弓月に「私の服と兄貴の下着を一緒に洗わないで!!」って言われたら本気で凹む自信があるが、未だに言ってこないのでそれはそれで不安に思っているらしい。
義搭壮助が、西外周区の中心で
部屋は非常に重い空気になっていた。対面する詩乃と朝霞が睨み合い、両者の間で視線の火花がバチバチと瞬く。
事の発端は詩乃だ。昨日の戦いで壮助から朝霞に腕の骨を折られたことを聞いた彼女は静かに激昂し、会議室に入るや否や「この件が終わったら首の骨を折る」と朝霞に宣言したのだ。それを聞いた朝霞は売られた喧嘩を買い、今に至る。
「いや詩乃、落ち着けって。この件はもう謝ってくれたし、治療費も慰謝料も出るし、もう俺は許したから」
「壮助が許しても私が許してない。壮助を傷つけて良いのは私だけだから」
「なにその独占欲重い」
テーブルを挟んで壮助は詩乃を、対面では常弘と朱理が朝霞を宥めている。
「朝霞さん。落ち着こう。我堂最強がこんな安い喧嘩を買ったら駄目だよ」
「そうですよ。僕達、日向姉妹の護衛なんですから。今後に備えて無駄な争いは避けましょうよ」
「いいえ。これは我堂の沽券に関わる問題です。二度と野良犬に噛まれないよう決闘で格の違いを見せつけなければなりません」
――ああ、これプッツンしてる。
常弘と朱理は諦め、朝霞から遠ざかる。
普段の落ち着いた大和撫子然とした姿から想像できないが、壬生朝霞は激情家である。即決即断・人生のステータス極振りを良しとする我堂の気風に長く当てられたせいか、彼女は2021年生まれとは思えないくらい強情で頑固で短気で昔気質な人間に育ってしまった。
そして残念なことに力づくで彼女を止められる者はいない。
詩乃と朝霞の目が赤く煌めき、朝霞は得物の双刀を握る。詩乃は握り拳を作り、腕に血管を浮き上がらせる。パワー特化型イニシエーター同士の戦いだ。この部屋が跡形もなく消し飛ぶのは目に見えている。それを本能的に感じ取った灰色の盾のメンバー達は慄く。
「テメェら、いい加減にしろ」
部屋中に響くエールの声とテーブルの上に乗せられたブーツの振動で全員の視線が彼女に集まる。無論、詩乃と朝霞の「邪魔をするな」と言いたげな赤い瞳も向けられる。
「喧嘩をするなら他所でやれ。私らの家をぶっ壊されたら堪ったもんじゃねえ」
「じゃあ、敷地の外で戦えば良いんだね? 」
「では、敷地の外で戦えば良いんですね?」
「へ? 」
エールは遠回しに「やめろ」と言っていたつもりだったが、2人には通じなかったようだ。深く溜め息を吐くエール、頭を抱える壮助、愛想笑いをする常弘と朱理を尻目に詩乃と朝霞は窓を開けて、外に飛び出した。ここはマンション8階だが、呪われた子供である2人には着地に何ら問題の無い高さだ。
しばらくすると建物が崩れる轟音が聞こえて来た。次々と廃墟が倒壊していく怪獣映画のような光景に窓際に立つトオルは唖然としていた。
――え? 何あのバケモノ? ガストレアよりヤベーんだけど。
「トオル。窓を閉めろ」
「うっす」
ピシャリと外の音が聞こえなくなった。
「お前ら……苦労してるんだな」
「「「ご理解頂けると助かります」」」
*
西外周区の一角で灰色の盾№3 ミカンはバイクを走らせた。売人の居所と彼の隠れ家を特定出来たからだ。他のギャングチームとかち合わないよう緩衝地帯を通り抜ける。
辿り着いたのは2階建ての建物だ。大戦前はどこかの会社が使っていたのだろう。ガストレア大戦の戦火に塗れることなく、人に放棄されて朽ちるのを待つ家屋や建造物が西外周区には溢れている。
ミカンは相手から見えない位置にバイクを止める。得物の9mm拳銃がホルスターに入っていること、マガジンに弾が入っていることを確認すると音を立てず、小走りで入口前に向かう。
人が出入りしている気配がない。ドアに耳を当てるが物音も聞こえない。もしかして逃げられたかとも考える。何にせよ入らないことには答えが出ない。
ミカンは銃を構え、鍵のかかったドアを蹴破って突入した。銃を構えながら部屋全体を見渡す。内部はスッキリとしていた。普通なら得た金を隠す金庫や護身用の武器、売買の際に使用する包材が転がっている筈だが、見当たらない。
――尾行がバレて、逃げられたか?
