世界のシステムを書き換える最強能力「管理者権限」を手に入れたので、日常をハッキングして無双します! 作:Laggliches
さて、激戦により肉体的にも精神的にもすっかり疲れ果ててしまった蓮たちは、飛行機に乗って帰路に着き、ついにそれぞれのお家に帰ることが出来ます!
戦いの間の休息を、もう少しだけお楽しみください!
「はあ……ようやく帰ってきたよ」
長旅の疲れを隠そうともせず、蓮が深いため息を吐き出した。
「お土産たくさん買っちゃいました……。『キャラメルビスケット』と『チーズケーキ』、早く食べたいです!」
両手にお土産袋をこれでもかと抱えた春輝が、子供のように目を輝かせて声を弾ませる。
「もうしばらくは雪は結構ね」
結衣はうんざりしたように肩をすくめ、リリスもそれに同意するように無機質な声を重ねた。
「早く、マスターの暖かい暖房やコタツでのリラックモードに移行……お家が恋しいです」
みんながすっかり帰宅モードに浸る中、桐乃庄司は、己の右腕に眠る『主』へとめんどくさそうに視線を落とした。
「……おい、北海道から帰ってきたぞ。元気出せ」
《貴様の触覚は根本から腐っているのか?》
脳内に直接響く呪いの主の声は、いつになく弱々しい。
「生憎、お前のせいでとっくにゾンビさ」
《我が領域が……凍っているのだぞ!》
「家帰ったら火傷するくらいストーブに当ててやるよ」
ガタガタと物理的に震えんばかりの右腕に庄司が呆れていると、隣から春輝が「冷凍食品を解凍する感覚で、できるんですね……」と感心したような声を漏らした。
「……早く帰ろう。さっさと家で休みたい」
蓮が歩き出そうとし、結衣も「ええ、賛成だわ」と頷く。しかし、このまま大人しく解散するような庄司ではなかった。庄司は素早く一歩踏み出すと、蓮と結衣の肩を背後からガッチリと掴んで引き留めた。
「何言ってんだよ! 早く次に行こうぜ?」
「馬鹿じゃないの!?」
結衣が弾かれたように振り返り、鋭いツッコミを飛ばす。
「庄司、黙って家に帰れ」
蓮にいたっては、声音だけで人を殺せそうなほどの冷徹な眼光を向けてきた。
「……仕方ねぇな」
完全に孤立した庄司は、観念したように両手を上げて降参した。それを見た蓮は、静かにパチンと指を鳴らす。
視界が一瞬で暗転し、次の瞬間には全員がそれぞれの自宅へとワープさせられていた。
*
ところ変わって、蓮の自宅。
静まり返ったリビングで、リリスが淡々と現状を報告していた。
「マスター、食材の在庫が限りなくゼロに近いです」
「また買い出しに行かないとな……」
蓮が冷蔵庫を覗き込んで首を振ると、リリスの目がわずかに輝いた。
「お買い物なら先週行った、あの巨大購買施設が良いです。もう一度、ショーウィンドウに飾られた、あの豪華な商品たちを脳内メモリーに上書きしたいです」
「……それは、僕の財布に余裕ができたらね」
切実な蓮の呟きに、リリスは首を傾げる。
「お金の面ならマスターのご両親に相談してみてはどうでしょうか?」
「実家に帰るのはめんどくさいんだ」
「……実家?」
その単語がシステムに登録されていなかったのか、リリスは不思議そうにつぶやいた。蓮は少しバツが悪そうに視線を彷徨わせ、自身の複雑な境遇を説明し始める。
「僕は今、一人暮らし中なんだよ。中学校と実家の距離の関係で通学が難しいからね。だから連絡を取るっていう約束の元、一人で暮らしてる」
「……水道代、ガス代とかも全部マスターの負担なんですか?」
リリスのどこか同情を含んだ問いかけに、蓮は苦笑しながら手を振った。
「いやいや、それは流石に親に支援してもらってるよ。金銭面では特に困ってないし、むしろ余裕があるくらいだからね」
