世界のシステムを書き換える最強能力「管理者権限」を手に入れたので、日常をハッキングして無双します! 作:Laggliches
戦闘もあってすっかり筋肉痛の庄司は、リリスと温泉街へ散歩に出かけた。
道中、リリスとの会話の中で少しズレたバグが発覚し、庄司はその度にツッコミを炸裂するのだった。
北海道のまだ続く余韻を、今度は庄司&リリスというコンビの謎のテンポ感で過ごしていく……そんな話ですね。
「……上腕二頭筋が……痛え」
温泉宿の朝。
庄司は、ずきずきと悲鳴を上げる己の右腕をさすりながら目を覚ました。昨晩、蓮たちとマザーが率いる組織、アーカイヴのサブ拠点[絶対零度廃坑]を攻略したことによる代償、つまり筋肉痛だった。
「おはようです……桐乃庄司さん」
「うおっ!?お前、寝ぼけて浴衣はだけてるぞ。……っていうか、なんで俺の布団の横にいるんだよ」
「ふわぁ……っ、眠いです。昨晩、マスターの寝室から一ノ瀬結衣のハッキングによって強制パージされたため、一時的な待避セクターとしてこの部屋を設定しました」
「だらしないな……髪もボッサボサだし、ヨダレの跡がほっぺにあるぞ」
「ごめんなさい。善処します……」
「…………いや、そこで目を閉じるな、直せよ。女子力の演算回路はどうなってんだ」
リリスは座布団の上にペタンと座り込んだまま、コクンコクンと船を漕いでいる。
「女子力……ですか。私のデータベースでは、朝の身だしなみにかける時間は『三十秒以内が合理的』と定義されています」
「定義し直せ! お前がやってるのは合理化じゃなくてただのズボラだ!」
「ですが、現在の私はスタンドアロン状態。再起動に伴う省電力モードが適用されているため、髪を乾かす、顔を拭くといった非生産的なタスクはすべてエラーとして弾かれます。……ふにゃ」
「最後にかわいい効果音つけても誤魔化されねえからな? ほら、シャキッと起きろ!」
「んぅ、朝の配給はまだですか……?」
「その前に一回身体洗えよ……。顔にヨダレつけたまま飯食うな」
「わかりましたぁ……」
リリスは虚ろな目のまま淡々とその場で浴衣の帯に手をかけ、するするとさらに白い肌を露出させていった。
「……って、待て待て!?そこで脱ぐな脱ぐなあああっ!!!風呂場に行ってから脱げ!」
庄司は悲鳴を上げながら、筋肉痛でちぎれそうな右腕を必死に伸ばし、リリスの浴衣の合わせをガシッと掴んで閉じさせた。視線は完全に天井の木目を凝視している。
「……マスター以外の個体に、強制ホールドされるのは想定外です……」
「ホールドしなきゃお前、朝から大惨事だろうが! 頼むから羞恥心のアップデートを最優先でやってくれ!」
朝から筋肉の許容量を超えるカオスに頭を抱えつつ、庄司は確信した。九条蓮という男は、毎日こんな不条理なバグと戦っているのだと。
*
「……この二人で散歩は珍しいな。蓮のやつ、一ノ瀬のヤンデレ領域から逃げるために、早朝にそそくさと遊びに行きやがって」
数時間後。しんしんと雪が降る温泉街の路地裏を、庄司とリリスは並んで歩いていた。春輝は宿でポテチを食べながらアニメを見ているため、実質的に居残り組の二人きりである。
「はい。桐乃庄司さんの『筋肉』と『プロテイン』という物質に対する異常なほどの執着性が、システムとしてどうしても興味を持ってしまいました。なので、北海道に居残っている[アーカイヴの残党]を庄司さんに討伐していただき、その非論理的な戦闘データを解析したいのです」
「なるほどな……で、リリスちゃんはなにもしないのか?」
「はい、私はあなたの邪魔をしないように、安全圏から観戦します」
「なるほど……つまりリリスちゃんを守れと?」
「おっしゃる通りです。もちろん、システムとしてしっかり応援しますよ」
「応援より、敵の防衛プログラムの妨害とかハッキングとかのサポートをして欲しいんだが……」
「『筋肉が全てを解決する』とマスターは言っていました」
「……クソッ、蓮のやつ……俺を脳筋扱いして舐めやがって。まぁいい、守りながらぶっ叩くのは俺の得意分野だ!」