まさかの失態を頭に舌打ちしそうになった時、床に流れる血が見えた。ミカンは警戒しながらゆっくりとカウンターの向こう側を覗く。
――遅かったか。
目標の売人が死んでいた。瞳孔が開いており、身体の周囲に血溜まりが出来ている。脈を診るまでもなかった。
死因は刺殺と言ったところだろうか。全身をアイスピックのようなもので突かれ、皮膚が肌色と赤色の水玉模様のようになっていた。骨も穿たれたのか、頭蓋骨が砕かれて顔が崩れている。服もマシンガンで撃たれたかのように穴だらけだ。10回や20回どころの話ではない。100回か200回は満遍なく刺されている。恨みを持った誰かの犯行だと思ったが、それでも傷の数と配置が尋常ではない。どこかの狂った赤目ギャングが死体を切断して作ったオブジェのようだ。
ミカンはまだ現場に残っているかもしれない殺人鬼に警戒しつつ、スマホでエールに連絡を入れる。
『ミカンか? どうした? 』
「先回りされたよ。こっちの売人はもう死んでる。ニッキーとアキナはどうだった? 」
『いや、あいつらも駄目だった』
電話口の向こうでエールは苦い表情をしているのだろう。口の端から漏れた舌打ちが聞こえた。
『ドールメーカーは? 』
「そっちもダメだ。クスリどころか金も見当たらない。多分、こいつら
電話の向こうでため息が聞こえた。
『分かった。バンタウに戻ってくれ』
「了解――と言いたいところなんだけど、車を寄越してくれないか? それと死体袋。こいつら妙な死に方をしている。倉田に傷とか調べさせたら何か分かるかもしれない」
『分かった。手配する』
「頼んだよ。ボス」
その後、ミカンは部屋の隅々まで探したが、殺人鬼も、ドールメーカーも、それに繋がるものも見つからなかった。
*
菫に姉妹の血液を届けた後、野暮用を済ませたティナは自宅マンションで一晩を過ごした。外周区のベッドが嫌になったからではない。この先の戦いで必要になるだろう武器を調達したかったからだ。
テレビをつけ、朝のニュースを聞きながらキャリーバッグとライフルケースに選んだ武器を入れていく。部屋にある全ての武器弾薬(東京エリア民警法違反レベル)を運べる訳ではないので、灰色の盾が使用する自衛隊や旧・在日米軍の流出品と互換性のあるものを選んでいく。
ティナのスマホに着信が入り、画面に「Dr Muroto」と名前が表示される。
「はい」
『ティナちゃん。まずいことになった。検査機を壊されたよ』
「そんなっ……」
姉妹の侵食率が証明されるまであと数時間のところだった。目の前に見えた希望を潰され、驚愕のあまり瞳孔が開く。武器調達なんかせず、徹夜で検査機を守っていれば良かったと今更ながら後悔した。
「あの、犯人は……」
『監視カメラに写っていた。抑制剤の治験のために入院していた赤目の子だったよ』
ガストレアウィルス抑制剤は世界中に広まっているが、今でもより強い抑制効果や侵食の停滞を目的に世界各国の研究機関が開発を進めている。勾田大学病院もその一つであり、治験のアルバイトとして数名の呪われた子供が入院(という名目で生活)している。
「その子は? 」
『検査機を壊した後、夜勤の研修医を殴り飛ばして敷地を出て行った。動機についてもさっぱりだ。担当医や看護師が『虫も殺せない優しい子だ』と口を揃えているからな』
菫と同様にティナもその子がどうして検査機を破壊し、逃走することを思い立ったのか分からなかった。最初から壊すために入院したのか、それとも金銭や人質で指示されたのか、どちらにせよ警察の捜査に任せるしかなかった。
「他の機関で検査をお願い出来たりしませんか? 」
『正直、厳しい所だ。ウチの検査機が壊されたせいで他の機関に検査の負担が回ることになる。そこに誰のものか明かせない秘密の血液を捻じ込むのは至難の業だろう。自分の人望の無さを恨む日が来るとは思わなかったよ』
「そう……ですか。死龍の血は大丈夫ですか? 」
『あれは別のキャンパスにある薬学部に移していたから無事だ。今、向こうで教授たちが分析を進めている。私もこの件の処理が終わったら合流するつもりだ』
「分かりました。引き続きお願いします。それと出来るなら警備を強化するか、民警をボディガードに雇ってください。そっちが狙われないとも限りませんから」
『ティナちゃんがこっちに来てくれるなら100人力なんだが……』
菫の要望にティナは沈黙で答える。今のティナには守りたい人がいる。自分達の戦いが間違いでも無意味でもないと教えてくれた少女たち、彼女達を死なせる訳にはいかなかった。
それを菫も察したのだろう。電話口の向こうで「ふっ」と笑ったのが聞こえた。
『分かった。それはこっちで何とかする。君は君が守りたい者のために戦いなさい』
「お心遣いありがとうございます」
『お礼は君を解剖する権利でどうかな』
「断固拒否するので失礼します」
ティナがスマホの通話を切ろうとした瞬間、『ちょっと待った』と菫が制止する。
『後で例の尻尾の分析結果をメールする。大したことは分かっていないが、暇な時に目を通してくれたまえ』
*
