今回は、ロード君たちが所属するチームを考える話です。
〈クラス分けとその理由〉
ロード:C組(キタサン、ダイヤがいるから)
ミラージュ:A組(3期キャラのクラウンがいるから)
イーリス:B組(マヤノやフラワー、スイープたち身長低い子達が集まってるから)
公式のクラス分けでは中等部一年ですが、こちらでは二年として扱ってます。
放課後の教室。
二学期初日ということもあり、今日は朝から慌ただしい一日だった。
ロードの自己紹介の衝撃は、C組だけでなく中等部二年……引いては全校生徒に広まりつつあった。休み時間になればクラスメイトたちに囲まれ、次々と質問を投げかけられた。
ようやく学校が終わり、教室にも落ち着きが戻ってきた頃。ロードは自分の席に座り、机の上に一枚の書類を広げていた。
昼休みに先生から渡された、所属チームの希望調査票だ。表面には、自分の名前、希望するチーム名、トレーナーの名前、そして印鑑を記入する欄があった。
裏面には学園にあるチームの名前が、五十音順にずらりと並んでいる。
ロードは上から順に目を通していく。
もっとも、最初からすべてを検討するつもりだったわけではない。
「……あった。」
並んだ名前の中から、目的のものを見つける。
チーム〈スピカ〉。
ロードの中では、所属先はすでに決まっていた。
これまで自分を受け入れ、理解してくれた者たちがいる。自分がこれから何を目指し、どこへ向かおうとしているのかを分かってくれる者たちがいる。
だからこそ、迷う理由はなかった。
ロードはスピカの名前に視線を留め、書類を静かに見つめていた。
「どこにするか、決めた?」
ふと、隣から声がした。
顔を上げると、帰り支度を終えたキタサンが立っていた。
「聞かなくても、分かってるだろ。」
「えへ。」
キタサンはほっとしたように笑った。
「みんなきっと喜ぶよ。トレーナーさんもずっと待ってただろうし。」
「そうだといいね。」
ロードは書類に視線を戻す。
その様子を見ていたキタサンが、ふと思い出したように尋ねた。
「それで、これからスピカの部室に行くの?」
「うん。沖野トレーナーにお願いしに行くつもり。」
「じゃあ、一緒に行こ!」
「はいはい。」
キタサンは嬉しそうに笑うと、鞄を肩にかけ、教室の出口へと向かった。
ロードも書類を丁寧にしまい、
こうして、二人は連れ立って教室を後にした。
・・・・・
キタサンは更衣室で、ロードはトイレで体操服に着替え、二人は校舎の外にあるチーム〈スピカ〉の部室の前にやって来た。
ドア越しに何やら楽しげな声が聞こえてくる。
キタサンは、元気にドアを開けた。
「お疲れ様です、みなさん!」
「あっ、遅いよキタちゃん!」
「ごめんなさい、ちょっとのんびり歩きすぎちゃいました。」
どうやら、キタサン以外のメンバーはすでに集まっていたらしい。
彼女が苦笑しながら謝っていると、ふと、テイオーがその隣に立つもう一つの影に気づいた。
「あっ、ルベウス君だ!」
「どうも。」
ロードは軽く頭を下げて挨拶した。
刹那、ゴールドシップが勢いよく立ち上がる。
「ゴルシちゃんレーダーが反応してたのはお前だったか、弟! オラッ抱かせろ!」
「イヤです。」
「ゴールドシップさん、声が大きいですよ……!」
「ルベウスさんはあなたの弟ではありません。」
スペとマックイーンが呆れたように言うが、ゴールドシップからすればどこ吹く風だった。
「なぁなぁルベウス。噂で聞いたけど、『ルベウスライトさんを超える』って言ったのは本当なのか?」
ウオッカが尋ねる。
ロードは迷いなく頷いた。
「はい。というか、噂になってるんですか?」
「ええ。たぶん、全校生徒が知ってると思うわ。」
ロードの疑問に答えたのはスズカだった。
「とっても大きな夢ね。」
「はい。」
スズカの静かな声は、部室によく響いた。
ロードの真っ直ぐな返事に、彼女は優しく微笑む。周りのみんなも、同じように笑っていた。
誰一人として、弱気な言葉を口にする者はいなかった。
その静寂を破ったのは、スカーレットだった。
