にんじんハンバーグ定食を食べ終えた三人。
食堂は昼時が近づくにつれて、少しずつ賑わいを増していた。
そんな中、ミラージュが少し遠慮がちにロードへ話しかける。
「あのさルー君。実技試験の後に話してた子だけど……。」
「ん? ディナイのこと?」
「ごめん、名前はわかんないんだけど……試験初日にキミに詰め寄ってた子。」
「うん。ディナイだね。」
それからミラージュは、少しだけ言いよどんでから尋ねた。
「やっぱり……あの子に合格していてほしかったり、した?」
その言葉に、ロードはわずかに目を伏せた。すぐには答えず、しばらく考え込む。
やがて、ゆっくりと口を開いた。
「その気持ちがなかったと言えば……それは、嘘になる。」
ロードは顔を上げ、二人を見た。
「ディナイのことを、三年……いや、六年越しに知ることができたんだ。もっと仲を深めたいって思ったのは、本当だよ。」
そう言って、ロードはわずかに笑った。
けれど、なぜだろう。
その笑みは、どこか何かに怯えているようにも見えた。
「ここだけの話……ディナイは多分、俺よりも強かった。」
「「え……?」」
ミラージュとイーリスは、耳を疑った。
ロードが、自分よりも強かったと言った。
それはつまり、実技試験での勝利が必ずしも二人の実力差を示していたわけではないということなのだろうか。
その感覚は、走った本人にしか分からない。
「再加速っていう初見殺しの武器を持ってしても、その差は半バ身くらいしかなかったんだ。場合によっては、俺が二着だったかもしれない。」
ロードは、あの日のレースを思い返す。
自分には、再加速という武器があった。勝負どころで再び加速する、何も知らない相手にとっては予測不可能な走り。それがあったからこそ、ロードはディナイを上回ることができた。
それなのに、彼女はすぐそこまで迫っていた。
半バ身差。
その文字だけ見れば、わずかな差だ。
しかし、勝敗を分けるには十分な距離でもある。そして、展開や判断一つでその差が覆ることだってある。
ロードは勝った。それは事実だ。
けれど、勝敗だけでは見えないものもある。
(才能……か。)
ロードは、試験が終わったあとのディナイを思い出した。
あのときの彼女は、まだ自分の才能に気づいていなかった。加えて、ロードとの差を「才能の差」だと言っていた。
けれど、今は違う。
彼女は考えを改め、自分の才能を探す道を歩み始めた。
……もしディナイが自分の才能に気づき、自分だけの武器を手にしたら。
そのとき、二人の差はどうなるのだろうか。
「ふふ……。」
「ルー君?」
ミラージュの声に、ロードは我に返った。
どうやら、考え込んでいるうちに笑みが漏れていたらしい。
「いや、なんでもないよ。」
ロードは微笑みながら、首を横に振った。
そして、少しだけ楽しそうに続ける。
「ただ――」
「ディナイなら、必ず俺の道に立ち塞がってくれると思っただけだよ。」
その言葉に、ミラージュはロードの顔を見つめた。イーリスもまた、二人の会話を静かに聞いていた。
「……夢の邪魔をされるかもしれないのに、ルー君は不思議だね。」
ミラージュは、ロードの顔をじっと見つめた。
「普通は、自分の夢を叶えるために、邪魔になるものを遠ざけようとするんじゃない?」
ロードは少し考えるように視線を上げた。
「……俺は、母さんを超えるって決めたんだ。」
「母さんがどれだけすごいウマ娘だったかは、よく知ってる。だからこそ、簡単に超えられるなんて思ってないよ。」
その声に、迷いは少しもなかった。
「……そのための、立ち塞がる存在?」
「そう。」
「ルー君が負けるかもしれないのに?」
「負けることもあるだろうね。」
あまりにもあっさりと答えるものだから、ミラージュは一瞬、言葉に詰まった。
「正直に言うと……戦績で母さんを超えることには、あまり意味がないと思うんだ。」
「……意味がない?」
「母さんと同じレースを走って、母さんと同じように勝つ……。それで本当に、母さんを超えたことになるのかな?」
ロードは、少しだけ首を傾げた。
ミラージュとイーリスは顔を見合わせる。
