ブラック・ブレット 贖罪の仮面   作:ジェイソン13

67 / 120
自宅で暇を持て余している皆さんに最新話をお届け!!(便乗)

今こそ自宅でハーメルンの長編作品を制覇しよう!!


彼と彼女の第三次関東会戦 後編

 2031年7月12日――

 予想より早いモノリス倒壊により、第三次関東会戦は混乱と共に始まった。

 

 

 

 

 自衛隊という防波堤があったお陰で俺達、民警軍団は装備を整え、陣地を固めることが出来た。平野部に雁首を揃え、地平線の向こう側から聞こえる砲撃音に耳を傾ける。銃声や爆音が聞こえる内はまだ安心できた。自衛隊がまだ戦っていると分かったからだ。しかし、次第に砲声は聞こえなくなり地平線の向こうは静寂に包まれた。

 

「どうなったんだ? 」

「自衛隊が勝ったのか? 」

「分かんねえよ。俺に聞くな」

 

 そんな淡い期待は打ち砕かれた。

 

 

 大地を陸棲ガストレアが埋め尽くし、空を飛行ガストレアが埋め尽くす。悪夢の光景が広がった。

 我堂団長の声を合図に一斉に銃撃が始まった。しかし、数でも個体の力でも勝るガストレアの群れに対して、俺達の銃撃は焼け石に水だった。戦車や攻撃ヘリ、戦闘機、護衛艦からの艦対地ミサイルまで導入した自衛隊に止められなかった軍勢をゲリラ同然の民警がどうにか出来る筈が無かった。

 次々と他のプロモーターやイニシエーターが食い千切られ、ウィルスを注入されてガストレア化する。味方は減る一方、敵は増える一方の絶望的な戦場の中でまともな精神を保った人間は何人残っているだろうか。たった数分の戦いでこの戦線は末期状態になっていた。錯乱しイニシエーターを射殺した後に自分の頭を撃ち抜くプロモーター、ガストレアを増やさないようにと言って仲間に向けて銃を乱射する者――そこには悲鳴と混沌が渦巻いていた。

 不幸中の幸いがあるとすれば、それは俺のアジュバントには無関係だったことだ。

 

「IP序列37564位を舐めんなよ! ! 皆殺し(37564)だぞ! ! 死に晒せや! ! オラアアアアアアアアアアア! ! 」

 

「もっと! ! もっと臓物をぶちまけて綺麗なパープルブラッドを見せてぇ! ! 」

 

 

 天崎重吾と五場満祢ペアはヤケクソになってナイフとチェーンソーを握ってガストレアの群れに突撃、全身を紫色の血で染めながら大立ち回りを見せる。

 

 

「まだテントに飲みたい酒が残ってるんだよぉ! ! 死ねるかチクショー! ! 」

 

「もうやだ。帰りたい。帰って『俺様クリーチャー』の続きが読みたい」

 

 板東さくらは自称「酔拳使い」らしくスキットルでウォッカを喉に流しながら両手に装着したバラニウム製ガントレットでガストレアを次々と殴殺、古賀桃子も「やだ」「疲れた」「帰りたい」と言いながらスレッジハンマーを振り回して的確にガストレアの頭をかち割っている。

 

 俺のアジュバントには頭のおかしい奴しかいなかったので、これ以上、狂いようが無かった。

 

 飛鳥もガストレアの群れの中に飛び込んだ。小柄な体格と軽快な動きで巨躯の獣たちを翻弄。ジャケットの中に隠していたサソリの尻尾を出し、先端の針を刺して神経毒を流し込む。俺は相変わらず後方でミニミ軽機関銃を抱え、飛鳥が毒で動きを鈍らせたガストレアに留めの一撃を刺す簡単なお仕事をしていた。手の空いたついでに天崎ペアと板東ペアの援護射撃も行う。

 陣地の比較的後方に居て、周囲を見渡せるポジションに居たからだろう。蟻型ガストレアの一部が迂回するのが見えた。

 

 ――別動隊か。向こうにも頭の回る奴がいるみたいだ。

 

