今日もまた私は後悔を積み上げた。
私はあと何度後悔を積み上げればいいのだろうか。
後悔の欠片は私を導いてはくれない。
昨日は深酒をした。安い酒で不味い酒であったが呑まずには居られなかった。……酒に酔うというのは感覚を麻痺させてくれる。願わくばアルコールの毒素がとっとと脳味噌を蝕んでくれるか、私の臓をぐちゃぐちゃに破壊してくれればいいのにと思う。酒も煙草もいい。身体を痛めつけたい時に便利だ。
結果二日酔いなのだが今はそのけったるさが余計な考えを塗りつぶしてくれてありがたい。
真昼間の公園のベンチで大の字でぐでっている。空を見上げれば私の心とは裏腹に澄んだ青空が拡がっている
悼むというのは柄でもないし、悼んだ所でソイツに届く事は無い。故に悼むという行為は生者の自己満足でしかないと私は思っている。つまり今こうやって宿願を果たして死んでいった奴の事を考えるのは私の自己満足に他ならない。
「お姉さんお酒くさーい」
「お酒の飲み過ぎは身体に良くないですよ」
公園のベンチでぐでんぐでんでいる事小一時間。子供達がやってくる。うるせーガキ共。見せもんじゃねーぞとでも言いたい所ではあるのだが生憎そんな気力もない。
「っるさいわね。大人には逃げたい時もあれば身体を傷めつけたい時もあるのよ」
「でもよ、そんなになってたらうな重も食えないぞ」
やいのやいの。ギンギンと痛む頭に子供の高い声は響く。それでも怒鳴り散らさないのはそんな事しても惨め極まりないからだ。
それにしても子供たちは昼間からアルコールでぐでっている不審アラサー女にご執心だ。おそらく彼らはとても善良で真っすぐ育っているのだろうことは想像に難くない。彼らには無限の可能性が拡がっているのだろう。幼少期からませた日常を送り、社会的とは程遠い生活を送る私とは大きな違いである。
眩しい。最近、判っていた運命を覆さなかった二人を知っている、絶賛無力感でヘラっている私からすればあまりにも眩しすぎて目が焼けてしまいそうである。
「⋯⋯リンネさん!!聞きたいことがあるんだ」
子供たちに絡まれていればそこをかき分けるように後ろからコナン君が飛び込んでくる。なんだ少年と思うが彼の剣幕は私をひっつかまんとする勢いだ。体格差上それはできないが彼の本来の身体なら私は押さえつけられているだろう。
「やあ、コナン君。二日酔いの私につかみかかってもゲロしか出ないわよ」
「リンネさんは成実先生の事も、田中雅美さんの事も知っていたの?」
小さい身体で掴みかかるコナン君が出してきた話題は今の私には会心の一撃であり
「悪いねコナン君。今は話したくないんだ」
私は体格差を生かしてコナン君を振り払う。その一言は今の私にとって大人げなさを全面に出してまで避けたい話題であった。コナン君の非難がこもった視線に今の精神状況では私は冷静ではいられなかった。
出会いは大学時代だった。私は心理学科で2回留年しており、バイトの事や何やらで評判はそれなりに悪い女だった。
彼はうちの大学に後輩として入ってきた。学部は医学部ではっきり言えばエリートだ。学部も学科も学年もてんで違う。私は私で悪評が付きまとっていたし私もせいぜいクズがやっていることに付き合うのも馬鹿らしくそれを気にも留めていなかった。⋯⋯というか私がクズな部類なのは自認していたし。
だから私と彼の接点など本来ない筈だった。それは心理学の教授のゼミにいた私が課題の提出に行ったのと、教授が医学部で医療心理学の講義をしておりたまたま彼がそのタイミングで教授のもとを訪れていたに過ぎなかった。
その上でたまたま教授は席を外しており私と彼の二人という時間が偶然に偶然を重ねて訪れただけだった。そして暇を持て余していた私はカードをいじっており同じく持て余した彼は私に質問してきた。
「先輩は何をされているんですか」
「タロット。占いの一種よ。バイトでもあり研究テーマ」
「へえ面白いですね。ということは先輩は占いができるんですね」
中性的な後輩君は私の不良じみた外見にも物怖じせずにこの妙な時間を私と過ごす腹づもりらしい。医学部のガリ勉君かと思えば割と度胸がある。
「タダとは行かないわね。一応これでバイト代もらってるんだもの。腕の安売りは顧客への誠実さに欠ける行いだわ」
「でも先輩、研究テーマならサンプル数は欲しいんじゃありませんか?」
「後輩君、私はこれでバイトをしているの。そこの顧客でサンプルは作れるわ」
私がタダとはいかないと渋れば研究の事で交渉してくる。へぇ面白いじゃん。そう思いながらカードを混ぜる音だけが響く。
「では今日のお昼を奢りましょう先輩」
「言ったわね後輩。じゃあ学外行くわよ」
馬鹿め、学食と限定しなかった君が悪い。私の勝ち誇った声に後輩君は大人気なく無いんですかと非難してくる。
「名前を聞こうか後輩君」
「浅井成実です、明日谷先輩」
この瞬間、偶然に偶然が重なり気まぐれで紡いでしまった縁が私の在り方に大きく影響を与えるとは夢にも思わなかった。
ビジョンに潜った先は燃え盛る世界だった。おそらく火事の現場。浅井成実はそんな中で呑気にピアノを弾いている。
状況の検討は全くつかない。これが未来の浅井成実のもっとも鮮烈な出来事なのか?
