ブラック・ブレット 贖罪の仮面   作:ジェイソン13

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今回と次回は謎多きゴリマッチョ大明神 大角勝典の過去回になります。
原作の補完的なエピソードも盛り込んだ結果、3話分割になってしまいました。
ごめんなさい。


彼と彼女の第三次関東会戦 中編

 民警に「民警になった理由」を訊くと大抵の者がこう答える。

 

 ガストレアに殺された人達の仇を討つ。

 

 東京エリアを守る。

 

 戦いしか取り柄がなかった。

 

 可愛い女の子とイチャイチャしたかった。

 

 絞首台に行くか民警になるかしか選択肢が無かった。

 

 

 大角勝典()にそんなものは無かった。

 

 ガストレアに特別な恨みは無く、命懸けで戦うほど国や社会に愛着は無く、正義感も無く、年端もいかない少女と懇ろな関係になりたい願望も無かった。無論、刑務所に放り込まれるような犯罪もやったことが無かった。

 俺は、物心ついた頃には施設にいて、人並み以上に勉強ができて、人並み以上にスポーツもできて、当たり障りのない程度に人間関係を構築した。生まれた直後、母親にへその緒がついたまま公園の公衆便所に捨てられたこと以外、これといった苦労はなかった。ガストレア大戦もそうだ。大人の言う通り避難していたらいつの間にかモノリスの結界の内側にいて、大戦が終わっていた。

 元々何も持たなかった俺に失うものなどなく、ガストレアにもガストレア大戦にもこれといった感情は無かった。全てが他人事で、大戦前も大戦後も生活はさほど変わらなかった。

 成績が優秀だったので奨学金が貰え、教師が「この成績なら余裕で大学にも行ける」と言ったので大学に行った。

 

 “激しい『喜び』はいらない。その代わり深い『絶望』もない。『植物の心』のような人生”

 

 昔、クラスメイトが勧めてくれた漫画の悪役が目指していた人生を俺は歩んでいた。

 そんな俺が民警になったのは、「他にやることが無く、面白そうだったから」――単なる興味だった。銃器の無制限所持が許され、幼い女の子を戦力として使役する職業“民警”。大戦前の日本では到底考えられない異質な職業に俺は珍しく興味を持ち、プロモーターのライセンスを取得した。

 

 ――2~3年ぐらい働いて、飽きたら真っ当な職に就こう。

 

 そんな軽い気持ちだった。正直に言って、学生のアルバイト感覚だった。

 当時はそこそこ大手だった葉原ガーディアンズにプロモーターとして就職し、国際イニシエーター監督機構(IISO)の引き合わせにより、鍔三木飛鳥とペアを組んだ。

 初めて会った時、ガストレアウィルスの影響で変異したダークグリーンの髪が目に映った。一見すると普通の日本人らしい黒髪だが、強い光で照らすと緑色が見えてくる。彼女はそれらをリボンで二つ結びにし束を肩にかけていた。職員からの餞別だろうか、荒んでいる視線に反してリボンは可愛らしいデザインだった。

 飛鳥は親に捨てられ、ストリートチルドレンと生き、生活と抑制剤の為に嫌々イニシエーターになったらしい。「イニシエーターになる連中はだいたいそんな感じだ」とIISOの職員は語っていた。一人の人間として彼女達の境遇に憐れみを覚えるくらいの善意は持っていた。しかし、自分を犠牲にして、社会に歯向かってまでそれを是正しようと立ち上がる正義感は無かった。

 それ以上に――

 

 

「せいぜい私の足を引っ張らないようにしろ。デカブツ」

 

 

 目の前の少女は境遇に反して図太い神経の持ち主だった。

 民警の仕事をする上で誰もが不安に思うのがイニシエーターとの相性だ。人間を恨み、社会を憎み、まだ感情を制御できない年頃の少女という不安定要素だらけの存在に頼らなければ成立しない職業柄、その点は非常に重要だった。

