自分の保有因子は強くてカッコいい動物だったら良いなぁと思っているらしい。
イクステトラのコントロールルーム、スクリーンの灯りに照らされた空間で黒い龍が蠢く。起点となっている少女はオブジェのように動かない。項垂れ猫背になった死龍から生きている人間の気配が感じられなかった。
死龍が襲来したことで勝利の喜びに満ちていた灰色の盾のメンバー達から、敗北と絶望の表情が浮かび上がってくる。
ティナと未織、灰色の盾達がそれぞれの得物を構え、銃口を死龍に向ける。
「鈴音さん。美樹さん。私から離れないで下さい」
フードに覆われた死龍の首が動いた。生きた人間とは思えない不自然な動きで、糸に繋がれた操り人形のようにその面はゆっくりとティナに向けられる。
「私から、離れて下さい」
最初は鈴音と美樹を見ているのかと思った。しかし、2人がティナから離れても死龍の首は動かない。向けられる殺気も変わらない。
『あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛』
死龍が叫んだ。声の限りを出し、自身の喉を潰さんとする勢いで声を響かせる。鬨の声ではない。心の底から湧き上がる怒号のようだ。
『ティナ・スプラウトオオオオオオオオオオオオ! ! 貴様さえ、貴様さえいなければあああああああああああああああ! ! 』
本当に喉を潰してしまったのか、口から血を吐きながら彼女は叫ぶ。
黒膂石拡張義腕からチェレンコフ放射光を思わせる蒼白い光が溢れ出す。薄暗いコントロールルームが一気に照らされ、直視すると目が潰れてしまいそうなほど眩しくなる。同時に装甲とマニピュレーターが外れ落ち、尾の半分を占める長大な熱切断ブレードが姿を現した。
――あれは、お兄さんの義手と同じ……。
死龍が動いた。エールとの戦いとは比べ物にならない、得物を狩る蛇のように速く、不規則な動きで走り抜け、ティナに迫る。
死龍が身を翻すと尾の長大なブレードが振るわれる。ティナは身を後ろに倒し、薙ぎを回避。目の前を青白い光と共に熱切断ブレードが通り過ぎる。
ティナは仰向けに倒れ背中を床に打ち付ける。天井が見えた時にはもう死龍が飛び上がっていた。彼女は前方宙返りで尾を縦に回転させ、ブレードが振り下ろされる。身を転がして斬撃を躱すが、そのタイミングを狙っていたかのように右脚から飛び出した高周波ブレードが迫る。
アキナが2人の間に割って入り、マチェットで死龍の右脚を抑える。彼女が生んだ一瞬の隙にティナは立ち上がりながら距離を取り、拳銃を抜いて死龍に向ける。
「離れてください! ! 」
アキナがマチェットの角度を変えて死龍の足を受け流す。同時に赤目の力で床を蹴って跳躍。彼女が離れた直後にティナが銃撃。灰色の盾のメンバー達も続く。
死龍の尾がバネのように動いて跳躍し銃撃を回避。尾が死龍の身体を引っ張り、蛇のように壁を高速で這い廻る。ニッキーの89式5.56mm小銃が弾幕を張って誘導しようとするが、照準がまるで間に合わない。
「何よ! ! あの動き! ! 今までの死龍とまるで違うじゃない! ! 」
重力を無視して壁を這いまわる死龍と尾は壁から飛び出し、再びティナにブレードを突き立てる。間一髪のところでティナは回避したことで、尾のブレードは床を溶かしながら刃の半分が埋まる。
「ティナちゃん! ! 足元! ! 」
未織の叫びで咄嗟に足元に目を向ける。死龍の尾を包む青白い光が先端のブレードに収束していく。それはかなりの高熱を帯びているのだろうか。床のマットが燃え上がって炭化し、その下にあった金属板が赤熱して飴細工のように溶解していく。
ブレードの先端に収束した光が床下に放たれた。電撃のように光が床下を這うと床が一気にひび割れし、そこから一斉に崩落する。コントロールルームの中心に空いた幅数メートルの穴に死龍とティナは落ちていった。
「死龍の奴! !逃げやがったな! ! 」
ルリコが溶解した穴を覗く。4~5フロアは突き抜けただろうか、自分達が侵入する時に通った1階エントランスのオブジェが見えていた。そこに向けて落下する死龍とティナの姿も見える。
