ウマ娘 ロストロード   作:ツカッチ

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トレーナーのみなさん、こんにちは。
思ったより早く仕上がった。

タイトルの「Ratio」とは、ラテン語で「思考・論理」という意味です。


第十二話 Ratio Rubedo

「ロードくん……。」

 

 キタサンは小さく名前を呼んだ。

 ロードは夕日を背に立ち、いつも通り落ち着いた表情を浮かべている。

 

「うん。お疲れ様、キタサン。」

 

「お、お疲れ様。」

 

 返事をしながらも、胸の鼓動は少しずつ速くなっていく。

 

 どうして彼がここにいるのだろう。

 

 少しだけ沈黙が流れる。

 校舎の隙間から差し込む夕焼けが、二人の影を長く伸ばしていた。

 

 先に口を開いたのは、キタサンだった。

 

「えっと……どうしてここに?」

 

 ロードは少しだけ視線を上げる。

 

「スズカさんから聞いたんだ。キタサンが来週の日曜日、皐月賞を走るって。」

 

 その一言に、キタサンは目を丸くした。

 

「初めてのGⅠなんだってね。」

 

「う、うん。」

 

 ゆっくりと頷くキタサン。

 緊張も相まって、少し反応が遅れた。

 

「だから。」

 

 ロードは真っ直ぐキタサンを見つめる。

 

「応援を伝えに来た。」

 

 その言葉は短く、飾り気もない。

 

 けれど。

 

 キタサンの胸には、不思議なくらい真っ直ぐ届いた。

 

「……俺は、応援される側の気持ちがどんなものかは分からない。」

 

「だから、無責任に『頑張れ』なんて言えない。」

 

 キタサンは黙って、その続きを待った。

 

 ロードは真っ直ぐ彼女を見つめる。

 

「でも。」

 

「キタサンが勝つって、俺は信じてる。」

 

「……!」

 

 その一言に、キタサンの瞳が大きく揺れた。

 

「スズカさんと走るキタサンを思い出して、そう思った。」

 

 キタサンは息を呑む。

 

 胸の奥が熱くなる。

 

 何か、言わなきゃ。

 

『会いに来てくれてありがとう』って、『必ず勝つ』って。

 

 そう思った、その時だった。

 

「じゃ、またな。」

 

 なんとロードは、こちらの返事を待たずに踵を返した。

 

「あ……。」

 

 キタサンは思わず手を伸ばしかける。

 

 でも、声が出ない。

 

 一歩。

 

 また一歩。

 

 ロードは夕焼けの道を歩いていく。

 

(待って。)

 

 そう思うのに、喉が動かない。

 

 少し前までなら、彼はこちらの返事を待ってくれていた。出会って間もないけれど、お喋りをして、一緒に笑い合った。

 

 でも、今は違う。

 

 ロードは、自分の走りに夢中になっている。

 夢へ向かって真っ直ぐに走り続けている。

 

 だから。

 

(いつまでも、待っていたらダメだ……。)

 

 胸の前で握った鍵に、力が入る。

 

(今度は、私が一歩踏み出さなきゃ!)

 

「ロードくん!!」

 

 キタサンが名前を呼ぶ。

 ロードはその場で立ち止まり、ゆっくりと振り返った。

 

「どうした?」

 

 そう問われて、キタサンはゴクンと喉を鳴らした。

 

 勢いで呼び止めたものの、その先の言葉がうまく出てこない。口の中はカラカラだ。

 

「あ、あの……!」

 

 心臓がうるさい。

 

 頬が、耳が熱い。

 

 それでも。

 

 ここで黙ったら、きっとまた後悔する。

 

 そう思い、小さく息を吸った。

 

「わ、私……これから学園に、部屋の鍵を返しに行かなきゃいけなくて……。」

 

「うん。」

 

 ロードは静かに頷く。

 

 その穏やかな返事に、少しだけ肩の力が抜けた。

 

「そ、それで……。」

 

 視線が泳ぐ。

 

