ウマ娘 ロストロード   作:ツカッチ

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トレーナーのみなさん、こんにちは。

ついに、転入試験当日です。


第二十五話 転入試験 一日目

 朝。

 

 窓から差し込む陽射しが、部屋の中を明るく照らしていた。

 

 蝉の声が、遠くから聞こえてくる。

 

「……よし。」

 

 制服に着替え終えたロードは鏡の前で襟元を整え、シャツの皺を軽く伸ばし、ネクタイを締め直した。

 

 今日は、トレセン学園の転入試験一日目。

 

 ロードはベッドに腰を下ろすと、スマートフォンを手に取った。画面には、昨夜から届いていたメッセージが並んでいる。

 

 それは、クラスメイトたちからの応援だった。

 

『頑張れよ、ロード!』

『頭の良さ見せつけてやれ!』

『応援してるよ!』

『ロード君なら絶対合格できる!』

 

「……相変わらずだな。」

 

 グループチャットに集まったメッセージを見て、ロードは小さく笑った。

 

 そして、個人チャットで届いたメッセージを読む。

 

 まずは、ライツ博士からのメッセージ。

 

『私は何一つ心配していない。』

 

 いきなり、そんなことが書いてあった。

 

『これまでのトレーニング、勉強を乗り越えてきたことは、紛れもない事実だ。』

『君がやるべきことは、ただ一つ。』

『君自身の力を、君自身のために使ってきてくれ。』

 

「……博士らしいな。」

 

 多くの人から期待され、応援されている。

 けれど――自分の分まで背負えとは、誰も言っていない。

 

「……ありがとうございます。」

 

 そう呟いて、メッセージを閉じる。

 

 次に目に入ったのは、キタサンからのメッセージだった。

 

『ロード君、いよいよだね!』

『たぶん、私の方がドキドキしてる!』

『終わったら、またお話しようね!』

 

 メッセージからも伝わる元気の良さ。

 その下には、一枚の写真が添付されていた。

 

 海を背景に、スクール水着姿のキタサンとダイヤが並んだ写真。キタサンはいつもの笑顔を浮かべ、ダイヤは少し恥ずかしそうにしていた。

 

 画面をスクロールすると、さらにメッセージが。

 

『夏合宿、頑張ってます!』

 

 思わず、笑みがこぼれた。

 

 自分だけじゃない。

 キタサンたちも頑張っている。

 

 それぞれが、それぞれの場所で前に進んでいる。

 

 ロードは簡単に返事を送ると、スマートフォンをポケットにしまった。

 

 ベッドから立ち上がり、机の上に置かれていた日程表へと目を向ける。

 

 そこには、三日間にわたる試験の日程が記されている。

 

 一日目――筆記試験

 国語/理科/英語/競走規則

 

 二日目――筆記試験

 数学/社会/競走史

 

 三日目――面接・実技試験

 

 勉強については、これまで母と共に何度も準備してきた。だから、試験そのものに対する不安は、それほど大きくない。

 

 国語も、理科も、英語も。数学や社会だって、これまで勉強してきた範囲なら問題ない。

 競走規則や競走史についても、母の熱心な授業のおかげで、マスターしたと言っても過言ではない。

 

 けれど。

 

 ロードの視線は、日程表の一番下で止まった。

 

 ――三日目。

 

 面接・実技試験。

 

「………。」

 

 実技。

 

 それだけは、筆記・面接試験とは意味が違う。

 

 本番さながらのレース。

 誰か一人だけが一着になり、他のウマ娘は敗れる。

 

 無論、勝ったからといって、それだけで選ばれるわけではない。あくまでも、合格者を選出するための試験の一つだ。

 

 だが恐らく、ロードだけが知らない。

 全員が一着を目指して走る、ターフの空気を。

 

 これまで何度も経験してきた模擬レースとは、きっと違う。

 

 もっと張り詰めていて。

 

 もっと――本気なのだろう。

 

「………。」

 

 ロードは、もう一度だけ日程表を見る。

 

 三日目。

 

 そこに書かれた二文字――「実技」が、今までとは違う重みを持って見えた。

 

 けれど。

 

「……まだ、三日目じゃない。」

 

 今日やるべきことは、今日の試験だ。

 

 ロードは日程表から目を離すと、鞄を手に取った。

 

「焦る必要はない。」

 

 そう自分に言い聞かせるように呟いて、階段を降りていく。

 

