ウマ娘 ロストロード   作:ツカッチ

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トレーナーのみなさんこんにちは。
今回は、ロード君たちが所属するチームを考える話です。

〈クラス分けとその理由〉
  ロード:C組(キタサン、ダイヤがいるから)
ミラージュ:A組(3期キャラのクラウンがいるから)
 イーリス:B組(マヤノやフラワー、スイープたち身長低い子達が集まってるから)

公式のクラス分けでは中等部一年ですが、こちらでは二年として扱ってます。


第三十二話 前編 道の選び方

 放課後の教室。

 二学期初日ということもあり、今日は朝から慌ただしい一日だった。

 

 ロードの自己紹介の衝撃は、C組だけでなく中等部二年……引いては全校生徒に広まりつつあった。休み時間になればクラスメイトたちに囲まれ、次々と質問を投げかけられた。

 

 ようやく学校が終わり、教室にも落ち着きが戻ってきた頃。ロードは自分の席に座り、机の上に一枚の書類を広げていた。

 

 昼休みに先生から渡された、所属チームの希望調査票だ。表面には、自分の名前、希望するチーム名、トレーナーの名前、そして印鑑を記入する欄があった。

 

 裏面には学園にあるチームの名前が、五十音順にずらりと並んでいる。

 

 ロードは上から順に目を通していく。

 もっとも、最初からすべてを検討するつもりだったわけではない。

 

「……あった。」

 

 並んだ名前の中から、目的のものを見つける。

 

 チーム〈スピカ〉。

 

 ロードの中では、所属先はすでに決まっていた。

 

 これまで自分を受け入れ、理解してくれた者たちがいる。自分がこれから何を目指し、どこへ向かおうとしているのかを分かってくれる者たちがいる。

 

 だからこそ、迷う理由はなかった。

 

 ロードはスピカの名前に視線を留め、書類を静かに見つめていた。

 

「どこにするか、決めた?」

 

 ふと、隣から声がした。

 顔を上げると、帰り支度を終えたキタサンが立っていた。

 

「聞かなくても、分かってるだろ。」

 

「えへ。」

 

 キタサンはほっとしたように笑った。

 

「みんなきっと喜ぶよ。トレーナーさんもずっと待ってただろうし。」

 

「そうだといいね。」

 

 ロードは書類に視線を戻す。

 

 その様子を見ていたキタサンが、ふと思い出したように尋ねた。

 

「それで、これからスピカの部室に行くの?」

 

「うん。沖野トレーナーにお願いしに行くつもり。」

 

「じゃあ、一緒に行こ!」

 

「はいはい。」

 

 キタサンは嬉しそうに笑うと、鞄を肩にかけ、教室の出口へと向かった。

 

 ロードも書類を丁寧にしまい、

 

 こうして、二人は連れ立って教室を後にした。

 

 

 

 

・・・・・

 

 

 

 キタサンは更衣室で、ロードはトイレで体操服に着替え、二人は校舎の外にあるチーム〈スピカ〉の部室の前にやって来た。

 

 ドア越しに何やら楽しげな声が聞こえてくる。

 

 キタサンは、元気にドアを開けた。

 

「お疲れ様です、みなさん!」

 

「あっ、遅いよキタちゃん!」

 

「ごめんなさい、ちょっとのんびり歩きすぎちゃいました。」

 

 どうやら、キタサン以外のメンバーはすでに集まっていたらしい。

 

 彼女が苦笑しながら謝っていると、ふと、テイオーがその隣に立つもう一つの影に気づいた。

 

「あっ、ルベウス君だ!」

 

「どうも。」

 

 ロードは軽く頭を下げて挨拶した。

 刹那、ゴールドシップが勢いよく立ち上がる。

 

「ゴルシちゃんレーダーが反応してたのはお前だったか、弟! オラッ抱かせろ!」

 

「イヤです。」

 

「ゴールドシップさん、声が大きいですよ……!」

 

「ルベウスさんはあなたの弟ではありません。」

 

 スペとマックイーンが呆れたように言うが、ゴールドシップからすればどこ吹く風だった。

 

「なぁなぁルベウス。噂で聞いたけど、『ルベウスライトさんを超える』って言ったのは本当なのか?」

 