「ニッキーどうする! ? あいつを取り逃がしたらエールにどつき回されるぞ! ! 」
「取り逃がしたらって……あんなバケモノどうすりゃいいのよ」
ニッキーは頭を抱える。人体の構造を無視した不規則な動きと赤目の動体視力でも追い付くのがやっとのスピードを前に灰色の盾は太刀打ちできなかった。今、自分達が無事なのは死龍がティナを執拗に狙ってくれたお陰だ。
ニッキーがどうしようかと悩んでいると、サヤカが人差し指で彼女の肩を突いた。
「サヤカ。どうしたの? 」
サヤカは黙ったままもう一方の手でコントロールルームの出入口を指さす。開きっ放しになっていた観音開きの扉の向こうから、何体もの武装ドローンがこちらに向かっていた。
武装ドローンの機関銃が一斉に火を吹いた。銃弾が暴風雨のように吹き荒れ、瞬く間にコントロールルームの扉を粉砕する。
89式を持ったニッキーとスカーフェイスのアサルトライフルを拾ったルリコ、サヤカ、アキナが入口付近を陣取る。4人でドローンを迎撃していくが、脇道から次々とドローンが姿を現し、入口に向かって来る。
「ああもう! ! 次から次へと! ! 弾が足りないよ! ! 変な格好のおばさん! ! どうにかならない! ? 」
「あ゛? 」
未織に睨まれたルリコはビビり上がる。
「ごめんなさい……
「このヘタレ」
未織が身を屈めて移動し、デスクの裏に隠れるメガネの男性職員に声をかける。
「小此木はん。無事? 」
「ええ。私は何とか……。局長も無事で良かったです」
「サーバールームを乗っ取った奴はウチらで倒した。今なら警備システムも奪還することが出来る筈や」
「でもPCが全部やられています」
未織は周囲を見る。死龍とティナの激戦でコントロールルームは壊滅的な被害を受けている。警備システムの制御に使っていたパソコンも全て破壊されており、システムにログインする方法が失われていた。
小此木がはっと思い出す。
「あ、いや、ちょっと待ってください。そこのロッカーに予備のハードがあります。ケーブルに繋いで周辺機器を揃えば行けるかもしれません」
「その手しかあらへんやろ。指揮は任せてもええ? 」
「大丈夫です」と小此木は親指をグッと立てた。
「幾谷! ! 渡辺! ! 田山! ! 予備のハードを使ってシステムに入る! ! 俺はケーブルを引っ張り出すから、お前達は使えるディスプレイとキーボードを探してくれ! ! 他の者は彼女達の援護だ! ! 防衛訓練を思い出せ! ! 」
小此木に指示された3人はデスク周辺を探り、他の者はアサルトライフルと防弾チョッキを拾う。それらを装備すると灰色の盾4人の後ろに付き、彼女達に合わせてドローンの迎撃を開始した。
*
コントロールルームの床が崩落し、落下したティナは階下の床も突き破った。エントランスホールの吹き抜け構造の中を落ちながら姿勢を制御し、両足で着地。死龍の追撃回避も兼ねて身を転がして衝撃を緩和する。
白とライトブルーで彩られたエントランスホールで黒い龍が縦横無尽に刃を振るう。中央にあったインフォメーションセンター、休憩や応接に使っていたであろう小テーブルとソファー、上階を支える柱をバターのように溶断していく。
それを回避しながらティナは背負っていたバレットM82を構える。相手が格闘戦を仕掛けられる近距離戦闘では向かない武器だが、ティナは照準器に頼らず、腕とライフルの角度だけで瞬時に狙いを定め、トリガーを引く。
狙いは確実だった。しかし、12.7×99mm弾を死龍の尾が回避する。尾が主体的に動き、付属品のように死龍の身体がそれに引っ張られる。弾丸が彼女の手を掠め、風圧で前腕の血肉を抉る。しかし、彼女に痛がる様子は見られない。
『あはははははは! ! そんな弾が“僕”に当たる訳無いだろう! ! お得意の狙撃はどうしたぁ! ? 』
