時が経つのは早いもので、三十話まで来ました。
お気に入り登録をしてくれた方も100名を超えていて、ありがたい限りです。
どうぞ、これからもよろしくお願いします。
「前より、身体が軽い!」
「今の、もう一回やってみよう!」
「次はもっと早く仕掛けてみる!」
夏合宿を終えたトレセン生徒たちは、トレーニング場のあちらこちらで新たな自分を試していた。
砂浜で積み重ねたトレーニング。普段とは違う環境で得た経験。それらを自分の走りに落とし込むため、ウマ娘たちは思い思いにターフを駆けていた。
昨日までできなかったことが、今日はできるかもしれない。今まで気づかなかった自分の強みが、見つかるかもしれない。
そんな期待を胸に、生徒たちは何度も何度も走っていた。
その中には、キタサンの姿もあった。
彼女は先ほどから何度もターフを走っている。走り終えるたびにトレーナーと意見を交わし、また走る。
「今のはどうでしたか?」
「さっきより良くなってる。だが、もう少し――」
その表情には、これまで以上の強い意志が宿っていた。
宝塚記念直後に故障してしまったドゥラメンテを巡って精神的に追い詰められたものの、ここまで立ち直った。
菊花賞では彼女と直接競い合うことはできない。
けれど、それでも。
『ドゥラメンテが出ていれば。』
そんなことは誰にも言わせないと誓った。
そして、キタサンがここまで集中しているのには、もう一つ理由があった。
「……キタちゃん、今日も気合い入ってるね。」
少し離れた場所で、走り終えたキタサンの背中を眺めながらテイオーが呟いた。
「合宿から戻ってきてから、ずっとあんな調子ですわね。」
マックイーンも、苦笑交じりに頷く。
「ま、そうなるのも仕方ねーだろ。」
なぜか逆立ちをしているゴールドシップが言う。
「
その場にいた面々が、揃って頷いた。
一方その頃、話題の本人はトレセン学園の来賓玄関にいた。
“男のウマ娘”、ルベウスロード。
彼は、目の前に聳えるトレセン学園を見上げていた。
「おはようございます、ロード君。」
ふと、誰かに挨拶をされる。
視線の先に立っていたのは、理事長秘書の駿川たづなだった。
「お久しぶりです、たづなさん。」
「ふふ。こちらこそ、お久しぶりです。」
簡単な挨拶を交わした二人。そしてたづなは背筋を正し、ロードに微笑んだ。
「まずは――合格おめでとうございます、ロード君。」
その言葉を聞いて、ロードは数日前のことを思い出した。
合格発表の日。
パソコンを前に、父と母もロードの両隣で画面を見つめていた。父は拳を固く握り、母はロードの肩を抱いている。
画面には、受験番号を入力する欄。
自分の番号を入力して、確認ボタンを押す。
ほんの数秒。
そして――。
画面いっぱいに表示された文字。
『合格』
ロードは、しばらくその二文字を見つめていた。
何度も確認するように、画面を見直す。
番号は間違っていない。
表示されている名前も、自分のもの。
「……受かった。」
ぽつりと呟く。
その声を聞いて、父と母がロードを見る。
瞬間、二人は大きく盛り上がる……かと思えば、力なくソファに寄りかかった。
「……やったな、ロード。」
「おめでとう。」
「うん。」
ロードはもう一度、画面を見る。
そこにあるのは、たった二文字。
それでも――。
ずっと遠くにあったものが、確かに自分の手の届くところまで来た。
(……ここからが、スタートだ。)
そう決意を固め、ロードは深く息を吐いた。
そして、現在に至る。
今日のロードは、合格者のオリエンテーションに参加するために学園を訪れた。
「他の合格者の方はすでに到着されています。少し急ぎましょう。」
「はい。」
そうしてロードはたづなの背中について行く。その間廊下には、トレーニング場からの声が響いていた。
夏合宿は終わったが、期間は夏休みのため、普段よりも廊下を歩く生徒の姿は少ない。他に聞こえてくるものがあるならば、セミの鳴き声くらいだろう。
「そう言えば、ロード君。」
たづなが、歩きながら尋ねた。
