世界のシステムを書き換える最強能力「管理者権限」を手に入れたので、日常をハッキングして無双します! 作:Laggliches
「……マザーの組織、その絶対的な本拠地がこの街の地下にあるとして、だ」
僕の狭い部屋の、お世辞にも立派とは言えないテーブル囲み、庄司が神妙な顔で腕を組んだ。
あれだけのシリアスな大決意を終え、世界を救う旅に出ると誓った数日後の朝だというのに、彼の口から飛び出したのは、あまりにも現実的で、あまりにも中学生らしい生活感に満ち溢れた疑問だった。
「俺たちは中学2年生だ。今日は平日で当然、学校がある。親への言い訳はどうする? そもそも北海道への旅費や現地での宿泊費、飯代はどこから出すんだよ。……世界を裏から操るマザーをぶっ倒す前に、俺たちの内申書と親からの信用が『不可逆な大破』を起こして、社会的に殺されるぞ」
「「「「……………」」」」
理屈っぽい怠惰な僕としては、庄司のその指摘は至極真っ当だと言わざるを得なかった。
いくら「管理者権限」や「機械魔法」「術式」という超常の力を手に入れたところで、僕たちの戸籍はただの中学2年生なのだ。
「確かに、平穏な日常を取り戻す前に補導されるのはめんどくさいな……」
蓮が頭を抱えかけた、その時だった。
「フッ……庄司くん、私を舐めないでもらいたいわ」
一ノ瀬結衣が、制服のポケットから、見るからに重厚な輝きを放つ漆黒のカードーー『ブラックカード』を人差し指と中指で挟んでスマートに提示した。
「旅費とホテル代、現地での移動経費は、私の『観察眼』で世界経済の隙間から合法的に(※一ノ瀬の親の資産口座)捻出したわ。」
「…………それって親のーー」
「いいえ、これは未来の世界を救うための、そして九条くんへの『将来の投資』よ。……それから学校と親への言い訳についてだけど、ねえ、案内人?」
一ノ瀬の言葉に呼応するように、僕の耳の奥、脳の論理回路の特等席から、いつもの無機質でどこか小馬鹿にしたような音声が響き渡った。
【ーーはい。すでにシステムが誇る隠密情報改ざん『プランT』を執行済です。中学校の教務システムサーバー、および全員の保護者のスマートフォンを同時にハッキング。】
「……え?」
【そして、本日より『北海道3泊4日・特別科学研修』が開催され、あなたたちがその選抜メンバーに選ばれたという偽の公認通知を送信し、外泊許可を0.01秒で強制取得しました。……なお、九条蓮のサボりとしては私のデータベース上、100点満点中120点の完璧な仕上がりです】
「……おい案内人、それ普通に犯罪、というか有印私文書偽造とかそのへんの領域じゃないか?」
【ーー問題ありません。マザーに世界を演算の部品にされたら、学校の出席日数も内申書も物理的に消滅します。地球の未来を守るための、非常に合理的かつスマートなサボりです】
「……なるほど、話が早くて助かるぜ!」
庄司がガハハと豪快に笑いながら、プロレスラーの遠征用かと思うほどの巨大なスポーツバッグを軽々と肩に担ぎ上げた。
中身は戦闘用の道具ではなく、ただの着替えと筋トレグッズ、そして漫画『呪術廻戦』を何巻かが入っている。
「じゃ、さっそく東京の空港へ移動するか。ここからだと電車で行くか? それとも高速バスか?」
「え? いや、普通に僕の能力で転送するけど」
「……は?」
庄司が呆呆とした声を漏らした瞬間、蓮は『空間魔法』を使い、空間に向けて一突きした。
論理演算回路が火花を散らし、六畳一間の空間がぐにゃりと水面のように歪む。
次の瞬間、僕たちの足元は古びた畳から、大勢の旅行客やビジネスマンが行き交う、羽田空港のピカピカに磨かれたロビーへと切り替わっていた。
周囲の空間の光学的情報と人間の認知ログをハッキングしてカモフラージュしているため、一般の旅行客たちには、蓮たちが「最初からそこに歩いて現れた」ように見えているようになっている。
あまりの光速移動と景色の急変に、しばらく目を丸くして固まっていた庄司だったが、ハッと我に返ると蓮の胸ぐらをガシッと掴んで激しく揺さぶった。
「おい蓮、ちょっと待て。今、空間ごと座標を転送したよな!?」
「うん……僕の論理演算と機械魔法を組み合わせれば、日本国内の座標移動くらいは造作もない」
「じゃあ……そのまま目的地の北海道の廃坑まで直接転送すればいいじゃん!? なんでわざわざ空港に来てんだよ!!手続きとか面倒くせえだろ!?」
庄司のぐうの音も出ない正論に、少しだけ気まずそうに視線を泳がせる。
「……いや。リリスと春輝が、どうしても『ひこうき』に乗ってみたいって言うもんでね」
庄司が蓮の視線を追って横を向くと、そこには、ガラス窓の向こうに整然と並ぶ巨大な航空機を見つめて「おおお……!」と子どものように瞳を輝かせている春輝の姿があった。
そしてその隣では、白髪の美少女が、窓に顔をくっつけんばかりの勢いで外を凝視している。
