ウマ娘 ロストロード   作:ツカッチ

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トレーナーのみなさん、こんにちは。

お久しぶりです。最近はレポート課題の波に飲み込まれていました。


第七話 追い風

 研究室は静まり返っていた。

 

 辛うじて聞こえてくるのは、校内で楽しそうに話す生徒たちの声だけ。

 

 ロードは何も言えなかった。ただ、ライツの言葉だけが、頭の中で何度も反響している。

 

 彼女は、“自分が何かに縛られている”のではないかと言う。だが、ロードはその言葉の意味を理解できずにいた。

 

「……“縛られている”というのは、あくまで私の考えに過ぎない。」

 

 ライツは静かに話す。

 

「私は他人の心が読めるわけでもないし、心理学者でもないからね。」

 

「………。」

 

「だが。」

 

 薄紫色の瞳がロードを見据える。

 

「そんな私でも分かるくらいに、今の君にはそういった雰囲気を感じている。」

 

「雰囲気……?」

 

「ああ。」

 

 ライツは小さく頷いた。

 

「君はすでに未来を見ていて、生まれ変わる覚悟も決めた。それなのに、自分へ向けられた好意や期待を受け取ろうとしない。」

 

 そして。

 

「まるで、“檻の外へ出るための最後の一歩が踏み出せていない”ように見えるんだ。」

 

 研究室に静寂が落ちる。

 

 ライツは少しだけ視線を落としてから、静かに続けた。

 

「何かに怯えているのか、それとも自分を低く見積もっているのか。正直なところ、私には分からない。」

 

「だが、“俺なんかが”と言ったのには何か理由があるはずだ。」

 

 そう言ってライツは車椅子をロードの方へと近づける。

 

「そう思った理由は、言葉にできるかい?」

 

「………。」

 

 ロードはしばらく考え込む。

 

 だが、答えは思ったよりも早く見つかった。

 

「俺は。」

 

 ロードは言いかけて、一旦小さく息を吐く。

 静かに息を吸い、話し始めた。

 

「理事長さんの提案を聞いた時から、ただターフを走らせてくれるものだと思っていました。検査は二の次みたいな感じで……。」

 

「………。」

 

「だから。」

 

 ロードは研究室を見回す。

 

 壁際に並ぶ機材。しかし生活感のある部屋。

 

 そして手元には、箱の中に収められたシューズと蹄鉄。

 

「予想以上に色んなものをもらって、困惑したと言うか……。」

 

 そこで言葉が途切れる。

 

 しばらくしてから、ぽつりと続けた。

 

「申し訳ないと言うか……。」

 

 その声はどこか居心地悪そうだった。

 

 しかし、ライツは何も言わない。ただ静かに耳を傾けている。

 

「俺は、ただ走っていただけなんです。」

 

 ロードは少しだけ視線を落とした。

 

「河川敷で走っていたら、たまたまキタサンたちに見つかった。」

 

「理事長さんたちが興味を持ってくれたのも、その延長線上です。」

 

 自嘲するでもなく、事実を述べるように言う。

 

「俺は……偶然見つけてもらっただけの存在なんです。」

 

 研究室に静寂が落ちる。

 

 ライツはその言葉を反芻するように目を閉じた。

 

「……なるほど。」

 

 やがて、静かに頷く。

 

 その声には納得の色が滲んでいた。

 

「それなら、確かに今の君の反応にも説明がつく。」

 

 ロードが顔を上げる。

 

 ライツは白い箱へ視線を向けた。

 

「君は今、自分が多くの者に歓迎されている理由を『偶然』だと考えている。」

 

「だからこそ、その好意をどう受け取ればいいのか分からなくなっているんだろう。」

 

 それからライツはしばらく何も言わなかった。

 まるで、ロードの言葉を頭の中で整理しているかのように。

 

 やがて彼女は小さく頷く。

 

「ロード君。“偶然”とは、適当に扱えない重要な点なんだよ。」

 