 こんなの理由にならない。

 

 鍵の返却なんて一人で行ける。

 

 ロードが来る必要なんて、どこにもない。

 

 それでも。

 

 もう少しだけ、一緒にいたい。

 

 その想いだけは、本物だった。

 

「よ、よかったら……一緒に、来て……くれませんか?」

 

 徐々に消え入る声。

 最後の方はロードに届いたかもわからなかった。

 

 静かな時間が流れる。

 

 ロードは少しだけ首を傾げ、キタサンの顔を見る。

 

 数秒だけ考えてから、小さく頷いた。

 

「いいよ。」

 

「……えっ?」

 

 あまりにも自然な返事だった。

 

 キタサンは思わず顔を上げる。

 

「その代わり――」

 

 ドクン、と胸が鳴る。

 

 “その代わり”。

 

 その一言だけで、さっきまで落ち着き始めていた心臓がまた騒ぎ始める。

 

(な、何だろう……?)

 

 ロードは真剣な顔のまま口を開いた。

 

「購買寄ってもいい?」

 

「……え?」

 

「今日は頭使いっぱなしだったから腹減ってさ。」

 

 少しの静寂。

 

 やがて。

 

「……ふふっ。」

 

 キタサンの口から、小さな笑いが漏れた。

 

「あははっ!」

 

 さっきまでの緊張が嘘みたいにほどけていく。

 

「じゃあ、まずは購買行こっか!」

 

 キタサンは笑顔で一歩踏み出した。ロードも「うん」と頷き、その隣へ並ぶ。

 

 きっと彼にとっては、“友達として”の何気ない一言。

 

 でも。

 

 キタサンにとっては、その一言だけで十分だった。

 

 

 

 

・・・・・

 

 

 

 

 夕焼けに染まった校舎を歩き、二人は購買前へと辿り着いた。すでに授業は終わっているため、人影は昼間よりずっと少ない。

 

 購買のシャッターはまだ開いており、パンや軽食を求める生徒が数人並んでいた。

 

 その向かい。

 木製の長椅子には、二人のウマ娘が肩を並べて座っていた。

 

 一人は、鹿毛の長い髪を夕日に揺らす少女。もう一人は黒鹿毛の髪を右に下ろした、少し大人びた少女だった。

 

「ダイヤちゃんにクラちゃん!」

 

 キタサンがぱっと表情を明るくして、二人に駆け寄った。

 

 その声に、二人は同時に顔を上げる。

 

「あっ、キタちゃん。」

 

 サトノダイヤモンドが柔らかく微笑む。

 

「トレーニング、お疲れさま。」

 

「お疲れさま。」

 

 隣のサトノクラウンも穏やかに声をかけた。

 

「二人とも、お疲れ様!」

 

 キタサンも笑顔で返事をする。

 

「こんなところで何してるの?」

 

「んー、皐月賞の作戦会議。」

 

 クラウンの返事をを聞いたキタサンは、その場で足を止めた。

 同じ皐月賞に出走する者として、二人の話の中に入るはべきではないと理解したのだ。

 

「あんまり邪魔しない方が良さそうだね。」

 

「ふふっ。ありがとう、キタサン。」

 

 クラウンは微笑みながらキタサンに感謝を述べる。そのやり取りに、ダイヤも口元を緩ませた。

 

「……おや?」

 

 ふと、クラウンが少し離れた場所にいるウマ娘に目を向ける。

 女性とは少し違う、少し角張った顔つき。

 

「そちらの子は、もしかして……。」

 

「そうだよ!」

 

 そう言ってキタサンはロードのもとへ駆け寄った。

 

「俺は購買行ってるから、話してなよ。」

 

 ロードは気にした様子もなく答える。

 その一言に、キタサンはぶんぶんと首を横に振った。

 

「そうじゃなくて、ほら来て!」

 

 彼女はロードの手を取ると、半ば強引にダイヤとクラウンの前に連れ出した。

 

