ブラック・ブレット 贖罪の仮面   作:ジェイソン13

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・義搭壮助のウワサ
近所の赤目ギャングに指名手配されているらしい。


タウルスの遺産

 東京エリアの高速道路を黒塗りのカローラが走る。

 ふわりと広がるセミロングの明るい髪に左目の泣き黒子が特徴の女性が運転席でハンドルを握る。きつい目付きと鋭い視線を前に向けるが、ふとした時に助手席に目を向ける。彼女に背を向け、頬杖をついて外を眺める遊馬の姿があった。彼は上機嫌のようで時折、大戦前の懐かしい曲が聞こえる。

 

「その調子だとナンパは成功したみたいですね」

 

「顔を平手打ちされたけどね」

 

「良いザマです」

 

 運転席の女が鼻で笑う。

 

周船寺(すせんじ)ちゃん。クビにされたい? 」

 

「それパワハラですよ。出るとこ出て慰謝料たくさん貰いますね」

 

「前言撤回。君は手放すに惜しい優秀な部下だよ。これからもよろしく頼む」

 

「それじゃあ給料の値上げお願いしますね」

 

「検討する」

 

 遊馬のポケットの中で一瞬、スマホが振動する。遊馬はポケットから取り出し、画面をタップして起動させる。暗い車内で彼の顔だけが画面のライトで明るくなる。

 何か吉報が来たのだろうか、それを見た彼はふふっと鼻で笑った。

 

「諜報部からだ。ジェリーフィッシュが倒されたそうだよ」

 

「自衛隊が介入してきたのですか? 」

 

「いや、現地の民警と赤目ギャングが倒したそうだ。最終的には司馬重工と自衛隊がパーツを回収したようだけどね」

 

「とりあえず、一安心といったところですね」

 

「そうもいかないさ。治外法権の外周区とはいえ、ジェリーフィッシュは数百人規模の死傷者を出している。我々があれの管理責任を問われるのも時間の問題だろう」

 

「殺したのってEP加速砲が主な要因ですよね? ウチのドローンも加担していますけど」

 

「あの女狐、ジェリーフィッシュを倒すついでにEP加速砲を消滅させているんだ。外部に装着されていた司馬重工製のパーツを抹消して、責任をこっちに押し付ける魂胆だぞ。あー恐ろしい恐ろしい。あれは旦那をケツに敷くタイプだ」

 

 ジョークを吐き捨てると、遊馬は大きく溜め息を吐き、背もたれに身を預ける。

 

「前回のようなヘマはしたくない。今度こそ五翔会を徹底的に潰すぞ

 

 先程と声色が違った。周船寺はハンドルを強く握りしめる。遊馬と同様に彼女も五翔会には少なからず憎しみを抱いている。「五翔会を徹底的に潰す」という言葉にはそれほどの重みがあった。

 

「もしもに備えて()()を用意しておいてくれ。調教の成果も試しておきたい」

 

「……分かりました」

 

 一通り支持を出し終えた後、遊馬は深く息を吐き、肩を落とす。

 

 ――それにしても、()()()()()()()ジェリーフィッシュを出すとはな……。連中は一体、何を焦っているんだ?

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

「「はぁ~生き返る~」」

 

 バンタウの中庭で壮助と詩乃はキンキンに冷えたコーラを喉に流す。真夏の太陽の下で炭酸の刺激と共に乾きが癒される。ジェリーフィッシュとの戦いが終わり、バンタウに戻った一行を迎えたのは鈴音と美樹だった。2人は球場のビアガールのようにクーラーボックスを抱え、一人一人にジュースを配っていく。降りかかった火の粉を払っただけで何の報酬も得られない戦いだったが、2人の眩しい笑顔と冷えたコーラのお陰で全てを許してしまうことが出来る。

 

 ――あの2人の旦那さんは世界一の幸せ者になるだろうな。

 

 壮助は先に飲み干すと立ち上がり、空のボトルをゴミ箱に投げ入れる。ジュースを配り終えてベンチに腰掛ける姉妹の下に歩み寄った。

 

「お疲れさん。クーラーボックス(それ)重かっただろ」

 

「大したことないです。私こそ守られてばかりで何もお礼できないですし」

 

「大丈夫、大丈夫。元アスリート舐めないでよ」

 