それを聞いたリリスは、無表情のまましばらくフリーズし、やがてぽつりと溢した。
「……複雑ですね」
蓮は苦笑しつつ、「だよね……」と頷く。親の脛は全力で齧っているのに、距離だけは果てしなく遠い。そんな中学生の妙にリアルな一人暮らしの現実に、二人は揃って静かに遠い目をするのだった。
*
一方その頃、急な転送によって着地のタイミングを狂わされた庄司は、自宅の前で危うくよろめきそうになっていた。
「おっと。……蓮のやつ、強制的にワープさせやがって」
軽い愚痴を吐き捨て、鍵を取り出して自宅に入ろうとしたその時、庄司はふと違和感を覚えて手を止めた。ただでさえ、温泉宿の朝から、右腕はずきずきと悲鳴を上げ続けている。
その上腕二頭筋を庇いながら、一緒にこのあたりまで送られたはずの春輝の姿が見当たらないことに気づく。
「あれ、春輝は――」
「いやぁああああああ!!!」
庄司の呟きを遮るように、夜の街に春輝の凄まじい叫び声が轟いた。
声のする方は、なぜか彼の真上。
「はぁ!?」と驚愕しつつ天を仰いだ庄司の目に、夜空から猛スピードで落下してくる影が映る。すでに満身創痍の肉体ではあったが、彼は反射的に、それを受け止める姿勢へと身体を構えてしまった。
「助けてぇぇぇ!!」
ドン、と。
すでに許容量を超えていた庄司の両腕へ、凄まじい質量と強い衝撃が容赦なくのしかかった。男としての意地でなんとか耐えようと踏ん張るものの、自由落下してくる人間のエネルギーは凄まじい。
ミシミシと肉体が悲鳴を上げ、結局は勢いに押し潰されるようにして地面に背中から倒れ込んだ。
「……っ、ゲホゲホッ」
「はぁ……はぁっ、助かったぁ……」
庄司の腹の上に生還した春輝が、荒い息を吐きながら安堵の声を漏らす。しかし、受け止めた側の庄司はそれどころではなかった。
右腕の筋肉痛だった場所に、今までに経験したことのない、文字通り『次元の違う激痛』が走っている。生きた心地のしない衝撃に悶絶しながら、庄司はなんとか声を絞り出した。
「て、転送ミスか……?」
「わからないけど、気づいた時には空中にいたの……」
「ああ……俺の身体、ヤバいやつだ、これ」
筋肉痛の悪化どころの騒ぎではない。ワンチャン骨がいっているかもしれないレベルの熱い激痛に、庄司は己の肉体の深刻な危機を察知していた。
「大丈夫……?」
上からのぞき込んでくる春輝の心配そうな顔が、痛みのあまり歪む視界の中でかすむ。
「わからないが、早く立ってくれないか?」
「……ごめんなさい」
慌てて退いていく春輝を見送りながら、庄司はただただ、自分の右腕が無事であることを祈るしかなかった。温泉宿の朝のバグを遥かに超える大惨事に、心の中で九条蓮への恨み言が爆発するのだった。
*
さらに場面が変わって、蓮によって自宅へとワープさせられた結衣もまた、我が家の玄関に足を踏み入れていた。
「……ただいま」
誰もいないかのように静まり返った暗い廊下に向かって、結衣はぽつりと声をかける。
すると次の瞬間、家じゅうに小気味よい音が響き渡った。奥の階段から、誰かがドタドタと勢いよく駆け降りてくる音がこちらへと近づいてくる。
「おねーちゃん、おかえりなさい!」
姿を現したのは、結衣の妹である結美だった。弾んだ声を上げる妹を見て、結衣はふっと表情を緩める。
「あら、結美。居たのね」
「……酷い」
姉の少し他人行儀な物言いに、結美は不満そうに唇を尖らせた。結衣が苦笑しながら靴を脱いで玄関に上がると、結美は待っていましたとばかりに彼女の手をぎゅっと引く。
そのまま急かすようにして、明かりのついたリビングへと姉を連れて行った。一息ついた結衣は、ふと気になっていたことを口にする。