 キタサンは嬉しそうに二人へ向き直る。

 

「彼こそが、ルベウスロードくんです! 私たちと同じ中学二年生なんだよ!」

 

 紹介を聞いて、クラウンは納得したように頷いた。そして静かに立ち上がり、咳払いを挟んでロードに向き合った。

 

「初めまして! 私はサトノクラウン!」

 

「前にターフを走ってたところを見たよ。あんな前傾姿勢で走るなんてビックリしたよ!」

 

「どうも。」

 

 ロードは短く頭を下げる。

 その飾らない返事に、クラウンは思わず小さく笑った。

 

 走りは誰よりも大胆なのに、話す時は驚くほど淡々としている。そんなギャップが少し面白かった。

 

 次いで、ダイヤもその場で起立する。

 

「初めまして。」

 

 穏やかな笑みを浮かべながら、小さく頭を下げた。

 

「サトノダイヤモンドです。いつも、キタちゃんがお世話になっています。」

 

「お世話……。」

 

「はい。ここ最近のキタちゃんからはよくあなたのお名前が――」

 

「ダッ、ダイヤちゃん!!///」

 

 キタサンの耳と尻尾がピーン!と立つ。

 顔を真っ赤にして、両腕をバタつかせた。

 

「そ、そんなことないよ!」

 

「ふふっ。」

 

 ダイヤは悪戯が成功した子どものように微笑む。そして改めてロードに向き直り、にこりと笑った。

 

「どうぞ、よろしくお願いします。」

 

「こちらこそ、よろしく。」

 

 ダイヤは変わらぬ笑顔で頷く。

 

 礼儀正しく、非の打ち所がない挨拶。

 

 けれど。

 

 その翠色の瞳は、静かにロードを見つめていた。

 

 

 

 

・・・・・

 

 

 

 

 購買を後にした二人は、並んでゆっくりと歩く。ロードは買ったチョコ味エナジーバーの袋を開け、一口かじった。

 

「そういえば。」

 

 歩きながら、ふと思い出したように口を開く。

 

「さっきの二人も、皐月賞を走るの?」

 

「ううん。」

 

 キタサンは首を横に振る。

 

「走るのはクラちゃんだけ。ダイヤちゃんはまだデビューしてないんだ。」

 

「ふーん。」

 

 ロードは静かに頷く。

 

 少しだけ考えてから、ぽつりと呟いた。

 

「それでも、皐月賞はキタサンが勝つんだろうな。」

 

「!」

 

 あまりにも自然に言われた一言。

 

 キタサンは思わず苦笑する。

 

「も〜。そんなこと言われたら、プレッシャーだよ。」

 

 そう言って、軽く拳でロードの肩を小突いた。

 

 ロードは一瞬だけ目を丸くし、

 

「そっか。」

 

 と小さく笑う。

 ロードは小さく息を吐いて、キタサンに向けて言った。

 

「じゃあ、負けたら俺のせいだな。」

 

「え?」

 

 キタサンは思わず足を止めた。

 

 ロードは何でもないことのように続ける。

 

「俺がキタサンに余計なプレッシャーをかけた。その結果、キタサンは緊張で空回ってしまった。」

 

「だから、俺の責任。」

 

「………。」

 

 キタサンはロードを見つめた。

 そんなこと……本気で思っているのだろうか。

 

 ……きっと思っている。そう捉えるくらいに、ロードの目は真っ直ぐだった。

 

 すると、キタサンの顔に小さな笑みがこぼれた。

 

「そんなのロードくんのせいにはならないよ、勝っても負けても、それは私が走った結果。」

 

「だから、ロードくんはーー」

 

 そこまで言って、キタサンは言葉を切った。

 

 一歩、ロードの前へ出る。

 

 そして、夕陽にも負けないくらい眩しい笑顔を浮かべた。

 

「私を信じていればいいの!」

 

 ロードは少しだけ目を細める。

 その言葉の意味を考えるように、静かにキタサンを見つめた。

 

 その一方で。

 

