ブラック・ブレット 贖罪の仮面   作:ジェイソン13

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今回は壮助の過去編。
この物語の根幹の話になります。


後悔の起源

 俺にとって藍原延珠はそれほど特別な存在ではなかった。

 

 クラスメイトの一人でしかなかったし、特別な感情は抱いていなかった。

 

 おそらく彼女にとってもそうだろう。

 

 このまま普通に過ごせば、クラスメイトの一人として記憶の片隅に――

 

 いや、存在そのものをすっかり忘れていたかもしれない。

 

 

 

 あの事件が起きるまでは、そう思っていた。

 

 

 

 6年前、当然のことながら俺は10歳で小学校に通っていた。

 東京エリアの勾田小学校。これといって取り上げる特徴のない普通の小学校だ。先生も普通で、生徒も普通で、普通に運動会や合唱コンクールなどの催しもある。

 小学校時代の俺はかなりの悪ガキだった。生まれ持ったセンスでもあったのか、俺はとにかく喧嘩が強かった。物事を解決する手段として暴力を使った。友達から小遣いを巻き上げようとする上級生を殴って追い払ったし、捨て猫をいじめる中学生の股間を蹴り上げて悶絶させた。暴力という手段が悪いことなのは分かっていた。しかし、子供というあらゆる罪と罰から保護されている立場なら、それが最も効果的であることを知っていた。そして、目的が“正義”であるなら――と俺はその暴力を肯定し、子供らしい歪な正義を振りかざしていた。

 ここまでけっこう殺伐とした話をしたが、俺だって毎日暴力沙汰を起こしていたわけじゃない。そんなものは俺の小学生時代の一部に過ぎなかった。ガキらしく友達とつるんで遊んだり、夕方のアニメを楽しみにしたり、宿題を忘れて先生に怒られたり、喧嘩した時は親に怒られたり、そんな普通の小学生の生活を送っていた。

 

「ねぇねぇ。昨日のバガルディ見た?」

 

 俺たちが1つの机に椅子を寄せて屯している中、友人の間島春義(まじま はるよし)が話題を持ち出す。小太りでアニメが大好きなオタク。こんな荒くれ者の俺と友達でいてくれる優しい奴だ。

 ちなみにバガルディとは、酔っ払いカウボーイSFギャグラブロマンスアクションハードボイルドアニメというジャンル積載オーバーのカオスアニメだ。その意味不明さからカルト的な人気を誇り、俺も間島の勧めですっかりハマっていた。

 

「ああ!見たぜ!ジョニーが裏拳喰らって吹っ飛ぶシーンが最高だった!」

「あそこでスローモーションにするとか反則だよね!」

 

 小学生らしいアニメの話題で和気藹々とする中で、俺のもう一人の友人が席に近づき、椅子を寄せて座り込んだ。

 

「随分と面白そうな話をしているな」

 

 小学生らしからぬ暗く影を落とした渋い声で話すのは俺の友人その2の井上清二(いのうえ せいじ)だ。坊主頭に野球帽がトレードマークだ。クールな気取り屋だが、俺に負けじと劣らず熱い性格でよく喧嘩していた。今はそれをスポーツという形で上手く発散している。

 

「遅かったじゃねえか。井上」

「ああ。意外と隣の組の奴らが粘ってな。5回裏まで持ち込んでしまった。まぁ、最後は俺の満塁ホームランで決めてやったさ」

「よく言うぜ。3回裏でコールドゲームにしてやるって言ってたのはどの口だ?」

「まぁ、でも間に合ったから良かったよ」

 

 俺たちは3人揃って、とある席に目を向ける。下卑た笑みを必死で隠し、その席の主が戻って来るのは今か今かと獣のような視線で待ち構える。

「くひひ……そろそろだな」と井上がうっかり笑みを零す。

「早く引っかかってよ」と間島も普段は見せない鋭い眼光で席を見つめる。

「ちくしょう。早く来いよ」と俺、義搭壮助も沸き上がる期待感と震える体を押さえてその時を待つ。

 当時、俺たち3人は凝ったイタズラにハマっていた。いつも図工で飛び抜けた作品を世に出す間島の才能に俺と井上は(悪い意味で)目を付けた。俺か井上が発案したイタズラ計画に間島を巻き込む形で参加させたが、いつの間にか間島は俺たちの想像を超えた仕掛けを作り出すようになり、誰よりもイタズラに意欲的になっていった。