「マスター、あの数万トンに及ぶ巨大な金属質量が、流体力学と推進力の論理によって大気圏内を浮上するシステム……非常に興味深い物理データです。視覚情報としての観測ログを、脳内ストレージに永久保存することをお勧めします」
「あはは、リリスさん、そんなに興奮したら周りの人に驚かれちゃうよ。でも、本当に大きいね……。僕、組織の実験室以外の世界を、こんなに高い場所から飛んで見るの、初めてなんだ」
元・組織の実験体として、暗く狭い部屋で壁一枚を挟んで地獄を耐えてきた二人が、あんなに純粋で無垢な瞳をして飛行機に憧れているのだ。
いくら怠惰を愛する蓮であっても、それを「めんどくさいから」の一言で却下できるほどの冷血人間にはなりきれてはなかった。
「……あんな目で見つめられたら、拒否できるわけないだろ。めんどくさいけど、たまには中学生らしい思い出作りも兼ねて、空の旅ってやつを経験させてやるのも悪くない」
「……お前、相棒の脳みそを弄った敵(リリス)には容赦ねえ冷酷さを見せるクセに、身内になった途端に激甘になるよな。」
庄司が呆れたように、しかしどこか嬉しそうにため息をついて蓮の肩を小突いた。
「ふふん、九条くん。プレミアムクラスのチケットだから、フライト中は私の横の席をしっかり空けておいたわよ」
どうやってやったのか分からないが、いつのまにか手続きを終わらしていた結衣は勝ち誇ったような笑みで蓮の腕を掴もうとしたーーまさにその瞬間だった。
彼のズボンのポケットの中で、スマホが「ピコン」と小気味いい通知音を立てた。
画面を発行させると、緑色のメッセージアプリのアイコン。
送り主の名前は、林間学校のバスの隣の席の子で、LINEのIDを交換した一般人のクラスメイトーー佐藤朱音だった。
『九条くん!学校の掲示板で見たよ!「特別科学研修」のメンバーに選ばれたんだね、すごい!(๑˃̵ᴗ˂̵)و 北海道はもう寒いみたいだから、風邪ひかないように頑張ってね! お土産話と写真、LINEで待ってるからね!』
「あ……」
可愛い手作り風の顔文字スタンプが添えられた、真っ直ぐで健気な応援メッセージ。画面の向こうで彼女が一生懸命文字を打ち込んでくれた姿が想像できて、蓮の口元が、ほんの少しだけ緩んでしまっている。
いつも世界を救うための複雑な論理演算に追われて疲弊している脳に、その純度の高い好意がじんわりと染み渡る。
ちょっと嬉しくなって、無意識のうちに鼻の下を伸ばしてニヤけてしまっているのだ。
しかし、それが最大の致命傷となった。
彼の左右から、物理的な周囲の温度低下を伴うような、背筋が凍る「強烈な視線」が同時に突き刺さった。
「へえ……。九条くん、今、誰からのメッセージを見て、そんなにだらしなくて嬉しそうな顔をしたのかしら? 私の『観察眼』が、あなたの網膜の動きとスマホの画面反射を1ピクセルも逃さずキャッチしたけれど?」
「マスター、脳内における特定の好意ホルモンの過剰分泌を確認。不審です。その『サトウアカネ』という個体からのテキストログを即時開示し、私のボイスによるデータ上書きを要求します。マスターの意識を他所のモブに奪われるのは、システム的に非常に不愉快なエラーです」
「い、一ノ瀬さん、リリス、これはただのクラスメイトからの、その、純粋な激励というか、事務的な連絡というか……!」
【ーー警告。九条蓮、一般人の遠隔メッセージ爆弾により、両翼に位置するヒロイン陣からの精神的消去エネルギーが臨界点を突破。あなたの心拍数は現在、戦闘時を遥かに対数で上回る通常比300%を記録しています。北の大地へ離陸する前に我が家がバラバラに全壊しないよう、速やかなスマートフォンの電源オフを要求します。】
「案内人! 実況してないで、僕の防衛システムをハッキングしてでもこの修羅場を止めるのを手伝ってくれ!!」
搭乗ゲートへ向かう彼の背中には、冷ややかな二人の少女の視線がこれでもかと突き刺さっていた。
蓮がただ静かにアイスを食べて、寝られる平穏な日常は、北の大地へ向かう空の上であっても、まだまだ遠いログの彼方のようだった。
なんやかんやで、案内人のシステムアシストと一ノ瀬のブラックカードによる権限の暴力により、手荷物検査や搭乗手続きを爆速で終わらせ、蓮たちは無事に北海道行きの航空機へと乗り込んだ。
機内は洗練された静けさに包まれており、座席へと案内される。
しかし、ここで座席の配列という現実的な壁が再び僕たちの前に立ちはだかった。3人掛けの席が通路を挟んで横に並ぶ機内。蓮よ右隣には、当然のように陣取った一ノ瀬結衣が座り、左には庄司がいる。
そして庄司の奥の席には、春輝とリリスが並んで座ったのだが……座席数の都合上、春輝のすぐ右隣の席だけは、仲間ではなく、全く知らない「赤の他人」になってしまったのだ。
「……ちょっと、気まずいね……」
