久しぶりにウマ娘の動画が流れてきたと思ったら、LGランクとかできてて頭抱えました。
「それで……渡したい物ってなんですか?」
昼食を終え、研究室へ戻ってきたタイミングでロードが尋ねた。
ライツは机の引き出しを開け、一着のジャージを取り出す。
真紅を基調とした生地に、袖とズボンの側面を走る白いライン。
それは、トレセン生徒の体操服だった。
「ロード君。」
ライツはそれを差し出す。
「これからのトレーニングでは、その黒いジャージではなくこれを着てもらいたい。」
ロードはジャージを受け取り、不思議そうに首を傾げた。
「これじゃ駄目ですか?」
「駄目、というわけではない。」
ライツは穏やかに首を横へ振る。
「ただ、今の君はまだ非公式な存在だ。正式な発表があるまでは、できるだけ余計な注目は避けたい。」
「一人だけ違う服装で走っていれば、それだけで目立ってしまうからね。」
ロードはジャージへ視線を落とす。
確かに、真紅色の中に黒色では一目で分かってしまう。
「トレセン学園はウマ娘にとってのエリート校。当然、マスコミたちが注目する場でもある。」
その言葉に、ロードは僅かに顔を顰めた。
「これは君を隠すためじゃない。」
ライツは静かに続ける。
「君が余計なストレスを感じることなく走れる環境を守るためだ。」
ロードは数秒そのジャージを見つめ――小さく頷いた。
「分かりました。」
そう言って、隣の準備室へと向かう。
ライツはその背中を、静かに見送った。
着替えを終えたロードが準備室から出てきた。黒から真紅に姿を変えた彼は、目新しいものがあった。
「なかなか似合ってるじゃないか。」
「体操服に似合うとかあるんですかね?」
「あるとも。」
ロードのツッコミに、ライツは小さく笑う。
「立派なトレセン学園の一員に見えるよ。」
ロードは少し照れ臭そうにジャージへ視線を落とした。
二人は研究室を出て、廊下を歩く。
遠くから、トレセン生徒の楽しそうな声が聞こえてきた。
「それで……午後はどんなトレーニングを?」
ロードが尋ねる。
しかし、ライツの返答は予想外のものだった。
「何を言っている。それを考えるのは君だよ。」
「……え?」
予想外の返答に、ロードは思わず聞き返した。
ライツはいつも通り落ち着いた様子で、話を続ける。
「測定の際にも話したが、君に必要なのは “速さを扱う技術” だ。左脚だけに頼るのではなく、両脚を使って、自分にとって最適な走りへ進化させる。」
「だが、その答えを私から与えるつもりはない。」
ロードは黙って耳を傾ける。
「“進化” とは――変わりたいと願った者だけが起こせる奇跡だと、私は考えている。」
「誰かに与えられるものじゃない。自ら考え、自ら掴み取るものだよ。」
ライツの考えは、妙にしっくりと腑に落ちた。
その上で、ロードはライツに尋ねる。
「……俺に、できますかね。」
「できるさ。」
ライツは迷いなく答えた。
「君は何もないところから、自分だけの走りを生み出して見せた。0を1にする力はもう持っている。」
彼女は少しロードへ近づき、穏やかに微笑む。
「だから今度は、その『1』を育てていくんだ。」
「安心してくれ。私はこれからも君のそばにいる。」
ライツは車椅子を動かし、先へ進む。
だが、ロードはその場から動かなかった。
河川敷。
誰もいない土手。
夕日に照らされながら、ただ速くなりたい一心で走り続けた日々。
誰にも教わらず。
誰にも見てもらえず。
それでも、自分だけの走りを信じてきた。
『0を1にする力は、もう持っている。』
ライツの言葉が胸の中で静かに響く。
ならば。
その『1』を、もっと先へ。
もっと速く。
もっと遠くへ。
ロードはゆっくりと拳を握った。
「……やってやる。」
その呟きは小さかった。
だが、その瞳には確かな決意が宿っていた。
ふと、ライツは振り返り、小さく笑う。
「何か言ったかい?」
ロードは首を横に振る。
「いえ。」
そして、いつもの穏やかな笑みを浮かべーー
「行きましょう。」
ライツの横に並び、トレーニング場へと向かった。
・・・・・
午後の日差しが、ターフを照らしていた。
休日ということもあり、広いトレーニング場では数人のウマ娘たちが思い思いのメニューをこなしている。
観客席ではライツがカメラを設置し、黙ってこちらを見ている。
ロードはゆっくり息を吸う。
(右足にも役割を持たせる……。)