 周囲を見るが、俺以外に別動隊に気付いた民警はいない。ただでさえ正面から来るガストレアを抑えるので手一杯の民警軍団が背後から襲われれば全滅は必至だ。

 

「天崎! ! 板東! ! そいつらは他のアジュバントに任せろ! ! 別動隊が来てる! ! 」

 

 チームで共有したインカムに連絡を入れるが2ペアから応答が無い。戦いの中で落としたか、鬱陶しく思って捨てたか、それとも戦いに集中して俺の声に気付いていないのか。いずれにしても“よくある”ことだ。

 自分に迫るガストレアを全て駆除した飛鳥が撤退し、大角の下に来る。

 

「大角。弾が切れた。カートンくれ」

 

 俺はミリタリーリュックから散弾のカートンを渡す。

 

「別動隊どうするつもりだ? 」

 

「ここはあいつらに任せよう。俺達だけで別動隊を叩く」

 

 念のため、インカムに「俺達は別動隊を叩きに行く」と言い残し、飛鳥と共に別動隊の移動先に向かった。

 

 その先は森だ。外周区の土地活用の一環として林業が行われており、細い木々が規則正しく並んでいる。その空間はバラニウム粉末で覆われた黒い空と相まって不気味に思えた。森の外はガストレアと民警軍団の戦いが続き銃声が鳴り止まないにも関わらず、ここは別世界のようにひっそりとしている。

 

「やけに静かだな。本当にこっちで合っているのか? 」

 

「おかしいな。確かにこっちに行ったのを見た筈なんだが……」

 

「お前の方向感覚は当てにならない。赤服仮面の時だって未踏領域で迷子になったじゃないか。お陰で私達は報酬を貰い損ねた」

 

「いや、あれはどっかの馬鹿が爆発物を使ったせいで興奮したガストレアに追い回されたからだろ」

 

 そんな与太話を続けながら暗い森の中を進んでいく。しかしガストレアが出て来ない。もしかして本当に方向を間違えたかと不安になる。このまま戻っても脱走兵扱いされるだろう。せめて2~3体は倒して弁解用に死体の一部を持ち帰りたいところだ。

 目の前の木々の間から少女が姿を現した。こんなところに普通の女の子がいる筈がない。得物は見えなかったがどこかのイニシエーターだろう。一瞬、別動隊に気付いた他の民警だと思ったが、それは違った。戦闘服は失血死するレベルにまで赤黒く塗れ、赤い瞳も瞳孔が開いていた。ずっと地面を見ており、身体の動きも操り人形のようにおぼつかない。

 

「飛鳥。あれ、どう思う? 」

 

「どう見ても罠だな。もう死んでいる」

 

 暗闇の中にいるガストレアはアンコウの疑似餌のように少女の身体を揺らす。俺達が助けに来るのを期待したのだろう。俺は少女の死骸の背後にいる馬鹿なガストレアに銃口を向けた。

 

「大角! ! 」

 

 突然、飛鳥の尻尾に弾き飛ばされた。突然のことで俺は抵抗することも受け身を取ることも出来ず、地面を転がる。

 響いたガストレアの叫声で俺は咄嗟に目を見開いた。大顎を持つワーム型のガストレアが地面を突き破り、飛鳥の尻尾に齧りついた。ガストレアは飛鳥を咥えたまま頭を振り回し、彼女を木々や地面に叩きつける。それは乱暴な人形遊びのようだ。

 

俺はミニミを構えてガストレアを撃とうとするが、森の中を縦横無尽に動くガストレアに照準が定まらない。ガストレアは大きな得物を持っている俺を恐れているのか、逃げるように林の奥へと逃げて行く。頭に比べて細長い胴体はうねり、木々を利用して俺の射線から隠れている。それ以上に「飛鳥に当たるかもしれない」という不安が人差し指を躊躇わせる。

 続くガストレアの声。2体目のワーム型ガストレアが地中から飛び出し、飛鳥の右足に食らいついた。林の中にまき散らされる赤い血はより増えてき、飛鳥の悲鳴が聞こえる。

 