「お母さんとお父さんはどこか知ってる?」
結美は「知らないよ」とあっさり首を横に振った。
「知っといてよ。心配なのに……」
両親の不在に結衣が少し眉をひそめて溜息をつくと、結美は姉を励ますようにリビングのテーブルを指差した。
「でも、夕飯は作ってくれたから早く食べて」
用意されていた食事に安堵しながら、「わかったわ」と結衣が頷く。しかし、結美はそこである違和感に耐えかねたように、じろりと姉を睨みつけた。
「あのさ、私の前でその口調は止めてくれない?」
「……癖なのよ」
結衣は困ったように視線をそらすが、結美の追及は止まらない。
「なんか上品っぽいのが……ウザい」
「……酷いわね」
「ほら、 また言った!!」
上品な姉の返しに、結美は思わず声を張り上げてビシッと指を突き出す。図星を突かれた結衣は、少し頬を赤くしながら、言い訳するように声を張り上げた。
「だから……癖は抜けないのよ!」
外での激戦やドタバタから離れ、実家に帰ってきたからこそ引き出される、少し子供っぽい姉妹の喧嘩が夜のリビングに響いていた。
「いくらモテたいからって、気持ち悪いの!」
結美の容赦のない言葉が、リビングに突き刺さる。
「はあ!? 別にモテたいなんて思ってないわ……思ってないよ!」
突然の濡れ衣に結衣は素で反論するが、結美はすかさずその核心へと踏み込んだ。
「じゃあ蓮さんに執着するのやめてよ!」
「……っ!?」
『蓮』という名前を出された瞬間、結衣の怒りの勢いが目に見えて弱まった。一気に顔が熱くなるのを感じながら、動揺を隠すように視線をあちこちへと彷徨わせる。
「……く、九条くんは関係ないし……執着なんてしてない……よ」
あからさまに歯切れの悪くなった姉を見て、結美はさらにニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「そうやってスケベなこと考えるから……!」
「私は九条くんの怠惰な生活を正すために、彼について行っているだけよ! スケベなことなんてもってのほかだわ!?」
必死になって早口でまくしたてる結衣。その必死すぎる姿は、逆に怪しさを際立たせるだけだった。結美は一歩引き、冷ややかな、しかしすべてを察したような目で姉を見つめる。
「……おねーちゃん、取り乱しすぎ」
「うう、うるさい!! 早く部屋に戻って勉強しなさいよ!」
完全にキャパシティをオーバーした結衣は、真っ赤になった顔を隠すようにして、強引に会話を打ち切った。
結美は姉のあまりの狼狽ぶりに満足したのか「はぁい」と、どこか呆れたような声を残して、トタトタと自分の部屋へと戻っていった。
妹の足音が遠ざかり、再び静まり返ったリビング。
「……執着なんて、してないわ」
結衣は電子レンジで温まった夕飯を口に運びながら、誰もいない空間に向かって、ぽつりと小さく言い訳を呟いた。箸を動かす手が、ふと止まる。
窓の外の夜空を見つめながら、彼女は胸の奥にある本当の気持ちを、静かに噛みしめるように言葉にした。
「ただ見守りたいだけ。……ええ、それだけだわ」
自分の心に言い聞かせるようなその呟きは、静かな部屋の空気に溶けて消えていった。
蓮:「……次はマグマ?」
リリス:「はい、おっしゃる通りです。」
蓮:「絶対零度廃坑の次は灼熱のエネルギー製造プラント……」
リリス:「汗拭きシート、着替えなどの準備をしますか?」
蓮:「それもそうだけど、何か『冷却系の能力』を付けたいな」
リリス:「では、明日にでも特訓をしましょう!」
蓮:「……休みたいっす」
リリス:「あ……分かりました」