ライツが導き出した答え。
左足だけに頼らず、両脚で加速を繋いでいく。
その理屈は理解していた。
あとは、その走りを完成させるだけ。
ロードはゆっくりと走り始める。
歩幅を少しずつ広げながら速度を上げていく。
(右足にも役割を。)
ライツの言葉を思い出す。
左足が地面を捉えた。
そして、踏み込む。
強く、
深く……
「やべ……!」
気付けば、いつもの前傾姿勢へ入っていた。
ロードは速度を落とし、足を止める。
「癖になってるな……。」
静かに呟く。
今のは、いつもの走りだった。
右足に役割など何一つ与えられていない。
自分の中で無意識に『加速=左足』という式が組み上がっている。それを取り払わない限り、前には進めない。
スタート地点に戻りながら、気持ちを切り変える。
焦る必要はない。
速度を少しずつ上げ、前傾姿勢へ移ろうとした、その瞬間――
(右足。)
左足で全てを決めるのではなく、右足にも加速を繋ぐよう意識する。
一歩ではなく二歩で加速し、前傾姿勢に入る。
そのまま二十メートルほど駆け抜け、ロードは自然に減速する。
「………。」
“悪くない”。
それが素直な感想だった。
右足に力が入っている感覚もある。
左足への負担も、いつもより少ない。
それでも。
「違うな……。」
ロードが小さく呟く。
そしてスタート地点に戻り、再び走る。時にはライツの下へ行き、一緒に映像を見返した。
だが、何度繰り返しても答えは同じだった。
“何かが違う”。
この小さな違和感は、ロードの中で大きな障壁として立ち塞がった。
最高速度は元の走りと変わらない。だが、こちらの方が左足に優しい。
この改造は、ロードがこれからも走り続けるために必要な進化と言える。
しかし、何度も走り続けるうちに、その正体に辿り着く。
この走りには、ある肝心な事が欠落していた。
それは――
全然、楽しくない。
ロードは自分の左足を見下ろす。
河川敷で見つけた、あの一歩。
左足で地面を踏み抜いた瞬間、世界が一気に後ろへ流れていく、あの感覚。
胸の奥が熱くなるほどの加速。
身体中を駆け抜ける高揚感。
それが、一切ない。
ロードは唇を噛む。
速さはある。
理屈も合っている。
なのにーー
(これは、俺がやりたい走りじゃない。)
彼の奥底にある本能が、その走りを拒んでいた。
・・・・・
西へ傾いた太陽が、ターフを茜色に染めていた。
時計の針は午後四時を回っている。
ロードは最後の一本を走り終え、小さく息を吐いた。
「はぁ……。」
額から汗が滴り落ちる。
何本走ったのか、もう覚えていない。
そのたびに映像を見返し、また走る。
考え、試し、また考える。
それでも、答えは見つからなかった。
ライツはカメラの電源を切り、静かに車椅子を動かす。
「今日はここまでにしよう。」
ロードは悔しそうにターフを見つめた。
「……すみません。」
「謝る必要はないよ。」
ライツは穏やかに首を横へ振る。
「たった一日で長年の癖が変わるなら、誰も苦労はしないさ。」
ロードは自分の左脚へ視線を落とす。
今日一日、何度も走った。
それでも最後には、身体が無意識に元の走りへ戻ろうとしていた。
「ライツ博士。」
「うん?」
ロードは少し言いづらそうに口を開く。
「走った後に念入りにマッサージをすれば……これまでの走りでもいいんじゃないですか?」
その話を聞いたライツは少しだけ目を見開いた。やがて、申し訳なさそうに目を細める。
「その気持ちは、よく分かる。」
静かに頷く。
「走った後のケアはとても大切だ。マッサージも、ストレッチも、疲労回復には欠かせない。」
一拍置いて、ライツはロードの左脚へ目を向ける。
「だが、それはその場凌ぎでしかなく、壊れる原因そのものを消してくれるわけじゃない。」
ロードは黙って話を聞く。
「どれだけ丁寧にケアをしても、疲労は少しずつ、確実に蓄積していく。」
「まして、君の左脚に掛かっている負荷は一般的なウマ娘より遥かに大きい。」
「今のままでは、おそらく回復より損傷の方が早いだろう。」
ロードは拳を握り締める。
そんな理屈が通らないことは分かっていた。
それでも……どこかで都合のいい答えを期待していたのかもしれない。
「だから私は。」
ライツは穏やかな声で続ける。
「治療ではなく、走りそのものを変えたいと思った。」
「明日も、一年後も、五年後も走っていてほしいからね。」
