終宿主 作:学マスオタク
担当アイドル……いや、元担当アイドルたちの後任プロデューサーへの引き継ぎを終え、新たに担当することになったアイドルとの挨拶も済ませ、帰路に着く。
結局真相は何もわからず、心ここに在らずで言われるがままに仕事をこなした俺は、わけもわからず、気づけば自宅の前まで帰ってきていた。
そこで、ふと意識を取り戻す。
あの時と同じ、曇った夜空から刺す月の明かりに照らされた人影。
秦谷美鈴である。
「まあ……酷いお顔ですね、プロデューサー」
「はたや、さん……? なぜここに……いや、そもそも俺はもう、あなたのプロデューサーでは……」
「その様子だと、食事も摂れてはいらっしゃらないのではないですか」
秦谷さんの言葉に、だんだんと自分の意識が地につき、体が熱を取り戻してくる。
確かに、忙しさとわけのわからなさで、今日はまだ昼も夜も食事をしていなかった。今更になって、体は痛いくらいに空腹を訴えかけてくる。
「そうですね。確かに……、腹が減りました」
「まあ、ちょうど良いですね。わたしが、夜ご飯を作って差し上げましょう」
そう言って微笑む彼女の右手には、スーパーのロゴを載せたレジ袋がさげられていた。透明な袋の向こう側には、色とりどりの野菜類が透けて見える。
「アイドルを……、うちにあげるわけには、いきませんから」
秦谷さんの提案に魅惑されながら絞り出した声に、秦谷さんはより一層笑みを深めるばかり。
なぜ、彼女がここにいるのか。そう問いただすのがまずすべきことだと冷静に考えながらも、なぜかその言葉が、口から出てこない。
その直後、ぞくりと悪寒が首から身体中を駆け巡った。先ほどまで笑っていた秦谷さんの表情が、ほんの一瞬にして変わる。
いつぞや感じた違和感。笑ってはいるが、目元が笑いきっていない。少しだけ細めた目元に狐を描く口元だけを貼り付け、笑顔の構成要素だけを抽出して再現したような、あの顔だ。
「いけずな方。もう、わたしのわがままを、聞いてはくださらないのですね」
「いや、それはわがままなどでは──」
「わたしが、あなたの担当アイドルではないからですか?」
秦谷さんの言葉に心臓が跳ねた。これまで直接的な言及を避けてきた事実。
まるで悪寒が血管を巡って全身に拡張するように、心臓が早鐘を打つたび体が冷えていくような感覚。
もう一度断るのは簡単なはずだった。しかし、ここで断りを入れれば、俺は秦谷美鈴を担当していないから拒絶をしている、と逆に彼女の言葉を肯定することになる。
口先手八丁が通用する相手ではない。気づけば、拒絶、拒否やその意味を伴う類義語は俺の辞書から消え去っていた。
社会人になってから暮らし始めた自室に秦谷さんを迎え入れ、上機嫌な様子で料理するその後ろ姿を見つめながら、何も考えられずに時が経つのをじっと待つ。
聞きたいこと、聞くべきことがあるはずなのに。まるで凍り付いたかのように、俺の口元は何の言葉も発さないままでいた。