(……あ。)

 

 言った。

 

 言ってしまった。

 

 勢いに任せて飛び出した言葉が頭の中で反芻される。

 

(わ、私、今……。)

 

『私を信じて。』

 

 そんなことを、自分から言ってしまった。

 

「~~~~っ!」

 

 頬が熱い。

 

 耳まで熱い。

 

 恥ずかしさが一気に押し寄せ、キタサンは思わず顔を伏せた。

 

「……そうだな。」

 

 ふと、ロードが静かに口を開く。

 

 キタサンは恐る恐る顔を上げた。

 

 見れば、ロードは穏やかに笑っていた。

 

「キタサンを信じるよ。」

 

「――っ。」

 

 その一言だけで。

 

 キタサンの顔は、夕日に負けないくらい赤くなるのだった。

 

 

 

 

・・・・・

 

 

 

 

 ロードとキタサンは、学園に隣接するトレーナー棟に入る。夕方ともなれば廊下は静まり返り、聞こえてくるのはどこかの部屋から響くキーボードを叩く音だけだった。

 

「失礼します。」

 

 キタサンがドアを開ける。

 

「キタサンか。」

 

 パソコンへ向かっていた沖野が顔を上げた。

 

「鍵、返しに来ました。」

 

「おう、お疲れさん。」

 

 沖野は受け取った鍵を壁のフックに引っ掛ける。

 

「しっかり休めよ。」

 

「はい!」

 

 ぺこりと頭を下げ、キタサンは教室を去ろうとする。

 見送ろうとした沖野は、そこで初めて、ロードが廊下にいることに気づいた。

 

「ルベウスじゃないか。」

 

「こんばんは。」

 

 ロードは軽く頭を下げる。

 

「ははーん、キタサンに連れられて来たんだな。」

 

「と、途中で会って、その……話しながら来ただけです!」

 

 キタサンが顔を赤くしながら、声を大きくして答える。

 

「ははっ、そうかい。」

 

 沖野は二人を見比べ、小さく笑った。

 

 そして、ふと思い出したようにロードへ視線を戻す。

 

「そういやルベウス、スズカの走りを見て何か掴んだか?」

 

 その問いにロードは少しだけ考え、小さく息を吐く。

 

「……今のところは、何も。」

 

 その返答に、沖野は黙って耳を傾ける。

 

「加速する一歩があることは確信できました。」

 

「でも、その一歩が見えなかった。」

 

 沖野は腕を組み、静かに頷いた。

 

「なるほどな。」

 

 しばらくロードを見つめてから、口を開く。

 

「俺は、スズカの走りはこのトレセン学園で誰よりも見てきた。」

 

「俺なら、その答えを教えられるかもしれない。」

 

 その言葉に嘘はない。

 あるのは善意だけだった。

 

 スズカの可能性を信じ続けたトレーナーとして、同じく夢を追うロードの力になりたい。

 

 ただ、それだけだった。

 

 しかしロードはーー

 

「結構です。」

 

 一切の迷いがない返事だった。

 

 沖野は少しだけ目を丸くする。

 

「……これは。」

 

 ロードは真っ直ぐ沖野を見る。

 

「俺が、自分で見つけなきゃいけないんです。」

 

「誰かから教わった答えじゃ、何の意味もありません。」

 

「………。」

 

 数秒の沈黙。

 

 やがて沖野は小さく笑う。

 

「……そうだな。」

 

 その声には、どこか嬉しさも混じっていた。

 

「悪かったな、ルベウス。」

 

「いえ。」

 

 ロードは小さく首を振る。

 

「そう言ってもらえただけで、十分です。」

 

 ロードは深く一礼する。

 

 答えは教わらない。

 

 それでも、自分を応援してくれる人がいる。

 

 その事実だけで、十分だった。

 

「引き留めて悪いな、気をつけて帰れよ。」

 

「はい、失礼します。」

 

 沖野は二人を見送ろうとした。

 