「ところでルベウス君。あなたがここに来たのは、もしかして……」
「はい。沖野トレーナーに、チーム所属のお願いをしに来ました。」
ロードがそう答えると、部室の中の空気が一瞬止まった。
次の瞬間。
「それって、つまり……!」
テイオーが勢いよく立ち上がる。
「ルベウス君、スピカに入るってこと!?」
「マジか!? さぁお姉ちゃんの胸に飛び込んでこい!」
「このうるさい方は放っておいて、とても嬉しいお話ですわね。」
「ひでーよマックちゃん!!」
マックイーンに適当にあしらわれたゴールドシップ。彼女に勢いよくツッコむも、マックイーンはどこ吹く風だった。
「トレーナーさんが認めてくれたら、の話ですけど。」
「認めないわけないよ! トレーナーさん、ずっとロードくんの走りを気にしてたもん!」
「私たちのトレーニング中も、時々ルベウスさんの様子を見てましたからね。」
「本当に、困ったトレーナーさんですわ。」
マックイーンが腕を組んで言うが、その表情は嬉しさで溢れていた。
「なんだなんだ、俺の話か?」
不意に、入り口から声がした。
「トレーナーさん!」
振り返ったキタサンが声を上げる。
部室の入り口には、スピカのトレーナーである沖野が立っていた
沖野は部室の中を見渡し、やがてキタサンの隣に立つロードへと視線を向けた。
「おう、ルベウス。……なるほどな。」
ロードの姿を見て、沖野は何かを察したように小さく頷く。そして、彼の正面まで歩いてくると、まっすぐに尋ねた。
「とりあえず、理由を聞かせてくれ。どうしてスピカを選んだ?」
ロードは迷いなく口を開いた。
「スピカのみなさんが、一番俺を理解してくれているからです。」
「………。」
沖野トレーナーは短く頷いた。
その返事を聞いて、キタサンたちの表情が明るくなる。
ロードがスピカを選んだ理由。それは、彼女たちにとっても嬉しいものだった。
しかし。
「だが、それとレースに勝つことは別の話だな。」
「……え?」
思いがけない言葉に、キタサンが声を漏らした。ほかのメンバーも、驚いたように沖野を見つめている。
「俺たちのチームがお前にとって一番慣れ親しんだ場所なのは分かる。だが、それだけで決めていいのか?」
沖野トレーナーは、ロードから目を逸らさずに続けた。
「お前の目標は、ライトさんを超えることなんだろう? 自分がどこで走るべきなのか、もっと慎重に考える必要があるんじゃないか?」
その言葉に、ロードは言葉を失う。
沖野の主張は、全くもってその通りだった。
「別に、ルベウスに来てほしくないわけじゃない。むしろ大歓迎だ。」
「だが決める前に、一度他のチームも見てきな。それでもスピカがいいと思うなら、いつでも戻ってこい。」
「……分かりました。」
ロードは静かに頷く。
そこに不満の色は見えなかった。
「おう。遠慮せず、いろんなチームを見てこい。」
「ありがとうございます。」
ロードは一礼すると、沖野トレーナーに背を向けた。
やがて、静かに扉が閉まる。
その直後だった。
「……どうして、断ったんですか?」
キタサンが、不満を隠しきれない声で尋ねた。
「ん?」
「だって、ロードくんはスピカに入りたいって言ってくれてたじゃないですか。それなのに、どうしてほかのチームを見に行かせるんですか?」
せっかくロードが自分たちを選んでくれたのだ。
キタサンは、すぐにでも歓迎したかった。ほかのメンバーも口には出さないものの、似たような気持ちだった。
そんな彼女たちを見回して、沖野は困った顔で笑った。
「言っただろ? 来てくれるなら大歓迎だって。」
「だったら……」
「だからこそ、だよ。」
キタサンの言葉を遮るように、沖野は続けた。
「あいつが後悔しないためだ。」
「後悔……?」
「仮に、今ここでスピカに入ったとする。だが、しばらくして自分には合わないと感じたらどうする? ほかのチームなら、もっと自分に合ったトレーニングができたかもしれない。そう思ったとき、あいつはどうすると思う?」
キタサンは、すぐには答えられなかった。