 ウオッカが尋ねる。

 ロードは迷いなく頷いた。

 

「はい。というか、噂になってるんですか?」

 

「ええ。たぶん、全校生徒が知ってると思うわ。」

 

 ロードの疑問に答えたのはスズカだった。

 

「とっても大きな夢ね。」

 

「はい。」

 

 スズカの静かな声は、部室によく響いた。

 

 ロードの真っ直ぐな返事に、彼女は優しく微笑む。周りのみんなも、同じように笑っていた。

 誰一人として、弱気な言葉を口にする者はいなかった。

 

 その静寂を破ったのは、スカーレットだった。

 

「ところでルベウス君。あなたがここに来たのは、もしかして……」

 

「はい。沖野トレーナーに、チーム所属のお願いをしに来ました。」

 

 ロードがそう答えると、部室の中の空気が一瞬止まった。

 

 次の瞬間。

 

「それって、つまり……!」

 

 テイオーが勢いよく立ち上がる。

 

「ルベウス君、スピカに入るってこと!?」

 

「マジか!? さぁお姉ちゃんの胸に飛び込んでこい!」

 

「このうるさい方は放っておいて、とても嬉しいお話ですわね。」

 

「ひでーよマックちゃん!!」

 

 マックイーンに適当にあしらわれたゴールドシップ。彼女に勢いよくツッコむも、マックイーンはどこ吹く風だった。

 

「トレーナーさんが認めてくれたら、の話ですけど。」

 

「認めないわけないよ! トレーナーさん、ずっとロードくんの走りを気にしてたもん!」

 

「私たちのトレーニング中も、時々ルベウスさんの様子を見てましたからね。」

 

「本当に、困ったトレーナーさんですわ。」

 

 マックイーンが腕を組んで言うが、その表情は嬉しさで溢れていた。

 

「なんだなんだ、俺の話か?」

 

 不意に、入り口から声がした。

 

「トレーナーさん!」

 

 振り返ったキタサンが声を上げる。

 部室の入り口には、スピカのトレーナーである沖野が立っていた

 

 沖野は部室の中を見渡し、やがてキタサンの隣に立つロードへと視線を向けた。

 

「おう、ルベウス。……なるほどな。」

 

 ロードの姿を見て、沖野は何かを察したように小さく頷く。そして、彼の正面まで歩いてくると、まっすぐに尋ねた。

 

「とりあえず、理由を聞かせてくれ。どうしてスピカを選んだ?」

 

 ロードは迷いなく口を開いた。

 

 

「スピカのみなさんが、一番俺を理解してくれているからです。」

 

 

「………。」

 

 沖野トレーナーは短く頷いた。

 その返事を聞いて、キタサンたちの表情が明るくなる。

 

 ロードがスピカを選んだ理由。それは、彼女たちにとっても嬉しいものだった。

 

 しかし。

 

「だが、それとレースに勝つことは別の話だな。」

 

「……え?」

 

 思いがけない言葉に、キタサンが声を漏らした。ほかのメンバーも、驚いたように沖野を見つめている。

 

「俺たちのチームがお前にとって一番慣れ親しんだ場所なのは分かる。だが、それだけで決めていいのか?」

 

 沖野トレーナーは、ロードから目を逸らさずに続けた。

 

「お前の目標は、ライトさんを超えることなんだろう? 自分がどこで走るべきなのか、もっと慎重に考える必要があるんじゃないか?」

 

 その言葉に、ロードは言葉を失う。

 沖野の主張は、全くもってその通りだった。

 

「別に、ルベウスに来てほしくないわけじゃない。むしろ大歓迎だ。」

 

「だが決める前に、一度他のチームも見てきな。それでもスピカがいいと思うなら、いつでも戻ってこい。」

 

「……分かりました。」

 

 ロードは静かに頷く。

 そこに不満の色は見えなかった。

 

「おう。遠慮せず、いろんなチームを見てこい。」

 

「ありがとうございます。」

 

 ロードは一礼すると、沖野トレーナーに背を向けた。

 

 やがて、静かに扉が閉まる。

 

 その直後だった。

 

「……どうして、断ったんですか?」

 

 キタサンが、不満を隠しきれない声で尋ねた。

 

「ん?」

 