「それは、母さんが歩いた道をただ辿っているだけだと思う。」
母親の偉大さを否定しているわけではない。むしろ、その実績を誰よりも理解しているからこそ、同じ道を歩むだけでは届かないものがあると考えているのだろう。
「……じゃあ、ルー君はどうしたいの?」
「俺は、俺の道で頂点に立ちたい。」
ロードは、静かに笑った。
「誰もが本気で勝ちに来る。誰が勝つか、最後まで分からないようなレースを勝ち続ける。」
そして、少しだけ目を細める。
「その先に、頂点があると思ってる。」
ミラージュは、ロードの言葉を頭の中で反芻した。
誰もが本気で勝ちに来るレース。自分が勝つかもしれないし、負けるかもしれない。最後まで結果の分からない、全力のぶつかり合い。
ロードはそんな場所を目指している。そして彼は、立ち塞がる相手を拒まない。
ミラージュは、ふっと表情を和らげた。
「ルー君って、思ってたより勝利に貪欲なんだね。」
「そこまで執着しているつもりはないけど……。」
その返答に、ミラージュは小さく笑った。
誰よりも勝ちたい。けれど、誰よりも本気で競い合いたい。勝利を譲るつもりはないのに、自分の勝利を脅かす相手を歓迎する。
そんなロードの在り方が、ミラージュには少し不思議だった。
けれど、きっと彼にとってはそれが当たり前なのだろう。
その両方を、ロードは何ひとつ矛盾だと思っていないのだから。
・・・・・
食器を片付け、食堂を出た三人。
昼食時の賑わいは、廊下に出ると少し遠く感じられた。
「そろそろバスが来る時間だね。忘れ物はない?」
ミラージュが時計を確認しながら言った。
「ないよ!」
イーリスが元気に返事をし、二人は歩き始める。
そんな二人を見て、ロードはふと思い出したように口を開いた。
「二人とも、気をつけて帰ってね。」
「む? ルー君も一緒に帰ろうよ。」
イーリスが、何気ない調子で尋ねた。
けれどロードは、少し申し訳なさそうに首を横に振る。
「ごめん。これから行かなきゃならない場所があるんだ。」
「……それって、ルー君と会って泣いてた女の子のところ?」
ミラージュの声が、ほんの少しだけ小さくなった。
ロードは一瞬だけ目を瞬かせ、それから小さく笑った。
「それもあるけど……もっと大事な用があるんだ。」
「……そっか。」
ミラージュは、それ以上尋ねなかった。
ロードにはロードの事情がある。
胸の奥のあたりがモヤッとしたが、ミラージュは考えないことにした。
「じゃあまたね。次に会う日を楽しみにしてるね。」
「ああ。俺も楽しみにしてるよ。」
「ルー君、ばいばい!」
イーリスが手を振る。
ロードもそれに応えるように、軽く手を振り返した。
「うん。またな。」
二人が歩き出す。
その背中が遠ざかっていくのを、ロードはしばらく見送っていた。
やがて二人の姿が見えなくなると、ロードもまた、ゆっくりと歩き始めた。
向かう先は、学園の廊下の奥。
食堂から聞こえていた喧騒も、ここまで来るとほとんど届かない。
静かな廊下を進み、目的の教室の前で足を止める。
そして、そっと扉を開いた。
室内に足を踏み入れたロードは、ゆっくりと辺りを見回した。
以前は所狭しと並んでいた機材や資料も、今ではすっかり片付けられている。机の上には必要最低限の書類が残されているだけで、棚にも空いたスペースが目立つようになっていた。
ロードの走りを解析する場であり、勉強の場でもあった研究室。それが今では、どこか広く、そして静かに感じられた。
「……ずいぶんと、静かになりましたね。」
懐かしむように呟いた、そのときだった。
部屋の奥から、モーターの駆動音が聞こえてきた。
ロードがそちらに目を向けると、車椅子に座ったライツ博士が姿を現した。
「おや、その制服は……。」
ライツはロードの姿を認めると、少しだけ目を見開いた。それから、ゆっくりと表情を和らげる。
その顔には、確かな喜びがあった。
けれど同時に、ほんのわずかな寂しさも滲んでいる。
目の前の少年が、ついにここまで辿り着いたこと。それが嬉しいのだろう。