「もちろん、実際に入ってみなきゃ分からないこともある。だが、今ならまだ、自分の目で確かめられる。」
沖野は、ロードが出ていった扉へと目を向けた。
「あいつは本気でライトさんを超えようとしてる。本当は、一秒も無駄にしたくないはずだ。」
「だからこそ、今のうちに時間を使うんだ。後から無駄に時間を使わせないように。」
その言葉に、キタサンたちは黙り込んだ。
ロードがスピカを選んでくれたことは嬉しい。けれど、彼が目指している場所を考えれば、ただ喜んで受け入れるだけではいけないのかもしれない。
「そう、ですね……。」
キタサンは、少しだけ俯いた。
そんな彼女の隣で、スズカが静かに口を開いた。
「ルベウス君は、必ず帰ってくるわ。」
「えっ?」
キタサンが顔を上げる。
スズカは、いつもと変わらない穏やかな表情を浮かべていた。
「彼は、私と同じタイプだから。」
「スズカさんと……?」
「ええ。」
スズカは小さく頷いた。
ロードに逃げを教えた頃から、彼の走りはよく見てきた。
誰かに言われたから走るのではなく、自分で考え、自分の意思で走り方を選ぶ。必要なことがあれば、誰かの助けを待つよりも先に、自分で何とかしようとする。
それは、ただ自立心が強いというだけではない。
彼には、絶対に譲れないものがあるのだ。
自分が何を目指し、どう走りたいのか。その答えを誰かに決めてもらうつもりはない。
スズカには、そんなロードの姿が、自分自身と重なって見えていた。
キタサンは、今度こそ納得したように頷いた。
沖野もまた、スズカの言葉を否定しなかった。
ロードがどのチームを選ぶのか。それは、まだ分からない。
けれど、彼が自分で考え、自分で答えを出すことだけは、誰も疑っていなかった。
[newpage]
スピカの部屋を後にしたロードは、手にしたチーム所属届に目を落とした。
所属先の欄には、まだ何も記入していない。
スピカに戻るつもりではいる。けれど、沖野トレーナーの言うことももっともだった。
「……せっかくの機会だしな。」
小さく呟き、ロードは顔を上げた。
沖野トレーナーの言う通り、ほかのチームを見てみよう。そう考えて歩き出したところで、聞き覚えのある声が耳に届いた。
「あっ、ルー君!」
振り返ると、ミラージュとイーリスがこちらに向かって歩いてきていた。
「ルー君もチーム〈リギル〉の入部テストを受けに行くところ?」
イーリスがいきなりそんなことを言うものだから、ロードは目を丸くした。
「……ごめん、なんの話?」
「あれ、聞いてないの?」
二人は歩きながら話してくれた。
チーム〈リギル〉は、トレセン学園最強と謳われるチームだ。シンボリルドルフやマルゼンスキー、ナリタブライアンなど、時代の最前線を走るウマ娘たちが名を連ねている。
そしてイーリスが言うように、今日はトレーニング場で入部試験があるらしい。
「ルー君も一緒に受けようよ!」
「そんなノリで受けていいものなのか……?」
「ふふっ。そこがイーリスのすごいところだよね。」
緊張のきの字もないイーリスに、ロードとミラージュは笑みを浮かべる。
「まぁ、暇だし参加しようかな。」
「やった!じゃあ一緒に行こう、ルー君!」
「ルー君も大概だね。」
イーリスは嬉しそうに笑うと、二人を先導するように歩き出した。その後ろ姿を見ながら、ミラージュが小さく微笑む。
「それにしてもイーリス、楽しそうだね。」
「だってリギルだよ? 学園でも一番強いチームなんでしょ?」
表情からすでにワクワクが見て取れるイーリス。以前ミラージュが言っていた『レースでは雰囲気が変わる』という言葉も、今ならよく分かる気がした。
するとミラージュは、ロードへと視線を向けた。
「ルー君はリギルに興味があるの?」
「別に。ただ、せっかくなら見ておこうかなって。」
「やっぱりルー君が一番すごいかも。」
そんなやり取りをしながら、三人はトレーニング場へと向かうのだった。
・・・・・
トレーニング場に到着すると、入り口の近くにヒシアマゾンの姿があった。
彼女は「チームリギル入部試験」と書かれた看板を手に、やって来るウマ娘たちを出迎えている。