俺は覚悟し、飛鳥に当たってしまうリスクも背負った上で引き金を引いた。バラニウム粉末で覆われた黒い空、背の高い木々によって影となった昼の暗闇に5.56mmバラニウム弾が飛ぶ。

 俺は暗闇に突撃した。ワーム型ガストレアが姿を見せたらすぐ撃てるように銃口を前に突き出し、林の中を駆け抜ける。

 突如、空気がざわついた。耳にははっきりと聞こえなかったが、空気が震えた。何かが叫んだような気がした。

 2体のワーム型のガストレアが姿を現す。口には食い千切った飛鳥の右脚と尻尾を咥え、バラニウム弾を叩き込む俺のことを意に介さず、地面を這ってどこかへと消えていく。

 

「大角……」

 

 再び静かになった林の中で微かに声が聞こえた。ミニミのオプションで付けたライトを声のする方に照らし、夥しい血痕を辿り、飛鳥の手が見えた。

 

「飛鳥! ! おい! ! 飛鳥! ! 」

 

 飛鳥の姿が見えた一瞬、俺は立ち止った。飛鳥は生きていた。手と上半身が見えた時、彼女は自力で脱出したと思っていた。だがそんな期待はすぐに裏切られる。彼女の身体のパーツが無くなっていた。尻尾は食い千切られ、その時の拍子に脊椎の半分が筋肉と皮膚を突き破り、背中から飛び出している。右脚も膝から下が無くなっており、その断面からは白い骨と神経系、黄色い脂肪、赤い筋肉と血液が露わになっていた。

 

 

 

 *

 

 

 

 1回目の戦いが終わった後、俺は飛鳥を背負い、民警軍団のキャンプへと戻った。別働隊はどこかのアジュバントが倒してくれたのか壊滅的な被害は免れたものの、犠牲者の数は少なかったと言えるものでは無かった。至る所に人体だったものやそのパーツが散らばり、誰かの臓器を踏んで転びそうになりながらも医療班のキャンプとして使われている体育館に着いた。その頃になるとブーツの溝は誰かの肉で埋まっていた。

 飛鳥を連れて来た時、医者たちは慣れた手付きと擦れた表情で飛鳥の容態を見る。彼らは腰と背中から脊椎が飛び出ている彼女を見ても驚かなかった。もう似たような光景を何度も見たのだろう。

 

「正直、今生きているだけでも奇跡のようなものだ。覚悟はしておいて欲しい」

 

 飛鳥の右脚は傷口が包帯で巻かれ、飛び出していた背骨は医者が無理やり身体の中に押し込んで背中と腰の傷口を塞いだ。

 ベッドが足りず、床に敷かれた簡易寝具の上に飛鳥はうつ伏せで寝転がっていた。意識は保っている。手を枕にしてそこに顔を埋めていた。

 俺も飛鳥のことが心配で、まるで飼い主を心配する犬のように彼女の傍に座っていた。

 

「大角」

 

 弱々しく、篭もった声が耳に届く。

 

「私を捨てろ。もう戦えない。腰から下の感覚が無いんだ」

 

 彼女の声が震えていた。鼻を啜る音も聞こえる。腕で隠していたが、きっと目に涙を浮かべていただろう。

 

「帰ったら……車椅子を買わないとな。かっこいいスポーツ用のやつにしようか」

 

「………………馬鹿か。お前」

 

「ああ。馬鹿だよ」

 

 俺は気付いていなかった。背後からズカズカと荒々しく近づく足音に――。その音の主は俺の服の襟首を掴むと一気に引っ張り、後頭部を床に叩きつけた。

 上下が逆になった視界の中で包帯だらけの顔が目に入った。充血しギラついた目でそれが天崎だと分かった。

 

「よぅ。大角。テメェどこに行ってやがった! ! 」

 

 天崎が怒りに身を任せ俺の顔を踏みつけようとするが、背後から板東と古賀が羽交い絞めにしてそれを阻止する。

 

「やめなよ。(あま)っちゃん」

 

「傷、開きますよ」

 

「うるせぇ! ! 離せ! ! アル中とコミュ障が! ! 」

 

 天崎は2人を引き剥がそうとするが、武闘派の板東と呪われた子供の古賀を離すことが出来なかった。

 

