本編とは毛色が異なり、ギャグをメインにしています。
朝9時、義塔壮助は階段を昇り、事務所の扉を開けた。
事務所には当然のことながら社長の松崎が奥のデスクで書類を眺めていた。いつも午後出勤の空子も珍しく朝から事務所で働いている。勝典は端のデスクの影で腕立て伏せをする光景が見られた。
「おはようございます」とあいさつすると3人から同じ返事が返って来た。
壮助は事務所を見渡した。今日は平日。当然のことながら2人のイニシエーターの姿は無い。
「大角さん。ヌイは?」
「いつも通り学校だ。仕事が来なければこっちに来るのは5時ごろになる」
「詩乃もだいたいそんな時間だな」
しばらく黙ると、示し合わせたかのように壮助、勝典、空子が頷き、松崎に視線を向けた。
3人から何かを求める視線を送られた松崎は数刻ほど沈黙を置く。
3人は固唾を呑んで松崎を見守った。
そして、求めていた言葉が彼の口から飛び出した。
「やりましょう」
「「「よっしゃあああああああ!!!」」」
突如、壮助、勝典、空子が歓喜の声を挙げる。
即座に壮助と勝典は事務所のデスクを端に寄せ、空子はチョークで中央に円陣を描く。
円陣の周囲に3人が集まり、それぞれが懐から1枚のカードを出した。
それぞれが異なる図柄で、壮助は彼の大好きなハリウッドのアクションスター、勝典は天誅ガールズの天誅レッド、空子は自分が働くキャバクラの赤いドレスを着た女のマークだ。
最後に松崎がデスクから立ち上がり、チョークの円陣の中にバラバラと黒いカードをばら撒いていく。
3人はカードを手に持ち、高く構えた。
「ではこれより、第3回メンコ大会を始めます」
メンコ。それは昭和時代に流行した子供たちの遊びだ。厚紙製のカードを地面に置き、手持ちのカードを地面に叩きつける。それにより地面のカードがひっくり返ると、そのカードの自分のものに出来る。最終的に一番多くカードを保有した人物が優勝となる。
2020年代に勃発したガストレア戦争により、電気・水道・ガスといったインフラは壊滅的な被害を受けた。同時にゲームを中心とした子供たちの娯楽も消滅の一途を辿った。そんな中、日本各地で出来た難民キャンプでとある遊びが再燃した。それがメンコである。
厚紙を集めて地面に叩きつけるだけで成立する遊びは瞬く間に子供たちの間に広がっていった。その発端となったのはかつてメンコで燃え上った大人たちであり、数十年の時を越えて一時ではあるがガストレア大戦から戦後復興期の間、子供の遊びのスタンダードになった。
数ヶ月前に空子と勝典の間で難民キャンプ時代のメンコ遊びが話題になり、それで少年時代を思い出した松崎と興味を示した壮助が参加し、いつしかメンコ大会が行われるようになった。詩乃と勝典の相棒のヌイがいない間に行うのは、イニシエーターの力を使われると彼女たちの勝利が確定してしまうからだ。
そして、メンコ大会が行われるタイミングは決まっている。
「優勝景品は、このお中元で貰った高級そうめんセットにしましょう」
松崎の昔の仕事の関係か、何かと偉い人からお土産やお中元、暑中見舞いなどを受け取ることが多く、松崎民間警備会社が社員10人ぐらいの会社だと勘違いしているのか、いつも量が多い。メンコ大会はその余ったお土産の取り分を争う時に行われる。
じゃんけんで手札を出す順番を決め、勝典から時計回りに壮助、空子、松崎となった。
地面に置かれた黒カードは21枚、ひっくり返ると白い面が見られる。
壮助と空子に冷や汗が滴る。
「じゃあ、行くぞ!!」
勝典の手が振り下ろされる。彼の手から天誅レッドが離れるまでの刹那、大角の目には映っていた。胸元のボタンを開き、更に人差し指をかけて勝典に覗かせんとする空子の我儘ボディが、壮助との間で密かにチョモランマと呼ばれている豊満なバストが。
(しまった!つい見惚れて手元が!)
勝典が気付いた時には遅かった。手元が狂ったことでスナップをかけるタイミングを外した。放たれた天誅レッドは強く地面に叩きつけられたものの、風圧と衝撃は勝典の想定をはるかに下回り、1枚しかひっくり返すことが出来なかった。
「おやおや。大角くん。今日は調子が悪いようですね」
「このまま恥晒しになるくらいならリタイアした方が良いんじゃない?」
ニヤニヤとほくそ笑みながら松崎と空子が勝典を嘲笑する。
「ふっ。久し振りだから手元が狂ってしまいました」
そう格好良く決めていたが、彼が空子の胸に見惚れて手元を狂わせたのは一目瞭然だった。鼻血を垂らすという分かり易すぎるリアクションまでしていたのだから。
(大角さん。羨ましいぜ!)