「ヒシアマゾンさん、こんにちは!」
イーリスが元気よく声をかけると、ヒシアマゾンは顔を上げた。
「おう、こんにちは……って、おっ!イーリスにミラージュじゃないか!それにルベウスも!」
「お久しぶりです。」
ロードが軽く頭を下げる。
ミラージュとイーリスは美浦寮生として、ロードは過去に並走した仲として知り合っている。そんな三人が揃って訪れたことがよほど嬉しかったのか、ヒシアマゾンはにかっと豪快に笑った。
「リギルの入部試験を受けに来たのか?」
「はい!」
イーリスが即答する。
その迷いのなさに、ミラージュは小さく笑みを浮かべた。ロードも特に異論はないようで、黙って頷いている。
「そうかそうか! オペラオー! この三人を案内してやってくれ!」
「はーっはっはっは! このボクに任せたまえ!」
高らかな笑い声とともに、一人のウマ娘が姿を現した。
頭には小さな冠。堂々と胸を張り、まるで舞台の中央に立つ役者のような立ち振る舞いだ。
テイエムオペラオー。
彼女は三人の前に立つと、まずはイーリスとミラージュに視線を向け、それから最後にロードを見た。
そして、ふと動きを止める。
「………。」
ロードの姿をじっと見つめるオペラオー。
その視線に気づいたロードも、静かに彼女を見返した。
やがてオペラオーは、誰に聞かせるでもなく、ぽつりと呟いた。
「……未来の王か。」
その声は、周囲の喧騒に紛れて消えていった。
ロードにも、隣にいたミラージュとイーリスにも、その言葉は届かなかった。
「さぁ! いつまでもここに立っていては、物語は始まらない! このボクについて来たまえ! ボクの背中を、しっかりと目に焼き付けるといい!」
再び声を張り上げ、歩き出すオペラオー。
三人は思わず顔を見合わせた。
「……元気だね。」
「うん。」
「だな。」
それぞれに感想を漏らしながらも、三人はオペラオーの後を追う。その背中が、これから始まる試験へと彼らを導いていく。
そうしてオペラオーに案内され、三人がたどり着いたのは、トレーニング場の一角だった。
そこには、すでに何人ものウマ娘が集まっていた。誰もが緊張した面持ちで、これから始まる試験を待っている。
その前方には、一人の女性が立っていた。
チーム〈リギル〉のトレーナー、東条ハナ。周囲には、シンボリルドルフやエアグルーヴの姿もある。
オペラオーがハナに三人を紹介すると、ハナは軽く頷き、受験生たちへ向き直った。
やがて時間になり、ハナは手元の資料を確認しながら試験の概要を説明し始めた。
入部試験は、トレーニング場で行う模擬レースによって選考するもので、出走するウマ娘たちは同じ条件のもとで走り、その走破タイムをもとに評価される。
ただし、単純に順位だけで合否が決まるわけではない。
リギルが求めているのは、チームの一員として高い水準で競い合えるウマ娘だ。そのため、あらかじめ定められた基準タイムを突破することが、合格の最低条件となっていた。
そして、それらを突破して入部できる人数は、たったの一人。
まとめると、『基準タイムを突破したうえで、一着になる』。それが合格の条件だった。
まさに、実力主義なチームである。
説明を聞きながら、ロードは静かに考えを巡らせていた。
実力を重視する選考方法そのものに、不満はない。むしろ、明確な基準を設けることには合理性がある。
だが、気になることが一つあった。
「では最後に、質問のある方は?」
ハナは受験生一人一人に視線を向ける。すると、後方から手が挙がった。
「すみません。一つ、お聞きしたいことが。」
ロードが手を挙げると、ハナの視線がこちらへ向いた。
「どうぞ。」
「チーム〈リギル〉のトレーニング方針について、教えていただけますか?」
刹那、周囲の受験生がわずかにざわめいた。ミラージュもイーリスも、ハナたちでさえも目を丸くしていた。
試験の内容ではなく、入部した後の話。しかも、まだ合格するかどうかも分からない段階での質問だった。
しかし、ロードは気にした様子もなく、ハナの返答を待っている。