 鈴音は頬に汗を流しながらいつもの木漏れ日のような笑顔を向け、美樹は真夏の太陽のような笑顔と共に片腕でガッツポーズを作る。

 姉妹のそれが無理をして作っているものだと誰が見ても気付くだろう。イクステトラの戦いでは司馬重工の職員たちと再会したばかりの昔馴染みが惨死した。マーケットでは数百人の他人が自分達の巻き添えを食らい犠牲になった。そもそもの始まりからして、2人は両親を目の前で殺されている。自分達が助けられている裏で大切な人や見知らぬ大勢が傷付いている。2人はその状況下で胡坐をかける人間ではなかった。

 壮助が見抜いていると悟った美樹は上げた拳を下ろし、作り笑顔を崩して視線を伏せる。

 

「『気にすんな』とは言わねえけどさ……気にしすぎるな。死んだ奴らのことを想うのは勝手だが、その()()()()をつけるのはお前達じゃない。俺達の敵だ」

 

 死も殺人も身近だった壮助に言葉は思い浮かばなかった。何て声をかければいいのか分からなかった。だが、何も言わない訳にはいかなかった。出て来たのは敵に対する己の怒りが混ざった不器用な慰めだった。

 廃虚の隙間を通り抜ける風音だけが聞こえる。姉妹からの反応がない。滑ったのかと思い恥ずかしくなった壮助は顔を逸らす。

 

「あの……1本余ってますけど、いります?」

 

「……ありがと」

 

 壮助は鈴音からクーラーボックスから出されたジュースを受け取る。キャップを回すと炭酸が抜ける音がした。1本目のようにボトルを逆さにして豪快な飲み方はせず、ちびちびと静かに口に入れる。何か別の話題を頭の中で探しながら――。

 

「あー。そういや、さっき未織さんに会ったよ」

 

「蜃気楼でも見ました? 」

 

「疲れてるんじゃない? 寝たら? 」

 

 毒のある返答をされて壮助は肩の力が抜ける。

 

「ガチだよ。自衛隊を呼んで、あの空飛ぶモノリスを回収の手配をしてくれた。あと、警察が例の検査結果を認めたことも教えてくれた」

 

 未織から伝えられたことをそのまま姉妹に伝える。警察に追われなくて済むと思った美樹は表情が明るくなるが、「一部しか知らされていない」「公表できない」と聞かされると途端に落ち込んだ。

 

「そうなんですね」

 

「まぁ、仕方ないよね……」

 

「けど、悪い話じゃない。警察の一部をこちら側につけられたなら、調べ物が格段にやりやすくなる。厚労省の人間を動かせるようになれば、内部からシステムの調査も進められる。()()()は近いかもしれないな」

 

 それは姉妹を安心させる希望的観測だった。壮助はそう簡単に事は進まないと予想している。それを実行するには「警察と厚労省が自分達の過ちを認める」という前提条件が壁として立ちはだかっているからだ。

 警察は大戦前から組織ぐるみの不祥事が取り沙汰されてきた。ガストレア大戦以降、警察は法の縛りが少ない民警に現場を荒らされ、強すぎて手に負えない赤目ギャングに辛酸をなめさせられている。その影響で法を後ろ盾にした権威と権力に対する執着は大戦前より強くなっており、組織的な不祥事も増加している。最悪、この件を握り潰されて「東京エリアの平和と安寧のために死んでくれ」なんてことになりかねない。それは、()()()()()()()()()()()()

 

 ――連中を貶めないシナリオを用意しなきゃ駄目か……。

 

 壮助は「さてどうしたものか」と腕を組み呻る。もう彼の中に「警察と厚労省が素直に認める」というシナリオは無い。それは念のための用心からではなかった。

 

 

 バンッ! !

 

 

 突然、大きく音を立てて扉が開いた。全員の心臓が跳ね上がり、視線がドアに集中する。

 中から灰色の盾のサブリーダー、ナオが姿を現す。セットが崩れた髪は桃色の滝と化し、隙間からもう何日徹夜したのか推し測れないクマの出来た目が垣間見える。

 彼女は拳を握り、睨みながらズカズカと壮助の目の前まで闊歩する。彼からコーラのボトルを奪うと間接キスなど気にすることなく、天を仰ぎ、ボトルを逆さにして炭酸飲料を喉に流し込む。そして、雄叫びを上げて空のボトルを地面に叩き付けた。

 

「だ、大丈夫か? 」

 

