ハンドルを握って一定の速度を超えると人格が変わるらしい。
義搭壮助が井上清二と初めて会ったのは小学校一年生の時だった。体育の授業を切っ掛けに交流を持つようになり、気が付くと間島を含めた三人で遊ぶようになっていた。彼の家族、ガストレア、呪われた子供の話題をしなければ、時に仲良く時に喧嘩する良い友達だった。
藍原延珠が呪われた子供だと発覚するあの日までは――
「
清二は作業着に付いた土を払い、脱ぎ捨てた帽子を拾って再び被る。彼の睨むような視線が帽子のつばで見え隠れする。
「……俺が施設育ちなのは覚えてるよな」
「ああ。覚えてるよ」
清二は深呼吸する。壮助の知らない「井上清二のその後」を語るにはそれだけ心の準備が必要なのだろう。普通の小学生が赤目ギャングの下っ端になる経緯が無感情かつ無感動で語れるようなものほど平坦でないのは壮助も分かっていた。
「第三次関東会戦の後だったかな。内地の騒乱や暴動で親を失った奴、戦死した自衛官の子供が孤児として施設になだれ込んで来たんだ。キャパオーバーするのにそう時間はかからなかったさ。服も飯も布団も足りない。聖居からの支援は当てにならない。そんな中で施設の連中はどうしたと思う? 」
清二の顔に影が差す。自分に似た皮肉屋な嗤い顔を見て、施設の判断がまともなそれではないと悟った。
「俺達を売ったのさ。表向きは系列の施設への移動に伴う転校ってことにして、ヤクザとか人身売買市場とかお金持ちの変態とか色んな所に売っぱらって、それで残ったガキや自分達の生活費を工面したんだ」
第三次関東会戦直後、戦災孤児の急増に伴い東京エリアの子供を保護する
最初に犠牲になったのは力のない子供たちだった。受け皿となるべき児童養護施設や孤児院が犯罪組織と裏で結託し、人身売買の温床となった。
「俺を買ったのは民警会社だったな。『イニシエーターに人の殺し方を教える練習台』って言われた。俺が連れて来られた時には2~3人くらい死んでたし、俺と同じタイミングで連れて来られた奴は逃げようとしてプロモーターに撃ち殺された」
イニシエーターに犯罪行為を強要することで共犯者にし、罪の意識を植え付けてプロモーターに依存させる手法は悪徳民警業者ではポピュラーなものだ。とりわけ罪悪感が強く残る殺人は効果的な犯罪であり、清二のように孤児を練習台にする、無関係な一般市民を殺害させる、わざと感染者ガストレアを出してイニシエーターに処理させるといった手段が取られている。
「俺に『練習台』の番が回って来た時、もう『楽に死なせてくれ』としか思ってなかったな。――でも死ねなかった。鷲頭組の赤目ギャングが民警会社を襲撃してプロモーターを皆殺しにしたんだ。間一髪、俺は殺されずに済んだ。それで鷲頭組に拾われた後はここに飛ばされて長らく雑用係って訳さ」
第三次関東会戦を切っ掛けに壮助は勾田小学校を離れた。それ以降の二人がどうなったかは知る由も無かったが、「自分の事も藍原のことも忘れて普通に生きているだろう」と漠然ながら思っていた。しかし、清二が置かれていた環境と関東会戦後の東京エリアの惨状を組み合わせると不思議としっくり来る経緯だった。むしろ生きているのが奇跡だ。
「お前、ここで働いて平気なのか? 」
「
「そうじゃねえよ。お前、
冗談を交えながら友人のように明るく話していた清二が口を閉じ、その表情は次第に気鬱になっていく。まだ彼の中に地雷は残っていた。
「……別に治った訳じゃねえよ。けど10年以上前のことをガタガタ言ってたらここで仕事なんて出来ねえ」
「そりゃそうだ」
「それに……あいつらも話してみると案外可愛いって言うか、面白いって言うか……。16にもなって『良い子にしてたのにサンタクロースが来なかった』なんて真顔で言う奴らを憎むのも、なんか馬鹿馬鹿しくなってきた」
表情が緩くなった清二はそれを隠そうと帽子のつばを摘んで下げる。しかし嬉しくて口角の上がった口元は隠しきれていなかった。
5歳の時から抱いていた呪われた子供への憎悪に対し、清二は自分なりにけじめをつけていた。それは良いことだと思いたかったが、藍原延珠の一件を未だに引きずる壮助は自分だけが小学校の教室に置いて行かれた気分になる。