「トレーニングの方針……?」
「はい。簡単に教えていただけると幸いです。」
ハナは少しだけ目を細めた。
「基本的には、各ウマ娘の能力や課題を分析したうえで、こちらが適切なトレーニングを組み立てます。もちろん、チーム全体で行う練習もありますが、個々の成長に必要な管理は徹底しています。」
「……では、自分で課題を見つけて、独自にメニューを組むことは?」
「必要があれば相談には乗ります。ただし、トレーニングの内容や負荷については、こちらで把握し、管理することになります。」
「なるほど……。ありがとうございます。」
ロードは短く礼を述べ、手を下ろした。
表情に大きな変化はない。
けれど、彼の中では、少しずつ答えが形になり始めていた。
「……では、エアグルーヴ。彼女たちをゲートへ。」
「はい。」
エアグルーヴが先導し、受験生たちはその後ろに着いていく。ミラージュとイーリスも着いていこうとしたが、ロードはその場から動かなかった。
「ルー君?」
「行くよ、ルー君。」
二人が声をかけるが、ロードは反応しない。何かを考えているのか、口元に手を当てて俯いている。
その様子を、ハナとルドルフも不思議がっていた。
どうしたのだろうと、ミラージュたちがもう一度声をかけようとした、その時だった。
ロードが顔を上げた。
「トレーナーさん、辞退させていただいてもいいですか。」
あまりにも唐突な申し出に、その場の空気が止まった。
「……辞退?」
ハナが聞き返す。
「はい。」
「それは、入部試験を受けるのを辞めるという意味ですか。」
「そうです。」
ロードは淡々と答えた。
ミラージュとイーリスは、そろって目を丸くしている。先ほどまで一緒に試験を受けるつもりだった相手が、いきなり辞退すると言い出したのだ。驚くのも無理はなかった。
ルドルフは驚きこそしたものの、静かに耳を傾けていた。
ハナはしばらくロードを見つめていたが、やがて静かに口を開いた。
「……理由を聞いてもいいかしら?」
「トレーニング方針が、俺に合わないと思ったからです。」
ロードの頭には、ライツ博士の研究室で過ごした日々があった。
自分に何が足りないのか。どうすれば改善できるのか。何を試し、どのような結果が出たのか。ロードはそうして、自分の走りを少しずつ磨いてきた。
「トレーナーさんのトレーニング方針が間違っているとは思いません。ウマ娘一人一人に必要な管理をしていることも理解できます。」
「ただ……俺が求めている環境とは、少し違うようです。」
言い終えたロードは、もう一度軽く頭を下げた。
「突然の申し出、申し訳ありません。」
ハナはすぐには答えなかった。
目の前の少年は、リギルの実力主義を否定したわけではない。試験から逃げようとしている様子もなかった。
ただ、自分に必要なものを考えた末に、ここではないと判断したのだ。
「……そう。」
やがて、ハナは小さく息を吐いた。
「自分に必要な環境を理解したうえでの判断なら、無理に引き止めるつもりはありません。」
「ありがとうございます。」
そう言ってロードは振り返り、ミラージュとイーリスに目を向ける。
「頑張って。」
それだけを言った。
ミラージュには、ロードの判断が理解できなかった。
最強と謳われるチームに入れる機会。自分なら、きっと迷わず掴みにいく。
だからこそ、どうしてロードがそのチャンスを捨てられるのか、分からなかった。
一方、イーリスは不満そうな顔をしていた。
「ルー君の走るところ、見たかったなぁ。」
「今じゃなくても、必ず走れるさ。」
まるで、つい先ほどの出来事は全てなかったかのような会話をしている。
「じゃあ、行って来ます! ミラねぇ、早く行こう!」
「う、うん……。」
イーリスに手を引かれながら、ミラージュはふと足を緩めた。
そして、肩越しに振り返る。
ロードはもうこちらを見ていなかった。二人の背中を見送ったあと、踵を返そうとしているところだった。
その背中を見つめながら、ミラージュは思う。
――どうして、迷わず決められるの?
