ポールダンスが出来るらしい。
我堂民間警備会社から「手配が完了した」と連絡が来たのは、30分後のことだった。おそらく日向姉妹を我堂へ運ぶために用意していたルートを使うのだろう。
小星ペア、壮助、鈴音、エールの5人は外周区近くに手配された高級ミニバンに乗り込むよう指示された。5人が乗ったのを寡黙な運転手が確認すると内地の道路を走行。警察の検問でも運転手と警察官が一言交わすだけで終わり、中を検められることはなかった。
これといった危機的状況に陥ることなく、6人はスムーズに本社に辿り着いた。運転手に車を任せ、常弘と朱理に連れられ、社長室へ続く廊下を歩く。
「社長。失礼します」
常弘は扉を開けた。彼は全員が社長室に入ったことを確認すると静かに扉を閉める。
ドアの隙間から見えた時から、そこが普通の空間でないと壮助、鈴音、エールは理解した。このフロアの半分は社長室なのだろう。走り回れるくらいの面積を誇っているが、執務用のデスク、応接用のテーブルとソファー、そして無造作に並べられた美術品によって狭く感じる。骨董品オタクのコレクション部屋のようだ。
入った瞬間、鈴音は左右を見渡し、「すごい」と小さく言葉を漏らす。
芸術や骨董のなんたるかを知らないエールですら、混沌とした空間に絶句する。
「ようこそ。我堂へ。姫君と忠義の騎士達」
最奥の社長席に我堂善宗が座っていた。彼はデスクの上に足を乗せ、手を頭の後ろに置いて天井を眺めていた。少し首を動かして壮助たちを一瞥する。ゴムで束ねただけの揺れる黒髪、無精髭、スーツの独特な着方、彼の流浪人のような風貌は客人が来たとしても変わらない。
3人は絶句し、常弘と朱理はため息を吐く。
セキリュティの関係上、民警会社の社長がメディアに姿を見せるのは珍しいため、どんな人間かは知らなかった。現場の民警たちや長正のように堅実な人間だと勝手にイメージを抱いていたが、実際はその真逆だったようだ。感性の尖った芸術家やデザイナーと言った方がしっくりくる。
善宗はデスクから足を下ろし、面倒くさそうに立ち上がる。
「外周区からの移動で疲れただろう。ソファーに座り給え。長話にもなりそうだからね」
善宗が手を伸ばす先には応接用の空間があった。
ローテーブルには「義搭壮助様」「日向鈴音様」「エール様」と書かれたカードが置かれており、それに従って3人がソファーに腰を掛ける。2人掛けのソファーに鈴音とエールが座り、1人掛けのソファーに壮助が座る形になる。
テーブルに常弘と朱理の名前はない。2人は応接用のスペースに行かず、善宗に歩み寄っていた。彼の前で姿勢を正すと常弘は口を開き、何かを語り掛けている。
「義塔くん。日向さん。無事で良かったです」
先客として座っていた松崎が声をかけてきた。
「心配かけました」
「森高さんと美樹さんは? 」
「まぁ色々あって危なかったっすけど、2人とも無事っす」
「それは良かった」
「アンタ。鈴音ちゃんと美樹ちゃんに変なことしてないでしょうね」
――と同じく先客の空子が詰め寄る。
「してねえし、んなこと出来る状況でもねえよ。やったら赤目ギャングのおっかねえリーダーにブチ殺されちまう」
返答しながら壮助は親指でエールをさす。空子はエールの顔を見る。外国交じりの美しい顔立ちに見惚れそうになるが、彼女が犯罪組織のリーダーであることを思い出してうっとりする心を払拭する。
「エールだ。とりあえず、敵じゃないと思ってくれればそれでいい」
「鈴音と美樹の昔馴染みって奴だ」
空子は一瞬、硬直した。内地に住む善良な市民である日向姉妹と外周区の赤目ギャングであるエールとの接点が見いだせなかったからだ。しかし、そこに「日向姉妹は呪われた子供である」という情報を付加すると、全てに合点がいった。
「あー……うん。分かった。今、何となく理解した」
空子は額を指でこねくり回した後、考えることを諦めて両手で顔を覆う。
「ねぇ。これ、華麗になんて説明すればいいの? 鈴音ちゃんと美樹ちゃんは赤目ギャングの友達に保護されて、外周区で暮らしていますって言えばいいの? 」
「ああ。伝えても構わないが警察にバレない範囲で頼む。電話とメールも無しだ。口頭で伝えてくれ」
「分かった」
「千奈流さん。すみません」と鈴音が頭を下げる。
「気にしなくていいよ~。ウチは義塔のバカのせいで警察に言えないあんなことやこんなことをたくさん抱えちゃっているから」
「サーセン」
背後でお茶を淹れる音を聞きながら、壮助達は各人の無事と2~3日ぶりの再会を喜ぶ。
