8月17日
スカーフェイスによるイクステトラ襲撃事件から一週間、未織と職員たちは事後処理に追われていた。数十台の車と共に消炭となった地下駐車場、コンソール一つまともに動かないオペレーションルーム、武装ドローンの残骸で足の踏み場が無い廊下、天井が崩落して未だに瓦礫が残るフロント、弾痕が残るサーバールーム、etc……と施設の復旧に頭を抱えながら、日向姉妹に関する隠蔽工作、警察とマスコミへの対応、関係各所への説明、事件で亡くなった警備員や職員の遺族に対する補償などもしなければならなかった。
「はぁ~。ようやく一息つけるなぁ。マスコミの皆はんも容赦あらへんわ」
未織は局長室の椅子に腰を落とした。下半身の力を抜き、上半身を背もたれに預ける。
付き人して同行していた小此木はバッグを応接用ソファーの上に置く。
「局長。無理しないで下さい。肋骨にヒビが入っているんですから」
イクステトラでスカーフェイスのメンバーに銃床で殴られた際、未織は着物の下に仕込んでいた防弾繊維で衝撃を緩和した。しかし事件の後に違和感を覚え、病院でレントゲンを撮ったところ、右側の肋骨2本にヒビが入っていたことが判明したのだ。彼女の服の下には肋骨を固定するためのバストバンドが巻かれいる。
「でも、
「ええ。イクステトラどころか、司馬重工が終わりますからね」
節操のない刑事か記者でも来たのだろうか、ドアの向こう側から人を止めようとする職員たちの声が聞こえる。相手がすんなり引き下がったのか、職員たちを黙らせる何かを予定外の来客は持って来たのか、次第に声は少なくなっていく。
そして、ノックされることなく局長室のドアノブが回った。
「やあ。思った以上に元気そうで良かったよ」
185cmほどの引き締まった身体と精悍な顔立ちを持つ男が入って来た。オシャレ坊主の頭と喪服姿は体こそ粛々としているものの自信に満ち溢れ、キザな雰囲気は隠れていない。
彼を見た瞬間、未織と小此木は心がざわついた。外の職員たちが騒然とするのも分かる。
博多黒膂石重工 最高経営責任者
博多エリア軍需産業の重鎮が来客だったからだ。
「あら。芹沢はん。ようこそ。
「来て早々に酷い扱いだなぁ。せっかくお土産も持って来たと言うのに」
遊馬は手を上げて黄色いひよこがデザインされた紙袋を見せると、それを断ることもなく応接用テーブルの上に置く。
「勿論、ひよこの形をした饅頭だけじゃないさ」
遊馬はチラリと小此木を一瞥する。それから口を開こうとしない。彼の意図を未織は嫌々ながら察した。「ちょっと席を外してくれへん? 」と小此木にお願いし、不服な顔を浮かべながら局長室を去る彼を見届ける。
「悪いことをしたかな? 」
「そう思うなら、用件は手短におたのもうします」
遊馬は襟を正し、未織を揶揄ってにやけていた表情を消して、真剣な面持ちになる。
「この度、亡くなられた方々について、博多黒膂石重工を代表しお悔やみ申し上げます。またこのような事態を作り上げてしまった責任として、ここの修繕費用および遺族への補償につきましては、全て弊社で負担させて頂く旨をお伝えいたします」
深々と頭を下げる遊馬に未織は面食らった。初対面の時から保たれていた女好きの軽い人というイメージが拭われる。同時に「事態を作り上げてしまった」という衝撃的すぎるワードが彼女を混乱させる。
同時にどうしようもない怒りが湧き上がる。莫大な投資をかけて作った施設を破壊され、十数名の死者を出したあの事件を目の前の男が作り上げた。懐から司馬流武術で使う鉄扇を出して広げ、歪む形相の半分を隠す。
「どないな理由や? 事と次第によってはタダでは済まさへんよ? 」
今にも司馬流武術をお見舞いされそうな雰囲気だったが、遊馬は余裕のある態度を崩さない。それどころか、大きく溜め息を吐いて肩を落とした。
「一つ誤解しないで欲しいが、あれを
「五翔会……残党? 」
「ああ。五翔会という組織はもう存在しない。彼らは醜い内部争いを繰り広げた後、滅んだ。今回の事件を引き起こしたのは死に損なった残りカスさ」
機械化兵士という強力な武器を持ち、政財界に深く根差す秘密結社――五翔会、この数年間、影も形も見せなかった彼らの結末を遊馬は“
未織は鉄扇を閉じ、懐に戻す。遊馬の言葉を完全に信じた訳ではないが、少なくとも目の前の男が黒幕である可能性は低いと推測する。わざわざ自分たちの関与を未織に話すメリットが思い浮かばなかったからだ。
司馬重工と博多黒膂石重工が協力関係を結び、彼とは電話やメールでやり取りする機会が増えた。軽々しくいけ好かない男だが、つまらない嘘を吐くような人間ではないと知っていたことも鉄扇を戻した一因だった。
「まず、五翔会の始まりから話そう。今から90年前の話だ。日本は第二次世界大戦で敗北し、
「財閥解体やろう?