弾丸は明らかに死龍の腕の肉を抉った。しかし、彼女の口は弾丸が当たっていないかのように語る。その口調もエールと嫌味を言い合っていた時とまるで違う。たった二言三言でも彼女の威厳と風格が窺えた。しかし、今の彼女からは下衆な雰囲気しか感じられない。理性すらどこかに置き去りにしている。
――それより、どうして私のことを……。
死龍に自分が何者か名乗った覚えは無い。過去にどこかで出会ったのだろうか。
そんなことを考えている余裕を死龍は与えない。装甲とマニピュレーターを外したことで身軽になった尾の動きは生物のように俊敏かつ滑らかになっている。尾の熱切断ブレードに気を取られてしまえば、彼女の右脚に内蔵された高周波ブレードが繰り出される。どちらも生身のティナにとっては致命傷になりかねない。
刃が振るわれる中、尾から溢れていた青白い光が先端に収束した。コントロールルームの床を崩落させた一撃が来ると警戒したティナはバックステップで距離を取る。しかし、死龍は尾の刃を地面に突き立てるフリをして、その切っ先をティナに向けた。
『今度こそ! ! 今度こそ処分してやる! ! 赤目のゴミがああああああああ! ! 』
ティナの脳裏に里見事件の光景がよみがえる。蓮太郎が見せた義肢の青白い輝き、
迫るエンジンの駆動音と共に黒いハイエースが出入口のガラス戸を突き破って突入した。運転席の窓からはみ出した太い腕がH&K MP7のトリガーを引き弾丸をばら撒く。
『邪魔をするなあああああああああああああ! ! 』
死龍が尾の切っ先をティナから逸らしハイエースに向ける。先端から放たれた雷光は瞬く間にハイエースの大部分を消滅させる。ガソリンもプラズマ化して消滅したのか爆発も起こらず、消し損ねたボディの底面とタイヤだけが慣性の法則に従って進む。
大きな影が死龍に迫る。ハイエースと共に消滅したと見せかけ、音を殺して接近した
ティナの視界に巨大なミリタリーリュックを背負い、バラニウム大剣を担いだ大角勝典の姿が映った。
「大角さん……。どうして……」
「義塔から事情は全部聞いた。あいつの相手は俺に任せてくれ」
死龍の尾が立ち上がり、それに引っ張られて彼女の身体が無理やり立たされる。先ほどの殴打が効いたのだろうか、彼女の足は生まれたての小鹿のように震えている。普通の人間なら、それは恐怖心や怯えの証左だが、対照的に尾は再び青白い光を帯び、臨戦態勢に入る。
度重なる激戦に耐え切れなくなったのか、留め具が割れ、死龍の身体を被うマントが地面にずり落ちた。
最低限の手入れしかされていないボサボサの長い黒髪、その隙間から幼げな顔と沼のように濁った濃緑色の瞳が見える。当然の如く、傷を模した刺青もあった。
今の彼女から理性や知性、人格といったものを感じられない。血肉を求めて蠢くゾンビのように焦点の合わない目で大角を見つめる。
一瞬、彼女の瞳孔が動いた。はっと意識が戻り、その顔に表情が伴う。目に誰が映っているのか理解した彼女は今にも泣き出しそうな顔で血まみれの手を伸ばす。
「助……けて」
涙が血と混じり頬を伝う。
『この僕が使ってやってるんだ。余計なことをするな。赤目のゴミめ』
死龍から再び表情が消える。彼女は腹話術の人形のように口だけを動かして喋ると、尾という主人が奴隷を躾けるように熱切断ブレードの余熱で彼女の手を炙る。自分の手が焼かれているというのに死龍――鍔三木飛鳥は苦悶の表情一つ見せない。
その光景にティナは戦慄した。機械化兵士の中でもあれは異常だ。
ゴンッ! !
振り向くと、勝典のバラニウム大剣が地面をかち割っていた。
「おい。そこのお前。スクラップにしてやるから、さっさとかかって来い」
その背中には鬼神が宿っていた。
話の展開の都合のせいで死龍の装備がモリモリ盛られていく……。
プロットの段階であった装備
・猛毒の針
・光学迷彩
書いている途中に追加された装備
・電磁加速砲
・尾の単独行
・右足の高周波ブレード
・尾が本体を支配して戦闘続行
・謎の内燃機関
・熱切断ブレード
お陰で対スカーフェイス戦が想定以上に長くなってます。
プロット意味ねえや……。
「ヒーローは6年遅れてやってくる②」