継承業務   作:yami_craft

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継承業務──会社が、村になる話。

赴任から三ヶ月。新人の受け入れ準備を任された私は、所長室で歴代の集合写真を見た。
どの写真の中央にも、田島さんが立っていた。
業務マニュアルには、こう書かれていた。
「飾り終えたら、本業務を、後任に継承すること」


#04「こちら側」

赴任して三ヶ月が経った頃、私は中央営業所での業務に、ほぼ完全に慣れていた。

朝礼を終え、出社簿に判を押し、所訓の冊子を棚に戻す。津田さんが「先代に確認してくる」と席を立つ。私はそれを、伝票の端を揃えながら聞いていた。

四月の半ばに赴任した私は、いつのまにか七月の末を迎えていた。

ある日、田島さんから業務指示が出た。

「来月、新人が一人配属されることになった。中央営業所への着任は八月十五日付。受け入れ準備を、君に任せたい」

私は了承した。

新人の受け入れ準備として、必要書類、デスク、業務用品、写真撮影。私は項目ごとにチェックを入れた。

中央営業所では、新人が配属される際に、所内で集合写真を撮る慣習があるのだという。

「うちは少し古いやり方が残ってるけどね」

田島さんは、そう言って笑った。

 

写真撮影の手配は、業務としては単純だった。

所内に設置されている古いカメラを使用すること。撮影は、新人の着任日の朝礼後に行うこと。撮影した写真は現像し、所長室に飾られている歴代の集合写真の隣に並べること。──そういう手順が、業務マニュアルに記されていた。

業務マニュアルは、所長室の書棚に保管されていた。

私はマニュアルを取りに、所長室に入った。田島さんが在席している時間帯だった。田島さんは、自分のデスクで決裁書類に判を押していた。

所長室に入るのは、これがはじめてだった。

部屋は思っていたよりも狭かった。所長のデスク、応接用の小さなソファ、書類棚、書棚。それだけだった。窓は一つあったが、ブラインドが下ろされていた。

そして、壁の一面に、額装された集合写真が、古い順に並んでいた。

私は書棚から業務マニュアルを抜き取りながら、何気なく、その写真の列を眺めた。

一番古い写真は、白黒で、紙が黄ばんでいた。「平成十二年四月一日 中央営業所開設記念」と、写真の下に印字されていた。所員は十六名。中央に立っているのは、所長である田島さんだった。

その隣の写真。「平成十二年八月 新人着任記念」。所員は十六名。中央に立っているのは、田島さん。

次の写真。「平成十三年四月」。所員は十六名。中央に田島さん。

次。「平成十三年九月」。十六名。田島さん。

すべての写真の中央に、田島さんが立っていた。所員は、すべての写真で十六名だった。

田島さんは、判を押し続けていた。

私はマニュアルを抱えて、所長室を出た。

 

その夜、私はマニュアルを読み返した。

「写真の現像が完了したら、所長室に飾る。過去の写真の右隣、または、空いている枠に飾ること」

そう書かれていた。

「空いている枠に飾ること」という一文が、わずかに引っかかった。マニュアルの記述としては奇妙だった。空いている枠なら、どこでも良い、というのは、業務指示としては曖昧すぎる。

しかし、それ以上は深く考えなかった。私は次の日も、その次の日も、新人の受け入れ準備を進めた。

 

八月十五日、新人の着任日が来た。

午前八時十五分、朝礼が行われた。所員は私を入れて十五名。新人を加えて、十六名。

「我ら十六名、本日も、業務に専心いたします」

私は所員全員と同じ声で、十六名を唱えた。

朝礼が終わり、所訓の唱和に入った。所員全員と同じ速度で、私は七行を唱え、八行目を諳んじた。

それから、新人の歓迎と、集合写真の撮影に移った。

新人は、緊張した面持ちで挨拶をした。「本日から中央営業所に配属となりました──」と、自分の名前を述べた。新人は、まだ二十代の半ばに見えた。

私は集合写真の撮影を担当した。三脚にカメラを据え、所員全員を所長室の前の廊下に整列させた。

中央に田島さん。その左右に、所員が並ぶ。新人は田島さんの正面、最前列の中央に立った。

「では、撮ります」

私はカメラのシャッターを切った。

タイマーが作動して、十秒後にもう一度シャッターが切れる設定だった。私はカメラの後ろから離れ、自分の位置──左列の四番目──に滑り込んだ。

二度目のシャッターが切れた。

撮影は終わった。

 