 ナオにSDカードを突き付けられ、壮助はそれを黙って手に取る。

 

「死龍が持ってたデータ、ロックを解除したよ。閲覧できるようにしたから」

 

「マジか。助かった」

 

「じゃあ、私は寝る。今度こそ寝る。次叩き起こしたら、どこの誰だろうと絶対に殺す。エールなら尚更ぶっ殺してやるぅ! ! 」

 

 寝不足とエールのワンマン経営ブラック企業ムーブに対する怒りで彼女の目は血走っていた。今なら本当に自分のボスを殺して下剋上をかましかねなかった。

 

 

 

 *

 

 

 

 SDカードに入っていたデータには、「タウルスの遺産」と名前がつけられていた。10ページほどの文章――その節々に白い粉末の写真、何かのデータを示す図とグラフ、顕微鏡で撮影した画像、複数のベンゼン環が繋がった化学構造式、英字論文の引用が散りばめられていた。

 バンタウのいつもの部屋に集まり、カーテンを閉め切り、ノートPCと繋いだプロジェクターで壁にディスプレイを投影する。映画鑑賞のように全員がスクリーンを眺める。

 ファイル名を告げられてから、全員の頭の中である存在が浮かび上がっていた。

 

「ステージVガストレア 金牛宮(タウルス)

 

 ティナがその名を呟いた。

 

 金牛宮(タウルス)――16年前に出現し世界を滅ぼした11体のステージV(ゾディアック)ガストレアの1体だ。山をも越える巨体とモノリスの磁場を受けない性質を持ち、多数のガストレアを統率する能力を持っていた。10のエリアがタウルスとその軍団によって滅ぼされたが、今から7~8年ほど前、序列第1位のイニシエーターに倒され、蹂躙の歴史は終焉を迎えた。

 タウルスが倒されて数年が経ち、同種の個体も出現していないが、その生態は現在も研究の対象となっている。ガストレアはステージが高くなるにつれて単独行動を取るようになる。ステージⅢ以降になるとDNAの書き換えがより複雑かつ独創的なものになっていき、ステージⅣになると同種と呼べる個体が誕生する確率は天文学的数字となる。生殖能力も失っていくため親や子孫といった繋がりも生まれなくなり、仲間意識や社会性といったものが彼らの脳から消えていく。その中でタウルス、そして第三次関東会戦を引き起こしたアルデバランの生態は稀少だった。

 

「そういうことかよ……。ったく、死んだ後も迷惑な野郎だな」

 

「これがドールメーカーのことなら、行方不明の子たちはもう……」

 

 常弘は今にも泣き出しそうな声を噛み殺す。

 部屋にいたティナ、朝霞、エールをはじめとした灰色の盾の面々も納得した表情を見せる。

「あの……」と囁く声で鈴音が挙手する。

 

「話が見えてこないんですが……」

 

「私ら一般ピーポーにも説明してよ」と美樹も便乗する。

 

「義塔。説明してやれ」

 

 エールから直々に指名が入る。

 

 ――俺、いつの間にかこいつらの教育係にされてねえか?

 

 壮助は面倒くさそうに頭をかくと、姉妹に視線を向けた。

 

「タウルスのことは説明しなくても大丈夫だよな? 軍団を作っていたことも」

 

「さすがにそれくらいは分かるよ。教科書に載ってるぐらいだし。ね? 姉ちゃん」

 

「……」

 

 鈴音が無言のまま壮助と美樹から目を逸らす。この時、2人は鈴音の学業が芳しくないことを思い出した。常弘と朱理、ティナは「ははは……」と愛想笑いし、エールは呆れて頬杖から頭を落とす。朝霞はコメントに困り、目を閉じて置物モードになる。

 

「まぁ、とりあえずザックリ話すぞ」

 

 壮助は鈴音にタウルスの説明をする。彼女にも分かり易くかつ身近な問題だと感じてもらうようにタウルスの右腕的存在であり第三次関東会戦の発端となったアルデバランのことも交えて説明した。

 

「――で、どうやってタウルスは数万のガストレアを統率していたのかと言うと、“あれ”が答えだ」

 

 壮助が壁を指さす。そこにはプロジェクターで投影された白い粉末“ドールメーカー”が映し出されていた。

 

「タウルスは体内で独自の覚醒剤を生成する器官を持っていたんだ。それを大気中に散布することで周囲のガストレアを自分に依存させ、駒にしてきた」

 