 ロードは顔を上げる。

 

 薄紫色の瞳は、静かに自分を見つめていた。

 

「君は先ほど、自分を“偶然見つかった存在だ”と言ったね。」

 

「だけど、その偶然が君をここまで連れて来た。」

 

 そしてライツは小さく微笑む。

 

「それを幸運と呼ぶのか。」

 

「運命と呼ぶのか。」

 

「あるいは、ただの偶然と呼ぶのか。」

 

「どう受け取るかは、君次第だよ。」

 

 その言葉に、ロードは答えなかった。

 

 いや、答えられなかった。

 

 幸運なのか。

 

 運命なのか。

 

 それとも、ただの偶然なのか。

 

 今の彼には分からない。

 

 ただ一つ分かるのは、自分が今ここにいるという事実だけだった。

 

 研究室に静寂が落ちる。

 

 やがて――。

 

「……ああ、そうだ。」

 

 ライツが何かを思い出したように呟いた。

 

「?」

 

 ロードが顔を上げる。

 

 ライツは自身の上着の懐へ手を入れた。

 

「君に渡すものがあったんだ。」

 

 取り出されたのは、一通の白い封筒。

 

 派手な装飾は何もない。

 

 だが、その表面に書かれた文字を見た瞬間――ロードの目が僅かに見開かれる。

 

『ロードへ』

 

 見覚えのある字だった。

 

「それは……。」

 

「ああ。」

 

 ライツは静かに頷く。

 

「君のお父さんとお母さんから預かっていたものだ。」

 

 ロードは箱を近くのテーブルの上にそっと置き、無言のまま封筒を受け取る。

 

 それは不思議なほど軽かった。

 

 だが、その重みは箱の中の蹄鉄よりも大きく感じられる。

 

「読んでみるといい。」

 

 促されるまま、ロードは封を開く。

 

 中には一枚だけ便箋が入っていた。

 

 決して長い文章ではない。

 

 だが。

 

 そこに綴られていたのは――。

 

 

 

 ロードへ

 

 あなたがターフを走るために、お父さんとお母さんでこの蹄鉄とシューズを用意しました。

 

 この先ロードがどんな未来を進むのか、私たちには分かりません。

 

 ですが、一つだけお願いがあります。

 

 どうか、自分の信じた道を、後悔のない道を進んでください。

 

 そして、その道を真っ直ぐに進むルベウスロードの姿を、私たちに見せてください。

 

 

 父さん、母さんより

 

 

 

 

「………。」

 

 ロードはしばらく便箋を見つめていた。

 

 研究室は静まり返っている。

 

 ライツも何も言わない。

 扉の近くに立っていたたづなも、ただ静かに見守っていた。

 

 やがてロードは、そっと手紙を畳む。そして再び箱の中へ視線を落とした。

 

 一足のシューズと蹄鉄。

 

 先ほどと比べて不思議と見え方が違っていた。

 

 理事長から贈られたものでも、ライツが用意したものでもない。

 

 父と母が、自分のために用意してくれたものだ。

 

「……そうか。」

 

 小さく漏れた声は、自分でも驚くほど穏やかだった。

 

 ロードはゆっくりと手を伸ばす。

 

 指先が触れた蹄鉄は冷たい。

 

 それでも、不思議とその冷たさは嫌ではなかった。

 

 まるで、遠くから背中を押されているような気がした。

 

 ロードは蹄鉄を手に取り、静かに握る。

 

 その重みを確かめるように。

 

「ライツ博士。」

 

「うん?」

 

「……教えてくれて、ありがとうございます。」

 

 その言葉に込められていたのは、感謝だけではない。

 

 戸惑い、迷い。そして、受け取る覚悟。

 

 その全てを。

 

 ロードは優しく箱を抱える。もう、『俺なんかが』なんて考えは浮かばなかった。

 

 そんな彼を見て、ライツは満足そうに微笑む。そして、車椅子の向きを変えた。

 