「ロード君が合格したと分かった時、お父様と先ぱ……お母様は、何か仰られていましたか?」
少し間が空いて、ロードが答える。
「……特に、何も。」
ロードの声が、静かな廊下に溶け込む。その反応は、照れ隠しではなかった。
「ただ……」
一度言葉を止めて、ロードは前を向いたまま続けた。
「初めて、あんなに嬉しそうな二人を見ました。」
その声は、どこか穏やかだった。
ぽつりと零れた言葉に、たづなは目を細める。そして何かを察したように一度だけ頷くと、優しい笑みを浮かべて言った。
「でしたら、これからは何度もその笑顔を見ることになりそうですね。」
「……え。」
思いがけない言葉に、ロードは少しだけ目を丸くした。
たづなは、そんな彼を見て微笑む。
これから始まるトゥインクルシリーズ。数々のレースを走り、勝利を重ねていくロードの姿。
きっと、そのたびにご両親は喜ぶのだろう。
その日見せたものと同じ、あるいは、それ以上の笑顔を。
ロードは一瞬だけ考えるように視線を落とした。
それから、顔を上げる。
「はい。」
小さく、けれど確かな笑みを浮かべて、ロードは頷いた。
やがて理事長室が見えてくる。たづなはその扉を開けると、中に入るように促した。
「失礼します。」
理事長室に入る。
そこには、二人のウマ娘がいた。
二人はロードの姿を見ると、ニコッと笑った。
「待ってたよ。」
「久しぶり、ルー君。」
聞き慣れた声、見慣れた笑顔。
ミラージュシーズとシーイーリス。
これから同じ学園で過ごす、二人の合格者がそこにいた。
「お待たせ。」
ロードも微笑み返し、二人のもとへ歩み寄る。
二人はすでに、理事長席の前に並んでいた。
左にミラージュ。
右にイーリス。
そして、その中央にロードが立つ。
三人が並んだのを確認すると、たづなが一歩前に出た。
「秋川理事長、合格者の三名をお連れしました。」
その言葉に応えるように、目の前の椅子が回転を始めた。
こちらを向いた椅子に座っていたのは――
「待っていたぞ、諸君ッ!」
満面の笑みを浮かべたやよいだった。
「私こそがトレセン学園理事長、秋川やよいだ! 以後、よろしく頼む!」
なんとも勢いのある自己紹介。どうやら、彼女は相当張り切っているらしい。
「さて、早速だが――」
やよいは三人を見渡し、先ほどまでの勢いを少しだけ落ち着かせた。
「君たちが選ばれた理由について話そう!」
そう言って、やよいはデスク上の書類に目を向けた。
「まずは、シーイーリス君!」
「はい!」
「君の実技試験での走りは、実に見事だった! 記録は受験生の中で一位。文句のつけようがない結果だ!」
「ありがとうございます!」
イーリスは、褒められることを当然と思っているかのように、屈託なく笑った。
「しかし、我々が評価したのは記録だけではない。」
「初めての環境、試験の空気。そのような状況でも物怖じせず、自分の力を存分に発揮できる精神力。そして何より、自分の可能性を全く疑っていないことだ!」
やよいは満足げに頷いた。
「ぜひ、その自信をこれからも大切にしてほしい!」
「はいっ!」
イーリスは元気よく返事をした。
「次に、ミラージュシーズ君!」
「はい。」
続いて、やよいはミラージュへと視線を移す。
「君の走りには、際立った安定感があった。状況に左右されにくく、自分の力を着実に発揮できている。だが、我々が特に注目したのは、その走りを支える君自身の考え方だ!」
ミラージュは静かに耳を傾けている。
「自分の長所だけでなく、短所についても正確に把握している。そして、それを改善するために何が必要なのかを自分なりに思考し、複数の考えを導き出している!」
やよいは、少しだけ声を弾ませた。
「現状に満足せず、より良い自分を目指し続ける。その向上心と自己分析能力は、君の大きな武器になるだろう!」
「ありがとうございます。」
ミラージュは微笑んで頭を下げた。
「自分の課題を知ることは成長への第一歩だ。これからも自分自身と向き合い、君だけの走りを磨いていってほしい!」
「はいっ。」
そして、最後に――