「この野郎! ! 勝手に居なくなりやがって! ! テメェの援護が無かったせいで俺と満祢は袋叩きにされたぞ! ! そんであれか? 逃げる途中でガストレアにやられたから戻って来たってか! ! このインテリ坊ちゃんがよぉ! ! 」

 

 やはり、天崎たちに別動隊のことは伝わっていなかったのだろう。結果的に俺達は持ち場を離れたことになった。俺はただ黙ったまま天崎の叱責を受けた。

 別働隊のことは話さなかった。何も弁解はしなかった。飛鳥のことで頭が一杯で「話を聞かないお前達が悪い」と言い返す気力は無かった。

 

「テメェみたいな腰抜け、俺のアジュバントにいらねえ! ! 二度と俺の前に出てくんな! ! さっさとくたばりやがれ! ! 」

 

 板東と古賀は彼の言葉を「言い過ぎ」とは言わなかった。天崎ほどでは無かったが、2人も勝手に持ち場から離れた俺達に言いたいことはあったのだろう。2人は渋い顔をした後、俺達から視線を逸らした。天崎が離れて行き、板東と古賀も彼に付いて行った。

 

 俺達のアジュバントは事実上、ここで崩壊した。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 それからの俺は、再び心を、意志を、情熱を失った。

 まるでアルバイトのように、周囲に文句を言われない程度に仕事をこなした。生き残った自衛隊員の救出、残った自衛隊の装備の回収、死体の処理をした。

 五体満足、見るからにまだ戦える身体で医療班のキャンプに留まるのはあまりにも居心地が悪かったからだ。「臆病者」「あいつ逃げたらしいぜ」「見てくれだけかよ」「さっさと戦いに行けよ」「俺と同じ地獄に来い」そんな声が絶え間なく聞こえていた。

 飛鳥の傍に居たいという感情と現場に戻れという周囲からの圧力に挟まれ、押し潰されそうになる。

 

「行け。お前が近くにいると光が当たらない。日照権の侵害だ」

 

 飛鳥がそう言って背中を押してくれたお陰で、俺は針の筵から出ている。

 

 そして、2度目のガストレア軍団襲撃が起きた。

 ミニミ軽機関銃を抱え、アルデバランと共に迫る陸棲ガストレアに向けて掃射する。時には危なそうな民警ペアを援護する。時には彼女達を救ったという充足感に浸り、時には援護も虚しくガストレア化しかけた仲間を射殺(介錯)して気が滅入る。

「背後に守るべき者がいるから戦える」なんて少年漫画めいた感情は湧かなかった。飛鳥のことが心配過ぎて戦いに身が入らなかった。本末転倒だし、自分でも呆れるほど愚かしい思考に囚われていた。

 同じく持ち場を離れたことで追放され、プレヤデスを一人で倒しに行った里見蓮太郎が同じ思考になっていないことを心の隅で願った。

 

 意識が伴わない行いは時間の浪費であり、無為に過ごした日々の記憶は曖昧になっていく。

 

 2度目の戦いで俺が語れることはあまりにも少ない。我堂団長の戦死、航空自衛隊によるミサイル攻撃とアルデバランの一時撤退、里見蓮太郎の生還、語るべきトピックスはたくさんあるのだが、飛鳥が無事か、まだ生きているのかどうか、それだけしか考えていなかった。

 

 周囲が里見の生還に湧き上がる中、俺は医師団がいる体育館に戻った。二回戦で負傷したプロモーターやイニシエーターが担ぎ込まれる中、俺は人混みを掻き分けて飛鳥が眠る場所に進む。

 そこに彼女は居なかった。簡易寝具も小物も片付けられ、まるで最初から誰もいなかったかのような状態になっていた。寝具が必要ないくらい回復したのか、スペース確保のためにどこかに移動させられたのか、俺はまだその状況を楽観的に考えていた。

 見慣れた顔の医師が近くを通り、彼を捕まえる。

 

「おい。飛鳥はどうした? どこかに移ったのか? 」

 

 医師は俺の顔を見るとはっと目を見開いた。俺から視線を逸らし、唇を噛む。

 