「たづなさん。」

 

「はい。」

 

 部屋の入口で待っていたたづなが返事をする。

 

「彼に、蹄鉄の付け方を教えてあげてほしい。」

 

「お任せください♪」

 

 たづなが笑顔で頷く。

 

 ライツはその様子を見届けると、再びロードへ視線を向けた。

 

「取り付け次第、行こうか。」

 

 

ウマ娘たちが夢を語る場所へ。

 

 

 ロードは一瞬だけ目を瞬かせる。

 

 そして。

 

「――はい。」

 

 今度は迷うことなく頷いた。

 

 

 

・・・・・

 

 

 

 夕暮れのトレーニング場。西へ傾いた太陽が、ターフを橙色に染め上げている。

 

 吹き抜ける風は昼間よりも少しだけ涼しく、走り終えたウマ娘たちの熱を静かに奪っていく。

 

 そんな中、二人のウマ娘が芝の上を駆け抜けていた。

 

「はぁぁぁぁーッ!」

 

 先頭を走るのはキタサンブラック。

 

 黒い髪を大きく揺らしながら、力強くターフを蹴る。

 

 だが。

 

(引き離せないっ……!)

 

 彼女のすぐ後ろ。息遣いが聞こえるほど近くに、もう一人の足音が迫っていた。

 

 彼女の名前はトウカイテイオー。

 トレーニングとはいえ、その走りは圧倒的だった。

 

 前へ出ようとする度に。

 

 加速しようとする度に。

 

 まるで影のように食らいついてくる。

 

(速い……!)

 

 キタサンは歯を食いしばる。

 

 必死に脚を回す。

 

 だが、その差は広がらない。

 

 むしろ――。

 

「はぁッ!!」

 

 鋭い呼気。

 

 次の瞬間だった。

 

 テイオーが右足でターフを強く踏み込む。

 

 芝が弾ける。

 

 その身体が、まるで翼を得たかのように前へ躍り出た。

 

「あっ――!」

 

 一瞬。

 

 本当に一瞬だった。

 

 それだけで並ばれる。

 

 そして。

 

「もらったぁー!」

 

 楽しそうな声と共に、テイオーがキタサンの横を駆け抜けた。

 

 ゴール板を駆け抜けた二人は、徐々にスピードを落とす。肩で息をするキタサンのもとに、テイオーが歩み寄った。

 

「にっしっし、ボクの勝ちー!」

 

 全力で走ったはずのテイオーだが、呼吸の乱れは一つもない。

 何気ないようで、雲泥の差。キタサンは改めて彼女の強さを思い知った。

 

 だが、夕陽を背に笑うテイオーの姿は――本当に輝いて見えた。

 

「さすがだな、テイオー。」

 

 ふいに、外埒(そとラチ)から声が掛かる。振り向けば、ストップウォッチを手にした沖野トレーナーが歩み寄ってきていた。

 

「最後の伸びは最高だった。」

 

「でしょー!」

 

 テイオーは得意げに胸を張る。

 

 一方のキタサンは悔しそうに笑った。

 

「キタサンも、いい走りだった。」

 

「……もう少し食らいつけると思ったんですけどね。」

 

「十分だよ。」

 

 沖野はストップウォッチを見ながら頷く。

 

「むしろ、あのテイオーに最後まで食らいついたことを褒めるべきだ。タイムも更新されたしな。」

 

 一瞬。

 

 キタサンの動きが止まる。

 

「……え?」

 

 そして次の瞬間。

 

「ほ、本当ですか!?」

 

 悔しそうだった顔が一瞬で吹き飛んだ。

 

 耳がぴんと立ち、尻尾が勢いよく揺れる。

 

「ああ。」

 

 沖野は苦笑しながら頷き、手にしていたストップウォッチを見せた。

 

「自己ベスト更新だ。」

 

「やったぁぁぁ!!」

 