写真の現像は、その日のうちに業者から戻ってきた。

私は業務マニュアルに従い、写真を所長室に飾るために、所長室に入った。田島さんは、外回りに出ていた。所長室には、誰もいなかった。

壁の集合写真の前に立った。

過去の写真の右隣、または、空いている枠に飾ること──そうマニュアルには書かれていた。

私は、最後に飾られている写真の右隣を確認した。

そこは、空いていなかった。

すでに、写真が飾られていた。

「令和八年八月十五日 新人着任記念」と、写真の下に印字されていた。

今朝、撮影した写真だった。

私はその写真を見た。

中央に田島さん。最前列の中央に新人。左右に所員。左列の四番目に、私が写っていた。

私は写真の中で、所員全員と同じように、正面を向いて立っていた。

写真の中の私は、田島さんの顔をしていた。

 

並んでいる過去の集合写真を、確認した。

平成十二年四月一日。

平成十二年八月。

平成十三年四月。

左列の四番目には、どれも、田島さんの顔をした人間が立っていた。

私は、自分の手元の名刺入れを取り出した。

中の一枚を、抜き取った。

「中央営業所 田島」

と印字されていた。

裏返した。

「先代より継承」

とだけ印字されていた。

私は名刺を、名刺入れに戻した。

 

私は業務マニュアルの続きを読んだ。

「写真の現像が完了したら、所長室に飾る。過去の写真の右隣、または、空いている枠に飾ること」

その下に、続きの一文があった。先ほど読んだときには、気づかなかった一文だった。

「飾り終えたら、本業務を、後任に継承すること」

私はマニュアルを閉じた。

所長室を出た。

廊下で、新人とすれ違った。新人は緊張した様子で、書類を抱えて、自分のデスクに向かっていた。

「あの」

私は新人を呼び止めた。

新人が振り返った。

「これ、次の受け入れで使うから。確認しておいて」

私はマニュアルを、新人に手渡した。

新人がそれを受け取って、デスクに戻っていった。

 

その日の夕方、田島さんが営業所に戻ってきた。

田島さんは、所長室の扉の前に立った。

私はそれを、自分のデスクから見ていた。

田島さんが、扉の向こうにいた。扉は閉まっていた。私の視界は、田島さんが扉を開けて中に入る、というその一連の動作を、今日も捉え損ねていた。

私は、自分の業務に戻った。

伝票に判を押した。判の脇に「田島」と印字されていた。いつから自分が田島の判を使っているのか、思い出せなかった。

私は、八行目を諳んじた。

何を諳んじたのかは、わからなかった。

ただ、業務を、継承した、ということだけが、わかっていた。




「継承業務」全4話、お読みいただきありがとうございました。

本作は、ブラック企業の話でも、パワハラの話でも、社畜の話でもありません。
書きたかったのは、「会社」という共同体そのものに静かに眠っている、
"誰も疑問を持たない"という民俗的な構造でした。

朝礼、社訓、出社簿、所長室、集合写真。
そのどれもが、業務として正常に処理されています。
誰かが悪事を働いているわけでもなく、誰かが苦しんでいるわけでもない。
それでも、何かが、人ではなく枠の方を継承している。

──そういう静かな違和感を、四つの話に分けて描きました。

#01 朝礼 ── 数が、合ってしまう話
#02 八行目 ── 書かれていない一行を、全員が知っている話
#03 先代 ── 田島さんの前は、田島さんだった話
#04 こちら側 ── そして、私が田島になる話

この四話を通して、もし読者の方が、明日の朝礼や、引き出しの中の名刺や、
壁に並んだ集合写真を、ほんの一瞬だけ別の目で見ることがあったなら、
本作は役目を果たせたのだと思います。

「継承業務」は、闇工房ラインの新シリーズとして書き下ろしました。
同じ世界観の作品として、以下のシリーズも展開しています。

・継承される百の違和感~お前に渡す百の怪談~

ご興味があれば、そちらもお手に取っていただければ幸いです。

最後に。
業務は、これからも継承されていきます。
あなたの机の引き出しの奥に、もし見覚えのない名刺の束があったら、
それは、もう、あなたのものです。

それでは、また別の闇工房作品で。
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