庄司が拳を握りしめ、周囲の雪を熱気で蒸発させる。その様子を、リリスは瞳の奥の幾何学模様を明滅させながら静かにレコーディングしていた。
*
「ところでさ、リリスちゃんって好きな飯とかないのか? いつも蓮の食い残しとか、適当に積まれた肉しか食ってねえだろ」
「私はマスターが買ってきてくれる料理なら、カロリーに関わらず全て美味しく食べますが?」
「……いや、その料理の中で、お前自身が一番好きなのはなんなの?」
庄司の問いに、リリスは一瞬だけ演算を止めるように足を止めた。雪の降る中、小さな人差し指を顎に当てて、真剣に脳内パケットを検索している。
「私は…………」
「………………」
「……ラーメンが好きです」
「……普通だ」
あまりにもありきたりな女子中学生(外見)の回答に、庄司は肩透かしを食らった。
「ラーメンが好きという意見は、普遍的なことなのですか?」
「おう、日本の国民食だからな。ちなみにラーメンの何が好きなんだ?」
「……何ってなんですか?」
「……ほら、醤油ラーメンとか豚骨、塩、味噌とか、スープの味があるじゃん」
リリスはこくんと首を傾げ、至極当然のバグを口にした。
「強いて挙げるとすれば……ソースですね」
「は……?」
「あと、紅生姜というトッピングも程よい酸味が加わって、非常に美味しいです。マスターが焼き鳥のパックと一緒に買ってきたそれを、私はラーメンとして認識しています」
「…………それは焼きそばだろ!!」
「焼きそばはラーメンの一種では無いのですか?」
「当たり前だ!汁がねえだろ汁が!……ラーメンはラーメンっていうスープのある料理で、焼きそばは炒めた麺類の中の独立した料理だよ!」
「そうなんですね、メモリーに保存して新知識として記録しておきます。[焼きそばとラーメンの具体的な相違性]……正直、どちらも小麦粉の麺であり、相違性は言うほど無い気がしますが」
「はぁ……じゃあ、あそこに『サッポロ一番』があるから、本物のラーメンを見せてやるよ。俺が美味いスープをラーニングさせてやる」
「結構です。……今は前方セクターに、敵アーカイヴの残党ドローン群の接近を検知しました。戦闘に専念しましょう」
「……クソが。調子狂うぜ」
毒づきながらも、彼の顔から一瞬で緩んだ空気が消え失せる。
温泉街のどん詰まり、雪に埋もれた廃工場のような一画から、耳が劈くような鋭い駆動音を響かせて影が躍り出た。
空中を浮遊する金属製のドローンが五機。中央のセンサーレンズを赫く明滅させ、内蔵されたガトリングの銃口をこちらへ向けてくる。
[アーカイヴ]のプログラムーーサブ拠点を失ってもなお、侵入者を排除するためだけに動く無慈悲な自動人形だ。
「桐乃庄司さん、敵の戦闘能力を算出しました。個々のスペックは脅威ではありませんが、こちらの装甲を削るには十分な火力を有しています。……下がります」
「おう、大人しく俺の背中に隠れてろ!」
庄司は一歩前に出ると、ずきずきと痛む右の上腕二頭筋をあえて強く叩いた。激痛が走るかわりに、流れ出る水のように呪力が脳内を駆け巡る。
筋肉痛など、細胞が超回復を求めて咆哮している証拠に過ぎない。苦痛という呪いを右腕に込めて、一スロットを使おうとしたが、リリスが慌てて右腕を押さえた。
「……申し遅れましたが、あなたの固有能力『遍在の器』の使用は呪力という未知数のエネルギーにより、正式なデータが算出されないので禁止します」
「……つまり、俺に死ねと?」
「だからこそ、あなたの純粋な筋力がこの闘いで発揮されるのですよ。能力に頼らないでください」
湧き上がる呪いが、彼女の牽制により舌打ちとともに消えていった。なぜか呪いの主の声は響いてこないことに疑問を感じたが、極寒の環境で機嫌が悪くなっているということにした。
「……そうだな。分かった、見てろよ!これがーー『筋肉』で全てを解決する瞬間だァ!!」
雪を蹴り、庄司の巨体が爆発的な加速で突進する。
ドローン群が一斉に火線を引いた。凄まじい掃射音が路地裏に響き渡り、弾丸が雪を噛んで熱による白煙と水蒸気を巻き上げる。
だが、庄司はその弾道を見切り、紙一重のステップで弾幕を潜り抜けた。
「一機目ぇ!」
ーーボガッ!!!