 思わずその場で飛び跳ねるキタサン。

 

 先ほどまでの落ち込みはどこへやら。

 

「トレーナー!ボクはボクは?」

 

「自己ベストには届かなかったが、近いものを出していたぞ。」

 

 沖野がそう言うと、テイオーは口を尖らせた。

 

「ボクの走りに見惚れて、ボタン押すのが遅れたんじゃないの?」

 

「……それはどう答えればいいんだ?」

 

 そんな二人のやり取りを見て、キタサンは小さく笑う。すると――

 

「お二人とも、水分補給をどうぞ。」

 

 メジロマックイーンが両手に水筒を持って現れた。

 

「マックイーン、ありがと!」

 

「ありがとうございます!」

 

 キタサンとテイオーはそれを受け取り、ごくごくと喉へ流していく。冷たくほんのりと甘いスポーツドリンクが、体の熱を冷ましてくれる。

 

「……それにしても、ゴールドシップさんたちはどこへ行ったのでしょうか。」

 

 ふと、マックイーンがそんなことを言った。キタサンたちはそれを聞いてハッとする。

 

 トレーニングの時間にも関わらず、ゴルシたちスピカメンバーの姿が見当たらない。比較的真面目なサイレンススズカさえも、姿が見当たらなかった。

 

 と、その時。

 

「み、みんな〜!」

 

 聞き覚えのある声が近づいてくる。

 肩を向けると、スズカが手を振りながらかけよってきていた。

 

 普段の彼女らしくない慌てた様子に、キタサンたちは思わず目を丸くする。

 

「スズカ、どこ行ってたんだ?」

 

 沖野が尋ねる。

 

 スズカは軽く息を整えると、真っ直ぐキタサンたちを見た。

 

「ルベウスロード君がトレーニング場に向かって来てるの。」

 

「――えっ!」

 

 キタサンの耳がぴくりと動く。

 

「ロード君が!?」

 

「ええ。」

 

 スズカは頷いた。

 

「みんな、向こうに集まってるわ。」

 

 そう言いながら、トレーニング場の入口付近を指差す。

 そこには確かに人だかり……もとい、ウマ娘だかりができていた。

 

「私たちも会いに行きましょう!」

 

 キタサンはなんとも分かりやすい。ふんすと鼻息を飛ばし、ばたばたと尻尾を揺らしていた。

 彼女の変わりようにテイオーたち思わず笑いそうになるが、そこはグッと堪える。

 

「トレーナーさん、いいですよね!?」

 

「……仕方がないな。」

 

 沖野は『やれやれ』と言うかのように承諾。

 それを聞くや否や、キタサン、テイオー、マックイーンは駆け出した。

 

 一方のスズカは、沖野の隣で小さく笑っていた。

 

「トレーナーさんもワクワクしているのがバレバレですよ?」

 

「言うなスズカ。」

 

 内心をズバリ当てられた沖野は、ポリポリと頭を掻く。

 

 その頃には、先に走って行った三人の姿はすっかり人混みの中へ消えていた。

 

 

 

・・・・・

 

 

 

「――で。」

 

「何やってんの? / 何をやっているんですの?」

 

 ウマ娘だかりをかき分けながら進んだ先で、テイオーとマックイーンは思わずフリーズする。呆れを隠そうともしない声だった。

 

 彼女たちの視線の先には、なんとも奇妙な光景が広がっていた。

 

 中央にいるのは黒いジャージ姿の“男のウマ娘”、ルベウスロード。その隣には、ライツ博士と理事長秘書のたづなさん。

 

 そして、その三人を囲むように――。

 

 ゴールドシップ。

 

 スペシャルウィーク。

 

 ウオッカ。

 

 ダイワスカーレット。

 

 サングラスをかけた四人が、綺麗な陣形を組んでいた。

 

 先頭にゴルシ、左右にウオッカとスカーレット、殿(しんがり)にスペ。まるでボディーガードである。

 

