ギルドの受付嬢は定時に帰りたい 〜最強のハンマー使いと隠蔽工作の相棒〜 作:can'tPayPay
昨夜の騒動が嘘のように、王都の朝は平穏だった。
ギルドのロビーには、今日も定刻通りに窓口に立つアリナの姿がある。その背筋は美しく伸び、指先一つにまで「プロの受付嬢」としての矜持が宿っていた。
「はい、薬草採取の納品ですね。いつも丁寧な梱包、ありがとうございます。……あ、カイト様。おはようございます(微笑)」
列に並んでいたカイトに、アリナが極上の笑みを向ける。
だが、書類を受け取る瞬間、アリナの目がわずかに細められた。
カイトの首筋――そこに、昨日の隠蔽工作の際に負ったと思われる、小さな切り傷を見つけたからだ。
「……本日も、無理のない範囲で頑張ってくださいね」
アリナの声は優しかったが、カイトには分かった。
(……あとで説教だな、これは)
カイトは「ああ、分かってるよ」と短く返し、逃げるようにロビーを後にした。
### 2.
昼休憩。ギルドの屋上へと続く、普段は使われない非常階段の踊り場。
そこが、二人の「作戦会議室」であり、数少ないプライベート空間だ。
カイトが座って弁当を広げていると、背後の扉が勢いよく開いた。
現れたアリナは、もはや微笑みの欠片もない、不機嫌を絵に描いたような顔でカイトの隣にどさりと腰を下ろした。
「……見せなさい」
「何が?」
「とぼけないで。首の傷よ。昨日、結界が漏れてたの?」
アリナがカイトの顎をクイと持ち上げ、首筋を覗き込む。
至近距離で見つめられ、カイトは少し決まり悪そうに目を逸らした。
「いや、漏れてたわけじゃない。オーガロードが消滅する時の余波を、念のために僕の魔法で強引に抑え込んだだけだ。痕跡を残さないためには、これくらい仕方ないだろ」
「バカじゃないの? 私の一撃に巻き込まれたら、死ぬわよ」
「……死なせない自信があるから、アリナもあそこでハンマーを振り抜いたんだろ?」
カイトが真っ直ぐに見返すと、アリナは一瞬言葉に詰まり、顔を赤くしてパッと手を離した。
「……な、なによ。生意気な。ただの相棒のくせに」
「はいはい、ごめん。でも、おかげで今日、ギルドに『謎の怪現象』の報告は上がってない。完全犯罪成立だ」
「当たり前よ。私のミルフィーユがかかってたんだから」
アリナは毒づきながらも、カイトが持っていたサンドイッチを一つ、勝手に奪って口に放り込んだ。カイトはそれを怒ることもなく、「それ、マスタードきつめだけど大丈夫?」と笑って見守る。
### 3.
二人の出会いは、三年前まで遡る。
当時のアリナは、今よりももっと直情的で、定時を妨げるもの全てを「敵」と見なし、力加減を誤ってギルドの備品や壁を破壊してはクビの危機に瀕していた。
その暴走を物理的に止めるのではなく、**「アリナが暴れた結果を世の中から消し去る」**という狂気的なサポートを買って出たのが、当時駆け出しの冒険者だったカイトだ。
「ねえ、カイト。なんであんた、いまだに私の手伝いなんてしてるわけ?」
不意に、アリナが核心を突く質問を投げた。
カイトの能力なら、もっと効率的に稼げるパーティに入れるはずだ。わざわざ「最強の受付嬢」の不機嫌に付き合い、泥臭い隠蔽工作に加担する必要はない。
カイトは空を見上げ、少しだけ考えた後、ポツリと言った。
「……アリナが笑ってる方が、街が平和だから」
「はぁ?」
「いや、マジで。君が残業でキレてハンマー振り回し始めたら、王都の一つや二つ、消し飛ぶだろ? それに……」
カイトは少しだけ、声のトーンを落とした。
「……受付で無理して笑ってる君より、ここで僕に文句言ってる時の君の方が、人間らしくていいと思うからさ」
「…………」
沈黙が流れる。
アリナはサンドイッチを噛み締めたまま、耳まで真っ赤に染まっていた。
「……あんた、それ。他の女の人にも言ってるなら、今すぐこの場でハンマーの錆にしてあげるけど」
「言うわけないだろ。そんなこと言える相手、世界に君しかいないよ」
「………………なら、いいわ」
### 4.
アリナは、カイトの肩に頭をコテン、と預けた。
ギルドの中では決して見せない、完全に無防備な姿。
カイトの肩は、彼女にとって「定時」と同じくらい、守らなければならない安らぎの場所になっていた。
「午後の受付、地獄なのよね……。新人の研修もあるし、変な貴族が来るっていう噂もあるし……」
「大丈夫。何かあったら、僕がまた裏で準備しておくから」
「……約束よ。もし私があの貴族を殴り飛ばしそうになったら、あんたが全力で羽交い締めにして、目隠ししなさいよね」
「それは隠蔽じゃなくて、ただの拉致だよ」
二人は小さく笑い合い、わずかな休息の時間を惜しむように寄り添った。
――午後。
ギルドのカウンターには、再び「完璧な受付嬢」アリナが立っていた。
不機嫌な貴族が無理難題を突きつけてきても、彼女の微笑みは揺るがない。
なぜなら、ロビーの隅で自分を見守る「相棒」と目が合うたびに、彼女の心には『最強の余裕』が宿るからだ。
(ふふ……せいぜい今のうちに吠えておきなさい。……私の相棒が、あんたの「明日」をどう処理するか、楽しみにしておくわ)
受付嬢の微笑みは、今日も王都を救い(?)、そして平和な定時を迎えようとしていた。