宙を漂っているドローンへ飛び込み、容赦のない左アッパーがドローンの下部を打ち抜く。
金属がひしゃげる凄まじい衝撃音とともに、金属でできたドローンが文字通り「質量を持った砲弾」と化して遥か上空へ吹き飛んだ。
「驚異的な打撃力です。……ですが、左斜め後方より第二波」
安全圏の電柱の陰から、リリスが淡々と状況をアナウンスする。
「言われなくても分かってんだよ!」
庄司は振り返りざま、襲い来る二機のドローンに対し、太い丸太のような右腕をぶん回した。
ラリアットーーいや、ただの腕力による暴力だ。
だがその瞬間、昨晩の激闘の代償……ずきりと右腕が激しく痙攣し、わずかにスイングの軌道がブレた。
「ーーチッ!?」
仕留め損ねた一機が、狂ったように姿勢制御用のプロペラを高速回転させながら庄司の顔面へと肉薄する。
庄司は咄嗟に左腕で顔を覆ったが、超硬質のプロペラ刃が衣服を切り裂き、その下の肉を容赦なく削り取った。
「ぐっ……!」
肉が裂ける鈍い音が響き、白い雪の上に鮮血が飛び散る。左前腕に鋭い切り傷が刻まれた。
しかし、庄司はこの程度では怯まない。
痛みに意識を乗っ取られるより早く、出血する左腕の筋肉を半ば強引に止血し、そのままドローンを掴んで地面に叩きつけて粉砕した。
ーー残り二機。
だが、二機のセンサーが同時に真っ赤に染まる。
庄司の戦闘力と負傷を計算し、確実に標的を仕留めるための最悪のコードーー『自爆特攻』へと移行したのだ。
ヒュンッ!と駆動音を甲高く響かせ、二機が凄まじい速度で突進してくる。
一機は庄司へ、そしてもう一機はーーあろうことか、電柱の陰にいるリリスへと軌道を設定していた。
「……っ、リリスちゃん!!」
庄司は自分の傷など顧みず、地面を爆発的に蹴った。リリスの瞳の幾何学模様が高速で回転する。
「システムより提案。庄司さんの次の一撃の威力を120%に引き上げるため、非論理的ですが……『応援』を実行します」
「はあ!?」
状況に見合わないプログラムに驚愕する彼を全く見向きもせず、リリスは無表情のまま、小さな両手をメガホンのように口元に当てた。
「……フレー、フレー、プロテイン。がんばれ、がんばれ、大胸筋。すごいぞ、すごいぞ、庄司さん。……はい、応援パケットの送信を完了しました」
「……脱力するタイプの応援すんじゃねえええ!!」
ツッコミと共に放たれた庄司の回し蹴りが、リリスへ向かっていたドローンを間一髪で捉え、空中で木っ端微塵に粉砕する。
しかし、彼女に対するツッコミのコンマ数秒の遅れが命取りとなった。庄司自身を狙っていた最後の一機が、すでに眼前にまで迫っていたのだ。
網膜を焼き尽くさんばかりの赤い光が膨れ上がる。
「しまっーー」
直撃を避けるため、庄司はとっさに肉厚な右腕を突き出し、手の平でドローンの機体を強引に弾き飛ばそうとした。
その接触の瞬間、ドローンが凄まじい爆音とともに自爆を遂げた。
ーードンッ!!
