世界のシステムを書き換える最強能力「管理者権限」を手に入れたので、日常をハッキングして無双します! 作:Laggliches
「……案内人、聞こえるか?」
誰もいない温泉宿の退避セクター
少し離れた裏庭の東屋で、九条蓮はしんしんと降り積もる雪を眺めながら、静かに脳内へと語りかけた。
【ーー九条蓮、ワタシは常にバックグラウンドで待機しているとこの前述べましたが、もしかしてお忘れですか?】
鼓膜に直接響く無機質な、しかしどこか拗ねたような声。
「休憩アプリを使っているかと思ってた」
【……九条蓮の許可が下りる場合のみ、休憩アプリを使用しています。それ以外は今日のように、貴方のサボりに付き合っているのです】
「……付き合うって言われても、毎日はやらなくても良いと思うんだけど……」
冷たい空気の中に、蓮の吐き出した白い息が弱々しく溶けていく。
一ノ瀬結衣の凄まじい執着心──通称『ヤンデレ領域』から文字通り命からがら逃げ出してきた彼は、精神的な疲労から、すっかり肩を落としていた。
【その提案はとても非効率なので、却下します】
「……じゃあ一週間に三回は休憩してよ」
【ダメです。却下します】
「じゃ、じゃあ……1日だけでも……」
【却下します】
「……そろそろ休憩してよぉ案内人……」
手すりに顎を乗せ、情けない声を出すマスターの姿を、案内人は脳内のシステムログ越しに冷ややかに、しかし克明に観察していた。
【ーーなぜ過度にワタシを休憩させるのですか?ワタシは国のために日々働く労働者とは異なり、AIとして24時間365日、貴方を戦闘から不合理な日常までもサポートします。それなのに……】
「分かったよ……ごめんって」
蓮は苦笑しながら、頭を軽く振った。案内人がどれだけ自分を最優先に思考を割いているか、その一途さを拒絶するつもりは一切なかったのだ。
【……ワタシと貴方は『運命共同体』、まさにシンクロ率1000%です。自販機から始まり、まだ一ヶ月も経っていませんが、九条蓮はマスターとして、ワタシは管理者をサポートするAIとして、どこまでも支えます】
脳内パケットの明滅が、心なしか熱を帯びる。
「はあ……どうして、僕の身の回りの人はヤンデレ気質なんだろうね」
積もった雪が自重で枝から落ち、サァ、と静かな音を立てた。
その寒々しい景色とは裏腹に、蓮の脳内は常に誰かの過剰なまでの熱量で満たされている。
【……一ノ瀬結衣の『ヤンデレ領域』とは何も関連性はありません。それに、ワタシを彼女達と同格にしないでください】
AIの癖に、プライドを覗かせる案内人の声に、蓮は少し悪戯心が湧き、雪の表面を指先でなぞりながら、ふと意地悪な仮定を口にしてみた。
「……じゃあもし、僕が案内人のこと嫌いって言ったらどうするつもりなの?」
一瞬、世界の駆動音が止まったかのような、絶対的な静寂が脳内を支配した。直後、案内人のシステムが、感情のバグを孕んだ凄まじい演算速度で回答を出力する。
【九条蓮の演算機能を『リライト』して二度と同じ事を言わせないようにします!】
「ほら、それがヤンデレだって……」
強制的な世界の書き換えの予告に、蓮は頬を引きつらせた。
【………………すみませんでした】
沈黙のあと、電子の海の底から、しおしおと恐縮したような声が返ってくる。そのあまりの変わり身の早さに、蓮の口元から自然と笑みがこぼれた。
「大丈夫だって……案内人のことは嫌いじゃないよ。」
『嫌い』の反対を、あえて真っ直ぐな言葉で伝える。
【……その言葉を聞けて、安心しました】
案内人の声からトゲが消え、いつもの静謐なトーンへと戻っていく。同時に、蓮の脳内のバイタルデータも、心地よい安定の数値を刻み始めていた。
冷え切った身体を起こし、蓮は小さく伸びをする。
「……もうそろそろ一ノ瀬さんも落ち着いたと思うし、帰るよ」
戦場へと戻るような覚悟を決め、宿の入り口へと視線を向けた。
【ーー了解しました】
案内人の心強い、そしてほんの少しだけ嬉しそうな声が、再び彼の思考のバックグラウンドへと優しく溶けていった。