 幸運なことに俺はそこに不安を感じなかった。飛鳥は壮言大語の通り、イニシエーターとしてかなり優秀だった。大当たりと言って良いだろう。ガストレア相手に怖気づくことは無く、高い身体能力と卓越した戦闘センスでガストレアの懐に飛び込み、サソリの因子により体内で生成した神経毒で麻痺させるという戦法を既に確立させていた。俺の仕事と言えば、飛鳥の毒で動きが鈍ったところを高威力の火器で止めを刺すぐらいだった。

 その戦闘スタイルのお陰で俺の民警生活は楽に上手くいっていた。

 

 一つ問題があるとすれば――

 

「これはなんて読むんだ? 分からん」

 

「これ全文ひらがなだぞ……おいマジか」

 

 飛鳥は字が読めなかったことだ。

 

 彼女は小学校どころか幼稚園・保育園すら通ったことがなかった。仕事が楽に終わる代償と言わんばかりに休日は彼女の教育に費やした。イニシエーターは人ではなく道具という業界の暗黙のルール、仕事がいつ入るか分からない身ということもあり、飛鳥を学校に通わせず、俺がプロモーター 兼 保護者 兼 家庭教師となった。

 ひらがなとカタカナの読み方を教える前にまずペンの持ち方から教育しなければならなかった。足し算と引き算を教えても10以上の数は「たくさん」の一言で集約された。横断歩道の前で「青信号は車を気にせず渡れ。赤信号は車を避けながら渡れ」と言われた時は戦慄した。

 

 そんな苦労があったからだろう。気が付くと彼女にはそれなりの愛着が湧いていた。

 

 プロモーターを2~3年で辞めるつもりだったが、5年後も10年後も彼女と民警を続ける気になっていた。不文律の会社規定に反して飛鳥を学校に通わせるか否かで本気で悩んだ。彼女の為にティーンエイジャー向けのファッション誌を買い漁り、店員に変な目で見られた。いずれ独り立ちするかもしれない日のために家事全般を教えた。

 誰かを愛することは無く、愛されることも無かった俺の辞書にその感情を表す言葉は無かった。

 

「ありがとう」

 

 一度だけ、日常のほんの些細な事だったが、飛鳥から素直にお礼を言われたことを覚えている。俺に背を向けていたので、どんな表情だったのかは分からなかった――。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 そんな俺達が第三次関東会戦に参加したのは不本意以外の何物でも無かった。防衛省の手筈で葉原ガーディアンズの社長にモノリス倒壊のシナリオが伝えられたのだが、それを聞いた直後に社長が夜逃げし、俺達が知ったのはモノリスの白化を報道ヘリが捉えた時、一般市民と同じタイミングだった。その頃には航空機のチケットは買い占められ、東京エリアから脱出する術は無くなっていた。

 お茶の間のテレビには白化するモノリスが映し出され、俺達はそれを見ながらいつものように朝食を摂っていた。

 

「大角。マヨネーズが無いぞ。あれほど切らすなと言っただろう」

 

「業務用のデカいやつがまだ冷蔵庫にあったと思うが……」

 

「それも使い切ったから言っているんだ」

 

「……」

 

「……」

 

「お前、あれ全部食ったのか。先週、買ったばかりだぞ」

 

「私は悪くない。マヨネーズが美味しいのが悪い」

 

「もう勘弁してくれ。イニシエーターがマヨネーズの食い過ぎで死んだとか笑い話にもならんぞ」

 

 いつもの部屋でいつもの他愛ない会話が繰り広げられる。しかし、俺も飛鳥もふと箸が止まった。大戦前も大戦後も生活が変わらなかった俺でもさすがにモノリス倒壊寸前という状況は他人事ではいられなかった。

 

「大角。どうするつもりだ? 」

 

「戦うしか無いだろう。もう逃げ道は残っていないし、シェルターも満員だろうからな。さっき電話で天崎からアジュバントに誘われた。板東にも声をかけているらしい」

 

「あの頭のおかしい武器ジャンキーペア頭のおかしいアル中ペアと組むのか? 正気か? 」

 

「正気も何もいつものメンツじゃないか」

 

 葉原ガーディアンズにはチーム制があり、3つ以上の民警ペアが1つのチームとなって業務に当たる仕組みになっていた。今思えば、アジュバントも想定していたのだろう。俺も当時は2つの民警ペアと共に仕事をこなしてきた。それが飛鳥の言う「頭のおかしい武器ジャンキーペア」と「頭のおかしいアル中ペア」である。

