怪しげな人だと思った。
初めて会った時は蘭と園子に変なものを売りつけて金を巻き上げようとしていた占い師を騙る詐欺師だと思った。彼女が松田刑事や萩原刑事に引きずられながら俺に囁いた言葉も負け惜しみだと思った。
2度目の出会いは蘭におっちゃんとの関係を疑われてる時だった。おっちゃんいわく競馬仲間らしいが蘭はその事を疑っていた。後で聞いた話だと馬券はからっきしらしい。占い師なのにいいのかそれで。
それだけならただの詐欺師だと思ったが聞き捨てならない言葉が蘭を占っている時に出てきた。
『⋯⋯誰があんな推理オタク』
『思い当たる節があるのかしら?大丈夫よ。いずれ戻ってくるって言ったじゃない。そうね』
『意外と近くにいるのかもしれないわね』
彼女の言葉に背筋に冷たいものが走るとともに、彼女と目が合っていた。碧の瞳が俺を射抜いていた。
おそらく彼女は俺が工藤新一だと見抜いている。初めて会った時に俺が小さくなると予言したのだし。しかしあの予言はなんだったのだろうか?流石に未来が見えているなんて非現実的な事は考えづらい。
とするならばアレは警告で彼女は黒づくめの奴らの仲間。だから俺の幼児化も予測出来たし、今の俺の正体にも気付けた。そう考えると辻褄が合う。
俺の中で緊張が高まるがそれに反して彼女は俺に対して接触してくる事は無かった。蘭やおっちゃんに被害が及ばなくて安心だがそれは彼女が決定的な確信を得てないからなのではないか?そんな風に考え始めた俺の周りに彼女の影が再び現れたのは10億円強盗の時だった。
しかしそれは彼女を事件の間に直接確認したわけではない。彼女だと断定は出来ないがそれはきっと彼女なのだろうと感じた。
強盗の主犯、広田雅美さんもとい明美さん。残念ながら彼女を黒づくめの奴らの凶弾から救うことは叶わなかったが撃たれてから彼女がその息を引き取るまでの間、その短い時間に居場所を突き止めた俺と蘭は間に合った。
彼女は近づいてくる俺たちに驚いた表情をするとともにどこか安堵したように見えた。俺たちが彼女に駆け寄った時彼女はぽろっと言っていたことを聞き逃さなかった。
『⋯⋯本当に当たるんだ、優しい占い師さん』
俺は彼女が死を悟りせき込み血を吐きながら話す内容を聞いていた。俺にどうやってここを突き止めたのかは聞く際もどこか確認するような様子を感じる。そして10億円の入ったケースのありかを俺に伝えてくる。そして血濡れの手で俺に赤が滲み握りしめられてぐちゃぐちゃになった手紙を押し付けるように渡してきた。
志保へ。そう書かれた紙の送り主は明美と書いてあった。俺は彼女の本当の名前をこの手紙のような遺書のようなメモで知った。
気になるのは彼女が妙に用意が良かったこと。アレはほぼ間違いなくあのタイミングで死ぬ事が分かっているから書かれたものだ。
そしてこのメモは託す相手が居て初めて成立しうるものだ。だからあの時俺が現れた事に驚きながらも安堵する心があったのだろうと想像がつく。
彼女は分の悪い賭けに勝ったと捉えるならばそれまでなのだがその周到な準備と占い師というワードが脳裏にあの女占い師の影をチラつかせる。
女占い師が黒づくめの仲間だと仮定すれば明美さんが殺される事を知っていた事に合点がいくが本当にそうならば明美さんに逃亡させる隙を与えてるに同義であり不可解である。
彼女の立ち位置を測りかねる俺の前にさらに彼女が関わっているのではないかと疑われる事件が舞い込んで来た。
それが月影島での事件だ。おっちゃんに送られてきた依頼状と高額な依頼料の送り主、麻生圭二はすでに死亡しており寂れた孤島での連続殺人事件に巻き込まれていった。犯人は村の診療所の医師である浅井成実先生出会った。女医になりきっていた彼は麻生圭二の息子である麻生成実で、ピアニストの父と彼の一家が心中したことに疑念を抱いていた。
そんな彼は父が麻薬の密売に関わっており、そのことから足を洗おうとしたところ今回の被害者の島の有力者たちに殺されていた事を知り復讐を決意したという。
『先輩にはこの結末が分かってたのかな』
『成実さん、先輩って』
『ああ、大学の先輩で占い師をやってる先輩がいてね。俺が父の死への疑念を強めたのは彼女の占いからなんだ。もっとも先輩にはこの結末もわかっていたみたいだけど』
因縁のピアノを前に座る成実先生と俺。火は大分回ってきており無駄話なんかしている場合ではないのになぜか彼が言った先輩の話が気になった。あまりにも短慮だが何故か彼の言う先輩があの占い師の事ではないかと直感で感じていた。
『成実先生、まさかその先輩ってリンネって名乗ってなかった』
『⋯⋯へえ、君も先輩と知り合いなんだ。もしかして先輩はここまで見えてたのか。ほんと恐ろしい人だ』
『なおさら君を巻き添えにはできないな』
成実先生は俺の直感を肯定すれば俺の事をその細腕からは考えられない程強い力で燃え盛る公民館の外にぶん投げた。業火による熱とバチバチとした音。その音と不釣り合いなピアノの繊細な旋律が俺の網膜に焼き付いていた。
目の前で犯人が亡くなる。事件を心の奥ではある種エンターテイメントのように捉えていた俺に奇しくもこの2件の事件は強い影響を与えた。そんな2件の裏であの女占い師は関わっていた可能性があるのだ。そして二人の口ぶり、妙に自分の死に対して割り切ったような用意の良さ、あの人は二人が死ぬことが分かっていたんじゃないだろうか?