 だが、不意に思い出したようにもう一度声をかける。

 

「ルベウス。」

 

 ロードは立ち止まり、振り返る。

 

「お前の走りが完成した時は、俺にも見せてくれ。」

 

 その言葉に、ロードは少しだけ目を瞬かせた。

 

「スズカの何を見て、どう取り入れたのか。」

 

「あいつのトレーナーとして、純粋に興味がある。」

 

 ロードは少しだけ考えたあと、小さく笑った。

 

「はい。」

 

「完成したら、スズカさんと一緒に見てもらいます。」

 

「ははっ。」

 

 沖野は満足そうに頷く。

 

「楽しみにしてるぜ。」

 

 ロードは小さく頷く。

 

 それだけで十分だった。

 

 もう言葉はいらない。

 

 二人はトレーナー室を後にする。

 

 静かな廊下に、二人分の足音だけが響いていた。

 

 

 

 

・・・・・

 

 

 

 

 夕焼けに染まる並木道を歩き、二人は学園の正門へ辿り着いた。

 

 ここから先は、それぞれ帰る方向が違う。

 

「ここでお別れだね。」

 

 キタサンは立ち止まり、ロードへ向き直る。

 

「うん。」

 

 ロードも足を止めた。

 

 ほんの少しの沈黙。

 

 さっきまであんなに話していたのに、不思議と言葉が見つからない。

 

「今日は……ありがとう。」

 

 キタサンが照れくさそうに笑う。

 

「会いに来てくれて、嬉しかった。」

 

 ロードは少しだけ目を丸くした。

 

 キタサンは少しだけ目を細め、ニコッと笑う。

 

「すっごく。」

 

 その笑顔に、ロードも小さく笑みを浮かべる。

 

「なら、来てよかった。」

 

 短い返事。

 

 でも、それで十分だった。

 

「皐月賞。」

 

 ロードが静かに口を開く。

 

「信じてる。」

 

「……うん!」

 

 キタサンは満面の笑みで頷く。

 

「任せて!」

 

 その笑顔を見届けると、ロードは軽く手を上げた。

 

「じゃあ、また。」

 

「またね!」

 

 二人はそれぞれの帰り道を歩き始める。

 数歩歩いたところで、キタサンはそっとロードを見た。

 

 ロードはもう前を向き、家路を歩いている。

 

 迷いのない背中。

 

 その姿を見つめながら、キタサンは小さく胸へ手を当てた。

 

(……頑張ろう。)

 

 皐月賞まで、あと一週間。

 

 その足取りは、さっきまでより少しだけ軽かった。

 

 

 

 

・・・・・

 

 

 

 翌日、月曜日。

 

 先生の声が教室に響く。

 黒板へ文字が並び、生徒たちはノートへ書き写していく。

 

 その中で。

 

 ロードだけは、窓の外を見つめていた。

 

(違う……。)

 

 脳裏を駆けるのは、昨日の映像。

 

 第四コーナー、そして直線。

 

 夕日に照らされたサイレンススズカ。

 

 直線に入った彼女は、確かに加速した。

 

(どこだ……?)

 

 一歩。

 

 また一歩。

 

 頭の中で映像を巻き戻す。

 

 踏み込み。

 

 姿勢。

 

 腕。

 

 足。

 

 同じことの繰り返しにロードは眉を顰める。

 

 ふと、ライツの言葉が脳裏をよぎった。

 

 

『だがそれは、本当に ”ある” のだろうか?』

 

 

 強く踏み込むから速い。

 

 それが、本当に正しいのか。

 

(もし違うなら、俺は何を見落としている?)