 

「飛鳥。いつも言っているだろう。ここ一番の勝負時こそ“いつも通り”がベストなんだ。一夜漬けやその場凌ぎの努力を無駄とは言わないが最終的にモノを言うのは常日頃の積み重ねだ」

 

 ふとニュースに目を向けると白化したモノリスに向けて移動する陸上自衛隊の装甲車・戦車の長蛇の列が映される。上空を同じ方向に飛ぶ航空自衛隊の機体も映っている。怪獣映画では見慣れた光景だが、実際のこととなると画面越しでも壮観だった。

 

「それに今回、俺達の出番は無いかもしれないしな」

 

「どういうことだ? 」

 

「前の戦い、第二次関東会戦は自衛隊の圧勝で終わったからな。運が良ければ、俺達は自衛隊vsガストレア軍団を観戦した挙句、何もしないまま聖居から報酬が貰えるかもしれない」

 

「成程。逃げた民警共はバカということだな」

 

「まぁ、連中は自ら信用を捨てたからな。戻って来ても東京エリアじゃ仕事は出来ないだろう。他所のエリアでも同じだ。ガストレアから逃げた民警に金を払う奴などいない」

 

 ――逃げた連中はバカだな。

 

 俺はそうやって逃げた民警たちのことを嘲笑い、逃げ損ねた悔しさを紛らわした。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 早々にアジュバントが決まった俺達は倒壊目前となった三十二号モノリスの10キロ手前、民警軍団の前線司令部で登録を済ませた。前線司令部は自衛隊が仕切っているため、役所のように整然としているが、その周囲は騒がしかった。

 アジュバントを組んだ民警もそうでない民警も彼らを相手に商売する武器商人や占い師、屋台のラーメン屋や居酒屋が押し寄せてお祭り騒ぎを起こしており、前線司令部の自衛隊員たちは頭を抱えていた。ご愁傷様である。

 それは俺とアジュバントを組んだ民警ペアたちも同じだった。

 

「向こうに武器の闇市があるから行こうぜ! ! イニシエーターの決闘もやってるってさ! ! 」

 

「うん! ! 行く! ! 新調したチェーンソーの試し斬りしたい! ! 」

 

 真夏なのに黒のロングコートと伊達眼帯を外さない青年とカラフルなペンキを全身にぶちまけたようなサイケデリック少女――天崎重吾(アマサキ ジュウゴ)五場満祢(イツツバ ミツネ)のペアは登録を済ませた直後、闇市の方へと消えていった。言っていることは物騒だが、本当にチェーンソーで人を斬ったりはしないだろう――と心の中で願った。

 

「よぅーし! ! 桃子! ! 飲むぞー! ! ぶっ倒れるまで馬鹿みたいに飲みまくるぞー! ! 付いて来い! ! 」

 

「えぇ~。嫌ですよ~。一人で勝手に行って下さい。そんでもう肝臓やられてポックリ逝って下さい」

 

「お前も行くんだよぉ! ! 誰がテントで飲む酒を運ぶんだよ~! ! 」

 

 セーラー服の上に袖を千切ったスカジャンを着た女性、板東(バントウ)さくらは右手で半袖ジャージ姿のダウナー系少女、古賀桃子(コガ モモコ)を引き摺りながら屋台の居酒屋へと消えて行った。

 

「相変わらずフリーダムだな。どうする? 俺達もちょっと遊ぶか? 」

 

 俺が飛鳥に目を向けると飛鳥は屋台街道の一点に釘付けになっていた。生まれてから拾われるまでのストリートチルドレン時代、イニシエーターになってからも近所で祭りが無かったせいか、こういった場所に彼女を連れて来ていなかった。客として、普通の子供として、遊べる空間に羨望の眼差しを向けるのも頷けた。

 飛鳥は俺が見ていることに気付くとはっとして俺から顔を背ける。

 

「お前が行きたいのなら好きにしろ。喧嘩にでも巻き込まれて死なれたら困るから、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 相変わらず素直じゃない返答が飛んできた。

 

「そういうことにしておくよ。相棒」

 

