最近都内での喫煙所というものは少なくなった。日々我々喫煙者への風当たりというのは強くなっていく。まあ普段はそこまでそんなことは気にしないのだが、先日スパスパ吸った挙句ポイ捨てしていたら流石に萩原君に咎められた。
当然も当然なのだが都度都度咎められるのは嫌だし、こういう地味ながらも所作やモラルというものはその人物の印象に作用する。まあ私の印象なんか普段から一般的には好まれるモノではないのは事実なので焼け石に水、つまり意味はない。
一本吸おうかと思えば私の携帯灰皿は中身がぎっしり。詰め込もうとすれば入るだろうが吸った後入らないとそれはそれで若干嫌な気分になる。であるならば適当に喫茶店にでも入るかと思い手近な喫茶店の扉を開ける。
一瞬妙な予感こそ感じるがそれは危険を感じるほどのものではない。ならば大丈夫だろうとウェイトレスに喫煙席に案内してもらうように頼む。
「リンネさん⁉」
「コナン君?どうしたのかしら、そんな私に会いたくなかったみたいな顔をして」
名前を呼ばれた方を見ればそこには先日余計なことを探られ大人げなく吹き飛ばした少年がいた。しかし彼は私に突かかってくるというより私とのこの偶発的な遭遇が想定外で好ましくなかったといった様相を見せている。
なら私も余計なことは話したくはないのでありがたい。試しに図星をついてみれば苦笑いをする始末。なら私は私でゆっくりさせてもらいましょう。
奥の席に座り煙草に火をつける。肺いっぱいに煙を吸い込んだところで私の横のトイレへの扉が開かれる。
あー、これ血の匂いだわ。
そう思うとそれをかき消すようにもう一度深く煙を吸う。まだ火をつけたばっかだから消したくないんだけどなあ。
などと考えていればトイレに入った遊んでいそうな男が悲鳴を上げる。それにコナン君とカウンターにいた体格のいい男がトイレに向かってくる。通路を挟んで向かいに座る野暮ったい男も悲鳴の方を向く。ウェイトレスとマスターは手をこまねいている。そしてキツい印象を抱かせるバリキャリ系の女性は一歩引いた様子で俯瞰して状況を伺っている。
互いに状況を俯瞰していれば目が合うのも道理だ。ふ―と煙を吐き出して愛嬌を籠めてウィンクでもしてみれば厳しい視線を返される。そりは合わなそうだしそれでいいわ。
警察が程なくやってくれば事情聴取をされる。そして捜査が進めばトイレを使った客たちが呼び出されていく。じゃあ私は関係ないわねと店からは出られないが聴取から解放されたと思い煙草を取り出せば
「ねえ、貴女はどう思うかしら」
「私が店に来たのは最期よ。それこそ煙草に火をつけたぐらい。何もわからないわよ」
「でも貴女、死体が発見されたときいやに冷静だったじゃない。周りもよく見ていたし」
あえなく巻き込まれる。まあ怪しいのはそうか。仕方ないと肩を竦めるジェスチャーをすれば私も立ち上がりトイレでの聴取に参加することになる。
死体はトイレの個室の中。何かで首を絞めて昏倒させた後ナイフで一突き。死体はトイレの扉にもたれかかるように倒れていたため別のところから出る必要がある。
容疑者は順に大学院生の皇さんに弁護士の妃さん、ラグビーコーチの殿山さんに代理店勤務の若王子さん、そして
「リンネの名前で占い師をしているわ。明日谷 リンネよ。そこの隙間は通れるでしょうけどそもそも私はトイレに入っていないわ」
成り行きを見守っていればトイレの上の隙間を通れる人が犯人という風に進んでいる。皇さんと妃弁護士と私。まあ私はトイレに入ってないので犯行は不可能。妃弁護士も可能であるが皇さんの持ち物に紐があったという薄弱な理由で皇さんが犯人の第一候補になっていた。
「リンネさん、何か気になるかしら」
「⋯⋯どう刺したのかしらねと思ったのよ。まず首を絞めたなら犯人は被害者の背部から絞めた方が自然よね。刺したのは胸。狭い個室で自分が動くか彼女を回したのかしら」
「そして彼女を狭い中どの姿勢で刺したのかしら。壁に押し付けるか便器に座らせるかしないと難しい気がするわ。だとすると壁や扉が奇麗すぎるように思うのだけれど」
火のついていない煙草で手遊びをしながら少し考え込んでいればその姿を目敏く妃弁護士に気づかれ話を振られる。仕方ないのでひっかっかった部分を指摘する。比較的余裕がある作りではあるがそもそも個室トイレは人が二人はいる設計ではない。
そう言うとコナン君も妃弁護士もピンと来たような反応をする。警部さんはあんまりピンと来てないみたいだけど。
「犯行現場は個室の中じゃないという事ね」