どう見積もっても彼の死に際だ。しかしその状況に至る場面が理解出来ない。このビジョンにたどり着くまでの情報も断片的で背景情報も殆ど掴めない。
彼の顔は後悔でもなければ絶望でもない。ただ幕を引くためのカーテンコール。または鎮魂……どちらかというと葬送曲だろうか?
焔の中、浅井成実は消えていく。ピアノの音色だけを遺して。
……分からない。いつもならイカサマをして運命を告げるのだが彼の死の運命は死神を提示するものでは無い気がする。なれば占い師らしく運命にまかせてみるとしよう。
彼が拡げられたカードから抜き取ったのは月のカードだった。
「浅井君、君はピアノを弾くのかしら」
「ああ、父がピアニストでね。4.5年前に亡くなったが」
なるほど。月のカードが意味するのは裏切りや不和、それと霊的事象なんかも意味するのだが、おそらくこの意味なのではないだろうか?
「故人の関わり、因縁とかと捉えるべきかしらね」
私の答えを聞けば彼は私の肩を掴む。それはまるでこの5年追い求めた手掛かりを逃さんとでもするように。中性的で線の細い彼からしたら意外な力強さで上腕を掴まれていた。
「痛いわよ」
「ご、ごめん。もしかしてそれは親父の事か?」
「これだけだと深くは分からないわ。ただ君はピアノと焔に縁があるとしか言えないわ」
断言はできないが経験則から彼の予測は当たっている。彼の取り乱しようは悲劇的ともとれる結末のビジョンとの関連性を紐づけるには十分すぎた。そしてきっと私のこの占いは彼の背中をさらに押してしまったのだろうとなんとなく感じた。
「そうですか。先輩、俺」
「⋯⋯あまり真に受けるのは勧めないわよ。ただの不良女の戯言なのだから」
私は最後の足搔きとして彼にはそう言ってみたが彼の腹は決まってしまっているだろう。
次に会ったのは劣等生の私も優等生の彼も卒業した後。彼が明らかに私を訪ねてきた時だった。
「お久しぶりです、先輩」
「……女装趣味にでも目覚めた、なんて報告じゃないわよね」
笑顔で挨拶してくる彼女、彼に強がって苦笑いで返す。彼には確実に死の因果が纏わりついている。あの時は彼の未来が業火の中に消え逝くものであったとしても感じなかったが、今は微かにだが彼から死の未来の匂いが漂っている。
あの時に視た焔のビジョンに確実に近づいている、この場合歩みを進めているのだろう。彼自身が最期に向けて明確に進んでいっている。
「先に言っておくけどここは迷える者が来るところよ。君は迷ってないんじゃないかしら」
「先輩はお見通しか。ほんとに未来が視えているんじゃないですか?」
「さあ、どうかしらね」
私の先手に彼は少し虚を突かれた様子だったが敵わないなと苦笑すれば席に着きぽつぽつと語りだす。ちゃんと料金を置いた以上私は無下にはしない。突っ返してもいいのだけれど忙しい中わざわざ私に会いに来ただろうことを鑑みて聞きに徹する。
彼の父の事、父が巻き込まれていた悪事の事、彼の家族の事。そして彼が復讐を企てていることも。はぁーーと頭を抱えながら大きくため息をつく。それを知った私は彼になんて答えればいい?そもそもこれを知ることは何か問題がないか?落第生の頭で必死に考える。厄介事だ。
「それで、浅井君は私になんて答えてほしいの?私はカウンセラーじゃないわよ」
「心理学科じゃないですか。心理士とったんじゃないですか?」
「卒業はしたけど資格試験は受けてないわ」
私の答えに彼は何か言いたげではある。資格取得には臨床行く必要あるじゃない。社不な私にはハードルが高すぎるわ。
「⋯⋯先輩は俺の話を聞いてどう思いましたか」
⋯⋯まあこれで誤魔化されてくれるなら私に会いになんて来ないわよね。溜息を吐きながら彼が相談料を乗せた皿をスッと彼の方に差し戻す。その行動に彼は気を落として謝ろうとしてくる。
「勘違いはしないで欲しいんだけど、これは私がこれをもらうに値しないと思っただけよ。だからこれから言うのは独りごと。オーケー?」
「大前提復讐なんて馬鹿な真似よ。でもそれは第三者視点の話。なぜならそのわだかまりは一生君の後ろ髪を引き続けるから。君がどんなに医者としての成功を掴んでも君は家族を喪った事実とその元凶に手を上げなかったことが君の心に影を落し続ける」
「だから君の心が留めない限り進むといいわ」
我ながらあまりに無責任な物言いだろうと思う。詐欺に飽き足らず殺人教唆、とんだ悪徳占い師だ。その証明というように私は突っ返した皿を持ちひっくり返して料金を机に落とす。
「止めないんですね」
「止めてほしかった?じゃあ復讐なんて意味ないわ。ご家族も望んでない」
「先輩はそういう人だと思ってました。真剣に聞いてくれてありがとうございます」
「敬ってくれてもいいわよ」
「君の心が君を許せる日が来ることを願っているわ」
彼はハッとして私を見れば一礼して去っていく。それが私が見た浅井成美の最後の姿だった。
ほんとお笑い草だよ。彼の心に一番響いたであろう言葉が一番空々しいものなのだからさ。
私が私を許したことなんてあっただろうか。
2026.5.23 日刊ランキング上位に載ってました。皆様ご愛読、ご評価、ご感想、ブクマ等などありがとうございました