「お、テイオーにマックちゃん!来たか!」

 

「来たか、ではありません。」

 

 マックイーンは額に手を当てる。

 

「何をしているのかと聞いているんです。」

 

「見て分かんねぇか?」

 

 ゴールドシップは胸を張った。

 

「護衛だ。」

 

「誰の?」

 

「ルベウスロードの。」

 

 二人はちらりとロードに視線を向ける。露骨すぎるくらいに困惑の表情を浮かべていた。

 

 そんなロードを見て、ウオッカが肩を竦めた。

 

「いやさ、ルベウスロードが来た途端みんな集まって来てさぁ。」

 

「すごかったんですよー!」

 

 後方のスペも頷く。

 

「囲まれて大変そうだったので、私たちが案内することになったんです!」

 

「そういうことよ。」

 

 スカーレットが腕を組む。

 

「押し合いになったら危ないでしょう?」

 

「だから、アタシたちがこうして護衛してるってワケ。」

 

 ゴルシが自慢げに言った。

 

 マックイーンとテイオーは周囲を見回す。

 

「本当に男の子なんだ……。」

 

「ちゃんと耳と尻尾がある!」

 

「背、高くない?」

 

「顔もいい……。」

 

「もっと近くで見たいなぁ。」

 

「男の子のウマ娘ちゃんも尊いぃぃぃぃ!」

 

 ……確かに。

 これだけ大勢のウマ娘たちが集まっていれば、押し合いになって怪我をする者が現れる可能性も否めない。

 

 納得したような、していないような……。

 

 なんとも言えない表情を浮かべる二人。

 

 一方、ロードの隣ではたづなが困ったように笑っていた。

 

「ふふ……こんな歓迎のされ方は初めて見ました。」

 

「私もだよ。」

 

 ライツも小さく肩を震わせる。

 

「しかし助かったな。彼女たちがいなければ、今も玄関前で立ち往生していたかもしれない。」

 

「寧ろ悪化してる気がするんですけど……。」

 

 そんなロードの静かなツッコミは、周りのウマ娘たちのざわめきによってかき消された。

 

「ていうか、キタちゃんは?」

 

 ふと、テイオーが言った。

 

「……そういえば。」

 

 マックイーンも辺りを見回すが、姿は見えない。

 真っ先に飛び出したはずの彼女が、何故か行方不明だった。

 

 と、その時。

 

「ぷはっ!やっと出れた!」 

 

 少し離れた場所から、聞き慣れた声が響く。

 

「あ、いた。」

 

「いましたわね。」

 

 ウマ娘たちの隙間を縫うようにして、キタサンが飛び出してきた。

 髪は少し乱れ、息も僅かに上がっている。どうやらしっかりと巻き込まれていたらしい。

 

 だが、キタサンは一瞬でロードを見つけると、ぱっと表情を輝かせた。

 

「見つけた!」

 

 そして。

 

「ロード君!」

 

 キタサンが満面の笑みで駆け寄ろうとした――その瞬間。

 

「はいストーップ。」

 

 ゴルシがひょいと片腕を伸ばし、キタサンの行く手を塞ぐ。

 

「!?」

 

 突然のことに、キタサンは目をぱちくりさせた。

 

「VIPとの距離は五バ身以上空けてくださーい。」

 

「誰がVIPですか……。」

 

 ロードが即座にツッコむ。

 

 だがゴルシは気にしない。

 

「ほらほら、一般ウマ娘は後ろへ下がろうねー。」

 

「ちょ、ちょっと待ってください!」

 

 キタサンが慌てて声を上げる。

 

「あたしですよゴールドシップさん! キタサンです!」

 

「知ってる。」

 

「知ってるなら通してくださいよ!」

 

「だめー。」

 

 即答だった。

 

 その横でウオッカが腕を組む。

 

「隊長命令だからな。」

 

「隊長って誰ですか!」

 

「もちろんアタシだ。」

 