案の定、体格の良い知らない大人が隣の席に座ったことで、人見知りで警戒心の強い春輝は、体を縮こまらせてガチガチに緊張してしまっている。
だが、そんな機内の繊細な空気を1ミリも気にしないのが、我が家にやってきたばかりのポンコツ有能ヒロインだった。
リリスは春輝の緊張など露知らず、身を乗り出して普通に、いつも通りの無邪気さで話しかける。
「春輝、窓の外を見てください。機体が徐々に上昇し、雲の高度を突破しました。私たちの戦闘ログにある『空中戦セクター』と酷似した景色です……マザーの手下が強襲してきた場合の迎撃ルートを計算しておきますか?」
「わ、わあ、本当だ……一面の雲だね……。あ、でもリリスさん、戦闘とか迎撃とか物騒な言葉は大きい声で言っちゃダメだよ! あと、隣の人の迷惑になるから、もう少し静かに……!」
白髪のどこか神秘的な美少女と、儚げで守ってあげたくなるような美少年が、お互いに顔を寄せ合って、ピュアでウイルスのない天然の尊い空間を作り出している。
ーーその光景を、右隣に座っていた「赤の他人」、金髪で体格の良い、日本へ旅行中らしき外国人男性が、顔を真っ赤にして凝視していた。
男性は二人のあまりの美しさとピュアな掛け合いに、胸に手を当ててシートの中で激しく身悶えしている。
「How did I get so lucky to be surrounded by all these cuties?!(翻訳:おいおい嘘だろ、なんで俺はこんな可愛い子ちゃんたちに挟まれる神がかった幸運に恵まれてるんだ!? 尊すぎて息ができない……!)」
外国人男性は、言葉の壁を越えて伝わってくる二人の尊さの過剰摂取により、機内食を食べる前に早くも精神的に満身創痍になっていた。
一方その頃。
通路を挟んだ反対側の席は、全く別の意味で重苦しく過酷なカオス空間が形成されていた。
蓮と庄司が、座席の前後左右から挟み込むようにして、一ノ瀬結衣に『呪術廻戦』の単行本を突きつけ、熱い英才教育(ガチ布教)を叩き込んでいたからだ。
「……いいか一ノ瀬さん、よーくこのコマを見ておけ。ここにいる真人って奴が使う『無為転変』っていうのが、めちゃくちゃエッグい術式なんだよ。魂の形を強制的に改ざんして肉体を変化させちまうんだ。俺の次の『術式再現』のターゲットとして、イメージを固めてる最中だ!」
「そうそう一ノ瀬さん! このページで主人公の虎杖が出した『黒閃』って技があるんだけど、これがこの前、庄司がタイプゼロの戦いでマジで完全再現させた大技の元ネタなんだよ! 空間の歪みの中に100万分の1秒以内の誤差で呪力を衝突させる論理演算だから、超ムズのレベルでさ!」
「……は、はあ。そうなんだ……。あの、九条くん、庄司くん、解説の熱量と物理的な顔の距離が近すぎて、内容が全然頭に入ってこないんだけど……。」
一ノ瀬は僕と庄司のオタク特有の怒涛の勢いに完全に圧倒され、引き気味になりながらも、僕の顔が至近距離にあることに気づいて、ほんのりと白い耳を赤く染めている。
【ーー報告。機内の前方セクターにおいて『尊さによる外国人の精神的デリート寸前ログ』をリアルタイムで検知。一方、後方セクターにおいては『中二病の英才教育による一ノ瀬結衣の脳内処理落ち』を確認。九条蓮、北の大地へ着陸する前に、この飛行機が別の意味でのカオスによって墜落しないことを、案内人として切に祈ります】
「だから機内モードの時くらい、余計な実況をするのはやめろって!!」
窓の外には、澄み渡る美しい青空と雲海が広がっているというのに、僕たちの座席周辺の空気だけは、すでに完全にバグり散らかしていた。
ただアイスを食べて寝るだけの平穏な日常を取り戻すための旅路は、高度1万メートルの雲の上であっても、遥か彼方のログへと消え去っていくのだったーー。
春:「……あの、この人さっきから悶絶してるけど大丈夫かな?」
リ:「心配は要りません。きっと、私たちを見て照れているのでしょう」
春:「………それ、大丈夫なの?」
リ:「ええ、大丈夫です。ですよね?(チラッと外国人の人を見る)」
外国人:「(Holy shit, they looked at me! this is way too cute...!)[翻訳:ヤベェ!目が合った…くそっ、可愛すぎる…!]」
リ:「………Did you just think we're cute? Because it totally shows.[翻訳:今、私たちのこと可愛いって思った?だって完全に(顔に)出てるもん。]」
外国人:「……!? Are you serious? She can read my mind?![翻訳:…っ!?まじかよ、読まれてる!?]」
春:「……英語分かんないけど、多分図星だったんだね」
リ:「はい、その通りですね」
外国人:「Who the hell are these people?![翻訳:彼らは何者なんだ?!]」