しかしその姿を見れば見るほど、これまで共に過ごしてきた日々が、ひとつの区切りを迎えたことも実感してしまう。
そんな彼女の心情を知ってか知らずか、ロードは少しだけ微笑んだ。
「似合ってますか?」
「ああ。これ以上ないほどにね。」
ライツもまた、優しく微笑んだ。
その声には、誇らしさが滲んでいた。
まるで、自分のことのように嬉しそうに。
けれど、その視線は制服姿のロードをしばらく見つめたあと、名残惜しそうに静かに細められた。
それから二人は、部屋の隅に置かれたソファへと向かう。ロードがソファに腰を下ろすと、ライツも車椅子からロードの隣へと移った。
「改めて、合格おめでとう、ロード君。」
ライツは、晴れやかな笑顔でそう告げた。
「君がここまで辿り着けたことを、私は本当に嬉しく思っているよ。」
「ありがとうございます。博士のおかげです。」
「いやいや、私はほんの少し手を貸しただけさ。最後に道を切り開いたのは、君自身だよ。」
そう言って、ライツは嬉しそうに笑った。
ロードもまた、穏やかな笑みを返す。
それから二人は、試験のことや、これから始まるトレセン学園での生活について話した。
ロードが新しい制服に袖を通したこと。多くの在校生から祝福されたこと。そして、いつか母を超え、頂点に立つという目標のこと。
ライツは、どの話にも楽しそうに耳を傾けていた。時折、感心したように頷いたり、ロードの言葉に笑い声を上げたりした。
けれど。
話が進むにつれて、ライツは少しずつ口数が減っていった。
ふとした瞬間に、短いため息が漏れる。
本人も気づかないうちに、またひとつ。
「……博士?」
「ん? ああ、すまない。少し考え事をしていてね。」
ライツはそう言って、いつものように笑った。
けれど、しばらくすると、また小さく息を吐く。
やがてライツはそっと手を組み、窓の向こうへと視線を向けた。
「……成長していく君を、これからも近くで見ていたかった。」
ぽつりと、言葉がこぼれた。
あまりにも不意な本音。
彼女は、寂しそうな笑顔を浮かべていた。
ライツはロードの視線に気づくと、少し困ったように目を細めた。
「……すまないね、突然こんなことを言ってしまって。」
「いえ……。」
ロードは何も言わない。
彼女を悪く言うことなど、できるはずがなかった。
「……この三ヶ月は、本当に楽しかった。」
ライツは、ゆっくりと言葉を続けた。
「自分の頭脳で新たな説を組み立てていく君が、とても誇らしかった。私が思いもよらなかった視点から問題を捉えて、何度も私を驚かせてくれたね。」
その声は、どこまでも優しかった。
「君と議論を交わす時間が、私は大好きだった。昨日まで分からなかったことが、今日には少しだけ見えてくる。君が新しい発見をするたびに、私まで先の景色を見せてもらっているような気がしてね。」
ライツは、懐かしむように目を伏せた。
「……そんな時間がこれからも続くと、どこかで思っていたのかもしれない。」
そして、再びロードを見つめる。
「君がトレセン学園に入学する。それは、ずっと願っていたことだよ。君が本当の意味で走り出せる日を、私も待ち望んでいた。」
少しだけ、笑みが深くなる。
「だからこそ……嬉しいんだ。君がようやく、自分の道を歩き始められることが。」
言葉を切り、ライツは小さく息を吐いた。
「……そして同時に、君と別れることが少しだけ寂しい。それだけさ。」
涙が、彼女の目から一筋こぼれ落ちる。
それを見たロードは、何かを決心したかのように顔を上げる。そして静かに腰を浮かせると、隣に座るライツ博士へと身を寄せた。
「……ロード君?」
戸惑う博士の声。
けれどロードは答えず――
そっと、彼女の身体を抱きしめた。
強く締めつけるのではなく、壊れ物を扱うように優しく。かつて、自分がそうしてもらったように。
ロードの体が、ライツの小さな体をすっぽりと覆う。ライツは全身の力を抜き、体重をロードに預けた。
「……寂しがる必要なんて、ありませんよ。」
ふと、ロードが静かに囁いた。
「俺の活躍が、博士のもとまで届くように頑張ります。」
「俺の名前を聞かない日はないような……そんな未来にして見せます。」