夕暮れの風が、二人の間を静かに吹き抜ける。
ロードはゆっくりと頷いた。
「……はい。」
短い返事だった。
だが、その瞳から諦めの色は消えていない。
答えは、まだ見つからない。
それでも。
今日より明日。
明日より、その先へ。
ロードはもう一度だけ夕焼けに染まるターフを見つめると、ライツと並んでゆっくりと歩き始めた。
・・・・・
その日、夕食を終えた後。
リビングにはテレビの音だけが静かに流れていた。
ロードはソファに腰掛けたまま、ぼんやりと天井を見上げている。
手元には、一冊のノート。
そこには今日ライツと確認した内容が簡単に書き留められていた。
『右足にも役割を持たせる』
『速さを扱う技術』
ペンを持ったまま、手が止まる。
書こうとしても、何も浮かばない。
「ロード。」
優しい声が聞こえた。
振り向くと、マグカップを二つ持ったライトが立っていた。
「ココアを用意したけど、飲む?」
「ん……ありがとう。」
ロードはカップを受け取り、小さく礼を言う。
湯気がふわりと立ち上り、甘い香りが鼻をくすぐった。
ライトはそのまま隣へ腰を下ろす。
少しだけ沈黙が流れる。
「……何かあったの?」
その一言に、ロードは苦笑した。
「そんなに分かりやすかった?」
「うん。」
ライトは即答する。
「今日は帰ってきてから、ずっと上の空だったもの。」
ロードはココアへ視線を落とした。
揺れる湯気を眺めながら、小さく息を吐く。
「……ちょっと、走り方が分からなくなってさ。」
その言葉に、ライトは驚かなかった。
続きを促すように、静かに耳を傾ける。
「ライツさんの言ってることは正しいんだ。」
「左足だけに頼る走りじゃ、この先長くは走れない。だから、右足にも役割を持たせる。」
「その理屈は、ちゃんと分かってる。」
そこで一度言葉を切る。
「でも……。」
ロードはどこか自嘲気味に笑った。
「新しい走りが――全然楽しくないんだ。」
「速さはあるし、左足も前ほど痛くならない。なのに……。」
ぎゅっとマグカップを握る。
「走ってても、何も感じない。」
ライトは静かに頷いた。
「そう。」
それだけ言って、少し考えるように窓の外へ目を向ける。
「ライツさんの考え、私も分かるよ。」
「身体を守ることはとっても大切。走り続けるためには、必要なことだもの。」
ロードは黙って頷く。
「でもね。」
ライトはロードの方へ向き直る。
その表情は、どこか現役時代を思い出しているようだった。
「やっぱり、楽しく走るのが一番。」
ロードはゆっくりと顔を上げる。
「どんなに速くても、どんなに綺麗なフォームでも。」
「走ることが苦しくなっちゃったら、きっと長くは続かない。」
優しく微笑む。
「だからね。ロードの『楽しい』と思える気持ちも、同じくらい大切なの。」
「その二つが重なる場所が、必ずある。」
ロードはその言葉を反芻する。
理論と、楽しさ。そのどちらかを選ぶのではなく、どちらも手に入れる。
そんな走りが、本当にあるのだろうか?
「焦らなくていい。」
ライトはそっとロードの肩に手を置いた。
「たくさん悩んで、たくさん走って。」
「その先で見つけた答えなら、きっとロードだけの宝物になる。」
ロードは小さく笑った。
「……ありがとう、母さん。」
「どういたしまして。」
ライトも笑う。
そして、ロードはもう一度ノートへ目を向けた。
『楽しい走りとは』
その問いだけが、静かにページの中央に残っていた。
・・・・・
翌朝、日曜日。
窓から差し込む柔らかな陽射しが、部屋を優しく照らしていた。
ロードは真紅色の体操服に袖を通す。ズボンの尻尾用スリットから、黒鹿毛の尻尾をそっと通した。
「おっ、似合ってるじゃないか。」
リビングに姿を現すと、のんびりとコーヒーを飲んでいた父が声をかける。
「いつ見てもいい色ね。」
父に続くように、隣に座るライトが言う。
「そういえば、母さんは元トレセン出身だったね。」
「ええ。」
ライトはとても嬉しそうに微笑んだ。
「自分の息子がトレセン学園の体操服を着ているなんて、夢みたい。」
「……生徒じゃないけどね。」
「それでもいいの。」
その声は今まで聞いたことがないくらいに澄んでいて、ロードは思わず言葉を失った。
彼女もまた、ロードのことで苦しんできた。決して自分の前で表には出すことはなかったが、その片鱗を見た気がした。
「それじゃあ、行ってきます。」