 リビングに姿を見せると、母が座って待っていた。

 

「気分はどう?」

 

「たぶん、落ち着いてる。」

 

 そう答えると、母はロードの顔をじっと見つめた。

 

「……ふふ。」

 

「なに?」

 

「いつもよりポーカーフェイスね。」

 

「……そう?」

 

「そうよ。」

 

 母は楽しそうに笑う。

 

 ロードはそんな母を見て、少しだけ目を細めた。

 

「母さんこそ、いつもよりテンション高いね。」

 

「あら、お母さんだって緊張するわよ?」

 

 母はそう言って立ち上がり、ロードの下へ歩み寄る。

 

 そして、ぎゅっと優しく抱きしめた。

 

「大丈夫。これまでロードが頑張ってきたことは、お母さんがよく知ってる。」

 

「うん。」

 

 ロードも母を抱きしめる。

 やがてロードは母から離れ、床に置いた鞄を手に取る。

 

「準備は?」

 

「大丈夫。受験票も筆記用具も入ってる。」

 

「忘れ物はない?」

 

「ないよ。」

 

「本当に?」

 

「本当に。」

 

 念のため、ロードは鞄をもう一度確認する。

 

 受験票。

 

 筆記用具。

 

 試験前に確認するノート。

 

 飲み物。

 

 必要なものは、全部揃っている。

 

「よし。」

 

 ロードが玄関へ向かう。

 

 母も後ろからついてくる。

 

「じゃあ、行きますかぁ。」

 

「ええ。」

 

 靴を履き、扉を開けた、次の瞬間――

 

 夏の熱気と蝉の声が、一気に押し寄せてきた。

 

 

 

 

・・・・・

 

 

 

 

 トレセン学園。

 

 転入試験の受付を終えたウマ娘たちは、指定された教室へと集まっていた。

 

 教室の中は、静かだった。

 

 誰も、何も話していない。

 

 机に向かって参考書を開いている者。

 

 目を閉じて、黙々と復習している者。

 

 窓の外を眺めながら、深呼吸を繰り返している者。

 

 それぞれが、集合完了までの時間を過ごしていた。

 

 当然だ。

 

 この試験は、簡単なものではない。

 

 狭き門をくぐるために、ここまで来た。

 

 隣に座っている相手が、同じ夢を持つ仲間になるのか。

 

 それとも、自分の前に立ちはだかる相手になるのか。

 

 そんなことを考えている余裕すらない。

 

 少しでも多く。

 

 少しでも確実に。

 

 自分の力を出すために。

 

 教室には、張り詰めた空気が漂っていた。

 

 ――その時。

 

 ガラッ。

 

 教室の扉が開いた。

 

 一人のウマ娘が入ってくる。

 

 ……いや。

 

「……?」

 

 何人かの視線が、その人物へ向いた。

 

 スカートではない。

 

 制服のスラックスを履いている。

 加えて顔立ちもどこか中性的で、髪型もすっきりしている。

 

(スラックスって、珍しい。)

 

(ボーイッシュな子だ……。)

 

(そういう子もいるよね。)

 

 それ以上、気にする者はいなかった。

 

 転入試験を受けに来ている以上、他人の服装を気にしている場合ではない。

 

 入ってきた少年――ルベウスロードも、何も言わずに指定された席へ向かっていく。

 

 鞄を置き、席に座る。

 

 教室には、再び静寂が戻った。

 

 ――その時だった。

 

 教室の前方にいた一人のウマ娘が、ロードの姿を見て目を見開いた。

 

 見間違いだ。

 

 真っ先に、そう思った。

 

 そんなはずがない。

 

 けれど、何度見ても同じだった。

 

 あの顔は、間違いなく――

 

「……ルベウスロード……。」

 

 彼女は立ち上がった。

 

 気づけば、ロードの席へと早足で歩み寄っていた。

 

「……なんで、アンタがここにいるの?」

 

「……?」

 

 ロードが顔を上げる。

 

 目の前に立つ少女を見つめる。

 

「………。」

 

 少しの沈黙。

 

 ロードは彼女の顔を見た。

 

 そして――

 

「ごめん、誰?」

 

「…………は?」

 

 少女の表情が歪む。

 

「……本気で言ってるの?」

 

「うん。」

 

 ロードは首を傾げた。

 

「本当に、分からない。」

 

「……っ。」

 