ロードは少しだけ抱きしめる力を強めた。
それは、慰めのためだけに口にした言葉ではない。
自分がこれからどこまで行くのか。
何を成し遂げ、どんな景色を見るのか。
ロードは、そのすべてをまだ知らない。
それでも、自分が頂点を目指すことだけは疑っていなかった。
「だから……笑ってください。」
そう言って、ロードは微笑んだ。
ライツはしばらく、ロードの顔を見つめていた。
やがて、小さく息を吐く。
「自分の名前を聞かない日はない……か。」
その言葉を確かめるように繰り返してから、ライツはくすりと笑った。
「トップを目指すウマ娘は、それくらいの自信があって当然なんだろうね。」
そう言って、ロードを抱きしめ返す。
彼女の目には、今も僅かに寂しさが残っている。けれどその瞳の奥には、確かな光が宿っていた。
「ならば私は、君の名前を聞くたびに思い出すことにしよう。」
ライツは目元をそっと拭い、微笑んだ。
「君が、この研究室から巣立った日をね。」
・・・・・
それからしばらくの間、ライツはロードの肩に寄りかかっていた。ロードもまた、何も言わずに彼女を受け止めていた。
言葉を交わさなくても、伝わるものはある。
これまでの三ヶ月。共に考え、悩み、時には意見をぶつけ合いながら、二人で歩んできた時間。そのすべてが、今はひどく懐かしく感じられた。
やがて、静かな室内にスマートフォンの着信音が響いた。
「ああ……迎えが来たようだね。」
ライツは少し名残惜しそうに身体を起こし、手元のスマートフォンを確認した。
「裏手の駐車場に着いたそうだ。」
「そうですか。」
ロードは短く答え、博士の顔を見た。
ライツは目元に残っていた涙を拭うと、いつもの穏やかな表情を取り戻していた。
「……ロード君。最後にひとつ、頼んでもいいかな?」
「なんですか?」
「車椅子を、押してくれないだろうか。」
その言葉に、ロードは一瞬だけ目を瞬かせた。
けれど、すぐに微笑んで頷く。
「もちろんです。」
ロードはライツが車椅子に乗ったことを確認し、その後ろに回った。
ハンドルに手を添え、ゆっくりと押し始める。
研究室の扉を抜け、静かな廊下へ。
車輪が床を転がる音だけが、二人の間に穏やかに響いていた。
ロードは、廊下の景色を眺めながら歩いていた。
この学園に来るようになってから、何度も通った廊下。博士と話しながら歩いたこともあれば、研究室で出された課題について考え込みながら、ひとりで歩いたこともあった。
何気ない日々だった。
けれど、振り返ってみれば、その一つひとつが今の自分を形作っている。
博士と過ごした時間も、ここで学んだことも、決してなくなるわけではない。これから進む道が変わっても、自分の中に残り続ける。
そんなことを考えながら、ロードは車椅子を押し続けた。
やがて、二人は校舎裏の玄関へと辿り着いた。扉を開けると、外の空気が静かに流れ込んでくる。
玄関の前には、一台の黒い車が停まっていた。
その傍らには、やよいとたづな、そして黒いスーツ姿の女性が立っている。
車椅子に座るライツの姿を見ると、やよいが歩み寄った。
「ライツ博士。これまでのお勤め、ご苦労様でした。」
「わざわざありがとう、秋川理事長。それと、君の敬語は一生慣れそうにないよ。」
ライツの軽口に、やよいはいつもの明るい笑顔で答えた。
「ロード君とは、しっかり話せたかい?」
「ああ。彼なら、きっと素晴らしいウマ娘になるだろうね。」
照れているのか、少し視線を逸らすロード。そんな彼を見て、ライツは楽しそうに笑った。
その様子を見ていたたづなとスーツの女性も、穏やかな表情を浮かべた。
「お久しぶりです、博士。」
スーツ姿の女性がライツの前に立つ。
「本当に久しぶりだね。研究所の全てを任されて、大変だっただろう。」
「とんでもございません。皆、博士に見てほしい案があると息巻いていましたよ。」
そう答えると、彼女は慣れた手つきでライツと車椅子を車内へ移乗させる。そしてロードたちに一礼してから、運転席に乗り込んだ。
車のエンジンがかかる。
いよいよ、別れの時だった。
