ウマ娘 ロストロード   作:ツカッチ

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トレーナーのみなさん、こんにちは。

ライト(ロードのお母さん)とライツ(工学博士)の名前が似てて申し訳ない。


第十六話 踏み出した先に

 挑戦が始まって迎えた最初の土曜日。

 トレセン学園の朝は、平日と変わらぬ活気に包まれていた。

 

 週末とはいえ、ターフには朝早くから大勢のウマ娘たちが集まり、それぞれの目標へ向かって汗を流している。

 

 ゲートからの飛び出しを繰り返す者。

 

 コーナリングを磨く者。

 

 仲間と競り合いながら走る者。

 

 その誰もが、いつか栄光の舞台へ立つことを夢見ていた。

 

 その光景を少し離れた場所から見つめながら、ルベウスロードもまた、自分自身と向き合っていた。

 

 三か月。

 

 トレセン学園の転入試験まで残された時間は、決して長くない。

 

 午前はフォームの完成を目指すトレーニング。

 午後は筆記試験へ向けた勉強をして、再びトレーニング。

 

 それが、今日から始まる新しい休日の過ごし方だった。

 

「完璧、と言ってもいいレベルまで来ている。」

 

 ライツはタブレットへ視線を落としながら言う。

 

「後はそれを無意識でやるだけだ。」

 

「はい。」

 

 ロードは短く返事をすると、再びスタート位置へ向かう。

 

 深く息を吸い、姿勢を整える。

 

 地面に着地し、息の呼出と同時に体を前傾。前に倒れながら少しずつ足先に力を加え、膝が伸び始めた瞬間に爆発させる。

 既にロードは、その動きを再現できるまでになっていた。

 

 しかし、それは意識上での場合に過ぎない。無意識下で行うとなると話は大きく変わってくる。

 

 何せ、コンマ何秒という刹那の時間。アニメのように踏み込む瞬間だけ時間が遅くなるわけもない。

 

 こればかりは、数をこなすしか無い。

 

「……よし。」

 

 呼吸を整えたロードは、静かに地面を蹴った。

 

 鋭く加速し、芝を駆け抜ける。

 

 そして、加速に使う左足が着地しようとした、その時だった。

 

 

「ーーロード!」

 

 

「ッ!?」

 

 トレーニング場に、明るく、それでいてどこか柔らかな呼び声がこだまする。その声にロードの意識が逸れた。

 

 僅かにタイミングがずれ、テンポが乱れてしまった。ふらつく体を何とか維持し、減速する。

 何事かと顔を上げると、そこにはキャスケットを被る一人の女性が、楽しそうにこちらへ手を振っていた。

 

 少し遠いが、表情もどこか弾んでいるように見える。

 

「か、母さん……。」

 

 女性の正体は、他ならぬライトだった。

 

 その姿を見たロードは、思わず呆然とする。

 

「ライトさん、ずいぶん早かったですね。」

 

「ロードのトレーニングを見てみたくて。」

 

 ライツの言葉に、ライトは悪びれる様子もなく笑った。

 

「……勉強は昼飯の後って決めたじゃん。」

 

「ふふ。ロードが頑張ってるところ、直接見てみたかったの♪」

 

 まるで遠足にきた少女のようにテンションが高いライト。その様子に、ライツは目を丸くしていた。

 

「……別に見ててもいいけど、見るなら静かにしててよね。」

 

「ごめんね、ロード。お母さん今からやらなきゃいけないことがあって。」

 

「は、はぁ……?」

 

「じゃ、トレーニング頑張ってね!」

 

 そう言ってライトはどこかへ行ってしまった。

 

 ーーじゃあ何をしに来たんだ、母さんは。

 

 そんな困惑の言葉が聞こえて来そうなくらいに、ロードは呆れていた。

 

「……なるほど。」

 

 その隣で、ライツが穏やかに笑う。

 

「今のライトさんが、本来の姿なんだろうね。」

 

 それを聞いたロードは、首を傾げた。

 

「本来……?」

 

「ああ。」

 

 ライツは目を細め、思い出すように話す。

 

「初めて会った時も、先日会った時も、どこか張り詰めているように見えた。」

 

「だが、今は肩の力が完全に抜けている。」

 

「きっと君が再び夢を追い始めたことで、彼女の心に深く刺さっていた釘が外れたのだろう。」

 

 ロードは少し照れくさそうに頭を掻く。

 