「ルベウスロード君!」
「はい。」
ロードは静かに返事をする。
やよいの表情が、再び輝いた。
「私は、君がここでレースを学び始めた頃から見ていた。試行錯誤を繰り返し、少しずつ形を変えていく姿もな。」
やよいは楽しそうに笑う。
「そして今回の実技試験でも、君は見せてくれた。」
言葉に熱がこもる。
「正直に言おう!私は、君がこれからどこまで進化するのか、想像するだけで楽しみで仕方がない!」
やよいは一度言葉を切り、ロードをまっすぐに見つめた。
「だが、我々が評価したのは走りだけではない!」
「君は自分が男であることを理解している。そして同時に、自分がウマ娘であることも胸を張って受け入れている!」
その言葉に、ロードの表情がわずかに変わった。
「自分が何者なのか。それを他人に決めてもらうのではなく、自分自身で受け止め、自分の進む道を選んでいる! 面接での君の言葉からも、その意志が伝わってきた!」
やよいは、満足そうに頷いた。
「そんな君を――これからも、この目で見ていたいと思ったのだ!」
ロードはしばらくやよいを見つめ、それから静かに頭を下げた。
「ありがとうございます。」
そして――
「慶祝ッ! 合格おめでとう!」
「我々トレセン学園は、君たちの転入を歓迎するッ!」
はっはっはと高らかに笑うやよい。『ここまで勢いのある理事長は久しぶりに見た』と、ロードは口元を緩めた。
「歓迎の言葉が済んだところで、君たちに渡すものがある!」
やよいはたづなに目線を送った。それに気づいたたづなは、大きな紙袋を三つ手に取った。
「これが、ミラージュさんのです。」
「ありがとうございます。」
袋を受け取ったミラージュは早速中身を覗く。刹那、彼女は目を開き、とても嬉しそうに笑った。
やがてロードとイーリスにも袋が渡される。二人もまた同じように中を覗いた。
「あっ……!」
「これは……。」
そんな三人の反応を見て、やよいとたづなは嬉しそうに笑った。
「たづな、三人を更衣室に案内してあげてくれ。」
「了解です♪」
そうしてロードたちはたづなに連れられ、一旦理事長室を後にした。
それから数分後。戻ってきたロードたちに、やよいは思わず顔を綻ばせた。
「優雅ッ! みんな、立派なトレセン学園の生徒だ!」
ミラージュとイーリスは、互いの姿を見て微笑み合った。ロードもまた、自分の服に目を落とす。
袖口に薄紫のラインが入った白シャツ。胸元には紫のネクタイ、下は薄紫のスラックスでまとめられ、その腰を通る黒のベルトが淡い色合いの制服を引き締めている。
女子二人の制服とは形こそ違うものの、色合いはトレセン学園のものと揃えられていた。
やよいの視線が、ロードへと向く。
「どうだい、新たな制服は。」
ロードは少しだけ姿勢を正した。
「シャツもズボンも、君のために特別に仕立ててもらったものだ。」
ロードは袖口を見て、ズボンへと視線を落とす。そして体を捻って背中側を見て、答えた。
「正直、めちゃくちゃカッコいいです。」
「はっはっは!それは何よりだ!」
やよいは満足そうに笑った。
「世界で唯一の学生服に相応しい仕上がりだろう!」
その言葉に、ミラージュとイーリスが改めてロードを見る。
「本当に、ルー君だけの制服なんだね。」
「すごくかっこいいよ!」
「ありがとう。」
ロードはそう答え、胸元のネクタイにそっと目を落とした。
「ネクタイの結び方、覚えないと……。」
そんなぽつりと零れた言葉に、後ろで見守っていたたづながくすっと笑った。
[newpage]
トレセン学園の制服に着替えたロードたちは、一旦理事長室を後にして、生徒会長室に向かっていた。
やよいとたづなの案内について行く中、ロードはミラージュとイーリスに目を向ける。
二人は口を交わさない。それどころか、肩に少し力が入っているようだった。
「……緊張してる?」
ロードが問うと、二人は少し不安そうに答えた。
「まぁ……ちょっとだけ、ね。」
「会長さんがすごいのは、イーリスたちも知ってるもん。」
