ネコミミあるだけでマチアプ楽勝時代は終わった~獣人がいる日本で彼氏を作りたい~ 作:棗の
「はいどうぞ。アップルティーだよ」
わたしはリビングのテーブルに置かれた紅茶を手に取って、一口飲んだ。
甘いリンゴの香りがする、ちょうどいい温かさのやつ。
ママもわたしも熱いのは飲めないから、最近買った適温になるポットでお湯を入れてくれたみたい。
「……ありがと。パパもお仕事おつかれさま」
パパがコーヒーを持って、わたしの向かいに座った。
パパは人間。お昼にオフィスで働いてるサラリーマン。
背が高いママよりちょっと背が低いけど、人間の大人では普通ぐらいらしい。
当たり前だけどネコミミはないししっぽもない。
ママは普段だとお昼には帰ってくるんだけど、今日はお昼の方の仕事に呼び出されたからって残業してる。
今日だけはそれがありがたかった。
「いやー今日は暑かったよ。麗奈はちゃんとクーラーつけてたかい?」
「うん。学校から帰る時すごい暑かったけど、家帰ったら天国だった」
「曇りでもこの暑さだからね……ママも帰ったらすぐお風呂だと思うから、あとでお湯沸かしておくよ。
「そうする」
パパとわたしが一息ついている間にも、胸のもやもやがまだ取れていなかった。
しっぽが椅子の足にふらふら当たってる。わたしのしっぽは落ち込んでるとすぐにわかっちゃう。
「……ママから聞いたよ。マッチングアプリ始めたんだってね。ママがヘンなこと言ってなかった?」
だからパパにもすぐにばれちゃう。
陸上でいいタイムが出なかった日とかも、ママとパパにすぐ気づかれちゃう。
隠し事をする必要もないし、わたしは紅茶に目を落としたまま頷いた。
「……怖い思いはしてない?」
「怖くは、ないけど……。変な人ばっかりくる」
「変な人?」
「ネズミの解体が好きな人とか、猫吸いの人とか……わたしを”お話できない猫”だと思ってる人とか」
最後のはちょっとだけ迷った。三人目の人に失礼な言い方かもしれないから。
だけど、わたしが話したかった内容と全然違うことばかり話されたし、ちょっとそう思っちゃったから。
悪いことだとは思うけど、あのあとブロックしちゃった。
「……それは辛かったね。麗奈のせいじゃないよ」
「パパは知らないでしょ。昨日のママとわたしの話」
「ママから何となく聞いたよ。麗奈のミミとしっぽの可愛さを全面的に出しましたって自慢された」
パパはちょっと呆れた感じで笑っていた。
恥ずかしくなって、紅茶に口をつけたまま手元のカリカリをずっと触っていた。
「…………パパは、ママがママだから結婚したんだよ。ママは気づいてないかもしれないけど」
テーブルの端っこにいつも置いてる写真を見ながら、パパが急にそんなことを言い始めた。
今よりだいぶ若いパパが、ママと一緒にご飯を食べてるときの写真。
ママの方にはお魚の料理がたくさんあって、パパの方にはスープとかお肉の料理がたくさんある。
「ママはたぶん、パパが元々猫好きで、ママがネコの獣人だから結婚した、って思ってるかもしれないけど……全部そうだってわけじゃないんだよ」
「そうなの?」
パパが”お話できないほうの猫”を飼ってたことは知ってる。
パパが仕事で一人暮らしするときに、どうしても飼えないからっておばあちゃんの家で飼うことにした。
「確かに一目惚れしたときは、ママのネコミミとかしっぽとか、顔とか、すごく好きだって思って、交流会の時にお付き合いしてくださいって話したんだけどね……なんか改めて言うと恥ずかしいな」
パパもそう言ってコーヒーのマグカップで口元を隠した。
「そこまで言ったなら続き話してよ」
わたしが促すと、パパはわたしからちょっと目を逸らして「ママには言わないでね」と前置きした。
「ママと結婚したいって思ったのは、ママのまっすぐで諦めない、明るいところが好きだって思ったからだよ。ママが日本に来た頃は、まだ獣人もほとんどいなくて……制度も道具もほとんどなかったし、心無い人から差別されることだってあった」
知ってる。社会の授業で習った。
「国が支援してくれたけど、獣人の人たちが社会になじむのはすごく大変で、電車に乗れなかったり、レストランに入れなかったり、病院に行けなかったり……ひどい扱いをされたこともいっぱいあった。でもママは”家で食べればいいじゃん!”って、人間を怒ったりせずに笑ってたんだよ」
聞いたことはある。わたしも幼稚園ぐらいの頃、ファミレスに行ったとき、人間の人たちと別のスペースで家族でご飯を食べてた。
小学校の途中ぐらいから無くなったけど。
「麗奈が産まれる前も、色々な……病気とか、そういう不安はあったんだけど、ママは”なんとかなるって!”っていつも笑ってた。分からない事ばかりだし、ママのお仕事もなかなか決まらなかったけど、すごく明るくて、他の獣人の人の仕事探しまでやってたんだよ」
それは知らない。ママのお友達のことは知ってるけど、そんなことあったなんて。
「ママはどんな時も明るくて諦めないママだから、僕はママと結婚したんだよ。……ネコミミがあってかわいいっていうのも勿論あるけどね」
パパは笑って、わたしのネコミミの方を見た。
わたしがぴこぴこミミを動かしてみると、パパは「ありがと」とまた笑った。
「わたしだってママと同じだよ。毛並みには自信あるんだから」
「わかってるよ。麗奈だってすごく可愛い。だからマチアプもうまくいくことを祈ってるよ」
パパなりに、アドバイスをくれたのかも。
「……ネコミミだけじゃだめ、ってこと?」
だけどよくわからなかった。
「麗奈がどういう人なのかを見せてあげればいいと思うよ。麗奈のかわいいネコミミだけじゃなくて、他のかわいいところとか、楽しかったこととかね」
他の、ところ……?
「麗奈が中学のとき、500メートル走で地区大会優勝まで行ったこととかどうかな。そのときの麗奈は、すごく楽しそうだった」
パパがリビングのキャビネットの写真を見てる。
中学三年のわたしが、地区大会で優勝して賞状を持ってるときの写真。すごく笑ってる。
ネコのほうの手の爪が出ちゃってて、あとで見直すとちょっと恥ずかしかった。
「麗奈が見てる映画のこととか、あの恋愛バラエティのこととか、そういうことを書けば、話が合う人が来てくれるかもよ」
「……普通すぎない? そんなのでいいの?」
ママが言ってたことと全然違う。
「みんなそんな感じだと思うよ。”珍しい”って思われるより、”自分と似てる”って思う人の方が、話しやすいと思う」
その言葉はすっとわたしの中に落ちて、ふわりと暖かくなった気がした。
わたしはいつもの癖で、紅茶を持ってない方の手でひざをもみもみしていた。ママにもわたしにもあるネコの癖。ちょっと恥ずかしいから隠してるけど。
「……ありがと。パパ。ママには内緒にしとくから」
「そうしてくれると助かるよ。これは二人だけの秘密だ」
わたしたちは二人で笑いあって、ママが帰ってくるのを待っていた。