「共産主義勢力の拡大と朝鮮戦争の勃発、それによるGHQの
「それが……五翔会」
第三次世界大戦に備えた旧財閥絡みの地下組織。未織は祖父から大昔の都市伝説として聞かされたことがある。くだらない都市伝説だと思っていたが、それが五翔会という形で現実世界に存在していたとは思いもしなかった。
「第二次世界大戦の終結から76年、日本が世界屈指の経済大国となり、日本人は戦争を忘れていったが、彼らは己の本分を忘れず、第三次世界大戦を待った」
しかし、起きたのは第三次世界大戦ではなく、ガストレア大戦だった。
ガストレアは脅威だった。彼らはその世界に出現しただけで人類のパワーバランスを崩壊させ、タガが外れたように「衝突」が勃発した。
アメリカは世界中に駐留する軍を本土に撤退させたことで国際的な信用を地に墜とし、「世界の警察」から「世界の裏切り者」となった。
中国は
ロシアは反政府活動が活発化したことで政府は反政府テロ、ガストレア両方の対応に追われることになった。
日本も政府決定の遅さに自衛隊が業を煮やし、シビリアンコントロールが崩壊。政府を無視して自衛隊がエリアの選定と構築を主導した。
日本と世界が傷付き、既存の体制が崩壊した時代は五翔会にとってチャンスだった。
エリアの選定と構築を主導した自衛隊は旧日本軍の反省から、エリアの三権(立法・行政・司法)を握ることに消極的だった。その政治的空白を埋めようと乗り出したのが五翔会だった。初動こそ失敗したものの彼らは正当な選挙で、時には暗殺で大阪エリアと札幌エリアの実権を握った。
ある男がいた。
彼はガストレア大戦でアメリカの裏切り、責任の所在を理由に動かない日本政府、無力な自衛隊に絶望し、五翔会のスカウトマンに誘われて構成員になった。
“ガストレア大戦はまだ終わっていない。我々の手で日本を勝利させ、真の強国にしよう”
スカウトマンは、そういう謳い文句で五翔会に誘い、彼は五翔会の構成員“グリニングフォックス”となった。数々の現場で暗躍し、スパイとして非常に優秀だった彼の五芒星にはとんとん拍子に翼がつけられていった。
翼が増えれば増えるほど開示される情報と与えられる権限が増えていった。
そして、グリニングフォックスは知ってしまった。
五翔会は日本の未来を託すに値しない。むしろ滅ぼすべき存在だ――ということに。
組織にも寿命があるのだろう。数十年の待ち時間の間に五翔会は肥え、老い、衰え、腐敗していた。一枚羽根や二枚羽根といった下々は組織の掲げる理想に忠誠を誓ったが、それより上の者達は私腹を肥やし、“自分達”が支配者になることしか考えていなかった。その為なら日本と日本人を犠牲にすることを厭わなかった。
以前から構成員に“死”を強要する組織に疑問を抱いていたグリニングフォックスにとって、それは五翔会に絶望する決定打となった。
“真の敵は五翔会にあり”
全てを知った彼はすぐに行動に移った。開示された情報と与えられた権限、そして五翔会の外側の人脈を駆使し、五翔会を徹底的に潰すことにした。
上が隠していた情報を下に開示することで組織を“支配者”と“被支配者”に分裂させ、対立させた。その混乱の中で資産や更に隠されていた情報を奪取。外部の人脈を用いて、五枚羽根である紫垣仙一や斉武宗玄、機械化兵士を提供していたアルブレヒト・グリューネワルト、エイン・ランドを暗殺した。それ以外の五枚羽根も、四枚羽根も、その尽くを殺戮した。
全てが上手くいった訳ではなかった。そこには悲劇もあり、犠牲もあったが、グリニングフォックスは五翔会を壊滅させることに成功した。
五翔会の資産はグリニングフォックスとその協力者に吸収され、それ以外は五翔会残党として、“新組織”に追われることとなった。
遊馬が五翔会の始まりから顛末を語り終えると、未織は自分で淹れたデスクの茶を啜る。
「まるで自分が見聞きしたかのように詳しゅうなぁ」
「それもそうさ」
未織の耳に届く布の擦れる音、遊馬が喪服の上着を脱ぎ、下のカッターシャツの袖を捲る。未織に見せつけた前腕には、×印で潰された五芒星と四枚の羽根の刺青が彫られていた。
「グリニングフォックスは私のことだからだ」
「やっぱり……」
博多黒膂石重工の次世代バラニウム兵器を見た時から、未織はそれが新人類創造計画・新世界創造計画の後継、またはそのテクノロジーを流用したものだと見抜いていた。そこから博多黒膂石重工と五翔会の繋がりを想像するのはそう難しい話ではなかった。
「一つ……いや、二つ聞かせてもろうてもええ? 」
「構わない」
未織が睨み、遊馬は気付きながらも爽やかに答える。
「6年前に里見ちゃんを苦しめた事件、あれに芹沢はんは関わっとったん? 」
「当時は札幌エリアを中心に活動していた。その件も計画段階から知ってはいたが、阻止はしなかった。まだ組織に忠実な男を演じる必要があったのでね」
「半年前のガストレアテロ、芹沢はんは『五翔会残党の炙り出し』が目的って言うとったけど、この事件も想定内やったん? 」
「連中が何かしらのアクションを起こすのは分かっていた。それを狙ったテロでもあったしね。犠牲者が出る前に連中を潰しておきたかったが、こうなってしまって
バシィ!!