「あの中でごちゃごちゃすると証拠も残りやすいわ。でもこれじゃあ悪戯に容疑者を拡げただけかしら」
あえて捜査を振り出しに戻したようにそう言う。まあ心理トリック的に考えるなら自分が不利になる設定をするとは考えられないから皇さんは考えづらいが私には決定的証拠は出せない。妃弁護士も私と同じ読みで殿山さんを疑っているが決定的な証拠はない。警部さんは私の言に難しい顔をしている。
「おじさん突き指しちゃったんだよね」
「おう、おかげで結婚指輪が」
結局はやや締まりのない自供により犯人はお縄になったが。
「貴女、よく見てるわね」
「⋯⋯まあ観察力のいる仕事しているからかしらね」
さて片付いたわと思い一服していれば妃弁護士に話しかけられる。なんかやけに気にされているような気がする。
「あ、いたいたお母さん。リンネさんも」
「あら蘭、貴女この方とお知り合い?」
聞き覚えがある声。そして妃弁護士を見つけた声音から私を見つけた瞬間なんとなく低くなった。そして妃”弁護士”とその声の主の関係性⋯⋯、
「お父さんのお友達の方です」
「⋯⋯そう、やっぱり」
不味い修羅場だ。
蘭ちゃんの方を見れば笑顔に圧を感じ、妃弁護士の方を向けば先ほどよりも鋭い目を向けている。毛利さんの時より状況が悪い。
蘭ちゃんを騙そうとした話を蒸し返されれば終わる。刑事訴訟なら弁護士は関係ないが民事訴訟となれば話は別だ。あの件で慰謝料を請求されれば元も子もない。なんならこの人なら被害者団とか作って集団訴訟までやってきそうだ。
毛利さんと違って関係値がないので白状して頭を下げたところで情状酌量の余地がない。冷静さを装いながらどうこの場面を切り抜けるか思索を巡らせていれば助け舟は意外なところから出た。
「リンネさん、この前はありがとうございました。新一、少し前に服部君、大阪の高校生探偵が来た時に帰ってきて。占い当たってました」
『そんなにかからずに貴女の待ち人は帰ってくるわ。そう遠くない未来で一度、西からくる来訪者とともに』
「⋯⋯いえ、よかったわ。貴女の力になれたようで」
動揺を隠しながら答える。蘭ちゃんは私の事を好意的に解釈する理由がないがそれでも占いが当たったことに礼を言ってくれた。少しいい子過ぎないか?
一方で妃弁護士の方からの視線は冷え冷えだ。そりゃ大事な娘の周りにこんな不審な女が居たらさもありなん。少なくとも詰めるという空気で無くなったのは大きい。今のうちにお暇させてもらう。
「占ってほしかったらいらしてください、妃弁護士」
「ええ、機会が在ったらお願いするわリンネさん」
蘭が一人でデートと言って出かけた喫茶店で蘭は待ち合わせがあるようだった。蘭が俺を帰すためにお土産を買っている間にやってきたのは4人とリンネさんだった。軽薄そうな男が蘭の待ち合わせ相手だと思っていた俺はリンネさんの登場に驚いてしまった。
リンネさんが蘭の待ち合わせじゃなくてほっとしている。それは彼女が俺の正体に感づいている可能性が高い事もそうだが単純に不審すぎる。黒づくめの奴らに関係なかったとしてもあまり近くにいてほしくはないタイプの人だ。
事件が発生しても驚いた様子や恐怖した様子はなく終始煙草で手遊びしていたりどこか落ち着いたというか退屈そうな様子だった。
その割に蘭の母親の妃弁護士に見咎められて話を振られれば俺とは観点が違ったがトイレの個室での殺害に疑問を持っていた。しかし彼女はたぶん妃弁護士に話を振られなければその違和感を口には出さなかったんじゃないだろうか?そんな気がする。
事件が終わり蘭と合流した際は一瞬表情が固まっていた。そういや蘭におっちゃんとの関係を疑われてたなそういえば。取り繕っているが焦っているなこの人と思っていれば蘭から切り出されたのは彼女を糾弾するものではなく
「リンネさん、この前はありがとうございました。新一、少し前に服部君、大阪の高校生探偵が来た時に帰ってきて。占い当たってました」
『そんなにかからずに貴女の待ち人は帰ってくるわ。そう遠くない未来で一度、西からくる来訪者とともに』
以前彼女がした占いの話だった。⋯⋯そうだ。思い出せば新一に戻ったのは服部が来た時だ。それを当てた?どうやってだ。
少なくとも服部が来ること、お土産に白乾児を持ってくること⋯⋯そしてそれを”俺が誤って飲むこと”がなければ起きなかったはずだ。もし彼女が服部に会っていたとして最後の部分は操作ができる部分ではない。
⋯⋯何処まで知っているんだ、リンネさん。