「……それじゃあ、ロード君。」
車の窓を開け、ライツが話しかける。
「これから先、君にはたくさんの出会いがあるだろう。思い通りにいかないことも、きっとある。」
ライツは一度言葉を切り、柔らかく微笑んだ。
「それでも、君が自分の道を見失わないことを願っているよ。」
「はい。」
ロードはまっすぐに博士を見つめ返した。
「俺は、必ず頂点に立ちます。」
その言葉に、ライツは目を細めた。
「……ああ。楽しみにしているよ。」
ライツは微笑んだ。
ロードもまた、笑顔で応える。
二人の間に、もう寂しさを隠すための言葉は必要なかった。
「また会おう、ロード君。」
「はい。博士もお元気で。」
ライツは最後まで笑顔を崩さなかった。
車のドアが閉まり、エンジンが静かに音を立てる。
やがて黒い車はゆっくりと走り出し、駐車場の出口へと向かっていった。
ロードは、その場から動かなかった。
車が遠ざかっていく。
窓の向こうにいたライツの姿も、やがて見えなくなる。
それでもロードは、走り去る車を見つめ続けた。
やがて、車体が見えなくなり、赤いテールランプだけが遠くに残る。
その光も、少しずつ小さくなっていく。
ロードは最後まで、見送っていた。
そして――
テールランプが見えなくなったあとも、しばらくその場に立っていた。
そんなロードの姿を、やよいは静かに見つめていた。
「……いい師に出会えたね。」
不意にかけられた言葉に、ロードはゆっくりと振り返った。
「……はい。」
短く答え、ロードは再び車が走り去った方へと目を向ける。
「本当に、お世話になりました。」
その声には、感謝と、ほんの少しの寂しさが滲んでいた。
やよいはそれ以上、何も尋ねなかった。
ただ、ロードの隣に立ち、彼と同じ方角を見つめていた。
・・・・・
やよいとたづなと軽く言葉を交わし、ロードは次の目的地へと向かった。
学園の敷地内を進んでいくと、大きな掛け声や足音が耳に届き始める。
トレーニング場だ。
入口をくぐった途端、ロードの姿に気づいたウマ娘たちが、次々と声をかけてきた。
「ルベウス君! 合格おめでとう!」
「制服、もう届いたんだね!」
「これから一緒に走れるの、楽しみにしてるよ!」
ロードは足を止めはその一つひとつに柔らかな笑顔で応じる。長く足止めされることはなかったものの、彼が歩き出すたびに、また別のウマ娘が声をかけてくる。
そんなやり取りを繰り返しながら、ロードが向かった先。
そこにいたのは、チームスピカの面々だった。
「……ん?」
謎の喧騒に、テイオーが顔を上げる。
周囲の様子に気づいたマックイーンたちも、同じ方向へと視線を向けた。
すると、人垣……もといウマ娘垣の向こうから、一人の少年がこちらへ歩いてくるのが見えた。
「あっ!」
真っ先に気づいたテイオーが、ぱっと顔を輝かせる。
「ルベウス君!」
その声を合図にしたかのように、スピカの面々がロードのもとへ駆け寄った。
「皆さん、お久しぶりです。」
ロードは柔らかな笑顔を浮かべ、彼女たちに挨拶した。
「ルベウスさん! 改めて合格おめでとうございます!」
スペが、嬉しそうに声を弾ませる。
「ありがとうございます、スペさん。」
「ルベウス君の制服、カッコいいですね!とても似合っています!」
ロードの制服姿を眺めながら、スペは屈託のない笑みを浮かべた。
「ホントにね!紫のズボンってあまり見ないけど、すごいマッチ力!」
テイオーも負けじと感想を口にする。
「マッチ力……?」
聞き慣れない言葉に、ロードは思わず首を傾げた。
「すっごく似合ってるってこと!」
「なるほど。ありがとうございます、テイオーさん。」
ロードは少しだけ笑みを深めた。
「ふふっ。皆さん、相変わらずですわね。」
その様子を見ていたマックイーンが、上品に微笑む。
「その様子だと、やることは全部終わったようですわね。」
「はい。なので、約束通りキタサンに会いにきました。」
ロードがそう答えると、マックイーンはトレーニングコースへと視線を向けた。
「キタさんは……もう少し時間がかかりそうですわ。」