「粗茶でございます」
背後から女性の声と共に綺麗な手が視界に入った。緑茶の入った湯呑が茶托と共に目の前に置かれる。
「あ、どうも……ッ! ! 」
壮助は口に含んだお茶を“彼女”の顔に噴き出しそうだった。それもその筈だ。今から約20時間前、貨物列車と沿線のビルを巻き込んだ大激闘の相手――壬生朝霞――が何食わぬ顔で茶を配っていたのだから。昨日の件が無かったとしても東京エリア№2のイニシエーターがお茶配りをしている光景は何とも言い難かった。
鈴音たちにもお茶を配る最中、朝霞も壮助がこっちを見ていることに気付いた。
「左腕の加減は如何でしょうか」
「え? ああ。これか。何ともねえよ。痛みもないし、1ヶ月もすれば骨もくっつくからな。強いて言えばギプスのせいで指が動かし辛いぐらいか? 」
全員に茶を配り終えると朝霞はテーブルに盆を置き、膝を曲げて床につける。
「昨日の件につきましては、こちらの手心が足りず大変申し訳ありませんでした」
両掌を地面に当て、壮助に対し深々と頭を下げる。目の前で手本のような綺麗な土下座をされ、壮助はたじろぐ。昨日の件で彼女を
「治療費がそっち持ちなら文句言わねえよ。慣れてるし。そういう仕事だし」
「寛大なご配慮を賜り、誠にありがとうございます」
「分かったからもう顔上げてくれ。見ているこっちが辛い」
朝霞は再び立ち上がると壮助に再び一礼すると松崎と空子の背後を通り、壮助からテーブルを挟んで対面にあるソファーの傍らに立つ。
「ここの席が埋まるなんて何年振りかな~。役者が揃った感があるよ」
朝霞が傍らに立つソファーには善宗が座っていた。足を組み、アームレストに肘を立てて頬杖をついている。彼の背後には朝霞と小星ペアが立っており、その様は武将と家臣のようだった。
「まだ自己紹介をしていなかったね。我堂民間警備会社・社長 我堂善宗だ。今後ともよろしく」
そう言って善宗は指で名刺を飛ばす。手品のように指から飛び立った名刺は手裏剣のように回転し、3人の手元に飛来。その受け取り方で各々の育ちが見えて来る。
善宗の視線が一番近くに座る鈴音に向けられる。
「君が日向鈴音ちゃんだね? テレビで活躍は見ているよ」
「あ、ありがとうございます」
「いやぁ~やっぱり本物は華があるね~。こんなタイミングでなければ、サインとかツーショットとかお願いしたいところだよ。この事件が終わったらお願いしてもいい? 」
「ええ。大丈夫ですよ。ただSNSへ上げる場合は一度、事務所と相談させて下さい」
鈴音はニコッと仮面のような笑顔を善宗に向ける。朱理の時もそうだったが、芸能人をしていると、こういうことを何度も経験するのだろう。その対応は丁寧かつ慣れていた。
続いて善宗の視線はエールに向けられる。
「君は、灰色の盾のエールちゃんで良いのかな? 」
「名前は知っていたけど、こんな別嬪さんとは思わなかったよ~。ウチで――「断るッ! ! 」
即答だった。
善宗は笑いながら額をパチンと叩き、天井を見上げる。
「たっは~。こりゃ手強いねぇ。朝霞ちゃ~ん。おじさんフラれちゃったよ~」
「当然の反応かと」
朝霞は置物のように瞼を閉じたまま、最低限の言葉で返答する。善宗の背後で常弘と朱理は頭を抱え、溜め息を吐く。何を言わんとしているのかは表情と仕草だけで伝わる。普段、この社長に3人がどれだけ振り回されているのか容易に窺えた。
「で、そこの君が義搭壮助くんだね」
一瞬で空気が変わった。
鈴音とエールを口説いていた時の軽々しい所作は鳴りを潜め、善宗は静かに鷹のように鋭い目で壮助を見据える。日向姉妹護衛の件で誰と交渉するべきなのかを既に理解しているのだ。その視線だけで彼が単なる女好きのおじさんでは無く、東京エリア最大の民警企業を作り上げた実力者であることを思い出させる。ただ見られただけで壮助は緊張し、周囲も2人の動向を見守る。
「我堂社長に知って頂けるとは光栄っすね」
「君はちょっとした有名人だからね。小星くん達から話を聞いているのもあるんだけど、それ以上に我堂の社長としても個人としても君には興味がある」
「我堂社長は男色の気をお持ちでしたか」
「冗談きついね~。おじさんはノーマルに女の子が大好きだよ」
鈴音が微かに善宗から身を引かせ、エールに詰め寄る。
「義塔くん。里見蓮太郎は強かったか? 」