 

 

 それから俺と飛鳥は前線司令部近くの屋台街道を廻った。飛鳥は「仕方なく」と言っておきながら、いつの間にか興味の向くままに様々な屋台に目を配らせ、「面白そうだ」と言って俺の手を引っ張る。ここがもし町内のお祭り会場だったら、俺達は奔放な娘とそれに振り回される父親に見えたのだろう。

 宵越しの銭を持たないくらいの勢いで散財し、ぼったくり価格の屋台飯をテーブルに広げて遅い昼食を取った。

 食べ終わってゴミを片付けていたところ、テーブルに届く日光が遮られ、背丈の違う人間2人分の影が映る。

 俺達が目を向けると不幸顔の少年とツインテールの少女がそこに立っていた。この炎天下の中でかなり歩いたのだろう。2人とも汗で髪と服が肌に張り付き、疲れ切った表情をしていた。大方、アジュバントのメンバーを探し回って、単独でいる俺達に目を付けたのだろう。

 俺は少年の顔に見覚えがあった。

 

「お前、里見蓮太郎だな」

 

「何で分かったんだ? 」

 

「蛭子影胤事件の時、俺も防衛省にいた」

 

 向こうは俺達と初対面だと思っていたのだろう。はっとすると同時に少し申し訳なさそうな顔をする。

 

「悪い。アンタのことは覚えてない」

 

「気にするな。俺だってあそこに居た全員の顔を覚えちゃいない。それにウチの会社は一番後ろの席だったからな。そもそも視界に入っていなかったかもしれない」

 

「そうか……。なぁ、もし良かったら俺のアジュバントに来ないか? それなりの額は用意する」

 

 ここでボンと大きな額を提示しない。俺がいくらで引き受けるか探っているところから、ステージVガストレアを倒した英雄も懐事情は厳しいと見える。俺の場合は金額以前の問題なのだが――。

 

「いや、すまないな。もう他のペアとアジュバントを組んでいる」

 

「そうか。邪魔して悪かったな」

 

 里見は力無い返事をする。逆光のせいで影になっている不幸顔が更に暗く見えた。少なくとも惜しい人材とは思ってくれていたようだ。

 

「お前程の大物は戦線に居るだけでも意味がある。良い仲間に巡り会えることを祈るよ」

 

 引き受けられなかったせめてもの償いとして励ましの言葉を贈った。

 

「おい。チビ」

 

 飛鳥が里見のイニシエーターである少女に話しかける。飛鳥はチビと呼んだが、見た感じ飛鳥の方が背は低かった。

 

「私からの驕りだ」

 

 飛鳥が2本のラムネを里見のイニシエーターの両頬に押し当てる。いきなり冷たいボトルを押し当てられて「ひゃっ」と可愛らしい声が上がった。

 

「か、感謝するのだ」

 

 少女は2本のラムネを受け取った後、2人は仲間を探しにまた雑踏の中に消えて行った。

 里見ペアは珍しくプロモーターの名前だけが独り歩きし、イニシエーターのことは有名ではなかった。彼女の名前が藍原延珠だと知るのは里見事件で義塔が知った後のことだった。

 

「珍しいな。お前が誰かに驕るなんて。あれ俺の金で買ったラムネだけど」

 

「私は炭酸が苦手なんだ」

 

「嫌いな飲み物を押し付けただけかよ」

 

 

 

 *

 

 

 

 その日の夕方、テントに戻った俺達は自衛官に前線司令部に集まるように言われた。その時は「分かった」と返事したが、俺達のアジュバントは前線司令部には行かなかった。

 酔っ払って戻って来た板東がテントの中にゲロをぶちまけたせいで、それどころでは無かったからだ。

 後になって他のアジュバントから聞かされた話だが、同時刻、前線司令部では我堂団長の演説や作戦説明が行われ、団長と里見蓮太郎の舌戦が起きていたらしい。

 

 

 

 そして、2031年7月12日――

 予想より早いモノリス倒壊により、第三次関東会戦は混乱と共に始まった。

 




また回想編で3話もかけてしまった。話が進まねぇ……。


次回「彼と彼女の第三次関東会戦 後編」

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