「だって、ロードくんはスピカに入りたいって言ってくれてたじゃないですか。それなのに、どうしてほかのチームを見に行かせるんですか?」

 

 せっかくロードが自分たちを選んでくれたのだ。

 キタサンは、すぐにでも歓迎したかった。ほかのメンバーも口には出さないものの、似たような気持ちだった。

 

 そんな彼女たちを見回して、沖野は困った顔で笑った。

 

「言っただろ? 来てくれるなら大歓迎だって。」

 

「だったら……」

 

「だからこそ、だよ。」

 

 キタサンの言葉を遮るように、沖野は続けた。

 

「あいつが後悔しないためだ。」

 

「後悔……?」

 

「仮に、今ここでスピカに入ったとする。だが、しばらくして自分には合わないと感じたらどうする? ほかのチームなら、もっと自分に合ったトレーニングができたかもしれない。そう思ったとき、あいつはどうすると思う?」

 

 キタサンは、すぐには答えられなかった。

 

「もちろん、実際に入ってみなきゃ分からないこともある。だが、今ならまだ、自分の目で確かめられる。」

 

 沖野は、ロードが出ていった扉へと目を向けた。

 

「あいつは本気でライトさんを超えようとしてる。本当は、一秒も無駄にしたくないはずだ。」

 

「だからこそ、今のうちに時間を使うんだ。後から無駄に時間を使わせないように。」

 

 その言葉に、キタサンたちは黙り込んだ。

 

 ロードがスピカを選んでくれたことは嬉しい。けれど、彼が目指している場所を考えれば、ただ喜んで受け入れるだけではいけないのかもしれない。

 

「そう、ですね……。」

 

 キタサンは、少しだけ俯いた。

 

 そんな彼女の隣で、スズカが静かに口を開いた。

 

「ルベウス君は、必ず帰ってくるわ。」

 

「えっ?」

 

 キタサンが顔を上げる。

 スズカは、いつもと変わらない穏やかな表情を浮かべていた。

 

「彼は、私と同じタイプだから。」

 

「スズカさんと……?」

 

「ええ。」

 

 スズカは小さく頷いた。

 

 ロードに逃げを教えた頃から、彼の走りはよく見てきた。

 

 誰かに言われたから走るのではなく、自分で考え、自分の意思で走り方を選ぶ。必要なことがあれば、誰かの助けを待つよりも先に、自分で何とかしようとする。

 

 それは、ただ自立心が強いというだけではない。

 

 彼には、絶対に譲れないものがあるのだ。

 

 自分が何を目指し、どう走りたいのか。その答えを誰かに決めてもらうつもりはない。

 

 スズカには、そんなロードの姿が、自分自身と重なって見えていた。

 

 キタサンは、今度こそ納得したように頷いた。

 

 沖野もまた、スズカの言葉を否定しなかった。

 

 ロードがどのチームを選ぶのか。それは、まだ分からない。

 

 けれど、彼が自分で考え、自分で答えを出すことだけは、誰も疑っていなかった。

 

[newpage]

 

 

 スピカの部屋を後にしたロードは、手にしたチーム所属届に目を落とした。

 

 所属先の欄には、まだ何も記入していない。

 スピカに戻るつもりではいる。けれど、沖野トレーナーの言うことももっともだった。

 

「……せっかくの機会だしな。」

 

 小さく呟き、ロードは顔を上げた。

 沖野トレーナーの言う通り、ほかのチームを見てみよう。そう考えて歩き出したところで、聞き覚えのある声が耳に届いた。

 

「あっ、ルー君!」

 

 振り返ると、ミラージュとイーリスがこちらに向かって歩いてきていた。

 

「ルー君もチーム〈リギル〉の入部テストを受けに行くところ?」

 

 イーリスがいきなりそんなことを言うものだから、ロードは目を丸くした。

 

「……ごめん、なんの話?」

 

「あれ、聞いてないの?」

 

 二人は歩きながら話してくれた。

 

 チーム〈リギル〉は、トレセン学園最強と謳われるチームだ。シンボリルドルフやマルゼンスキー、ナリタブライアンなど、時代の最前線を走るウマ娘たちが名を連ねている。

 

 そしてイーリスが言うように、今日はトレーニング場で入部試験があるらしい。

 

