ギルドの受付嬢は定時に帰りたい 〜最強のハンマー使いと隠蔽工作の相棒〜   作:can'tPayPay

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第3話:共犯者のライセンスと、招かれざる「残業」

午後のギルドロビーは、アリナの予感通り「戦場」と化していた。

原因は、一人の成り上がり貴族が持ち込んだ『無茶振りの極致』とも言える依頼だった。

「――ですから! 我が家の庭園を彩る『月光蝶』を、今夜の晩餐会までに百匹捕らえてこいと言っているのだ! 報酬は弾んでやる、今すぐ冒険者を揃えろ!」

 豪華な衣装に身を包んだ男が、カウンターを激しく叩く。

 月光蝶は、特定の深い森にしか生息しない上に、捕獲難易度が極めて高い。今から冒険者を募って夕方までに百匹など、物理的に不可能。……普通の受付嬢であれば、泣き出すか、平謝りするしかない状況だ。

「……左様でございますか。ボールド卿、お急ぎのご事情、お察しいたします(ニコリ)」

 アリナの微笑みは、もはや神々しいまでに輝いていた。

 だが、その背後――彼女が握りしめている受付台の裏側では、木材が「みしみし……」と悲鳴を上げている。

(……この、金に物を言わせりゃ何でも通ると思ってるブタ野郎……! 蝶々がそんなに欲しいなら、自分で網持って森を三日三晩駆けずり回ってろ! 今夜はカイトと、新作のアップルパイを試食する約束なんだよ!!)

 ロビーの隅で、その様子を伺っていたカイトは、静かに天を仰いだ。

 アリナの眉間が、コンマ数ミリ動いた。それは、彼女の堪忍袋の緒が、今まさにシュレッダーにかけられた合図だ。

(……やばいな。あのおっさん、あと一言余計なことを言ったら、このギルドごと消し飛ばされる)

 カイトは周囲に悟られないよう、スッと列に割り込んだ。

### 2.

「――おい、受付! 聞いているのか! 返事はどうした!」

「かしこまりました。それでは、特例として――」

 アリナが、卓下の空中に指で「円」を描こうとした。

 それは『神器召喚』の予備動作。彼女がブチギレた時にのみ発動する、強制終了のサインだ。

 その瞬間。

「失礼します。ボールド卿、そのご依頼……僕が引き受けてもよろしいでしょうか?」

 カイトが、絶妙なタイミングで男とアリナの間に割って入った。

 アリナの指が、ぴたりと止まる。

「あん? 貴様のようなしがない冒険者一人が、百匹も捕まえられるわけが――」

「いえ、実は以前の探索で、月光蝶が集まる隠れスポットをいくつか見つけていまして。……アリナさん、この依頼、僕の指名依頼(オーダー)として受理していただけますか?」

 カイトがアリナに、真っ直ぐな視線を送る。

 *『ここは僕が引き受けるから、ハンマーをしまえ。定時は僕が守る』*

 その瞳が、雄弁にそう語っていた。

 アリナは一瞬、不満げに頬を膨らませかけたが、カイトの覚悟を見て、ふっと憑き物が落ちたように微笑んだ。

「……承知いたしました。カイト様。ボールド卿、このカイトは当ギルドでも『迅速な仕事』に定評のある者です。彼にお任せいただければ、晩餐会には間に合うかと」

「……ふん、まあよい。間に合わなかったら、ギルドに公式な抗議を入れさせてもらうからな!」

 男が鼻を鳴らして去っていく。

 ロビーに静寂が戻ると、アリナはカイトを鋭い目で見つめた。

「……あんた、どうするつもり? あんなの、今からじゃ絶対に間に合わないわよ」

「だから、君の手を貸してほしいんだ。……『相棒』としてね」

### 3.

 一時間後。王都郊外、深い霧に包まれた『迷いの森』。

 そこには、制服の上に外套を羽織ったアリナと、カイトの姿があった。

「カイト、結界は?」

「展開済みだ。半径一キロ以内、誰も入ってこれないし、ここでの魔力反応は一切外に漏れないよ」

「……よし。神器召喚!」

 アリナが呼び出したのは、いつもの破壊用ハンマーではない。

 銀色に輝く、巨大な「柄付きの網」だった。

「月光蝶を傷つけずに百匹捕まえる。……アリナ、広範囲の衝撃波(ショックウェーブ)で、蝶の羽だけを一時的に麻痺させられるか?」

「誰に言ってるのよ。私の力加減を、あんたが一番知ってるでしょ?」

 アリナが、巨大な網を軽々と振り回す。

 ドン、と空気を叩くような音が響くと、森の奥から無数の銀色の蝶が、意識を失ったようにふわりと舞い落ちてきた。

 それを、カイトが魔法の袋を広げて、手際よく回収していく。

「三十……六十……九十。……よし、百二匹。目標達成だ。残り時間は?」

「……十七時二分前よ!」

「よっしゃ、帰るぞ! 全力で走れば、ギルドの裏門に十七時ちょうどに滑り込める!」

 二人は、森の中を弾丸のような速度で駆け抜けた。

 カイトが風魔法で二人の足取りを軽くし、アリナが障害物をハンマー(網)の風圧でなぎ倒していく。

### 4.

 十七時三十分。

 ギルドの応接室にて、届けられた月光蝶を確認したボールド卿は、顔を赤くして震えていた。

「……ほ、本当にかき集めてくるとは。この無能そうな冒険者め、運だけは良いようだな!」

 捨て台詞を吐いて、貴族が去っていく。

 その背中を見送ったあと、ギルドの裏口で。

「……ふぅ。お疲れ様、カイト。……ほんと、あんたがいなきゃ、あの貴族の頭を今頃『月光蝶』にしてたわ」

 アリナが、カイトの隣で力なく座り込む。

 カイトは、自分の袋からこっそり取り出した、小瓶に入った月光蝶の一匹をアリナに見せた。

「一匹だけ、余っちゃってさ。……これ、今日のお礼。綺麗だろ?」

 瓶の中で、銀色の羽が淡く光る。

 それを見つめるアリナの瞳が、ふわりと柔らかくなった。

「……なによ、それ。そんなので釣られると思ってるわけ?」

 そう言いながらも、アリナは瓶を大切そうに胸に抱えた。

 そして、カイトの耳元で、甘く囁く。

「アップルパイの試食会……遅れた分、あんたの分も私が半分食べてあげるから。覚悟しなさいよね、相棒」

「……それ、僕へのご褒美じゃなくて、アリナが食べたいだけだよね?」

 二人の笑い声が、暮れなずむ王都の路地に溶けていく。

 

 アリナ・クローバーが、明日も「完璧な笑顔」でカウンターに立てるのは。

 その隣で、誰よりも早く彼女の「嵐」に気づき、共に駆け抜けてくれる相棒がいるからこそだった。

 

 

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