 少女は拳を握る。

 

 忘れられていたことが、気に入らないわけではない。

 

 そんなことは、どうでもいい。

 

 問題は――

 

 

 

「なんで……なんでアンタがここにいるのよ!」

 

 

 

 声が、教室に響く。

 

 静かだった教室の空気が、一瞬で変わった。

 

「ここはトレセン学園よ!アンタが来るような場所じゃない!」

 

「………。」

 

 ロードは何も言わない。

 

 少女はさらに一歩、詰め寄った。

 

「アンタはウマ娘じゃ――」

 

「ちょっと。」

 

 その言葉を遮る声がした。

 

 低くはない。

 

 けれど、優しさの奥に明らかな怒気が滲んでいる。

 

 

 

「君、ここに何しに来たの?」

 

 

 

「……っ。」

 

 少女が振り返る。

 

 そこにいたのは、一人の受験生だった。

 

 彼女だけではない。

 

 周りにいたウマ娘たちも、いつの間にかロードの目の前に立つウマ娘へ視線を向けている。

 

 誰も口を挟まない。

 

 ただ、静かに見ている。

 

 その視線に晒され、少女は言葉を失った。

 

「………。」

 

 やがて気まずそうに、しかし納得がいかないかのように顔を逸らす。

 

「……私は、認めないから。」

 

 そう呟くと、自分の席へ戻っていった。

 

 教室に、再び静寂が戻る。

 

 ロードは、助けてくれた少女へ顔を向けた。

 

「……ありがとう。」

 

「気にしないで。私も騒がれて迷惑だったし。」

 

「……それより、キミ……。」

 

「?」

 

 少女は、少しだけロードに顔を近づけた。

 

 けれど――

 

「……ううん、なんでもない。」

 

「そう?」

 

「じゃ、お互い頑張ろ。」

 

「うん。」

 

 少女はそう言って、自分の席へ戻っていった。

 

 ロードも前を向く。

 

 試験開始時刻まで、あと少し。

 

 教室には再び、静かな緊張が戻っていた。

 

 

 

 

・・・・・

 

 

 

 

 それからしばらくして。教室の扉が開き、二人の試験官が入ってくる。

 その瞬間、教室に漂っていた空気がさらに引き締まった。

 

 試験官は教卓の前に立つと、教室全体を見渡した。

 

「それでは、これより筆記試験を始めます。」

 

 誰も、声を上げない。

 

「机の上に出していいのは、受験票と筆記用具のみ。それ以外のものは鞄に仕舞い、椅子の下に置いてください。」

 

「また、スマートフォンなどの機器は必ず電源をオフにしてください。仮に音が鳴った場合、その所有者は失格となります。」

 

「もちろん、カンニングは発覚次第、即失格です。怪しまれるような行動は控えてください。」

 

 “失格” という単語が教室に響き、空気が僅かに重くなる。

 

「では、問題用紙と答案用紙を配布します。問題用紙はこちらの指示があるまで開かないでください。」

 

 受験生たちは黙って頷き、それぞれが呼吸を整え始めた。

 

 試験官が問題用紙と解答用紙をそれぞれ丁寧に渡していく。その時間は短いようで、長く感じられた。

 

「それでは――」

 

 試験官が時計を見る。

 

「始め。」

 

 紙をめくる音が、一斉に響いた。

 

 最初の科目は、国語。

 漢字に始まり、現代文・古文・漢文の読解。そして最後に簡単な記述問題。

 

 解答時間が終わると、素早く答案が回収される。

 

 10分の軽い休憩を挟み、すぐに次の試験に移る。

 

 続く二時間目は、理科。

 植物や動物の仕組み、大地の仕組み、水溶液の性質、光や音の性質。

 

 ロードは問題を一つずつ読み、淡々と答えを埋めていった。

 

 三時間目は、英語。

 リスニングテストから始まり、文章の穴埋め問題、長文の読み取り問題。そして最後に簡単な記述。

 

 こちらも、これまでの勉強で身につけてきた内容だった。

 

 そして――最後の科目。競走規則。

 斜行や押圧など、レースにおける基本的な規則。

 

 言うなれば、競技者ならば知っていて当然ともいえる内容が出題された。

 

 それでも、ロードは気を抜かなかった。

 

 一問ずつ、確実に答えていく。

 

 やがて、最後の答案が回収された。

 

「本日の試験は、これで終了です。お疲れ様でした。」

 