未織の掌が遊馬の頬を打った。その衝撃で彼の首は明後日の方向に向き、頬が赤く腫れる。
「何が
遊馬は叩かれた頬をさすりながら視線を未織に戻す。
「勿論、言葉だけで済ませるつもりは無い。彼らを焚き付けた責任は取る」
「ほな、それが空言ちゃうこと証明してもろか」
未織はもう一発彼を殴りたかったが、怒りをぐっと抑えた。
腕と脚を組み、局長席にふんぞり返る。彼女の体重が一気にのしかかり、チェアのサスペンションが一瞬、軋む音を立てた。
「この件を仕組んだのはどこのどいつや? 」
「恥ずかしい話だが、我々も掴めていない」
「はぁ? 」
「4~5年前、我々は東京エリアの五翔会に戦争をふっかけた。他の4エリアを潰した我々と東京に集まった敗残兵、結果は火を見るよりも明らかだった。我々は五翔会の資産を奪い、人員は取り込んだ。だが、掃除は不完全に終わった」
「不完全? 」と未織は繰り返す。
「五翔会にとって東京エリアは要所だったんだろう。情報管理が他のエリアとは比べ物にならないくらい徹底されていた。お陰で我々は幾つかのセクションの存在に気付かないまま戦争をふっかけてしまった。残党に気づいたのは全てが終わった後だったよ」
ここで事態が一気に進展すると期待していた未織は大きく溜め息を吐く。遊馬にもはっきりと落胆が聞こえるように。負い目からか遊馬はそれを諫めず、やれやれと肩を竦める。
「期待に添えなくて悪かったね。代わりと言ってはなんだが、これを君に」
遊馬はポケットからUSBメモリー出すとそれを未織に手渡す。
未織は訝しげな顔を浮かべながらUSBを受け取ると、ノートパソコンのUSBポートに挿し込んだ。ディスプレイにウィンドウが開き、3つのファイルが現れた。
「今から4年前、五翔会残党の手によって博多黒膂石重工から機械化兵士の装備が盗まれた。コードネームは『
未織が「Parasite」のファイルを開くと見慣れた装備が目に映った。――死龍の尾だ。光学迷彩、電磁加速砲、熱切断ブレード、尾の単独行動、遠隔操作、etc……と武装や機能が積載量オーバーしていたように図面もゴチャゴチャとしていた。1ファイルにつき数百ページある設計書に工学、物理学、数学、生物学の奥深い専門知識が盛り込まれている。数十人の専門家を集めないと理解できないそれを未織は一人で読み進めていく。彼女は内容を理解したのか時折「これとこれ繋げるんやな」「その発想はなかったわ」「は? これ効率悪ない? 」と声を挙げる。
ほったらかしにされた遊馬は上がる口角を手で隠す。しかし、目はそれを隠せなかった。
――恐ろしいな。もう理解したのか。
さすが、グリューネワルト
司馬未織。君が作る機械化兵士がどんなものになるか楽しみだよ。
「ああああああああああああああ! ! 」
未織が叫んだ。ノートパソコンを持って立ち上がり、その勢いでケーブルが抜ける。直後、顔面蒼白となった未織は全身の力が抜け、腰はチェアへ、顔はデスクへと落ちる。
遊馬は彼女の奇行の意味が分からなかったが、「天才というのはそういうものだろう」と自身の中で納得させた。
「ヤバい……。この出力やったら、
いつか、「贖罪の仮面」時空におけるガバガバ世界情勢をみっちり語りたい。
前回のアンケート結果
質問:喧嘩はどっちが勝った?
回答
(7) 朝霞
(8) 詩乃
(19) 引き分け
同じパワー型ですが、詩乃は対ガストレアに有利なパワー特化型、朝霞は単純なパワーなら詩乃に劣るもののスピードもテクニックも兼ね備えたバランス型になります。自分の強みを生かせる状況を作れるかどうかが勝利の鍵ですね。
どっちが勝っても周囲の被害は甚大必至ですが。
次回「理性なき蟲霧」
君は失言を放ち、未織さんにビンタされた。その内容は?
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雰囲気が大阪のオバちゃんみたいですよね
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和服の下は何もつけてないんですか?
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里見蓮太郎×天童木更はベストカップル
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聖天子様とタメなの?もっと上だと思った
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やーい!親の七光り~!!