ギルドの受付嬢は定時に帰りたい 〜最強のハンマー使いと隠蔽工作の相棒〜 作:can'tPayPay
「――はい。こちらのクエストですね。確かに承りました。……ええ、もちろん。皆様のような勇敢な冒険者の方々なら、きっと素晴らしい戦果を挙げられると信じておりますわ。どうか、お気をつけて」
王都ギルド。その受付カウンターには、今日も一輪の清廉な百合の花が咲いていた。
アリナ・クローバー。
乱れ一つない制服の着こなし、透き通るような肌、そして何より、どんな横柄な冒険者にも、どんな理不尽な要求にも決して絶やすことのない穏やかな微笑み。
彼女はギルドの看板娘であり、全ての冒険者が憧れる「聖域」だった。
――というのは、表向きの話。
(死ね……死ね死ね死ね死ね! さっさと行けこの低脳筋肉ダルマ! そのクエスト、推奨レベルお前らの倍なんだよ! どうせ無理だって言ってんのに一丁前に粘りやがって、おかげで私の貴重な勤務時間が三十二秒も無駄になったじゃないの……ッ!)
アリナの脳内では、今しがた笑顔で見送った冒険者パーティが、フルスイングのハンマーでミンチにされていた。
彼女が何よりも愛するもの。それは平和な日常でも、冒険者たちの成長でもない。
**『定時退勤』。**
その四文字こそが彼女の信仰であり、生きる目的だった。
アリナは卓下の時計をチラリと見た。
十七時四十五分。終業まであと十五分。
このまま何事もなければ、予約していた期間限定の『完熟ベリーのミルフィーユ』を、閉店前のカフェで優雅に堪能できる。
完璧だ。今日の私は、実に見事な「受付嬢」を演じきった。
そう自画自賛した、その時だった。
「――お疲れ、アリナ。今日もいい笑顔だね。……目が全然笑ってないけど」
聞き慣れた、少し呆れたような声。
受付の列の最後尾。そこに立っていたのは、一人の青年だった。
地味な革鎧に、これといった特徴のない顔。腰には使い古された短剣を一振り。どこにでもいる「その他大勢」の冒険者。
彼の名はカイト。
だが、アリナにとって彼は、ただの冒険者ではなかった。
「あら、カイト様。本日のご依頼の報告でしょうか?」
アリナは完璧な営業スマイルで応じる。
しかし、差し出した報告書を受け取る際、彼女の指先がカイトの手の甲を、モールス信号のようなリズムで激しく叩いた。
*『最・悪・な・一・日・だっ・た・わ・こ・の・ボ・ケ・ナ・ス・共・が』*。
カイトはそれを事もなげに読み取ると、苦笑しながら声を潜めた。
「落ち着けって。……それより、悪い知らせだ。今さっき、北の『深緑の廃墟』で、予定外のボス個体がポップした。本来なら来週あたりに討伐隊を組む予定だったやつだ」
ピキ、とアリナの笑顔が微かにひび割れる。
嫌な予感が、背筋を駆け上がった。
「……それが、何か?」
「それがさっき、さよならしたあの『低脳筋肉ダルマ』さんたちの行き先なんだ。彼らが全滅して未帰還扱いになれば、捜索願いの受理、騎士団への連絡、事後処理……。最短でも、三時間は残業確定だね」