 受験生たちが、一斉に息を吐いた。

 

 やがて試験官は退室。『試験』という縛りから解放された教室は、どこか和やかだった。

 

 ロードは筆記用具や受験票を鞄にしまい、席を立つ。

 

 教室を出ようとした、その時だった。

 

「あっ、キミ!」

 

 背後から、誰かの声がした。

 しかし、ロードは『自分ではないだろう』と歩みを止めない。

 

 すると――

 

「スラックスのキミだよ!」

 

 ロードは足を止める。

 目的の相手が自分だと確信するのに、そう時間はかからなかった。

 

「急に呼び止めてゴメンね。少し、話したいことがあってさ。」

 

 振り返ったロードの前に、少女が立つ。

 その子は、先ほど自分を助けてくれたウマ娘だった。

 

「その……勘違いだったら本当に申し訳ないんだけど。」

 

 少女は少しだけ言葉を濁した。

 

「キミってもしかして……おと――」

 

 刹那、ロードの手が彼女の口元に伸びた。

 全てを言い終えるより早く、手のひらでそっと塞ぐ。

 

 突然のことに、少女は目を丸くした。

 

 そして――

 

「……せめて、他の受験生がいなくなってからにしてくれ。」

 

「!?」

 

 少女の目が大きく見開かれる。

 その声は、明らかに女子のものではなかった。

 

 ロードが手を離すと少女は、何かを言おうとしては止めるを繰り返す。思うように言葉が出てこなかった。

 

「え……えっと……。」

 

 自分が何を言おうとしたのか。

 そして、ロードの言葉と行動が何を意味しているのか。

 

 少女はようやく理解した。

 

「……嘘じゃなくて?」

 

「そうするメリットがない。」

 

「そ、そっか……。」

 

 ロードは迷うことなくそう答えた。

 目の前の少女は、この数時間で自分が男だと見抜いた。ならば、ここで嘘をつく意味などない。

 

「………。」

 

 少女は黙ったまま、ロードを見る。

 

 ロードも何も言わない。

 

 ただ、彼女の反応を待っている。

 

 拒絶されるのか、それとも受け入れてくれるのか。

 

 ロードにとっては、それだけが気になっていた。

 

 やがて少女は、ゆっくりと口を開く。

 

「あのさ……手、見せてもらってもいい?」

 

 彼女は、少し遠慮がちに尋ねた。

 

 ロードは一瞬だけ彼女の顔を見る。

 

「……手?」

 

「うん。ちょっと気になって。」

 

「……? いいけど。」

 

 唐突すぎるお願いに、ロードは困惑しながらも手を差し出した。

 

 少女は、おそるおそるその手を取る。

 

「わ……。」

 

 彼女はロードの手を裏返したり、指先を眺めたりしながら、興味深そうに観察する。

 

「へぇ……私の手と全然違う。」

 

「………。」

 

 ロードはされるがままになっていた。

 

 やがて、少女の指がロードの手の甲を軽く撫でる。これには流石のロードも、気まずさを感じていた。

 

「……なぁ、俺たち初対面だよな?」

 

「あっ。」

 

 少女が固まる。

 

「ご、ごめん!」

 

 そして、慌てて手を離す。

 その反応はまるで―― “自分を男として見ていない” ようにも見えた。

 

(いや……そんなわけない。)

 

 思わず、ロードは自問自答する。

 彼女は間違いなく、自分を男として認識している。なのに――自分が男だということを、まるで気にしていない。

 

「あー……あはは。」

 

 少女は苦笑する。

 

「ごめんね。一人でテンション上がっちゃって。」

 

「それは別にいいけど……。」

 

 ロードは自分の手を引っ込めた。

 

(……分からない。)

 

 彼女が自分をどのように認識しているのかが、全く掴めない。いきなり『手を触らせてほしい』などと言われたのは、初めてのことだった。

 

 ただ確かなのはーー

 

(……拒絶はされてない。)

 

 自分が男だと知っても、険しい顔はしていない。

 

 それだけは、揺るがない事実だった。

 

「そういえば、自己紹介してなかったね。」

 

 少女は咳払いをして、こちらに向き直る。

 

「私の名前はミラ――」

 

 そこまで言って、彼女は突然言葉を止めた。

 

「……?」

 

 ロードが首を傾げる。

 

 少女の視線は、ロードの後ろへ向けられていた。

 