爆風が路地裏の雪を盛大に吹き飛ばす。庄司はなんとか機体を弾いたものの、至近距離での爆発が放った凄まじい熱波が、彼の右腕を容赦なく包み込んだ。
「が、あぁっ……!」
熱気が引いたあと、庄司の右腕の袖は完全に焼け落ち、そこには真っ赤に爛れた生々しい火傷が広がっていた。呪いが走る右腕に、今度は焼けるような激痛が上乗せされる。
ドス黒く右腕の中で蠢く呪いの主が、今、暴れ出そうと勢いよく炎が吹き上がっていた。
「……チッ、今は我慢しろ……すぐに治すから!」
「桐乃庄司さん……! 右上肢に熱傷、および左前腕に重度の切り傷を確認。これ以上はーー」
リリスの声に、いつもの完全な無機質さとは違う、わずかなノイズのような焦燥が混じる。
「はっ……大丈夫だ。これくらい、ちょっと多めにプロテイン飲めばすぐ治るレベルだわ!」
庄司は熱線を上げる右腕をぶら下げたまま、不敵に笑ってみせた。
爆風の煙の向こう側、完全に機能停止して雪に転がるドローンの残骸を見つめながら、大きく息を吐き出す。
「……って、なんだよ、もう終わりか。でも、リリスちゃんを守れたし、それに戦闘データも取れたんだろ?完璧なバトルだったじゃねえか!」
庄司は痛む身体を奮い立たせるように笑うと、わしゃわしゃとリリスの頭を傷だらけの手で乱暴に撫でた。大きな手が、冷え切ったリリスの髪を温めるように動く。
「庄司さん。左腕から流れる血が顔に付いてヒリヒリします……」
「おっと……すまねぇ」
慌てて手を離す庄司。リリスは白い頬についた血を小さな指先で拭い、じっと自分の指と、庄司のボロボロの腕を見比べた。
「この傷は……止血しないといけませんね。でも、すみません、包帯とかは持ってきてないです。」
「俺、このまま人前で歩かないといけないのか。」
「一般人が庄司さんの姿を見たら、少なからず通報案件ですね」
雪の白さの中で、庄司の腕の赤黒い火傷と裂傷はあまりにも目立ちすぎた。服の袖も消し飛び、上半身はほぼ半裸に近い。
「……リリスちゃんは回復する魔法とかは無いのか?」
庄司が淡い期待を込めて尋ねると、リリスは申し訳なさそうに視線を落とし、ふるふると首を横に振った。
「今のところ『治癒魔法』のバックアップはまだ取れていません。マスターが持っている唯一無二の魔法『リライト』……。機械と魔法が融合した、まさに奇跡の技術です。当然、習得は困難を極めます」
「あっ、そうやわ。リリスちゃんってサポート系ってより妨害系の子だったわ……。」
「私はハッキングが得意です。」
胸を張るリリスだが、さすがに物理的に裂けた肉をハッキングで繋ぎ合わせることはできない。
ハラハラと雪の勢いが増していく。ただでさえ半裸の庄司の肌に雪が触れ、ジュウと小さな音を立てては熱を奪っていく。
「……寒いっ、凍え死ぬぞこれは」
ガチガチと歯を鳴らし始めた庄司を見て、リリスは無表情のまま、自分の着ている小さなコートのボタンに手をかけた。
「旅館までは、私のコートで傷と破れた服を隠してください。」
「……良いのか?」
「私は風邪をひかないように設計されているので」
「ピンポイントだな、その設計」
「笑わないでください……」
リリスは少しだけ不満げに頬を膨らませると、脱いだばかりの、まだほんのりと温かいコートを庄司の負傷した腕と肩にそっと掛けた。
大柄な彼に対して、小柄なリリスのコートはあまりにも小さく、まるで大きな岩にハンカチを載せたかのような、シュールな光景になる。
それでも、そこに込められたその「暖かさ」は、確かに庄司の凍える身体に伝わっていた。
「……ありがとな。よし、じゃあサッサと宿に戻るか。蓮の『リライト』ってやつで、この傷もサクッと書き換えて直してもらわねえとな」
「はい。マスターなら、庄司さんの細胞データを数秒で最適化(治療)できます。……それと」
「ん?」
リリスは庄司の顔を見上げ、瞳の幾何学模様を優しく点滅させた。
「宿に戻ったら、先ほどの『スープのある本物のラーメン』のラーニングも、速やかに実行をお願いします。……ソースやマヨネーズは入れません」
「おう、分かってるよ。絶対に美味いって言わせてやるからな」
小さなコートを肩に引っ掛けた大男と、隣でトコトコと歩く少女。奇妙な二人の足跡が、静かに雪の路地裏へと刻まれていった。
庄司:「……そういえばリリスちゃん」
リリス:「どうかしましたか?」
庄司:「リリスちゃんに付いてた『天使の翼』みたいなものはどこにいったんだ?」
リリス:「……?」
庄司:「いや、初めて会った時に背中に大きい翼があったけど、今のリリスちゃんには生えてないから……」
リリス:「あれは生えているわけではありません。状況に応じて翼を出現させることができるのです。マスターの『リライト』を受けた後は、金属から羽毛のような質感になってしまいましたが……」
庄司:「そうなんだ」
リリス:「今から見せましょうか?」
庄司:「結構だ。早く帰りたい」
リリス:「……調子、狂いますね」
庄司:「……だろ?」