ギルドの受付嬢は定時に帰りたい 〜最強のハンマー使いと隠蔽工作の相棒〜   作:can'tPayPay

6 / 7
試行中のものを出してしまったので作り直しました
すみません



第6話:共犯者の安息と、究極の選択

それは、アリナにとっての「福音」だった。

「――特別休暇、ですか?」

 支部長から渡された書面を見た瞬間、アリナの脳内では勝利のファンファーレが鳴り響いた。

 普段の「完璧な受付嬢」の仮面が、一瞬だけズレそうになるのを必死に堪える。

(やった……! やったわ! 三日間! 三日間もあのクソ忌々しいカウンターに立たなくていいのね! 朝寝坊し放題、パジャマのままゴロゴロし放題、誰の顔も見なくて済む……これこそが人生の真理、有給休暇……っ!)

「……承知いたしました。……突然のことで驚きましたが、ゆっくり休ませていただきます(震える手で歓喜を隠しながら)」

 アリナは、スキップしそうになる足を気合で抑え込み、優雅な足取りでギルドを後にした。

### 2.

 休暇一日目の昼過ぎ。

 王都の端にある、カイトの自宅兼隠れ家。

「――うぅ……動きたくない……一歩も歩きたくない……」

 そこには、昨日の凛とした受付嬢の姿は微塵もない、ソファで液体のように溶けているアリナがいた。

 大きなシャツ一枚にショートパンツというラフな格好で、カイトの膝を枕にしながら、死んだように目を閉じている。

「アリナ、もう昼過ぎだよ。せっかくの休みなんだから、何か美味しいものでも食べに行かない?」

「やだ……。カイト、外は危険がいっぱいよ。冒険者はいるし、魔物は湧くし、何より『仕事の知り合い』に会う可能性があるわ。……私はこのまま、あんたの膝の上で永遠に眠りにつくの……」

 カイトは苦笑しながら、アリナの柔らかい髪を指で梳いた。

 アリナにとって、最大の贅沢は「何もしないこと」だ。カイトという、世界で唯一気を許せる安全地帯(セーフエリア)で、ただ泥のように眠る。それが彼女の至福。

「でも、昨日の夜に言ってた『期間限定の巨大モンブラン』、今日までだよ?」

「…………っ!」

 ピク、とアリナの眉が動く。

 片目だけを薄らと開け、カイトを恨みがましく見上げた。

「……卑怯よ、カイト。私の弱点を知り尽くして……」

「だって、せっかくの休みだろ。アリナを一日中寝かせておくのもいいけど、たまには日を浴びさせないとカビが生えちゃうからね」

「……わかったわよ。行くわよ。……ただし」

 アリナはカイトの首に腕を回し、ぐいっと自分の方へ引き寄せた。

「……お店までは、あんたがエスコートしなさい。あと、帰ってきたらまたここで寝かせてくれること。いいわね?」

「はいはい。お望みのままに、お姫様」

### 3.

 着替えて街へ出た二人は、目当てのカフェで巨大なモンブランを堪能した。

 アリナの機嫌は、糖分の摂取量に比例して目に見えて良くなっていく。

「……ふぅ。生きててよかった……。仕事なんて、やっぱり滅びるべき文化だわ……」

「それを言っちゃおしまいだよ。……お、アリナ、あそこ。新しい雑貨屋ができてる。寄ってみる?」

 カイトが指差した先。だが、そこには雑貨屋よりも先に、アリナにとって「最悪の障害」が立ちはだかっていた。

「――助けてくれ! 下水道から、巨大なヘドロスライムが這い出してきたぞ!」

 街の通りがパニックに包まれる。

 不快な臭いと共に、建物の隙間から溢れ出すドロドロの魔物。

「……はぁぁぁぁあああ!? なによ、今いい気分だったのに! 私の休日を、こんな汚物で汚すつもり!?」

 アリナの背後から、真っ黒なオーラが立ち昇る。

 

「カイト! 結界! 一秒で! 私の休暇に触れる不届き者は、一分子残さず消去するわ!!」

「わ、わかったから! アリナ、落ち着いて! ハンマーは一回だけだよ!」

 カイトが瞬時に周囲の認識を阻害し、音と光を遮断する多層結界を展開する。

 結界が閉じたコンマ一秒後――。

 ドォォォォォン!!

 アリナの放った『神器』の風圧だけで、ヘドロスライムは乾燥・粉砕・消失した。

 

「……ふん。ゴミ掃除完了。……カイト、服に匂いついてない? 大丈夫?」

 アリナはすぐさまカイトに抱きつき、クンクンと匂いを嗅ぎ始める。

 

「大丈夫だよ。……でも、アリナ、もう帰りたくなっただろ?」

「当たり前じゃない。……もう、今日はこれ以上動かない。あんた、私を抱っこして家まで帰りなさい。……これは命令よ」

### 4.

 夕暮れ。

 再びカイトの家に戻ったアリナは、宣言通り、ソファでカイトに抱きついたまま動かなくなった。

「……ねえ、カイト」

「ん?」

「私、仕事は嫌い。……寝てるのは大好き。……でも、あんたと一緒にいる時間は……その、二番目くらいに好きよ」

「……二番目なんだ?」

「一番目は『寝ること』だもの。譲れないわ。……でも、あんたの隣なら、もっと深く、気持ちよく寝られるの」

 アリナはカイトの腕の中で、幸せそうに小さな寝息を立て始めた。

 

 最強の力を隠し、完璧な笑顔で仕事をこなし、定時で逃げるように帰り、そして大好きな相棒の傍で泥のように眠る。

 

 アリナ・クローバーにとって、これ以上の「有給休暇」は存在しない。

 カイトは、自分の腕の中で無防備に眠る「世界で一番面倒で、愛おしい相棒」を、夜が深まるまで静かに抱きしめ続けていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。