 何かと思って振り返る。

 

 すると――

 

 教室の入り口。

 

 その扉の影から、ひょっこりと顔を出しているウマ娘がいた。

 

 こちらをじっと見つめている。

 

 しかも、頬はぷくっと膨らんでいた。

 

「……イーリス、何してるの?」

 

「ふーんだ。」

 

 隠れていたウマ娘ことイーリスは、ぷい、と顔を背けた。

 

「………。」

 

 ロードは二人を交互に見る。

 

「……知り合い?」

 

「うん、友達。」

 

 少女は少し困ったように笑った。

 

「待たせちゃってごめんね。」

 

 そっぽを向いたままのイーリスに、少女が苦笑する。どうやら、ロードと話しているうちに時間を忘れてしまったらしい。

 

「とりあえず、購買行こうか。」

 

 少女はそう言って、イーリスの隣へ並ぶ。

 

「ほら、キミもおいで!」

 

 笑顔で自分を呼ぶ少女。

 ロードは少しだけ戸惑いながらも、二人の後に続いて教室を出た。

 

 

 

 

・・・・・

 

 

 

 

 廊下を歩きながら、簡単に自己紹介を交わした。

 

「私の名前はミラージュシーズ。ミラージュでもミラっちでも、好きなように呼んでね。」

 

 先ほどまで話していた少女――ミラージュシーズ。

 

 穏やかな雰囲気を持ったウマ娘で、話し方にもどこか余裕がある。

 

 その性格はお姉さん気質。周囲の様子をよく見ていて、誰かが困っていれば自然と声をかける。複数人でいる時には、いつの間にか全体をまとめる側に回っていることも多い。

 

 そんなミラージュシーズには、もう一つ特徴がある。

 

 それは――好奇心がとても強いこと。

 

 気になったことは、そのままにしておけない。『分からない』と思った瞬間から、頭の中はそのことでいっぱいになる。

 

 どうしてそうなるのか。

 何が原因なのか。

 他にはどんな可能性があるのか。

 

 答えを知るまで気になってしまい、時にはそれだけで眠れなくなることすらある。

 

 ようやく答えを見つけたと思ったら、

 

「じゃあ、これはどうして?」

 

 と、新しい疑問が生まれる。

 

 一つの疑問を解決したはずなのに、気がつけば次の疑問を追いかけている。

 

 そんな少女だった。

 

 そして、その隣を歩くのが――

 

「私はシーイーリス!イーリスって呼んでね!」

 

 先ほど教室の入り口から顔を出していたウマ娘、シーイーリス。ミラージュとは幼馴染で、二人は同い年だ。

 

 けれど、性格はかなり違う。

 

 イーリスは、とにかく元気。思ったことはすぐ口にするし、興味を持ったものがあれば一直線。じっとしているよりも、誰かと一緒に動き回っている方が好きなタイプだ。

 

 そして、何よりも目立つのがその末っ子気質だった。

 

 ミラージュのことを「ミラねぇ」と呼び、まるで本当の姉のように慕っている。

 幼馴染で、同い年。それでもイーリスにとって、ミラージュシーズは昔から頼れる存在だった。

 

 何かあればミラージュに相談する。分からないことがあればミラージュに聞く。そして、少しでも構ってもらえないと――

 

「ふーんだ。」

 

 と、先ほどのようにすぐに拗ねる。

 

 二人の性格は正反対に近い。それでも、幼い頃からずっと一緒にいるからなのか、不思議と息が合っていた。

 

「それじゃあ、キミの番だね。」

 

 ミラージュが、ロードへ顔を向ける。

 

「俺?」

 

「うん。」

 

 促され、ロードは二人を見る。

 

「ルベウスロード。ミラージュはもう知ってると思うけど、俺は男で――」

 

「ルベウス……?」

 

 ミラージュが、その名前に反応した。

 

「ってことは、お母さんは……!」

 

「ルベウスライトだけど……。」

 

「す、すごい!」

 

 ミラージュの目が輝く。

 

「……やっぱり、みんな知ってるんだね。」

 

「そんなの当たり前だよ!」

 

「『知らない人がいるの?』ってくらいに有名だよ!」

 

 二人にいきなり距離を詰められ、ロードは思わず仰け反る。

 

 ロード自身、トレセン学園でトレーニングを始めてから、母の戦績や実際のレース映像を閲覧するなどしていた。

 だが、どれだけ調べようとも、ロードにとっては母親であることに変わりはない。

 

 偉大なウマ娘だったのだと理解していても、母としてのイメージを払拭することはできなかった。

 

 そして同時に、ロードは疑問符を浮かべていた。

 

 さっき自分は、男だということを伝えた。すでに話したミラージュとは違い、イーリスはそれを今知ったはずだ。

 

 なのに――

 

(……そっちは気にならないのか?)