自分や蓮太郎にとって
「義塔、お前、民警やってるんだろ? 」
清二の表情が重かった。先ほどの呪われた子供に心を許したにやけ顔は影に潜め、覚悟した面持ちで壮助を見つめる。帽子で表情を隠そうともしなかった。
「ああ。知っての通りな」
「もし……藍原に会ったら、伝えてくれ。『全部、俺のせいだ。いつでも……覚悟は出来てる』」
“いつでも”の後に本来入る言葉は何だったのか、それは想像に難くなかった。しかし、それを口にする訳にはいかなかった。言ってしまえば、穢してしまう。6年前のあの教室で“報復”ではなく“逃走”を選んだ藍原延珠の理性を、その理性によって生かされている自分達を――
井上清二にとって、あの教室はまだ
お前は共犯者だ。
お前だけが救われて良い筈がない。
お前も一緒に苦しむんだ。
だから、非情な現実を突き付けてやろう。
「そいつは無理な相談だな」
「何でだ? 」
「俺は天国に行けない」
壮助が言ったことの意味を理解するまで5秒とかからなかった。清二は帽子のつばをつまんで顔を隠すように下げる。しかし、歪む口元と頬を滴る涙は隠せなかった。彼は償う機会も赦しを乞う機会も永遠に失ったのだ。
「井上。俺達は永遠の罪人だ。裁かれる権利も、赦される権利も、もう残ってないんだよ」
*
壮助は清二と別れ、男子トイレの鍵に細工をして勝手に屋敷を歩き回ったことをリエンに怒られた。追い出されるように屋敷の正面玄関から出ると目の前にはレクサスが止まっていた。常弘と朱理は運転席と助手席に、詩乃とエールは車の傍で彼を待っていた。
「随分と長いトイレだったね。漏らした? 」
「ちゃんと手洗ったか? 」
「漏らしてねえし、洗ったよ」
他愛のないやり取りを終えて3人はレクサスに乗り込んだ。常弘が「忘れ物はない? 」と尋ね全員が頷くと彼は前を向き、アクセルペダルを踏んだ。
壮助は振り向き、リアウィンドウから小さくなる屋敷を眺める。屋敷の前で数名の少女が手を振っていた。出迎えは男装の麗人だけだったが、見送りは数名のメイドが追加されていた。
「何人たらし込んだんだ? 色男」
「ちょっと仲良くなっただけだよ」
朱理が常弘の脇腹を小突いた。
リエンの屋敷からしばらく走る。外周区付近のひび割れたアスファルトの段差に揺られる中、壮助はリエンから得た情報を常弘たちに共有した。無論、リエンとの約束は「大したことじゃない」とぼかした。
「鷲頭組はおそらくシロ、シカゴのバイヤーは死亡またはガストレア化、現物も手に入れられず……か」
「まさか無駄足? 」
朱理がぼやくと詩乃が「違うよ」と否定した。
「チルドレンの栽培とドールメーカーの精製に必要な機材を教えてもらう手筈になってる。チルドレンは特殊な環境でしか栽培が出来ないし、ドールメーカーの犠牲者数から考えて、かなりの数を栽培しなきゃいけない。東京エリアでそれを整えられる組織ってだけでもかなり限定できると思う。機材を作った工場の出荷記録を追う手もあるかな」
「なるほどねぇ」と朱理が応える。壮助、常弘、エールも異論は無かった。
栽培・精製という過程を他のエリアで行い、錠剤や粉末にしてから輸入しているという説も壮助の頭には浮かんでいたが、今は一つ一つの可能性を潰していくしかないと振り払った。
「エール。どうかしたの? 」
詩乃が物憂げに景色を眺めていたエールの顔を覗き込む。珍しくエールが押し黙った。いつも堂々としカラッとしていた彼女が今は目が泳ぎ、どこか湿っぽく感じる。数秒、観念したのか溜め息を吐く。
「近い内、スズネとミキを連れてバンタウから出た方が良い」
唐突な提案に全員が驚く。まだ何も解決していない状況で灰色の盾が降りるとは誰も考えていなかった。解決する最後まで付き合ってくれるものだと思っていた。それだけ壮助も小星ペアもエールと灰色の盾を信用していた。
「どういうことだ? 」
「今朝の戦いでマーケットとアキンドが壊滅しただろ。そのせいで西外周区のパワーバランスが崩壊する。私の見立てが正しければ、今晩にでも覇権を巡って赤目ギャング同士の戦争が始まる」
