「我ら十六名、本日も──」
出社簿は、十五名だった。
会社が、村になる話。
中央営業所に赴任してきたのは、四月の半ばのことだった。
桜が散り終えた頃で、所長の田島さんは、私を一通り紹介すると「うちは少し古いやり方が残ってるけど、すぐ慣れますよ」とだけ言った。
業務そのものは、本社の研修通りだった。客先回り、見積作成、伝票処理。違うのは、朝の十五分だけだ。
毎朝八時十五分、所員全員が所長室の前の廊下に集まる。二列に並ぶ。所長の田島さんが先頭に立ち、決まった文句を先導する。
「我ら十六名、本日も、業務に専心いたします」
最初に聞いたとき、私は数を数えた。出社簿に記載されている所員は、所長を含めて十五名。私を入れて、ちょうど十六名になる。
新人を加えた数で読み上げる、そういうものなのだと思った。私はその日から、「我ら十六名」と唱えた。
赴任して二週間ほど経った頃、事務の小倉さんが産休に入った。所員が一人減って、私を入れて十五名になった。
翌朝の朝礼でも、田島さんは同じように先導した。
「我ら十六名、本日も、業務に専心いたします」
私の口は、自然に「我ら十六名」と動いていた。
夕方、伝票を整理しているときに、ふと違和感に気づいた。十六名ではなく、十五名のはずだ。小倉さんは産休に入ったのだから。
隣の席の津田さんに、それとなく訊いた。
「朝礼の人数って、誰がカウントしてるんですか」
津田さんは、伝票から目を離さずに答えた。
「カウントなんてしないよ。昔から十六名って決まってる」
「でも、人は増えたり減ったりしますよね」
「そうだね」
津田さんはそれだけ言って、伝票に判を押す音を立て続けた。
その夜、私は出社簿を見直した。
中央営業所の所員は、確かに十五名。私を入れても、十五名のままだった。
棚から、過去の出社簿も引き出して開いてみた。三年前は十三名。五年前は十七名。田島さんが赴任した八年前まで遡っても、十六名ちょうどで揃った年は、一度もなかった。
それでも、明日の朝も私は「我ら十六名」と唱えるのだろう。津田さんも、田島さんも、他の全員も。
ふと、廊下の整列を思い出した。
所長を先頭に、二列に並ぶ。左列に八人、右列に八人。私は左列の四番目で、向かいには津田さんがいる。津田さんの右隣には──
津田さんの右隣に誰が立っているのか、思い出せなかった。顔も、名前も、出てこない。ただ、そこに人がいる、という感覚だけが、頭の奥に薄く残っていた。
翌朝、私は廊下に整列した。
津田さんの右隣を、できるだけ自然に視野の隅に入れた。
そこには、誰も立っていなかった。
立っていないのに、空白がない、と感じた。津田さんも、その後ろの所員も、誰一人として、隣を空けたという顔をしていなかった。
田島さんが先導する。
「我ら十六名、本日も──」
私の口は、もう勝手に動いていた。
「業務に専心いたします」
唱え終えたあと、私は左列を、もう一度数えてみた。
八人いた。
向かいの右列も、八人だった。