 

 ロードとしては、そちらの方がよほど気になる。 

 しかし彼女の興味は、完全に「ルベウス」という名前へ向いていた。

 

 

 

 

・・・・・

 

 

 

 

 昼時ということもあり、購買には数名の学園関係者や受験生がいた。弁当、パン、おにぎりなど、各々好きなものを手に取っていく。

 

「たくさんあるね!」

 

 イーリスが目を輝かせる。ウマ娘の学校としてトップに君臨する学園なだけあって、種類も量も豊富にある。

 

「どれも美味しそうだね。」

 

 イーリスの隣に並び、微笑むミラージュ。側から見れば、親子のやり取りにしか見えない。

 

 その一方で。

 ロードは全体を見渡した後、迷うことなく唐揚げ弁当を手に取った。

 

「ふふ、お腹空いてるの?」

 

「試験で頭を使ったからね。」

 

 お茶と一緒にレジに出し、手早く会計を済ませる。

 

 三人が購買を出ると、ミラージュが辺りを見回した。

 

「さて……どこで食べようか。」

 

 ほとんどの受験生はすでに帰宅したのだろうが、購買前にあるテーブル席は、既に他の受験生が座っている。

 普段は解放されている食堂も、夏合宿のためか入り口の扉は閉まっていた。

 

「どこか座れるところ探すしかないね。」

 

「それもそうだね。」

 

 三人は当てもなく歩き始める。

 

 その時だった。

 

「おや、ロード君じゃないか。」

 

 不意に呼ばれ、ロードは足を止める。

 振り返ると、そこにはーー

 

「ライツ博士。」

 

 いつものように車椅子に座ったライツが、こちらへ向かってきていた。

 彼女も昼食を買いに来たのだろうか。その手には財布があった。

 

「その様子を見るに、今日の試験は終わったんだね。」

 

「はい。」

 

「試験はどうだった?」

 

「心配は全くしてません。」

 

「それは良いことだ。」

 

 ロードの返答に、ライツは静かに微笑んだ。

 

「ところで博士。俺たち、食べる場所を探していて。」

 

「ん?ああ。いつもの研究室を使えばいいさ。」

 

 さも当然のようにライツは言う。

 ロード自身もこれまで使わせてもらっていた部屋だが、今回は少しだけ躊躇いを見せた。

 

「……自分で言っておいてなんですけど、いいんですかね?受験生は基本的に学園の施設には入れないらしいですし。」

 

 トレセン学園に招待され、トレーニングをさせてもらっていたとは言え、今回の自分は受験生という立場。あまり自由な行動はできない。

 

 それでもライツはいつも通りだった。

 

「あの部屋は普通の教室を借りているだけだ。加えて、秋川理事長には『好きに使ってくれ』と言われている。」

 

「あまり勝手なことは言えないが、これくらいは許してくれるだろう。」

 

 そう言ってライツは部屋の鍵をロードに渡した。

 

「……じゃあ、後ろの二人も良いですか?」

 

「もちろん。」

 

「やった!」

 

 イーリスは小さく飛び跳ねる。

 

 ロードは軽く頭を下げて、二人を連れて歩き出した。

 

「お腹空いた〜!」

 

 そう言ってレジ袋に入ったおにぎりたちを見つめ、ロードのもとへと駆けて行くイーリス。

 その一方で、ミラージュの疑問は、さらに深まるばかりだった。

 

 目の前の少年は、トレセン学園の生徒ではない。それなのに、先ほどの女性――ライツ博士とは、まるで以前から知り合いだったかのように自然に会話をしている。

 

 博士の方も、ロードのことを当然のように名前で呼んでいた。そして、研究室を使うことまであっさりと許可され、その鍵までロードに渡された。

 

(……なんで、普通に話してるの?)