 

 思考は止まらない。

 

 仮説を立てる。

 

 否定する。

 

 また組み立てる。

 

 繰り返す。

 

 何度も。

 

 何度も。

 

「……ロード。」

 

 その時、誰かが名前を呼んだ。

 

 だが、一人の世界に入り込んでいるロードには聞こえない。

 

「おーい、ロード君。」

 

 肩を軽く叩かれた。

 

「……え?」

 

 そこでようやくロードは顔を上げる。

 振り返れば、クラスメイトが不思議そうにこちらを見ていた。

 

 教壇には、もう先生はいなかった。

 教室中で椅子を引く音が響き、生徒たちは次々と教室を出ていく。

 

「いつまで座ってんだ?」

 

 友人たちは苦笑する。その手には、体育館シューズが入った袋を手にしていた。

 

「次、体育だよ!」

 

「……え?」

 

 ロードは教室の時計を見る。針は、授業一コマ分進んでいた。

 

「もう、五十分経ったのか……。」

 

 ぽつりと呟く。

 

 その瞬間、机の上のノートが視界に入る。

 そこには、先生が授業冒頭に書いた今日の目標以外、文字は見当たらなかった。

 

「あ。」

 

 一秒。

 

 二秒。

 

「ノート取ってない……。」

 

「あははっ!」

 

 友人が思わず吹き出す。

 

「珍しいな、寝てたのか?」

 

 ロードは額へ手を当て、小さく肩を落とした。

 

「……やってしまった。」

 

「ノートなら私が見せてあげるから、早く行こう! バレーボールだよ!」

 

「助かる。」

 

 ロードは小さく礼を言い、後でノートを写させてもらう約束を交わす。

 そしてクラスメイトたちと共に、体育館へと向かうのだった。

 

 

 

 

・・・・・

 

 

 

 

 体育館に笛の音が響く。

 

「それじゃあ、まずは準備運動を兼ねてトス回しー!」

 

 先生の合図と共に、生徒たちはグループごとに散らばっていく。

 ロードもグループの輪へ加わった。

 

「ロード、いくぞ!」

 

 ふわりとボールが飛んでくる。

 

 膝を軽く曲げ、指先でボールを受け止める。

 

 そのまま柔らかく押し上げる。

 

「ナイス!」

 

 隣の女子生徒が笑顔で受け取り、さらに反対側へ返す。

 

 ボールは輪を描くように宙を舞う。

 

 ぽん。

 

 ぽん。

 

 ぽん。

 

 一定のリズムで続くラリー。

 

 ロードも無意識に身体を動かしながら、ボールを追っていた。

 

(……違う。)

 

 しかし。

 

 頭の中では、まったく別の映像が流れている。

 

 夕日に染まるターフ。

 

 静かに加速していくサイレンススズカ。

 

 すると、ボールが返ってくる。

 

 トスを返す。

 

 また映像へ戻る。

 

(踏み込みじゃないなら、なんだ?

 

「ロード!」

 

 誰かが呼ぶ。

 

 その声に、一瞬だけ意識が現実へ戻る。

 

「おっと。」

 

 慌ててボールへ手を伸ばす。

 

 ぽん、と返す。

 

 再び輪が回り始める。

 

(違う。)

 

(もっと前だ。)

 

(いや、後か……?)

 

 気付けば、また思考の海へ沈んでいた。

 

「ロード。」

 

 誰かが苦笑しながら声を掛ける。

 

 しかし、返事はない。

 

「ロード!」

 

「え?」

 

 反射的に顔を上げる。

 

 その瞬間。

 

 ボンッ

 

「いだっ。」

 

 頭上から落ちてきたバレーボールが、見事に額へ直撃した。

 

 一瞬遅れて、周囲から笑い声が上がる。

 

「あはははっ!」

 

「何やってんだよロード!」

 

「完全に違う世界行ってたじゃん!」

 

 ロードは額を押さえながら、小さく息を吐いた。

 

「ご、ごめん……。」

 

「考え事?」

 

「……まぁ、そんなところ。」

 

 素直に頷くロードを見て、クラスメイトたちはまた笑った。

 

「もー、ほどほどにね!」

 

 そう言われたロードは苦笑いを浮かべる。

 だが、一度走り始めた思考は、そう簡単には止まってくれなかった。

 

 

 

 

・・・・・

 

 

 

