継承業務   作:yami_craft

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継承業務──会社が、村になる話。

赴任から一ヶ月。中央営業所の朝礼では、配られた冊子に存在しないはずの「八行目」を、所員全員が唱和している。
「口伝だから気にするな」と先輩は言う。
録音してみると、その数秒間だけが、削り取られていた。


#02「八行目」

赴任して一ヶ月が経った頃、私は中央営業所の社訓を、まだ完全には覚えていなかった。

朝礼の冒頭で「我ら十六名」と唱えたあと、所員全員で社訓を斉唱する。所員には、入社時に小さな冊子が配られている。私も赴任初日に田島さんから渡された。

冊子は手のひらに収まる大きさで、表紙に「中央営業所 所訓」とだけ印字されている。本社の社訓とは別物で、この営業所固有のものらしい。

中を開くと、番号付きで七行の文句が並んでいる。

一、我ら、業務を継ぐ者なり

二、我ら、先達の声を聞く者なり

三、我ら、欠けたる席を埋めぬ者なり

四、我ら、数を問わず、定めに従う者なり

五、我ら、書かれざる行を諳んずる者なり

六、我ら、扉を開かずに在る者なり

七、我ら、十六の名において、ここに在り

意味のとれない文句が混ざっていたが、社訓とはそういうものだ、と思った。

問題は、朝礼での斉唱が、七行で終わらないことだった。

 

最初に気づいたのは、赴任して三日目だった。

田島さんが「所訓、唱和」と号令をかける。所員全員が、声を揃えて読み始める。

「一、我ら、業務を継ぐ者なり──」

私は冊子を見ながら、口を合わせた。七行目まで読み終えた。

そこで、皆の声がやまない。

「八、我ら、継承の業に──」

私は冊子に視線を落としたまま、口を閉じた。冊子には、七行までしか書かれていない。八行目は、ない。

それなのに、所員全員が、はっきりとした声で、八行目を唱えていた。

その日のうちに、私は津田さんに訊いた。

「所訓の八行目って、どこに書いてあるんですか」

津田さんは少し首を傾げた。

「八行目? ああ、口伝だよ」

「口伝、ですか」

「みんな自然に覚える。気にしなくていい」

津田さんはそれだけ言って、自分のデスクに戻った。

 

翌日から、私は朝礼で耳を澄ませた。

八行目の文句を、聞き取って覚えてしまおうと思ったのだ。

ところが、奇妙なことが起こった。

所員全員が、同じ文句を、はっきりと、同時に唱えている。それは間違いない。私の耳にも、確かに声は届いている。

しかし、聞き終えたあと、何を唱えていたのかが、思い出せない。

一日目は「継承の業に──」までは聞き取れた気がした。二日目は、その続きが思い出せなかった。三日目は、冒頭の「我ら」しか思い出せなかった。

私は試しに、朝礼の音声を録音してみた。スマートフォンを胸ポケットに入れて、所訓唱和を録音した。

席に戻ってから、イヤホンで再生した。

「一、我ら、業務を継ぐ者なり──」

七行までは、はっきりと聞こえた。

七行目の最後の「ここに在り」が終わると、音声は途切れていた。録音時間は十二秒しか経過していなかった。十五秒、録音したはずだった。

私は何度か再生し直した。録音は途切れているのではなく、最初から十二秒しか入っていなかった。

 

その夜、私は冊子を、もう一度開いた。

七行目までを、何度も読み返した。

「五、我ら、書かれざる行を諳んずる者なり」

五行目で、視線が止まった。

書かれざる行を、諳んずる。

冊子の中で、すでに八行目の存在は予告されている。七行で完結している冊子の中に、八行目という"書かれざる行"の指示が、五行目として埋め込まれている。

冊子は、七行で完結しているわけではなかった。七行という形式そのものが、八行目を要求する構造になっていた。

私は冊子を閉じた。

 

赴任して一ヶ月と三日目の朝、私は廊下に整列した。

「我ら十六名、本日も、業務に専心いたします」

唱え終えた。続けて、田島さんが「所訓、唱和」と号令をかけた。

「一、我ら、業務を継ぐ者なり──」

私は、冊子を見なかった。

七行目までを、所員全員と同じ速度で、同じ声量で、口にした。

「七、我ら、十六の名において、ここに在り」

声がやまない。

私の口も、止まらなかった。

何を唱えているのかは、わからなかった。ただ、口の形が、舌の動きが、声帯の震えが、所員全員と完全に揃っていることだけが、わかった。

唱え終えたあと、私は何を言ったのかを思い出そうとした。

思い出せなかった。

ただ、八行目を諳んじた、ということだけが、わかっていた。

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