 

 ミラージュにとっては、それが一番の疑問だった。

 

 受験生と学園関係者。本来なら、もっと距離があるはずだ。

 それなのに、ロードとライツ博士の間には、そんなものが一切感じられなかった。

 

 まるで、最初からこの学園にいる者同士のようだった。

 

(ルベウスロード君……。キミは本当に、何者なの……?)

 

 

 

 

・・・・・

 

 

 

 

 研究室に入ると、三人はソファに腰掛け、それぞれが買ってきた昼食を広げた。

 

 ロードは唐揚げ弁当の蓋を開ける。

 

「いただきます。」

 

「いただきまーす!」

 

「いただきます。」

 

 三人は昼食を食べ始める。

 しばらくは、食事の音だけが研究室に響いていた。

 

 やがて――

 

「……ねえ、ロード君。」

 

 ミラージュが口を開いた。

 

「ん?」

 

「一つ聞いてもいい?」

 

「いいよ。」

 

 ロードは箸を止め、ミラージュへと体を向ける。

 

 彼女は少しだけ躊躇うような様子を見せて、口を開いた。

 

「キミって、このトレセン学園とどんな繋がりがあるの?」

 

 それは当然疑問に思うだろうと、ロードも理解していた。

 

 ロードは特に隠すこともなく、これまでのことを簡潔に説明した。

 

 やよいから、走る場所を保証されたこと。

 トレーニングをする機会をもらったこと。

 そして、今回の転入試験を受けることになったこと。

 

 ミラージュは、静かにロードの話に耳を傾けていた。

 

 最後にロードは、こう締めくくる。

 

「俺はもっと、『自分はウマ娘だ』と胸を張って言えるようになりたいんだ。」

 

「………。」

 

 その言葉を聞いた瞬間、ミラージュの脳裏に、試験前の出来事が蘇った。

 

 

『ここは、アンタが来るようなところじゃない!』

 

 

 教室で叫んでいた、あのウマ娘。

 

 ロードを見る目。

 

 そして、あの言葉。

 

「その……試験前に叫んでた子って、ロード君の知り合い?」

 

「実を言うと、覚えてないんだよな……。」

 

 ロードは少し考えるようにしてから答える。

 

「でも、俺を知ってるってことは多分、小学校のクラスメイトだったんだと思う。」

 

「………。」

 

 ミラージュは、それ以上何も言わなかった。ただ、あの一言だけで、なんとなく察していた。

 

 彼は、これまでどんな扱いを受けてきたのだろう。

 

 そんなことを考えながら、ミラージュは黙って昼食を口に運ぶ。

 

「それじゃあ次は、俺から質問させてくれ。」

 

 ロードの言葉に、ミラージュは顔を上げる。

 その隣では、イーリスが夢中になっておにぎりを頬張っていた。

 

「イーリスも、聞いてくれるかな。」

 

「んむ。なぁに?」

 

 頬を膨らませたまま、イーリスがロードを見る。

 

「俺は男だってことは、間違いなく二人に話したよね。」

 

「うん。」

 

 ミラージュが頷く。

 

 イーリスも、口の中のものを飲み込んでから頷いた。

 

「………。」

 

 ロードは二人を見つめる。

 

 教室でミラージュに男だと打ち明けた時、彼女は驚いた。だが、その驚きはすぐに好奇心へと変わっているように見えた。イーリスに至っては、驚くことすら無かった。

 

 まるで最初から何も問題などなかったかのように、二人は自分と話している。

 

 それが、ロードにはどうしても分からなかった。

 

「二人はどうして、何事もなかったかのように俺と話をしてくれるんだ?」

 

 ロードは、静かに問いかける。

 

「……俺が男だって、気にならないのか?」

 

 研究室が、静かになる。

 

 窓の外から聞こえていた蝉の声だけが、やけに大きく響いていた。

 

 ミラージュとイーリスは、何も言わない。

 

 ただ、目の前の少年を見つめている。

 

 そしてロードもまた、二人の答えを待っていた。

 

 

 つづく




オリウマ娘の名前について……

ミラージュシーズ
ミラージュは「幻影・幻想」を意味し、シーズは「掴む」という意味。目には見えない、実際には存在しないものを掴む。
「不可能を可能にする」という意味を込めました。

シーイーリス
シーはそのまま「sea(海)」を意味し、イーリスは「虹」という意味。海に虹がかかる確率は極めて低い。しかし、可能性はゼロでない。すなわち、その事象はいつか必ず起きる。
「可能だと信じ、証明する」という意味を込めました。
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