「……まぁ、母さんが笑ってくれるのは俺も嬉しいですけど。」

 

「ふふ……。ぜひライトさんに聞いてもらいたい言葉だね。」

 

「絶対に言わないでくださいね。」

 

 そんな会話も程々に、再びスタート位置へ戻ろうとした、その時だった。

 

 遠くから、どっと歓声が湧き上がる。

 

「ほ、本物!?」

 

「ライトさんだ!」

 

「あ、握手してくださいっ!」

 

 次々と重なる声に、ロードとライツはほぼ同時に顔を上げた。

 

 ウマ娘だかりの中心に見えるのは、言うまでもなくライト。その存在感は微塵も隠しきれていない。

 

 笑顔で一人ひとりへ応えながら歩くその姿は、まさに多くのウマ娘たちが憧れ続けた “伝説” そのものだった。

 

 ライツは思わず感嘆の息を漏らす。

 

「……さすがは伝説のウマ娘。その人気は今なお健在か。」

 

 ロードもその方向へ目を向ける。

 

「伝説……ですか。」

 

 どこか実感の湧かないような声だった。

 

「うん?」

 

 ライツが首を傾げる。

 

「いや……。」

 

 ロードは苦笑しながら頬を掻く。

 

「俺にとっては、朝になると部屋をノックして起こしてくる母さんなんで。」

 

「『伝説』って言われても、いまいちピンと来ないと言うか。」

 

 一瞬、ライツはぽかんとした。

 

 そして、思わず吹き出す。

 

「それは確かに、息子にしか言えない感想だ。」

 

 二人がそんな会話を交わしている間にも、歓声はさらに大きくなっていく。

 

 ターフを去って何年も経つというのに、その姿を一目見ようと、多くのウマ娘たちがライトのもとへ集まっていた。

 

 憧れの眼差し。

 

 尊敬の眼差し。

 

 そのどれもが、本気だった。

 

 ロードはその光景を、ただ静かに見つめる。

 

(……母さん、こんなにも慕われてたんだ。)

 

 そう考えて、ロードは静かに目を伏せた。

 

 ――俺は。

 

 母さんのことを、どれだけ知っているんだろう。

 

 家では優しくて、少しお節介で。

 

 毎朝起こしてくれて、料理も上手で。

 

 自分は、そんな “母さん” しか知らない。

 

 でも今、目の前にいるのは。

 

 自分の知らない “ルベウスライト” だった。

 

 歓声の中心に立ち、誰もが憧れる伝説のウマ娘。

 

 その姿が、ほんの少しだけ遠く感じた。

 

 

 

 

・・・・・

 

 

 

 

 研究室には、紙をめくる音だけが静かに響いていた。

 

 昼食後二時間は勉強タイム。先生を務めるライトを横に、ロードは真剣な表情でペンを走らせている。 

 

 この時間の勉強内容は、レース制度についてだった。

 

 ウマ娘がトゥインクル・シリーズへ挑むためには、URAおよび学校に認められた『チーム』に所属し、メイクデビューを勝ち上がらなければならないこと。

 

 その後はオープンクラスへ進み、重賞レースなどで実績を積み重ねながら、より大きな舞台への出走権を勝ち取っていくこと。

 

 GⅠへ出走するためには、それまで積み重ねてきた実績が何より重要となる。

 出走希望者が定員を上回った場合は、それまでの実績が高いウマ娘から優先して出走権が与えられるためだ。

 

「………。」

 

 そこまで読み進めたところでロードは手が止まる。

 

 ロードは無意識のうちにライツを見ていた。

 彼女はパソコンに向き合っており、こちらの視線に気づくことはなかった。

 

「ロード?」

 

「……なんでもない。」

 

 ロードはすぐにノートに目を向ける。

 ライツがどうしてそこまで自分を追い込んでしまったのか。その理由を、ロードはようやく理解し始めていた。

 

 

 

 

 それからもしばらく、研究室には紙をめくる音と、ペン先がノートを走る音だけが静かに響いていた。

 

 ライトが時折補足を挟みながら、ロードは頷き、メモを取り、また教科書へ目を落とす。

 

 穏やかな時間が流れていく。

 

 やがてライトは壁に掛かった時計へ視線を向けた。

 

「……うん。」

 

 小さく頷くと、教科書を閉じる。

 

「ちょうどいい時間だし、前半はここまで。休憩しよっか。」

 