 今日の仕掛けは名付けて「マスドライバーG」。机と椅子を極細のピアノ線で繋ぎ、椅子を引いてピアノ線が引かれると中のゴム動力が起動して勢い良くゴキブリが飛び出すという阿鼻叫喚間違いなしの仕掛けだった。ちなみにゴキブリは紙粘土と絵具で極限までリアルさを求めた逸品だ。間島の技術力恐るべし。

 昼休みが終わりに近づき、外で遊んでいた生徒たちが戻って来た――その席の主も。

 

 藍原延珠

 

 出席番号18番。赤茶色の髪のツインテールで古風な喋り方をする。あと天誅ガールズが大好き。知っているのはこれくらいだ。

 藍原が教室に戻り、席につくために椅子を引くのを俺たちは今か今かと待ち構えていた。

 間島としても仕掛けがちゃんと動くか心配でならないだろう。

 藍原が座ろうと椅子を引いた。ピアノ線が切れてゴム動力が作動し、引き出しの中でスタンバイしていたGたちが勢いよく飛び出した。

 教室に藍原と周囲の女子の絹を裂くような悲鳴が響き渡る。

 

 

 

 ――――と思っていた。

 

 藍原は引き出しから飛び出したGたちを難なくキャッチした。

 3匹同時に飛び出し全てをキャッチする藍原の反射神経とゴキブリ(と勘違いしているフィギュア)に素手で触れる彼女の肝の強さに俺たちは目を丸くした。あの一瞬でGが人形だと気付いているとは考えなかった。

 

「誰かのイタズラか?」

 

 藍原は手を広げてGを見た。それらを握ると教室の隅にあるゴミ箱へと放り投げた。ゴミ箱に押した衝撃で紙粘土製のGたちがバラバラになる。

 

「ああっ!」

 

 バラバラになるGを見て間島がつい悲鳴を上げる。余程、あれが自信作だったのだろう。

 

「間島!またお主たちの仕業か!」

「“また”じゃないよ!藍原さんに仕掛けたのは初めてだよ!」

「舞ちゃんの筆箱にスピーカーを仕掛けた件を忘れたとは言わせないぞ!」

 

 “舞ちゃん”とは藍原の親友で端的で言えば“控えめで優しい”少女だ。

 以前、俺たち3人は彼女の筆箱の中に小型スピーカーを仕掛け、筆箱が閉じられて磁石同士が接触するとスピーカーが作動し「開けて~開けて~」と少女の声が聞こえる、名付けて「筆箱の中のティ○カーベル」というイタズラをした。一見微笑ましいものだったのだが、何かの故障か授業中、開いていてもずっと彼女の筆箱から「開けて~開けてよ~」という妖精(という設定)の声が聞こえ続けるアクシデントに見舞われた。

 2人で口論していると、間島の肩に手が乗せられた。

 

「間島くん。放課後、生徒指導室に来なさい」

 

 いつの間にか担任の佐原(さわら)も来ていた。

 これで放課後の反省文書き終わるまで帰れませんコースは確定だ。

 間島は救いを求めて俺と井上に視線を向けるが、俺たちはそっぽ向いて知らぬ存ぜぬを通した。

 

「井上と義塔も共犯です!」

「「間島!てめぇ!売りやがったな!」」

 

「井上、義塔。お前達も放課後、生徒指導室に来るように」

 3人そろってのオシオキコース。冷徹な先生の目は俺たちを震え上がらせた。

 これが、俺たちのお決まりの日常(パターン)だった。

 

 

 

 

 

 

 放課後、佐原先生にこってりと絞られた俺たち3人はそのまま夕暮れの中を下校した。定められた通学路には学校と契約した民警が200m間隔で立っており、子供たちがガストレアに襲われないよう通学路を警備している。先日も蜘蛛型のガストレアがエリアの内部で出てきたニュースもあり、ピリピリとした空気が民警たちから出ていた。

 

「民警さんたち。顔が険しいね」

「何か隣町でガストレアが出たらしいぞ。しかも感染源が未だに行方不明とか」

「怖いよね」

 

 俺は間島と他愛のない談笑をして岐路に立つ時間を潰す。ガストレアの危険もあり、いつもより早いペースで歩いていく。

 

「ガストレアなんて、そこら中にいるじゃねえか」

 

 下校している間、ずっと噤んでいた井上が口を開いた。俺と間島は飛び上がり、周囲を見渡すが巨大な怪物の姿などどこにも見当たらない。少なくともこの道には俺たちと20メートル前方にいる学校と契約した民警ペアだけだ。