「ルー君も一緒に受けようよ!」

 

「そんなノリで受けていいものなのか……?」

 

「ふふっ。そこがイーリスのすごいところだよね。」

 

 緊張のきの字もないイーリスに、ロードとミラージュは笑みを浮かべる。

 

「まぁ、暇だし参加しようかな。」

 

「やった!じゃあ一緒に行こう、ルー君!」

 

「ルー君も大概だね。」

 

 イーリスは嬉しそうに笑うと、二人を先導するように歩き出した。その後ろ姿を見ながら、ミラージュが小さく微笑む。

 

「それにしてもイーリス、楽しそうだね。」

 

「だってリギルだよ? 学園でも一番強いチームなんでしょ?」

 

 表情からすでにワクワクが見て取れるイーリス。以前ミラージュが言っていた『レースでは雰囲気が変わる』という言葉も、今ならよく分かる気がした。

 

 するとミラージュは、ロードへと視線を向けた。

 

「ルー君はリギルに興味があるの?」

 

「別に。ただ、せっかくなら見ておこうかなって。」

 

「やっぱりルー君が一番すごいかも。」

 

 そんなやり取りをしながら、三人はトレーニング場へと向かうのだった。

 

 

 

 

・・・・・

 

 

 

 

 トレーニング場に到着すると、入り口の近くにヒシアマゾンの姿があった。

 彼女は「チームリギル入部試験」と書かれた看板を手に、やって来るウマ娘たちを出迎えている。

 

「ヒシアマゾンさん、こんにちは!」

 

 イーリスが元気よく声をかけると、ヒシアマゾンは顔を上げた。

 

「おう、こんにちは……って、おっ!イーリスにミラージュじゃないか!それにルベウスも!」

 

「お久しぶりです。」

 

 ロードが軽く頭を下げる。

 

 ミラージュとイーリスは美浦寮生として、ロードは過去に並走した仲として知り合っている。そんな三人が揃って訪れたことがよほど嬉しかったのか、ヒシアマゾンはにかっと豪快に笑った。

 

「リギルの入部試験を受けに来たのか?」

 

「はい!」

 

 イーリスが即答する。

 

 その迷いのなさに、ミラージュは小さく笑みを浮かべた。ロードも特に異論はないようで、黙って頷いている。

 

「そうかそうか! オペラオー! この三人を案内してやってくれ!」

 

「はーっはっはっは! このボクに任せたまえ!」

 

 高らかな笑い声とともに、一人のウマ娘が姿を現した。

 

 頭には小さな冠。堂々と胸を張り、まるで舞台の中央に立つ役者のような立ち振る舞いだ。

 

 テイエムオペラオー。

 

 彼女は三人の前に立つと、まずはイーリスとミラージュに視線を向け、それから最後にロードを見た。

 

 そして、ふと動きを止める。

 

「………。」

 

 ロードの姿をじっと見つめるオペラオー。

 その視線に気づいたロードも、静かに彼女を見返した。

 

 やがてオペラオーは、誰に聞かせるでもなく、ぽつりと呟いた。

 

 

「……未来の王か。」

 

 

 その声は、周囲の喧騒に紛れて消えていった。

 ロードにも、隣にいたミラージュとイーリスにも、その言葉は届かなかった。

 

「さぁ! いつまでもここに立っていては、物語は始まらない! このボクについて来たまえ! ボクの背中を、しっかりと目に焼き付けるといい!」

 

 再び声を張り上げ、歩き出すオペラオー。

 

 三人は思わず顔を見合わせた。

 

「……元気だね。」

 

「うん。」

 

「だな。」

 

 それぞれに感想を漏らしながらも、三人はオペラオーの後を追う。その背中が、これから始まる試験へと彼らを導いていく。

 

 そうしてオペラオーに案内され、三人がたどり着いたのは、トレーニング場の一角だった。

 

 そこには、すでに何人ものウマ娘が集まっていた。誰もが緊張した面持ちで、これから始まる試験を待っている。

 

 その前方には、一人の女性が立っていた。

 チーム〈リギル〉のトレーナー、東条ハナ。周囲には、シンボリルドルフやエアグルーヴの姿もある。

 