壮助はさほど驚かなかった。里見事件は「自衛隊と空港に居合わせた民警が団結し蓮太郎を倒した」というのが公式発表であり、義搭ペアの関与は一切報道されていない。だが、聖居の情報封鎖が甘いのだろう。鈴音達が蓮太郎と壮助の繋がりを見つけたように独自の情報網を持つ我堂が自分に辿り着くのはそうおかしい話ではなかった。昨日の戦いで朝霞に機械化兵士の能力を見せているのも理由として大きい。影胤のそれと使い方は大きく異なるが、第三次関東会戦で戦場を共にした彼女なら壮助の能力がイマジナリーギミックであると見抜いていただろう。
――しらばっくれても無駄か。
「ええ。強かったっすよ。実力差があり過ぎて瞬殺されるぐらいでしたからね。そういうことなんで、話せることと言えば、
「ふぅん……。そっかぁ。それは残念だなぁ」
善宗はあっさりと引き下がった。壮助が嘘を吐いているのを見透かしているようだったが、初対面の関係でこれ以上のことは聞き出せないと判断したのだろう。蓮太郎に関して追及することは無かった。
「さて、本題に入ろうか。灰色の盾が日向姉妹を匿う君のプランなんだけど……」
そこから善宗の言葉が止まる。YESなのかNOなのか、そこにいる全員が固唾を飲んで解答を待つ。某クイズ番組の司会者のように神妙な顔で溜めて、溜めて、溜めて、溜めて、溜める。
「ウチとしては全然オッケー! ! 」
ひょうきんな解答に安堵すると同時に一気に力が抜ける。常弘に「我堂を口説いてみるか」と発破をけられた壮助としては今までの緊張は何だったのかと問いたいぐらいあっさりと事が進む。
「むしろ願ったり叶ったりだよ。ちょっとお金を出すだけであらゆるリスクを回避することが出来るからね。ちなみにお値段はおいくら万円? 」
「移動中に出した概算になるけど、こんな感じっす」
壮助はスマートフォンをポケットから取り出し、メモ帳アプリを開いて善宗に見せる。壮助は画面をスワイプさせて善宗に文面を見せていく。
「ちょっと高いな~。まぁ、でも別荘で鈴音ちゃん達を匿うリスクを考えたら安い買い物か。これ、ウチから出すお目付け役の生活費も入ってる? 」
「2~3人程度を想定して入れてあるっすよ」
「それなら納得。じゃあ、契約は成立ってことで――」
「いや、最後に一つだけ。確認したいことがあるんすよ」
壮助がスッとスマホを引き、善宗から離す。
「我堂社長。俺達に協力することで、アンタは何を得るんだ? 何が目的なんだ? 」
壮助の目が変わる。睨むように鋭く、周囲の雑多な美術品も人のことも無視し、ただ目の前の善宗を見据える。
「俺達の目的は鈴音と美樹の無実を証明して、この件を仕組んだ奴らをぶっ殺すことだ。金も栄誉も欲しけりゃくれてやる。だが、もし事件の
壮助の言葉で全員が気付く。善宗は何の為に動いているのか、その理由を一度たりとも話していない。彼にとっての利益と損失は何か、見返りとして求めるものは何か、動機は善意か、正義か、欲望かも分からない。
善宗が鼻で笑う。
「鈴音ちゃんを革命の
想定以上に長くなりましたので、前後編に分割しました。
サブタイトル「蟻のひと噛み」の意味についてはまた次回。
前回のアンケート結果
PS6新作ソフト「長正の野望」発売決定。誰を家臣にする?
(3) 自由奔放な傾奇者「善宗」
(15) 忠義に生きる女武者「朝霞」
(0) 美貌にして乗馬の名手「常弘」
(4) 農民上がりの奇策士「壮助」
(5) 南蛮から来た山賊王「エール」
まぁ、こういう結果になるだろうなとは思っていました。
(むしろ圧倒的一位じゃなかったら、朝霞ちゃんが泣く)
個人的には壮助とエールに票が入ったことに驚いています。
そして常弘ェ……。
まぁ、後々明かされる設定を考えたら、この中で一番長正の家臣として合わない人物なので妥当かもしれません。
次回「蟻のひと噛み 後編」
朝霞「大変申し訳ありませんでした」土下座
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許す
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許さんっ!!
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「……」(黙ったまま土下座を眺める)
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とりあえずこっちも土下座する。
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何でもするって言ったよね?(言ってない)