 勉強を始めてから、すでに五十分。ちょうど学校の授業一コマ分が過ぎていた。

 

「トイレ行ってくる。」

 

「はーい。」

 

 ロードは軽く伸びをすると、研究室を後にした。

 

 パタン、と扉が閉まる。

 

 その静けさの中、控えめなモーター音が響いた。

 

 ライツが電動車椅子を操作し、ライトの隣までゆっくりと移動する。

 

「聞いている限り、順調に進んでいるようですね。」

 

「ええ。」

 

 ライトは嬉しそうに頷いた。

 

「ロードは昔から勉強が得意なの。」

 

「飲み込みも早いし、一度理解したことはなかなか忘れないから。」

 

 そう話す表情は穏やかだった。

 だが、その笑顔の奥に、ほんのわずかな寂しさが混じっていることを、ライツは見逃さなかった。

 

 勉強が得意だったのではない。

 

 勉強に打ち込むしかなかった。

 

 きっと、そういう時間を過ごしてきたのだろう。

 

 ライツはそれ以上踏み込まず、小さく息を吐く。

 

「……ライトさん。一つ、お聞きしてもよろしいですか。」

 

「もちろん。」

 

 ライツは一度だけ扉へ目を向ける。

 ロードがまだ戻ってこないことを確認すると、静かに口を開いた。

 

「午前中、ロード君へ『やらなければならないことがある』と仰っていましたね。」

 

「ええ。」

 

「あれは……何をなさっていたのですか。」

 

 その言葉に、ライトは少しだけ目を細めた。

 

「もちろん、答えにくいことでしたら、お答えいただかなくても結構です。」

 

「私もただ……少し気になっただけですから。」

 

 ライツの声が少し小さくなる。

 しかしライトは、ふっと笑みを零した。

 

「じゃあ、一つだけ約束してくれる?」

 

「約束……ですか?」

 

 ライトは小さく頷いた。

 

「今から私が話すことは――」

 

 一度だけ言葉を区切る。

  

 

「絶対に、ロードには言わないって。」

 

 

 ライツは思わず目を瞬かせた。

 そこまで念を押す理由が分からない。

 

 だがその声は、紛れもなく一人の母親のものだった。

 

「……ええ。」

 

「約束します。」

 

 その返事を聞くと、ライトは安心したように微笑む。

 

「ありがとう。」

 

 そう言って、ライトは体をライツへと向けた。

 

「ライツさんの場所からも見えてたと思うけど……学園の子たちに会っていたの。」

 

 ライツは静かに耳を傾ける。

 

「ロードが転入試験を受けることは、理事長さんやたづな、私たち以外、まだ誰も知らないでしょう?」

 

「ええ。」

 

「だから突然、あの子がトゥインクル・シリーズを目指すってみんなの前で言ったら……。」

 

 ライトは少しだけ苦笑した。

 

「最初に見るのはロード自身じゃなくて、“男の子” っていう肩書きかもしれない。」

 

 ライツは否定しなかった。

 

 それは十分に起こり得ることだったからだ。

 

「だから私は、先にみんなに会いに行ったの。」

 

「……応援をお願いしに、ですか。」

 

 ライトはゆっくりと首を横に振る。

 

「応援してほしいとは思っていない。」

 

 その言葉には迷いがなかった。

 

「夢を叶えるのはロード自身。だから、誰かに応援してもらうことを最初から期待するつもりはないの。」

 

 ライツは静かに頷き、その言葉の続きを待った。

 

 目の前のライトは優しく微笑んだまま、続ける。

 

「ただ……一つだけ伝えたかった。」

 

「ロードを “男の子” として見るんじゃなくて、“ルベウスロード” という一人のウマ娘として見てあげてほしいって。」

 

 研究室に静かな空気が流れる。

 

「結果は、あの子が自分で勝ち取るもの。」

 

「負けるかもしれないし、夢が叶わないかもしれない。」

 

「それでも、それはロード自身が受け止めることだから。」

 

 ライトは膝の上でそっと両手を重ねた。

 

「でも……。」

 

 その声だけが少しだけ震える。

 

「スタートラインに立つ前から『男だから』って理由だけで夢を閉ざされるのは、あの子の親として、どうしても避けたかった。」

 

 ライツは静かに目を伏せた。

 彼女はただ、ロードに夢を叶えてほしいと願っているわけではない。

 