『――これで以上です。今からそちらに向かいますので迎えをお願いします』
「ああ。分かった。ありがとう。エールに伝えとく」
しんと静まり返ったバンタウの一室で壮助の声だけが聞こえる。全員が彼とティナの通話に耳を傾け、状況を見守る。しかし、表情と声色からして芳しい結果報告でないことは明白だった。
「駄目だ。検査機をぶっ壊された」
「クソッ! ! どこのどいつだ! ? 」
エールは憤りのあまり自身の大腿に拳をぶつける。彼女の怒声に灰色の盾のメンバー達が震えあがる。あまりの結果に美樹は泣き出しそうになる。
「大学病院に入院していた赤目の患者だそうだ。現在、行方不明。後は警察の捜査次第だ」
「チッ……完全に後手に回ってるじゃねえか」
「むしろ俺達が先手だったこと無いだろ。それに収穫が無かった訳じゃない」
壮助がスマホをポケットから取り出して操作した後、鈴音に画面を向けて渡す。
「司馬重工に依頼した検査結果が届いた」
日向鈴音:侵食率12.4% 日向美樹:侵食率6.6%
『備考:飲料水と混雑した容器から血液を抽出し実行。
4種の検査法を並列して行い、うち3種において、
科学的に信頼できる数値を得ることに成功した』
「じゃ、じゃあ……」
「厚労省の数字は確実にデタラメってことだ」
自分達は形象崩壊寸前である。この4日間抱き続けた恐怖から解放され、美樹は大粒の涙を流した。隣に座る鈴音に縋りつくと抱き寄せられ彼女の胸の中で泣く。その光景はまるで母にあやされる赤子のようだ。
その更に隣で常弘すらドン引きするレベルで朱理が涙や鼻水を流している。
ずっと不安を抱えていたのは壮助もエールも同じだった。外で朝霞と喧嘩している詩乃も同じ気持ちだろう。エールも安堵し、壮助も気が抜けてソファーの背もたれに身を落とす。
――この数字を然るべきところに見せれば、全部覆すことが出来る。
問題は
さて、どう立ち回ったものか……。
思案に暮れる壮助の脳裏にふと疑問が浮かび上がる。
――いや、待てよ。そもそも何で検査機を壊したんだ?
機械もシステムもセンターと同じものだ。
最初と同じように48%って数字を出して俺達を混乱させればいい。
大学病院の機械だと48%って数字を出せないからか?
センターとの違いは何だ?
そもそも48%なんて数字を出したのはどういうトリックなんだ?
*
≪ジェリーフィッシュを使う? 正気ですか? ≫
≪ナイトメアイーグルのロールアウトまで待てないというのが“上”の判断だ。現にあれはまだ生体パーツとのマッチングが終わっていない≫
≪ジェリーフィッシュは暴走して強制停止をかけたばかりです。再起動をかけても制御できる保証がありません≫
≪再度、人格洗浄を行え≫
≪これ以上は認識能力に影響を及ぼします。最悪の場合、敵味方の区別すらつけられなくなるかと……≫
≪スカーフェイスを処分した今、その点に問題はない。それに、これは“上”の決定だ≫
≪わ、分かりました≫
≪次は確実に人格を消せ。さもなくば……≫
≪し、『失敗者には死を』……≫
≪ああ。そうだ。よく分かっているじゃないか≫
オマケ 前回のアンケート結果
質問文:おや?誰かが着替えているようだ。覗きに行こう。
ランキング
1位 日向鈴音(8票)
さすが原作の名脇役 堂々の1位。
覗きがバレても「もう、駄目ですよ~」ってやんわりと注意してカーテンを閉める程度で済ませてくれそうなところも票獲得に貢献したかもしれません。
しかし、以下の4人(別名:鈴之音親衛隊)が全力で殺しに来るので一番残酷で苛烈な制裁が待っている。
2位 義搭壮助(6票)
1枠空いたからネタのつもりで入れたらまさかの2位。
うん。確かに「お前、なに覗いてんだよ」ってちょっと怒るだけで済みそうだし、詩乃ちゃんも「壮助のエロさに気付いたんだね。仕方ないよ」と許してくれそうですが、それでいいのか。アンケート結果。
もしかして拙作の読者様は女性やLGBTの方が多いのだろうか。
3位 エール (4票)
本作屈指のナイスバディが3位のランクイン。
(作者の脳内キャラデザでは)エロさとカッコよさを両立させたようなキャラなので魅了されてもおかしくない。しかし、バレた時の制裁シーンを読んだ上で票を入れた読者様は些か下半身の欲求に正直すぎるのではなかろうか。
4位 森高詩乃 (3票)
顔と体型が良くても愛と怒りと悲しみのシャイニング路線バスソードを振り下ろすヒロインに需要は無かったか……。
5位 日向美樹 (2票)
ヒロインムーブまでかましたのに最下位となったボーイッシュ巨乳アスリート妹。
姉とはどこで差がついたのか。慢心、環境の違い。
次回「第五の賢人」
喧嘩はどっちが勝った?
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朝霞
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詩乃
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引き分け