「送らなくてもいいのか?」
「うん。ウォーミングアップも兼ねて走るんだ。」
そうして玄関に向かおうとした、その時だった。
「ロード。」
振り返ると、ライトが微笑みながらこちらを見ていた。
「昨日のことなんだけど、お母さんからもう一つアドバイス。」
ライトは優しく笑った。
「もし答えが見つからないなら、誰かの走りを参考にしてみるのはどうかしら。」
「誰かの……走り?」
「全部真似する必要はないの。『この動き、いいな』とか、『この感覚、好きだな』って思うところだけでもいい。」
「そうやって少しずつ、自分の走りへ取り入れていく。それも立派な進化だと、お母さんは思う。」
ロードは少し考え込む。
河川敷では、いつも一人だった。
誰かの背中を追いかけたことも。
誰かの走りを真剣に見たこともない。
「俺の走りを、誰かの走りを組み合わせるなんて……。」
ぽつりと呟く。
「そんなこと、できるのかな。」
ライトはすぐには答えなかった。
少しだけロードの顔を見つめ、それから穏やかに微笑む。
「できるかどうかじゃなくて、やってみる価値はあるんじゃない?」
「そうだぞ、ロード。」
ライトの言葉を援護するかのように、父が口を開く。
「目の前にいるのは、かつて “伝説” と呼ばれていたウマ娘だ。聞いておく価値は十分にある。」
父のヨイショに、ライトは『ふふん』と腰に手を当てて胸を張る。
伝説要素をまるで感じないやり取りに、ロードは思わず微笑んだ。
「わかったよ。」
少しだけ肩の力が抜ける。
「行ってきます。」
「「いってらっしゃい。」」
両親の声が、背中を押す。
「今日は、何か一つでも見つかるといいね。」
「うん。」
ロードは靴を履き、玄関のドアを開ける。
朝の春風が、優しく頬を撫でた。
バッグを担ぎ直し、ゆっくりと歩き出す。
彼の胸にあるのは、ただ一つ。
“誰かの走りを見てみよう”。
明確な目的を抱いて、ロードはトレセン学園へ向かった。
トレセン学園、トレーニング場。
ターフの端で、ロードはゆっくりと身体をほぐしていた。
首を回し、肩を回し、軽く屈伸を繰り返す。
その合間にも、視線は何度もターフへ向いていた。
坂路を駆け上がるウマ娘。
スタートダッシュを繰り返すウマ娘。
ダートを力強く駆けるウマ娘。
ロードは一人ひとりの走りを、真剣な表情で見つめている。
「………。」
彼のすぐそばでその様子を見ていたライツは、小さく首を傾げた。
「ロード君。」
ライツが呼ぶと、ロードはパッと顔を上げた。
「今日はずいぶんと周りを見ているね。」
その問いに、ロードは少しだけ頬を緩める。
「母さんに言われたんです。『誰かの走りを参考にしてみるのも一つの方法じゃないか』って。」
「なるほど。」
ライツは納得したように頷いた。
「それで、他のウマ娘たちの走りを?」
「はい。」
ロードは再びターフへ目を向ける。
「全部を真似するつもりはありません。」
「でも、何か一つでも自分の走りに繋がるヒントが見つかればって。」
ライツは、ロードのフォーム改造に下手に口を出すつもりはない。誰かに与えられた答えでは、彼が積み重ねてきた『走る理由』までもを塗り替えてしまうからだ。
彼に必要なのは教えられた走りではなく、“自分自身で辿り着いた答え”。
だからこそ、自らの足で前へ進もうとする彼の姿を見て、ライツは穏やかに微笑む。
「とてもいい考えだね。」
「研究も同じさ。一人で答えを生み出すこともあれば、先人たちの研究を読み、その上へ新しい答えを積み重ねていくこともある。」
「誰かを参考にすることは、自分だけの答えへ辿り着くための立派な手段だよ。」
ロードはその言葉に、小さく頷いた。
胸の中でぼんやりとしていた目標が、少しずつ輪郭を帯びていく。
「頑張ります。」
ロードは深く息を吸い込み、ゆっくりと吐き出す。
視線を上げるとそこには、思い思いのトレーニングへ励むウマ娘たちの姿があった。
短距離用のダッシュを繰り返す者。
坂路で脚を鍛える者。
仲間と並んでフォームを確認する者。
それぞれが、それぞれの”速さ”を追い求めている。
(……まずは、見ることから。)
目的は、自分のフォームを完成させることではない。誰かの走りから、自分だけのヒントを見つけること。
彼の目は、昨日までとは違う景色を見ようとしていた。
・・・・・
昼休みの食堂は、変わらず生徒たちの笑い声と食器の触れ合う音で賑わっていた。