一般的に西外周区は中小規模のギャングが跋扈する混沌地帯と呼ばれている。しかし、その実態は本日ジェリーフィッシュの襲来により壊滅したアキンドが覇権を握っていた。彼女達は物資と流通を支配し、市場を作り上げ、経済を成り立たせ、そのシステムの上で他のギャングチームが商売を行っていた。アキンドが壊滅した今、次の支配者の座を巡って他のチームが武力衝突を起こすのは火を見るよりも明らかだった。
壮助はその凄まじさを想像して息を呑む。武力衝突の際、運用される火器のレベルが内地とは違い過ぎるからだ。内地のヤクザや民警の豆鉄砲とはレベルが違う。ここは自衛隊や旧在日米軍から流出した武器、海外から密輸した武器で溢れている。灰色の盾に至っては戦車まで持っていた。そこに呪われた子供の身体能力も加わるのだ。日向姉妹はおろか自分の命を守る自信すら無くなってしまう。
「それはもうスズネとミキを守るための戦いじゃない。ただの悪党同士の殺し合いだ。お前らや我堂が関わる訳にはいかないだろ」
バンタウで姉妹を匿うプランは「外周区生活のリスク」が「内地で警察に射殺されるリスク」を下回っていたから成立した。そこに「ギャングの大抗争に巻き込まれる」という要素が付加されれば、姉妹を外周区で匿うメリットは無くなる。昔馴染みが一緒という安心すら危険で塗り潰す。反比例して内地では司馬重工、我堂民警会社、勾田大学、科捜研など本当の侵食率を信用してくれる人が増えた。隠れ家の当ても増加し、いざとなれば強力な我堂の民警達を護衛につけられる。
エールの提案は理に適っていた。姉妹の今後を考えると外周区生活はどこかで終わりにしなければならなかった。犯罪組織・灰色の盾とはどこかで縁を切らなければならなかった。それは全てが解決した時だと思い込んでいた。その“どこか”が今日や明日の話になったのだ。心の整理がつかない。再会した日向姉妹と灰色の盾の生活を突然終わらせると思うとやりきれない気持ちになる。
「分かった」
全員が押し黙る中、常弘がブレーキを踏んで車を停めた。慣性の法則で全員の上半身が前に傾き、車体が揺れる。
「社長には僕が話を通す。新しい隠れ家が決まり次第、二人を連れて内地へ行く」
常弘の冷淡な返答に壮助が食ってかかろうとするが、自制する。バックミラーに映った彼の目、ハンドルを強く握る手から、同じ気持ちだと悟ったからだ。その上で「決断する」という
「スズネとミキのことを頼む。あいつらは
オマケ
壮助「俺にコスプレでもやれってか?」リエン「それは魅力的な提案ね」←誰のコスプレをさせる?
回答
(8) 蓮太郎 ←
(3) 木更
(4) 延珠
(3) ティナ
(4) 影胤
(1) 小比奈
(2) 聖天子
(0) 玉樹
(1) 弓月
(0) 彰磨
(1) 翠
(1) 火垂
(0) 悠河
(1) ユーリャ
リエン「ということで彼に勾田高校の制服を着せてウィッグも被せたわ」
壮助「何で持ってんだよ」
義搭壮助のコメント
「ブレザーが熱いし、ネクタイが堅苦しいし、ブーツが蒸れる。よくこんなもの着てたな。あいつ絶対に足臭いだろ」
小星常弘のコメント
「目付きが悪すぎる。この里見さんだったら僕達のこと助けなかっただろうなぁ……」
那沢朱理のコメント
「学校の制服を着ただけなのにこんなにも似合わない人間って初めて見た」
エール
「内地のコンビニの前にこういうのが2~3人くらいいるよな」
森高詩乃のコメント
「こんなの駄目だよ。ブレザーは脱いで。ネクタイも解いて。シャツのボタンは全部外して。胸もお腹も曝け出して。もっと自分の身体をアピールしないと駄目だよ。もっとポーズを意識して。あと表情も固い。もっと煽情的に誘って。雌を蠱惑する為だけに生まれた顔と身体をもっと活用しないと月刊民警のグラビアページは飾れないよ」ハァハァ
もう二度と勾田高校の制服なんて着るか、あとムカついたから里見は一発ぶん殴る。
そう誓った壮助であった。
次回「交渉・妥協・手打ち、そして――」
常弘「新しい隠れ家、どこにしようか……」
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