自分なら、きっと迷ってしまう。せっかく掴んだチャンスを、本当に手放していいのかと。
けれど、ロードは違った。
彼には彼の考えがあって、自分の進む道を選んだのだろう。
それが分かるからこそ、ミラージュには、彼の判断が不思議でならなかった。
「ミラねぇ?どうしたの?」
「……ううん。なんでもない」
ミラージュは小さく首を振り、再び前を向いた。
今は、自分の選んだ道を進もう。
いつか、胸を張ってロードの隣に立てるように。
[newpage]
トレーニング場の観客席に上がると、ロードは手すりに軽く寄りかかった。
向正面では、ミラージュとイーリスがほかの候補者たちとともにゲートへ向かっている。その表情は見えないが、ミラージュは少し緊張しているようで、イーリスはいつも通りに見えた。
やがて、候補者たちが一人ずつゲートに入っていく。
「ルベウスロード君。」
ふと、名前を呼ばれた。
振り返ると、東条ハナがこちらへ歩いてくるところだった。
「あなたが現れて驚いたわ。てっきりスピカに入るものだと思っていたから。」
「俺もそのつもりでしたけど、沖野トレーナーに『他のチームも見てこい』と言われて。」
ロードはあっさりと答え、再びトレーニング場へ視線を戻した。
ハナはそんな彼の横顔を見て、小さく笑った。
「ルドルフとエアグルーヴがそろって目を丸くするところなんて、初めて見たわ。」
「そんなに驚いていたんですか?」
「ええ。“試験を辞退する” なんて例は、これまでなかったもの。」
そこで会話が止まり、静寂が訪れる。
「ここに来たのは、レースを見るため?」
「はい。ミラージュとイーリスのレースは、ぜひ見たくて。」
「どっちが勝つと思う?」
「……実力で言えば、イーリスだと思います。」
「距離は桜花賞と同じ1600m。彼女が得意とする距離だものね。」
そうして再び会話が止まる。
しかし、今度はロードから話しかけた。
「……なんだか、雰囲気が違いますね。」
ロードは隣に立つハナを見て言った。
「そうかしら?」
「はい。トレーナーさんは思っていたより……」
言葉を探すように、ロードは少しだけ視線を泳がせた。
「お喋り、というか。」
「……確かに、トレーナーとしての私は厳しいと思うわ。」
「でも今は “トレーナー” としてじゃなくて、 “東条ハナ” として君と話したいの。」
そう言って、ハナは微笑んだ。
「こうして話す機会ができたんだもの。君がどんなことを考えているのか、知りたいわ。」
ロードは何も言わない。ただ黙ってゲートの様子を見ていた。
向こうでは、最後の一人がゲートに収まった。それを見たハナは、ポケットからストップウォッチを取り出す。
そしてゲートが開き、ウマ娘たちが飛び出す。同時に、ストップウォッチの音が鳴った。
各ウマ娘が少しずつ位置取りを始め、集団は縦に伸び始めた。
少し間が空いて、ハナがレースを眺めながら口を開く。
「私たちリギルは『学園最強』と言われてる。私もそれを自覚してるし、最強であるために日々研鑽してる。」
視線はレースから離さないまま、ハナは続けた。
「どうしてあなたは、そんなチームの一員になれるチャンスを捨てられたの?」
「……捨てたつもりはありません。」
ロードは、先頭集団を追いながら答えた。
「ただ、自分には合わないと思った。それだけです。」
「合わない……ね。」
ハナは小さく繰り返した。
先頭を走るウマ娘が直線から第三コーナーへと差しかかる。イーリスは前方の集団に位置を取り、ミラージュはその少し後ろにつけていた。