「すまない……。助けてやれなかった」

 

 彼の口から出る震えた言葉。それを聞いた瞬間、全身から血の気が引いた。俺の中の時間が止まり、周囲の音が聞こえなくなった。

 

「順調に回復していた筈だぞ! ! そんなことあるか! ! 」

 

 俺は情念にかられ、力任せに医師の肩を揺さぶる。

 

「君が出て行った直後に容態が急変したんだ! ! 私が診た時にはもう脈が止まっていた! ! 仕方ないだろ! ! 元々、生きているのが不思議な状態だったんだ! ! 」

 

「あいつは……あいつは、どこにいるんだ! ? 遺体を見るまで納得できるか! ! 」

 

「校庭だよ。そこに穴を掘って、遺体を入れている」

 

 俺は医師を解放すると脇目も振らず校庭に向かった。そこには重機で掘られた大穴があり、体育館で亡くなった人達の遺体はそこに入れられている。

 そこは死臭と腐臭が漂った。手で鼻と口を被うがそれでも感覚器官への刺激を抑えられない。呼吸をするだけで肺が腐りそうなる。

 俺は自分の目を疑った。戦場で自衛官や民警の死骸の山と海を見て来たが、ここも負けず劣らず凄惨な状態だった。せめてもの救いがあるとすれば、遺体が野晒しではなく、黒いビニール袋に詰められていたことだろうか。

 バラニウム粉末が混ざった黒い雨が降る中、俺は遺体袋の海に飛び込み、一つ一つを開封して中身を確認する。どこかのプロモーターの遺体、どこかのイニシエーターの遺体を見ては胃の中を吐き出し、神経を擦り減らしながら飛鳥を探した。

 

 気が付くと俺は体育館の床で寝ていた。遺体を捨てに来た医師団の一人が倒れている俺を見つけ、ここに運んでくれたらしい。

 

 もう一度、飛鳥を探そうという気は起きなかった。そんな気力も体力も残されていなかった。生きようとする意思すら出て来ない。むしろ、飛鳥と出会う前、何を考えて生きてきたのか忘れてしまうくらい今の俺は彼女に依存していた。

 戦う理由を失った俺は壁にもたれかかり、ただぼーっと体育館の天井を見上げていた。

 

「お前、イニシエーターはどうした? 」

 

 ふと俺に声がかかった。首を傾け声の主を視界に入れる。里見蓮太郎がいた。彼も死線を潜り抜けて来たのだろうか、モノリス崩壊前に会った時と比べて目付きは険しくなっていた。今の彼から善性や正義が感じられない。

 我堂団長の外套と刀を持った彼を見て、大方の事情は察することが出来た。

 

 ――そうか。次の団長か。

 

「死んだよ。俺なんかを守ってな」

 

 俺はシニカルな笑みを浮かべて答えた。投げやりだった。「もう、どうにでもなってしまえ」と思っていた。

 

「そうか……。だが、お前はまだ戦えるだろ。手が残っていて、目も見えているなら銃ぐらいは撃てるはずだ」

 

 彼が何を言おうとしているのかは分かった。民警軍団もそれほど残ってはいないのだろう。だから、不足した人員を負傷者で補おうとしている。ガストレアを誘き寄せるエサか、良くて固定砲台をさせられるだろう。

 

「俺には守りたいものなんてもう……残っていない。戦う理由も無い。それなのにまだ戦えって言うのか。お前はとんでもない悪魔だな」

 

 俺は目の前の里見団長を鼻で嗤った。

 

「こんなことになるんだったら、ハイジャックしてでも逃げるべきだったな。そう思わないか? 里見団長」

 

「そうか。じゃあ

 

 

 

 

――――ここで死ね

 

 里見は右手を伸ばすと俺のジャケットの襟首を掴み、体育館の真ん中に放り投げた。視界の中で天井と壁と床が何度も切り替わり、俺は何度も身体を打ち付けながら床を転がった。顔を上げようとした瞬間、里見の足に蹴り上げられ、反対側の壁にまで叩きつけられる。