「…………」
アリナの手の中で、ペンがみしりと音を立てた。
残業。
三時間。
ミルフィーユの閉店時間。
彼女の脳内で、何かが決定的に弾けた。
### 2.
「……カイト。裏口に、三分後」
アリナは笑顔のまま、震える声でそう告げた。
ギルドの裏手。人目につかない倉庫の影。
先に待っていたカイトの前に、制服姿のアリナが飛び込んできた。
その瞬間、彼女は「完璧な受付嬢」の仮面を地面に叩きつけた。
「ふざけんなぁぁぁあああ! なんで! なんで今日なのよ! 今日、あの店はラストオーダーが早いって言ったじゃない! ベリーが! 私のベリーが残業代に化けてたまるかってのよ!!」
地団駄を踏み、髪を振り乱して荒れ狂うアリナ。
カイトは慣れた手つきで、彼女の脱ぎ捨てた受付用の上着をキャッチした。
「はいはい、わかってるよ。だからこうして、僕が準備してたんだろ?」
カイトが指差す先には、あらかじめ用意されていた「隠密の外套」と、現場までの近道を記した地図。
彼はアリナの相棒であり、彼女の「異常な強さ」と「異常なまでの定時への執着」を知る世界で唯一の共犯者だ。
「カイト、結界の準備は!?」
「万端だ。目撃者の誘導、現場の偽装、魔力残滓の隠蔽。全部僕がやる。アリナはただ、最速で叩き潰すことだけに集中して」
「……愛してるわよ、相棒!」
「そういうのはミルフィーユ食べてから言えよ。ほら、行くよ!」
二人は影のように王都を飛び出した。
カイトが先行し、隠密スキルで衛兵の視線を逸らす。その背中を、アリナが風のような速度で追う。
カイトは冒険者としては中堅だが、その本質は「アリナの暴走を隠すための専門家」だ。彼女がどれほど派手に暴れても、彼がいれば、それは「原因不明の自然消滅」として処理される。
### 3.
北のダンジョン、『深緑の廃墟』。
そこでは、先ほどの脳筋冒険者たちが、巨大なオーガロードの前に絶望していた。
「ひ、ひぃ! 聞いてねえぞ、こんな化け物……!」
オーガロードが棍棒を振り上げる。冒険者の頭蓋が砕かれるまで、あと数秒。
しかし。
「――邪魔よ。どきなさい、この穀潰し共が」
頭上から降り注いだのは、鈴を転がすような、けれど氷のように冷たい声。
空中で、アリナの手が虚空を掴む。
「『神器召喚』――!!」
まばゆい光と共に現れたのは、彼女の身の丈を優に超える、無骨で巨大な銀色のハンマー。
受付嬢の細い腕にはおよそ不釣り合いな、破壊の権化。
「私の……! ミルフィーユを……! 邪魔するなぁぁぁ!!」
ドゴォォォォォォォォン!!
爆音。
オーガロードの巨体が、まるで紙屑のようにひしゃげ、地面ごとクレーターの中に埋まった。
一撃。
文字通り、一撃である。
唖然とする冒険者たちの視界が、急に霧に包まれた。カイトが放った広域の撹乱煙幕だ。
「あ、あれ……? 何が起きたんだ……?」
「おい、魔物が消えてるぞ!?」
混乱する彼らの影で、カイトが手際よく「オーガロードの核」を回収し、証拠となるハンマーの打撃痕を、爆発魔法の跡に見えるよう偽装していく。
「アリナ、終わり。撤収!」
「十七時五十二分……! まだ間に合うわ、戻るわよカイト!!」
### 4.
十七時五十九分。
ギルドの受付カウンターには、何事もなかったかのように微笑むアリナの姿があった。
乱れた髪をカイトに整えてもらい、息を整え、完璧な仮面を再装着した。
「――お疲れ様でした。本日も無事に業務終了ですね」
定時を告げる鐘の音。
アリナは誰よりも早くタイムカードを切り、裏口へと駆け出す。
そこには、既に馬車を手配し、自分の荷物まで持ったカイトが待っていた。
「カイト! 急いで! 馬車、飛ばして!」
「わかってるって。……ほら、乗りなよ」
馬車の中に滑り込み、扉を閉めた瞬間。
アリナはカイトの肩に、ぐったりと体重を預けた。
「……疲れた……。カイト、肩揉んで。あいつら、なんであんな硬いのよ……。制服の袖がちょっと綻びちゃったじゃない……」
「はいはい。よく頑張ったね、アリナ。おかげで僕も、明日の事後処理報告書を書かずに済むよ」
カイトの大きな手が、アリナの小さな肩を優しく解していく。
アリナは目を閉じ、相棒の体温を感じながら、ようやく深く息を吐いた。
「……ねえ、カイト」
「ん?」
「ミルフィーユ、半分あげてもいいわよ。……今日、あなたがいてくれなかったら、私、今ごろ受付カウンターをハンマーで叩き割ってたわ」
「それは困るな。僕の職場がなくなる」
カイトが笑うと、アリナも少しだけ、今度は「演技」ではない、本当の笑みを零した。
最強の受付嬢と、その不遇な相棒。
二人の、定時を巡る長い戦いは、まだ始まったばかりだ。
待望?の新作ギルマス二次創作制作してみました〜
今回はアリナの暗躍仲間として活躍させてみようかと思います!
またよろしくです
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