トレセン学園生徒会長、シンボリルドルフ。16戦13勝、うちG1レースが7つというとんでもない経歴の持ち主。
すでにレース界を引退した身とは言え、その戦績はほぼ全てのウマ娘が知っている。そんな歴史に名を残すようなウマ娘と直接会うのだから、緊張しないはずがなかった。
「大丈夫だよ。俺も一回会長さんと話したけど、すごく優しかったよ。」
さすが、ルドルフの存在すら知らなかった者の気の持ちようは違う。そんな話をしているうちに、生徒会長室に到着した。
「じゃ、俺から行くよ。」
そう言って扉の前に立つロード。三回ノックをして、返事を待った。
『どうぞ。』
返事が聞こえて、ロードは静かに扉を開けた。
「失礼します。」
お辞儀をして、部屋に入る。
ゆっくりと閉められたドアが『カチャン……』と音を響かせた。
「……おや、その服装は。」
手にしていた書類をデスクに置いたルドルフは、真っ先にロードの服に注目する。
「なかなか似合っているよ。」
「ありがとうございます。」
それから少しの静寂。ルドルフは静かに席を立ち、ロードの前に立った。
「合格おめでとう。また会えて嬉しいよ、ルベウスロード。」
そう言って、彼女は手を差し出した。
「ありがとうございます、ルドルフ会長。」
ロードもまた手を差し出し、その手を握る。
そして二人は、すぐそばのソファに向かい合うようにして腰掛けた。
「本当は話したいことがたくさんあるが……また次の機会にするよ。」
ルドルフは軽く咳払いをして、改めてロードの目を見る。少しだけ、彼女の目つきが変わった気がした。
「前回、君にした二つ目の質問を覚えているかい?」
「『未来に何を見る?』……という質問ですね。」
「そうだ。」
ルドルフは、少しだけ口元を緩めた。
「あの時の君は『走りながら答えを見つける』と答えたが……あれから何か見つかったかい?」
「……そうですね。」
ロードは口元に手を当て、少し考え込む。
面接試験で問われたのは、『どのようなウマ娘になりたいか』という “理想” 。
対して今回の質問は、『これからどんな物語を綴るのか』という “覚悟” を問われている。
ただ思い描くだけではない。自分自身の手で、何を成し遂げるのか。
そう考えた時、ロードはふと、目の前に座る彼女のことが気になった。
「ルドルフ会長は……どのような未来を見ているのですか?」
そんな突拍子もない問いに、ルドルフは目を丸くした。まさか、自分が問いかけた相手から質問を返されるとは思っていなかったのだろう。
しかし、すぐにその表情を和らげると、彼女は静かに口を開いた。
「私は、全てのウマ娘たちが幸せに暮らせる世を創りたいと思っているよ。」
迷いのない言葉だった。
それは、ただの願いではない。彼女自身が実現させるべき未来として、確かに見据えているものだった。
ロードは黙って、その言葉を受け止める。
全てのウマ娘たちが幸せに暮らせる世界。
それがどれほど大きな目標なのか、ロードにも想像はついた。きっと、そこに至るまでには数え切れないほどの困難があるのだろう。
それでも、ルドルフはそれを目指している。
自分の進むべき道を、すでに定めているのだ。
「……答えは、出せそうかい?」
ルドルフが尋ねる。
しかし、ロードはすぐには答えなかった。
俯いたまま、膝の上に置いた両手を見つめている。
考え込んでいるようにも見える。けれど、先ほどまでのように、言葉を探して迷っている様子とは少し違っていた。
静かだった。
あまりにも静かで、ルドルフは思わず彼の様子を窺う。
やがて、ロードの指先から、ゆっくりと力が抜けた。
迷いが消えたのか。それとも、迷う必要がなくなったのか。
ルドルフには、まだ分からない。
ただ、目の前にいる少年の纏う空気が、少しずつ変わっていくのを感じていた。
そして――
ロードが、ようやく顔を上げた。
その表情を見た瞬間、ルドルフは僅かに目を見開いた。
見覚えがあった。
静かに前を見据える目。余計な力の抜けた顔。それでいて、その瞳の奥には、決して揺らぐことのない何かが宿っている。