視線の先では、内ラチ沿いの柵を挟んで、キタサンが沖野トレーナーと真剣に話し合っていた。
走り終えたばかりなのだろうか、肩で息をしているように見える。
それでも、キタサンはトレーナーの言葉を一つも聞き漏らすまいとするように、真剣な表情で耳を傾けていた。
時折、自分の考えを伝えるように身振りを交え、何度も頷いている。
「……良い顔してますね。」
ロードは、どこか嬉しそうに呟いた。
「きっと、ルベウス君の影響よ。」
静かな声でそう言ったのは、スズカだった。
「最近のキタサン、一本走ってはすぐに走りを振り返るようになったの。」
「かつて、ルベウス君がしていたように。」
スズカの言葉を聞いても、ロードは特に驚いた様子はない。ただその表情には、少しだけ嬉しそうな色が浮かんでいた。
「キタサン、本気で菊花賞に勝つつもりよ。」
スカーレットが誇らしげに言った。
「今度こそ、ルベウスに良いところ見せたいんだってよ!」
ウオッカも楽しそうに続ける。
二人とも、キタサンがGⅠの舞台で勝利を掴む日を心待ちにしていた。
「そうですか……。」
ロードは、再びキタサンの姿を見つめた。
自分の知らないところでも、彼女は前へ進んでいる。
それが、素直に嬉しかった。
そんなロードの肩に、ゴールドシップがひょいと腕を回す。
「ところでよ、ルベウス。」
「なんですか?」
「おめー、寮ってどうなるんだ?」
「「「「……っ!」」」」
その一言に、スピカの面々が一斉に反応した。
ウマ娘でありながら、男でもあるロード。
彼が学園生活を送るうえで、どこに住むことになるのか。
それはスピカの面々だけでなく、学園中の生徒たちが気になっていた話題でもあった。
「それについては安心してください。男性トレーナー寮に入るので。」
「ハッ! つまんねー!!」
ロードが落ち着いた様子で答えると、ゴールドシップは露骨に嫌そうな顔をした。期待を裏切られたとでも言いたげに、ゴルシが叫ぶ。
「全く、何を期待してたんですか……。」
「そう言うマックイーンも、一瞬残念そうな顔してなかった?」
「し、していませんわッ!!」
マックイーンの痛烈なツッコミに、その場に笑い声が広がる。
「まぁ、そうなるのも仕方ないですよね。」
「お、男と女が同じ部屋で寝るなんて、その、よくないからな……!」
「ティッシュなら一応あるわよ。」
そんなスピカらしい、騒がしいやり取りをしていると――
「ロードくん!」
声のした方に顔を向けると、キタサンがコースを横断してこちらに駆け寄ってきていた。
「ごめん、お待たせ!」
声を弾ませながら、キタサンはニコッと笑う。
少し遅れて、沖野トレーナーが現れる。
「久しぶりだな、ルベウス。」
「お久しぶりです、沖野トレーナー。」
「この後キタサンと話すんだろ? 行ってきな。」
「はい。キタサン、行こうか。」
「うんっ!」
そうして二人は歩き出す。
ロードの隣を歩くキタサンの尻尾は、見たことがない速度で揺れていた。
「……す、すごいですね、あの尻尾。」
「あんなに動く尻尾は初めて見たな。」
「キタサンは気づいていないのかしら……?」
スペ、ウオッカ、スカーレットが、キタサンの尻尾を眺めながら言った。
「ええ……あそこまで分かりやすいと、逆に清々しいですわ。」
マックイーンも、呆れるように笑った。
「あいつ、尻尾で発電できそうだな。」
ゴルシが、妙に真剣な顔で言った。
「……逆に、ルベウス君の尻尾は全く揺れないわね。」
スズカはロードの尻尾に目を向ける。
キタサンとは対照的に、ロードの尻尾はいつも通り静かに揺れるばかりだった。
「ルベウス君の攻略は、時間かかりそうだね!」
テイオーがニヤニヤと笑う。
「攻略って、ゲームじゃありませんのよ……?」
マックイーンが呆れたようにツッコむと、スピカの面々から笑い声が上がった。
その間にも、キタサンの尻尾は元気よく揺れ続けていた。
つづく
キタサンの話は次回に移します。
あと、近いうちに番外編の投稿を始めます。
本編では書かない学園の日常だったり、他のウマ娘たちとのやり取りを書こうと思ってます。
では、また次回。