未来が視えている、なんて荒唐無稽で突飛な予想より考えられるのは、二人がこうなるように仕組んだのではないだろうか。その方がはるかに現実的だ。であるならば非常に狡猾で冷酷だ。あの黒いローブ姿は予言者ではなく死神のような、そんな印象すら抱ける。
本土に返ってきた数日後。彼女は公園でひっくり返っていた。明らかに泥酔した後。二日酔いに苦しみ陽光の下で責め苦に喘ぐような様子であった。そんな彼女に子供たちは群がっている。彼女も子供たちにだるそうにしながらも適当にあしらっていた。
考えるより先に俺は彼女に掴みかかっていた。揺らいでいた俺は彼女を問い詰めないといられなかった。
「やあ、コナン君。二日酔いの私につかみかかってもゲロしか出ないわよ」
「リンネさんは成実先生の事も、田中雅美さんの事も知っていたの?」
「悪いねコナン君。今は話したくないんだ」
彼女は俺に掴みかかられてもアルコールの毒素で不機嫌ながらも余裕があるように冗談を返していた。しかし俺が二人の名前を出した途端その表情は急降下させる。不機嫌をあらわにした彼女は話したくないという様子を隠しもせず俺を振り払う。
待ってと手を伸ばそうとするが彼女はふらつく足取りで公園を出ていく。それを追いかけて待ってくれと再び縋りつくが彼女は俺を振り払う。その様子に大人らしき振る舞いも何もなかった。
その様子に隠し事を暴いてやるという好奇心も生まれたが、それ以上に2人の死というものがのしかかっており、沈みそうな身体を支えるために彼女に手を伸ばしているような気がした。
その時は彼女も俺と同じように溺れかけて藻掻いているという事は露の程にも気づきはしなかった。
「らしくねえ顔」
「っさいわね。笑いものにしに来たのかしら松田君」
二日酔いに迎え酒を数日間続けた私がさらに酒に溺れていれば現れたのは松田君だった。萩原君用に営業している営業をすっぽかしたから来たのだろう。萩原君も当然探しているだろうが松田君も駆り出されたといったところだ。
「いいご身分だな仕事すっぽかしても何も言われないなんて」
「ええ、親方日の丸勤めにはこの解放感は味わえないでしょうね」
互いに印象は良くない上で駆り出された松田君からしてみれば飲んだくれているわけである。そりゃ売り言葉に買い言葉にもなる。がアルコールでマヒしていてもなんとなくわかる。私に対する好き嫌いはおいておくとしてこんな姿を自分に見せるか、コイツがといった困惑からくる心配の色が若干見えている。だから何かを言われる前に先手を打つ。
「情けはやめてよね。松田君。君と私はそんな関係ではないわ」
心配するというのは上の人間の行いだ。それを松田君にされるというのは許さない。そういう意思表示だ。一時とはいえ下にカテゴライズされるのは我慢ならない。だから彼の善意を拒否する。
「⋯⋯そうかよ。そうなら隙は見せるな」
「⋯⋯ええ。ただ少しだけ嫌なことがあっただけなの。いずれ忘れるわ。」
嘘だ。悲しみは忘れられない。のど元過ぎれば忘れた気になれるが過去は負債となって身体にしがみついてくる。私が見殺しにした人たちの瞳が私を突き刺しているような錯覚に襲われる。普段は見ないようにしているそれは弱った心を恨みがましく見下ろしてくる。
だから虚勢を張り続ける。私を軽んじるな、舐めるな、施すな。
「すぐ忘れるわ」
「そうかい。話す気になったらハギにでも話してくれや」
「ええ。気が向いたらね」
だからさようなら浅井君、宮野さん。
私は二人から託された2枚の手紙をしまい込み、思いに蓋をする。私が二本足で立ち続けるために、足元がぐずぐずに崩れて沼地に沈んでしまわぬように。
喉を焼く強いアルコールの刺激で胸の痛みを誤魔化して。
リンネという女が悪印象から入られるのが当然のキャラデザなんで別に本作はヘイトという印象はないです