その顔を見たのは、ロードとスピカのメンバーたちが模擬レースを行った時。スターターを務めたルドルフは、スタートラインに立つ彼の姿を見ていた。
あの時も、ロードはこのような顔をしていた。
走る直前の、誰にも踏み込ませないような静けさ。
彼は、走ってすらいない。
ただ目の前の相手に答えようとしているだけだ。
それなのに――
ルドルフは、知らず知らずのうちに背筋を伸ばしていた。
この少年は今、何を見据えているのだろう。
彼女は、その答えを待った。
「……俺には、ルドルフ会長のような壮大な夢はありません。」
ロードは静かに口を開いた。
「俺はこうしてトレセン学園にいますが……本来なら、走ることすら許されなかったんです。」
膝の上に置かれた手が、ゆっくりと握られる。
「だからこのチャンスは……全て俺のために使いたい。」
言葉を切り、ロードは一度だけ息を吐いた。
そして、再び口を開く。
「ルドルフ会長。」
その声に、迷いはなかった。
「俺は、母さんを……いや。」
「ルベウスライトを超えるウマ娘になります。」
――瞬間。
ルドルフは、言葉を失った。
ロードの表情は、先ほどと何も変わっていないように見える。声を荒らげたわけでもない。威圧するような仕草をしたわけでもない。
それなのに、目の前にいる少年から、確かな存在感が放たれていた。
静かで、揺るぎなく、ただ真っ直ぐに前を見据えている。
――母を超える。
それがどれほど大きな目標なのか、ロードは理解しているのだろうか。
ルベウスライト。ロードの実の母であり、数々のレースで名を刻み、今なお伝説として語られるウマ娘。
彼女を超えるということは、ただ母親に勝つというだけではない。彼女までの道中にいる、あらゆる強豪ウマ娘たちをも超えていくということだ。
そして当然、シンボリルドルフもその道にいる。
だが、ロードの眼差しに、挑発するような色はなかった。
彼はただ、自分が進む道の先を見ている。
そこに誰が立っていようと、関係ないとでも言うように。
「………。」
ルドルフは、しばらくロードを見つめていた。
やがて、その口元がゆっくりと弧を描く。
「……ふ。ふふ。」
そして――
「ははははっ!」
彼女にしては珍しく、声をあげて笑った。
「そうか。君は、母君を超えるつもりなのだな。」
「はい。」
ロードは、即座に答えた。
その返事にも、気負いはない。
まるで、それ以外の答えなど初めから存在しなかったかのように。
ルドルフは、もう一度だけ彼の顔を見た。
この少年は、まだ自分の未来を知らない。
けれど――少なくとも今、彼の目には、進むべき道がはっきりと映っている。
「……いいだろう。」
ルドルフは、静かに頷いた。
「ならば見せてくれ、ルベウスロード。」
その瞳に、会長としての穏やかさとは違う、ひとりのウマ娘としての輝きが宿る。
「君が、全てのウマ娘の頂点に立つ瞬間を。」
「はい。」
ロードは短く答えた。
その表情は、もういつもの穏やかなものに戻っていた。
[newpage]
「では、次は図書館を案内しよう!」
理事長の明るい声が、廊下に響いた。
ルドルフへの挨拶を終えたロードたちは、やよいとたづなの案内のもと、学園内を巡っていた。
図書館には競走史やトレーニング理論、栄養学に関する専門書が数多く並び、体育館とトレーニングルームにも、さまざまな身体能力を鍛えるための器具が揃っていた。
「すごい……!こんなにたくさんあるんだ!」
イーリスは、目を輝かせながら室内を見回していた。
「設備が充実しているのは知っていたけれど、実際に見ると印象が違うね。」
ミラージュも、興味深そうに周囲を見ている。
「ふふっ。これからは皆さんが実際に使うことになる場所ですからね。気になる設備があったら、遠慮なく聞いてください。」
たづなの説明に、三人はそれぞれ頷いた。
ひと通りの案内を終え、四人は建物の外へ出た。
目の前には、広々とした敷地と、いくつものトレーニング施設が広がっていた。
「この先にあるのがトレーニング場だ! 普段の雰囲気を確かめに行こう!」