 オペラオーがハナに三人を紹介すると、ハナは軽く頷き、受験生たちへ向き直った。

 

 やがて時間になり、ハナは手元の資料を確認しながら試験の概要を説明し始めた。

 

 入部試験は、トレーニング場で行う模擬レースによって選考するもので、出走するウマ娘たちは同じ条件のもとで走り、その走破タイムをもとに評価される。

 

 ただし、単純に順位だけで合否が決まるわけではない。

 

 リギルが求めているのは、チームの一員として高い水準で競い合えるウマ娘だ。そのため、あらかじめ定められた基準タイムを突破することが、合格の最低条件となっていた。

 

 そして、それらを突破して入部できる人数は、たったの一人。

 

 まとめると、『基準タイムを突破したうえで、一着になる』。それが合格の条件だった。

 

 まさに、実力主義なチームである。

 

 説明を聞きながら、ロードは静かに考えを巡らせていた。

 

 実力を重視する選考方法そのものに、不満はない。むしろ、明確な基準を設けることには合理性がある。

 

 だが、気になることが一つあった。

 

「では最後に、質問のある方は?」

 

 ハナは受験生一人一人に視線を向ける。すると、後方から手が挙がった。

 

「すみません。一つ、お聞きしたいことが。」

 

 ロードが手を挙げると、ハナの視線がこちらへ向いた。

 

「どうぞ。」

 

「チーム〈リギル〉のトレーニング方針について、教えていただけますか?」

 

 刹那、周囲の受験生がわずかにざわめいた。ミラージュもイーリスも、ハナたちでさえも目を丸くしていた。

 

 試験の内容ではなく、入部した後の話。しかも、まだ合格するかどうかも分からない段階での質問だった。

 

 しかし、ロードは気にした様子もなく、ハナの返答を待っている。

 

「トレーニングの方針……?」

 

「はい。簡単に教えていただけると幸いです。」

 

 ハナは少しだけ目を細めた。

 

「基本的には、各ウマ娘の能力や課題を分析したうえで、こちらが適切なトレーニングを組み立てます。もちろん、チーム全体で行う練習もありますが、個々の成長に必要な管理は徹底しています。」

 

「……では、自分で課題を見つけて、独自にメニューを組むことは?」

 

「必要があれば相談には乗ります。ただし、トレーニングの内容や負荷については、こちらで把握し、管理することになります。」

 

「なるほど……。ありがとうございます。」

 

 ロードは短く礼を述べ、手を下ろした。

 

 表情に大きな変化はない。

 

 けれど、彼の中では、少しずつ答えが形になり始めていた。

 

「……では、エアグルーヴ。彼女たちをゲートへ。」

 

「はい。」

 

 エアグルーヴが先導し、受験生たちはその後ろに着いていく。ミラージュとイーリスも着いていこうとしたが、ロードはその場から動かなかった。

 

「ルー君?」

 

「行くよ、ルー君。」

 

 二人が声をかけるが、ロードは反応しない。何かを考えているのか、口元に手を当てて俯いている。

 

 その様子を、ハナとルドルフも不思議がっていた。

 

 どうしたのだろうと、ミラージュたちがもう一度声をかけようとした、その時だった。

 

 ロードが顔を上げた。

 

 

 

「トレーナーさん、辞退させていただいてもいいですか。」

 

 

 

 あまりにも唐突な申し出に、その場の空気が止まった。

 

「……辞退?」

 

 ハナが聞き返す。

 

「はい。」

 

「それは、入部試験を受けるのを辞めるという意味ですか。」

 

「そうです。」

 

 ロードは淡々と答えた。

 

 ミラージュとイーリスは、そろって目を丸くしている。先ほどまで一緒に試験を受けるつもりだった相手が、いきなり辞退すると言い出したのだ。驚くのも無理はなかった。

 

 ルドルフは驚きこそしたものの、静かに耳を傾けていた。

 ハナはしばらくロードを見つめていたが、やがて静かに口を開いた。

 

「……理由を聞いてもいいかしら?」

 

「トレーニング方針が、俺に合わないと思ったからです。」

 

 ロードの頭には、ライツ博士の研究室で過ごした日々があった。

 

 自分に何が足りないのか。どうすれば改善できるのか。何を試し、どのような結果が出たのか。ロードはそうして、自分の走りを少しずつ磨いてきた。

 