 ゴルシが胸を張る。

 

「今はルベウス護衛任務の真っ最中なんだよ。」

 

「ルベウス君、すごく注目されてますから!」

 

 スペがニコニコしながら言った。

 

 周囲を見れば、今も多くのウマ娘たちがこちらを見ている。その視線の中心にいるのは、当然ロードだった。

 

「別に通しても――」

 

 ロードは少し呆れたように言いかけて、ふと自分の右手に視線を落とした。

 

 指に引っかけられているのは、蹄鉄が装着されたシューズ。ようやく受け取った、自分のためのもの。

 

 そしてこの先には――ターフがある。

 

「……いや。」

 

 ロードは首を横に振った。

 

「連れて行ってくれるなら、早くしてください。」

 

「え。」

 

 思わず声を漏らしたのはキタサンだった。

 

 ロードは少し間を開けて、ゴルシに言う。

 

「1秒でも早く、走りたいんです。」

 

 一瞬。

 

 その場が静かになった。

 

 だが次の瞬間。

 

「聞いたかお前ら!」

 

 ゴルシが勢いよくトレーニング場へ指を突き上げる。

 

「VIPのために動け!」

 

「了解です!」

 

「前方クリアだ!」

 

「さっさと行くわよ!」

 

 謎の護衛部隊が駆け足で動き始める。

 ロードは小さく息を吐きながら、ゴルシの後ろについて歩き出した。

 

「ロード君……。」

 

 キタサンが小さく呟く。

 

 と、その時。

 

 ロードがほんの一瞬、キタサンに視線を向けた。そして――

 

「後で。」

 

 ただそれだけ言って前を向く。

 

 キタサンは思わず目を丸くした。

 だが、すぐにその表情は笑顔へ変わる。

 

「……うんっ!」

 

 その背中を見送りながら、キタサンは力強く頷いた。

 

 正直、それだけで十分だった。

 後で話そうと言ってくれただけで、胸の奥が少し温かくなる。

 

 そんな彼女の隣で。

 

「キタちゃん。」

 

 呼ばれて振り返ると、テイオーは不思議そうな顔をしている。

 

「何してるの?」

 

「え?」

 

「行かなくていいの?」

 

 そう言って彼女はトレーニング場の方を指差した。

 

 つられて視線を向ける。

 

 そこでようやく気付いた。

 

「あ……。」

 

 いつの間にか、周囲にいたウマ娘たちが一斉にトレーニング場へ向かい始めていた。

 

「ルベウスロード君の走り、見なくていいの?」

 

「――!」

 

 キタサンの耳がぴんと立つ。

 

 ロードは先ほど、“一秒でも早く走りたい”と言った。

 

 それはつまり、彼はこれからターフを走るということだ。

 

「テイオーさん、マックイーンさん、行きましょう!」

 

 キタサンは勢いよく振り返った。

 

 テイオーとマックイーンは満足そうに頷く。

 

「にしし、そうこなくっちゃね♪」

 

「では、行きましょうか。」

 

 そうして三人は、ロードの走りを見るためにトレーニング場へ向かうのだった。

 

 

 

・・・・・

 

 

 

 トレーニング場のベンチに腰を下ろし、ロードは足元へ視線を落とした。

 

 そこにあるのは、研究室で受け取ったばかりのシューズ。たづなに付けてもらった蹄鉄が、太陽の光をキラリと反射していた。

 

「サイズは問題なさそうですか?」

 

 たづなが尋ねる。

 

「多分。」

 

 ロードは頷きながら靴紐を結ぶ。

 やがて立ち上がり、軽くその場で足踏みをした。

 

「………。」

 

 いつものシューズとは違うためか、足元が妙に落ち着かない。

 

 蹄鉄が重いというわけではない。

 むしろ、思っていたよりも軽い。

 

 だが、地面との距離が変わったような感覚があった。

 

 そしてほんの少しだけ、足が前へ出やすい。

 