「じゃあ、ドールメーカーって……」

 

「これを読む限りだと、タウルスの覚醒剤を解析し、それをベースに作り上げた新種の薬物ってところだな」

 

 説明を終え、壮助は再び画面に目を戻す。ミカンがマウスを操作し、全員の視線や読むスピードに気を配りながら画面をスクロールさせる。

 ある植物が画面に映った。そこにいる誰もが「綺麗」だという印象を持った。形状としてはユリやアサガオに近い。花弁は1枚1枚が別々の色をしており、虹色の傘のようになっている。茎は螺旋状にねじれ、ところどころから出ている粘液が土を濡らしている。

 

「何だこれ? 植物……だよな? 」

 

 全員が絶句する中、壮助は画像の下にある文章に目を向ける。

 

「タウルス・チルドレン(仮名)」という日本語と、その隣に斜体の英語が表記されていた。和名と学名だろう。本文を読み進めると「タウルスのDNAを組み込んだことで奇跡的にタウルスの遺産の生産が可能になった」という一文が見られた。

 

「これ『リエン』のところにあったな」

 

 黙ってPCを操作していたミカンの発言に全員の注目が集まる。敵に繋がる重要な手掛かりを軽く呟かれたのだ。驚かずにはいられなかった。とりわけ壮助の驚愕は飛び抜けて目立っていた。その傍らでエールだけは舌打ちをして視線を逸らした。

 

「ま、まさかリエンって『ガーデン』のリエンか? 」

 

「ああ」

 

 壮助の問いかけにミカンは最低限の口数で応える。彼女の返答を聞いた瞬間、椅子から滑り落ちそうになった。

 

「リエンさんって何をされている方なんですか? 」

 

 スマホで調べ事をしていたティナの視線が壮助に向けられる。それに答えようと口を開いた瞬間、割り込むようにエールが吐き捨てた。

 

 

 

 

「赤目に身体を売らせて、金儲けしているクソ女さ」




第二回 ブラブレ短編杯 開催決定


・ガストレアがポケモンになった世界
・戦闘機VSガストレアの本格小説
・世紀末すぎる博多エリアと民警掲示板
・木更からAVを隠そうとする蓮太郎

などの迷作が誕生しブラブレファンを困惑させたあの祭典が再び開催されます。

原作、コミカライズ版時空、FAQ時空、IF時空、原作ギャグ時空、完全なオリキャラのみ、台本形式、掲示板形式、BL、百合、TS……ブラック・ブレットであれば、なんでもOK!!(ハーメルンの規約は守ってね)

開催日時:4月28日0時投稿開始

詳細は「天童一族の養子として転生したけど技名覚えられなくて破門された。」の作者「紅銀紅葉」さんの活動報告をご覧ください。
詳細はこちら


・前回のアンケート結果

保脇(ジェリーフィッシュ)「6年前にタイムスリップして聖天子様を守って僕の嫁にする!!」←どうなった?

 (3) なんやかんやでティナ(10歳)に負ける
 (3) 蓮太郎に敵と間違われて倒される
→(7) 聖天子様に「生理的に無理」と拒絶される
→(6) 自衛隊に所属不明機として撃ち落とされる
→(6) 脳がバグって目的を忘れる

ジェリーフィッシュはタイムトンネルを潜り抜けた影響で脳がバグってしまい、自分が6年前に来た目的を忘れてしまった。とりあえず空中でブラブラしていると自衛隊のレーダーに捕捉され、所属不明機としてミサイルで撃墜されてしまう。何とか本体だけは生き延びて聖居に向かうと、6年前の自分が聖室護衛隊員たちを使いクソダサ楽曲とダンスを添えたフラッシュモブ告白を聖天子様にかましていた。
しかし、「ごめんなさい。生理的に無理です」と大勢の前で盛大にフラれてしまった。
そして、ダブル保脇は脳が壊れ、頭の病院の住人になった。
ティナはなんやかんや蓮太郎に負けて天童民間警備会社に雇われた。


次回「美しく穢れた楽園」

あっ!真夏の太陽の下で女の子がキンキンに冷えたコーラを配ってるよ!誰から貰う?

  • 鈴音
  • 美樹
  • 詩乃
  • ティナ
  • 朝霞
  • 朱理
  • エール
  • ナオ
  • ミカン

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