世界のシステムを書き換える最強能力「管理者権限」を手に入れたので、日常をハッキングして無双します! 作:Laggliches
リ:「………………」
蓮:「……リリス?」
リ:「……ん、すぅ……すぅ……っ」
蓮:「はあ……呑気なやつ。明日から地獄の冒険だって言うのに……」
リ:「……っ、ます…たあ。………すう、すぅ」
蓮:「リリス、起きて。……着いたよ」
リ:「ふえ……ふわぁ〜、おはようございます、ますたあ……今日の朝ごはんは卵かけご飯と味噌汁と……」
蓮:「……はあ」
「……マスター。再度、目的地の論理的説明を要求します。なぜ私たちは、この巨大な購買施設に侵入したのですか?」
リリスは無機質な瞳で、煌びやかなショーウィンドウを眺めていた。彼女の格好は、蓮が予備で持っていたオーバーサイズのパーカーにデニムという、あまりにも「蓮に染まった」スタイル。
だが、その整いすぎた容姿のせいで、
「あそこのカップル、美男美女だけど距離感おかしくない?」と注目の的になっていた。
「侵入じゃないよ、お買い物……リリス、君はもう『予備パーツ』じゃない。自分の好きな服を着て、好きなものを食べる権利があるんだ……今日はその『練習』だよ」
蓮は欠伸を噛み殺しながら、リリスの肩に手を置く。
一ノ瀬からは「変なもの買い与えたら承知しないわよ」と釘を刺されていたが、蓮には考えがあった。
冒険の前に、リリスに「守るべき日常の味」を骨の髄まで叩き込んでおきたかったのだ。
「……『好き』の定義が、ライブラリに存在しません」
「じゃあ、僕が一番効率的な見つけ方を教えてあげる。……リリス、君の高性能なセンサーで、このフロアをスキャンしてみて。数値じゃなくて、君の胸が少しだけ『熱くなる』場所を探すんだ」
リリスは小首を傾げたが、言われた通りに瞳の幾何学模様を明滅させた。
膨大な商品データ、人の流れ、気温の変化ーーそれらを無視して、彼女が足を止めたのは……。
「……マスター、あそこの、白いレースが付いた布地に、視覚が固着します……これは、エラーですか?」
彼女が指差したのは、清楚なワンピースを飾ったマネキンだった。蓮はニヤリと笑った。
「いや、それは『一目惚れ』っていう、人間特有のバグだよ。それも最高にいいバグだ」
「………?」
「……ど、どうでしょうか。マスターの演算結果と、乖離はありませんか?」
試着室から出てきたリリスを見て、蓮は持っていたジュースを落としそうになった。
白のノースリーブワンピースに、薄いカーディガン。機械の翼を隠す必要がなくなった彼女の背中は、驚くほど華奢で、どこまでも「一人の女の子」だった。
「……100点。いや、案内人の予測値を300%上振れしてるよ……リリス、すごく似合ってる」
「……胸部付近の温度が上昇しています……マスター、これは、嬉しいという信号ですか?」
「そうだよ……よし、それ買おう。店員さん、これください」
蓮が財布を取り出すと、リリスは慌ててその手を止めた。
「待ってください。このアイテムの価格は、一般的な学生の月間可処分所得の165%を占めています。……非効率です。返品をーー」
「リリス……お金はね、こういう『素敵なバグ』のために使うのが一番効率的なんだ……君が笑えば、僕の幸福度の演算値が上がる。win-winだろ?」
蓮が無理やりカードを切る。リリスは、自分のために誰かが対価を払うという初めての経験に言葉を失い、大切そうに紙袋を抱きしめた。
買い物のあとは、屋上庭園でのティータイム。
蓮は山盛りのパンケーキを二つ注文した。
「マスター……この物質は、高カロリー、高糖質、栄養バランスは最悪です……タピオカより何十倍も酷い…なぜ、人間はこれを好むのですか?」
「ははっ、理屈で食べちゃダメだよ……ほら、あーん」
蓮がフォークにクリームを乗せて差し出す。
この前、彼女に迫られたことへの、彼なりのお返しだった。リリスは一瞬、フリーズした。頬が赤熱し、頭頂部から蒸気が出そうなほど処理落ちしている。
「……マスターからの、直接供給(ダイレクト・リンク)。いただきます」
ぱくり、と小さな口で受け止める。その瞬間、リリスの表情が劇的に変化した。
