOD EATER 2 蓮の目を持つ者」
次回「彼と彼女の第三次関東会戦 中編」