 民警ペアのイニシエーターと目が合った。バラニウム製の黒いバトルアックスを背負った俺と同じぐらいの年齢の少女だ。学校に通わず、ガストレアと戦う日々を送る彼女はランドセルを背負う俺たちを羨望の眼差しで見ていた。一瞬、動揺して彼女の目が赤く光るほどにそれは強い眼差しだった。あの目の輝きは6年経っても覚えている。

 そして、俺は井上の言うガストレアが何を意味するのか察した。あいつが憎悪の眼差しを向ける先にその少女がいた。少女は俺たちを圧倒する力を持ちながら、井上の憎悪の眼差しに脅えて視線を逸らした。

 ガストレアの因子を保有する呪われた子供たちはガストレアと同一視され、虐げられる。見た目や精神が少女ということもあり、本来ガストレアに向けるべき怒りと憎しみを呪われた子供たちにぶつける人間は多い。そっちの方が身近で、安全だったからだ。当時は彼女たちを守る法律も無かった。加えて、大人の男を軽く投げ飛ばす身体能力と引き継いだ感染源ガストレアの能力は脅威であり、ガストレア化という爆弾を常に抱えている。彼女たちを虐げる正当な理由が存在していた。

 井上の両親と姉はガストレアに殺されている。ガストレアに対して強い憎悪を抱くのは当然であり、そしてガストレアにぶつけられない怒りを呪われた子供たちにぶつけていた。そうでもしないと井上の心は壊れてしまっていたかもしれない。俺との喧嘩も、たまにキャッチャーを殺しかねない剛速球を投げるのも、それはガストレアに対する憎しみで壊れそうな心を何とか平衡させる彼なりのやり口だったのかもしれない。

 

「ど、どこにもいねぇじゃねえか!ビビらせるなよ!」

「そ、そうだよ!冗談きついよ!」

 

 俺たちは何とか誤魔化そうとする。せめてあの民警ペアが見えなくなる距離まで行ければ――と、子供ながらの下手な時間稼ぎだった。

 あと10メートル、あと5メートル、刻一刻と少女に近づいて、そして民警ペアの前を通り過ぎた。通り過ぎて十数秒ほど経過した頃だった。

 

「騙されてんじゃねえよ。馬鹿かお前ら」

 

 井上が吹き出すように笑い出し、俺たちに指をさす。いつもの調子が戻り、俺と間島は安堵した。

 

 

 

 井上、間島と別れ、俺は一人で帰路に立っていた。と言っても、家まであと5分もかからない距離だ。

 俺が住む2階建てのボロアパートが見えて来た。敷地の入り口に民警が立っている。

 プロモーターとイニシエーターの男女一組のペア。プロモーターは男性で逞しい体格、対してイニシエーターは例に漏れず小柄で俺と同じくらいの少女だった。

 プロモーターは大角勝典。後に松崎民間警備会社で俺と一緒に仕事をすることになる民警だ。この当時は葉原ガーディアンという会社に雇われた民警だったらしい。それ以上のことは本人があまり話したがらないので知らない。

 当時のイニシエーターは鍔美木飛鳥(つばみき あすか)。いつも無愛想な奴で、出会って1年以上経つが、彼女とは碌に会話したことがない。口を開けば俺のことを「ガキ」や「ザコ」などと蔑む。そりゃあ、確かにイニシエーターから見れば、俺たちは戦いを知らないガキで無力なザコかもしれないが、実際に口で言われると頭にくる。

 この2人も生徒の登下校をガストレアから守るために雇われた民警なのだが、配置の関係かいつも俺のアパートの入り口に立っている。武装して威圧感があるのでガストレアとは関係のない借金取りや泥棒もこのアパートには近づかなくなった。

 

「よう。壮助。遅かったじゃねえか。また先生に叱られてたのか?」

「違ぇし。ダチと一緒に教室で勉強してただけだし」

「ははは。面白い冗談だな。お前は自主勉とかするタマじゃないだろう」

 

 大角さんはその大きな手で俺の頭をワシャワシャとかき乱す。そんな光景を飛鳥は一瞥し、「フンッ」と言ってそっぽ向いた。

 

「やっべ!もうすぐアニメ始まる!じゃあな。大角さん」

「おう。お袋さんにこってり絞られて来な」

 

 大角さんに手を振り、俺はボロアパートの階段を昇り、扉を開けた。

 玄関にまで漂う夕食の香り、「ただいま」と言えば「おかえり」と言ってくれる母の声、夕食時になれば建設業の父も帰って来る。世辞でも裕福とは言えないが、温かい家庭だった。