「履き心地はどうだい?」

 

「……変な感じです。」

 

 ライツの質問に、ロードは正直に答える。

 

 その反応を受けて、彼女は穏やかに笑った。

 

「それでも、走りたくて仕方がない様子だね。」

 

「はい。」

 

「十分だ。」

 

 ライツは微笑みながら頷いた。そして彼女は、車椅子の背もたれに体を預けた。

 

 そして、夕暮れのターフへと視線を向ける。

 

「まずは一周、走ってもらおうと思う。」

 

「速度は特に問わないが……最初はゆっくり走るのがベストだね。ある程度慣れてきたと思ったら速度を上げてもらって構わない。」

 

 ロードは小さく頷いた。

 ライツは続ける。

 

「そして――最後の直線だけ、少しだけ踏み込んで走ってもらいたい。」

 

 その言葉に、ロードは思わず目を見開いた。

 なぜならそれは、『危険と言われた走りを見せてくれ』と言っているようなものだったからだ。

 

「……いいんですか?」

 

「ああ。」

 

 目を細めるロードに、ライツは微笑んで見せた。

 

「私は研究者である以前に、ウマ娘だ。“危険” と言われる君の走り方を理解するためでもあるが……」

 

「正直なところ、どんな走りをするのか楽しみで仕方ないのさ。」

 

 そう伝えて、ライツはたづなと共に何やら機材をセットし始めた。 

 三脚、カメラ、そしてタブレット端末。慣れた手付きで次々と設置されていく。

 

 自分の走りを撮影するためなのだろうと、ロードはすぐに察した。

 

 その一方、いよいよロードが走るということで、トレーニング場にいるウマ娘たちの間にざわめきが走り始めた。

 それどころか、トレーニング中のはずのウマ娘たちすらも、身体を動かしながらこちらを見ている。

 

 ロードは思わず周囲を見回す。

 どこを向いても必ず誰かと目が合う。

 

(……やりづらい。)

 

 心の底からそう思った。

 

 これほど大勢の視線を向けられながら走ったことなど、一度もない。

 

 正直、落ち着かない。できることなら、もっと人の少ない場所で走りたかった。

 

 だが――。

 

 胸の高鳴りだけは、嘘ではなかった。

 

 夕陽に染まるターフ。

 キラリと光る蹄鉄シューズ。

 そして、自分を待つスタートライン。

 

 それらを見るたびに、心の奥からどうしようもない衝動が込み上げてくる。

 

 “走りたい”。

 

 ただ、それだけだった。

 

「いつスタートしてもらっても構わないよ。こちらの準備はできているからね。」

 

 車椅子を操作しながら、ライツはそう言った。

 

 ロードは小さく息を吐く。そして、何気なく観客席の方へ視線を向けた。

 

 そこには大勢のウマ娘たちが集まっている。

 

 名前どころか顔すらも知らないウマ娘たち。だがその中に、見知った顔を見つける。

 

 キタサンブラック。

 

 彼女はロードと目が合うと、にこりと笑った。

 

 そして。

 

 まるで背中を押すかのように、力強く頷く。

 

「………。」

 

 ロードは何も言わない。

 

 ただ少しだけ、肩の力が抜けた気がした。

 

「それじゃあ、行ってきます。」

 

 誰に向けた言葉だったのかは、自分でも分からない。

 

 ライツか、たづなか、それとも――。

 

 ロードは静かに前傾姿勢を取る。

 

 夕暮れのターフを駆け抜ける風。

 息を呑んで見守っているウマ娘たち。

 胸の奥で高鳴る鼓動。

 

 その全てを感じながら。

 

 彼は、左足を踏み出した。

 

 

 つづく




ゴルシたちで若干時間を食いましたが、アニメのあの4人ならやるという確信があります。

では、また次回。
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総合評価:859/評価:7.65/完結:21話/更新日時:2026年05月31日(日) 12:07 小説情報


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