「トレーナーさんのトレーニング方針が間違っているとは思いません。ウマ娘一人一人に必要な管理をしていることも理解できます。」

 

「ただ……俺が求めている環境とは、少し違うようです。」

 

 言い終えたロードは、もう一度軽く頭を下げた。

 

「突然の申し出、申し訳ありません。」

 

 ハナはすぐには答えなかった。

 目の前の少年は、リギルの実力主義を否定したわけではない。試験から逃げようとしている様子もなかった。

 

 ただ、自分に必要なものを考えた末に、ここではないと判断したのだ。

 

「……そう。」

 

 やがて、ハナは小さく息を吐いた。

 

「自分に必要な環境を理解したうえでの判断なら、無理に引き止めるつもりはありません。」

 

「ありがとうございます。」

 

 そう言ってロードは振り返り、ミラージュとイーリスに目を向ける。

 

「頑張って。」

 

 それだけを言った。

 

 ミラージュには、ロードの判断が理解できなかった。

 

 最強と謳われるチームに入れる機会。自分なら、きっと迷わず掴みにいく。

 だからこそ、どうしてロードがそのチャンスを捨てられるのか、分からなかった。

 

 一方、イーリスは不満そうな顔をしていた。

 

「ルー君の走るところ、見たかったなぁ。」

 

「今じゃなくても、必ず走れるさ。」

 

 まるで、つい先ほどの出来事は全てなかったかのような会話をしている。

 

「じゃあ、行って来ます! ミラねぇ、早く行こう!」

 

「う、うん……。」

 

 イーリスに手を引かれながら、ミラージュはふと足を緩めた。

 

 そして、肩越しに振り返る。

 

 ロードはもうこちらを見ていなかった。二人の背中を見送ったあと、踵を返そうとしているところだった。

 

 その背中を見つめながら、ミラージュは思う。

 

 ――どうして、迷わず決められるの?

 

 自分なら、きっと迷ってしまう。せっかく掴んだチャンスを、本当に手放していいのかと。

 

 けれど、ロードは違った。

 

 彼には彼の考えがあって、自分の進む道を選んだのだろう。

 

 それが分かるからこそ、ミラージュには、彼の判断が不思議でならなかった。

 

「ミラねぇ?どうしたの?」

 

「……ううん。なんでもない」

 

 ミラージュは小さく首を振り、再び前を向いた。

 

 今は、自分の選んだ道を進もう。

 

 いつか、胸を張ってロードの隣に立てるように。

 

 

[newpage]

 

 

 トレーニング場の観客席に上がると、ロードは手すりに軽く寄りかかった。

 

 向正面では、ミラージュとイーリスがほかの候補者たちとともにゲートへ向かっている。その表情は見えないが、ミラージュは少し緊張しているようで、イーリスはいつも通りに見えた。

 

 やがて、候補者たちが一人ずつゲートに入っていく。

 

「ルベウスロード君。」

 

 ふと、名前を呼ばれた。

 振り返ると、東条ハナがこちらへ歩いてくるところだった。

 

「あなたが現れて驚いたわ。てっきりスピカに入るものだと思っていたから。」

 

「俺もそのつもりでしたけど、沖野トレーナーに『他のチームも見てこい』と言われて。」

 

 ロードはあっさりと答え、再びトレーニング場へ視線を戻した。

 

 ハナはそんな彼の横顔を見て、小さく笑った。

 

「ルドルフとエアグルーヴがそろって目を丸くするところなんて、初めて見たわ。」

 

「そんなに驚いていたんですか?」

 

「ええ。“試験を辞退する” なんて例は、これまでなかったもの。」

 

 そこで会話が止まり、静寂が訪れる。

 

「ここに来たのは、レースを見るため?」

 

「はい。ミラージュとイーリスのレースは、ぜひ見たくて。」

 

「どっちが勝つと思う?」

 

「……実力で言えば、イーリスだと思います。」

 

「距離は桜花賞と同じ1600m。彼女が得意とする距離だものね。」

 

 そうして再び会話が止まる。

 

 しかし、今度はロードから話しかけた。

 

「……なんだか、雰囲気が違いますね。」

 