「私たちのトレーニング方針があなたには合わないのは、誰かに決められたメニューをこなすのが嫌だから?」
「……少し、違います。」
ロードは首を横に振った。
「自分に何が足りないのか、どうすれば改善できるのか。何を試して、どんな結果が出たのか。俺は、そういうことを自分で考えたいんです。」
第四コーナーへ向かうウマ娘たちを、二人は並んで見つめていた。
「もちろん、分からないことはトレーナーに聞きます。自分では気づけないこともあるでしょうから。」
「だったら、トレーナーに課題を見つけてもらうことも、あなたにとって有益なのではないかしら?」
「それはそうだと思います。」
ロードはあっさりと認めた。
「でも、まずは自分で考えたいんです。誰かに答えを教えてもらう前に、自分で考えて、試してみたい。」
ハナは黙って耳を傾けていた。
やがてウマ娘たちは第四コーナーを抜け、直線へと差しかかる。
縦に伸びていた集団も、少しずつまとまり始める。その中で、イーリスが前を見据えた。
彼女の姿に、ロードはわずかに目を開く。
大きく見開かれた目。瞳孔はきゅっと縮まり、その視線はただ前だけを捉えている。
普段の明るく無邪気な面影は、そこにはなかった。
小柄な身体をいっぱいに使い、前を走るウマ娘たちへと迫っていく。少しでも速く。少しでも前へ。全身から、勝利への執念が伝わってくるようだった。
「……なるほどね。」
ハナはレースを見つめたまま、静かに呟いた。
「あなたは、ただ強くなりたいわけじゃないのね。」
「はい。」
その声に、迷いはなかった。
「自分に何が足りないのか。どうすれば改善できるのか。問題点を挙げ、仮説を立て、実践し、検証する。」
「そうして、自分なりの答えを見つけたいんです。」
脳裏に浮かぶのは、ライツ博士と繰り返したトレーニングの日々。
思うような結果が出なければ、原因を考えた。新たな方法を試し、結果を確かめる。上手くいったことも、いかなかったことも、次へと繋げてきた。
「誰かに答えを教えてもらうだけじゃ意味がない。自分で考えて、試して、納得できる答えを出したいんです。」
イーリスが先頭のウマ娘に並びかける。
その少し後ろでは、ミラージュも懸命に脚を伸ばしていた。
ハナは、少しだけロードへ視線を向けた。
「……あなたらしい考え方なのかもしれないわね。」
そう言って、再びレースへと目を戻す。
ゴールが近づく。
ついにイーリスが先頭に躍り出た。ミラージュたちも最後のスパートをかけているが、イーリスとの差が少しずつ開いていく。
ハナはストップウォッチを握り直した。
「……あなたがリギルに入っていたらどんなウマ娘になったのか、見てみたかったわ。」
その言葉にロードは何も言わなかった。いや、言えなかった。
そんなロードに、ハナは微笑む。
「もっとも、あなた自身が望む環境でなければ意味はないのでしょうけど。」
「はい。」
ロードは短く答える。
その目は、最後まで走り続ける二人の姿を追っていた。
つづく
リギルのメンバーは3期でデアリングダクトが加入していましたが、こちらの設定でもう一枠空いていたことにしました。転入生が来たということで、特別に試験をした流れです。
デアリングダクトですが、調べてみたところ中等部という情報しかなかったので、中等部三年生(ロードたちの一つ上)とします。
ティアラ三冠という、素晴らしい成績を収めていました。
次回もチーム見学になりますが、ある人物が登場します。
では、また。