 

 体育館は熱気に包まれていた。

 笑い声、歓声、シューズが床を擦る音が絶えず響く。

 

 ロードも自然と身体を動かす。

 

 味方との位置を把握しながらボールを追い、繋ぐ。

 

「返ってきた!」

 

 相手コートから放たれたボールが大きな放物線を描き、こちらへ飛来。

 

「任せろ!」

 

 後衛の男子がレシーブ。

 少し右に浮いたボールを、後衛の女子が優しく押し上げる。

 

「ロード!」

 

 ボールがこちらへ流れてくる。

 

 ロードはネットに背を向けたまま、落下点へ。

 

 身体を反らし、その反動を利用して腕を振り抜く。

 

 ボールはふわりと相手コートへ返った。

 

「ナイス!」

 

 ボールはイメージ通りゆっくりと敵陣へ。

 しかし、ふわついたボールほど処理は容易い。

 

 敵の後衛が素早くボールの下へ入り込み、レシーブ。声を掛け合いながらトス、アタックへと繋げる。

 

「もう一回!」

 

 後衛の男子が再度レシーブ。

 今度のボールは綺麗にセッターへと向かった。

 

「ロード!」

 

 指先で押し出されたボールが、高くネット際へ舞い上がる。

 

「ロード君!」

 

「打て!」

 

 それに呼応するかのように、ロードは一歩踏み込む。

 

 力を入れず、軽く膝を曲げる。

 

 瞬間、力を込めて床を蹴る。

 

 大きな反動により、ロードは跳躍した。

 

 視界にはボールだけが映る。

 

「ッ!」

 

 右腕を振り抜く。

 

 乾いた音が体育館に響き、ボールは一直線に相手コートへ――

 

 だが、僅かに逸れた。

 

「アウト!」

 

 ボールは白線の外に落ちた。

 

「あーっ、惜しい!」

 

「ナイスアタック!」

 

 味方から次々と声が飛ぶ。

 

「ドンマイ!」

 

「いいコースだった!」

 

 だが。

 

「………。」

 

 ロードは、その場からピクリとも動かなかった。

 

 口元を抑え、目は見開いたまま。まるで、目の前に何かが見えているかのように。

 

「……ロード?」

 

 返事はない。

 

 口元が、小さく動く。

 

 

そうか……そんな考え方があったのか……!

 

 

 誰に話すでもない、か細い独り言。

 

「お、おい。どうしたんだよ、ロード?」

 

 肩を軽く叩く。

 

 だが。

 

 ゆっくりと顔を上げたロードは、いつもの落ち着いた表情をしていた。

 

「……何でもないよ。」

 

 ふっと微笑み、小さく首を横に振る。

 

「“次は決める”って、自分に喝を入れてただけ。」

 

 一瞬の沈黙。

 

 そして。

 

 友人は笑いながら、再度ロードの肩を叩いた。

 

「……オーケー。なら、“絶対決めろよ”!」

 

「ああ。」

 

 そう答えるロードの目は、生まれ変わったかのように輝いていた。

 

 

 つづく




バレーボールは終わりだ!(どっかの大佐風)
友人君には悪いですが、次回はトレセン学園からお送りします。

では、また次回。
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 空から落ちてきた流れ星の少年は、プリキュアでありながら怪盗をしている不思議な少女と出会い、やがて世界の真実と失われた記憶の謎を巡る旅へと出る───▼ 【注意】▼ ・本作には擬カビ要素が含まれますが、カービィ本人ではございません。▼ ・度々出てくる考察要素。▼ ・オリジナル回も入ります。


総合評価:289/評価:8.82/連載:11話/更新日時:2026年07月12日(日) 00:01 小説情報

自信を見失えども(作者:何もかんもダルい)(原作:ウマ娘プリティーダービー)

見られてしまった。誰もが嫌った、僕の好きな絵を。


総合評価:248/評価:8.8/連載:4話/更新日時:2026年05月24日(日) 01:01 小説情報


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