 ロードは隣に立つハナを見て言った。

 

「そうかしら?」

 

「はい。トレーナーさんは思っていたより……」

 

 言葉を探すように、ロードは少しだけ視線を泳がせた。

 

「お喋り、というか。」

 

「……確かに、トレーナーとしての私は厳しいと思うわ。」

 

「でも今は “トレーナー” としてじゃなくて、 “東条ハナ” として君と話したいの。」

 

 そう言って、ハナは微笑んだ。

 

「こうして話す機会ができたんだもの。君がどんなことを考えているのか、知りたいわ。」

 

 ロードは何も言わない。ただ黙ってゲートの様子を見ていた。

 

 向こうでは、最後の一人がゲートに収まった。それを見たハナは、ポケットからストップウォッチを取り出す。

 

 そしてゲートが開き、ウマ娘たちが飛び出す。同時に、ストップウォッチの音が鳴った。

 

 各ウマ娘が少しずつ位置取りを始め、集団は縦に伸び始めた。

 

 少し間が空いて、ハナがレースを眺めながら口を開く。

 

「私たちリギルは『学園最強』と言われてる。私もそれを自覚してるし、最強であるために日々研鑽してる。」

 

 視線はレースから離さないまま、ハナは続けた。

 

「どうしてあなたは、そんなチームの一員になれるチャンスを捨てられたの?」

 

「……捨てたつもりはありません。」

 

 ロードは、先頭集団を追いながら答えた。

 

「ただ、自分には合わないと思った。それだけです。」

 

「合わない……ね。」

 

 ハナは小さく繰り返した。

 

 先頭を走るウマ娘が直線から第三コーナーへと差しかかる。イーリスは前方の集団に位置を取り、ミラージュはその少し後ろにつけていた。

 

「私たちのトレーニング方針があなたには合わないのは、誰かに決められたメニューをこなすのが嫌だから?」

 

「……少し、違います。」

 

 ロードは首を横に振った。

 

「自分に何が足りないのか、どうすれば改善できるのか。何を試して、どんな結果が出たのか。俺は、そういうことを自分で考えたいんです。」

 

 第四コーナーへ向かうウマ娘たちを、二人は並んで見つめていた。

 

「もちろん、分からないことはトレーナーに聞きます。自分では気づけないこともあるでしょうから。」

 

「だったら、トレーナーに課題を見つけてもらうことも、あなたにとって有益なのではないかしら?」

 

「それはそうだと思います。」

 

 ロードはあっさりと認めた。

 

「でも、まずは自分で考えたいんです。誰かに答えを教えてもらう前に、自分で考えて、試してみたい。」

 

 ハナは黙って耳を傾けていた。

 

 やがてウマ娘たちは第四コーナーを抜け、直線へと差しかかる。

 

 縦に伸びていた集団も、少しずつまとまり始める。その中で、イーリスが前を見据えた。

 

 彼女の姿に、ロードはわずかに目を開く。

 

 大きく見開かれた目。瞳孔はきゅっと縮まり、その視線はただ前だけを捉えている。

 

 普段の明るく無邪気な面影は、そこにはなかった。

 

 小柄な身体をいっぱいに使い、前を走るウマ娘たちへと迫っていく。少しでも速く。少しでも前へ。全身から、勝利への執念が伝わってくるようだった。

 

「……なるほどね。」

 

 ハナはレースを見つめたまま、静かに呟いた。

 

「あなたは、ただ強くなりたいわけじゃないのね。」

 

「はい。」

 

 その声に、迷いはなかった。

 

「自分に何が足りないのか。どうすれば改善できるのか。問題点を挙げ、仮説を立て、実践し、検証する。」

 

「そうして、自分なりの答えを見つけたいんです。」

 

 脳裏に浮かぶのは、ライツ博士と繰り返したトレーニングの日々。

 思うような結果が出なければ、原因を考えた。新たな方法を試し、結果を確かめる。上手くいったことも、いかなかったことも、次へと繋げてきた。

 

「誰かに答えを教えてもらうだけじゃ意味がない。自分で考えて、試して、納得できる答えを出したいんです。」

 

 イーリスが先頭のウマ娘に並びかける。

 その少し後ろでは、ミラージュも懸命に脚を伸ばしていた。

 