続いて二番手の壮助が手を高くかざして構えた。勝典の失敗を踏まえて空子を視界から外し、ただ場のみを見つめる。
この戦いは力だけが勝敗を決めるものではない。カードの重さ、衝突の速度、風圧の計算、理想の狙撃ポイント、それら全てを極め、その理想と計算を実現するための力と技術なのだ。
メンコとは狙撃に似ている―――今まで大敗を喫したメンコ大会から学んだことだ。
手でカードの重さを感じ、振り下ろされる手とカードの軌道を予測、衝突の速度と風圧を頭の中で演算し、理想の狙撃ポイントを見極める。
人銃一体の境地――狙撃道ハ風ヲ読ムコト見ツケタリ
(そこだっ!!)
快い衝突音が響いた。真っ黒な地面がひっくり返って5つの白面が浮かび上がる。
「なんとっ!」
「ご、5枚も!?」
「ふっ……前回までの俺とは思わないでください」
第1回、第2回共に最下位だった壮助、最下位殿堂入りの汚名を返上した瞬間だった。
「さぁ!次は空子さんですよ!」
「今に見てなさい!『新宿キャンプの白虎』と恐れられた私の実力を!」
ガストレア大戦当時、各地には住処を失った人々が寄り集まってキャンプが出来た。子供たちの間では、メンコの実力者に異名を名付ける習慣が出来ていた。今となってはそれが自称なのか本当に実力で得た異名なのかは分かる術がない。
空子が高く手を挙げた途端だった。
「見つけたわよ!新宿キャンプの白虎!千奈流空子!」
思い切り扉を開いて女物のドレスを着た“男”が現れた。ビル1階のゲイバーの従業員、ヨーコ(源氏名)さんだ。
「貴方…。誰?」
誰というのはヨーコのことではない。メンコ使いとしての“誰”だ。
壮助にとっては信じ難い話だったが、“異名持ち”の間では互いを察知し合えるオーラというものがあるらしい。
「まさか私のことをお忘れ?私は貴方と同じ新宿キャンプの異名持ち、当時は『玄武』と呼ばれていたわ」
「新宿キャンプの玄武だと!?」
「大角さん。知ってるんですか!?」
「ああ。噂で聞いたことがある。かつて新宿キャンプには4人のメンコマスターがいた。彼らにはそれぞれ四聖獣に因んだ異名が与えられた」
白虎 千奈流空子
玄武
朱雀
青龍
「四聖獣の2人がここで揃ってしまったんだ。このメンコ大会、嵐が起こるぞ」
壮助が固唾を呑んだ。
「見つけたぞぉ!新宿キャンプの四聖獣!」
次に飛び込んできたのは黒いスーツに黒いサングラスをかけた強面の男、4階の金融会社の従業員、どこからどう見ても借金の取り立て要員だ。
「俺も『横浜キャンプの鈍槌』と呼ばれた男!この勝負、参加させてもらうぜ!」
異名持ちは異名持ちを呼び込むようで、次から次へと各階のキャバ嬢やゲイ、借金取りが事務所に押し寄せ、大規模なメンコの奪い合いとなった。
*
午後5時過ぎ
森高詩乃は学校が終わると真っ直ぐ事務所に来た。大勢の声が聞こえ、賑やかなパーティでも行われているかのようだ。詩乃は不思議に思って扉を開けた。
「おらぁ!女ぁ!イカサマしてんじゃねえだろうなぁ!」「あらぁ?イカサマなんてしてないわよ?」「お前のことじゃねえよ!ゲイ!」「ちょっとぉ!次!私の番なんだけどぉ!」「もうカードがなくなっちまうぞ!」「藤沢キャンプの女帝と恐れられたアタイの力、見せてやるよ!」「上等だあ!江戸川河川敷の覇者の俺が相手にしてやる!」「バカ!江戸川の覇者は俺の称号だろうが!」「博多で鍛え上げた腕を見せてあげる!」「九州に帰れ!」「数十年ぶりに『疾風の松ちゃん』を見せてあげましょう」「松崎さんパネェ!あんた何者だよ!?」
扉の先にはいい年こいた十数人の大人たちがカードを囲んでガチの戦いを繰り広げていた。
(え?何?あれ?)
詩乃は黙ったまま扉を閉めてUターンする。何か関わってはいけないような気がしたから。壮助の声も聞こえたが、全身のガストレア因子が「入るな」と警鐘を鳴らしていた。
階段を下りながらスマホを取り出し、電話をかけた。
「あ、ヌイ?今日、ウチ来る?」
その後、メンコ大会は夜9時まで続き、さすがに痺れを切らした詩乃が槍と壮助のアサルトライフルを持って突入したことで強制終了した。
実は本編の次の回がまだ途中で日曜までに間に合いそうにないので、急造の番外編を掲載しました。
次回はちゃんと本編進めます。
ガストレア大戦後の日本って、戦後日本みたいな感じなんでしょうね。