 あの細い身体のどこにそんなパワーがあるのか、義肢のことを知らない当時は分からなかった。

 壁にもたれかかった俺を里見は再び服を掴んで持ち上げる。

 

 

「戦えない奴にくれてやる薬も包帯も無い。生きているだけで邪魔だ」

 

 

 里見は俺を床に叩きつけると、我堂団長の刀を突き立てた。刃は耳を掠り、血が流れる。

 

 

「お前にもう一度、チャンスをくれてやる。 選べ。戦うか。今、ここで俺に殺されるか

 

 

 静かに淡々と里見は語り掛ける。やはり英雄と呼ばれる者はカリスマというものを持っているのだろう。飛鳥を失った衝撃、心を擦り減らす極限環境、肉体的な実力差もさることながら、俺は彼の声に、口調に、言葉に恐怖した。心の底から、――いや、更に奥、生物的な本能として恐れ戦いた。

 

 

「戦う。固定砲台でも何でもやる。……だから、頼む。殺さないでくれ」

 

 大角勝典 22歳。16歳の少年に対する一世一代の命乞いだった。

 

 俺のような巨体が片手で振り回され、壁に叩きつけられる光景はさぞ衝撃的だっただろう。俺の命乞いは周囲の負傷者や医師団に恐怖を植え付けた。

 

 “里見団長に従わなければ殺される。戦わなければ殺される”

 

 その空気を作り上げる為に俺はまんまと利用された。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 そして、3度目の戦いが始まった。

 負傷者たちは自衛隊や戦死した民警の火器を渡され、固定砲台にされた。肉体的に動ける俺は移動砲台であると同時に固定砲台たちに弾薬を届けるサポートも命じられた。

 

「あそこに凄腕のスナイパーがいて、お前達が逃げようとしたら即座に撃ち殺すように命じている。変な気は起こすなよ」

 

 回帰の炎の近く、巨大な女神像を指す里見に脅された俺達は必死に戦った。「殺されたくない」という気持ちで一杯になり、迫りくるガストレア相手にトリガーを引き続けた。

 植物の心のような人生とは何だったのか。俺は泣き叫び、足掻き、必死になって、心の底から湧き上がる本能に従って生きた。もう何時間撃ち続け、何体倒して、その間に何人の仲間が死んだのか、分からなかった。

 

 そして、気が付いたら第三次関東会戦が終わっていた。

 

 その後、俺はもう一度、死体の山を探そうとした。しかし、疫病防止のために既に焼却処理され、探すことは出来なかった。

 俺は飛鳥の死を受け入れざるを得なかった。

 

 その後、葉原ガーディアンズを退社。しばらくはフリーランスの闘争代行人(フィクサー)として活動してきたが、紆余曲折ありヌイとペアを組み、再び民警に戻った。

 

 

 

 *

 

 

 

「これが俺の第三次関東会戦だ。生き残りだとかベテランだとか持ち上げられたが、実際はこんなもんだ。どうだ。情けないだろう」

 

 全員が準備を終え、静かに耳を傾けるハイエナ屋の作業室で勝典の野太い声が響いた。それは柔らかく、優しく壮助に語りかける。いつもの強く張り、迫力のある声が嘘のようだった。

 

「笑わないっすよ。あの戦いで活躍してようがしてなかろうが、俺をクソの掃き溜めから出して、民警にしてくれたのは大角さんなんすから」

 

「改めてそう言って貰えると、何かこそばゆいな」

 

 サングラスで分かりにくかったが、勝典の口元は笑みを浮かべていた。

 

「それで、どうして死龍が飛鳥っていう話になるんすか」

 

「俺が飛鳥の死に疑問を抱いたのは、1年前だ。同じアジュバントだった板東が電話して来たんだよ。『お前んとこのサソリ。本当に死んだのか? 』ってな。どういうことか問い詰めたら、バーの客からサソリの因子を持つ赤目ギャングの話を聞いたらしい。小柄な体格、得物はショットガン、神経毒を使う戦闘スタイルは飛鳥に似ていた」

 

「それだけっすか? 」

 