「……甘い……そして、温かいです。……脳の報酬系が、かつてない速度で活性化しています」
「だろ?それが『美味しい』って感情だよ」
リリスはそれから、夢中でパンケーキを頬張った。鼻の頭にクリームをつけて、無邪気に笑うその姿は、もう暗殺兵器『M-101』の面影などどこにもない。
「……マスター。私、マザーの元にいた頃、一度も『お腹が空いた』と思ったことがありませんでした……でも今は、次に何を食べるか、何を体験するか、楽しみで……怖いくらいです」
リリスは、自分の白いワンピースを見つめ、それから蓮の目を見つめた。
「……私を、直してくれて、ありがとうございます。……私、世界を壊すための力ではなく、このパンケーキをもう一度食べるための力を使いたいです」
「……合格。その意気だよ、リリス」
蓮は彼女の頭を優しく撫でた。リリスは嬉しさのあまり、反射的に蓮を強く抱きしめた。周囲の視線が集まり、蓮は顔を赤くする。
「……できれば、人前であまり抱きしめないでほしいな」
「却下します……今だけは甘えさせてください」
「はあ……分かったよ」
蓮は嫌々言いながらも、その顔は穏やかだった。
屋上、太陽の光が二人をゆっくりと包み込んでいった……。その光景を、遠くから双眼鏡で覗き込んでいる影があった。
「……キィィィー!!何よあの甘々な雰囲気!買い物?パンケーキ?九条くん、私の時は牛丼屋とかファミレスで済ませたじゃない!!」
一ノ瀬が地団太を踏んでいる。庄司は一ノ瀬を必死に宥めながら、横で観光気分の春輝を落ち着かせており、「お兄ちゃん」を全うしていた。
まあまあ一ノ瀬さん。蓮の財布は今、瀕死の状態だ……あとで俺たちも高いもん奢らせようぜ」
「庄司くん、それは名案……じゃなくて!監視任務を続行するわよ!」
「……庄司くん、あのアイス美味しそうです。買いに行きませんか?」
「……春輝、お前まで流されるな!」
春輝は春輝で、初の大型ショッピングモールに目を輝かせながら監視していたので、好奇心にそそられてはぐれてしまい、迷子になったりしていた。
「まあ……いいわ。また今度、蓮に奢らせるわ」
結衣がそう言うと、二人を連れて帰っていった。
夕暮れの帰り道
リリスは蓮の隣を歩きながら、繋いだ手を離そうとしなかった。
「……マスター。今日の思い出、私のブラックボックスに永久保存しました……絶対にデリートしません」
「大げさだなぁ……また行こう。次は、一ノ瀬さんたちも誘ってさ」
「……はい。……マスター、大好きです」
リリスの言葉は、もうプログラムされた出力ではなく、彼女の魂が選んだ言葉だった。
「マスター、やっぱり唇をーー」
「却下、だ。今は頭を撫でることしか許可していない」
「………………はい」
九条達が教えた「人間らしさ」が、彼女を救う鍵となるのか、それとも滅びを加速させる毒となるのか。今となってはもう分からなかった。
「……帰ったら、北海道へ行く準備しないとな」
「はい。あと、なるべく早くマスターの学校へ通いたいです」
そんな他愛もない会話が、夜の帳に溶けていく。
彼らに残された「怠惰な日常」の砂時計は、刻一刻と、最後の一粒へと向かっていた。
リ:「マスター、春輝くんにも服を買ってあげませんか?」
蓮:「……春輝に?」
リ:「はい、春輝くんの服のほとんどは桐乃庄司の体操服かサイズの合っていないシャツの2パターンです」
蓮:「……そうだな。今度みんなを誘って、また買い物をしよう」
リ:「マスター、ありがとうございます」
蓮:「そういえば、また春輝の呼び方が変わったね。『春輝くん』だって?」
リ:「……っ!」
蓮:「………まさか、僕が見てない間にこっそりと………」
リ:「ち、違います!私じゃありません……春輝くんから来たのです!」
蓮:「………………え?」
リ:「………………あ」
蓮:「……よーし、明日の準備をしようかー!」
リ:「了解しましたー!」
蓮:「あ、リリス。罰として今日は一緒に寝ないよ?」
リ:「……っ!?嫌だです!マスター」
蓮:「いてててて……叩くな叩くな…冗談だって」
リ:「………はい」