 自分の息子に、公平なスタートラインだけは与えてあげたかったのだ。

 

「……なるほど。」

 

 ライツは穏やかに微笑む。

 ロードには言わないでほしいと言った理由が、心で理解できた。

 

「あなたのようなお母様がいて、ロード君は幸せ者ですね。」

 

「ふふっ。」

 

 その言葉に、ライトも微笑み返した。

 

「……試験に合格した先で、あの子がどんな新しい夢を持つかは分からない。」

 

 ライトはカーテン越しに窓の外へ視線を向ける。

 春風に揺れる木々の向こうから、微かに生徒たちの笑い声が聞こえて来た。

 

「でも。」

 

「笑顔で走っている姿を、この目で見られたなら——」

 

 ライトは静かに微笑む。

 

「私は……それだけで十分なの。」

 

 その言葉に、ライツは何も返さなかった。

 

 返す言葉が見つからなかったのではない。

 

 その願いは、一人の母親としてあまりにも真っ直ぐで、あまりにも温かかったからだ。

 

 ライツはただ、小さく頷く。

 

 その想いが、どうか報われることを願いながら。

 

 

 

 

・・・・・

 

 

 

 

 トイレを済ませたロードは、手を拭きながら廊下を歩いていた。

 そのまま研究室へ戻ろうとした足が、ふと止まる。

 

(……外の空気でも吸うか。)

 

 慣れているとはいえ、机に向かい続ければ頭も重くなる。

 

 あと七分ほどで後半の勉強が始まる。それまでに少しくらい気分を切り替えておくのも悪くない。

 

 そう思い、ロードは校舎を出た。

 

 外へ出ると、春らしい柔らかな風が頬を撫でる。

 

 澄み切った青空の下、トレーニングに励んでいるウマ娘たちの声が聞こえて来た。

 

 休日とはいえ、トレセン学園は今日も活気に満ちていた。

 

「……あれっ。」

 

 ふと、聞き覚えのある声が耳に届く。

 

 ロードが振り向くと、こちらへ向かって大きく手を振る少女の姿があった。

 

「やっぱりロードくんだ!」

 

 黒鹿毛の尻尾を弾ませながら駆け寄ってきたのは、キタサンブラック。

 

 その少し後ろでは、慌てることなく一定の歩幅で歩くサトノダイヤモンドが、穏やかな笑みを浮かべていた。

 

「キタサンに……サトノダイヤモンドさん。」

 

「奇遇だね!こんなところで会うなんて!」

 

 目を輝かせるキタサンに、ロードも思わず笑みを返す。

 

「こんなところで何してるんだ?」

 

「散歩!」

 

 キタサンは元気よく答えた。

 

「さっきまで教室で勉強してたんだけどね、ずっと座りっぱなしだったから気分転換ってことで歩いてたの。」

 

「頭を使うと、走ってる時とは違う疲れ方するんだよね!」

 

「分かるよ。」

 

 ロードは苦笑しながら頷いた。

 

「勉強は大切ですが、同じように休憩も大切です。」

 

「集中力を保つためには、適度に頭を休ませることも必要ですから。」

 

 その穏やかな口調に、ロードは小さく頷いた。

 

「俺もそう思って外に出てきた。」

 

「少し風に当たるだけでも、気分が変わるかなって。」

 

「ふふ。」

 

 ダイヤが穏やかに微笑む。

 

「私もそのつもりで、キタちゃんに付き合っています。」

 

 ロードはそんな二人を見比べ、小さく笑った。

 

「二人は、本当に仲が良いんだな。」

 

「当然です。」

 

 ダイヤは迷うことなく答える。

 

「だって私たちは、幼馴染ですから。」

 

「そっか。」

 

 ロードは二人を見ながら静かに頷く。

 

 互いに言葉を交わさなくても伝わるような空気。

 

 長い時間を共に過ごしてきた者同士だからこそ生まれる距離感なのだろう。

 

 それは、ロードにとって少しだけ眩しく映った。

 

「ところで、ロードくんは何の勉強してたの?学校の課題?」

 

 不意にキタサンがそんなことを聞いてきた。

 

 ロードは少しだけ考える。この事はまだ誰にでも話していいわけじゃない。

 でも、この二人なら……

 

「……二人になら、話してもいいかな。」

 

 何やら意味ありげな言い方に、キタサンとダイヤは首を傾げる。

 