「ああ。最初はそれだけだった。俺も酔っ払いの戯言だと思っていたんだ。だが、調べてみる価値はあると思った。暇な時間を使って少しずつ調査を進めていたんだ。その時に起きたのが、スカーフェイスによる中国人グループ襲撃事件だ。いつもなら完璧に痕跡を消す連中がしっかりと襲撃の跡を残した。不審に思ったが俺はそれに喰いついた。里見事件の情報を警察に売り、そのコネを使って中国人グループの生き残りに接触することが出来た。そこで昔、スマホで動画に撮っていた飛鳥を見せたんだ」

 

「そうしたら、ビンゴ」

 

「ああ。その生き残りは『死龍の声だ』とハッキリ言った。俺は確信を得て、スカーフェイスと死龍が出て来る日を待ちながら準備を進めて来た。そして、今に至る」

 

 勝典がしばらく姿を見せなかった理由が死龍に、そして自分が置かれている状況に繋がったことに壮助は奇妙な縁を感じる。そして、勝典が以前から準備してきたのなら、一つの淡い希望が浮かび上がる。

 

「大角さん。もしかして解毒剤を持ってたりしてないっすか? 詩乃があいつの毒にやられて、危ないんだ」

 

「詩乃様がっ!?」――とヌイが立ち上がる。テーブルの上に立てて置かれていた弾倉がドミノ倒しのように崩れそうになり、勝典がさっと手を添えて阻止する。

 

「すまない。持っていない」

 

「そんな……」

 

 勝典からの返答は淡い希望を打ち砕いた。

 

「義塔。昨晩、何があったのか教えてくれ」

 

 勝典が尋ねた。壮助は包み隠さず、日向夫妻のガストレア化、スカーフェイスの襲撃、灰色の盾の協力、詩乃を救う為には死龍から解毒剤を奪わなければならないこと――。全てを語る。

 

「あの歌姫様と西外周区最強の闘争代行人が幼馴染か。人間、どんな縁があるか分かったものじゃないな」

 

「大角さん。解毒剤を手に入れる方法、他には無いんすか? 」

 

「無いな。解毒剤は俺達も何としても欲しかった。だが、昔のものは構造が劣化して使えない。新しく作ろうにも必要な漢方薬がこの数年で東京エリアじゃ手に入らない状態になっている。個人的なルートで輸入業者を頼ってはみたが、あまり良い返事を貰えなかった」

 

「そうか……。となると、やっぱり死龍から奪うしか無いのか」

 

 現実はそう上手くいかない。その厳しさを何度も噛みしめる。

 壮助が頭を抱えている間に勝典とヌイは準備を終え、ミリタリーリュックに一通り詰めた。重武装した勝典は、これから戦場に行く兵士のように見える。

 ヌイもいつも通りという訳にはいかなかったのだろう。普段着の上にハーネスを付け、そこにワルサーMPL2挺と予備弾倉、2本のレイピアをラッキングしていた。

 

「義塔。俺達はこれから遠藤に会ってみる。この件、警察がどこまで把握しているのか、どう動くのか情報を集めてみる。――お前はどうするんだ? 」

 

「ちょっと調べ物。エールには『休め』って言われているけど、詩乃が危ねえ状況でじっとしてらんねぇ」

 

「なんか傷とかヤバそうだし、少し休めば? 」

 

「俺の心配とか珍しいな。バカ鳥。明日は雪でも降るのか? 」

 

「うわっ。心配して損した。もう好きにしなさいよ。馬鹿ヤンキー」

 

 壮助とヌイがいつもの口喧嘩を繰り広げると勝典が彼の頭にチョップをかました。その拍子に壮助は舌を噛み「うべっ」と奇妙な声を発する。

 

「大角さん。何するんすか? 」

 

「……あまり、無理はするな。スカーフェイスが出たらすぐに連絡しろ。分かったな」

 

「大丈夫っすよ。俺が鬼ごっことかくれんぼ得意なの知ってるでしょう」

 

 真面目な面持ちの大角に向けて、壮助はニヤリと笑みを浮かべた。

 

 ――さて、藪を突いてサソリを出しに行きますか

 

 心の中で皆の心配を裏切りながら。

 