 

 これが俺の日常だ。3人揃って馬鹿をやって先生に怒られる。馬鹿をやったことを大角さんにからかわれ、帰って来たら夕食と共に待ち受ける母さんと父さんに怒られる。物凄くくだらない日常だが、俺はそれが楽しくて仕方が無かった。

 

 

 ――当時の俺は思いもしなかった。

 

 ――藍原延珠(クラスメイトA)が俺の人生を大きく変えるなんて。

 

 

 

 

 

 

 飲み屋が並ぶ繁華街、自己主張の激しい看板が鬱陶しい通りで、佐原は半分酔った状態で帰路に立っていた。今日は学校の同僚や先輩、教師仲間との飲み会だった。

 佐原にとって、今日も明日も平日で仕事があるのに飲み会をやる彼らの神経が理解できなかったが、仕事の付き合い上、断ることは難しかった。

 

(明日、大丈夫か?ちゃんと起きれるか?)

 

 酔いはそれほど酷くないが、そこそこ回っているようだ。少し気持ち悪くなってきた。吐きそうだが吐くほどでもないのがもどかしい。

 少し休もうと思い、人気のない路地に足を運んだ。身を壁に預けて一息つく。終電まで時間はあるし、30分ほどこうしていようと考える。

 

「やぁ」

 

 一瞬、全身の毛が逆立って凍り付いた。目の前に奇怪な男が立っていたからだ。

 ワインレッドの燕尾服に白い舞踏会用の仮面、黒いシルクハットをかぶった男だ。大道芸人か、それとも酔っ払いの催しか。どちらにしても繁華街の路地裏にいるのが不自然な格好だった。

 

「だ、誰だ?あんた。飲み過ぎた俺が見てる幻覚か?」

「残念だが、私はちゃんと実在している」

 

 道化のような男はそれを証明するように佐原の肩に優しく手を乗せる。

 

「パパァ。こいつ斬って良い?」

 

 路地の闇の奥からもう一人、少女が姿を現した。黒いドレスを身に纏った赤い目の少女。佐原が担当しているクラスの子たちと同じぐらいだろうか。背中に2本のバラニウムの小太刀が光沢を見せる。

 少女は物騒な台詞と物騒な武器を伴って現れたが、佐原は恐怖を感じなかった。むしろ、安堵して大きく息を吐く。

 

「なんだ。あんたら民警か。驚かさないでくれ」

「……」

 

 道化の男はしばらく黙る。仮面のせいで何を考えているのか分からない。

 

「君に渡したい情報がある」

「は?俺は酔っ払いのしがない小学校教諭だよ。お前も酔ってるのか?遊びか?」

 

 佐原は驚いた。いきなり民警から情報提供を受けるような身分になった覚えはないし、そこから東京エリアの存亡をかけた大事件に巻き込まれるようなドラマチックな展開なんて信じていない。

 

「君のクラスにガストレアウィルスの保菌者がいる」

 

 その言葉は、佐原を酔いから醒ますには十分すぎる劇薬だった。

 ガストレアウィルスの保菌者――それはガストレア予備軍であり、ある日突然、ガストレアになって破壊と殺戮の限りを尽くす。佐原はそう認識している。

 いつ爆発するか分からない爆弾をクラスで、いや学校が抱えていることを知られたら、保護者たちや教育委員会に何ていわれるか分からない。モンスターペアレントの巣窟になっているPTAなんて赤目を受け入れた我々を鬼か悪魔のように徹底的に糾弾するだろう。人格破綻コースの確定だ。

 

 

 

 

 ――――いや、排除すればいい。

 

 そうすれば、まだ大丈夫だ。

 

 赤目の事実を隠していた奴と保護者に責任転嫁すればいい。実際、あいつらが悪いんだ。

 

 赤目なんてモノリスの外側でガストレアと殺し合っていればいい。

 

 それぐらいにしか価値の無いバケモノだ。

 

 そんな奴らを人間の振りをさせて、学校に通わせるなんて。

 

 排除しないと。

 

 生徒たちをバケモノから守らないと。

 

 

 

 

 そうすれば、俺は多くの生徒をガストレアの脅威から未然に救った英雄になれる。

 

 

 

 

 

「その少女の名は、藍原延珠だ」

 




次回の過去編は原作でも多くの読者・視聴者の心を痛めたあの事件です。
そして、それを加害者として経験した壮助が歩んだ人生の物語です。
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