「実は俺……トレセン学園の転入試験を受けるんだ。」

 

「えっ!? 本当!?」

 

「……!」

 

 キタサンは嬉しそうに飛び上がる。一方のダイヤは驚きで目を大きく開いていた。

 

「……他の生徒たちには内緒だからな。」

 

 ロードは少しだけ声を潜める。

 

「わ、分かった!私たちだけの秘密だね……!」

 

 キタサンは口元に人差し指を当て、小さく笑う。

 

「……転入試験って、確か八月ですよね。」

 

 静かに口を開いたのは、ダイヤ。

 驚きはまだ隠せないまま、それでも冷静に日程を思い返す。

 

「その……間に合うんですか?」

 

 ロードと交流の少ないダイヤでも、彼の状況は何となく察することができる。

 普通なら『無謀だ』と笑われてもおかしくない挑戦だった。

 

 だが、その問いにロードはーー

 

「やると決めたなら、死んでも間に合わせるんだよ。」

 

 迷いのない返事だった。

 その言葉には、自分自身へ言い聞かせるような強い覚悟が滲んでいる。

 

「ロードくんなら絶対に合格できるよ! ね、ダイヤちゃん!」

 

「えっ。う、うん!」

 

 同意を求められたダイヤは、慌てて頷く。

 その様子を見たキタサンは、ロードの覚悟に圧倒されたのだと思った。

 

 しかし。

 

 ダイヤの胸を大きく揺らしたのは、ロードの決意だけではなかった。

 

 

 

 

・・・・・

 

 

 

 

「それじゃ、俺はそろそろ戻るよ。」

 

 スマホの画面を見ながら、ロードは言った。

 もう間もなく後半の授業が始まる。

 

「そっか。じゃああたしたちも戻ろっか!」

 

「うん。」

 

 そうして三人は並んで校舎へ向かう。

 生徒玄関を潜ると、それぞれ向かう教室が違うため自然と足が止まった。

 

「じゃあ、また。」

 

「またね、ロードくん!」

 

 キタサンは大きく手を振る。

 

「ダイヤちゃん、行くよ!」

 

 そう言うと、彼女は廊下を駆け出していった。

 注意しようとしたダイヤは、小さくため息をつく。

 

「もう、廊下を走るのは危ないよ!」

 

 幼馴染らしい苦笑を浮かべながら、その背を追おうと歩き出す。

 

 ロードもまた研究室へ戻ろうとした、その時だった。

 

「――ルベウスロードさん。」

 

 不意に、ダイヤが声を掛けてきた。

 

「なに?」

 

 ロードは足を止め、ダイヤへと視線を向ける。

 

 ダイヤは背を向けたまま、話す。

 

「本当に、いつもキタちゃんがお世話になっています。」

 

 唐突な言葉に、ロードは少し驚いたように目を丸くした。

 

「いやいや、俺の方こそ――」

 

「ですが。」

 

 その一言で、ロードの言葉が止まる。

 

 ダイヤは静かに、ゆっくりと振り返った。

 

 先ほどまでの柔らかな笑みは、そこにはなかった。

 

 澄んだ瞳の奥に宿るのは、冷たさとも、迷いともつかない色。

 

 ほんの短い沈黙。

 

 ロードは思わず息を呑む。

 

 ダイヤは真っ直ぐロードを見据えたまま、静かに告げた。

 

 

私は絶対に――あなたを認めません。」

 

 

 ダイヤはそれ以上何も言わなかった。

 

 踵を返すと、先を行くキタサンの背を追いかける。

 

「ダイヤちゃん、早くー!」

 

 少し離れた場所から聞こえてくるキタサンの声。

 

「いま行く!」

 

 普段と変わらない穏やかな返事。

 

 やがて二人の姿は廊下の角へ消え、その足音も少しずつ遠ざかっていく。

 

 その場に残ったのは、静寂のみ。

 

「………。」

 

 冗談抜きで、何か幻覚を見たのかと思った。

 

 さっきまで笑い合っていたはずなのに。

 

 最後の最後で見せた、あの冷たい眼差し。

 

 ロードはしばらくその場に立ち尽くし、二人が去っていった方向を見つめていた。

 

 

 つづく




……というわけで、第八話に登場したの謎のウマ娘は、ダイヤちゃんでした。
「キャラが違のでは」と思われそうですが、避けては通らない道なんです(たぶん)。

では、また次回。
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