元気なやよいが先導する。
ロードは周囲を見渡した。
これまでにも、並走トレーニングなどで学園を訪れる機会はあった。しかし、こうして制服を着て歩いていると、以前とは少し違った景色に見える。
と、その時だった。
「あれ……?」
近くを歩いていたウマ娘が、ふと足を止めた。
「もしかして、ルベウス君?」
その声に、ロードが振り向く。
「確か君は、並走トレーニングで走った……。」
「そう!いや、それよりもその制服……!」
彼女は驚いたように目を丸くした。
その声を聞きつけた別のウマ娘たちも、次々とこちらに視線を向ける。
「あ、本当だ!ルベウス君だ!」
「その制服ってもしかして、トレセン学園の生徒になるってこと!?」
「うん。」
ロードが答えると、生徒たちは分かりやすく喜んだ、
「ホントに!? すごい!」
「なんか新鮮……!いつも体操服だったから、全然印象違うね!」
気づけば、あちこちから視線が集まっていた。
並走トレーニングを通じて顔見知りになったウマ娘もいれば、遠くからロードの走りを見たことがあるだけのウマ娘もいる。
彼女たちは、トレーニング中とは違うロードの姿に、つい目を奪われているようだった。
ロードはそんなウマ娘たちに軽く手を振った。
「理事長さんたちを待たせたらいけないから、またね。」
「うん!また一緒に走ろうね!」
「またね〜!」
そんなやり取りを交わしながら歩いていく。
ロードが手を振るたび、相手のウマ娘たちも嬉しそうに手を振り返していた。
その様子を、少し後ろから眺めていたミラージュは――。
「……ふぅん。」
小さく、意味ありげな声を漏らした。
「……ロード君って、トレセン学園に結構知り合いが多いんだね。」
ミラージュが、何気ない調子で口を開いた。
「並走トレーニングで何度か一緒に走っただけだよ。」
「それだけで、あんなに仲良くなれるんだ。」
「一緒に走れば、自然と話すことも増えるからね。」
「………。」
ミラージュは小さく相槌を打った。
その声に、ほんの少しだけ何かが含まれていた気がしたが、ロードは特に気に留めなかった。
「さぁ、ここがトレーニング場だ!」
そんなことは露知らず。やよいの元気な声が響く。
広々としたコースでは、何人ものウマ娘たちが練習に励んでいる。走る足音やトレーナーの掛け声が、辺りに響いていた。
観客席へと続く階段を登るミラージュたち。ロードもその後ろに続こうとした、その時だった。
「ロードくん?」
不意に、背後から声がした。
聞き覚えのある声にロードは足を止め、ゆっくりと振り返った。
そこに立っていたのは、スポーツドリンクのペットボトルを手にしたキタサンだった。その後ろには、テイオーをはじめとするスピカのメンバーたちの姿もある。
キタサンは、目の前の光景が信じられないとでもいうように、ロードを見つめていた。
「……キタサン。」
ロードは、ほんの少しだけ目を細める。そして――
「久しぶり。」
いつもと変わらない、穏やかな声だった。
その瞬間、キタサンの表情が崩れた。
「っ……!」
手にしていたペットボトルを、ぎゅっと握りしめる。
ずっと待っていた。
何度も想像した。
ロードがトレセン学園にやってきて、また会える日を。
その日が来たら何を話そう。
どんな顔で迎えよう。
笑顔で「おめでとう」って伝えよう。
そう、思っていたのに。
「……っ、ロードくん……!」
声が震える。
こらえようとした涙が、目の端に浮かんだ。
目の前にいるのは、間違いなくロードだった。
夢にまで見た、再会だった。
――本当に、来てくれたんだ。
キタサンはもう一度ロードの顔を見つめる。
そしてとうとう、涙を堪えきれなくなった。
つづく
今回、ロード君の立ち絵を描いてみました。「描いてみた」……と言ってもAIですが。
初めてAIイラストに挑戦しましたが、ものすごく疲れました。色々粗はありますが、笑って見逃してあげてください。
場所は目次の画面にあります。よかったら見てあげてください。
※少しだけ修正しました。
では、また次回。