 

 

 *

 

 

 

 そこは、窓から入る日光だけが頼りの部屋だった。家具はほとんど無く、コンクリート打ちっ放しの壁をゴキブリとムカデが這う。所々に拭き損ねた血の跡や繁殖するカビの斑点が見える。

 皆がボロ布を纏い部屋の隅で雑魚寝している中、死龍はスマートフォンを眺めていた。そこに着信が入る。

 

『さて。死龍。昨晩の失態について説明して貰おう』

 

 おそらく男性の声だろうか。編集されており、年齢が推測できない。

 

「情報に無い機械化兵士がいた。灰色の盾の介入が早かった。それ以前にお前達が優秀な部下達を性処理の道具として()()()()()()()()()、こんなことにはならなかった。我々の失態ではない。お前達の失態だ。それに少なくとも日向姉妹を行方不明にすることは出来た」

 

 死龍は静かに、しかし怒りを込めて言葉を放つ。

 

『そうだな。結果として我々は最低限の目的は達成した。だが、その判断は君がすることじゃない。我々だ』

 

 淡々とした相手の言葉を聞き、死龍のスマートフォンにかかる握力が強くなる。

 

『ここ最近の君の勝手な行動は目に余る。忠誠心を疑わざるを得ない』

 

「忠誠心? 動けない私を拉致して、こんなものを身体に埋め込んで従わせておきながら、心まで求めるのか。『道具として役目を果たせ』私にそう命じたのはお前達だ。道具に心は必要無い筈だ」

 

『ふふふふっ。あはははははは! ! それもそうだな。赤目にしては面白いことを言う』

 

 スマートフォンから尊大な口ぶりと笑い声が部屋に響く。死龍は怒りに身を任せ、壁に叩きつけて壊そうとする憤りを抑える。

 

『話を戻そう。中国人の件は大目に見てやったが、今回ばかりはそうもいかない。君がしくじったせいで上は破滅に怯えながら今夜も眠れない夜を過ごすことになる。

 

――次は確実に日向姉妹を処理しろ。失敗すれば、お前も()()()()だ』




オマケ 隙あらば設定語り

(おそらく本編では語らないであろう)大角勝典のアジュバントとその後

天崎重吾 30歳

第一章で既に登場していますが、大角への誤解は未だに解かれていません。第三次関東会戦以降も葉原ガーディアンズ所属で民警を続けています。IP序列は37564位をキープ。本気を出せばIP序列10000位ぐらいになれる実力があるのですが、37564位をキープする為に仕事をしたりしなかったりしているという努力の方向性を全力で間違えている馬鹿です。死んでも治りません。

五場満祢 15歳

上に同じく、葉原ガーディアンズ所属イニシエーターを継続。戦闘用に改造したチェーンソーでガストレアを解体するスタイルは相変わらずで、戦闘動画(という名のスプラッター動画)をアングラな動画サイトにアップしています。「頭のネジが全部外れたイニシエーター」として一部の界隈では有名。思考回路だけで言えば小比奈よりヤバい子。

板東さくら 27歳

現在は民警を引退し、外周区付近でバーの店長をやっています。地域の治安が悪く、客層はほとんどが犯罪者、未成年や赤目ギャングにも平然と酒を売るなど、店の雰囲気はさながら東京エリア版イエローフラッグ。さくらが金を払わない客をシバき倒したり、逆に客が暴れたりして店は全壊4回、半壊10回、爆発オチ2回を経験。『笑顔と銃声が絶えないアット地獄(ヘル)なバー』として有名になっています。

古賀桃子 16歳

3年前、侵食率がイエローゾーンに入った為、ドクターストップによりイニシエーターを引退。現在は学校に通いつつさくらの世話係 兼 さくらのバーの手伝いをしています。将来の夢は漫画家。ピュアピュアな少女漫画を描きたいと思っていますが、持ち込んだ出版社の編集にボロクソに叩かれ、ストレス解消のため編集をイケメン化させて××するR-18なBL同人誌を書いたら人気が出てしまい、BL同人作家としてデビューしています。




次回「彼が忘れたもの」

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。