 ハナは、少しだけロードへ視線を向けた。

 

「……あなたらしい考え方なのかもしれないわね。」

 

 そう言って、再びレースへと目を戻す。

 

 ゴールが近づく。

 

 ついにイーリスが先頭に躍り出た。ミラージュたちも最後のスパートをかけているが、イーリスとの差が少しずつ開いていく。

 

 ハナはストップウォッチを握り直した。

 

「……あなたがリギルに入っていたらどんなウマ娘になったのか、見てみたかったわ。」

 

 その言葉にロードは何も言わなかった。いや、言えなかった。

 

 そんなロードに、ハナは微笑む。

 

「もっとも、あなた自身が望む環境でなければ意味はないのでしょうけど。」

 

「はい。」

 

 ロードは短く答える。

 

 その目は、最後まで走り続ける二人の姿を追っていた。

 

 

 つづく




リギルのメンバーは3期でデアリングダクトが加入していましたが、こちらの設定でもう一枠空いていたことにしました。転入生が来たということで、特別に試験をした流れです。

デアリングダクトですが、調べてみたところ中等部という情報しかなかったので、中等部三年生(ロードたちの一つ上)とします。
ティアラ三冠という、素晴らしい成績を収めていました。

次回もチーム見学になりますが、ある人物が登場します。

では、また。
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朝起きたらウマ耳と尻尾生えとるんやけど...!?!?!?(作者:飽之七起)(原作:ウマ娘プリティーダービー)

『ウマ娘』▼彼女たちは、走るために生まれてきた。▼ときに数奇で、ときに輝かしい歴史を持つ別世界の名前と共に生まれ、その魂を受け継いで走る。▼それが、彼女たちの運命。▼なら彼は、いったい何なのか。▼名前も、魂も、何も受け継いでなどいない。▼何故こうなったのか、どうすれば戻れるのか、いや、そもそも戻る気があるのか...?▼彼もまた、走り続ける。誰にもわからない、…


総合評価:201/評価:6.22/連載:9話/更新日時:2026年07月16日(木) 19:05 小説情報

ウマ娘とイチャイチャしてぇなぁ…え?ダメ?(作者:mashiyu)(原作:ウマ娘プリティーダービー)

▼ウマ娘とイチャイチャしたくてトレーナーになった。▼しかし、実際はイチャイチャとは程遠く、現実は非情だった。▼「お願い三女神様!贅沢は言わないのでウマ娘とイチャイチャさせてください!え?ダメ?はーつっかえ…三女神ってクソだわ。もう三女神信仰すんのやめます」▼


総合評価:314/評価:6.67/完結:20話/更新日時:2026年09月22日(火) 15:18 小説情報

ナイスネイチャがトレーナーと契約するまでのお話(作者:灯火011)(原作:ウマ娘プリティーダービー)

ナイスネイチャっていいですよね。▼※長くなりそうなので連載に変更しました。一日一話、夜9時ごろ更新します。なんか50話ぐらいになりそう。


総合評価:2396/評価:8.61/完結:57話/更新日時:2026年08月25日(火) 15:35 小説情報

とっても天使なウマ娘さん(作者:レース場の散った芝)(原作:ウマ娘プリティーダービー)

天使は実在するみたいです。▼慈愛に満ちていて、可愛くて、速くて、可愛いらしいです。ウマ娘は皆例外なく可愛いけど。


総合評価:1378/評価:9.03/連載:13話/更新日時:2026年10月22日(木) 06:00 小説情報

存在しないはずのライスシャワーの娘に転生しました(作者:雅媛)(原作:ウマ娘プリティーダービー)

転生した。▼ウマ娘になった。▼そして母親はライスシャワーだった。▼前世でライスシャワーを応援していたTS転生ウマ娘ピュアホワイトにとって、それだけで今世は大当たりである。▼しかも両親は優しい。▼生活にも困らない。▼身体は健康。▼走れば速い。▼やはり自分は幸運だ。▼多少大外枠ばかり引こうが、妙な事件に巻き込まれようが、そんなものは誤差である。▼不幸だと思う母か…


総合評価:1887/評価:7.91/完結:33話/更新日時:2026年09月15日(火) 18:00 小説情報


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