その喧騒から少し離れた窓際の席。ロードとライツは並んで腰を下ろしていた。
本日のロードの昼食は唐揚げ定食。
一方のライツは、ハンバーガーとコーヒーだけという軽めの昼食だった。
「いただきます。」
二人は静かに手を合わせる。
しばらくは、食事をする音だけが流れた。
ロードは一口唐揚げを口へ運びながら、窓の外へ目を向ける。視線の先ではスズメたちが戯れていた。
「……分かってはいたんですけど。」
ぽつりと、ロードが口を開く。
「なかなか、自分の走りと噛み合いませんね。」
ライツはハンバーガーを置き、静かにロードの方を見た。
「午前中だけでも、結構観察しました。」
「加速が得意なウマ娘もいましたし、滑らかに走るウマ娘もいました。」
そこで一度話を止める、
「でも……『これだ』って思える走りが、一つもありませんでした。」
ライツはすぐには答えなかった。
コーヒーを一口飲み、窓の外へ視線を向ける。
「そうだろうね。」
静かな声だった。
ロードは少しだけ顔を上げる。
「君が探しているのは、単に速い走りじゃない。『これがルベウスロードだ』と胸を張って言える走りだ。」
「………。」
「“妥協” なんて言葉、君には無いだろう?」
ロードは黙って頷く。
自分が心から楽しめる走りでないと、走る気持ちが起きない。
ライツは小さく笑みを浮かべた。
「焦る気持ちも分かるが、無理に探す必要もないと思うよ。」
「気になったものがあれば立ち止まり、何も感じなければそのまま通り過ぎればいい。」
その言葉に、ロードは顔を上げた。
「これは、焦って掴むものじゃない。」
「君が本当に必要とするものを見つけた時は、きっと君の方が目を離せなくなる。」
ロードは窓の外へ目を向けた。
窓ガラスには、昼食を楽しむウマ娘たちの姿がぼんやりと映っていた。
彼女たちの中に、自分の求める答えは本当にあるのだろうか。
「……はい。」
短く返事をすると、ロードは残っていた唐揚げを一口頬張る。
食堂の窓から吹き込む春風が、二人の間を静かに通り抜けていった。
・・・・・
昼食を終えた二人は、再びトレーニング場へ戻ってきた。
ロードは午前中と変わらず、様々なウマ娘たちへ視線を向ける。
短距離を得意とする者。
長距離を得意とする者。
どのフォームも洗練されている。
だが。
「………。」
やはり心は動かない。
と、その時だった。
見覚えのある姿がターフを駆けていく。
黒髪の少女、キタサンブラックだった。
真剣な表情で前を追っている。
その視線の先。
一人のウマ娘が、一定のリズムで駆けていた。
午後の日差しを受け、オレンジ色の長い髪が風に揺れる。
(たしか、キタサンと同じチームスピカの……)
そこまで思い出して、肝心の名前が出てこない。
申し訳なく思いながら、ロードは2人を静かに眺める。
(……違う。)
ロードは静かに首を振る。
キタサンの走りは素晴らしいが、自分が求めているものではない。
続いて、前を走るオレンジ髪のウマ娘。
(……違うなぁ。)
そう思った、次の瞬間だった。
彼女の身体が、わずかに前へ傾く。
ロードの前傾姿勢ほどではないが、確かに前へ伸びた。
踏み込んだようには見えない。
それなのに、気付けばキタサンとの距離が広がっていた。
「あ……。」
ロードの口からは思わず声が漏れ、目が見開かれた。
速い。
間違いなく速い。
だが、脚を叩きつけるような爆発ではない。
流れるように、自然に加速していた。
ロードは思わず息を呑む。
自分と同じ、一歩で世界を変える加速。
だが、決定的に違う。
仮にロードの加速が”剛”だとしたら、
彼女の加速は――“柔”だった。
「さてロード君、午後のトレーニングは――」
隣にいたライツがロードに声をかける。
が、最後まで言葉は続かなかった。
彼は、すでに走り出していた。
「ロード君、どこへ!?」
慌てたライツの呼び掛けにも気付かない。
ロードの視線は、ただ一人のウマ娘だけを捉えていた。
オレンジ色の長い髪が風になびく。
その背中へ向かって一直線に駆ける。
彼の胸を満たしていたのは、焦りでも迷いでもない。
ただ一つ。
『もう一度、あの加速を見たい。』
その想いだけだった。
つづく
どうでもいいですが、僕が一番好きな育成シナリオはURAファイナルズです。理由は、担当ウマ娘との二人三脚を最も感じられたシナリオだからです。
では、また次回